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新米教官の自尊心


   * 1 *


 「来たよ、ハヤト!!」
 「おっ、ケイタ。待ってたよ」
 ずいぶん冷たくなってきた風がちょこっとだけ止んだ今日。オレは約束どおりケイタに自転車の稽古をつけてやることになっていた。
 ダイゴの家・鬼浜寺へ合宿させてもらって緊急特訓を受けたオレは、どうにかそれなりに自転車を操れるようになった。これで晴れてケイタとの約束を果たすことができるってわけ。
 
 オレのちいさな弟分のケイタは、今日も元気に真っ赤なほっぺたをしている。
 近所の自宅からオレの家まで、真新しい自転車を引っ張ってきたみたいだ。
 「あれ、ケイタ自転車持ってたんだ」
 「うん!! あのね、せっかくハヤトに教えてもらうんだからって思ってね。前からとっといてたお年玉とかで買ったの。自転車」
 「そうかそうか。なるほどね」
 「けど、ハヤトの自転車も新しいよね?」
 「うん? ああ、こっちも実は新車」
 かくいうオレもおととい、生まれて初めてマイ自転車を所有することになった。店先に停めてあるメタリックブルーの自転車は、まだぴかぴかなんだ。
 「ウチ、今まで自転車なかったからね」
 「そうなの? ああ、でもバイクあるもんね」
 ケイタがそう言って振り返ったら、店先にいた親父がにやりと笑った。
 ──マズい。親父、ろくでもないこと言いだし兼ねないな。
 「あ、そしたらケイタ、早いとこ練習しようか。行こう行こう」
 オレは半ば慌ててケイタを促したんだ。

 実は10歳になるケイタも、自転車を覚えるには少し大きくなりすぎていると思う。ケイタの持ってきた自転車にはやっぱり補助輪はついていない。
 だからオレがついこないだまで受けてたのと似たような、いきなりのハードな訓練をしないといけないみたいで。
 「な、ケイタ」
 「なあに? ハヤト」
 ふたりして自転車を引っ張って、店から外へ出たところでオレはケイタに意思確認を試みる。
 「言っとくけど、自転車に乗れるようになるまでには何度も転ぶと思う。怪我なんかもたくさんするはずだ。覚悟はできてる?」
 「それは──うん、わかってるよ」
 決然とした表情でケイタは答える。
 「でもさ、乗れるようになりたいし。ううん、乗れるようになんなきゃいけないもんね、ハヤト?」
 「うん。そうだね。意志を曲げるのは男じゃないもんな」
 「ぼく、痛くても泣かないから安心して、ハヤト!!」
 「そっか。寂しいのはキライだけど、ちょっとくらい痛くても泣かないんだ、ケイタは」
 「痛くても泣かないよ、ぼく。さみしくたって泣くもんか」
 「あはは、そかそか。それはごめんな」
 よし、それだったら大丈夫だな。オレはケイタの頭を撫でてやった。
 
 ウチの店は、商店街のいわゆる裏通りにある。
 平地だし、車の通行量は少ないから自転車の練習にはわりと適しているみたい。
 ケイタはまだ子供だし、いい歳したオレみたいに隠れてこっそり練習する必要もないから、ここは充分な場所だ。
 「そしたらケイタ。とりあえずサドルに座ってみようか」
 「うん。ハヤト」
 素直なケイタは、大きく首を縦にふってオレの指示に従った。
 「そうそう。まずは両足をついて。で、方っぽの足をペダルに乗せてごらん」
 「──こう?」
 「うん。それでいい。で、片足はまだ地面でいいから、ちょこっとペダルをこいでみる」
 「はい──うわ、動いた!!」
 「あはは、そりゃそうだよ。ケイタが動かしたんだから」
 「あ、そっか。えへへ」
 ……ちょっと前にどこかで聞いたようなやりとりだな、なんてオレは思った。

 「それで、動いたらもう片足も素早くペダルに移して──」
 次のステップを、まずは言葉でケイタに教えてやってたとこだった。オレの視界に入ったものは颯爽と近づいてくる自転車──乗り手は赤いリーゼント。
 「オウ、ケイタ!!! やってるじゃねえか」
 「あ、リュウジ」
 片足をペダルに乗せたまま、ケイタは見上げて声の主に微笑んだ。
 「リュウジ。どうしたんだ? 今日は集合は夜だったよな?」
 「ああ。集合はな。けどそろそろケイタが練習はじめる頃だって思ってよ。来てみた」
 「え、つきあってくれるの? ほんと?」
 「まあな。ハヤトだけじゃ心配だし」
 意味ありげなリュウジの目の色に、オレは一瞬ぎくりとしたけれど──正直いって心強いなって思った。
 確かにオレの浅すぎる経験だけじゃ……な。覚えたばっかりだからこそ教えられることもあるんだけど。
 「ほら、ケイタ。挨拶はいいからさっそく練習してみようぜ」
 「うん!!!」
 そしてちいさな教習生は、ベテラン教官と新米教官──だってことをケイタは知らないけど──とにそれぞれ頷いて、ほっぺたをより赤く染めてハンドルを強く握ったんだ。

 まずはオレが後ろについてやってケイタにペダル操作に慣れさせる。
 ついこないだまでオレがリュウジたちに教わったとおりのことをアドバイスしてあげながらの練習だ。
 「うん、そう。そんな感じだね。バランスとって。ムリなら足をついてもいいから」
 「わかった、ハヤト。やってみる……こう?」
 「そうそう。その繰り返しを体に覚えさせるんだ」
 「くりかえし──何度もね」
 「そうだぜ、ケイタ!!! そういうのは一気に覚えちまったほうがいい」
 「うん、ありがとリュウジ。そしたらハヤト、もう一回」
 「OK。それじゃ行ってみようか」
 オレはケイタの小さい自転車のリアに手を添えた。これでもけっこう芯のしっかりした子だから、ケイタは絶対めげたりしないのが偉いんだ。

 町中に5時を報せるチャイムが鳴るまで、ケイタの練習は続いた。
 そのころまでには、ケイタはオレの介添えがなくても少しは自走できるようになっていた。
 「ケイタ、今日は何度転んだんだ?」
 「ええっと……3回かな?」
 肘と両膝に貼った絆創膏を数えて、ケイタはリュウジにそう答えた。
 「ふうん。少ないね」
 オレ、確か初日はその倍は転んだよな。
 「え、そうなの? ハヤト」
 「あ──ああ、まあ、そうかなって」
 あはははは、なんてオレはケイタに笑ってみせる。マズいな、うっかりしたよ。
 「でもまあ、ケイタは何てったって素直だからな。こっちの言うことをちゃんと守るから上達するんだぜ。それに少なくともハヤトよりは筋がいいぜ」
 「え……どういう意味なの? リュウジ」
 ケイタの不思議顔を見てオレはぎくりとして──リュウジの腿の裏側あたりを思いっきりつねった。
 余計なこと言うなってば!!!

 じゃあまた明日、って言ってケイタが自転車を押しながら──さすがにまだ乗れないから──帰ったあと、オレはリュウジに向かってため息をついた。
 しれっとした表情のこの漢、オレがどうして鬼浜寺に隠ってまで練習してたんだか覚えて……いないのかも。



   * 2 *


 今日は学校から帰ったら、ケイタの自転車特訓の2日目の予定。
 5時間目が終わった休憩時間にリュウジが突然こんなことを言いだした。
 「ハヤト、俺いいこと思いついたわ。ちょっと付き合うか?」
 「ん? どうした?」
 「いいから行こうぜ!!! 早くしねえと先生来ちまう。ほら、鞄持って」
 リュウジは自分の鞄を持って、ご丁寧にオレの鞄を投げて寄越した。
 オレが受け取るのを見るや否や、リュウジは下駄箱に向かってダッシュする。今日はもう早退するってことみたいだ。まあいいか。

 本日最後の授業開始の前に、オレたちは首尾よく裏門を乗り越えて外へ出た。
 学校が見えなくなるまでリュウジの後ろについて走る。まったく、リュウジときたらいつも唐突なんだよな。
 ようやくペースを歩きに変えたところで、オレは並んだリュウジに問う。
 「いったいどうしたんだ? どこへ行く気なんだよ、リュウジ」
 「まあ、行けばわかるぜ」
 「……いいけどね。でもさ、オレ、帰りが遅くなるとマズい。3時半になったらケイタがウチに来るから」
 「わかってるって。練習だろ? 俺はその為に早退してきたつもりだぜ」
 「え──?」
 「いやな、ハヤトん家から近くて、自転車の練習によさそうな場所を思い出したから下見に行こうかと思って」
 「ああ、なるほど。そういうことか」
 「ダイゴんとこでもいいんだが、自転車引いたケイタを連れてくには遠いだろ?」
 なんだかんだと面倒見がいいんだ、リュウジは。オレはリュウジににこりと笑いかけた。

 歩きながらリュウジが話す。
 「なあハヤト。俺らがコウヘイ達に初めて会ったときのことって覚えてるか?」
 「ああ。去年の夏前だね。覚えてる」
 「身に覚えもねえのに、いきなり喧嘩仕掛けてきたんだよな、コウヘイが」
 「うん、そうだったね。全然意味わかんなかったっけど」
 オレたちが1年だったその時はまだノブオは仲間になっていなかったけど、なんとなくリュウジと、リュウジの昔馴染みのダイゴと、それからリュウジと知り合ったオレとで3人一緒に行動するようになっていた。
 
 リュウジが言ったのは、ちょうどその頃の話。確か鬼川河川敷の、こないだ揉めた場所と近い場所で3人でいたところをコウヘイ、ハンゾウ、ゴンタに遭遇したんだった。
 「その時コウヘイが俺に言ったことって、ハヤト、覚えてるか?」
 「ええ……いや、全然」
 「わはは。そうだよな」
 やっぱりな、と言いたそうにリュウジは笑った。
 「コウヘイな、こう言った。『貴様と再び会うのを楽しみにしていたのだ』って」
 「あ~!!! 思い出した。そうだ、そんなこと言ってたね。それでリュウジが『人違いじゃねえのか』って」
 「そうだ。そこから喧嘩になったんだよな」
 高い秋の空のそれぞれ別の場所を見ながら、リュウジとオレは当時に思いを馳せていた。

 「でな。こないだ俺、なんとなく思い出したんだよな」
 視線を空からオレへ落としたリュウジが続ける。
 「俺、ずっとガキの頃にやたら腹の立つ奴と会ったことがあって。ガキなりに喧嘩して、引き分けて──ってことがあった」
 うんうん、と頷くオレ。実はリュウジのその時のことを、オレは知っているのかもしれなかった。
 「ほら、河原でコウヘイとヤったろ? その時だぜ、思い出したのは。ダイゴに引き分けを宣告されたときだ。俺がガキの頃に引き分けの喧嘩をした時にもダイゴが一緒で、そん時はダイゴが柔道技で加勢してくれてな」
 「で、ダイゴが『なまいきなやつ』をやっつけたんだろ?」
 「ああ、その通りだ。ダイゴは向かうところ敵なしだったからな」
 「うん。想像つくよ」
 そんなもんか? と問うような顔をリュウジは見せた。

 「こないだも引き分けで、ダイゴが出てきて。それでコウヘイが何か妙なこと言ってたろ? それ聞いてたらいつかどこかでこんなことあったような気がするなあ、ってよ」
 「既視感──デジャビュって?」
 「難しいことはわかんねえけど、とにかく心に引っかかったんだよな。不思議と」
 またもリュウジは遠い目をした。さっきよりも遠くを見ているような顔。

 「で、ガキの頃のリュウジはその時をきっかけにダイゴを尊敬して、ダイゴに柔道技を教えてもらって、男の中の男になるって決心したんだろ?」
 オレが言ったこれを聞いて、リュウジは突然我に返ったようにオレを見る。
 「えええっ、何でハヤトがそんなこと知ってるんだ? 俺、話したことあったっけか? ──いや、それはねえな。俺も忘れてたんだし。うう、ハヤト、むしろ無気味だぜ」
 腕を組んで不思議そうにしかめっ面を作るリュウジをくすりと笑って見ていた。

 これ以上気味悪がられるのもしゃくだから、オレは軽くヒントを出した。
 「その頃のリュウジとね、鬼浜寺で会ったんだよ、オレ」
 「うん? 何だって?」
 「ダイゴの部屋の窓際に近い本棚のね、一番下の列の左から5番目に秘密があるよ」
 「ああ? ちっともわかんねえな……」
 ちっともピンと来ない顔をリュウジはしてた。
 「よくわかんねえけど、ケイタの練習が終わったらダイゴんとこ寄ってみるかな」
 多分、リュウジはそれを見たら思い出す。
 きっとその時会った『なまいきなやつ』の顔なんかも一緒に。
 リュウジの脳裏に浮かぶのは、小学生時代のコウヘイの顔だっていう確率がかなり高そうな気がするな。

 それからまたしばらく歩いたのち、リュウジが足を止めた。
 「ほら、ハヤト。ここだ。良さそうじゃねえ?」
 「ああ、ここか。気付かなかったな」
 連れてこられたのはオレの家から通りを2本挟んだところにある、今は使われていない古びた建物の前──そうだ、ずっと前はここはパチンコ屋だったって親父が言ってた。廃業して久しいんだって。
 「裏手に駐車場だったとこがあるだろ? 金網の破れ目から自転車だったら入れるからな。ちょうどいいかと思って」
 「ほんとだ。ここなら広いからウチの前より捗りそうだね」
 「おし!! そしたら決まりだな。ぼちぼちいい時間だろ? ケイタ迎えに行こうぜ」
 「うん、了解」

 家についたらケイタは店先にいて、準備万端でオレの帰りを待っていた。
 「ただいま、ケイタ」
 「おかえり、ハヤト、リュウジ!!」
 「おう、ケイタ!! やる気充分じゃねえか。これなら明日ぐらいには独り立ちできるかもな!!!」
 リュウジがそう言って頭をぐりぐり撫でたら、ケイタはうれしそうな目で見上げてた。
 「ほんと? そしたらハヤトよか上達早いね、ぼく」
 「え──えっっっ? 何の話だ、ケイタ」
 あまりにも意外なケイタの返答に、オレはパニックしてた。
 そんなオレにかまいもしないで、罪のない瞳をもったケイタは答える。
 「だってハヤトは乗れるようになるまでもうちょっとかかったみたいだ、って。おじちゃんが教えてくれた」
 「……お、親父っっっっっ!!!」
 「うん? 呼んだか、我が放蕩息子よ」
 「わはははは。親父さん、話しちゃったのか、ケイタに!!」
 
 嗚呼。せっかく体面を保つための秘密特訓だったのに。
 そんなオレのプライドを踏みにじった身内の中の敵は、今日もスパナ片手にマイペースで仕事をしてる。オレがまくし立ててもまったくのしらばっくれた顔。
 リュウジは笑い転げていて、ケイタもつられてにこにこしてて。
 オレは──がっくり肩を落としていたんだ。

 オレ、いつかはこの男を乗り越えてやらないといけないみたいだ。
 にやりと笑った親父はオレのライバル。
 そう──オレにとってはハンゾウと同じくらいの好敵手だって、今さらながらに肝に銘じることにした。



   * 完 *
 


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