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これまでのおはなし

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6月20日



   * 1 *
 

 「そしたらハヤト。今日は22時集合な。忘れんなや!!!」
 「OK。しっかり覚えとく。じゃあまたあとで」
 
 学校帰りのこと。リュウジの家まで一緒に歩いて、別れ際にリュウジは声を張った。
 6月の時期柄、湿っぽい天気が続くようになっているけれど、今日は案外さわやかな天気。リュウジの顔もつられるように晴れ晴れとしていて。
 うん、あの日と同じだな――なんて思うとなんだかほほえましい。
 
 リュウジは覚えているんだろうか。今日が『今日』だってことを。
 ひとりで歩きながら、オレはあのころのオレたちに思いを馳せているところ。
 
 ――あのころのオレは、今よりも髪の毛が短かった。
 今よりも頬がふっくらしていて、もしかしたら多少は早起きだったかもしれない。
  
 オレたちが1年のころのこと。ちょうどテレビの天気予報で梅雨入りしたって言っていた日のことだったと思う。
 雨は降っては止む、といった天気の日。またいつ降り出してもおかしくない厚い雲のかかった空を眺めながら、リュウジとダイゴとオレと、3人で河川敷の土手を歩いていた。
 
 リュウジとダイゴは小学生からの長い付き合いで、オレはふたりとは鬼工に入ってから知り合った。
 入学式の朝に校門の前でリュウジと激突――喧嘩っていう意味じゃなくて、単に思いっきりぶつかったってことだけど――してからなんとなく仲良くなって、ごく自然に一緒に行動するようになってた。
 知り合ってから2ヶ月で、オレはリュウジがどんな人物だか理解していた。
 何に対しても真剣で、一生懸命で、熱くて、それでもって人情派で。
 そんなリュウジはオレのどこを気に入ったんだか知らないけれど、何かにつけて『なあ、ハヤト』って呼びかけられるようになったのは、初対面のたしか翌日だったと思う。
 
 ――あのころのオレは、今よりも不良だったような気がする。
 親父の晩酌に割り込んでみたりとか、たばこをくすねてみたりとか。
 まあ、今でも時々は似たようなことをするけれど。

 大人ぶって見せることがちょっとかっこいいかな、なんて思っているガキだったオレ。
 多分、そのころのリュウジはオレがそんな奴だって想像しなかったんだろう。
 知っていたら、リュウジのことだから声の限りにオレを怒鳴ったんだろうな。
 もっとも――今となってはうすうすバレてるもんで、たまには怒られたりするけど。

 梅雨入りの日のオレたちは、なぜだか知らないけれど他校生と睨みあっていた。
 リュウジとダイゴとオレは、他愛のない話をしながら土手を歩いて、そのままなんとなく河川敷に降りてみたんだった。
 そこで他校生と遭遇した。制服を見てそれと知れる暗黒水産の生徒――そのときは名前なんて知らなかったけれど、コウヘイ、ハンゾウ、ゴンタの3人組だった。
 ああ、名前は知らなかったとはいえ、そういえば見覚えのある顔はあったんだった。オレはそれまでに、ハンゾウの顔を見たことがあった。

 素性も知らない3人組の中の一目でわかるリーダー格の奴――コウヘイが、顔を合わせるなりリュウジの正面に立ちはだかって低く声を放った。
 「やっと会えたな」
 「うん――?」
 「俺はなあ、貴様と再び会うのを楽しみにしていたのだ。もう何年も、な」
 突然こんなことを言われて、そのときのリュウジは訝しむようにコウヘイを見ていた。

 「何だって? 俺、あんたとは会ったことねえと思うけどな。人違いじゃねえのか?」
 「ふん。貴様になくとも、こちらに覚えがあればそれで充分だろうが。それだけで、充分に勝負するに値するということだ」
 「何言ってやがる? あんた、俺に喧嘩売ろうってのか?」
 「随分と物分かりがいいじゃねえか。解ってるんなら話が早いなあ?」
 「何――だって?」
 リュウジは意味もわからないまま売られた喧嘩でも買わずに退ける男じゃないんだ、と、オレははじめて気づかされた。もっとも付き合いの長いダイゴには、この展開のなれの果ては見えていたみたいだったけれど。

 そのときの喧嘩勝負は互角の引き分けだった。というか、決着がつく前に土手の上から自転車に乗ったお巡りさんの制止の声が響いて、それを潮にコウヘイたちは引き上げていったんだった。
 折しも降り出した小雨の中で、リュウジは悔しそうに唇をかんでいた。
 「ちきしょう。あと一撃であいつを倒せたはずだぜ」
 これが、鬼浜工業のリュウジと暗黒水産のコウヘイとの初戦――ある意味では事のなれそめだった。

 このときからリュウジの脳には紫色の強いオーラを持つ男・コウヘイがインプットされたようだ。
 コウヘイの方は以前からリュウジに因縁を持っていたらしい。そのこと自体にリュウジが気づくのは、さらにもっと月日が経ってからのことだったけれど。
 
 ――あのころのオレは、今よりずっと漫然と日々を過ごしていたと思う。
 少なくとも、学校なんて適当に顔を出して、適当に授業を受けて、適当にやっていればどうにかなるだろう、なんて考えてたような。
 我ながら、気合いの「気」の字もなかったんだけど――いつしかリュウジに引っ張られるような格好で、ちょっとずつ変わっていったんだ。

 リュウジが河川敷でコウヘイと相見えた数日後のこと。
 たしかその日は朝から弱い雨が降り続いている、気の滅入る天気の日だった。
 そのころには、朝はリュウジが遠回りしてオレを迎えに来てくれて一緒に登校するのが日課になっていたから、オレはどうにか遅刻もサボりもしない生徒になっていた。まあ、ときどき「脱獄」することくらいはあったけれど。
 朝のホームルームで、1年のときにも担任だった赤ジャージが出席を取り終わったときに、ひとりの級友が教室に入ってきた。
 がらりと音を立てた教室後方の扉を見やると、入ってきた級友は開襟シャツとズボンをを泥だらけにしていたんだ。しかも、雨のせいだろう。随分濡れてもいた。
 「どうした? 途中で転びでもしたのか?」
 「いえ、先生。なんでもねえっす。通りすがりのトラックに水跳ねられただけっす」
 級友はその場をそう言って切り抜けたけれど、赤ジャージが出席簿を持って教室から出たあとにリュウジに問われてこう答えていた。
 「中西、どうかしたのか? やけに汚れてるじゃねえか」
 「これな。なんか知らんけど、他校の奴に突然言いがかりつけられてよぅ。んで、こっちも黙ってるのが癪に障ると思ったんで、ちっと手ぇ出してな。挙げ句に返り討ちって話」
 「他校って――まさかと思うけど、暗黒水産か?」
 「あれ、リュウジ、わかるんか? それ当たり。暗黒水産の紫色のアタマの奴だ」
 「……奴、だな、ハヤト」
 「うん。そうみたいだね」
 「え。リュウジたち、知り合いなん? あの人相悪い奴と」
 「いや、知り合いってわけじゃねえけど。な?」
 「うん。少なくともこっちは知らないもんな」
 オレはリュウジと顔を見合わせていた。

 「とにかく、ここんとこ鬼浜町ってけっこう物騒なんだよな。俺は心得なくもないんで大丈夫だけどよぅ、そうでもない奴が巻き込まれると厄介だしな」
 級友の中西は、言いながら泥だらけのシャツを脱いでジャージに着替えている。
 そんな彼を見ながらリュウジがひとりごとのように言う。
 「ちきしょう、奴――何を考えていやがるんだ」
 このときオレは初めて見た。リュウジの燃えさかる何かを秘めた表情を。
 おそらく次に奴と会ったときにはただでは済まないんだろうと簡単に予想がついた。
 そして、ただでは済まないだろうその場にオレも居合わせるんだろうとごく当たり前のように予感していた。



   * 2 *
 

 1年のころのオレたちを思い出しながらそぞろ歩きのオレ。
 この角を曲がれば家につくんだけど――というところで、気まぐれに方向転換なんかしてみる。
 そのままオレは川の方角へ足を進める。ただなんとなく歩いていたかっただけ。

 ――あのころのオレは、今よりちょっと背が低かったんだろう。
 河川敷の土手にあるガードレールを跨ぐとき、もう少し苦労したような記憶がある。
 
 鬼浜工業に入ってからのリュウジが初めてコウヘイと相対したその後、鬼工の周囲に不穏な空気を感じるようになっていた。
 級友がおそらくコウヘイと事を構える羽目になったという話を聞かされたり。
 また、直接じゃなくても、似たようなうわさ話が耳に入ってきたり。
 暗黒水産の奴らは、目に見えてその存在をアピールするようになっていた。

 「なあ、ハヤト、ダイゴ」
 ある日の昼休み。珍しくからっと晴れた日で、オレたちは3人で屋上に来ていた。
 金網にもたれかかったままリュウジは難しい顔をしてた。
 「なに? リュウジ」
 「押忍」
 「最近、やたらと奴らの話を聞くだろ? あんまりよくねえ話を」
 「奴ら……」
 「暗黒水産の者どものことだな、それは」
 「ああ、そうだ。ダイゴ」
 それが――と目顔でオレが問うのにリュウジが応える。
 「それって、やっぱ俺のせいだと思うか?」
 「え――リュウジの? なんで?」
 「だってな、ハヤト。あの目つきの悪い紫色の奴、俺のこと知ってそうだったしな。で、周りが騒がしくなってきたのって、あのあとじゃねえ?」
 「まあ、タイミング的にはそうだと思うけど。でもリュウジに心当たりはないんだろ?」
 「確かにな。俺にはさっぱりねえけどよ」
 オレたちのやりとりを聞いていたダイゴが次にこう口を開いた。
 「よほどの因縁があるのかもしれんな、リュウジと暗黒水産の男の間には。目に見える何かではない、縁があるようにも思えるのだ、俺には」
 「そういうもんか? ダイゴ」
 いつも細めている眼をほとんど閉じたまま、ダイゴはリュウジに頷いた。
 お寺の息子のダイゴには、そのとき何かが見えていたんだろうかと不思議な気分になったのをほんのりと覚えている。

 ――あのころのオレは、というか『あのころ以前』のオレは、特定の誰かと長い時間を過ごすタイプじゃなかった。
 もちろん中学のときも親しい友達はいた。ちょっとだけつきあってた女の子がいた時期もあったりした。
 けれどもオレは、基本的にあんまり大勢で群れるような環境って慣れていなかったんだ。
 部活もやっていなかったし、放課後って言えばすぐに帰宅して、親父の仕事を眺めるのが日課だったし。

 だからオレは、最初にリュウジにこう言われたときに即座に応じる勇気がなかった。
 「実際、このままじゃまずいと思うぜ。奴らを好き放題に暴れさせたままでいるってのは心底許せねえ。ってよりも、何より俺の信念に反する。だから俺が立つぜ――俺は隊を結成する意志だ。ハヤト。お前も俺と一緒に来てくれるな?」
 オレは、リュウジが訳もなく暗黒水産に蹂躙されるのを断じて許せない日々を送っていることは理解していた。
 何かを起こす心があるのだろうともうすうす感づいていた。
 けれども何ひとつとっても中途半端なオレを、どうしてリュウジが名指すのかがわからなかった。

 リュウジがその言葉を口にするに至った経緯はこうだった。
 数日前にコウヘイと揉めた級友の中西がこんな話を持ってきたんだ。
 「リュウジ、あの暗黒の紫の奴って、ほんとに知り合いじゃないんか? 昨日な、奴と仲間がウチの生徒を取り囲んでるとこにぶつかってよぅ。んで、紫の奴が言ってたんだよな。『文句があるなら貴様等のところの赤い髪に言え』って」
 「何――だと!!! あの目つきの悪い奴がか!!!」
 「そうなんよ。ま、そこんとこはリュウジの代わりに俺が加勢しといたんだけどよぅ」
 言いながら中西は、肘と顎に貼った絆創膏を指さした。
 「……だから、一体何だってんだ、あいつは!!!」
 訳がわからないから仕方ないけど、やりどころない感情を向ける先を思いつかなかったんだろうリュウジは、握った拳固をスチール製の清掃用具入れにぶつけていた。
 ものすごい音がして、清掃用具入れに大きな凹みを作っていて――帰りのホームルームでリュウジは赤ジャージにえらい勢いで叱られてた。
 
 その日の帰りは、一旦はいつものようにリュウジの家の前で別れたけれど、いくらも経たないうちにリュウジが単車でオレの家に現れた。
 今乗っている大型じゃなくて、その頃のリュウジのマシンは250ccのやつだった。たしか借り物だって言っていた。
 その気配に気づいたオレは、部屋の窓から顔を出して訊いた。
 「よう、リュウジ。走りに行く? だったらオレも――」
 「いや、それは後でな。ちょっと話があるから来た。上がってもいいか?」
 というやりとりの末に語られたリュウジの決意がそれ――『隊を結成する意志だからお前も一緒に来てくれ』という台詞だった。
 
 リュウジはオレがふたつ返事でOKすると思っているんだろうか。けれども即座に期待に応えられないのは、ひとえにオレの自信のなさの現れで。
 どう言っていいんだかわからなくて、オレはリュウジにこう訊いた。
 「っていうか、オレが――役に立つと思う?」
 「当たり前じゃねえか、ハヤト!!! お前は俺が見込んだ男だぜ?」
 「え。見込んだって、リュウジ? オレ、何も大それたことなんてできる男じゃない」
 「何言ってんだ、ハヤトは。お前、単車テクは天下一じゃねえか!!! お前は俺と出会うべくして出会ったはずだって、俺はずっと思ってたんだぜ?」
 「出会うべくして……って――」
 「オウ、そうだぜ!!! ハヤトはな、こっから先、その単車テクで俺を助けてくれればいいんだ。あとは腕っ節の強いダイゴがいるのも心強いぜ。ハヤトとダイゴの双璧があったら、俺の隊は無敵だぜ!!!」
 何かしら、近い未来を想像してかリュウジの瞳は強く輝いていた。それを見て、オレはさらに考えた。オレはリュウジが期待するような働きができるのか?

 「そりゃ、単車は多少自信あるけどね」
 「って、まだそんな弱気な顔してんのか? ハヤトは」
 「それはそうだよ。だってオレ、単車は、っていうか単車にしか自信ないし。リュウジみたく人望篤い男の脇を固める『強い』キャラだとも思えないからね」
 「わはははは!!! そういうのはハヤトが考えることじゃねえぜ。それはな、俺が決めることだ。なぜなら――これは俺が立つ隊だからだ」
 笑いながらも強い語調でリュウジは続けた。そうか、全ての決定権はリュウジにある――その覚悟をすでに持っていたんだな。

 「俺が決めたんだから誰にも文句言わせねえ。俺がハヤトに共に来るように要請してるんだからな。第一、ハヤトは充分強いだろう? 現に今だって、速攻で賛成しねえってのは、周りに流されねえぞっていう弱くはない意志があるんじゃねえのか」
 単に自信がないだけだなんて言えない空気が流れてたのを覚えてる。
 とはいえ、的を射てはいたんだ、リュウジの言は。それまでのオレは流される格好で集団に属することを善しとしないところがあったんだから。
 
 「それにな。ハヤトって基本的にとぼけた奴だけど、そこがまた俺には必要に思うぜ。何て言うんだ? ほら――中和、ってのか。俺、けっこうハヤト見てると和むしな。お前がいるとなんかこう、ぎすぎすしなくていいんだよな」
 リュウジがやんちゃな少年めいた目でオレを見た。
 そうか――そういう意味で必要とされているんだったらいいのかもしれない。
 オレはようやく『自らの意志で集団に属するオレ』の姿を思い描いていた。



   * 3 *
 
 
 オレはひとり河川敷の土手で、流れる川の水面をぼんやり見ながら古い話に思いを馳せているところ。
 川に映る空はどんよりとしていて梅雨そのものの重苦しさだけど、オレの気分はそんなに悪くはなかった。

 ――あのころのオレは、『自分』を客観的に見ることを覚えはじめていた。
 そう、誰かに強く必要とされていると言われて、初めてオレは自信を持ってもいいんだと感じて――逆に、必要ないのだと思われないように腕を磨こう、なんて遅まきながらに考えるようになってた。
 誰か、っていうのはもちろんリュウジのことだけど。オレのポテンシャルを信じてくれている男を失望させないようにと、そんな意識が芽生えていたんだ。

 リュウジが隊を結成する腹づもりだということは、瞬く間に鬼工の話題になっていた。
 当時の級友の中西がそれを知って、諸手をあげて喜んで。
 それで、同じ意志の者は集まれ、とばかりにふれ回ってた。
 「なんか話が大きくなってるな、リュウジ」
 「ああ、そうだな」
 オレは内心びくびくものだったんだけど、リュウジはまったくの平常心で――というよりはむしろ、その風向きを喜んでいたようだった。
 気概に満ちているような表情で腕組みするリュウジは、旗揚げを前にしてすでに風格があった。
 
 たった数日の間に、隊を結成するにあたってのもろもろの準備が整いつつあった。
 中西が大勢に声をかけたのが幸いして、ダイゴの同級生で、普段は大漁旗なんかを作る職人さんの息子が隊旗の制作を手伝うと言ってくれたり。
 刺繍屋に知り合いがいると言う級友が、揃いの特攻服を発注しようと勧めてくれたり。
 オレたちはそんなこんなの下準備に追われていた。忙しい日々の中、リュウジの表情はとてつもなく明るかった。
 「とにかくな、最初は簡単でいいんだぜ!!! 本格的なことはまた後で整備しなおせるだろ? 俺はな、なるべく早いとこ隊を結成したいと思ってる。1日たりとも無駄にしたくねえんだ。奴らが好きに振る舞える時間をなるだけ短くしねえとな」
 そのときのリュウジの口癖はこんな具合だった。

 そうした下準備のうちで一番重要だったのはこれかもしれない。
 その日の昼休みは、高揚したクラスの雰囲気からすこし離れて、リュウジとダイゴとオレは3人で屋上に来ていた。
 「リュウジ。どうかした? 何か難しい顔してるね」
 「オウ。ちょっと悩んでてな」
 「どうしたのだ? リュウジが悩むとは珍しいのではないか?」
 「まあな、そうかも知れねえよな、ダイゴ。けど、これでもけっこう真面目に考えてるんだぜ、俺。隊の名前をどうすっかな、って」
 「あ――そうか。名前が要るんだ」
 「押忍。確かに名前は大切だな。赤ん坊の命名も将来を見越してより佳いものを、と親は考えるのだし。それと同じことだ」
 「だろう? ダイゴ。だからな、俺、真剣なんだよな」
 「何かすでに案はあるんだろ?」
 「ああ。あることはあるぜ。けど、せっかくだったら最強の名前にしたいだろ? これでいいもんかと思っててな」
 「リュウジ。赤ん坊の名付け用でよければ、家に姓名判断の本があるゆえ、見てみるか?」
 「お、それはいいな。やっぱダイゴは頼りになるぜ!!!」

 その日の放課後、オレたちは3人でダイゴの家――鬼浜寺に行った。
 ダイゴが持ってきてくれた姓名判断の本を見て、リュウジの考えていた隊の名前が最良のものだと知って、オレはリュウジの勘所をいたく尊敬したんだ。
 隊の名前はすでにリュウジの胸にあったとおり『鬼浜爆走愚連隊』に決まった。
 「浜」の字を旧字体で数えずに、総画数は81画。曰く、最大の吉数。81という数は、はじまりである1に還るという解釈だそうだ。画数1の持つ意味は、健康・富貴・名誉、そして――リーダーとして人を引っ張る頭領運、持てる能力以上の力を発揮する暗示。
 これ以上に佳い名前はないはずだとオレは思った。
 暗示の全ては今後のリュウジを、またオレたちのあり方を物語るはずなのだから。

 隊の名前が『鬼浜爆走愚連隊』と定まった翌日のこと。
 リュウジはさっそく、隊旗を作ってくれると言ったダイゴの同級生に入れるべき文字を伝えたらしい。正式なものを作るのには日数がいるということなので、ひとまず仮の形で試作品を、と注文していた。
 それが出来たら文字通りの「旗挙げ」ってことになるんだろう。
 請け負ってくれたダイゴの同級生は、徹夜で描くから明日にはなんとか、と言っていた。
 そして揃いの特攻服に関しては、最初は刺繍なしでいいだろうということになった。
 それもまた、刺繍なしならばすぐにでも人数分が揃う、という発案者の級友の言。
 
 「よし。そしたら明日が旗挙げだ。みんな、よろしく頼むぜ!!!」
 「当たり前!! こっちこそよろしくな、リュウジ」
 「みんな待ち望んでたんだぞ、隊長!!」
 「オウ、任せとけ!!!」
 喩えて言うなら体育祭か文化祭の前の日みたいな気分が放課後の鬼工に満ちていた。
 首謀者はリュウジ。賛同者は大勢の有志たち。もちろんダイゴとオレも。
 急ごしらえの、リュウジを中心とする隊――鬼浜爆走愚連隊の結成前夜は、こうして気合充分のうちに訪れた。

 ――あのころのオレの愛車はまだ新車の域で、今ほどチューンされていなかった。
 マフラーも、今ほど美しい排気音の鳴るやつを装備していなかった。
 それでも、初めて乗ったその日から気の合うマシンだったから、乗れば乗るだけオレに懐いてきているな、と感じはじめてはいたんだった。
 
 その夜は、さすがにオレも気分が高揚していた記憶がある。
 なんだか落ち着かなかった。雑誌をぱらぱらめくっても、ちっとも頭に入らなかった。
 だからオレはガレージから単車を引っ張り出してエンジンをかけたんだ。
 我ながら、その頃も今も、落ち着かないときにすることって言ったらこれ以外に思いつかないんだけど。
 オレは夜のひとり走りのときのお決まりコース、海辺の国道を走った。
 昼間にちょっと雨が降ったから、空気が湿ってひんやりしていたのを覚えてる。
 愛車のご機嫌を伺うようにしながら、しばらく西に向かって単車を走らせた。
 左からの海風に、まだ伸ばし切れていなかった髪がばさばさとなびいてた。
 時計も持たずに出たので、どれくらいの時間走っていたのかわからない。
 けど、なんだか満足して。それに高ぶっていただけの気持ちも落ち着いて、覚悟めいた気合いがみなぎってきたのを感じたから、オレは国道をUターンして鬼浜町に戻ることにした。
 次の信号を越えたら鬼浜町に入る、というところでオレはそれに遭遇したんだ。

 オレのすぐ前をゆく3台のマシン。オレはそれなりの速度を出していたからか、それらはずいぶんのろのろと走っているように思えた。
 最初は3台で連れ走りをしているのかと思った。けど、なんだか様子がおかしいと気がついたのは、それらに追いつく寸前のこと。
 3台のうちの1台は原付、あとの2台は中型。
 原付はあとの2台にぴったりとつけられているように見えた。
 2台は原付の前に回り、後に回り、かと思うと脇からぶつけるように車体を寄せたり。
 
 3台に追いついたオレは、瞬時に状況を把握したんだ。
 原付を転がしているのは制服姿の鬼工の生徒で、中型の2台は暗黒水産の奴ら――そのときは名前も知らなかった、コウへイとハンゾウだった。
 奴らは鬼工生――オレの仲間を取り囲んで執拗にすがりついているようだ。
 それを見て、オレはオレの中の『自分』が奮い立つ音を聞いた。
 その音は、オレの理想の排気音に似た美しい爆音だったかもしれない。
 
 OK、わかった。オレが行く。ここはオレの出番だよな?
 一瞬だけ天を仰いでから、オレは大きく深呼吸。
 オレは自分の意志を強く持って、暗黒水産の奴らにつっかかって行くことに決めたんだ。



   * 4 *

 
 梅雨時にしては珍しく傘の心配がなさそうだ、って今朝お袋が言ってたとおりの天気。
 ここぞとばかりに走る散歩中の犬と、必死になって追いかけている飼い主の姿なんかを見ながら、座り込んだ土手から空を仰いだ。
 たまにはぼんやり前のことを思い出すのも悪くないな、なんて考えながら寝ころんだら、土手の上をランニングする赤ジャージの姿が見えた。
 お互いに手を振って、遠ざかる赤ジャージの背中を見送って――そしてオレはまた1年の頃のオレを思い出す体勢。

 ――あのときのオレは、それまで『自信がない』とか、さんざ悩んでいたことなんてすっかり忘れていたみたいだった。
 目の前をゆく2台の単車に挑むことしか頭になかった。
 それらに囲まれて悪戦苦闘している鬼工生――仲間をオレの手で助けなければという思惑に突き動かされていたんだ。

 鬼工の仲間を真ん中に、左右を固めている2台。オレと同じくメットをかぶっていないので、一目でそれとわかった紫色の髪、そしてスキンヘッド。
 ちょっかいを出されている鬼工の仲間は原付、執拗につっかけていっている2台は中型だから馬力の差は歴然としていた。
 原付をおちょくるように中型の2台は走っていた。
 原付が加速しようとすればどちらかが前に出て進路を塞ぎ、原付が減速してやりすごそうとするともう一方が後に回って退路を断ち――信号ひとつ分、動向を探っていたオレの気分を逆撫でするには充分の働きを奴らはしていた。
 
 おそらく奴らのミラーには、オレの姿が映っていたと思う。
 必死の様相だった仲間は気づいていたんだろうか。
 先の信号が黄色を示した。当然、前を行く3台は止まったりすることなく駆け抜けた。
 オレも遅れちゃマズい、とばかりに加速をつけて――よし、ここからが勝負だ!!

 ようやくオレに懐いてきつつあった愛車を、初めての勝負に導いた。
 急な勢いで速度を上げたオレの愛車は、片側2車線の国道を我が物顔で勝手走行している2台のうち、右側車線に近いスキンヘッドの操るマシンに外側からつっかかっていった。
 オレは右側車線に陣取ったハンゾウのマシンの外側から車体を最接近させた。。
 このときまでオレが『可愛い、可愛い』だけの想いで付き合ってきた愛車が、初めて猛々しくうなる瞬間――はじめて「敵」に対して無情なる咆吼を放つ瞬間だった。
 
 激しい火花の散るが如き感覚をそのときオレは体験したんだ。
 コウヘイとハンゾウのマシンを追って走り出したオレ。追いついて、仕掛けていって、追い抜いて、また追いつかれて。
 いつしか国道を走る他の車のことなんて忘れてしまうような恍惚感を味わった。
 背中を駆け抜けるぞくりとした感覚。夜の中に溶け込む爆音、灼けつくような油の匂い。
 ああ、そうか。オレ、こういうのって好きなんだな――そのときオレは自分の中に勝負への渇望が存在していたことを知った。
 だったら、オレはリュウジと出会えてよかったんだ。リュウジの脇を固めるのも、的外れってわけでもないのかも、と、そんなふうに思うことが誇らしかった。

 ふとそんな物思いにとらわれたオレは、気がついたらコウヘイ、ハンゾウ、そして奴らに囲まれていた原付に乗った鬼工の仲間の3台よりも前を走っていた。
 ハンゾウのマシンがオレの背後を粘っこく追って来た。
 このまま加速すればもちろんハンゾウも付いてくるに違いない。
 だが――コウヘイはどうする? 愉快半分に絡んでいたオレの仲間を、奴はどうする?
 答えはオレの都合のいいほうに転んでくれた。
 ハンゾウはもとより、コウヘイもオレを新しい玩具として認めたようだ。
 2台は加速したオレを追うことに決めたらしい。さっきまで『獲物』として扱われていた原付の仲間はお役御免というわけか。置いてけぼりになった様子がミラーに映っていた。
 
 よし、これでひと仕事終わったってわけだ。オレは奴らから、鬼工の仲間を助けてやれたんだ――その満足感は言いようもない大きさでオレの胸を占めていた。
 だったらあとは楽しむだけだ、とごく自然にそんな思いが生まれた。
 なるほど。オレはこうやって単車に乗ることを楽しめるんだな、と納得したら自然と顔がほころんだ。
 湿気をはらんだ海沿いの夜風の中で、そのときのオレはどんな表情をしていたんだろう。

 ――あのころのオレたちは、今みたいに暗黙の了解の勝負コースは持ち合わせていなかった。言わば初めての単車勝負だったんだから仕方ないけれど。
 さて、ここからオレはどうしようか? 2台を振り切ればそれで勝負終了なのか?
 そうする気なら可能だったとは思う。それなりの自信はあったから。
 けれどもオレがとった行動は、奴ら2台を従えたまま鬼浜町商店街に入ることだった。
 勝負熱でほとんどを占めていたオレのアタマの、ごく一部だけが冷静だったのが幸い。
 冷静なひとかけらがオレにこう命じたんだ。
 リュウジに無断で始めた勝負を、事後報告でもいいから知らせるべきだ、と。

 鬼川を左折する。そのまま川沿いに北上していって、町の方角を目指す。
 オレのとったルートを、逃がすものかとばかりに2台も追ってくる。
 ここで奴らのどちらかに先行を許すことはできない。奴らの思うルートに誘い込まれるわけにはいかないんだ――その思いは激しくオレの鼓動をゆさぶった。
 気を抜くとハンゾウが一歩先に出る。
 あ、マズい、と思うと横からコウヘイがオレにつっかかってくる。
 一瞬わざと減速すると、こんどはハンゾウが嫌味のように後退する。
 コウヘイがオレの眼前をふさぐように蛇行して――ちきしょう、奴らはなんて粘着質に絡んでくるんだ?
 嫌な目つきで単車を操っているに違いない前と後の奴らの表情を想像して、オレはさらに加速した。
 マシンだけではなくて、ついでに己の勝負への熱情も急加速だ。

 3台は、夜の時間でさほどの交通量のなくなった鬼浜町商店街へ入った。
 ルートからいくと、昇龍軒の反対車線を走ることになる。
 これは賭け。賭けに勝てば勝負がついたも同然だ。ここでリュウジが気づいてくれると助かるんだけど――そう思ってオレはあえて大きく排気音を響かせた。
 そのまま止まるわけにもいかないので、商店街を抜けて鬼工を目指す。
 このときには、緩急をつけることを学んでいた。先行するだけが脳じゃないようだ。
 ときに退いてペースを整えることなんかも使える技のような気がしていた。
 しかしながら、ここは勝負所だ。
 オレは何としてでも先頭を奴らに譲ってはいけない場面に来ていた。
 ルートを変えられると非常に厳しい――オレの思惑どおりのコースで勝負がつくかどうかが最後の博打だから。

 思えば、このときのコウヘイとハンゾウは『勝負』というよりは『遊戯』か『悪戯』の意味合いでオレを追いかけていたに違いなかった。
 だから、『勝負』そのものの気持ちで挑んでいるオレが負けるわけがなかったんだ。
 それでもオレはこの夜、思惑どおりの展開に持ち込むことの重要さをも学ばせてもらった。奴らの遊びに付き合っただけにしては、感謝してもいいくらいいろんな収穫があった。

 ――あのときのオレは、どうやら賭けに勝てたようだった。
 それはそうだよな。オレ、ギャンブルの嗜みはあったんだから。

 夜の鬼工はしんと静まりかえっていた。
 コンクリートの校舎に3台の排気音が絡みつくようにぶつかって、ハーモニーを奏でるかのように反響する。
 鬼工の外周をぐるりと回って、ふたたび大通りに出た。
 よし、これで方向転換完了だ。
 このまま行くと、さっき来た道の反対車線を通って海のほうへ向かう道。
 そう――リュウジがいるはずの昇龍軒の目の前を、オレたちは通過することになる。
 リュウジは気づいてくれるのか? オレの排気音を聞き分けてくれるのか?
 オレだったらリュウジのマシンの音がわかるんだけどな。
 ちらりと横目で見た昇龍軒の入り口が開いたようにも見えたけれど、あっという間に通り過ぎてしまったので定かではなかった。



   * 5 *
 
 
 川からの風が吹いてはいるものの、天気が悪くないとさすがに蒸し暑いもんだ。
 衣替えも何のその、一年中袖を通している学ランを脱いで雑草の上に放り投げた。
 なんか知らないけど、リュウジがそうだからオレたちも自然とそれに倣って夏でも学ランなんだよな。
 付き合いがいいってことだろうか――そう考えたらちょこっと笑えた。
 まあ、いいか。オレに開襟シャツ一枚って格好が似合うとも思えないし。

 ――あのときのオレは、夜風に吹かれながら震えていた。
 もちろん寒かったからなんかじゃなくて、おそらく興奮していたからだ。
 
 鬼工を一周したあと鬼浜町商店街を駆け抜けたオレは、ふたたび川沿いの道に出た。
 相変わらずコウヘイとハンゾウの2台は、未だオレをいたぶるように追ってきていた。
 川沿いに出たとき、オレは速度を出来る限りゆるめた。
 やり過ごそうなんていう意図ではなかった。もとより、今さら奴らがこのままオレを逃がすとも思えなかったし。
 
 目の前にはコウヘイの蛇行運転、右からはハンゾウの執拗な粘り着き。
 それらを一気に抜き去ることもできたとは思うけれど、オレはあえて機が熟すのを待っていた。
 そう。オレが信じた音がオレたちを追いかけてくるのを待っていたんだ。
 なぜだか知らないけれど、オレは確信に近い感覚でそれを待っていた。
 なぜだか知らないけれど、オレはもう少しでそのときが来るはずだと自信を持って言える気がしていた。
 
 だから、オレは『そのとき』を体感できた瞬間、鳥肌がたつほどの興奮を感じたんだ。
 耳に覚えた排気音が近づいてくる。頼もしく聞こえる音は、リュウジのマシンのはず。
 
 ほら、やっぱりだろ? オレのギャンブル、わりといいセンスしてるだろ?
 BIG BONUSは目の前だ――前兆を楽しむときと似た感覚にとらわれて、オレは自信を持って加速した。
 一瞬タイミングを外して、右を塞ぐハンゾウをかわす。
 よし――今だ!! オレは頃合いを見計らって、前を邪魔していたコウヘイを抜いた。
 奴らより先行することを得た。
 そのまま奴らを誘導するように本道を逸れて、脇道へと入る。
 細い道を下りきったら河川敷だ。
 舗装された道が終わった先の砂利道。タイヤの下にごつごつとした響きを感じたところでオレはブレーキをかけたんだ。
 
 先頭のオレにあわせて、追随者たちは正面に向き合うように単車を停めた。
 オレは正面から奴らと向き合うことになった。
 外灯の光も届かない暗がりで、頼りになるのは単車のヘッドライトのみ。やけに青白く奴らの顔が夜に浮かび上がるのを睨みつけながら、オレはあとからくる1台の排気音が次第に大きく響くのを心強く思っていた。

 まもなく最後の1台――リュウジのマシンが河川敷に降りてきた。
 リュウジは迷わずオレの真横に単車を停めると、オレにこう訊いた。
 「ハヤト、呼んだか?」
 「ああ。気づいてくれてよかったよ」
 オレは事もなげにリュウジに応えてみた。とはいえ、本心は安堵でため息をつきたいくらいだったんだけど。
 「気づかねえわけがねえだろ!!! ハヤトの単車、すっげえ楽しそうな音してたもんな」
 そう言って、オレには笑みを。それに次いで、暗黒水産の奴らには怒号を向けた。

 「おい、お前ら!!! ウチのハヤトに何の用だ? なんで追っかけまわしてやがるんだ!!!」
 「別に俺等に用なんてねえよなあ、ハンゾウ?」
 「その通り。むしろそっちが俺たちの遊びに首を突っ込んできただけだ」
 そんな煽り文句にリュウジは動じなかった。
 さすがの貫禄だな、とオレは微笑みたい気分だった。
 「何があったか知らねえが、お前らがハヤトに絡んでたのは事実だろうが!!! ウチのハヤトは訳もなく特攻かけたりしねえはずだ――あとは俺が相手するぜ。こないだっから俺は真実、はらわたが煮えくりかえる気分だったんだぜ? やっとお前らと正面切ってやりあえるってのは、俺には好都合だからな」
 ひときわ声を大きく張って、そしてリュウジは単車を降りてコウヘイの前に立った。
 「オラ、さっさと出て来いや!!!」

 ――あのときのリュウジは、鮮やかな拳さばきをしていたのを覚えている。
 これより前にコウヘイと初めて相見えて、中途半端に水を差されて勝負が棚上げになったときとは格段にキレが違っていた。
 力強くコウヘイに追い縋るリュウジの拳の音は、低い周波数を持ってオレの耳に届いた。
 逆にコウヘイの繰り出す一撃を喰らっても簡単に倒れたりせずに、力強く地面に両足を踏ん張って――オレは心の底からリュウジを頼もしいと感じたんだ。

 「いいか、よく聞け。暗黒水産!!!」
 軍配はリュウジに上がった。
 河川敷のごつごつした砂利の上に背中をついて倒れたコウヘイを見下ろして、リュウジは叫んでいた。
 「こっから先、無闇に鬼工生に手出しするのは俺が許さねえぜ!!! 相手は俺らだけで充分だろ? 俺は意味もなく誰かと闘うつもりはねえが、やると決めたら正義を貫く覚悟だからな!!!」
 リュウジは倒れたコウヘイにそれ以上視線を落とすことはなかった。
 そして、オレの隣に戻ってきてふたたび単車に跨った。表情はすがすがしかった。
 「行くぞ、ハヤト」
 「ああ、了解」
 そしてリュウジの単車の後について、オレたちは町に向けて走り出したんだ。

 たいして速度は上げていなかったけれど、やたらと気分は爽快だった。
 そうか――リュウジの正義に力を貸すということなんだ。オレが求められていたのは。
 今さらながらにそれを実感して、あまりの理解力の乏しさに苦笑して。
 それ以上に、誇らしさがオレの胸を満たしていた。
 リュウジの背中を見ながら走っている間、オレはさっきまでよりも『明日』が待ち遠しくなってきているのを感じていた。
 
 昇龍軒に戻ったときには、すでに店じまいが近い時間だった。
 リュウジの部屋に通されて、そこでオレは簡単にその夜のいきさつを話した。
 「なるほど、そういうことだったんだな」
 「うん。忙しいところを呼び出して悪かった、リュウジ」
 「いや、何ともねえってば!!!」
 リュウジは笑ってそう答えてくれた。

 「でも、俺は安心したぜ。ハヤト」
 「ん? 何を?」
 「いや、想像してたとおりだったからな」
 オレの目を見てリュウジは一旦言葉を切って、ひとつ頷いてからこう続けた。
 「普段はのんびりしてるようだけど、肝心なときには熱くなる男のはずだ、って思ってたんだぜ? ハヤトのことを。それが当たってたんだからな。ハヤト――お前なら特攻隊長として充分な男だぜ!!!」
 一瞬、リュウジが何を言ったんだかよくわからなかった。言葉の意味を理解したあと、びっくりして問い返した。
 「え――特攻隊長? オレが?」
 「当たり前!!! お前を除いて誰がその席に座るんだ?」
 
 ――そのときのオレは、はじめて隊の中での肩書きをリュウジに告げられて、身の引き締まる思いで背筋を伸ばしたんだ。
 そうか。オレ、そう呼ばれる男になるんだ。
 ――そのときのリュウジは、オレの覚悟を読み取ってくれたっていう表情だった。
 明日から始まる闘いに、オレも男として全力を注ぐのだという覚悟を。
 
 そんな前夜を経て、迎えた翌日夜の河川敷。
 オレたちの隊は産声をあげた。

 河口にほど近い鬼川を吹く風には潮の香りが混じっていた。
 それを受けて、急ごしらえの隊旗が大きくはためいていた。
 総勢50人の居並ぶ面々は揃いの白い、真新しい特攻服を身にまとって――そして雄叫びが轟くのを待っていた。
 
 大勢の仲間に囲まれて、リュウジはこのひとことだけを腹の底から響かせた。
 それに仲間たちが声の限りを叫び返す。
 男同士の連帯感に余計な言葉はいらなかった。

 「鬼浜爆走愚連隊 総隊長リュウジ 夜露死苦ぅ!!!」
 「夜露死苦ぅ!!!」

 結成式はたったこれだけだったけれども、オレはいつでも思い出すことができる。
 男・リュウジが『漢』になった瞬間を。
 
 ――オレたちが1年だったころの、あの日の昼間は今日みたいな風が吹いていたのかな。
 興奮していたからちっとも記憶がないけれど。
 
 追憶に浸りながらぼんやりと川の流れを見ていたオレを、土手の上から呼ぶ声がする。
 「お、ハヤトじゃねえか。なんだ、まだ制服着てるのか。寄り道か?」
 声の主は、オレの追憶の中では今より小振りなリーゼントをしていたリュウジだった。
 自転車に乗って通りかかったところみたいだ。
 「ああ、うん。天気よかったからね。リュウジは? 買い物?」
 「オウ。ちょっとな。探してる漫画が見つからなくて、遠征するとこだぜ」
 「あ、そうなんだ」
 
 自転車を停めて、リュウジは土手に降りてきた。そのままオレの横に座り込む。
 「どうかしたのか? なんか妙な目つきしてるんじゃねえか? ハヤト」
 「え――そうかな? どうもしないけどさ」
 「だったらいいけどな」
 慮るような目でオレを見るリュウジ。オレが信頼するのと同じくらい、オレを買ってくれているオレたちの総隊長どの。
 ああ、なんかいいな。今のオレたちはこうあるべくして生まれたんだ、なんて考えるのがすごく気分いい。

 だからオレは素直にこう言ったんだ。
 「ただ、ちょっと前のことを思い出してたとこなんだ」
 「うん? 何をだ?」
 「オレたちが1年のときの『今日』のことをね」
 「オウ、そうか。なるほどな」
 リュウジはそう応えて、すごくいい顔で笑った。

 「覚えてた?」
 「当たり前じゃねえか!!! 忘れるわけねえって。ってか、ハヤトこそよく覚えてたな。むしろそっちを俺は心配してたんだぜ? お前って、どっかぼけっとしてるから」
 「え。そんな風に思ってたんだ」
 オレはすこしだけ、むっとした表情を作ってみせた。冗談だけど、それもリュウジにはちゃんと通じるはずだから。
 「わはははは!!! まあ、いいじゃねえか。お前はあのころも今も、鬼浜爆走愚連隊の特攻隊長として俺の横にいるんだからな。それが全てだろ?」
 「ああ――うん。そうだね。オレはそれだけでいいや」
 オレもできるだけいい顔に見えるように、リュウジに向かって笑ってみる。

 そうだ。それだけでいいんだ。
 オレはここにいる――それだけがオレのすべて。それ以上でもそれ以下でもなく。

 ありのままのオレ、ありのままのリュウジ。
 ありのままの鬼浜爆走愚連隊。
 それらの真実がどうか永遠不滅でありますよう――オレは風神様に祈りを捧げる気分で天を仰いだ。



   * 6月20日 完 *




 
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