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湖畔に吹く烈風

   * 1 *


 「あ~、ったく、何で俺が英語なんか勉強しねえといけねえんだ? 外国なんか行く気これっぽっちもねえのによ」
 ため息混じりにリュウジが毒づく、ここは夜のオレの部屋。
 「外国行く気はオレもないけどさ。でもせめて高校は卒業したいだろ? そのためには試験くらい切り抜けないと」
 「いいよなあ、ハヤトは。頭いいから俺の苦労なんてわかんねえだろ?」
 「オレ? そんなこともないけどね」
 「……これだよ。あ~、まったく」
 もうひとつため息をついて、リュウジはそのまま寝っ転がって天井を仰いだ。

 やれやれ。試験っていうとリュウジはいっつもこんな具合。
 期間中は毎晩オレの部屋に来ては一緒に勉強したりするんだけど、どうも何かとご機嫌ななめなんだ。
 まあ、今回に限っては試験直前まで盲腸で入院していたから、ハンデあるもんな。そのへんオレも理解してるんだけど。
 「ほら、リュウジ。いいからここ、きっと出るから教えてあげるよ」
 「……ん~」
 「仕方ないな。そしたらここ終わったらさ、気分転換にコンビニ行こう」
 「え、ほんとか、ハヤト!!! それじゃ気合い入れるか」
 あはは、リュウジって単純でいいよな。扱いが簡単だ。まるっきり予想通りでオレはうれしいよ。

 そんなわけで、ノルマを果たしたあと、リュウジと一緒にコンビニへ行ったんだ。
 時期が時期だけに、けっこう夜の道は冷えていた。
 お菓子やら飲み物やらを買いこんだ帰り道、あれこれと話しながらそぞろに歩いてた。
 「そういやさ、さっき病院行ってきた」
 「ああ、そうか。診察か。大丈夫だって?」
 「オウ!!! 縫ったとこもきれいだって褒められたぜ。見るか? ハヤト」
 「え──いや、結構です……」
 「そうか? それは残念だぜ」
 わはは、と笑うリュウジは、もうすっかり元通りだ。ちょっと笑っただけで手術の跡に響くなんてことは、もうないみたい。

 「でな、入院してた部屋に約束通り行ってきた。お見舞い」
 「うん。みんなどうしてた?」
 「おっちゃんたちはどっちも、もうちょっとで退院だって言ってたな。で、健兄はまだしばらくかかるらしい」
 「そうか。大変だよね。足の骨折ると」
 「ああ。かわいそうなもんだぜ」
 リュウジの言ってる健兄さんってのは、入院中のリュウジを可愛がってくれた大学生のお兄さん。歳もいくらも違わないしよっぽど気があってたみたいで、おかげでリュウジも思いのほか寂しくない日々を送れていたみたいだ。

 「で? コウヘイはどうしてた?」
 「コウヘイな。あいつ個室が空いてそっちに移ったんだってよ。健兄が言ってたぜ。だから結局は挨拶できてねえんだ」
 「え~、個室? なんて贅沢な……」
 「だろ? つーか個室なんて俺は逆に嫌だけどな。病院の部屋でひとりっきりなんて無理だぜ」
 「……リュウジらしいね」
 うっかり言ったら、ちょこっと睨まれた。

 「それでな、ハヤト」
 「なに? リュウジ」
 「明日で試験終わりだろ? そのあと暇か?」
 「明日? べつに予定ないけど」
 「じゃあちょうどいいな。ちょっと付き合ってくれや」
 「いいけど、どこへ行くんだ?」
 「オウ。美山瀬まで。久々に一緒に単車で走りに行こうぜ!!」
 
 リュウジが言ってる美山瀬──みやませ──ってのは、鬼浜町からは40kmくらいの距離がある場所だ。遠くに見えてる山のほう。造成されたダム湖のあるとこだ、たしか。
 「いいけど。ずいぶん遠くまで行くね。腹は大丈夫なのか?」
 「当然!!! ちっとは鍛えねえとな。退院してすぐ試験だったから、本気で鈍ってるぜ」
 「鍛えるにはちょうどいいかもしれないね」
 「そうだろ? 漢の筋肉は鍛えることによって美しくなるんだぜ!!!」
 「あはは。何かの雑誌のキャッチコピーみたいだな」
 
 そんな話で盛り上がりながら、ふたたびオレの部屋へ帰ってくる。
 買いこんできたお菓子を片っ端から開封しながら、さっきの話の続きへ戻る。
 「それで? 美山瀬に行ったら何があるんだ?」
 「自然がいっぱいで空気がうまいらしい。健兄が教えてくれたぜ」
 「ふうん。健兄さんが。詳しいんだ」
 「つーか、健兄の地元なんだ。美山瀬は」
 「なるほどね」
 オレは頷きながら、チョコレートに手を伸ばす。
 
 「実はな、ちょっと頼まれてることがあるんだ。健兄にな」
 「ああ、それでなんだ。納得」
 行き先をはっきり決めて走りに行くなんて珍しいな、って思っていたんだ。
 だからそれを聞いてやっと得心がいった。
 頼まれごとをしたらリュウジは絶対断れないもんな。

 「そしたら重要任務を遂行する前に、何があっても試験は無事に切り抜けないとね」
 「……ちぇ。結局そう来やがるか、ハヤト」
 「あはははは。別にオレの趣味なわけじゃないよ。高校生の宿命だろ?」
 「ううう。早く卒業してえぜ」
 「とか言って。リュウジが一番学校好きなくせに」
 「まあな。学校は嫌いじゃねえけどな」
 複雑そうな顔をしながら、リュウジはいちご牛乳にストローを挿した。

 明日は久しぶりに走りに行く──そう思うだけでオレもわくわくしてきていた。
 入院してたリュウジの復帰走行ってとこかな。一緒に単車を走らすのって、もう何日ぶりだろう。
 そんな気分を一旦置いといて、今夜のオレはリュウジをしごくという任務を帯びている。
 だってリュウジ、ちっとも英単語の綴りが覚えられないんだもんな……。
 やたらと難しい漢字には詳しいくせに。おかしなもんだ。



   * 2 *
 
 
 「なんかこう、試験ってのはいっつも思うけど俺の気力を吸い尽くすぜ」
 とか何とか言いながら、リュウジは晴れ晴れとした表情を作ってた。
 いざ試験が終わってしまえばこっちのもの、って言わんばかりの顔だった。
 「あはは。そんなもん?」
 「当然じゃねえか!!! なんか神経使うし、緊張もするしな」
 「え、リュウジが緊張するって、なんか珍しいこと言うね」
 「そりゃ誰だって固くもなるだろ? つーか、ハヤトが図太いだけじゃねえの? まあな。結果に心配なさそうだしな、ハヤトに限っては」
 「そんなこともないけどさ。オレだって1学期んときには居眠りしちゃって白紙提出したり、ああ、回答欄を全部いっこずつ間違えたのもあったな」
 「ハヤトらしい武勇伝だな。恐れ入ったぜ」
 「あはは、お褒めいただけて光栄だよ」
 わはははは、って気安く笑いあうのがいい感じだな。って、こういうとき大概笑われてるのはオレなんだけどね……。

 試験を終えたリュウジとオレは、一緒に美山瀬湖を目指して走りに出掛けるところだ。
 平日の、時間はまだ昼前。道路は空いてる。こんな恵まれた状況で遠くまで走るのって滅多にないことだから、思いっきり堪能しようとオレは目論んでる。

 海沿いの国道4649号線をしばらく走って、今度は県道に入る。
 それをひたすら北上して、片側3車線の広い国道を横切る。
 そののち今度は山へ向かう国道をしばらく走って、さらに細い県道で現地を目指す──というルートが今回の旅程だ。
 距離にして40kmほどをオレたちは、昼間ってことも考えて、信号無視とかスピード違反とかをなるべくしないように気をつけながら一路山へと向かって行った。
 あ、一応ヘルメットも持参してはいるんだ。一応、ね。

 予想どおりどこも混んでいるところもなくて、オレたちの行程は順調そのもの。ちょっと風が冷たくなってきているのを感じながら、リュウジの背中を見て走る。
 手術してからそんなに経っていないからすこし心配だったけど、リュウジもこれといって調子悪かったりはしないようでまずは安心だ。
 行き先の書いてある青い看板を見ると、どんどん目的地までの距離が縮まっているのが気分よかったりする。
 
 そうして辿り着いた山道のトンネルを抜けると、目の前には想像よりもずっと大きな湖が広がっていたんだ。
 オレたちは感激のあまり、トンネルの出口際に単車をちょこっと停めてみた。
 「うわ~、大きいんだ。美山瀬湖って」
 「ああ。俺も驚いたぜ」
 リュウジと顔を見合わせてしまう。
 「水が青いよな。当たり前だけど」
 「ほんとだね。ところどころ青の色が違うのがまた、いいね」
 「な、来てよかっただろ? 気分いいよな」
 「うん、リュウジ。いいとこだ」
 オレが頷くと、リュウジは満足そうに頬をほころばせた。
 
 「ほんとはみんなで来たかったね」
 「そうだよな。残念だったな。ダイゴもノブオも」
 ふたりを誘ってはみたんだけど、どちらも忙しいらしかった。
 ダイゴは法事の手伝いがあるそうだ。ノブオは、何だかお母さんと約束があるとか。
 「でもさ、そしたら今日のは下見ってことで。今度ダイゴたちを案内してあげればいいんじゃない?」
 「オウ、それ名案!!! ハヤトってとぼけてるけど時々いいこと言うよな!!!」
 「……どうもね」
 なんか釈然としないけど、そこでつっこむのはキャラじゃないからな、オレ。

 「よし、それじゃそろそろ行くか。俺は今日は目的があって来たんだからな」
 そんなリュウジの掛け声で、オレはふたたび単車に跨った。
 そこからは、湖に沿って道を行くのみ。陽射しに湖面が輝くのなんかを横目で見ながらの走行は気分がいい。海とは違った色合いが、なんだか目新しかった。

 リュウジについてしばらく走って、湖畔の飲食店や売店なんかが並んでいるあたりまで来た。駐輪場に単車を並べて停めると、リュウジは何やらリアにくくりつけていた荷物をほどいた。
 そして、ポケットからメモを取りだしてそれを頼りに歩き出すリュウジに、オレはついていく。

 「ああ、ここだここだ」
 と言ってリュウジが足を止めたのは、何軒か並んだおみやげ屋さんのうちの一軒の前。
 おまんじゅうとかを売っているお店ではなくて、木でつくった小物ばかりが並んでいるところだ。お客さんは女性ばっかりだった。
 
 大事そうに手持ちの包みを抱え直して、リュウジは店先で声を張る。
 「こんにちわ!!! ええと、健兄の親父さんいますか?」
 「うん? 健兄──? 健一だったらウチの息子だが?」
 リュウジの声で振り返ったのは、オレの親父よりちょっと若く見える男性だった。パイプをくわえて、帆布でできた前掛けをつけて、健兄さんと同じ背中の真ん中くらいまである長髪を後ろでひとつに束ねている。
 「どうも、はじめまして」
 リュウジはぺこりとひとつお辞儀をした。それにオレも倣う。
 「俺、健兄に世話になった者です。で、これ。健兄から、親父さんへ渡してほしいって頼まれて持ってきました」
 「健一から……なんだろう?」
 言って、親父さんはリュウジから包みを受け取っていた。

 親父さんが開いた包みから出てきたのは、革製のベストだった。それと一通の手紙。
 手紙に目を通した親父さんの目がちょっと細められたのをオレたちは見ていたんだ。
 「誕生日おめでとうございます、親父さん」
 リュウジが言うのに合わせて、隣に控えるオレも自然とお辞儀していた。

 そうか、親父さんの誕生日プレゼント──そういうことだったんだ。
 足を骨折して自分で来られない健兄さんは、リュウジにお使いを頼んだんだな。
 リュウジから詳しく聞いていなかったから、今ようやくここに来た意図をオレは知ったのだった。

 「ああ、それはどうもありがとう。ご苦労さんだったな、君達」
 「とんでもないです。俺も同じ病室に入院してて、さんざ健兄にはお世話になったから」
 「そうか、君か。リュウジ君というのは。この間、健一から電話があったときに聞いたぞ。なんでもやんちゃな高校生らしいな?」
 「え──俺……わはははは」
 「うんうん。いいじゃないか。そういうのは若いうちしかできないからな」
 健兄さんの親父さんは、リュウジの肩を叩きながら大きく笑ってた。
 
 それからしばらくリュウジは親父さんに健兄さんの近況を話したりしてた。
 そうこうしているうちに、今度はお袋さんが中から出てきて、オレたちに手作りらしきケーキとコーヒーをご馳走してくれたんだ。

 店内の一角にある木製テーブルを陣取って、リュウジと親父さんが話すのを聞いてた。
 親父さんの話からすると、健兄さんってのもオレたちくらいの歳のころはこのあたりでは随分名前が通っていたみたいだ。
 「へ~。だからリュウジと気があったんだね。健兄さん」
 「オウ。なんか納得だぜ」
 オレがちいさく囁くと、リュウジはどことなくうれしそうに頷いた。
 同じ匂いのする人どうしって、惹きあうのかもね。
 


   * 3 *


 「君達、美山瀬湖は初めてか? だったら少し湖畔を散歩してくるといい。まだ紅葉には少し早いが、いろいろ秋の花も咲いているし」
 「うん、そうします、親父さん。健兄に報告しないといけないから」
 「ははは。そうか。そうしてくれると有り難いな」
 そんなふうに親父さんに言われて、オレたちは外へ出た。

 湖畔の空気は、まったくもって澄んでいた。
 「いや~、すがすがしいぜ!!! 試験のことなんて忘れるよなあ。どうでもいいやな」
 「あはは、そうだね」
 いや、どうでもいいかどうかはわかんないんだけどさ。
 「でもさ、同じ水辺でも浜とは空気が違うよね。植物が多いせいかな?」
 「そうかもな、ハヤト」
 
 湖畔の、芝生が敷いてある公園に降り立ったオレたちは、寝っ転がって青空を仰ぐ。
 「そういや、ほら、あの大きい木あるだろ?」
 リュウジは正面を指さして言った。示した先には、見上げるほどの見事な大木がある。
 「多分あれのことだと思うんだけどな、健兄が言ってた。あれ、日本一大きなクリスマスツリーなんだってよ。時期になると電飾が点るらしいぜ」
 「へえ、そうなんだ。あんなに大きいんじゃ壮観だろうな。見てみたいね、冬に」
 「だよな。今度みんなで来るんだったらその頃を狙うか?」
 「うん、いいね」
 なんて軽く喜んでみたんだけど、ちょっと気になることがあった。
 「でも、ダイゴって宗教上の制約みたいのって大丈夫かな?」
 「ああ、そうか。でも平気じゃねえ? 俺、ガキの頃ダイゴとクリスマスケーキ食ったことあるぜ?」
 「あ、そう? それじゃいいか。うん、いいことにしよう」
 なんて具合でオレたちは、開放感を満喫してた。

 それから公園を一巡りしてたら、子供が喜びそうなロードトレインってやつ──汽車みたいな形をしたクルマの、遊園地なんかにあるような乗り物──と行き合った。
 「なあ、アレ、乗ってみたくねえ?」
 「ん? アレ? 乗りたいんだ、リュウジ。あはは、子供みたいだな」
 「……何だと? いいじゃねえかよ」
 言うが早いか、リュウジは道を行く汽車へと突進していったんだ。
 好きだねえ、こういうの。

 なんだかはしゃいでいるリュウジと一緒に乗り込んで、湖畔公園一周の旅。
 ロードトレインの窓から見た湖には、遊覧船が浮かんでいた。
 小鳥のさえずりなんかも聞こえてくる。
 「うわ~、ハヤト!!! あっち見てみろよ。ほら、あの森んとこ。なんかさ、熊でも出てきそうだよな」
 「熊──はどうかなあ? でもこの辺、イノシシとかシカはいるって聞くね」
 「ほう、そうか!!! いいな、俺もイノシシ仕留めてみてえぜ」
 「いや……さすがに素手じゃどうだろな。少なくともコウヘイやゴンタよりは強いと思うけど」
 「ん? ああ、そんなもんか。それじゃもうちょっとリハビリしてからにすっかな」
 童心に帰って──いや、いつもと同じかもしれないけど、無邪気に騒ぐリュウジがやけにほほえましい。

 そうしてそばらく遊んだあとに、オレたちは湖畔から引き上げたんだ。
 帰りにもう一度、健兄さんの親父さんに挨拶をして──またいつでもおいでって言ってた──、それから駐輪場へと向かった。
 「使命を果たしたあとは気分いいぜ。今日はありがとな、ハヤト。付き合ってくれて」
 「とんでもない。オレも満喫したしね。おいしい空気を」
 「そうか。だったらよかったぜ!!!」
 「でもさ、県内だし、あんまり遠くまで来たつもりないけどすっかり観光気分を味わえたよな」
 まだ視線を湖に残したオレたちは、話しながら駐輪場まで歩いた。
 
 駐輪場の入り口まで来てみたら、オレたちの単車を停めたすぐ脇に座り込むふたつの人影があるのに気が付いた。
 そのふたり組は両方とも背中の真ん中くらいまでの長髪──ちょうど健兄さんとおなじくらいだ──をして、揃いの革ジャンを着込んでいる。
 座り込む彼らの目の前には、オレたちのと大差ないくらい目立つ見た目の単車が停まっていた。
 「うん? どうしたんだろうな?」
 「さて……?」
 リュウジと顔を見合わせて、ともかくオレたちはそっちのほう、というか、自分らの単車が停まっているところまで足を運んでみた。

 「あ~あ、やっちまったなあ。おれ」
 「とにかく直さないことには。こんなところ奴らに見られた日には──」
 「確実に足許掬われるよなー」
 なんだか困って焦ったような顔を彼らはしていた。
 「こんな場合だ。親父さんに助けを求めたらどうだ?」
 「まさか。そんなのおれ、恥ずかしくてできねーよ。いっつも頼ってばっかだし」
 「そうか。それもそうだな」

 「兄ちゃんたち、どうかしたのか?」
 リュウジが突然、彼らに声をかける。
 それまでオレたちにぜんぜん気付いていなかった彼らは、一瞬肩をびくっと震わせてからオレたちを振り返ったんだ。
 「なんか困ってるみてえだな?」
 「ああ──いや、まあ」
 ふたりは立ち上がって、オレたちを値踏みするように見たあとに、目線を合わせていた。

 リュウジは困った顔をしてる奴を見過ごすことができないたちだから、彼らにごく自然に声をかけた。
 困ってる彼らは、そんなリュウジとオレの胸の内を量りかねてかさらにちょっと困ったような顔になっていた。
 「ええと、オレたち別に怪しい者じゃないですから。こっちは困った奴をほっとけない漢なだけですんで」
 「ああ──そうですか。急に声かけられたから驚いたもので」
 立ち上がった、長身のほうの男がそう応えた。痩せていて色白で、漆黒の髪をしてる。
 「ほんとその通り。おれら、ちょっと因縁ある奴らがいるもんで、そいつらかと思ってびっくりしたってわけ」
 そう続けたのはもうひとり。こっちはあまり背が高くなくて、派手な金髪。頭の頂点を短くして逆毛を立ててる。

 「ああ、なるほどな。それだったら驚かせてすまなかったぜ」
 「うん。悪かった。そういうのはオレたちにも身に覚えあるしね」
 オレがそう言ったら、ちょこっと場の雰囲気がやわらいだような気がする。
 なんというか、共感めいたものができたって言うか。

 「いやね。おれ、単車をパンクさせちまって。それでちょっと困ってたんだ」
 金髪のほうがそう言って、耳の裏側をぽりぽり掻いていた。
 「そういうこと。こいつ走りが無謀だから」
 ちいさくため息をついたのは黒髪ほほう。
 「オウ、そんなことか!!! だったらわけねえよな、ハヤト?」
 「ん? ああ、まあね。そしたらちょっと見てみようか」
 どうやらオレの出番のようだな。リュウジがオレの肩を叩く。
 オレはリュウジに頷いてから、自分の単車のサイドに括った荷物をほどきに行った。



   * 4 *


 パンクしたという金髪くんのメタリックオレンジ塗装の単車を、オレはひとまず調べてみることにした。
 「ああ、釘が刺さってるね。コレだ」
 「あらら、ほんとだ。ついてねーな、おれ」
 「うん。まあ、たまにはあることだし」
 そんな風に答えて、オレはさっそく手持ちのパンク修理キットを取り出した。こんなことに備えて、遠出のときには持参することにしているのが幸いした恰好。

 「え、もしかしてここで直せる?」
 「まあね。これくらいだったらオレにも何とか」
 オレが笑ってそう返したら、金髪くんはほっとしたように表情を緩ませたんだ。
 「こいつな、バイク屋のせがれなんだ。だからこき使っていいんだぜ」
 なんてリュウジは、初対面のふたりに言い放った。
 
 「うわ、ありがとーございます!!! こんな見ず知らずの輩に、どうもどうもご親切に」
 「いえいえ。困ってる人を見捨てるような真似したら、こっちににあとで何されるかわかんないから」
 「当たり前じゃねえか!!! だってよ、単車乗る奴みんな仲間だろ? なあ、ハヤト?」
 「あはは。それはどうだろ。だってほら、コウヘイたちだって──」
 「つまんねえこと言うなよ、ハヤト。いいから早いとこ直してあげろっての」
 「あはは、そうだね」
 リュウジに言われたら、オレは従わないわけにはいかないし。そうじゃなくたって、オレだって自分の力で助けになるんだったら厭わないしね。

 「そしたらしばらくかかるから、そうだなリュウジ。もういっぺん健兄さんの親父さんの店に行って待たせてもらっとくといい。山だし、夕方は冷えるから」
 「そうか?」
 いつもだったら絶対に首を縦には振らないようなオレの提案に、リュウジは乗ってくれた。病み上がりを心配してるオレの気持ちをわかってもらえたみたいだ。
 「だったらそうさせてもらうかな。終わったら呼びに来てくれや」
 「うん、了解」

 「──もしかして、健兄さんの親父さんというのは」
 オレたちのやりとりを聞いた黒髪くんが口を挟む。
 「オウ。そこのおみやげ屋さんの店主だぜ。健兄ってのは、俺のちょっとした知り合いでな」
 リュウジがそう言ったら、長髪のふたりはなんと、そろってリュウジと隣にいたオレとに深々とお辞儀をしたんだ。
 「健さんのお知り合い──健さんは俺たちの尊敬する先輩で」
 黒髪くんは感慨深そうにそう言った。金髪くんのほうもこくりと頷いて、なんとなく懐かしむような顔を見せていた。

 金髪くん──彼はテツと名乗った──に聞いたところによると、リュウジが入院中によくしてもらった健兄さんってのは、大学にいくまではここら辺りを締めていた人物らしい。
 また、さっきオレたちが会ってきた健兄さんの親父さんも面倒見がよくて、自身も単車に乗ることもあって今でも彼らのよき理解者なんだとか。
 「それで、ほら、おれと一緒にいた奴。タケルってんだけど。あいつが健さんから後を託されたってわけ。そんときまだ1年だったんだけどさ、タケルもあれで人望篤いから」
 「へえ。なるほど。そしたらタケルくんは隊長なんだ」
 「そーだな。ちなみに、うちらは美山瀬烈風隊って名前なんだ」
 「ってことは、今は親父さんのとこで隊長会議だね。ウチのリュウジも鬼浜爆走愚連隊の総隊長だ」
 「へ~。なんかわかる。彼、リュウジ? 統率力ありそうだもんねー」
 オレは作業をしながら、テツの話を聞いていた。
 彼はずいぶんと話好きみたいだった。

 「で、テツくんは? タケルくんの腹心って感じ?」
 「わはは。腹心かどーかわかんないけど。でもいつも一緒だな。ってゆーか、呼び捨てでいいってば」
 言ってテツは笑った。なんかオレと同じような立場みたいだ。
 「それでさー、仲間もいれば敵もいるってわけで。おれたち平和主義なんだけど、いっつもちょっかい出してくる奴らがいてさ」
 「あはは、あるある。そういうこと」
 「あ、わかる? そうかー。ハヤトんとこもそんなんか」
 「どこでも一緒だね」
 こういうのって共通の図式なのかもな、なんて思った。
 「で? 直る? ハヤト」
 「うん。とりあえず走れるようにはなるけど──けどこれ、タイヤ自体がそろそろ替え時だ。溝がだいぶ減ってるから」
 「あー、やっぱりね。ちょうどそんな時期だとは思ってた」
 「うん。早めがいいよ。もうちょっと明るい時間だったらいろんなとこ見てあげるんだけど」
 
 ちょっと見だけど、テツのマシンは『無謀な走りをする』ってタケルが言ってたのが頷ける感じだった。きっとテツも幾多の勝負を経てきてるんだろうなって思う。
 オレの手元を見てたテツは、ふと思いついたように立ち上がってオレの単車を見てる。
 「へー、ハヤトの単車も経験豊富そうだね」
 「ん? オレの? ああ、まあ割とそうかな」
 互いのマシンを同じように評するあたり、やっぱりテツとは似たもの同士かも。
 「速いんだろーな、ハヤト。タイヤ替えたら勝負しようか」
 「あはは、いいかも。オレ、こう見えても負けず嫌いだよ?」
 
 刺さっていた釘を抜いて、修理用の工具を幾つか使って。それからポンプで空気を入れて、空気圧を確認する。
 「よし。これでOK」
 「うわ、終わった? すげーな、ハヤト。どうもありがとう!!!」
 「あはは。慣れてるだけ。ちょっと走ってみてよ」
 「うん、そーする」
 うれしそうにテツはエンジンをかけて、それから道へ出ていった。
 
 テツが試走している間に、オレは工具を片づけてからリュウジたちの待っている親父さんの店へ行った。
 「オウ、ハヤト!!! 終わったか?」
 にこやかに振り返るリュウジの顔を見たら、どうやらこっちも隊長同士の会話が楽しくなされていたことが察せられた。
 「うん。いまテツは試走中だよ」
 「お世話かけたな、ハヤト」
 なんとまあ、タケルはオレにまたしても深く頭を垂れた。恐縮しちゃうな、オレ。
 「いえいえ。とんでもない。テツといろいろ話して楽しかったしね」
 そう返すと、あ~あ、みたいな顔をタケルが見せた。
 「奴、おしゃべりだから。聞き疲れただろう?」
 「あはは。そんなことない。大丈夫だよ」
 そんなオレたちのやりとりを、健兄さんの親父さんはあったかい目で見てたんだ。
 なんかいいよね。タケルとテツたちは恵まれてるな、って思った。

 そして試走を終えたテツが戻ってくるころには、夕暮れが近い時間になってた。
 オレたちはもう一度、親父さんに挨拶をしてから駐輪場へ戻った。
 歩きながらリュウジが言う。
 「なんかさ、ハヤト。どこでも同じだよな。仲間がいて、敵がいてみたいなのってよ」
 「ああ、オレもそう考えてた。テツと話してて」
 「それでさ、新しい仲間みたいのにも時々巡り会えたりするもんだな、っても思った」
 「うん。ダイゴだったらこういうのを『縁』とかって語ってくれそうだ」
 リュウジのリハビリを兼ねたお使いは、思わぬおみやげがついてきた。
 健兄さんにこのこと話すの、楽しみだろうな。リュウジは。



   * 5 *


 ふたたび駐輪場に4人で戻ると、テツが今すぐ町へ出てタイヤ交換をすると言い出した。
 「って、これから行くの? そろそろ日が暮れるけど」
 遠出だっていうことで、オレはいつもはしない腕時計をつけてた。文字盤に目をやったら17時を過ぎたところだ。
 「うん。だっていつ奴らに狙われるかわかんねーから」
 「なるほどね。なんかわかるけど。こっちが弱いときって不思議とそういう展開になるからね」
 オレは納得した。そう、いつだって暗黒一家はそんな風にオレたちに仕掛けてくる。リュウジが入院してるときなんて、オレ、コウヘイに殴られたもんなあ……。

 「でもまあ、用心に越したことねえやな」
 「ああ。けどリュウジ、それ以前にテツはそうと決めたら絶対に意志を曲げないから」
 「正解!! さすがわかってるなー、タケル」
 「だてに付き合い長くないってこと」
 あはは、なんて美山瀬のふたりは笑いあう。
 「よし。そしたら町まで一緒に走ろうぜ!! 俺らも通り道だし。な、ハヤト?」
 「そうだね。そうしようか」
 といったわけで、リュウジとオレ、それに美山瀬のタケルとテツとの4人で町の方角へ向けて単車を発進させた。

 もう日が落ちる寸前の湖面を見ながらの帰り道だ。リュウジとタケルが並んで先行して、オレとテツとはその後ろへつく。
 しばらく走るとトンネルに入る。それを抜けたら町の方角へ通じる下り坂なのだが──
 「ん? なんだ? うるさいのが近づいてくるな」
 ただでさえ音が反響するトンネルの中、オレの呟きは後ろから近づいてくる爆音にのまれて誰の耳にも届かなかった。
 何だろうと思って振り向いてみると、オレたち4台との距離を縮めてくる爆音の主は2台の単車だった。
 ちらりと見たテツの顔は、苦く歪められている。
 たぶんこの表情は、彼には見覚えのあるだろう追随者が作り出させているんだな、という確信めいた理解がオレに訪れた。

 トンネルを抜けたところで、2台の爆音マシンがオレたちの行く手を阻んだ。
 2台はリュウジとタケルの前に回り込んでブレーキを掛けた。
 仕方なくオレたちも単車を停めて路肩に寄せて──そして美山瀬烈風隊の隊長・タケルは、爆音マシンの主に声を放つ。
 「何だ。何か用か。くだらないことで呼び止めたりしないでくれ」
 「さあな。くだらんことかどうか、な」
 タケルと正面から睨み合うふたりは、どちらも坊主刈りだ。応えたほうは不吉に声が太くて、どっしりした体をしていた。
 おそらく彼らが、テツがさっき話していた『ちょっかい出してくる奴ら』なんだろう。
 揃いのつなぎ服の胸には、「清河軍団」の刺繍があった。彼らの部隊名らしい。

 「俺はあんたに用がある、テツ」
 そう言って視線をテツに向けたのはもうひとりのほう。切れ長の目に冷たい光を浮かべている。
 「え、おれ? こっちには別になんもないけど?」
 「ふざけるな。あんた昨日、俺に何をした?」
 「昨日? さて、何かしたっけか?」
 
 日が落ちようとしている、山に囲まれた湖の景色を強い風が吹き抜ける。
 リュウジもオレも黙って見ているけれど、こうした会話から繋がる次の展開なんてだいたい予想がつく。

 「昨日、町で俺の単車を無理矢理追い越しただろう?」
 「いやー、無理矢理っていうか、追い越したっていうか。だって低速走行はほかのクルマとかに邪魔だろ? おれ、そう思っただけだし」
 別段悪いことをした感のないらしい口調でテツはそう答えた。
 「そういうことなら言いがかりだ、清河軍団。俺たちは好きこのんで喧嘩を売るようなまねはしない」
 「そんな道理がどこでも通用すると思うのか? 随分甘いな、タケル」
 「……無駄だ。そんな挑発には乗らない」
 落ち着いてタケルが言った。
 
 オレはなんとなくリュウジを見た。むしろリュウジが率先して喧嘩を買ったりしないといいな、なんてちょっと心配になったら案の定──リュウジはこめかみに青筋を立てんばかりの表情をしてた。
 「リュウジ。落ち着きなよ。オレたちの出る幕じゃない」
 「──わかってるぜ、ハヤト。でもよ、俺は本来こういうの黙って見てられねえんだよ」
 俺たちはちいさく囁き交わす。そんなオレたちに一瞬だけ清河軍団の視線が向けられた。
 
 「とにかく昨日のツケは払ってもらおうか」
 隊長格らしき体つきの大きいほうがタケルとテツとに言い放つ。
「へー、そんなにおれと対決したいんだ?」
 耳の裏側を掻きながら答えたのはテツだった。
 「おい、テツ。自ら煽るような真似はよしたほうがいい」
 「だってしょうがないだろ、タケル。おれ、ご指名受けたんだぜ?」
 「そうは言っても、テツ──」
 終始落ち着いた印象のタケルがすこし慌てた顔をする。
 そうだ。テツの単車は万全な状態じゃないんだ。タケルの反応ももっともだ。
 「いいさ。やれるとこまでやるよ、おれ」
 口笛でも吹くような気楽さでテツは言って、わざと大きくアクセルをふかしたんだ。

 沈み行く夕日の残りに金髪を輝かせて、夕日の色に塗装を施したマシンを操るテツがスタートラインへ立つ。
 その横でテツに冷たい視線を送ったのちに正面を見据える、テツのライバル氏。
 きっと誰が止めてもテツは聞かないんだろう。半ばあきらめた表情のタケルの横顔がそれを物語っていた。

 「よし、いいな? では──Ready GO!!!」
 清河軍団の隊長格が低い声を辺りに響かせると同時に、2台のマシンは爆音を轟かせながら湖に沿ったカーブの先へ姿を消した。

 「なあ、ハヤト」
 「うん?」
 爆音が遠ざかるのを感じていると、リュウジがオレに声をかけた。
 「正直言って、どうなんだ? テツの単車は大丈夫なのか?」
 「ああ──どうだろう。とりあえず通常走行には差し支えないんだけど。無茶しなけりゃね。パンクは釘のせいだったけど、タイヤよくないから」
 「無茶しなければ、か。それは耳が痛いな」
 オレの答えるのを聞いて、タケルがため息混じりにそう言った。
 「そういう時に限って無茶をするのがテツだから」
 「なんかタケルの気苦労、俺にもわかるぜ」
 眉間にしわを寄せてリュウジが洩らす。
 「無茶する仲間をとりまとめるのって大変だよな。ウチにもそういう奴いるからな」
 言いながらリュウジはオレを見た。
 「え? オレ?」
 オレ、そんな無茶するかな? あんまり自覚ないんだけどな……。

 どのみちリュウジも、それからタケルも、オレなんかじゃ味わえないような苦労をしてるってことなんだろう。
 リーダーって大変なんだな、なんて朧気に思いながらオレは気を揉むふたりを眺めてた。



   * 6 *

 
 いつもの勝負ルートは湖畔から町へ下って県道を流すコースなんだとタケルが言った。
 「距離はずいぶんあるのか?」
 リュウジが聞き返した。
 「実際測ったことはないが、時間にしてだいたい15分程度かな。細くてくねった道が多い」
 「それじゃ技術が要るな」
 「そう、ハヤト。そのあたりの勘はテツがうちの隊ではずば抜けてる」
 オレたちが話しているのを、離れたところで敵の隊長が腕組みして眺めている。
 なんとなく余裕が見える表情だ。もしかしてテツの単車の状態を知っているのかもしれない。たとえばさっき、オレが修理しているのを通りすがりに目撃したとか。あり得るな。

 「うん? 音がするな?」
 「え、リュウジ、何の音?」
 「いや、爆音がそっちのほうから近づいてきてねえか?」
 リュウジに言われてそっち──テツとライバル氏が走っていった方向に意識をやる。すると確かに、改造マフラーの奏でる音らしきが聞こえてきた。
 そして、しばらく後に見えてきた1台の単車の姿。
 「あれは──? テツと一緒に走り出した奴?」
 「どうもそうみたいだ」
 「って、今さっき出てったばっかりじゃねえか? でもって、テツはどうしたんだ──」
 リュウジが言い終わるかどうかの間に、テツのライバル氏は想像したのと違う方向から単独で戻ってきて、スタートした地点に単車を停めた。

 「一体どうした? うちのテツは?」
 タケルが訊くのに、薄く笑ってテツのライバル氏が答えた。
 「どうもこうも。テツはゲームオーバーだ。自走不能だな」
 それを聞いて、向こうの隊長も低い声で笑っていた。
 
 オレたちの怖れていたことが起きてしまったようだ。
 「勝負はあったようだな。タケル」
 「────」
 「タケル、あんたテツを迎えに行きな。ちゃんとここまで戻ってきて詫びてもらう」
 「──ああ。言われなくても迎えに行く。詫びるかどうかは別だが」
  落ち着いた声でタケルは答える。悔しそうなのは見ていてわかるが、信念を曲げるつもりはないらしい。さすが漢だ。
 「おら、御託はいらねえからさっさと迎えに行って来い」
 言う清河軍団の隊長格を冷たい目で見返して、タケルは単車にエンジンをかけようとしていた。

 そんなタケルを見てたオレは──実は我慢がならなかった。
 さっきからリュウジが首を突っ込みたくて仕方ないのは解っていた。部外者だし、むしろリュウジを留めておくほうに気を回していたんだけど──
 そのとき、オレは反射的にこう口を開いていた。

 「待ってる間、暇だろ? 清河軍団の人。仕切直そうか? よかったらオレがテツのかわりに走るけど?」
 「ああん? 何だと? そもそもお前等、何者だ?」
 敵の隊長を真っ向から見据えて、オレは臆すことなく言い放つ。
 「オレは鬼浜爆走愚連隊のハヤト。特攻隊長を務めてる。こっちが総隊長のリュウジ。オレたちはタケルたちに縁ある者だ」
 「おい、ハヤト──お前」
 「いいから、リュウジ」
 いつもとまったく逆だ、これ。オレはリュウジをさしおいて、感情のままに声をあげていた。
 「タケル、早くテツを迎えに行ってやって。間つなぎくらいは出来ると思うから。単車はどこか安心な場所があったら置いてくるといい。あとでもう一度タイヤ見てみるよ」
 「わかった。恩に着る、ハヤト」
 短く言ったあとすぐに、タケルは単車を始動させたんだ。

 「ハヤト、お前大丈夫なのか?」
 「さあね、リュウジ。でもなんか我慢できなくて。オレ」
 「そんなのは俺も一緒だけどよ。けど、ここら道もろくにわかんねえだろ?」
 「ああ、そう言えばそうだな。気付かなかった」
 あはは、なんて笑ってみる。そうか、これがオレらしいってリュウジは言うんだよな。
 でも、今日ばかりはそんな軽口たたく余裕がリュウジにはないらしかった。逆にオレは開き直っているというか、変に落ち着いてる。
 「とにかく先を走ってもらうよ。ついていければ何とかなるんじゃない?」
 オレはリュウジに笑みを見せてた。

 「それで? 鬼浜の人。あんた本気でやるんだな?」
 切れ長の目をした坊主刈り──テツのライバル氏がオレを見据えた。やっぱり薄く笑っている。
 「うん、そのつもりだけど?」
 「いい度胸だ」
 「あはは、褒めてくれてどうも」
 たったさっきまで敵でも味方でもなかった初対面のひとりの単車乗りと、何の因果で勝負することになったんだろう。世の中、一瞬先ってわかんないもんだな。

 自分の好みの音が出るようにカスタムしたマフラー。親父に手伝ってもらって、できるとこは自分で手を出して。だからオレの愛車はこんなとき、オレを励ますようにいい音を聞かせてくれるんだ。
 
 我ながら心地よいノイズを聞きながら、オレはスタートの合図を受けて走り出した。
 テツのライバル氏の背中を凝視して、振り切られないように細心の注意を払いつつ。
 
 初対面同志の勝負は相手の技量もわからない。しかもオレにはコースさえわかっていないというハンデつき。
 それでもオレは走らずにいられなかった。
 思えばオレたちは、ほかの似たような隊と親しくすることって今までなかったんだ。オレたちが普段顔を合わせるのは敵対する暗黒一家の奴らくらいだから。
 そんなオレが初めて会った、自分と似たような立場のテツ。そう、オレはだからきっと感情的になったんだと思う。

 ──そんな徒然の物思いは一旦やめておこう。ここは集中しないといけないんだった。
 テツのライバル氏に引き離されたら一巻の終わりだ。
 オレは大きく息を吸って、前を行く背中を強い視線で睨みつけてみる。
 なんとなく額の真ん中が熱を持ったような気がした。
 
 下りのまがりくねった道。先には急カーブ。
 知った道だったらカーブを狙って迷わず単車を寄せていって突っかけるところだけど、ここはオレが前へ出ても話にならない。
 たしか15分程度のコースだってタケルが言ってた。オレは普段はしない腕時計をたまたま持っていたのを幸いに、出発からの時間をみてラストスパートのみを念頭においた勝負に賭けることにした。

 最初が下りだということは、ラストに近い辺りは上りのはず。
 知らない道程だって、それだけヒントがあったらどうにでもなるだろう。
 オレの勝負感覚をオレが信じないでどうするんだ?
 ──そうオレを励ましながら、湖の方角から吹いてくる強い風に髪をなぶらせていた。



   * 7 *
 
 
 初対面の相手と、初めて走るルートでのオレの志願した勝負の途中。
 湖から通じる坂道を下りきったところで、タケルとテツの姿が視界に入った。
 ふたりしてどこかへテツの単車を移動させてる。
 一瞬、ふたりはこちらに気付いて振り返った。
 横目で見たけど、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。オレは勝負相手の背後を執拗に追いかける恰好だ。
 
 山道と言ってもいいくらいの道路は、平日のせいか夕方でも交通量は極めて少ない。お誂え向きといったところか、すれ違う対向車はぜんぜん来ない。
 だから海辺が地元のオレたちと違ってこんな時間に単車勝負なんてことができるんだと、走り出してから気が付いた。

 タケルの言っていたように、確かにカーブはきつい。
 オレの前を走る、美山瀬のテツのライバル氏──清河軍団の特攻隊長は、細い道をオレの行く手を阻むように蛇行する。
 コーナーにさしかかると、先のコースがわからないのでオレはスピードを緩めざるを得ない。
 しかもライバル氏は巧みに、カーブの手前でオレの単車に突っ掛けてくる。
 知った道ならこちらから仕掛けるところだけど、突っ込むところと退くところがわからない以上はひたすら受け身だ。

 いくつかの下りの急カーブをそうしてやり過ごした。
 交通量が少ないとはいえ、公道だから当然ときどき信号もある。なるべく停まらずに済むようにスピードを調節するのはいつものことだけど、その信号が変わるタイミングなんかも知っているのといないのとでは大違いだ。
 気付いたらオレは、ライバル氏の策略にはまったかのように彼の前を走っていた。
 あらら、なかなか勝負巧いな、敵も──なんて言ってる場合じゃないので、オレは速度を緩めて敵の後ろに回り込む。
 ついでに一度、こっちから単車を寄せて突っ掛けてった。なんか一矢報いたような気分。
 
 続けざまのカーブ。気を抜いたら曲がりきれなくなりそうになる。
 カーブに気を取られていたら、今度は振り切られそうになる。
 いくつもいくつも気にすることがある勝負っていうのは、不利なのは承知だけどいままでオレが味わったことのないスリルを秘めてて案外おもしろい。
 秋の宵の口。ロケーションは山。もちろん気温はだいぶ低いはずだけど、いろんな緊張がオレに汗をかかせていた。

 時計を見たら、スタートから10分が経過していた。
 ライバル氏がいつものペースで走っているんだとすれば、コースの1/3を消化したことになる。
 そういえば道はしばらく前から上りになってる。
 うん、きっと勝負の賭けどころは遠くないんだろう。
 オレは右カーブを、大きく単車を傾けて曲がりきった。

 道がどこでどう繋がってるのかなんてちっともわからないオレだけど、やっとこさ見覚えのある道に出たように思う。
 もう暗いからあまり自信を持って言えるわけじゃないけど、カーブの急な細い道を登り切ったらさっきリュウジと走った道──美山瀬湖に沿った道らしきところへ出たような気がした。
 時間的にも体感的にもそんな予感だった。だとすると、この先は左カーブ、次いで右のやや緩いカーブ。少し直進でさっきのトンネルのはず。

 よし。ここが勝負どころだ──オレはそう踏んで、定位置にしていたライバル氏の背後から出て、真横に並んだ。
 ちらりと横目で見てみたら、ライバル氏と視線が合った。

 ようやく視界が拡がったところで、オレは自分の勘が正しかったのを知る。
 ライバル氏と並んで激しくぶつかり合いながら通ったその道は、湖畔の商店街──健兄さんの親父さんの店の前につながってた。
 さっきテツの単車を修理した駐輪場を通り過ぎるころには、オレは自信と気合いとをもってライバル氏に本気で挑む準備を整えていた。

 湖の形に沿った左カーブ。オレは右側からライバル氏に単車を寄せる。相変わらずマフラーからはオレの好みの排気音がしていた。
 カーブをアウトすると、ほんの少し直線だったと思う。
 直線の間に先行しようと試みたけど、相手もさすがに手練れの者。前輪を寄せてきて、なかなか簡単に許してはくれない。
 相手が強いと自然に気概が高まる。互角と認めるハンゾウと勝負するときと同じくらいのテンションで、オレは再度ライバル氏を横目で見据える。
 今度はライバル氏は、まっすぐ前を見ていたから視線が合うことはなかった。
 
 ラストのトンネルへ続く右カーブ。内側を走るオレは、今度は突っかかられる側となる。
 外から当たってきつつも抜き去ろうとするライバル氏の進路をなるべくふさぐように、オレはハンドルを強く握って持ちこたえる。
 ふと思い立って、一瞬あえて速度を落としてみた。するとライバル氏は当たり前のようにオレの前へ出る。
 さらに速度を緩めて、今度はライバル氏の左側へ回り込む。さっきまでの山道と違って車線に幅があるので、そんな小細工もできた。

 やがてトンネルへ──これを抜けたらゴールだ。
 あえて減速したオレは、ふたたび加速をつけてライバル氏に寄せていく。
 トンネルの中はやたらと音が響く。ライバル氏のマシンの音、それにオレのマシンの音。ほかに通るクルマもなかったから、そのふたつだけがまるで喧嘩をするかのように縺れあって耳に突き刺さってくる。
 トンネル特有のオレンジ色の灯りのもとで、オレとライバル氏の本気の走りがぶつかり合っている。
 さあ、あとひと踏ん張りだ。ほら、あと少しで出口。

 ここまで来たらオレもライバル氏も、ゴールを見据えて加速するのみ。
 信じるものはおのれの力量。それ以上にマシンとの一体感。
 マフラーから出てる音は、オレの叫び声と一緒だ。負けてたまるかと咆吼してる。

 ふたつの音の狭間で、きっとオレは自分の腹からも声を振り絞っていたと思う。
 「だから言ってるだろ──オレの本気が負けるわけないぜ!!!」
 
 速度を保ったまま駆け抜けるトンネルの出口際。視界を掠める赤いリーゼント。オレを待っている頼もしい姿だ。
 ──ああ、戻ってきたよ、リュウジ。
 ──いや、やっぱ知らない道ってキツかったよ。
 ──で、どうだった? オレは先にゴールできていたのか?

 世界で一番美しい排気音が、オレの代わりにリュウジに訊いてくれていた。



   * 8 *


 「リュウジ、まさかオレが勝負に出てる間に向こうの隊長氏と殴り合いなんかしてなかっただろうな?」
 「……ハヤト、お前言うようになったな」
 高ぶった思いで訊くオレに、わはは、と笑ってリュウジは応えた。
 「まあ、そのう、アレだ。ほんの挨拶程度にはな」
 「あはは、リュウジは結局喧嘩っ早いんだもんな」
 「オイ!!! 今日ばっかりはハヤトに言われたくねえぜ」
 ちょっと呆れた色を混ぜた複雑な顔をして、リュウジはオレにこう言った。

 海辺の鬼浜町から40kmの山の中。ここで気の合う新しい仲間と出会って、それでもって彼らの因縁の宿敵とのちょっとした勝負を終えたオレはやたらとテンションが上がっていたことは事実。
 「それで? 向こうの隊長は強かった?」
 「いや、そんなでもねえかな。腹が開くほどじゃなかったしな」
 「あはは。それじゃいいリハビリになったんだ」
 「まあ、そんなとこかもな。いい運動だったぜ!!!」
 わはははは、なんてリュウジとオレはどっちもハイな気分のまま笑いあってた。

 テツのライバル氏との単車勝負の結果は、どうやらオレに軍配があがったみたいだ。
 僅差でゴールしたとは思ったけれど、オレが息を整え終わってひとこと言ってやろうとしたころには、美山瀬烈風隊のタケルとテツの宿敵・清河軍団のふたりは早々に引き上げにかかっていた。
 「余所者風情が生意気に」
 そんな言葉と唾を吐いて、ふたりとも納得いかなそうな顔をして。
 
 ぜんぜん知らない道での勝負っていう不利があったけど、オレは旅先──ってほどの距離じゃないけど──で出会った新しい仲間の助けになれたら、という思いに走らされたんだ。
 きっと待ってる間のリュウジも似たようなもんだったんだろうな。リーゼントの形が崩れているのがそれを物語ってる。
 オレも強い風に煽られっぱなしだったから、髪の毛とんでもないことになってるな。
 まあ、いいか。これもひとつの勲章みたいなもんだよな。

 さて、これからどうしたもんかと思案していたら、坂の下のほうから排気音が近づいてくるのがわかった。
 ふたたびパンクしたテツの単車を安全な場所へと運んでから、ふたりはタケルの単車に乗ってここまで戻ってきたんだ。
 「ハヤト!! おれのかわりに勝負行ってくれたんだって?」
 「うん。なんかね、ついうっかり」
 「え、うっかりって……」
 「わはははは。テツ。ハヤトってそういう奴だからあんま気にしねえでくれ」
 「ふーん。そうなんだ」
 「けど、本当にふたりには世話になった。感謝してる。俺もテツも」
 「ほんと、タケルの言うとおり。ありがとな、リュウジ、ハヤト。まさかこんなとこで、知らない奴と勝負してくれる人がいるなんて思ってもみなかった」
 美山瀬のタケルとテツはそう言って、ふたりしてオレたちにお辞儀なんかしてるんだ。
 
 「まあ、いいってことよ!!! 俺らは俺らで楽しんだし。なあ、ハヤト?」
 「うん、そうだね。オレ、なんか意外と熱い男だった自分に出会えたよ」
 「他人事みたいに言うなー、ハヤト」
 「え? そう? オレ、地元じゃクールで通ってるからさ」
 なんて言ってみたら、リュウジにため息つかれたよ、オレ。
 「あ~、悪い悪い。ふたりとも、あんま信じないでくれ。ハヤトの戯れ言は。ちょっととぼけてるだけだから」
 「心外だなあ……リュウジ」
 わはははは、と4人で笑いを分かち合ったんだ。
 なんかいいよね。まだ出会って数時間ってとこなのに、どこか通じるとこがある仲間って。
 そんな中でテツはオレに握手、と右手を出した。ふっくらとしたテツの掌は、しっとりしていて温かかった。
 
 ようやくオレたちが美山瀬湖のそばを離れた頃には、空には星が出始めるころだった。
 先導するタケルの単車について走る。テツとのふたり乗りだ。
 さっき勝負のときに走った坂道を下って、着いた先はメインの道を逸れてしばらく行ったところ──大きな家のガレージの中だった。
 ここはタケルの家なんだそうだ。
 「そしたら悪いけど、もう一度頼んでもいい? ハヤト」
 「うん。もちろんそのつもり」
 テツにそう答えて、オレはテツのマシンのタイヤと向き合った。
 「ありがとー、ハヤト。おれ、どうやって恩返ししたらいいんだろ?」
 「あはは、そんなのぜんぜん気にしないでいいよ、テツ」
 お互いに呼び名以外は知らない同士だけど、もうすっかり気安い感じになってた。
 今日ここに来てよかったな、って思って横のリュウジを見たら、オレの言いたいことがわかったみたく頷いてた。

 せめて何か食べるものを用意してくれると言って、タケルとテツは一旦この場を離れた。タケルの家のガレージには、作業するオレと見守るリュウジだけがふたりで残る。
 「今日ここ来てよかったって思っただろ? ハヤト」
 「うん? ああ、さっきね。やっぱわかった?」
 「当然!!! 俺らだってもう付き合い短くないもんな」
 オレはリュウジに目を細めてみせた。
 「そうだね。なんだかんだ一緒にいるしね」
 「オウ。まあハヤトいつも暇そうだしな。ダイゴとかノブオみたく用事そんなになさそうだしよ」
 「え。そんなことないけど……」
 言ってはみたものの、確かにちょっと弱いな。オレの反論は。
 まあいいか、なんて思って、ごまかし笑いに興じてみる。

 「でもま、今日はいろいろあったけど楽しかったよな」
 オレは手には工具、目はタイヤを見つめながらリュウジに言った。
 「だろ? 俺、そんな予感がしてたぜ!!!」
 「あはは。いつも前向きだな、リュウジ」
 「それが俺の生き様だからな」
 オレはついタイヤから目をそらして、自信たっぷりに言い放つリュウジを見た。
 腕を組んだその両肩には、オレたちの信頼のすべてが乗っかっているんだよな。

 それからオレは、リュウジといつもみたく会話しながらパンク修理に勤しんでた。
 仲間のこと、学校のこと、それから暗黒一家のことなんかをとりとめもなく。
 初めてくる場所だっていうのに、リュウジと一緒だとそんな気がしないのが不思議だってときどきオレは思うんだけど、なんとなくその理由がわかった。
 リュウジの醸す空気そのものが、きっとどんな場所の気よりも強いんだろう。
 
 これから先、どんな出会いとか闘いとかが待ってるんだかわからないけど──リュウジが隣にいる限り、オレは案外どんなシーンにだっていつも通りのオレでいられそうな気がしてた。
 もっともリュウジはオレこそマイペースだって言うかもしれないけどね。

 ガレージの入り口から見える美山瀬の夜空は、鬼浜町で見るよりもたくさんの星座が貼り付いてる。
 帰り道、こんな夜空を見ながら走るのも気分いいんだろうな。



   * 完 *




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