夏でも夜の河原はいい風が吹いている。
町の空気とはひと味違う嗅ぎ慣れたこの匂いを、オレは本当に好きだと思った。
ここへ来る途中につまらない騒動があったことなど忘れて、今はオレたち、童心に戻って夏休みの夜を満喫中だ。
「おら、いくぜぇぇぇ!!!」
掛け声とともに、リュウジは派手な音の鳴る打ち上げ花火に点火中。
「わははははは、気分いいぜ!!!」
「すごいな、25連発」
「な、すげえよな。高かったからな、コレ」
火薬の匂いが、河口近くのすこし潮の香りの混じる河川敷に漂っている。
「兄貴ぃ、火、持ってます? ろうそく消えちゃって」
ささやかな手持ち花火に興じていたノブオが言う。
「火か? おい、ハヤトだっけ? ライター持ってたの」
「そうそう。今行く」
オレは点火待ちのロケット花火を置いて、ノブオの前のろうそくに屈み込んだ。
「あ、どうもっス。ハヤトさん」
と、ノブオは嬉々として手持ち花火に火を付けた。火薬が目にしみるぜ。
「なあ、ハヤト?」
「ん?」
「お前、いつもライター持ってるのか?」
「いや──別にいつもってわけじゃないな。今日はたまたま」
「ふうん」
オレは一瞬、ぎくっとした。
実はオレ、時々煙草を吸っている。でも、それはリュウジたち仲間連中も知らない。
別に隠しているわけじゃないけれど、どこか生真面目なリュウジに咎められるかもな、と思うと、なんとなく罪悪感があるわけで。
「おう、ダイゴは線香花火か?」
「押忍」
「お、長持ちするじゃねえか。まだ落ちねえな」
「コツがあるのだ」
と、ダイゴは視線を線香花火の先端の火玉に落としたまま応える。
リュウジに倣って、オレも屈み込んでダイゴの指先を見ていた。
ジー、ジー──チリチリ、と小さく響きを変化させながら咲く淡いオレンジ色のちいさな花は、いつしか天寿を全うして夜の河原で散ってゆく。
「──諸行無常ということだ」
誰にともなく言うダイゴの深みのある声が語った。
「なるほどな。なんか一瞬、すげえ解った気がしたぜ、諸行無常とやらが」
「うん、オレもだ。リュウジ」
「ダイゴさん、将来は絶対、立派なお坊さんになれるっスよ!」
「ははは、どうも」
珍しく少し照れた表情を、ダイゴは見せていた。
「さて、まだまだあるぞ!! お前ら、気合い入れて点けてけや!!!」
「オ〜ッス!!!」
そんなリュウジの号令で、ふたたびオレたちは盛り上がる。
「なあ、下が砂利だとネズミ花火は回らねえな」
「それはそうだ。誰だよなあ、ネズミ花火をチョイスしたのは」
「おい──お前の選んだアレよりは幾分マシじゃねえのか? ハヤト」
「え……そうかな?」
「ちなみにな、ネズミ花火は俺が選んだんだ」
「あれ、そうだったんだ。やっちゃったね、リュウジ」
なんとなくむすっとした顔で、リュウジはオレを見た。
「わはは、兄貴もハヤトさんも、さすがどっか似たもの同士って感じですよね〜」
ノブオのひとことに──やれやれ、似たもの同士か。案外光栄だな、とオレは言いかけたのだが。
「似たもの、ってノブオよ、俺はそんなにとぼけた感じの人間か? ハヤトみたいにとぼけているように見えるのか?」
こんな憎まれ口を叩くリュウジが、オレの気持ちを完全に削いだ。
「や、そういう意味じゃなくて、ですね……」
いいよ、もうオレも自棄になるぜ。
「ノブオ? そういう意味じゃないって何だよ? オレはとぼけてるけどリュウジはそうでもないって言いたいのか?」
「もう、そういう意味でもないんですってば。も〜〜〜、ダイゴさ〜ん、助けてください!!!」
困り顔でノブオがダイゴに助けを求めた。
「良いではないか、ノブオ。放っておけ。これはふたりの親愛の情の証なのだから」
「ん〜〜〜、そうなんスか? さすがに悟りきってますね、ダイゴさん。オレにはさっぱり」
まあまあ、とノブオをダイゴが宥めている。
それを横目で見ながら、オレとリュウジは本気ではない睨み合いのポーズをとる。
「おい、やるのか? ハヤト」
「おう、受けて立つぜ!!」
オレはいつもリュウジがとる闘争ポーズを真似てみた。
視線と視線がぶつかり合い──そしてリュウジは吹き出した。
「わはははは、悪かった。俺が悪かったよ、ハヤト」
どういうわけかオレはリュウジに謝られていた。しかも笑い混じりで。
「何だよ? 何がおかしいんだよ、リュウジ」
「いや、なんかハヤト、今日は気合い充分だなと思って」
「まあね。修行の成果ってことで」
どうせリュウジには逆立ちしたって敵わない。そんな悔し紛れのオレのせりふだった。
「わはは、そうかそうか。それはいいことだ。だがな、ハヤトはそういうの向かねえからやめとけな。睨み合いの喧嘩は俺に任しときゃそれでいいんだぜ。わかったか?」
「リュウジ──」
なんだか一回り逞しくなったな。リュウジ。それから、多分オレも。
後ろで見ているダイゴがふっと笑んだのを、きっとこれも修行の成果で──オレは背中で感じていた。
「ええと、兄貴。あと残ったのコレだけですけど」
ひとしきり遊んだあと、ノブオが袋の中を覗いて言った。
「何? どれ残った? ──って、へび玉かよ!!!」
「あ──いけね」
最後に残ったのは、オレがうっかり選んでしまった──すかさずリュウジに呆れられたへび玉だった。
火を付けると黒いうねうねが出てくる、ってそれだけのやつ。
「ハヤト、責任とれや」
「責任って──ええと、じゃあ奇襲作戦の煙幕に……なんて使えないか。ははは」
大した考えもなく言ってしまって、オレは後悔した。みんながため息ついている。
「はぁぁ。やっぱりハヤトはとぼけたこと考えるな」
「ホントですね、兄貴」
「まあまあ。それも個性ではないか」
「いいよ、もう。好きに言ってくれ。オレが悪かったよ」
「わはははは、ハヤト、そういじけんなや!!!」
風に飛ばされ残った煙、そして火薬の匂いの漂う河川敷で、今日もオレは仲間とともに笑っている。
花火の醸す諸行無常は置いといて、仲間との日々は永遠不滅だったらいいな。