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栄光をつかめ

   * 1 *

 
 「鬼浜工業高校~~~!!!」
 「うおおおおおお~~~~!!!」
 「気合い入れてくぜえ!!! 夜露死苦ぅ!!!」
 「夜露死苦ぅぅぅ!!!」
 澄んだ空気の秋の空に響き渡る、野郎どもの怒号。
 見慣れた自前の特攻服に赤いたすきをかけたリュウジが、鬼工生徒たちの中心になってひときわ大きい声で叫んでる。
 脇を固めるダイゴもノブオも、それからオレも、リュウジに負けじと声を張った。

 ここは町の運動場だ。鬼工と暗黒水産のちょうど真ん中くらいにある。
 そして、今日はここしばらく準備してきた闘いの日──合同体育祭の本番だ。
 
 開会式から始まる体育祭。選手宣誓に立ったのは両校の実行委員長だった。
 ウチからは野球部の森園主将。暗黒の委員長は、柔道部の主将だそうだ。そういえば以前に赤ジャージの対決のときに見た顔だ。

 さて、その開会式が終わって、両校生徒たちはひとまずそれぞれの陣に戻って最初の気合いを入れたところ。
 暗黒側の応援団は、コウヘイら暗黒一家が努めているわけではなかったのだが──正規の応援団があるんだって野球部が言ってた──、コウヘイらはその応援団のすぐ脇に陣取って、こちらに睨みを利かせる役目のようだ。
 とはいえ、こないだちょっとした騒ぎがあったからなのか、最初に顔を合わせたときはさすがに気まずそうな表情をちらりと見せていた。

 「リュウジ、今日はよろしく頼むよ」
 「おう、もちろんだぜ、森園!!!」
 応援隊長リュウジの第一声を聞いて、森園主将は不敵に笑みながらリュウジのもとへやってきた。
 「ふふふ。今日ばかりは負けられないだろう?」
 「当たり前!!! つーか、今日だけじゃねえけどな。いつでも負けられねえんだよ、奴らには」
 「よしよし。その意気込みだ。俺が必要なのはね」
 満足そうに森園主将はリュウジの背中をぽんと叩いてから、本部テントへと戻っていった。

 競技は、陸上種目からの開始だった。
 ハードル競技、800m走なんかの選手が次々に招集されてスタート地点に行く。
 「オウ、しっかりな!!! 大丈夫だ。落ち着いてけば勝てる相手だろ?」
 「オス!! リュウジ、応援頼むよ」
 「任せとけ!!!」
 そんなふうに選手のひとりひとりにリュウジは声をかけたり、ハイタッチなんかしたりしながら送り出していく。

 「なあ、ハヤト」
 「うん?」
 競技の切れ目で一瞬落ち着いたとき、リュウジはなんだか感慨深い顔を見せた。
 「あのさ、あの旗、いいな」
 「ああ、あれね」
 リュウジが示したのは、我が鬼工の応援旗だ。
 それはオレたちの鬼浜爆走愚連隊の『天下無敵』の旗をベースにデザインされたもので、オレたちの旗の『鬼浜爆走愚連隊』の部分は『鬼浜工業高等学校』、鬼をあしらったマークの部分は鬼工の校章に変更されているんだ。

 「千晶ちゃんの自信作だって。ほら、体育館で作ってただろ?」
 「オウ、そういえば作ってたな。そうか、千晶ちゃんか」
 「あの時さ、千晶ちゃん、リュウジに見せて喜ばせようと思ってたらしいんだけどね。ほら、リュウジがちっとも見ないで行っちゃっただろ? ちょっと機嫌悪くしてたよ」
 「それは悪いことしたなあ、俺。あとで謝っとくか」
 そう言って、腕組みをしたリュウジは、ふたたびフェンスの高いところに掲げられた応援旗をしげしげと眺めていた。

 「あはは、リュウジ。やっぱ気に入ったでしょ?」
 そんなリュウジの姿を見つけて、千晶ちゃんが近くにくる。
 「あ、千晶センパイ!!! チューっス!!!」
 「チューっス、ノブオくん」
 「押忍。いい旗だな。千晶さんがデザインしたのだろう?」
 「うん。そうだよ。ありがと、ダイゴ」
 だぶだぶのジャージ姿の千晶ちゃんが嬉しそうな顔をする。
 「千晶ちゃん、ありがとな。俺、すっげえ感動したぜ」
 「ほんとだよ、千晶ちゃん。リュウジさ、さっき目を潤ませて見上げたもん。旗」
 「あはは、そうなんだ」
 「オイ!!! ハヤト、いい加減なこと言うなや!!! 俺がいつ泣いてたってんだ?」
 「わはははは、穏便にいこうよ、リュウジ」
 「ふふ。やっぱいいコンビだわ。あんたたち」
 千晶ちゃんにお褒めにあずかったんだけど……リュウジはあんまり嬉しくなさそうでちょっと悔しいな。

 「おお、千晶さん。招集だ」
 「なに? ダイゴ?」
 「ダンスに出場する者は入場門へとアナウンスが」
 「あ、ホント? んじゃ行ってきますか」
 「オウ、がんばってな!!!」
 「了解、リュウジ」
 にこりと笑って手を振って、千晶ちゃんは軽やかにグラウンドを突っ切っていった。

 「まったく。ハヤトときたら」
 「まあいいじゃん。だってリュウジ、本気で感動してたんだし」
 「そういうことは口に出さねえのが漢の道だろうが!!!」
 あはは。リュウジ、照れてんだ。

 鬼工女子の演技は、ダンスというよりむしろチアリーディングってやつだった。
 もともと少数しかいない女子を束ねるのは、鬼工のアイドル・千晶ちゃん。
 本当の性別は男だって、誰より乙女でしかも統率力抜群だ。
 前列センターを努める千晶ちゃんのリードに従って、鬼工女子たちはいきいきと演技を披露してる。
 
 「へえ。なかなかやるもんだね。女子」
 「ほんとだな、ハヤト。今度応援隊を頼まれたら、加勢してもらってもいいかもな」
 「あ、それいいかも」
 なんて言いながら、オレたちは女子たちの元気な動きを見ていた。
 ちょっと気になって視線を向けた先では──コウヘイの目がやっぱり千晶ちゃんを追っていたような……。
 オレの気のせいかなあ。



   * 2 *


 「そんなわけで途中結果が出た」
 午前の部が個人種目の100m走をもって終了すると、本部テントの前に進み出た実行委員長の森園主将がマイクを手に話し始めた。

 「ただ今のスコアは──240対225で暗黒水産のリードだ」
 それを聞いて、ざわつく鬼工側。対する暗黒側は、歓喜の怒号が地面を揺らす勢いだった。
 「僅差なので、まだまだ勝負の行方はわからないも同然。暗黒水産諸君はリードを守れるよう、また鬼浜工業諸君は追い越せるよう、双方本気で臨んでくれ」
 そんな森園主将の言に、両校生徒たちはそれぞれ違った意味で気合いを入れ直しているようだ。

 昼食を挟んだあとの午後の部は、持久走から始まる。
 「オイ、ハヤト。入場門のとこに佐藤先生がいるぜ?」
 「ええ? どれ? あれ、ほんとだ」
 リュウジに示されて見ると、担任の赤ジャージの因縁の好敵手である暗黒水産の体育教師・佐藤先生が黒いジャージに身を包んで、頭に巻いたはちまきを締め直しているところだ。

 「あれ、もしかして走るのかな? あ、森園主将!」
 ちょうど目の前を横切ろうとしていた森園主将を呼び止める。
 「ん? ああ、相棒さん。呼んだか?」
 「あのさ、あそこにいる暗黒の先生って、もしかして走るの?」
 「ああ。エントリーしている。今朝になって。もちろん順位は関係なしという前提で」
 「へえ。そうなんだ」
 「って、ハヤト!! 感心してる場合かよ!!! ダイゴ、赤ジャージはどこだ?」
 「うむ──ああ、あそこだ。得点ボードの前にいる」
 「よし、ノブオ、走れ!!!」
 「はいっ、了解っス、兄貴」
 「森園、急遽エントリーだぜ。赤ジャージも走る」
 「ふふふ。大歓迎だよ。そうこなくちゃね」
 ノブオが赤ジャージのもとに走るのを見ながら、オレたちは違った形の赤ジャージと佐藤先生の対決が始まる予感に熱くなってた。

 持久走のスタートを告げるピストルが鳴るのを選手たちが待つ。
 各校生徒30人ずつと、先生1人ずつの計62人で走ることになった町内一周5kmのロードレース。
 何の心の準備もしないまま突然参加することになった赤ジャージだったけれど、いざ走るってことになってみると、さすがに目の色がぜんぜん違うんだ。

 「順位はスコアに関係ないといっても、自尊心の闘いだからな。先生同士は」
 「そうだね、ダイゴ。何であっても負けられない相手がいるって重要なことだ」
 とか言いながら、オレはスタートラインのところにいるハンゾウの姿を視界に入れた。
 ほどなく鳴らされたスタートの合図が青空に響きわたる。

 「でもまあ、ここんとこ走り込んでましたからね。赤ジャージ先生は。ね、兄貴?」
 「オウ!!! 今回は負けるわけねえぜ、赤ジャージ。ほら、あっち見てみろや」
 リュウジの示した先には──見覚えのある女の人が。
 「あれ、マキ姉さんじゃないか」
 「ああ。俺もさっき気付いたんだが」
 佐藤先生の妹で、赤ジャージの恋する相手のマキ姉さんは、今日はおなじみの白いジャージではなくてジーンズ姿で先生方の席のすみっこに座って、オレたちの視線に気付いたらしくこっちに向かって手を振っていた。

 とにかく、現在のオレたちは町内一周から選手たちが帰ってくるのを待つばかり。
 グラウンドでは次の競技に使うくす玉を吊り込む作業が進んでいる。

 さて、そうこうしているうちに先頭集団が運動場に戻ってきた。鬼工2人と暗黒1人のラストスパートが目の前で繰り広げられる。
 「鬼浜工業高校──全力疾走!!!」
 「お~~~~~っ!! 全力疾走!!」
 リュウジの怒号に生徒たちが唱和する。
 オレたちも生徒たちを盛り上げながら──そうしながらも気になって仕方がない。
 赤ジャージと佐藤先生の勝負の行方が、だ。

 リュウジ以下全員の応援を受けて、一着でゴールしたのは我が鬼工の3年生だった。二着は暗黒──これはハンゾウだった。奴は単車だけじゃなくて自分の足で走っても速いのだと今知った──、三着は鬼工。
 「よっしゃあ!!! 鬼工一着だぜ!!!」
 「うおおおおお!!」
 もはや鬼工応援席は、歓喜のるつぼと化していた。

 先頭の3人がゴールを果たしたあと、次の集団が運動場へ入ってくる。
 「赤ジャージ、来てるじゃねえか!!!」
 「押忍。佐藤先生もおられるな」
 「ほんとだ。うわ、いい勝負じゃないか」
 「あ、兄貴!! 赤ジャージ先生に向けて一声お願いします!!」
 「オウ、ノブオ!!! ──鬼浜工業高校・赤ジャージ、必勝!!!」
 「赤ジャージ、必勝!!」
 オレたちの応援が赤ジャージの耳に入ったのかどうか。
 これ以上ないだろう、という覚悟のこもった表情の赤ジャージがオレたちのいる応援席の前を通過する。佐藤先生もほぼ同列だ。

 そのままトラックの半周向こうの暗黒応援席の前をふたりとも同じペースで過ぎてゆく。ともに目指すはゴール地点。
 ゴールラインを先に走り抜けたのは──
 「やった~!!! 赤ジャージの勝ちだ!!!」
 「お~~~~~!!」
 リュウジの声が全校生徒の歓声を呼ぶ。
 
 「リュウジ! やったね、赤ジャージ」
 「オウ!!! 俺は信じてたぜ!!!」
 野郎どもの歓声の切れ間を狙って、オレはリュウジに声をかけた。
 「だってよう、今日はマキ姉が見てるんだぜ? それで負けられるような男じゃねえだろ、赤ジャージは」
 「うん──うん!!」
 
 そう答えながら、なんだかオレは感動していた。
 だって、ゴールラインの内側で、赤ジャージと佐藤先生が握手なんかしているから。
 さすがにここまでは聞こえないけど、何か言葉を交わしあってるみたいだ。
 どちらもすがしがしい表情のいにしえからのライバル同士に向かって、両校の応援席から拍手がわき起こっていた。
 見やれば、マキ姉さんも微笑みながら手を叩いている。
 もしかしたらちょっと涙ぐんでいるのかもしれない。
 そう──いまオレの横で目許を乱暴に拭ったように見えたリュウジみたいにね。



   * 3 *


 たった今終わった持久走の結果で、鬼工と暗黒のスコアは5点差まで追い上げた──午前の部を折り返した時点では、我が鬼工は15点のビハインドを追っていたんだ。

 「よっしゃ、いけるぞ鬼工!!! この調子で気合いいれてけや!!!」
 「おおう!!!」
 応援隊長リュウジの気迫も、これ以上ないってくらいに凄味を帯びていた。

 そんな中で次に繰り広げられるのは、森園主将考案のひと味違ったくす玉割り。
 グラウンドの選手たちが割ろうとするのは、向かい合った相手陣地の頭上に吊ってあるほうのくす玉だ。
 そのくす玉は各校が趣向を凝らした中身を詰めた、特製の3尺玉。
 オレたちは中に何が入っているのか知らないけれど、森園主将の言を借りれば『危険ではないが出てきてほしくない代物』なんだそうだ。
 つまり、鬼工が作った「出てきてほしくないもの」の入ったくす玉は、鬼工の選手の投げる玉を受けて暗黒の頭上で割れて、暗黒の選手たちをイヤな気分にさせる、といったことらしい。

 グラウンドにはすでに両校選手がスタンバイしている。
 選手たちは中にアズキかジュズダマか何かが入っているよくある紅白の玉を手に、相手陣地頭上のくす玉と相手選手を交互に見据えながら、開始の合図を待つ。
 そして──合図のピストルが勝負開始を告げたんだ。

 一斉に手にした玉を目一杯の力をこめて投げ始める選手たち。
 気迫が余ったのかそうではないのか、ときおり顔や体に玉が襲いかかってくるのを受けたり避けたりもしながら、選手たちはここぞとばかりに手に取った玉を投げ、次の玉を拾ってはまた投げる。

 「へ~。小学生でもないのにくす玉割りって聞いたときはどんなんかと思ったけどね」
 「押忍、ハヤト。盛り上がっているな」
 「ほんと、すごいっス!!! てゆーかオレも出たいっス」
 「うん、言えるねノブオ。オレも燃えるかもな」
 「まったくもって森園のアイデア勝ちといったところか」
 「オウ!!! お前らそんなこと話し合ってる場合かよ!!! ほれ、声出せや、声」
 「オ~ッス!!」
 「そしたらいくぜ──鬼浜工業高校~~~、全力ぅ!!!」
 「お~~~、全力ぅぅぅ!!」
 お馴染みと化した、喧噪の中でも響く質のリュウジの声が鬼工応援席を暖める。
 それに追従して、生徒達もまた吠えていた。
 あれだけ河川敷で練習したんだしと、ダイゴもノブオもオレも、負けじと声を張っている。

 戦況はまだまだ決着がつかないでいる。
 見た感じ、どちらも手持ちの紅白玉を同じペースで、同じ威力でくす玉に命中させているようだ。
 まあ、ときどき流れ弾に当たった奴らがうずくまるのはご愛敬、かな。

 しばらく膠着状態が続いたあと、ようやく成り行きが変わってきた。
 「あ──割れそうだ、ウチの作ったほう」
 「だな、ハヤト!!! それ、もう一息だぜ! 行けえ、鬼工!!!」
 「行けぇぇぇ~~~!!!」
 リュウジの先導、ついてゆく生徒たち。その声に煽られるように鬼工選手達はより気合いを込めて玉を投げ、同じく自陣の応援に従って暗黒も力投を見せ──
 「おう、あちらのもそろそろ、か?」
 「わ~~~、どっちも割れそうじゃないっスか!!! こりゃ時間の問題っス」
 
 ノブオが悲鳴じみた声を出した次の瞬間──両校のくす玉はほとんど同時に割れたんだ。すると──
 
 「え──うわ~~~!!!」
 「なんだこりゃあああ!!! 背中、背中~~~」
 「わ、痛ぇぞ、目に入った!!!」
 「だ、出してくれえ~~~」
 哀れとさえ思われる、選手達の阿鼻叫喚がグラウンドを包み込んでいた。

 「うわ、タイヘンなことに……」
 オレは思わずつぶやいた。我が鬼工の選手達の頭上で割れたくす玉の中身は、大量の何か植物らしきものと、やたら大きな網らしきもの。
 「あれは何だ? 網か?」
 「網……漁かなんかに使うやつっスかね?」
 「押忍、ノブオ。おそらく。奴らは水産高校だからな」
 「そうか。あんなの持ってるんだ」
 運悪く広がった網に捉えられた鬼工選手たちは、あわてふためいて網から逃げようとするも、大勢が中でもつれあっているため思うように動けないようだ。
 「で? あの草みてえのは?」
 「海藻っぽいね。色からすると」
 「あ~、背中に入ったら気持ち悪いっスよね……。生乾きっぽいっすもん。匂いが」
 「なんか、嫌だな。想像すると」
 リュウジは、言葉少なく餌食となった選手たちにココロの中で労いを唱えているようだった。

 「それで? ウチの作ったのって?」
 鬼工特製のくす玉から出てきて暗黒選手を襲撃したのは、多数の水風船だった。
 まあ、濡れるのなんかは覚悟していたんだと思うんだけど……直撃を喰らった暗黒選手たちは、みんな目やら擦り傷やらを押さえて呻いていた。

 「ああ、オイ、森園!!!」
 ちょうど本部テントから戻ってきたところの森園主将を認めて、リュウジが詰め寄った。
 「ふふふ、どうだい? 面白かろう? リュウジ」
 「つーか、ウチが作ったほうは中身、アレ何なんだ?」
 「聞きたいか?」
 「オウ!!! 当然」
 「ふっふっふ。あの風船の中はね、唐辛子の煮汁が入っているんだ。だってただの水じゃ芸がないだろう?」
 「え──」
 「それって──」
 得意満面の森園主将がオレたちを見、またグラウンドの地獄絵図を眺めていた。
 「沁みるんだろうな、目とか傷口」
 眉間にしわを寄せたリュウジに、オレたちは無言で頷いた。

 「まあ、これはドローだな。残念ながら割れたのはほぼ同時だ」
 「ええと、あれだけがんばったのに、どっちもかわいそうだな。ドローじゃ」
 「そうかい? 相棒さん。まあ応援席としては最良の結果じゃあないか? 両方が割れるのを見られたのだし」
 まったくもって、危険な思想を持った男だなあ、森園主将ってのは。

 何も知らない女の子だったらステキに見えるかもしれない森園主将の微笑みの、その裏側を垣間見たオレは、この人物だけは敵にすまいと誓っていた。ダイゴもノブオもそうだと思う。
 うん、リュウジだってきっとそうに違いない。
 勝負はドローでも、受けたダメージは絶対に向こうのが上だもんな。
 「……やっぱり策士だな、森園主将」
 オレの呟きに、リュウジは何も答えなかった。



   * 4 *


 今年の体育祭も、もはや終盤に突入していた。
 大方の予想通り勝負は拮抗していた。午前の部は暗黒が僅差で勝って折り返した。午後の部はかなり盛り返して一度は逆転するも、再び点差をひっくり返されたりしながらシーソーゲームの展開だ。
 
 さて、たった今行われた100mx4リレーの結果で──戦況は好転した。
 「よっしゃ、同点だ!!! ここで並んだぜ!!!」
 スコアボードが書き変わるのを待って、リュウジが応援席の隅々にまで響く声を張った。
 「おおお~~~!!!」
 「やった~~~!!!」
 今や盛り上がりは最高潮。
 そんな中で本日の最終種目である騎馬戦が始まろうとしている。

 リュウジ以下オレたち4人が唯一出場するのがこの騎馬戦だ。
 1騎4人で構成される騎馬が各校20騎ずつの出場となる。
 ルールは相手のはちまきを取ったらOK、という生やさしいものではなくて、とにかく騎馬が崩れて騎手が地面についた時点でその騎馬の敗退が決まる。
 制限時間は15分。時間経過後に残っている騎馬の数が多い方の勝利──ということは、同時に体育祭自体の勝敗がかかっていることになるってわけ。

 入場門に集まった鬼工の各騎馬に、リュウジは声を放つ。
 「いいか、お前ら!!! 俺らに勝負がかかってんだからな、気合い入れてくぜ!!!」
 「おう、モチロン!!!」
 「やってやるぜぇぇぇ」
 野郎どもの怒号が逞しく返ってくるのは圧巻だった。

 騎手のノブオを乗せたオレたちの騎馬。中央はダイゴ、左右がリュウジとオレだ。
 「ノブオ、とにかく落ち着いて行け。相手をよく見ろな」
 「はい──兄貴」
 「大丈夫だよな? 打たれ強いノブオの本領発揮だぜ!!!」
 「ええ、任せてくださいっス!!!」
 ひとまわり逞しくなったような気がするノブオが、ダイゴの背中でそう応えた。

 そして、いざ勝負の時を迎えることとなる。
 予想通り暗黒一家も1騎を構成して、オレたちの正面でこちらを見据えて開始の号令を待っていた。

 「リュウジ、どうするのだ? まず暗黒一家を襲撃か?」
 「いや、ダイゴ。少し様子を見ようぜ。俺らは何としてでも最後まで残らないとまずいからな。ウチの全騎に指示も出さないといけねえし」
 「そうか。そういう役目もあるんだもんな」
 「だろ? ハヤト。そうじゃなくちゃ俺らが出る意味ねえよ」
 「ああ。そうだな。ノブオ、大丈夫?」
 「はい、余裕っス、ハヤトさん!!! オレ持ちこたえますって」
 「よっしゃ!!! いい覚悟だぜ、ノブオ」
 なんて秘かに作戦を立てているうちに──ついに開始の号砲が鳴らされた!!

 「よし、ダイゴ。まずは着実に点を稼ぐ。一番密集してるとこへ特攻だ!!」
 「押忍、リュウジ」
 「ノブオ、振り落とされたりするなよ」
 「合点! ハヤトさん」
 まずは声を掛け合って、オレたちは敵陣へと特攻をしかける。

 手始めにと、暗黒側の数騎がいるところを勢いで駆け抜けることにした。
 馬たるオレたち3人が息を合わせて走る。ダイゴの肩の上ではノブオが敵の騎手に向かって平手を繰り出した。
 「うおりゃ~!!!」
 「わ──うおっ……」
 ノブオの気迫に押された恰好の暗黒の1騎をまずは倒す。
 敵騎が密集していたので、つられて隣の1騎を道連れにする事を得た。

 「おっ、何するんだよ、おまえら!!! それ、仇討ち~!!」
 なんて叫びながら勢いをつけて向かってくる騎馬をひらりと交わすと、また1騎を倒すことに成功した。
 「なんだ、自爆かよ。張り合いねえなあ」
 リュウジは頬を上気させながら言う──きっとこういうのってリュウジの本能をかき立てるんだろう。あ、きっとオレも今、同じような顔色してるんだろうけど。

 「ハヤト、あっちがどうなってるか見えるか?」
 「あっち──ああ、ウチが苦戦してるかも」
 「よし、ダイゴ!! 方向転換だ。あの辺、ウチが密集してるあたりを加勢にいくぜ!!!」
 「押忍。ノブオ、いいな?」
 「了解っス!!!」
 
 そうして、オレたちは着実に敵の騎手を地面に倒していったんだ。
 「オウ、そこ!!! 後ろ来てるぜ、集中!!!」
 「おう、サンキュー、リュウジ。危なかった」
 「おおい、そっちチャンスだ! 行ける!!」
 「了解です、ハヤトさん。うおりゃ~!!!」
 なんて、リュウジとオレは声の限りに、見える範囲で周囲に言葉をかけながらの闘いだ。
 オレたちの騎馬の先導は専ら正面につくダイゴの裁量に任せて、リュウジはチームの勝利を冷静に考えている。そして、オレもそれに倣った。

 「ダイゴ、そろそろしかけるか?」
 時限まであとどれくらいだろう──体感ではそろそろ終了の合図がきてもいい頃ではと思った矢先に、リュウジの覚悟のこもった声がダイゴを呼んだ。
 「押忍──。だいぶ数が減ったので、見通しがよい。そうだな、今が勝負時かもしれん」
 「うん、ダイゴ。行こうか!!」
 ようやく──オレたちの待ち望んでいた勝負がついに訪れることになる。

 ダイゴの先導は、確実に着実に、暗黒一家の目の前にわが騎を導いた。
 もはや各校数騎ずつしか残っていないグラウンドは妙に殺伐としていて、対峙する2騎は互いに凄まじい気迫をぶつけ合っている。
 「ほう? よく残っていたなあ、リュウジよ?」
 「当然だろうが!!! 俺らが早々に倒されると思ったか?」
 「ふん。そうなったら楽だと思っていただけだ」
 
 真っ正面から向かい合ったコウヘイら暗黒一家の騎馬も、オレたちと同じように一番体格のいいゴンタが馬の正面だ。騎手はタカシ──先日自分が起こした騒動を思い出してか、すこし怯えた目の色でオレたちの顔を順に見ていた。
 「タカシよ。落ち着け。お前が鬼工の若いの如きに負けるとは思えんぞ、俺には」
 「総帥──」
 タカシの顔色なんて見えるはずのないコウヘイがこう口にする。
 さすがといったところか、手下の気持ちくらいは把握しているんだな。

 でも、それだったらウチのリュウジだって遜色ない。落ち着き払って顔の見えない位置のノブオに言った。
 「ノブオ。今のお前の気合いだったら何でもできるな?」
 「はい──兄貴、やれます」
 こちらも落ち着いたノブオの声が上から降ってくる。リュウジの声がノブオの気持ちを安定させたみたいだ。
 「よし、ダイゴ。行け──!!!」
 「押忍」
 受け答えの次の瞬間、オレたちの騎馬はコウヘイらの騎馬に向かっていった!!!



   * 5 *


 距離を詰めた2騎が火花を散らす勢いで激突する。
 わが騎手・ノブオは、敵方の騎手・タカシに真っ向からつかみかかっていった。
 「おりゃ~~~!!!」
 「うわ……っ!!」
 端からの勢いはノブオのほうが勝っていたようだ。
 馬になっているからノブオのはわからないけど、タカシの表情が怯んでいるのが目に映るかのようだ。
 
 双方の重量級の肩の上でつかみあう騎手たち。その様子を馬となったオレたちが大人しく見守っているはずなんてなかった。
 ほかの騎馬との対決ならいざ知らず──相手は宿敵・暗黒一家なのだ。
 「オイ、ノブオ!!! ちっと動くけどしっかり踏ん張れや!!!」
 「オッス!!」
 「ダイゴ、ハヤト。フォーメーション・Aだ。続いて即座にBにまで持ち込むぞ」
 「押忍」
 「了解、リュウジ」
 大きくはない声でリュウジが言ったのにそれぞれ頷きながら、あらかじめ作戦していた動きを実行することになった。

 リュウジが言う『フォーメーション・A』は正攻法。『フォーメーション・B』は奇策とでもいったところか。
 「ゆけ、ダイゴ」
 「押忍──どりゃあああ!!!」
 ダイゴは心持ち姿勢をわざと低く取った。リュウジとオレもそれに倣う。そしてそのまま、相手の懐に飛び込んでいく。もちろん逆襲は覚悟の上だ。
 「タカシ、覚悟ぉ!!!」
 声高らかにノブオがわめく。そして、得意の平手をグーに握って、おそらくタカシの顎を狙ったんだと思う。これはそういう作戦だから。
 
 「う……ぐッ」
 「タカシ? どうした? これしき耐えられねえことねえよなあ?」
 呻くタカシに、後列のコウヘイが言い放つ。
 「はい、もちろんですって、総帥」
 「そうこなけりゃな。餓鬼の頃から俺が鍛えたもんなあ」
 わざとコウヘイはゴンタの広い背中から顔を出して、こちらへ視線を寄越す。

 「気に入らねえな、コウヘイ!!!」
 「ふん、そんなのはお互い様じゃねえのか?」
 リュウジとコウヘイの、お決まりの言葉の応酬。
 けど、今はそんなときじゃない。

 「リュウジ、次行こう。いまちょうどいいタイミングだ」
 オレが口早に囁くのにリュウジは反応する。そしてダイゴに耳打ちだ。
 ダイゴも心得たもので、ほんのちいさく頷いただけで体の位置をすこし変えた。
 もちろんノブオだって、それに驚いたりはしない。言葉はなくても意志が疎通するのって素敵なことだとオレは思う。

 一瞬の間合いをとったあと、オレたちは動く。
 大きくゆっくり斜めに2歩下がって、小さく素早く、さらに逆側に斜めに3歩進む。これを2度繰り返す。これがフォーメーション・B。しかも決してまっすぐには進まないので、相手がきっと隙を作るというのがリュウジの予想だった。
 敵の前列がゴンタだという読みで──こないだの火事場の何とやらは置いといて、ゴンタはそれほど俊敏ではないから──、効果的とオレたちは絶賛したんだ。
 
 オレたちの読みはある意味当たった。ゴンタはすぐには反応しない。前列が動かないことには、ほかはどうすることもできないのだ。
 「よし、思ったとおりだな」
 「ああ、リュウジ。隙ができそうだ」
 囁き交わすオレたちだったが、ひとつ読み違えていたことがあった。
 「ゴンタ、次は左だ。その次は右。総帥、脇を固めて」
 あろうことか、ハンゾウがオレたちの動きを即座に見きっていたんだ──!!

 「だめだリュウジ、ハンゾウに読まれてる。もうBは通用しない。こうなったら、もう正面から──」
 「よっしゃ、ハヤト、言われるまでもねえぜ!!! ダイゴ、まっすぐ進め!!! こうなったらノブオの力にすべてを託すぜ」
 「押忍」
 「行きま~す!!!」
 悟ったオレたちはまた即座に正攻法の体勢に入った。

 まっすぐに敵の正面にぶつかって行く。
 足やら脇腹やらに痛みを感じるのなんて後回しだ。
 とにかく崩れないことだけを念じて、繋いだ手と手を離さないよう気をつけながら、オレたちは真実4人で『1騎』となっていることを感じながら体を張った。
 
 火花が散るような錯覚の中──突然、何かに取り憑かれたような咆吼をノブオが放った。
 「オレは負けない!!! 兄貴、オレは負けませ~ん!!!」
 「おっしゃ!!! その意気だぜ、ノブオ」
 「見ててくださいよ、兄貴、ダイゴさん、ハヤトさん!! オレ、漢になります──っ!! タカシ、覚悟しな!! こないだオレを怒らせたの忘れてないだろうな、このヤロー!!」
 頭の上の高いところから聞こえてくる、重たくはない打撃音。
 そしてそれに紛れて──甲高い悲鳴が。
 
 「ひぃ~~~っ!! 総帥、タスケテ~~~」
 崩れないよう必死に足を地面に踏ん張りながら、オレは聞いたんだ。
 空中高くからグラウンドに落下する、パンク小僧が兄貴分を呼ぶ声を。
 暗黒3人で作る馬自体は崩れてはいなかったが、タカシひとりがノブオの平手にかかって、地面に振り落とされていた。
 呆然とする3人を現実に引き戻すかのように──そのとき合図の号砲が鳴らされた。

 「試合──終了だな」
 リュウジの声にオレたちも我に返った。因縁対決への勝利へ歓喜する暇もなく、オレたちの目は、グラウンドに残った各校の騎馬の数を数えることに必死だった。

 閉会式は、つつがなく進行していった。
 実行委員の司会のもと、お決まりの校長挨拶──今年は2校合同だからそれも2回だ──があったり、それから各校の体育教師・赤ジャージと佐藤先生も挨拶に引っ張り出されている。
 
 そして、軽い咳払いのあと、マイクを持った暗黒の実行委員長、たしか柔道部の部長がこう言った。
 「両校ゆずらぬ激闘は、我ら実行委員一同、運営してきた者の冥利に尽きるものがあった。両校選手たち、ご苦労である」
 そしてマイクは森園主将の手に渡る。
 「今回のこの企画は、先生方にもなかなか好評だったようで俺は嬉しい限り。ついては秋のこの行事、おそらくこれからは両校の伝統になってゆくだろう。下級生は是非とも語り継いでほしい。そして第一回に参加した諸君は、伝統の第一歩をつくる者としての栄誉を各々噛み締めてくれて結構だ」
 拍手がわき起こった。
 普段はライバル校同志で知られる2校が、同じことがらに対して拍手するなんて、確かに今まで信じられなかったことかもしれなかった。

 拍手の止まない中、オレは隣のリュウジに声をかける。
 「なんかこういうの、悪くないかもね」
 「ん? そうか、ハヤト。まあ俺は、何だっていいけどな。闘うことが俺の生き様だからな」
 さっきの騎馬戦で、いつもと逆側の頬にも絆創膏を貼る羽目になったリュウジが、その頬をすこしほころばせて答えたんだ。

 「それでは、第一回 暗黒水産・鬼浜工業合同体育祭の優勝旗の授与である」
 喧噪は、佐藤先生の凛と張った声で一瞬にして鎮まった。が、次の瞬間には別の意味合いの怒号がグラウンドをどよもす。
 「優勝校、鬼浜高校の応援隊長、前へ」
 「うお~~~~~!!!」
 「リュウジ、いいぞ~!!!」
 「やったぜ、鬼工!!!」
 口々に祝福する声に押し出されるようにしながらリュウジは胸を張って前へ進み、厳粛な姿勢で重々しい優勝旗を押し頂いていた──。

 体育祭の最終種目・騎馬戦の結果は、残存した騎馬数が暗黒2騎に対して鬼工3騎。玉城の騎乗した野球部チームも残っていた。
 ほんの1騎が明暗を分ける形となった今回の締めの勝負の結果によって、我が鬼工が初代優勝校の栄冠を手にしたのだ。

 閉会式の済んだあとは、もう大騒ぎだった。
 「みんな、今日はよくやったぜ!!! それもこれも森園のお陰だな。それ、胴上げだ、全員配置につけ!!!」
 リュウジの指示で森園主将の胴上げが始められ、点数は関係ないけど持久走で意地を見せた赤ジャージも担ぎ上げられ、次は男子なのに女子代表の千晶ちゃんが空に舞う。
 「わっしょい、わっしょい!!!」
 「それ、次はリュウジだ!!!」
 「そ~れ、リュウジ、わっしょい、わっしょい!!!」
 「うお~、みんな、ありがとうな!!!」
 担がれながら、リュウジは上機嫌。
 それを見てるだけで、オレたちは案外嬉しいのかもしれなかった。

 「次は~?」
 「みんな!!! 次はハヤトを頼むぜ」
 「え──いや、オレはムリ!!! そういうの苦手──うわああああ」
 「そ~れ、わっしょい、わっしょい!!!」
 ちきしょう、リュウジめ。オレが高いところキライだって知っててコレだ。
 オレは鬼工の仲間たちの悪気のないかわりに愛ある胴上げに身を委ねながらリュウジにちょっと憤慨してた。
 けど、まあ、今日ばかりはいい気分のほうが勝っていたかもしれないな。

 浮揚感と失墜感の間を何度も行き来しながら、オレはそんな気分に酔っていた。
 うん、前に苦しんだジェットコースター酔いとはぜんぜん気分が違ったな。
 コウヘイたちとの勝負にも、また全体の勝負にもいい結果の残せたオレたちは、現在天下無敵の心意気。

 そう──いつのもオレたちの隊旗みたいに。それでもって、千晶ちゃんのデザインした応援旗みたいに、でもあるかな。
 きっとあの旗、来年も使うんだろうな。いい出来だしね。
 
 揺り上げられながら見た秋の空にそよぐオレたちの旗は、ホントにかっこよかったんだ。きっと忘れられない光景のひとつになるんだろうな。


   * 完 *



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