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これまでのおはなし

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御来訪感謝

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春の突風吹き止んで



  * 1 *


 「それじゃ、これを」
 「ああ。ありがとう」
 なんだかすごく落ち着かない。座り慣れていない、やわらかい感触がオレの肩胛骨から尻にかけてを包み込んでいるから。
 おそらくリュウジも落ち着かないんだろうな。何度か座り直しているみたいだし。

 ここは会社の応接室という場所らしい。
 リュウジが受付のお姉さんに用向きを伝えたら、連れてきてもらったのがここだった。
 鬼工の応接室のソファよりも、もっと座り心地の落ち着かない感じ――ってことは、もっと高級ってことなのかもしれない。よくわかんないけど。

 リュウジが渡した1枚の古い家族写真に一度目を落としてから、親父さん――暗黒水産の1年生・ミツルの父親だ――は、それを大事そうに背広の胸ポケットにしまっている。
 その写真が引き起こした今回の騒動が幕を閉じたのは、ちょうど昨日の今頃だった。
 昨日はそのあと春の嵐みたいな天気になったんだけど、今日はとってもうららかな気候。
 リュウジとここへ来るまでも、やたらと穏やか気分で歩いてたから。

 「君達には、いろいろと見苦しいところを披露してしまったな」
 初めて会ったときはラフな格好、昨日は作業着とヘルメットだった親父さんは、今日はぴしっとスーツ姿だった。
 なんだか立派な人物に見える――っていうか、どうやらここの偉い人みたいなんだよな。
 それに恐縮しちゃってるらしいリュウジはこんな風。
 「そんなことねえ……いや、そんなことありませんでございます、親父……いや、お父上さま」
 「ちょ、リュウジ。なんかおかしいってば」
 やたらとかしこまっているリュウジの言葉がおかしくて、オレはつい吹き出してしまう。
 ……まあ、当然のようにリュウジに腿をつねられるんだけどね。
 「ははは。普通に話してくれればいい、鬼工のリュウジ君。ハヤト君の言うとおりだ」
 「そう――か? だったら助かったぜ、親父!!!」
 初めて見た親父さんのちょっとした笑顔につられて、リュウジもペースを取り戻す。
 でも、あれ……?
 「ん? 親父さん、オレたち、名前なんて名乗りましたっけ?」
 「いや。直接は聞いていないと思う。もっとも、最初のときには呼び合っている名前くらいは聞いただろうけれど、記憶が曖昧なので」
 「ああ、あん時は酔っぱらってたんだったよな、親父」
 「……いいから、リュウジ」
 「ハヤト君。リュウジ君の言うのは嘘ではないのだから、それでよいさ。それに、若い頃からの悪い癖なのだ、酒に酔うとおかしくなってしまうのは」
 自嘲気味に言って、親父さんは眼鏡を直す仕草をした。

 オレたちの名前は、息子のミツルから昨夜聞いたのだ、と親父さんは言った。
 オレたちがどうして昨日暗黒一家と対峙する羽目になったのかも、大筋は知っていたらしい。
 「感謝する、と息子は言っていた。息子のかわりに礼を言う。ありがとう、リュウジ君」
 「って、親父!!! やめてくれな。そんな頭なんか下げられるようなことしてねえってば、俺は。なあ、ハヤト?」
 「え――ああ、うん」
 リュウジが言うのも本気だったんだとは思う。
 別に誰かに感謝されようと思ってしたことなんかじゃなくて、単に自分の信念と違うことをミツルに言われて、っていうのがきっかけだっただけだから。
 「でも、よかったんじゃないの? 少なくとも親父さんとミツルくんが会話した、ってことなんだろうし。あのあと帰宅したってことなんですよね、ミツルくんは」
 「そうだ、ハヤト君」
 「オウ、そうか。そしたら俺も一役買ったってことで――いいのか?」
 「それはもちろんだ、リュウジ君」
 「だったらよかったぜ!!!」
 ようやくリュウジの声にいつもの張りが戻ってきていた。

 ミツルはあのあと、一度はコウヘイらに従って行ってしまったそうだ。
 けれども夜、そんなに遅くない時間には帰宅したという。コウヘイとハンゾウが家まで連れてきたと親父さんが言った。
 それで、久し振りに親子で会話をしたんだそうだ。
 こんな話も聞かせてくれた。
 「当初、私は鬼工を勧めたのだ、息子に。会社の将来ことも考えて。だが、それに反発したかっただけなのかもしれないな、ミツルは」
 どこか遠い目をして、親父さんはひとりごとみたいに呟いた。
 「今さらになって『鬼工もよかったかもしれない』と言っていたがね。それには私は怒ったな」
 「え――どうしてですか? 親父さん」
 「わかんねえのか、ハヤト!!! 男たるもの一度歩き始めた道を振り返るべからず、だろう?」
 「ああ、そうだ。リュウジ君。君とは案外、気が合うかもしれないな」
 そして親父さんとリュウジは、目を見合わせてちょっと笑ってた。
 
 「親父。やっぱり不良は嫌いか?」
 リュウジはそんなふうに親父さんに訊いていた。
 「それは無論、当然だ。親としては我が子のまっすぐな成長を望むのだから」
 「そうだよな。そう言われると、俺らも普通よりかはずいぶん曲がってるもんな」
 「……それは、何とも言えない。ただ息子は言っていたよ、リュウジ君。君ほどまっすぐな男を見たことがなかった、と。ならば親としては、息子の言を信じたい」
 「ふうん。ミツルくんがそんなことを」
 「ああ。『敵ながら天晴れ』と、な」
 
 なるほど。敵ながら――か。
 ってことは、きっとミツルくんも覚悟を決めたんだろう。
 暗黒一家の一員として高校生活を送るということを。
 暗黒水産高校の生徒としての自分を全うしよう、ということを。
 リュウジもきっと隣で似たようなことを考えていたんだろうな。

 「なんか、よかったな。親父。あいつ、いい男になれそうじゃねえか」
 「ああ。ありがとう、リュウジ君」
 「けど、あいつが覚悟を貫くと、親父の嫌いな不良になっちまうよな……」
 「それは、息子の選んだ道なのだし。ただ、多少なりとも私も理解したのだ。息子のやっていることは『帝王学の勉強』だと本人が言うので」
 「帝王学――」
 「なんだそりゃ? ずいぶんと小難しいこと言うな?」
 リュウジはよくわからないって顔をしていた。
 それはそうだよな。コウヘイのそばで学べることがあるなんて、思いつきもしないだろうからね、リュウジは。
 
 リュウジの横でだって、学べることはけっこうあるんだけど。
 本人はそんなふうに思っていないし、だからこそリュウジは人望篤い総隊長なんだろう。
 わかっているから、オレは何も言わなかった。



   * 2 *


 「まあいいや。俺は難しいの好きじゃねえからな!!! あ、そうだ。忘れるとこだったぜ」
 そしてリュウジは話題を変える。
 ソファの隅に置いてあった、鞄とは違う方の紙袋を親父さんに差し出しながらこう言った。
 「親父。よかったらこれ、食ってくれるか?」
 「これは?」
 「オウ。ミツルたちが作ったかまぼこだぜ」
 「かまぼこ……」
 言いながら親父さんは紙袋を開けて、中身を手に取った。

 それはある意味、今回の騒動の転機になった品物――『春風かまぼこ』のパッケージ。
 ああ、そうか。リュウジも結局、まだ食べていなかったんだな、これを。
 「ほう。息子はこれを作っていたのだな」
 「オウ!!! 色も形もキレイだろ? わりと旨いし。なあ、ハヤト?」
 「うん。試食したけど、意外と繊細な味……って、意外とは失礼か。あはは」
 「わはははは!!! まあ、奴らが繊細ってのもアレだしな!!!」
 リュウジとオレの会話を聞いて、親父さんはにこりと笑ったみたい。
 「ありがとう。息子は何も持って帰ってこなかったので、これはうれしい。リュウジ君」
 「だろう? そんなことだと思ったぜ!!! あいつ、あの時点では何か覚悟してたみたいだしな」
 ああ、なるほど。ミツルくんは退学する意志すら持っていた。
 そのへんのことも、ゆうべは親父さんには話したんだろうか。
 
 「まあ、いいや。とにかく食ってくれな? 少なくとも俺が食うよりも、かまぼこもしあわせだと思うからな」
 「ああ。私も幸せかも知れんしな」
 親父さんは目の前のリュウジから、視線を『春風かまぼこ』に移した。
 どこどなく愛おしむような目でそれを見る――うん。リュウジの手元にあったらそんな目で見られることもなかったんだろうから。どっちかって言ったら、挑むような目つきで開封されたに違いないんだから。
 よかったね。桜の形のかまぼこたち。
 
 そのとき応接室の扉がノックされて、外から受付のお姉さんが室に入ってきて。
 そして親父さんに向かってこう言ったんだ。
 「恐れ入ります、社長。そろそろお時間です」
 「わかっている。すぐに行く」
 壁の時計にちらりと目を向けてから親父さんがそう答えると、お姉さんは一礼して扉を閉めた。
 「うん? 社長? 親父って社長さんなのか!!!」
 びっくりしたように目を見開いて、リュウジは言った。
 「ああ、そのようだ。小さい会社だが、一応は」
 「すげえな、なんか、すげえな!!! ハヤト、社長さんだってよ?」
 「あはははは。それ言ったら、リュウジんとこの親父さんだって一緒だよ。経営者じゃんか。昇龍軒の」
 「あ――そうか」
 「リュウジだって跡継ぎなんだろ? だからミツルくんと一緒じゃないか。リュウジにだって帝王学が必要だってことだよ」
 「オウ――なんか難しいやつが必要なのか」
 オレが言ったらリュウジは小声で、自信なさそうに言った。
 大丈夫、リュウジ、けっこう素質あるから――って言ってやろうとしたけど、先を越されちゃった。
 「リュウジ君は難しく考えるよりも、そのまままっすぐに伸びていったらよいだろう」
 眼鏡の奥で、親父さんの目がきらりと光った。なんだか強い輝きだったのは、レンズに蛍光灯が反射したせいだけでもなさそうだ。

 まあね。ほんと言うと、オレも似たような立場だけど。将来はたぶん親父の跡を継ぐことになるんだろうけど。
 そのへんはリュウジが気づいていないみたいだから、今日のところはスルーしてもらっていいかな。だって、まだ城主になる勉強の最中だから。オレは。
 
 親父さんに送られながら、会社の廊下を歩いてエントランスまで。
 その途中で、オレがちょっとだけ気になっていたことを訊いてみる。
 「親父さん。あの――」
 「何だね? ハヤト君」
 「昨日、あの場所が『新しい仕事場だ』って言ってましたよね?」
 「ああ、あそこか。立て替えをすることになってね、その内装を担当するのが我が社に決まったので、その下見だったのだ。昨日は雨で中止になったのだがね」
 「そうだったんですか。でも……立て替えってことは、もしかして?」
 「うん? ハヤト、なんでそんなうれしそうな声出してるんだ?」
 「え――」
 問われてどきっとしたオレと、いぶかしんでいるリュウジの一歩前にいた親父さんは、振り返ってこう答えた。
 「大手企業に買い取られてね。10年ぶりに再建の見通しになったのだ。あの店は」
 「へえ。そうなんですか。楽しみだなあ」
 「だから、なんだってハヤトは、そんな顔を――って、ああっ!!!」
 やっとリュウジは思い出したらしい。
 あそこが元々、どんな店だったのか。
 オレの密かな趣味が、何だったんだか。
 
 さすがに場所をわきまえて、リュウジはその場で大声を出したりはしなかったけれど。
 別れ際にエントランスで親父さんと握手をして。
 やけにすがすがしい気分で一歩外へ出たとたん。

 「そうか。そういうことだったんだな? やっとわかったぜ。あそこ、昔はパチンコ屋だったんだよな?」
 低くリュウジは呟いた。と思ったら、次はすごい剣幕で。まるで昨日、ミツルくんに会ったときと同じような勢いで。
 「ハヤト!!! お前、学ランの分際でパチンコなんて俺は許さねえからな、よく覚えとけや!!!」
 「あはは、さすがにそんな勇気ないよ。学ランでパチンコは。ちゃんと着替えるって」
 「そういうことじゃねえだろうが!!!」
 「わ。まずい、リュウジ怒ってる?」
 「当たり前!!! って、オイ、逃げるんじゃねえぞ、ハヤト!!! 待ちやがれ!!!」
 
 とりあえず、ここは走っておこうかな。
 どうせ走ったらリュウジのほうが早いんだから、すぐに捕まっちゃうんだろうけど。
 でもって、頭に鉄拳が降ってくるんだろうけど。
 これはこれで――オレの趣味のひとつみたいなもんだから。
 あ。べつに虐められるのが好きってことじゃないけど。

 本気で逃げてるわけじゃないオレは、本気で追いかけてくるリュウジにもうすぐ捕獲されるところ。
 どんなときでも本気のこの漢は、きっと生まれもっての『器』なんだろう。
 とか思っていたら――ほら、予想していた衝撃が脳天を直撃したよ。
 ……予想よりもずっと痛かったけど。



   * 春の突風吹き止んで 完 *


 
 
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