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これまでのおはなし

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御来訪感謝

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祭という名の激突に向けて 

   * 1 *


 「すっかり空は秋模様だな、ハヤト」
 「あはは、なんかリュウジ、詩人っぽいじゃん?」
 いつも通りの昼休み。
 食事を終えたオレとリュウジは、教室の窓際の席に座って窓の外なんか眺めていた。
 リュウジの言うとおり、夏よりだいぶ高くなった空にはいわし雲ってやつが浮かんでた。
 
 「まあな。俺、案外そういうこと考えて毎日生きてるんだぜ」
 「へ~。それは知らなかったよ」
 「あ、ハヤト!!! お前今笑っただろ?」
 「いえいえ。滅相もない」
 なんて、こんなリュウジとオレのやりとりもいつも通りな感じ。

 「しっかし食後ってのは、どうしてこうも平和な気分なんだろうなあ、ハヤト」
 リュウジは大好物のいちご牛乳をストローですすりながら、あくびなんかしている。
 「ん~。なんでだろ。食後は体があったまるからな。眠くなるからじゃないの?」
 「そうか。眠いと平和な気分なんだな──ってことはあれか? ハヤトはいつでも眠そうだから、常に平和な気分なのか?」
 「あはははは、どうかなあ」
 「そうか──だから喧嘩嫌いなんだな、ハヤト」
 「え? 随分飛躍するなあ、リュウジ……って、おい? リュウジ? あ~あ、居眠りなんて珍しいなあ」
 なんだ。飛躍してたのは半分寝ぼけてたのか。やれやれ。

 まあね。確かに昨夜も遅くまで外にいたからね。誰だって眠くなるよ。
 さてと、それじゃオレもついでに昼寝しようかな、なんて思って机につっぷした矢先のことだった。

 「失礼しま~す!! 兄貴~~~っ!!!」
 聞き覚えのある声が聞こえてきたので、オレは上半身を起こして扉のほうに目をやった。
 扉から入ってきたのは1年生のふたり連れ。ノブオと、野球部のエース・天宮くんだ。
 「ん? ノブオ? 天宮くんも。どうかした?」
 「チューっス、ハヤトさん!!!」
 「こんにちは」
 「ああ。どうもね」
 「しかし珍しいっスね。兄貴が寝ててハヤトさんが目を覚ましてるなんて」
 「うるさいよ、ノブオ」
 なはは、と誤魔化し笑いなんてノブオがしてる。つられて天宮くんも笑ってる。
 
 「ちょっと失礼──兄貴?」
 ノブオがリュウジを揺り起こす。
 「んんん、あと1分寝かしてくれや……」
 「ちょっと、兄貴!!!」
 ふたたび激しくリュウジの肩を揺さぶったノブオは──

 哀れなことに、珍しく寝ぼけたリュウジに顔面を殴打されていた。

 「うへ~~~、痛いっスよ、兄貴ぃ……」
 「ん? オウ、ノブオ!!! どうしたそんなとこに寝っ転がって?」
 ようやく目覚めたらしいリュウジが、倒れ伏したノブオを見やる。
 「あはは、リュウジ。それリュウジがやっつけた敵だ。リュウジの安眠を妨害したから正義の鉄拳を見舞ったんだろ?」
 「何? 俺か。それは悪かったな、ノブオ」
 「もう。いいっス、兄貴。オレがいけませんでしたよ」
 すこし赤くなった頬をさすりながら、ノブオは天宮くんに助け起こされている。

 「それで? 何かリュウジに用だったんじゃないの? ノブオ、天宮くん」
 「ええ、そうなんっス。な、天宮?」
 「ああ」
 ノブオの横で天宮くんが頷いた。

 「リュウジさん。ちょっと一緒に来ていただきたいんですが」
 背筋を伸ばして、野球部の1年生エースはリュウジを正面から見る。ひとえの、熱い何かを湛えている目が天宮くんの特徴だ。
 「うん? 俺か? 別に構わねえけど、一体どこまでだ?」
 「ええ。生徒会議室まで。主将がリュウジさんを待っているので」
 「主将──森園か?」
 「はい、そうです。主将が、リュウジさんに是非お願いしたいことがあるので、一緒に来ていただくようにと」
 言い終わると、天宮くんはぺこりとお辞儀をする。
 運動部ってのは、やっぱり躾が行き届いているんだな。ノブオも見習わせたいよ。

 「ふうん。何だろうな、ハヤト?」
 「さあ……」
 「まあいいや。森園の招きとあってはとにかく行ってみるか」
 「ありがとうございます!!」
 元気よく答えて、天宮くんはさらに深く頭を下げた。
 こんどはノブオも、なんでだか一緒にお辞儀していた。つられただけかも。
 「それから、ハヤトさんも是非ご一緒に」
 「え? オレも行くの?」
 「はい。これからダイゴさんも呼びに行きますので。皆さんで」
 天宮くんはそう言って、いつもの生真面目そうな表情をすこしだけ緩めたんだ。

 そうしたわけで、オレたちは天宮くんに連れられる恰好で渡り廊下を歩いていた。
 途中でダイゴも呼び出して、集団は5人になっている。
 「しかし森園はなんでそんな、会議室なんて物珍しいとこにいるんだ? 部室じゃねえのかよ」
 「さあね。どうしてだろ。確かに不思議だ」
 オレはリュウジと顔を見合わせる。
 「ああ──あの件か」
 「あの件? ダイゴ、心当たりあるのかよ?」
 「押忍。多少は」
 重々しく頷くダイゴに、ノブオが言う。
 「ダイゴさん。それ多分正解っス!!」
 
 さて、森園主将がリュウジを呼びだした理由とは?
 この扉を開ければわかるらしい。
 目的の会議室についたオレたちは、天宮くんが室の扉をノックする手元を見ていた。



   * 2 *


 「失礼します。主将、リュウジさんたちをお連れしました」
 「ああ、天宮。ご苦労だった」
 特別教室棟にある生徒会議室の中には、オレたちもそれなりに面識のある野球部の連中が居並んでいた。
 
 「オウ、森園!!! なんでこんなとこで偉そうにしてんだ?」
 「ふふふ、リュウジ。別に偉そうなことなんてないさ」
 とは言いながら、森園主将は奥の窓際に近い椅子に悠然と足を組んで座っていた。
 その細い中指が、ゆっくりとした仕草で縁なし眼鏡を持ち上げる。

 「とりたてて偉いことはないんだが。けど、現在俺はちょっとした肩書きをもらっているんだ」
 「ん? 何だ、それは?」
 「俺は、本年度の体育祭実行委員長を務めることになったのだよ。俺の権限で、実行役員は野球部の連中に押しつけた」
 「へええ、そうだったのか。そういやそろそろだもんな、体育祭」
 「ああ」
 天宮くんに椅子を勧められて、オレたちもおのおの席につく。
 
 「で? その体育祭実行委員長が俺に何の用だ?」
 「頼みたいことがあってね、リュウジ」
 足を組み替えて、森園主将が続けた。
 
 「その前に、今年の体育祭がちょっとした新趣向で開かれることをお知らせしておこう。今年は例年とは趣向を変えて、学校対決にしようということになったのだよ、リュウジ」
 「学校対決?」
 ふふふ、と森園主将が笑みを挟む。
 「さまざまな意味でライバル関係である暗黒水産と、学校単位で対決してみたらどうだろうという意見が通ったわけなのだ」
 森園主将の表情は、なんだか満足そうだった。

 「それって、毎年みたく学校内で紅組と白組に別れて対決じゃなく、ってことか?」
 「ああ。そうだね。今年は全校一軍となって、暗黒水産と対決するんだよ、リュウジ」
 「って、それはいったい誰が決めたんだ?」
 「それは──両校の実行委員会同志が協議した結果だ。両校の先生方も同意してくださったので実現する運びとなったのだ」
 「なるほどな。面白い案ではあるかも知れねえな」
 リュウジも森園主将につられるかのように、いきいきとした顔になってる。
 
 「リュウジならそう言うだろうと思ったよ。それに、最初に相談した、リュウジのところの担任も乗り気だったしね」
 「担任……赤ジャージか? そうか。今のあいつなら逆に焚きつけてもおかしくねえもんな、そんな案が出たら」
 なんだか観念したような顔で、リュウジはオレたちを見た。
 「確かにね。赤ジャージも対決準備の真っ只中だもんな」
 「押忍。打倒・暗黒は先生の口癖だ、このところ」
 「あ、オレも聞いたことあるっス」
 こちらもまあ、個人的なわけありに過ぎないんだけど。
 オレたちはそんなことになっているなんてちっとも知らなかった。
 もちろんほかの生徒たちも知らないんだろうけど。

 「このことは、6時間目の全校集会で生徒たちに発表することになっている。それに先んじてリュウジを呼んだのはほかでもない」
 眼鏡の奥で森園主将の目がきらめく。なんとなく、闘う気迫を感じさせる──言ってみれば勝負を前にした控え室で見たことあるようなまなざしだった。
 「リュウジ。君に応援隊長就任を依頼したいのだ」
 「え──俺がか?」
 森園主将はちらりと、オレの横にいたダイゴに目をやった。
 ちいさくダイゴが頷いたあたりを見ると、森園主将と同級のダイゴは前もって相談でもされていたのかもしれない。

 「とにかく夏の県大会ではリュウジたちには本当に世話になったと感謝している。あの時と同じ魂で、ふたたび宿命の闘いを盛り上げてほしいのだ、リュウジ」
 森園主将は立ち上がって、リュウジに向かってお辞儀をした。
 実行委員たち──野球部の面々も森園主将に倣う。

 「実は過日、暗黒水産と非公式の練習試合をやってね。そこで不甲斐ないことに、我々は負けてしまったのだよ」
 「主将、あの時はおれが……」
 「ああ、天宮。お前ひとりのせいではないだろう?」
 はい、と頷きつつも、天宮くんはその時の気持ちを思いだしたのか、奥歯を噛み締めるような表情をする。

 「それで、その時に思ったのだ。負けたのはリュウジたちの応援がなかったからかもしれない、とね」
 「わはは、まさか、そんなことはねえだろ?」
 とか言いながら、リュウジはまんざらでもないような顔を見せた。
 「また同時に、敗戦があったからこそ、新趣向の体育祭を思いついたわけなのだが」
 「そうか。なるほどそういうことか」
 はっきり言って、森園主将は乗せ上手だと思う。
 こんな切り出し方をしたら、リュウジに否やは言えないんじゃないか?

 とにかく、野球部、赤ジャージ、そしてオレたち──それぞれ別々の理由だけど、わけありの、暗黒水産には負けられない人間どもが寄り集まった恰好になっていて。
 まだ腕組みをしたままのリュウジは、実行委員長・森園主将の要請にどう応えたもんだろうな。

 「応援隊長──か。あれ、案外疲れるもんだぜ? 森園」
 どうやらリュウジのその台詞は、森園主将には「諾」と聞こえたようだった。
 オレたちにもそう聞こえたからね。

 さて、なんだかまたしても慌ただしくなりそうだ。



   * 3 *


 「そんなわけなんで、気合い入れてくんで夜露死苦ぅ!!!」
 「お~~~!!!」
 全校生徒が集まった体育館は、野郎どもの雄叫びで古びた床が揺れていた。
 
 ここは6時間目の全校集会の場。
 夏の野球部の県大会に続いて、体育祭の応援隊長を実行委員から任命されたリュウジは、すでにお馴染みといった体で全校生徒に受け容れられていた。
 就任挨拶をしたリュウジの横に並んだオレたちも、なんだかこう、ちょっとは場慣れした雰囲気あったかな?

 「そうした次第で、鬼工一致団結して暗黒水産を打倒したいと思うのだ。全校生徒諸君もそうだろう?」
 リュウジの挨拶の後をついで、体育祭実行委員長に就任した、野球部の森園主将が演台につく。
 「お~~~!!!」
 ふたたび全校生徒の拍手と怒号がわき起こった。
 なんだかんだ言って、みんなお祭り騒ぎが好きらしい。
 去年よりはやる気に見える生徒たちの雰囲気は、森園主将を満足そうにさせていた。

 森園主将による趣旨説明とリュウジの挨拶が終わったあと、全校生徒は一旦それぞれの教室に戻って出場種目を決めたり、当日の役割を決めたりで大騒ぎだった。
 全校生徒を割り振るのでなかなか収拾がつかないのでは、と思ったけれど、本気で挑む陸上種目の類の出場者はあらかじめ運動部の推薦やら立候補やらで本人に打診が行っていたらしく、わりとすんなり選手が決まったようだった。

 ほかの一般の生徒たちは、棒倒しやら騎馬戦やら、くす玉わりやらの団体種目に振り分けられる。
 3年生は例年、競技には自由参加となっている。けど今年はいつもとは趣向が違うからか、たくさんの先輩たちが進んで参加の意志を見せているという情報。
 それと、わずかばかりの女子生徒は、両校ともダンスを披露するのだとか。

 そんなわけで、翌日からは午後は通常の授業は休止になって、てんやわんやの体育祭準備期間が始まったんだ。

 いつ、どこで、誰が練習するかなんてことを決めるのは実行委員の役目。そのへんは森園主将ら野球部=実行委員たちが段取りをしている。
 リレーや長距離走といった陸上競技に出場する生徒たちは少しでもいい記録を、と走り込むのに余念がない。
 
 対するリュウジ以下のオレたちが仕切るのは、応援旗とか看板とか、そんなのを作る役目のほう。
 それから、棒倒しとかの、喧嘩要素のある団体競技の戦略なんかも頼まれてるみたいだ。
 そういえばオレたちは騎馬戦に出場することになっている。

 「なあ、ハヤト」
 「ん?」
 活気に満ちた校内を一緒に歩きながら、オレはここ一両日、なんだかうきうきしているリュウジを振り返る。
 「なんかさ、俺こういうの好きなのかも知んねえ」
 「あはは、やっぱり? だってリュウジ、お祭り好きだもんな。御神輿担ぐ気分と似てるんじゃない?」
 「ああ、そうだな!!! 言われてみればそれと似てるのかもな」
 うんうん、と頷くリュウジの笑みはすがすがしい。
 
 「あ、いたいた!! 兄貴ぃ~~~」
 「お? どうした、ノブオ?」
 「看板作成班が、下書きできたのを見てほしいらしいんっス」
 「俺にか?」
 「はいっ!! 兄貴のOKが出ないと先に進めないって」
 「オウ、そうか。今いくぜ!!! ほら、ハヤト!! ぼーっとしてねえで行くぞ」
 「あ、はいはい、了解!!」
 べつにぼーっとしてたつもりなんかないんだけど、気合いに満ちたリュウジには敵わないなあ、オレ。
 
 「押忍、リュウジ」
 「オウ、ダイゴ!! どうだ、そっちは?」
 ノブオに連れられて看板作成中の体育館へ行く途中、道場のほうで棒倒しチームに、守りの極意を伝授していたダイゴに声をかけられた。
 「ああ。とにかく守ることが重要ゆえ。ウェイトのある連中を中心に集めてみたのだ」
 「そうか。守りを固めるのは地味なことかも知れねえけど、重要なポイントだからな。しっかりやってくれな!!!」
 「お~う!!!」

 実は学年を問わず、ということは、中には先輩も混じっているんだけど、リュウジは案外そういうのに無頓着というか、おおらかというか。
 けど、嫌味にはならないんだろう。先輩たちもリュウジの顔を見ると、笑顔で手を振ったり、背中をどやしつけたりしている。

 なんか、こういう活気に満ちた学校っていいね。
 ムードメーカーは確実にリュウジだ。そんなリュウジの隣にいるのって、緊張するけどわりといいもんだな。
 「オラ、ハヤト!!! 遅れずに歩けや!!!」
 「あ、いけね、はいはい」
 ふっと想いにとらわれてたら──あらら、叱られちゃったよ、オレ。

 小走りにリュウジの後を追いながら、オレはちいさく笑ってた。
 リーダーシップを発揮する漢と一緒に行動するようになって、オレは結構変わったかな。
 あ、けどリュウジは相変わらずとぼけてるって言うかな。



   * 4 *


 体育館では看板作成班が待っていた。
 フロアのもう半面を使っているのは、大きな布を広げている応援旗作成班。
 
 ノブオに促されて看板の下書きを見て、リュウジは満足そうに頷いた。
 「オウ!!! いいじゃねえか。ここんとこは何色に塗るんだ?」
 「ここは──そうだな、赤かな?」
 「濃いめの橙色でもよさそうじゃないですか? それか金色とか」
 「あ~、でもベースがこの色だからねえ。やっぱ赤?」
 なんて、美術部が中心となった看板班とリュウジはやりとりしている。

 「ね~、リュウジ、こっちも見てってよ」
 と、カラダは男子、ココロは乙女で知られる千晶ちゃんがフロアの向こうから走ってきて、リュウジをつかまえる。
 「オウ、千晶ちゃん。旗作ってるんだな」
 「だってさ、女子は裁縫できるだろ、って強引に。あたしできないのになあ。リュウジかわりにやってよ。巧いんでしょ?」
 背中の真ん中まである髪の毛をふたつに結った千晶ちゃんが、ぷん、と頬を膨らます。

 「いや、悪い。俺はこう見えて案外忙しいんだ。ほれ、ハヤト置いてくから好きに使っていいぞ、千晶ちゃん」
 「え──ってリュウジ……オレかよ!!」
 「んじゃ、まあいいや。ハヤトでも。ね、ちょっとこっちの端っこ持っててよ」
 「ええと、ああ、了解」
 逆らうとあとで誰に何て言われるかわかんないから、とりあえずここは千晶ちゃんに従っておくことにしよう。
 
 「ねえ、千晶ちゃん?」
 オレは千晶ちゃんに言われるまま、旗の隅を持って、幾人かの女子たちが混じっている作業風景を見守っていた。ちょっと目についたのは、そのデザインだ。
 「ん? なに、ハヤト」
 「この旗のデザインは、どこかで──」
 「あ、これね」
 ふわり、と千晶ちゃんは笑う。
 「わかる?」
 「そりゃ、当然。リュウジもちゃんと見たらびっくりしたろうにね」
 「ほんっと。リュウジって肝心なとこ鈍いよね。だから無粋な漢になっちゃうんだよ」
 「あはは、そうかも」
 「でしょ~?」
 
 なんて、笑いながら千晶ちゃんと一緒に見ている応援旗のデザインは、オレたちの隊旗をベースに手を加えたものだった。
 天下無敵の文字はそのままに、真ん中にあしらったのは鬼マークのかわりに鬼工の校章。上の『鬼浜爆走愚連隊』の部分は『鬼浜工業高等学校』に変更してある。
 オレが見てさえ感慨あったんだから、リュウジが見たら真剣に喜んだろうに……。

 「いいよ。完成してから褒めさせるから。リュウジには」
 「あはは、それも一興かもね」
 「相手がリュウジじゃね。仕方ないって」
 さすが千晶ちゃん。よくわかってるな、リュウジを。

 さて、それからあっちに呼ばれ、こっちに呼ばれをいくつか繰り返しながら、リュウジとオレは再度合流したあと中庭に来ていた。
 ここでは、くす玉割りに使う大きなくす玉を作る作業が進んでいた。
 つと見ると、森園主将が作成指導にあたっている模様。気付いたリュウジが声をかける。
 「オウ、森園!!! お前、グランドのほうはいいのか?」
 「ああ、リュウジ。相棒さんも。あちらは平気さ。うちの腕利きが目を光らせてる」
 「そうか。なら安心だな!!!」
 縁なし眼鏡を中指で持ち上げながら、森園主将は頷いた。

 「それにしても、やっぱり大きいんだね、くす玉って」
 ただいま行われているのは、巨大なお椀状の外殻を、寄ってたかって金色のペンキで塗る作業。かなりの大きさにオレは目を見張ってしまう。
 「ふふふ。そりゃそうさ、相棒さん」
 「どれくらいあるんだ? サイズは」
 「これはね、リュウジ。3尺玉だ。半径90cmある」
 「へえ。3尺玉って、花火大会を思い出す言葉だな」
 なんてオレは感心してしまう。

 「ところでふたりとも。今年のくす玉割りは俺が考えた新趣向なのだよ」
 「またしても新趣向か? 森園」
 「そうさ、リュウジ」
 もったいぶるように森園主将が言う。

 「わが陣が作ったくす玉は、敵陣の頭上に吊す。逆に、敵陣作成の玉はわが陣の頭上にあるわけ。そして、両陣営が玉を投げて割るのは、敵陣の頭上にある、自陣の作ったほうのくす玉だ」
 「……は?」
 「ふふふ。面白いと思わないか? 敵陣の頭上で割れるくす玉をわが陣営が作るのだ」
 どうも森園が言ってる意味がよくわからなくて、オレはリュウジと顔を見合わせる。

 「ええと、森園?」
 「わからないか? 鈍いね、リュウジ。相棒さんも」
 「何だとぅ?」
 ふふふ、と笑いながら森園主将はこう続けた。
 「この中に、何を入れたら面白いだろうな、リュウジ?」
 「うん? くす玉の中身か?」
 「そう。今回の取り決めでは、中身は自由なのだ。刃物のような危険なものや腐るものでなければ、中に何を入れてもOKなのだよ」
 森園主将は眼鏡の奥をきらめかせて言う。
 
 「ってことは──」
 「つまり……?」
 「危険ではないが、出てきてほしくないものを中に入れる。それを敵陣の頭上に吊って、必死に割る──楽しそうだと思うだろう?」
 「森園──お前、危ない思想を持ってるな」
 「ふっふっふ。お褒めくださって光栄だね。リュウジ」
 至って満足といった表情の森園主将だった。

 「で? 中には何を入れるんだ?」
 「それは、当日までのお楽しみだね、相棒さん」
 「もったいつけるじゃねえか、森園!!! つーか、これ、すぐ割れるように作ってもおもしろくねえだろ? けど、割れなきゃ負けるしな」
 「ふふふ、それは心配には及ばないよ、リュウジ。最後の目張りは公正を期すために、第三者に依頼することになっているから」
 あくまで用意周到の実行委員長の微笑は、どこか危険な香りを漂わせていたような……。



   * 5 *


 午前中は気もそぞろに授業を受けて、昼休みのあとは全校総出で体育祭の準備。
 必要なものを作ったり、それぞれの種目を練習したり──そんな毎日は慌ただしく過ぎていく。
 全校生徒の様子を窺ったりするのが役目のオレたちではあるのだが、オレたちだって当日に向けての練習らしきをしないといけない部分があった。
 面倒見のいいリュウジのことだから自分たちのことはおのずと後回しなもんで、オレたちは人知れず、日が暮れたころの河川敷で鍛えるべきところを鍛えることにした。

 「鬼浜工業高校、本気出してくんで夜露死苦ぅ!!!」
 「夜露死苦ぅ!!」
 なんて感じで声出し練習をしている。
 
 「あ~、ノブオ。まだまだだな。こう、腹にチカラ入れろや。そうすっと、自然に上体が後ろに反るだろ? でも、顎はきちんと引くんだぜ」
 「えと、こうっスか?──夜露死苦ぅぅ!!!」
 「オウ、だいぶいいじゃねえか。な、ダイゴ?」
 「押忍。腹に力を込めれば、自然と喉への負担も少ないゆえ効果的だな」
 「なるほどね~。腹にチカラか」
 「オイ、感心してる場合じゃねえぞ、ハヤト!!! お前もちょっとやってみろや」
 「ああ、はいはい、っと──夜露死苦~~~」
 「なんかこう、締まりがねえなあ、ハヤト」
 「え? そう? リュウジ」
 こんな具合でオレたちは、河川敷を勝手に賑わしている。これじゃ女子が夜に来たくない場所ナンバーワンもうなずけるな。

 しばらく大声で怒鳴ってたオレたちは、土手に座って小休止を挟むことにした。
 ノブオが買ってきてくれた飲み物で、からからに乾燥した喉を湿らせる。
 と、土手の上から声が呼んだ。
 「おおい、お前たち! どうした、そんなとこで?」
 「お? オウ、赤ジャージか!!!」
 リュウジが応えると、赤ジャージは手をあげて土手を下ってきた。

 「なんだ? こんな時間にランニングかよ」
 「ああ。このごろは早い時間は学校で練習できないからな。道場も空かないことだし」
 「あ、そうか。道場も体育祭の練習で使ってるからね」
 「そうなのだ、ハヤト。とはいえ、生徒一丸となって何かをするのは良いことだ。俺は見ていて楽しいと思う」
 「そうか。なら俺らも奮起しがいがあるってもんだよな!!!」
 赤ジャージにそう答えたリュウジの台詞は、さすがに応援隊長だけある感じだった。
 「押忍」
 「そうっスね、兄貴!!」

 「それで? 先生はこれからまた道場へ戻るんだ?」
 「そうだな。まだ少しだけ時間があるので。時間は無駄にしたくないのだ」
 「オウ!!! いいこと言うなあ、赤ジャージ」
 頷いて、リュウジは赤ジャージの肩をぽんと叩いた。……偉そうだなあ。

 「なあ、赤ジャージ。今度の体育祭で、もしかして佐藤先生と一戦交えたりする予定なのか?」
 リュウジは思いついたようにそう訊いた。
 赤ジャージの倒さねばならぬ敵は愛しい人の兄上で、暗黒水産の体育教師の佐藤先生だ。
 「いや。今回はまだ機が熟さぬので見送ることになった」
 「ふうん。いろいろ考えてるんだ、先生」
 「そうれはそうだ。いい大人だからな。向こう見ずにつっかかっていくだけが戦法ではない」
 「──なるほどな。勉強になったぜ、さすが教師だな、赤ジャージ」
 自分たちのことを言われたような気がしたオレたちは、リュウジの言葉にそれぞれ頷いて、赤ジャージをまっすぐに見た。

 「おう、よせ。そんな目で見るなよ、お前たち」
 そんなオレたちに気付いて、赤ジャージは慌てた素振りを見せた。
 「第一、今回は見送ろうという作戦を俺に伝授してくださったのは、マキさんだ」
 「何? マキ姉の作戦なのか?」
 照れる赤ジャージに、つっかかっていくリュウジという図式はもう見慣れたもの。
 「ちぇ。なんだ。尊敬して損したぜ。まあな、マキ姉の作戦だったらそれ以上のものはねえからな」
 「ああ。俺もそう思っている」
 「あははは、先生、のろけてるね~」
 「ハ、ハヤト、俺はそんなつもりでは……」
 暗かったからわからないけれど、きっと赤ジャージは真っ赤になってるんだろうな。
 オレのとなりでリュウジは唇をとがらせて赤ジャージを睨んでいるけど。

 「それでは俺はそろそろ戻る」
 「オウ。頑張れや、赤ジャージ!!」
 「どうもな。お前たちも大変だろうが、応援隊に期待している」
 そう言って、赤ジャージはふたたび川沿いのコースをランニングで戻っていった。

 「さて、それじゃ俺たちも練習に戻ろうぜ!!!」
 リュウジがオレたちに声をかける。
 「だね。さあ、もうひと頑張りだ」
 「おおっ、ハヤトさん。やる気じゃないっスか!!」
 「そりゃあね~。だってリュウジのOK出ないと、帰れないだろ? 今日」
 「わはは、ハヤト!!! その通りだぜ。よくわかったな?」
 「わかるよ。リュウジが考えてることくらい」
 オレは苦笑いをリュウジに返す。
 じゃあいくかあ、と腰を上げる──と。

 「あれ? ダイゴ、どした?」
 ダイゴがひとり、オレたちとは逆方向を見据えていた。視線の先は、土手のススキが群生しているあたり。
 「いや──気のせいか?」
 「何か出ました? ダイゴさん」
 「何っ!!! おい、ダイゴ……」
 「いや、気にするな。何でもない、リュウジ。少なくともリュウジが怖れるような手合いではないはずだ」
 「そうか?」
 「押忍。ただ──気配が、な。どこかで感じたことのある気配がしたのだ。そのあたりで」
 ダイゴの顔からすると、気配の持ち主の察しはついているんだろう。
 「まあ、放っておいても害はないだろう。さあ、リュウジ。続きをやろう」
 「お、おう……」
 ちょっとリュウジのテンションが下がりかけたけど、ひとつ大声を出したらもう忘れたみたいだった。

 そしてオレたちは、空腹に耐えられなくなるまでそこでそうして声を張り上げていたんだ。



   * 6 *


 そのときリュウジの拳が、ノブオの頬をしたたかに打った。
 音を立ててノブオは倒れ、それへリュウジが大声で呼ばわる。
 「ノブオ!! ほら、早く立て!!! お前はこれしきで参るような男なのか?」
 「いいえ──いいえ、兄貴!!! スミマセンでした」
 「よし。まだやれるな?」
 「はいっ!!! お願いしま~っス!!!」
 立ち上がったノブオは、両手を後ろに組んだまま、反撃もせずにリュウジの拳を受けていた。

 「痛そうだな、ノブオのヤツ」
 「ああ。でもさすがに打たれ強いだけあるな。よく持ちこたえていると思う」
 オレとダイゴはふたりの姿を見ている。
 今日は準備期間に入ってから、珍しくオレたちは手透きになった。そんな今、体育館の裏手で繰り広げられるこれは、リュウジの愛ある特訓なのだ。
 来る体育祭の本番では、オレたちの出場種目は騎馬戦に決まっている。
 リュウジとダイゴとオレが馬をつくり、騎手はノブオだ。
 そんなわけで、打たれ強い騎手となるように、とノブオが自ら志願した特訓なんだ。

 「オウ、じゃあ行くぜ!!!」
 「はい、どうぞ──」
 ふたたび振り下ろされる、リュウジの容赦ない拳はノブオを打つ。こんな際でも手加減しないリュウジは流石だと、となりでダイゴが呟いた。
 
 「ふふふ、やってるね。リュウジ」
 「うん? ああ、森園か」
 今度は倒れずに持ちこたえたノブオにひとこと言おうとリュウジが近寄ったちょうどそのとき、背後から声がかかる。体育館の正面から回ってきたのは森園主将だった。
 「悪いな。今日は自分らのことに時間を使っちまって」
 「まあ、それも必要なことだろう? ノブオ君にも強くなってもらわないと」
 「あっ、森園サン、アリガトウゴザイマ~っス!!!」
 唇の端っこが切れて、血が滲んでいたりするんだけど──それでもノブオは笑顔で言った。本当に打たれ強いな。見上げたもんだ。

 「玉城。君も一緒にリュウジに鍛えてもらうか?」
 「僕? いやあ、それはちょっと。なはは」
 そんなふうに誤魔化し笑いをしているのは、オレたちと同級の玉城だ。
 玉城は森園主将率いる野球部で、一塁手をつとめている男。なんでも以前は演劇部にいたんだって聞いたことがある。小柄で、腹話術の人形みたいな顔した憎めない印象のやつ。
 「ほう。玉城も騎手をやるのか?」
 「うん。そうなんだよね、リュウジ。僕はそういうの、どっちかっていうと勘弁して欲しい平和主義者なんだけどね」
 なんて、芝居がかった身振りで玉城は言った。

 「それじゃちょっと、そこノブオの横に並べや。ついでに俺が鍛えてやるぜ!!!」
 「うわあ、大丈夫だって、リュウジ。そんなことしなくても、僕ちゃんと避けるから」
 言いながら、玉城は森園主将の背後に逃げていった。
 「なんだよ、だらしねえなあ、玉城。たまには痛い目に遭うのも男として重要だぜ? なあ、ハヤト?」
 「え──オレ? ああ、うん。そうかもね」
 「ふふふ。相棒さん、今完全に他人事だっただろう?」
 「え……あはははは」
 もう、リュウジにも森園主将にもオレは絶対敵わないな。

 「束の間の自分たちの時間を邪魔して済まなかったな、リュウジ」
 「いや。全然平気だぜ。それにノブオもちっとは休めたみたいだし。なあ?」
 「はいっ!!! 森園サンに玉城サン、ありがとうございました!!!」
 「ふふふ。とんでもない。それじゃ俺たちは行こうか、玉城」
 「うん、そうだね。こんなとこにいたら何されるかわかったもんじゃない」
 「何だとう?」
 なんてリュウジが冗談交じりに拳を振り上げるのに、大袈裟に逃げまどう恰好をしながら玉城が走り去っていった。その後を森園主将が悠然と追う。

 「やれやれ。あいつらも多少は余裕出てきたみたいだな」
 ふたりの後ろ姿が体育館の向こうに消えると、リュウジは言った。
 「まあね。今回は野球部も大変そうだもんな。実行委員」
 「押忍。それでもつつがなく準備は進行している様子なのは、流石に森園だ」
 そう評するダイゴに、オレは頷き返してみる。まったくその通りだな。

 「そしたら、もう一丁行くか? ノブオ?」
 「は~い。オレはまだ全然大丈夫ですからね。えへへ」
 よっしゃ──と首を縦にリュウジが振ったときだった。

 「曲者だあああ!!!」
 「そっち逃げたぞ!」
 「誰か、捕まえろ~ッ!!」
 体育館の正面の方から錯綜した声がオレたちに体当たりをかました。
 「うん? 曲者……?」
 リュウジが小首を傾げて振り向いたその瞬間だった。
 声に釣られて体の向きを変えたダイゴに、真正面からぶつかってきた体があった。
 
 「おう?」
 「あっ、す、すみません!!!」
 ダイゴに詫びを言ったのは、そう──オレたちには見慣れたピンクのモヒカンだった。
 「あ──れ? うわ、鬼浜寺の……? うひぃ~~~~~、助けてぇぇぇ」
 ピンクのモヒカン・暗黒一家のタカシは、反射的に出たダイゴの腕に羽交い締めにされていた。
 
 「お主、ここで何をしているのだ?」
 「ひ~~~~~、ゴメンナサイぃぃぃ」
 ダイゴに両腕を戒められたタカシは、なんとも情けない声を出す。絶体絶命といったところか。
 「俺は気付いていたぞ。お主、昨夜は河川敷でも俺達を見張っていただろう?」
 ダイゴは逃がすまいと戒めにチカラを込めたようだった。

 「オイ、タカシ!!! お前何しに来た?」
 そのとき、オレの後ろから聞こえてきたのはノブオの声だった。
 タカシの答えを待つまでもなく──ノブオがタカシの頬を平手で張った!!!
 「半端なことしやがるとオレが許さないって覚えときな!!!」
 「わ、うわ……痛っっっっ!!」
 いままで特訓を受けていたノブオは、いつも以上に熱い血潮が漲っていたらしい。
 とにかくやらずにいられない、そんな風に見えるノブオを止めるものは誰ひとりとしていなかった。
 
 もはやダイゴの戒めからは解かれていたタカシだったが、ノブオの本気に敵う状態ではなかったらしい。
 大人しそうに見えても、切れると能力を発揮する男・ノブオが今のタカシ風情に負けるわけはない。
 したたかノブオの平手を受けて仰向けに寝っ転がったタカシの姿には、駆けつけてきた鬼工の生徒たちによって冷淡なまなざしが向けられていた。



   * 7 *


 ダイゴが捕獲して、ノブオが痛めつけた曲者──暗黒一家のタカシは、問答無用で体育祭実行員会の根城になっている生徒会議室に連行されていた。
 窓際の椅子に座った森園主将の真正面に座らされたタカシは、周囲を野球部とオレたちに囲まれて挙動不審におろおろしている。
 
 「それで? この者の働いた狼藉とは?」
 「報告します。主将」
 口を開いたのは、目撃者だった野球部1年生の天宮くんだった。
 「こいつ、体育器具庫の陰にいたんです。それで、中庭で練習をしているうちの様子をずっと見てました」
 「ふうん。スパイ──だな? その制服は暗黒水産だろう?」
 「…………」
 うつむいたまま、タカシは何も答えない。

 「それで、おれが声を掛けたんです。そしたら校庭のほうへ逃げて。逃げながら、おれに向かって何か尖ったものをたくさん投げてきたんです。それを見て、校庭にいた生徒たちが一斉に追いかけて……」
 「それをダイゴが捕まえて、ノブオが殴ったってことだな?」
 リュウジが口を挟むのに、天宮くんは頷いた。

 「主将。こいつがおれに向かって投げたのは、これです」
 天宮くんは、拾い集めたらしい銀色の尖ったものをいくつか森園主将に手渡した。
 「これは何だ? 暗黒水産」
 「ええっと……これは鋲です」
 タカシはちいさくそう言った。
 「これでうちの天宮をやっつけようとした、と?」
 「いいえ……ただ、なんとなく。持ってたから」
 森園主将は鋲を指先で転がしながらタカシを見る。
 見れば、タカシがおそらく苦し紛れにばらまいたと思われる鋲っていうのは、革ジャンなんかに打つやつみたいだ。パンクの人が飾るアレだ。

 「とにかく、暗黒水産に連絡しよう。このまま帰らせるのも何だし」
 「あ、それなら僕がしとこうか。僕、暗黒の番長の連絡先知ってるから」
 右手を挙げて言ったのは、玉城だった。
 「うん? 暗黒の番長ってのは……」
 「リュウジも知ってる奴。コウちゃんだよ」
 「コ──コウちゃん、だあ?」
 多分、玉城が言っているのはコウヘイのことだと推察できるんだけど、それにしてもコウちゃんってのは──リュウジ以下のオレたちは、ぽかんと口を開けたまま。
 
 「僕、コウちゃんとは昔馴染みでね」
 オレたちの様子を見て、玉城はこう説明を挟んだ。
 「それから、タカシも。な?」
 「……はい」
 消え入りそうな声でタカシは玉城に答えた。
 「僕、中学までピアノ教室で友達だったんだよね、コウちゃんと。タカシもそのとき一緒だったってことで」
 「えええっっっ!!!」
 にこやかに、懐かしそうな顔をしながら言う玉城に、オレたちはまたしても絶句してしまったんだ。

 「ってことは? タカシは昔からコウヘイの舎弟だったってことか?」
 リュウジが問うのに、タカシは答えなかったけれど──玉城がちいさく頷いていた。
 「それにしてもピアノって、コウヘイのイメージじゃないね」
 「そうかな、ハヤト? 目つきは悪いけど、コウちゃんて繊細な音を出す人だよ?」
 「…………」
 今度こそ、オレたちは顔を見合わせたまま、まったく言葉が見つからなかった……。

 そして、玉城がコウヘイに連絡を入れたようだ。
 本来ならば先方の実行委員会を直接呼び出してもいいような狼藉だったと思うけど、玉城の縁があったので、とりあえず大事にはしないでよろしい、と森園主将が言ったんだ。

 「まあ、大事にしようがしまいが、俺の気持ちに変わりはねえぜ。俺はこそこそ裏で動くような行いは許さねえ。正々堂々と、真っ正面からぶつかって来いってんだ!!!」
 「あ──リュウジ!!!」
 「兄貴!!! ちょっと──」
 リュウジの今にも殴りかかりそうな勢いは、座ったままちいさく身を竦めているタカシに真っ向からぶつかっていった。オレとノブオが場所柄を考えて慌てて制止しようとするけど、あんまり意味がなかったみたいだ。
 リュウジは止めるオレとノブオに睨みを利かせてる。
 
 それを引き継いだのはダイゴだった。
 「少々押さえておこう、リュウジ。ここで迂闊に手を出すのは得策ではない」
 「……そうか? ダイゴ」
 「押忍。落ち着いて先方の出方を待つほうがよいと思う。俺は」
 「そうだね。冷静なダイゴが言うんだから。な、リュウジ?」
 「オウ……」

 ようやくリュウジは落ち着いたようだった。ダイゴは重要なところで流れを変えてくれる見上げた男だ。それへ続けてノブオも言う。
 「それに兄貴。こいつごとき、兄貴が手を出すまでもないですって。いざとなったらオレに任せてください!!!」
 違う面からノブオが切り込む。それへリュウジは笑みを返した。
 「そうだよな。そん時はノブオに頼むことにするか!!!」
 「だね、リュウジ。何だったらオレも加勢するよ」
 「ハヤトが──か? まあいいか。そういうこともあるかも知れねえしな」
 よしよし、リュウジはこれでいつも通りだ。

 ああ、こういうのを見てると、オレたち鬼浜爆走愚連隊ってのはいいバランスで4人集まったな、なんて思う。
 口には出さないチームへの自画自賛を噛み締めていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
 ついに──タカシの迎えが扉の向こうに到着したということを、冷たく張りつめた空気の流れがオレたちに告げていたみたいだった。



   * 8 *


 オレたちと、囚われの身であるタカシの待つ鬼工・生徒会議室まで呼び出されて来たコウヘイが室に入ってくる。その毒のある姿に玉城が呼びかけた。
 「待ってたよ、コウちゃん。僕も、それからタカシもね」
 「──玉城」
 コウヘイは幼名を呼ぶ昔馴染みの玉城に向かって、複雑な表情を見せた。
 
 「オイ、コウヘイ!!」
 「おお──リュウジか」
 「お前、舎弟を使ってウチの何を探ろうってんだ?」
 「舎弟とはタカシのことか?」
 「当然!! こいつを偵察だか何だかにけしかけたのはお前じゃねえのかよ」
 リュウジは玉城を横に押しやり、コウヘイの真正面に立って座らされたままのタカシを指さした。

 「俺はとりたてて何も指図した覚えはねえな」
 相手がリュウジだといういことになると、コウヘイはいつも通りの物騒な声を出す。
 「貴様、それは言いがかりじゃねえのか? 第一、我らが偵察などしないと鬼工風情に負けるとも思えねえし」
 「何だとぅ──?」
 「まあ、リュウジ」
 闘争ポーズで息を巻くリュウジの背後から、オレは宥めるように声をかける。振り向いたリュウジは壮絶な中にも正義感で一杯の顔をしている。
 
 「暗黒さん方。そちらの事情はわからないけどね。けれども目撃証言も、証拠だってしっかりあるのだよ。残念なことに」
 森園主将は、掌で弄んでいたタカシのばらまいた鋲をコウヘイの目前に突き出す。
 それを見るなりコウヘイは、悟ったようにタカシを見て──タカシは今までとは較べものにならないくらいに肩を縮めて小さくなったんだ。

 「ふふふ、納得したみたいだね? 暗黒総帥」
 夏の終わりにちょっとした因縁騒ぎがあったのをオレは思い出した。
 そのときは森園主将の奇策でオレたちに軍配が上がったんだった。
 コウヘイもそれを思ってか、すこし身構えた恰好。それへ森園主将は言い募る。
 「まあね。俺も実行委員長として、体育祭は成功させたいのだよ。沽券にかかわるからね。だから、今日のことは出来うるならば大袈裟なことになどしたくない。とはいえ、俺がどう考えようと、こっちの正義一貫で鳴らす漢がどう言ったものか──ゆえに、簡単に申し開きのひとつでもしていただけると有り難いのだが」
 「申し開き──だと?」
 「そう。詫びてくれとは言わない。せめて、鬼工の何を偵察に来させたのか──それだけでも訊いておこうと思う」
 「…………」
 コウヘイは口を開かない。タカシがコウヘイの指示で動いたのではない、というのは本当なのかもしれなかった。

 「ふふふ。それじゃあ舎弟くんは自らの意志で行動した、と?」
 「オイ!!! だとしたらいい度胸してんじゃねえか」
 森園主将の後をついで、リュウジはタカシに凄味を効かす。
 それを見かねたのか、コウヘイがタカシにこう訊いた。
 「おい、タカシ?」
 「はい──総帥」
 「お前、何故このような真似を?」
 「そ……それは、言えません」
 「何だと? タカシ、俺に逆らうつもりか?」
 「ひ……ひぃぃ~~~っ」
 反射的にといったふうに、タカシはモヒカンの頭をかばう恰好で身をすくませる。

 それに割って入ったのは、コウヘイとタカシふたりの幼友達である玉城だった。
 「コウちゃん。タカシがコウちゃんに逆らうとは思えないな、僕には。だって子供の頃から、タカシはコウちゃんを崇拝してただろ? なあ、タカシ?」
 「ならばタカシよ。俺に逆らわずに言ってみろ。お前は敵陣に、一体何を見に来たんだ?」
 「それは──言ってもいいんでしょうか?」
 「さっさと言え。それが俺の命令だ。俺にこれ以上恥をかかせるな」
 「なら……」
 
 なぜか言いにくそうに、タカシは上目遣いにコウヘイを見て、ひと呼吸入れてから口を開く。
 「ええと……オレが見にきたのは──総帥、あの、こないだの勝負のときに会った……総帥が拘ってた、ちょっと変わった……」
 「な、何だと──?」
 タカシは語尾を妙に口の中に残すような言い方をした。対するコウヘイは、どうしたわけかやけに大きな声を出す。
 「タカシ、お前は何を!!!」
 「だ、だって──総帥が、やけに……」
 「俺がどうしたと言うのだ!!! 第一、そんなことはタカシには関係ねえだろう?」
 「けど、オレ──」
 タカシはうつむいている。それを見下ろす恰好のコウヘイの後ろ姿には、何某かの動揺があったようにも見えた。

 「コウヘイ、お前、こないだの勝負のときってのは?」
 「──何でもねえよ、リュウジ」
 背後から声をかけるリュウジに、コウヘイは振り向かずに覇気のない声でそう答えた。
 「リュウジには関係ねえ」
 「関係ねえはずはないだろうが!!! こないだの勝負っつったら俺らとのことだろう? それが元で、しかも学校で騒ぎなど起こされたら、俺の立つ瀬がねえ」
 腕組みをして声を張るリュウジをようやくコウヘイが振り返った。
 
 そして、たったひとことこう言った。
 「──悪かった」
 正直言って、コウヘイが詫びの言葉を口にするなんて誰も予想していなかったんだ。
 だから居並ぶ連中は、誰もそれへ応えることができずにいた。

 「タカシのしたことは、俺に端を発する個人的なことだと思ってくれるがいい」
 「なるほど。それではこちらに害や不利をもたらすためではない、と?」
 森園主将が聞き返す。
 「無論。ここは即座に退却するゆえ、願わくば表沙汰にしないで欲しい」
 「どうする? リュウジ」
 リュウジは、コウヘイの見慣れぬ様子に毒気を抜かれた様子でいる。
 確かにどうしちゃったんだろうね、コウヘイは。

 「ああ、森園──そうだなあ」
 リュウジが迷いながら何かの決断を口にしようとしたときだった。

 「うわ~~~~!!!」
 「何だ!!!」
 「ちょ、止まれ~~~」
 開け放った窓の外、校庭が急に騒がしくなる。
 
 うん? と比較的窓に近いところに立っていたオレが外を見やると、黒の学ランを着た巨漢が、校庭のど真ん中を縦横無尽に駆け回っているところだった。
 走る巨漢に翻弄されて、練習していた生徒たちが混乱の様相を呈していた。
 「あれ? ゴンタじゃない?」
 ええと、今度は何が起きたんだ?



   * 9 *


 生徒会議室にいた一同──リュウジ以下のオレたちと森園主将ら野球部、それからコウヘイにタカシ──は、騒ぎの起こっている校庭へと急いで下りていった。
 騒動の中心はゴンタだ。
 大きな声で何やら叫びながら、恐慌状態で校庭を走り回っている。
 
 急ぎながらリュウジが問う。
 「オイ、コウヘイ!!! お前、本当に邪魔しに来たんじゃねえだろうな?」
 「まさか。そのような事は断じて。第一、俺たちは呼ばれて来ただけだ」
 さすがに困った顔でコウヘイがそう答えた。

 「ハンゾウ、何事だ?」
 「ああ、総帥」
 ハンゾウの姿を認めたコウヘイは近寄っていき、声をかけた。オレたちもついていく。
 「目立たないようにしていたのだが、ゴンタが運悪くあれを見てしまった」
 「あれ──ネズミか?」
 「そう。ああなるともう手がつけられない」
 諦めたような表情をハンゾウは見せた。同時にコウヘイもため息をつく。

 「ネズミ? ああ、そういえば前もそんなことがあったっけ?」
 「そうだな、ハヤト」
 オレとダイゴは頷きあう。以前、夕映え木立でこんな状態になったゴンタを見たことがあった。そのときゴンタの唯一の弱点を知ったんだ。
 「とにかく何とか収拾つけろや、コウヘイ!!!」
 「おう……」
 コウヘイらは、3人して目を見交わしている。暴れるゴンタは仲間でも恐怖なんだろうか。
 鬼工の生徒たちは、それこそ蜘蛛の子を散らすが如くトラックの外に避難していた。
 迷走したゴンタが近くに来ると、また人波がざわりと揺れる。

 渋々のようだったが、それを見た3人は校庭へ出ていった。
 闇雲に走るゴンタを取り押さえようと、目的に向かっていく。
 「よし、俺らも行くか。人数多いほうがいいだろ、きっと」
 「そうだね、リュウジ。全員でかかろう。行くぞ、諸君」
 言うが早いか、オレたちも総出でゴンタに向かって特攻をしかけたんだ。

 追いかけたり挟み撃ちにしようとしたりしながら気付いたんだが。
 「ダイゴ、あいつ走るの案外速いね」
 「押忍。火事場の馬鹿力も手伝っているのかもしれないな」
 「って、感心してる場合かよ!!! ほら、ハヤト、そっち回れや」
 「うん、了解!!」
 
 リュウジに示されて方向を変えると、追いついて押しとどめようとする野球部の1年生がゴンタに投げ飛ばされる瞬間を見た。
 それへ気付いたハンゾウが、投げられたやつに頭を下げながら手を貸している。
 さらに、ゴンタは追いついたコウヘイの顔すら見分けられないらしい。
 「これじゃあいかにコウへイでもためらうかもな」
 「そうっスねえ、ハヤトさん」
 ちょうど一緒に走ってきたノブオが頷いてくる。
 「でもね、オレ、今日は追いついたらきっと一発かましますよ、ゴンタに」
 「ノブオ、そりゃ逞しいね」
 とか言っている間に、ゴンタを先頭に追尾者もろとも中庭に向かうルートを駆け抜けている。

 「うわ、そっちはまずい!!」
 後ろの声に振り返ると、血相を変えた天宮くんがオレたちを追い越していく。
 「お~い、天宮。そっちは何がまずいの?」
 「急げ、ノブオ!! 今の時間、中庭は女子がダンスの練習に使ってるはずだ」
 「なんだって? そりゃまずい。ハヤトさん、急ぎましょう!!」
 「了解!!!」
 息切れしながらオレはノブオに頷きながら──あれ? そういやタカシが偵察してたのって中庭だって言ってなかったか? とか考えていた。なんだか引っかかるかも──。

 校舎に遮られているから、中庭までは校庭の騒ぎは聞こえてきていないようだ。近づいてみると、ダンスに使うものとおぼしき曲が流れているのに気付いた。
 「リュウジ!! この先は──」
 「オウ!!! ハヤト、わかってるぜ」
 追い上げてきたリュウジと森園主将、それとコウヘイがゴンタの背中を捉える──その直前。

 「ちょっと、なによあんた!! 邪魔しないでくれる? うるさいのよ」
 渡り廊下にさしかかったゴンタの真っ正面に立ちはだかって押しとどめたちいさな姿があった。凛然とした声は、聞き覚えのあるもので。
 「うわ、千晶ちゃん!!! 出てくるな!!!」
 慌ててリュウジが叫んだが、お構いなしに千晶ちゃんは両手を広げてゴンタを遮ろうと体を張る。

 「ウウウ…………」
 足を止めたゴンタは、うなり声をもらしながら眼前の千晶ちゃんを睨んでいる。
 「あんたたち暗黒水産、いったい何の真似? さっきはピンクの頭がうろうろしてるし」
 「千晶ちゃん、怒ってるのはわかるが今はそんな場合じゃねえぜ!!」
 「その通りだ。下がっていろ」
 追いついたリュウジとコウヘイが、共に千晶ちゃんとゴンタの間に割って入った。

 千晶ちゃんの思わぬ行動で、ゴンタが足を止めたのはチャンスだったようだ。
 こちらも追いついたダイゴが、一瞬の隙をついてゴンタを背後から羽交い締めにした!!!
 「フンガー!!!」
 遂に捉えられたゴンタはダイゴの腕を振り払おうともがくが、ダイゴが冷静に肘の関節を狙って締め上げた。ゴンタの表情が苦しげに歪む。

 「よし、ダイゴ!! そのまま倒せ!!!」
 「押忍」
 リュウジに答えるが早いか、ウチの巨漢もこんな時には素早い身のこなしでもって、体勢を入れ替えてゴンタを投げた!!!
 赤ジャージが見たら泣いて感動するような、まったくもって鮮やかなダイゴの背負い投げが決まった。
 ダイゴの容赦ない投げはゴンタの背中をしたたか地面のコンクリートに叩きつけた。
 もしも起きあがってくるようなことがあればさらに危険か、と身構えた周囲をよそに、ゴンタはそのまま白目をむいた──勝負あり、だ。
 
 「よし!!! ダイゴよくやった!!!」
 「リュウジ、どうも」
 リュウジと、それから倒れ伏したままのゴンタにそれぞれ礼をして、ダイゴは一歩退いてオレとノブオの横に並んだ。
 「ダイゴ、おつかれ」
 「押忍、ハヤト」
 「ちぇ。おいしいとこダイゴさんに持っていかれちゃったっス」
 「ははは、それは申し訳ないな。ノブオ」
 ようやく緊張を解いたオレたちは、軽く笑いあったんだ。



   * 10 *


 「鬼工よ。今回は何から何まで済まなかった」
 しばらく後、ダイゴに倒されたゴンタが正気づくのを待ちながら、コウヘイが森園主将にこう言った。決してリュウジに向けてではないところが奴のプライドなんだと思う。
 「ああ。いろいろ言いたいことも無くはないけど。なあ、リュウジ?」
 「オウ!!! 本当だったら無事では帰したくねえけどな。そんなことしたら森園のコケンにかかわるんだろう?」
 「まあね。そんなとこだ。今さっきの大きい人が暴れたのは、事故なんだろ? 暗黒総帥」
 「ああ。そう信じてもらえれば幸いだ」
 強くない口調でコウヘイは言う。
 付き従うハンゾウはゴンタに水を飲ませようと苦心していて、もう一方のタカシは、コウヘイの横でこれまた申し訳なさそうな顔をしていた。
 
 「それでは、体育祭実行委員長の権限において、今回のことはすべて事故と見なす。いいな、実行委員諸君?」
 「はい──主将!!!」
 野球部一同は口を揃えて返事をした。
 「また、今日のことを面白く思わない者は、体育祭本番で正々堂々と勝利でもって憂さを晴らせばよい。以上だ」
 「おう!!!」
 これは、野次馬していた生徒たちに向けての言葉だ。

 「さて、我々も暇ではない。各自持ち場に戻ろう。悪いけどリュウジ、ここは頼んでもいいかな?」
 「オウ、当たり前!!! 俺らが責任もって預かるから、お前らはしっかり練習に精出せや!!!」
 「お~~~う!!!」
 リュウジの返答をきっかけに、それぞれは持ち場だったり練習だったりに戻っていったんだ。
 
 立ち去り際に、コウヘイとタカシの幼友達の玉城がコウヘイに言った。
 「コウちゃん。あとでタカシを虐めたりすんなよな。タカシは今でもコウちゃんを尊敬してる。コウちゃんに忠実なのが高じてこうなっただけだから」
 「玉城──」
 「じゃ、僕はこれで。油売ってると主将にどやされるからね」
 ばいばい、と手を振ってから、玉城は森園主将の背中を追いかけていった。
 タカシはうつむいていて、コウヘイは遠くを見ていた。
 
 さて、生徒諸君が退いたあと。練習を再開した女子たちのダンス用の曲をBGMに、オレたちはゴンタが起きあがるのを待ってる。
 「どうした、女子? 練習に戻らなくていいのか?」
 何故かオレたちにつきあって、ゴンタの様子を見ている千晶ちゃんにコウヘイは問う。
 「うん。あっちは大丈夫。もう最後のツメだし、それにあんたたちにあたしの華麗なとこ見せたらもったいないじゃない?」
 くふふ、と千晶ちゃんは笑いかけてる。なんか余裕あるよな。

 「それはそうと鬼工の女子よ。あのようなゴンタの前に立てるとは見上げた勇気だ。感謝する」
 そっけなく──だけど感慨を込めてコウヘイが言った。
 オレたちはなんとなく、口を挟む余地がない感じで、ただその風景を見ていた。
 「どういたしまして。あたし、逞しい女だっていつもあのへんに言われてるから」
 「そうか。ところで女子。ダンスに出るのだな? ということは、本当に女子なのだな?」
 「え──あたし?」
 訊いたコウヘイは、どことなく神妙な顔をしていて、訊かれた千晶ちゃんはきょとんとした顔をしていた。

 「コウヘイ!! 野暮なこと訊くんじゃねえ。そんなのどうだっていいじゃねえか? 千晶ちゃんは千晶ちゃんだぜ? それに何か文句でもあるのか?」
 「いや。そういうことじゃねえんだ……」
 どうもコウヘイは、歯切れのよろしくない感じだ。
 なんか変だな、と思ったところでハンゾウが言った。
 「あ、総帥。ゴンタが目を覚ました」
 「……ん~?」
 倒れたままの上体を起こしつつ、ゴンタは周囲を見回して不思議そうな顔をした。
 ムリもないよな。正気になって見るのは、きっと初めてみる他校の風景だから。

 「あ、おっきい人。大丈夫?」
 「ん? ……うわああああ」
 覚醒したゴンタは、どうしてだか千晶ちゃんの顔を見て怯えた目をしてる。
 「あはは、千晶ちゃんはネズミじゃないってば。あ、それとももしかして、またひとつ苦手ができちゃった? ゴンタ」
 「ハヤト──それ、あんま笑えないかもしれねえぞ?」
 「え──?」
 「押忍。ゴンタにもうひとつ弱点が出来た場面に立ち会ったかもしれないな、俺たちは」
 ダイゴが重々しくそう言った。
 「ええっと……やっぱり千晶センパイってかっこいいっス~」
 そんなふうにノブオが讃えるのを聞きながら、コウヘイはまだ神妙な面持ちで千晶ちゃんを見ていたのだった。

 騒動はひとまず決着して──最後にもう一度コウヘイが詫びを言い、タカシも頭を下げ、ゴンタはいまだ怯えており、ハンゾウはそんなゴンタをフォローしながら──暗黒一家はわが鬼工をあとにした。

 時刻はすでに夜に近づいている。
 あのあと残った短い時間を特訓の続きに充てたオレたちだったが、照明器具もろくにない体育館裏が暗くなってきたのを機に、じゃあまた明日と切り上げたところだ。
 校門を出てすこし行って、別方向のダイゴとノブオに別れを言って、そしてオレとリュウジはふたり並んで帰途についたんだ。

 なんとなく話しながらの帰り道。
 「そう言えばリュウジ。オレ、気付いたんだけど──タカシが偵察してたのって、中庭だろ? でもって、騒ぎでうやむやになっちゃった、あいつらの言うこないだの勝負っつったら……もしかして?」
 「オウ。それは俺も思ったけどな。どうなんだろうな?」
 「あのさ。こないだ、オレ、放課後に千晶ちゃんと一緒のときにコウヘイと会ってさ。そのとき千晶ちゃんも制服だったから、コウヘイが不思議そうな顔してたんだよ」
 「え? そんなことがあったのか、ハヤト。けど千晶ちゃんが制服だと何が不思議なんだ?」
 「……だよね。オレたちは見慣れてるからそう思うよな。コウヘイさ、『なんで男用の制服を着てるのか』って」
 「わはははは、そうか!!! 千晶ちゃんは女の子の制服だと思ってたわけか」
 リュウジはやっと思い至って笑ってる。

 「それでさ、もしかしてコウヘイに忠実なタカシが探りたかった、コウヘイが拘ってることってソレかな、って」
 「むう。そうなのかな。だとしても、コウヘイが千晶ちゃんにこだわる理由ってのが解らねえな。そんなに根にもってるとも思えねえけど」
 「いや……根にもつっていうか。いいや。きっとオレの考えすぎだから。うん」
 オレ、ちょっと思ってたんだ。あのときコウヘイが千晶ちゃんを見てた様子がアレかなあ、と。つまり、コウヘイは千晶ちゃんを、根にもつどころかむしろ憎からず思っているんじゃないかな、って。
 
 けど、リュウジはまったくそんなふうには思っていないみたいだ。
 「ん? なんだよハヤト。歯切れ悪いな?」
 「いや、なんでもないから気にしないでいいや。リュウジ」
 「そうか? じゃあまあ、いいか」
 リュウジはただの推察を深く勘ぐるような漢じゃないからね。そこがまた漢らしくていいな、とオレは秘かに思っていた。

 「なあ、それはそうとハヤト。腹へったな」
 ほら、もうこんな調子でリュウジは話題を変えてくるんだ。
 「そうだね。何か食ってく?」
 「オウ!!! こないだ駅の向こうに新しいラーメン屋ができたらしいんだよな。ハヤト、ちょっと行ってみねえ?」
 「あはははは、もしかして偵察ってやつ?」
 「まあ……そうとも言うかもな」
 「え~と、暗黒の誰かみたいに捕獲されないように気をつけよう」
 「わはははは。俺はそんなドジは踏まねえぜ!!!」
 
 気がつけば体育祭まであと3日。
 なんだかんだと忙しいことが楽しくもあるオレたちは、本番に向けて気合い入れてこうと思ってる。
 腹ごしらえもある意味重要な仕事のうち。競合店の味は、リュウジにどんな気合いを注入してくれるやら。
 
 
   * 完 * 
 
 
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