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これまでのおはなし

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御来訪感謝

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夏祭夜話 

   * 1 *


 御神輿、お囃子、夜店の屋台。
 今日は鬼浜神社の縁日の夏祭りの夜だ。

 こういう賑やかな喧噪が、ことのほかリュウジは好きなのだ。
 そんなリュウジの招集を受けて、オレたちは鬼川からほど近い神社に来ている。
 ところ狭しと屋台の並ぶ参道を、4人で並んで歩いた。
 
 「兄貴~、次はあんず飴いっときましょう!!」
 「おう、ノブオ!!! じゃんけん勝ったら3本くれるとこあるから、そっちでな」
 「は~~~い!!」
 人の波でごった返す境内のほうに向かって、リュウジはノブオを連れて突き進んでいった。
 
 「あらら、どこ行くんだ? これははぐれそうだな。つーか、リュウジもノブオもこういうの好きだな」
 「まったくだ。ああ、あそこにいる。大丈夫だ、俺は見失わないので」
 と、人々よりもアタマひとつ分背丈の高いダイゴが言った。
 「お~、そうだよな。ダイゴは頼もしい!!」
 「押忍。どうも」
 大きく頷くダイゴに笑いかけて、オレたちはリュウジの後を追った。

 「ところでダイゴ、神社とかって来ても平気なのか?」
 人混みを掻き分けながら、オレはふとした疑問をダイゴに投げかけている。ダイゴはお寺の息子なのだ。
 「ああ。まあ大丈夫だろう。そんなものだ」
 「ふうん……」
 「でも、さすがに御神輿は遠慮しておくがな」
 「そうだよな。でもさ、リュウジが言ってた。無理なのはわかってるけどほんとはダイゴに担がせたいって」
 
 実はリュウジは立派な御神輿の担ぎ手なのだ。夕方前までは町中を気合い入れて練り歩いていたのだった。
 「ま、オレなんか誘ってももらえないけどね」
 「ははは。ハヤトにはきついかもしれないな」
 「そうかな? オレ、案外体力あると思うんだけどな」
 ダイゴは笑ってオレを見下ろしていた。

 さて、ダイゴが示した屋台の前に辿り着くと、リュウジは今まさに決戦のときを迎えていた。
 「おーし。じゃあいくぜ!!!」
 「はいよ。じゃ~けん──」
 「やったあ!!! おっちゃん、俺の勝ちだぜ!!! 3本もらっていいんだよな?」
 「はいはい、どうぞ。お兄ちゃん」
 じゃんけん勝負に勝利したリュウジは、うれしそうな表情で3本の飴を勝ち取ったのだ。
 
 「うわ~、兄貴さすがっス!! オレ、負けちゃったっス……」
 「わはははは、ノブオの仇は俺が討ったってことで、まあいいじゃねえか。な? おう、ハヤトにダイゴ。どうだ? 食うか? ほら、ノブオと合わせてちょうど人数分だぜ」
 「うん、ありがとう、リュウジ」
 「ごっつあんです」
 手渡されたあんず飴は、甘ったるくて酸っぱくて──チープな味わいがお祭り気分を盛り上げる逸品だった。
 
 「お、ノブオ。次はアレ食おうぜ!!」
 「うわ、イカっすか!!! いいっすね~」
 「って、おい、待てってば」
 お祭り男ふたりは、あんず飴を食べ終わるや否や次のお目当てへと走り出す。
 「無駄だ、ハヤトよ。ああなったら止められんよ、あのふたりは」
 「だな」
 やれやれ、なんて言いながら、オレとダイゴはまたリュウジたちを追って歩いた。

 「ああ、あそこだ」
 参道の果ての境内に入る手前の屋台にいるリュウジとノブオを見つけて、オレはダイゴを振り返った。
 と──

 「あ、ハヤトだあ!!! ハヤト、ハヤト~」
 ダイゴの真後ろからちいさな体が飛び出してきて、オレの足にすがりついてきた。
 「あれ? ケイタじゃないか」
 見下ろせば、見知った顔。子供らしく日灼けした体に、ふっくらした頬。くりっとした目の特徴的な子だ。

 「ハヤト、知り合いか?」
 「ああ。ウチの近所の子。な、ケイタ……?」
 つと見ると、ケイタは大粒の涙を頬に伝わらせていた。
 「うわ、どうしたよ? おい、ケイタ?」
 名前を呼んでもただ泣くばかりのケイタに、オレは思わずおろおろしてしまう。
 
 すると、ダイゴがおもむろにしゃがんでケイタの頭を撫ではじめた。
 「よしよし。どうしたんだ? うん?」
 「うえぇぇぇん」
 「どこか痛むのか?」
 ケイタは首を横に振る。
 「よし、それだったら大丈夫だな。とにかく話は落ち着いてからだ」
 
 限りなく優しい口調でケイタをなだめるダイゴには、後光がさして見えるような気がした。



   * 2 *


 「おっ、ケイタじゃねえか。オス!!」
 ノブオと連れだって焼きイカの屋台にいたリュウジが、オレたちを見つけた。
 と、ケイタの姿を認めて声を掛けざま、ぐりぐりと頭を撫でた。
 「あ……リュウジだ」
 オレの家にしょっちゅう遊びに来るリュウジは、当然のようにケイタとも顔見知りだった。
 
 「ん? どうした、何泣いてるんだ?」
 「友達と一緒にきたんだけど、はぐれちゃったんだって」
 なんとかダイゴと一緒になってなだめて、聞き出したケイタの涙の理由がこれだった。
 「ほう、そうか。この人出だもんな。チビはちゃんと手、つないで歩かねえとな」
 「だって……」
 「まあいいや。ほれ、ダイゴ。肩車してやれや。そしたら見つかるんじゃねえの? 友達」
 「押忍」

 ダイゴの肩に担がれて、ケイタはどうやら元気を取り戻したようだ。
 「すご~い、高いね、大きい兄ちゃん」
 「そうか?」
 「遠くまで見えるよ!!」
 「それならよかったね、ケイタくん。ほら、イカ食べるかい?」
 「うん! ありがとう、小さい兄ちゃん」
 ノブオに差し出されたイカを、ケイタはうれしそうに受け取る。

 「あ~~~、ケイタ!! タレこぼすなよ!」
 「わはははは、ダイゴ、頭についたぞ、タレ」
 「あ……ごめんね、大きい兄ちゃん」
 「──まあ、仕方あるまい」
 なんて言って、ダイゴは頭を手拭いでぬぐった。

 「ま、ダイゴさんは髪の毛短いから、洗ったらすぐ乾きますよね!!」
 「おい、ノブオ……。ダイゴ、済まない。オレの友達が」
 「ははは、気にしないで平気だ、ハヤト。ハヤトの友達なら俺にも友達だろう? なあ、ケイタよ?」
 「うん!! ありがと、大きい兄ちゃん」

 「お~、ケイタ、よかったな。友達増えたな!!」
 リュウジが言うと、ケイタは満面の笑みを見せた。
 「ぼく、ハヤトとリュウジの友達でよかったなあ」
 「お~、カワイイこと言うな」
 そして、リュウジはもう一度、ケイタの頭をぐりぐり撫でた。

 さて、真剣にケイタの友達を捜してやらなければ。
 「ケイタ、友達って男の子だろ?」
 「うん、そうだよ。ハヤト」
 「どこではぐれたんだ?」
 「ええとね、神社に入ってすぐのとこ」
 「ああ、入り口のあたりは一番混雑してますからね、ハヤトさん」
 一同はノブオに向かって頷いた。

 「どこ行っちゃったんだろ、アイツ」
 「そうだなあ。友達も今ごろケイタのこと探してるだろうしな」
 リュウジが心配そうに言う。

 「ケイタみたいに泣いてなきゃいいけどな」
 「もう、それアイツには内緒にしてよ、ハヤト」
 「ははは、悪かった」
 「でもね、アイツはきっと泣いたりしないよ。泣いてるのなんて見たことないもん」
 「ほう。強い男なのか?」
 「うん、リュウジ。アイツ、強いんだ~」
 いかにも自慢そうに友達のことをケイタは話す。いいよね、男の友情は。

 「それで、ケイタくん。友達はどんな恰好してるんだい?」
 ノブオが見上げるようにケイタに訊ねる。
 「えっとね、Tシャツと半ズボンで、帽子かぶってる」
 「う~ん……いっぱいいるなあ、そういう男の子は」
 この人出だもんな、なかなか厄介だ。

 「ダイゴ、ちょっとあっちの方、見てみようぜ」
 「社殿の裏手か?」
 「おう。俺もチビの頃こういう経験あってな。はぐれると決まって裏手に行ったもんだ。本能的に」
 思い出したようにリュウジが言った。

 「ああ、確かに裏のほうなら多少は空いてるからな」
 「なるほど。さすが兄貴!! ナイス本能っス!!」
 「よし、じゃあ行ってみようぜ、ダイゴ」
 「押忍」
 そしてケイタを肩車するダイゴを真ん中に、オレたちは社殿の裏手に回ってみた。

 確かに、参道や表側よりも人出は落ち着いている。
 射的やくじ引き、ハッカパイプなんかの屋台が並んでいる辺りに来ると──

 「あ……いた!!!」
 輪投げの屋台の前を指さして、ケイタは大きな声を出した。
 「おう、再会か!!! よかったな」
 「うん!!」
 ダイゴの肩から下ろしてもらいながら、ケイタはうれしそうにリュウジに返す。
 「みんな、ありがと」
 ぺこりとケイタはお辞儀した。やれやれ、これで一安心か。



   * 3 *


 無事に友達と再会できたケイタが友達と手を取り合って喜ぶのを、リュウジをはじめオレたちはほほえましく見守っていた。

 「も~~~、どこ行ってたんだよ~~~」
 「どこ、って、ケイタが勝手にいなくなっちゃうから」
 「そんなことないよぅ。カズマこそ、気がついたらいなかったじゃんか」
 「え? おれはしばらく、どこにも行かないでケイタを待ってたのに」
 
 「まあまあ、いいじゃねか。無事にまた会えたんだしよ。ほら、仲直りだ」
 言い争い気味のチビたちの間に入って、リュウジは双方の手を握らせた。
 「な、ちゃんと手ぇつないで歩くんだぞ?」
 「うん!! リュウジ」
 ケイタは素直なよい子であった。

 「ケイタ、この兄ちゃんたちは?」
 オレたちの顔を見回して、ケイタの友達──カズマくんというらしい──が訊いた。カズマくんはケイタよりもすこし背の高い、するどい目をした賢そうな子だ。
 「あのね、こっちがハヤト。ぼくんちの近所の兄ちゃん。でね、こっちがリュウジと、ダイゴ兄ちゃんと、ノブオ兄ちゃんだよ」
 「ふうん。あ、兄ちゃんたち、ケイタがお世話になりました」
 と、カズマくんはオレたちに向かってぺこりと頭を下げる。

 「ははは、どういたしまして」
 「おう、礼儀正しいな、カズマは。偉いぞ」
 「あのね、カズマってね、強いしえらいんだよ、リュウジ」
 自分が褒められたかのように胸を張って、ケイタが言った。

 「わはは、それじゃケイタの自慢の友達だな!! よし、それじゃご褒美に俺たちが一緒に遊んでやろう。カズマ、何か食うか?」
 「それじゃあ、タコヤキ」
 「おし、タコヤキだな! ノブオ、行くぜ!!!」
 「兄貴、合点承知!!」
 オレのちいさな友達は、リュウジとノブオに連れられて、ふたたび人出の多い辺りに突入していった。

 「ああ、おい、だから待てってば」
 「ははは、リュウジもノブオも、あの子らと変わらんな、気持ちの上での若さが」
 「……要するにガキなんだよな」
 やれやれ、とダイゴと顔を見合わせてオレは苦笑いだ。

 さて、カズマくんのリクエストのタコヤキをはじめ、焼きそばやらかき氷やらをしこたま買いこんできたリュウジたち一同。
 オレたちは社殿の裏手に陣取って、縁日ならではの味わいに興じることにした。

 「さあ、食べましょう!!! ハイ、兄貴」
 「おう、ノブオご苦労。どうだ、タコヤキは旨いか? カズマ」
 「うん、おいしいです」
 「ね、ハヤト、こっちもおいしいよ!!」
 「お~、お好み焼きね。うん、サンキュ、ケイタ。ダイゴもどうだ?」
 「押忍」
 何とも言えない、これが夏の味ってのをオレたちはめいっぱい堪能した。

 食べながら、ケイタはオレたちのことをカズマくんに話しはじめた。
 「リュウジはすっごい強いんだよね」
 「俺か? ん~、まあ、弱くはねえかもな」
 ちょっと照れくさそうにリュウジはケイタに答えた。頷きながらカズマくんが聞いている。

 「それでね、ハヤトはすっごいかっこいいバイクに乗ってるんだよ。ね?」
 「ははは、褒めてくれるんだ? ケイタ」
 「うん!!! だってすっごいもん、ハヤトは」
 「なんか照れるな……」
 なんて、オレは頭を掻いてみる。

 「へえ、そうなんだ」
 「そうだよ、カズマ!! ハヤト、すごく速く走るんだよ!! ね、リュウジ?」
 「おう。ハヤトは鬼浜町の中じゃ最速だぜ!!!」
 「……ふうん」
 なぜだか上目遣いに、カズマくんはオレを見た。なんだかその視線に感じるものがあるような気が、オレにはしていたのだが。

 「でな、ケイタ、カズマ。こっちのダイゴとノブオもそうとう強いんだぜ!! いまから証拠を見せてやる」
 急に話題をリュウジが逸らせて、立ち上がる。
 「え、ホント?」
 「ああ。本当だぜ。ダイゴはな、金魚すくいじゃ右に出るものはいねえんだぜ。集中力が並じゃねから。な?」
 「押忍。最高記録は34匹だ」
 「わ~~~、スゴイ!!」
 ケイタが歓声をあげる。

 「それから、ノブオは、射的の名人なんだぜ?」
 「オス!! オレ、意外とスナイパーに憧れてるっス!!」
 「……すないぱ? なに?」
 「わはははは、まあ、難しいことはどうでもいいよな、カズマ。それじゃ一丁いっとくか!!! お前ら男を見せてやれや!!!」
 「押忍!!」

 そして今度は、オレたちは6人揃って賑わう境内へと特攻をしかけた。
 おそらく──今夜は向かうところ敵なし、だな。



   * 4 *

 
 「お~、ノブオ、すげえな」
 「やったね、ノブオ兄ちゃん!!!」
 夏祭りの射的の屋台の前で、ノブオは胸を張っている。手には屋台のおっちゃんから渡された、ミニカーとクマの形の貯金箱。
 それらをちいさな友達ふたり──ケイタとカズマくんにプレゼントしながら、ノブオは顎に手を当ててポーズをとる。クールに決めたつもりらしい。

 「えへへ、言ったでしょう? 兄貴。オレは将来スナイパーを目指してるって」
 「あはは、ノブオ、もしかしてゴルゴに憧れてるんだ?」
 「ええ、そうっすよ。笑っちゃいやですよ、ハヤトさん」
 「あはははは、ごめんごめん。ちっとも知らなかったもんだから」
 「でも、あんまり似合わなねえよなあ、ノブオのスナイパー」
 「も~~~、兄貴まで。ひどいや」
 なんて殊勲者なのに、ノブオはむくれてしまっている。

 「ね~、ハヤト、すないぱーってなに?」
 ケイタとカズマくんがオレの両脇で訊ねてくる。
 「ん? そうだなあ、何て言ったらいいんだ?」
 子供向けにこんなことを説明するなんて、とオレは困ってダイゴに目をむけた。
 「正体を内緒にして、絶対に失敗できない仕事を請け負う男のこと、とでも」
 ダイゴも難しい顔をしながらこんなふうに言った。

 「ふうん? なんかよくわかんないな、ケイタ」
 「うん……わかんないね、カズマ。でも、ノブオ兄ちゃんって、内緒とかニガテそう」
 「わはははは、ケイタ、お前面白いこと言うな!!!」
 「んも~~~~、兄貴もケイタくんも、ほっといてくださいよう」
 そんなノブオに、オレたちは思いっきり笑わせてもらったのだ。

 「さて、気を取り直してこんどは金魚すくい行くぜ!!! 用意はいいか? ダイゴ」
 「押忍! 気合い充分」
 リュウジの号令で、オレたちはふたたび人混みの中を移動した。
 「おい、ノブオ。そんなにふくれてないで。はぐれるぞ?」
 「……は~い、ハヤトさん」
 「コラ、ノブオ!!! お前、はぐれたら泣きそうだからちゃんとしろよ!!!」
 「ええっ、泣きませんよぅ、兄貴~」
 とか言いながら、慌ててノブオは歩調を早めたのがおかしかった。

 金魚すくいの屋台では、今度はダイゴがヒーローとなる番だった。
 「さすが集中力自慢なだけあるな、ダイゴ!!」
 リュウジがしゃがんだダイゴの背中を叩いて祝福していた。
 「押忍!! 自己新記録達成、ごっつあんです」
 「やるねえ、あんちゃん。こっちは商売あがったりだわ」
 「はは、すまんです」
 ねじりはちまきのおっちゃんに、頭を掻きながらダイゴが応えていた。
 すくいもすくったり──ビニール袋4つに入った赤い金魚は、あわせて36匹を数えた。

 「わ~、ダイゴ兄ちゃんもすごいなあ!! ね、ぼくにも金魚ちょうだい!!」
 「ああ。好きなだけあげよう。カズマくんも欲しいか?」
 「うん、欲しいです」
 「それでは仲良く半分こするんだぞ」
 チビふたりに2袋ずつを手渡してやり、ダイゴは尊敬のまなざしを向けられている。

 「ダイゴ兄ちゃんもノブオ兄ちゃんも、すごいなあ。ね、カズマ」
 「うん! おれ、今日ケイタとはぐれて得しちゃったな」
 「わはははは、そうかそうか。カズマは前向きで感心だな」
 リュウジに言われて、カズマくんはすこしはにかんでいた。

 「ね~、ハヤトは何か得意なの、ないの?」
 「え? オレ?」
 オレは唐突にケイタに話題を振られる。
 「え~、そうだな、ん~……」
 「ケイタよ。ハヤトが得意なのはな、落書きせんべいが関の山だ」
 「っ!! リュウジ……」
 わはははは、とリュウジは思い出し笑いなんかしている。

 「あのな、去年の祭りのときにな、ハヤトときたら、もう……くくく」
 「ええと……リュウジ、もういいから」
 「ハヤトの描いた絵ってのが、もう……わはははは!!!」
 「リュウジ、オレにも触れられたくない過去ってのがあるわけで」
 リュウジが思い出しているのは、去年のオレの作品──イルカを描いたつもりだったのに、リュウジに『虹色のツチノコ』と称されたアレだ。

 「え~、ハヤト、ぼくも見たいよう。ね、カズマ?」
 「ハヤトさん!! オレも見たいっス!!」
 「何だよ、ノブオまで……」
 
 結局、オレは今年も恥をかく羽目に。去年と同じ落書きせんべいで……。
 去年と同じ、イルカ(のつもりのもの)を絵心満載で描いて……。
 ノブオやダイゴだけじゃなく、小学生にまで腹をかかえて笑われたよ、オレ。

 オレ以外のみんなは笑いながら、すこし喧噪から離れた、神社の裏門へ向けて歩いた。
 「そう悄げるなって。な? ハヤト?」
 「誰がそうさせてるんだよ、リュウジ!!!」
 ホントは悪いのはオレのセンスなんだけど。一応怒ってみたりする。

 「まあまあ。なあ、ケイタにカズマ」
 と、リュウジはチビたちに向けて話し始めたんだ。
 「なに? リュウジ」
 「人には向き、不向きってもんがあるんだ。ハヤトはな、絵はちょっとアレかもしれねえけど、単車の腕は誰にも負けねえから、それでいいんだ。な?」
 「そうだね!!! ハヤトはバイク乗ったら誰よりカッコイイもん!!!」
 「ははは、どうも」
 なんて適当に返事してみるけど──実はけっこう落ち込んでるよ、オレ。

 「でもさ、おれの兄ちゃん、ハヤト兄ちゃんに負けないと思う」
 唐突に、しかも自信ありげにカズマくんがこう言った。
 「カズマの兄貴か?」
 「うん、リュウジ兄ちゃん。おれの兄ちゃんも、バイクすごい速いから。誰にも負けない、っていつも言ってる」
 「ふう……ん」
 曖昧に応えたオレの目を、カズマくんは強い視線で見つめた。
 まるで──そう、まるであの男のような目で。



   * 5 *


 「おれも大きくなったら兄ちゃんみたいにバイクに乗るんだ」
 神社の裏門から一歩外へ出ると、カズマくんはオレを見据えて、しっかりとした口調で言った。
 「それで、兄ちゃんにだって負けないくらい速く走れるようになる」
 きっぱりと言い放つカズマくんは、まだ幼いのにしっかりした男だった。

 「じゃあぼくも!! ぼくもバイクに乗る!! ハヤト、教えてくれるでしょ?」
 「おう、ケイタ。大歓迎だ」
 ケイタに応えながら、オレはカズマくんの強い意志の浮かんだ表情に、誰かの影を見た気がした。

 「それじゃケイタ、おれたち大きくなったらライバルだな」
 「うん!! ぼく、カズマに負けないようにがんばるよ。ね、ハヤト?」
 「おう、ふたりともいい表情をしてるな!!」
 リュウジが両手で、ふたりの頭を撫でている。
 「いい友達でいいライバルがいるってことは、漢になるのには重要なことだ。わかるか?」
 「うん!!! リュウジ、わかった」
 とケイタは瞳を輝かせ、カズマくんは表情を引き締めて頷いた。

 「ところでダイゴ、時間わかるか?」
 「ええ──そろそろ8時だ」
 「そうか。じゃあぼちぼちあがるか、ケイタ」
 「え~、もうちょっと。ね、ハヤト?」
 「こらこら。男は引き際が肝心なんだぞ」
 駄々をこねるケイタに言ってみると、思いの外功を奏したようだった。

 「そっか! じゃあぼく帰るよ」
 「素直で感心だねえ、ケイタくん」
 「えへへ、ありがと。ノブオ兄ちゃん」
 「おう、成長したな、ケイタ。偉いぞ!! ノブオも見習っとけな」
 「え~、兄貴ぃ、そんなあ……」
 ひとしきり笑いあうオレたち。神社の喧噪を一歩離れると、川からの風が笑い声をさらっていった。

 「よし、そしたらカズマ、俺が家まで送ってやるぜ。家はどっちのほうだ?」
 リュウジがカズマくんにそう言いだした。
 ちょうどその時──背後から声がして、オレたちは振り返った。
 
 「いや、それは必要ない」
 聞き覚えのある声。見覚えのあるシルエット。
 それに向かってカズマくんは駆け寄っていったのだ。

 「兄ちゃん!」
 「遅いから迎えにきたんだ」
 そう弟に応えてからオレたちを見たのは──
 「ん? ハンゾウじゃねえか?」

 こんな偶然に、思わず口を開けるリュウジも、見守るダイゴもノブオも、あからさまに驚いている様子。
 けれど、やっぱりか、なんていう思いがオレの中にはあった。

 「弟が世話になったようだ」
 短く言うと、ハンゾウはオレたちに向かって礼をした。それへリュウジはにこりと笑って返す。
 「いや、こっちこそ楽しかったぜ。なあ、カズマ」
 「うん、リュウジ兄ちゃん。とっても楽しかったです」
 「それに、オレの弟分はいつもカズマくんに面倒見てもらってるようだし」
 ケイタの頭に手をおいて、オレはハンゾウに言った。

 「ねえ、ハヤト、カズマの兄ちゃんと知り合いなの?」
 オレを見上げてケイタは不思議そうに訊ねてきた。
 「ああ──そうだな、ケイタ。よく知った間柄だ」
 「ふうん。そうだったんだ。ぼくちっとも知らなかった。カズマは? 知ってた?」
 「ううん、おれも知らない」
 と答えながら、カズマくんはハンゾウを見る。

 「ね、兄ちゃん。兄ちゃんとハヤト兄ちゃんは、バイクで競争したらどっちが速いの?」
 「──カズマ?」
 「あのね、ケイタが言うんだ。ハヤト兄ちゃんより速く走れる人はいないって」
 それは兄を見つめる弟の、信じ切った目だった。

 「カズマ、俺とハヤトは同じ位速いんだ」
 一瞬オレの顔を見てから、ハンゾウは弟に向かって言った。

 「俺はときどきハヤトに勝つが、ハヤトもときどき俺より速い。なかなか勝負がつかない相手は、今のところハヤトだけだ」
 「──兄ちゃん」
 「俺は、この男がいるから命がけで走るんだ。そして、ハヤトが俺の前に立ちはだかるからこそ、これから先の俺はもっと速くなれる」
 決然と言う、珍しく多弁なハンゾウがいた。カズマくんだけではなく、きっとオレへのメッセージでもあったのだろう、強い言葉だった。

 「じゃあ、カズマの兄ちゃんもすごい速いってことだね、ハヤト!」
 「ああ、そうだ、ケイタ。カズマくんの兄さんは、オレの最大の強敵なんだ」
 エンジンをかけない中の、静かな火花がオレとハンゾウの間で散っていたかもしれない。 いつもの勝負とは異質な、けれどもいつもと勝負と同じくらい、気の抜けない張りつめた空気があった。

 「それじゃあぼくたちも、大きくなったら競争しようね!!」
 「うん、ケイタ。約束だ」
 ちいさな親友同士は、ここで人生最初の火花を散らしたのだろうか。
 同胞と強敵はほんの紙一重の違いでしかないのかもな、なんてオレは考えている。

 「俺は、強敵によって磨かれている。それをいつも忘れないでおくんだ、カズマ」
 「はい、兄ちゃん」
 オレたちが見たこともないやさしい目で、ハンゾウは弟に諭すように言った。



   * 6 *
 

 「とにかく本当に弟が世話になった。感謝する」
 別れ際にハンゾウは、オレたちにふたたびそう言った。
 
 「だがハヤト、今日は感謝しても次は容赦ないから、そのつもりで」
 「おう、当然!! それとこれとは別だからな。こっちも手抜きなしだ」
 さすがに握手とまではいかないまでも、オレはハンゾウと視線を合わせて挨拶した。こんな会話を交わすことは、奴と出会ってから初めてのことかもしれない。
 もしかしたら、違う出会いだったらオレはハンゾウとよきライバルで、なおかつよき友になれたのかな──なんて考えた。
 
 それでは、と会釈してハンゾウがカズマくんを連れて帰路につく。
 帰る方向の違うダイゴとノブオにも、参道を抜けたところで別れを告げると、オレとリュウジ、それからケイタの3人は町に向けて歩き出した。

 「やれやれ。妙な偶然もあるもんだな」
 「そうだな。まさかケイタの友達がハンゾウの弟なんて、思いも寄らなかったよ」
 なんて話しながら、ケイタを真ん中に置いてのんびりと3人で道をゆく。 

 「あのね、カズマってね、すごく兄ちゃんのこと自慢なんだって」
 オレたちの感慨の間に、ケイタが入ってくる。
 「うん、そんな感じだったね、さっき」
 オレはケイタに相づちを打った。

 「それでさあ、ぼくもハヤトのこと自慢にしていい?」
 「え? オレ?」
 「うん!!! ぼく、ほんとの弟じゃないけど、せったいハヤトの弟子になるから」
 「ケイタ──!!」
 えへへ、と鼻の下をこすりながら言うケイタが、無性にかわいく思えた。

 そんなオレたちを見ているリュウジも、なんだかうれしそうな顔をしている。
 「ハヤト、よかったじゃねえか。はりきり甲斐があるな!!!」
 「ああ、リュウジ。ほんとに」
 「こんな弟分がいたら、ハヤトにゃもう負けは許されねえな」
 「もちろん承知!!」
 「どうだ、ケイタ。ハヤトは頼もしいだろ?」
 「うん!! ぼく、ハヤトにはやく認めてもらえるようになるんだ」
 そうかそうか、と頷きながら、リュウジはケイタの肩に手を置いた。

 「なあ、ケイタよ」
 「なあに? リュウジ」
 「とにかく今は、大きくなるのが先決だぜ。いっぱい食って、しっかり体を作らねえとな。ニンジンもピーマンも、残すんじゃねえぞ?」
 「え~、ぼくピーマンは……」
 「ははは、嫌いなんだ。ケイタ」
 「コラ、ハヤト!! 甘やかすんじゃねえぞ!! 子供のうちにちゃんと食っておかねえとダメだからな、わかったか?」
 「は~い、がんばるよ、リュウジ」
 すこし元気なく、ケイタは答えた。よっぽど苦手なんだろうな。

 「それから、自分の為に泣くんじゃねえぞ。男とはそういうもんだからな」
 「うん、ぼく努力するね。もう泣かないよ」
 「よし、ケイタがんばれ」
 すこしはにかんだように笑いながら、ケイタはガッツポーズを見せた。

 「あとは、友達を大事にな。仲良く、でも互いに磨きあっていける友達ってのは大切だぞ」
 「わかった、リュウジ。ぼく、ケンカするのやめるよ」
 ケイタの言葉に一瞬リュウジはたじろいだ。
 「あ──いや、まあ、その、喧嘩はたまには仕方ねえだろうけどな」
 「ふうん?」
 「ははは、ケイタ、まあ大きくなったらわかるよ。いろんな場合があるってことだ」
 
 「とにかく、まっすぐに大きくなれよ、ケイタ。そしたら俺がお前のことを最強の漢にしてやるぜ!!」
 リュウジ、いいこと言うな。今さらながらにオレのココロにも、リュウジの言葉は突き刺さる。オレはなんだか感動していた。

 が──
 「え、あ、リュウジ……ありがと」
 リュウジにそう答えたケイタは、すこし複雑な表情をした。

 「でもさ、ぼく……」
 「なんだ?」
 「最強よりか、最速のがいいな、やっぱり」
 「な、何だとぅ?」
 
 かわいそうにリュウジは──立ち止まってがっくり肩を落としていた。
 「俺、立場ねえな……」
 そう言ったリュウジの目には、きらりと光るものが浮かんでいたようにも見えた。
 「あ~あ、最強の漢を泣かせたな、ケイタ。お前、もう充分強いよ」
 「え? ぼくが? リュウジ泣いてるの? どうして!!」
 「ふん、誰が泣いたりするもんか!! この野郎、ハヤト、適当なこと言いやがって!!」
 「お──いてっ!!」
 もちろん本気ではないリュウジの拳固が、俺の頬をほんのちょっと掠めた。

 「うわあ、リュウジ!!! ハヤトをぶっちゃいやだよ! ケンカしちゃダメなんでしょ?」
 「ああ、そうか……そうだな、ケイタ。俺が悪かったよ。おい、ハヤト。お前んとこの弟子は厳しいな」
 「ははは、なかなか出来がよくてオレも満足だよ」
  
 商店街の灯りが見えてきた。
 今年の夏祭りもこれでおしまい、そう思うと名残惜しくもある感じ。
 でも、きっと来年の夏祭りの頃には、体も心もひとまわり大きくなったケイタがいるんだろうな。
 さて、オレもケイタと一緒に精進しようか。だって、もうハンゾウには負けられないから。
 
 見上げれば、澄んだ空に輝く満月をちょっとだけ過ぎた月。
 さっき売ってたかるめ焼きにどことなく似ていた。


   * 完 *
 

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各話御案内/夏祭夜話

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 夏祭夜話 4

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