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これまでのおはなし

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ジグソーパズルの1ピース



   * 1 *


 窓の外から声がする。
 いつもの時間、いつもの声。オレの朝にはお決まりの――というかこの界隈のご近所さんたちにも耳になじんでいるはずの例の声だ。
「ハ~ヤ~ト~くん!!! おはよう!!!」
「うん……ああ、おはよ」
 何度も叫ばせておくのも何なので、オレはいたしかたなく布団から身を起こして、窓を開けて返事をして。
「オウ、相変わらず寝ぼけてるな。今日なんか朝から気温高いのに、よく寝てられるよな、ハヤトは」
「血圧低いからね、オレ」
「いいから。ほら、時間ねえぞ? 早く顔洗って着替えてこいや!!!」
「……了解」
 乱れた髪に手をやって、目をこすりながらそう応えて。そしてオレは洗面所へと向かう。
 まったくいつもどおりの朝だ。
 歯を磨いて、顔を洗って、髪も簡単にセットして。部屋に戻って学ランに袖を通して。

 なんとか準備完了。店先で開店の用意をしはじめた親父に一声かけて出発だ。
「そしたら行ってくる、親父」
「おや、低血圧の不憫な息子よ。今日もそんな格好ということは、通知票が思わしくなかったのだな。よしよし、頑張ってこい」
「……え?」
「ああっ!!! 親父さん、いいからいいから!!! ハヤト気づいてねぇんだから」
「は? リュウジ、何? オレが気づいてないって」
「気にすんなやハヤト!!! さっさと行こうぜ。今日も天気いいしな!!!」
 リュウジに背中を押されて、じゃあ行ってくる、と道に出た。
 そこで出くわしたのが、見覚えのある顔ばかりの近所の小学生軍団だった。水泳バッグをかごに突っ込んだ自転車で彼らが通り過ぎるのを見て、やっと何かに気づいたオレ。
「あれ――何かおかしくない? 小学校、今日休み……?」 
「わはははは!!! 深く考えるなハヤト」
「って、そうだよ、もう夏休みじゃん!! いつもの時間に迎えに来るもんだから、条件反射しちゃったよオレ」
「わはは、ほれ、走るぞ。遅刻しちまうと後が面倒だからな!!!」
 逃がすものか、とオレの手首をがっちり掴んだリュウジがしてやったりの笑い声をたてながら走り出す。
「……わかったよ。もう逃げないから。痛いってば」

 観念したオレは、額に汗が噴いてくるのを感じながらこう訊いた。
「で、どの教科の補習? リュウジ」
「うん? 数学と英語だけどそれがどうした?」
「オレ、どっちも成績そんな悪くなかった――って、痛っ」
 走る速度をゆるめないまま、リュウジはむっとしたような口調になって……そしてオレの手首を掴んだ指に力を入れた。
「そもそもハヤトがな、試験のときに解答用紙につっぷして昼寝なんかするから悪いんじゃねえか。自分が解き終わったからって、あの体勢は正直無情だと思ったぜ、俺は。隣人への優しさってのに欠けるんだよな、ハヤトは」
「あのさ、そんな自信満々にオレに説教することなのか? それは」
「ああ、もう、黙って急ごうぜ、ハヤト!!!」
「……おす、了解」
 逆らっても仕方ないな。やれやれ。オレはリュウジに甘いよな、多分。

 夏休み補習の教室に到着したころにはオレの寝ぼけ眼もそれなりに開いてきていた。教室にいた、いつもの面子よりは少数の仲間たちにリュウジは挨拶して回る。
「オウ、玉城!!! おはよう」
「おっす、リュウジ。っていうか、あれ? ハヤトも補習だっけ?」
「いや……何ていうんだろ。まあ、見学?」
「わはははは!!! 玉城、こいつな、寝ぼけてるから悪いんだぜ!!!」
 とか何とか言いながら、低血圧自慢のオレのことをリュウジはあれこれ説明してるし。
 級友のひとりである玉城は、大層おもしろそうにリュウジとオレを見てた。

「なるほど。それでリュウジの付き添いなんだ、ハヤトは。ご苦労さん」
「いや、オレはもう帰るけどね。リュウジに騙されただけだしさ」
「何だと? ハヤト、せっかく来たんじゃねえか。付き合えって」
「あはは、リュウジはハヤトがいないとつまらないんだよ、きっと。ほんと仲いいね」
「何? それはちょっとおかしいだろ、玉城!!! だってどうせ寝てる位だったら学校来たほうがハヤトのためになるんじゃねえかと思ったんだぜ、俺は」
 力なく顔を見合わせる玉城とオレ。うん、リュウジがおかしいって。
「で、玉城は練習の途中なんだ?」
 玉城は野球部員だ。練習用ユニフォームを着てる。
「そう。今朝も7時から練習だったんだよね。補習終わったら戻るけど。まあ、暑いし、ひとやすみがてら補習も悪くないかなー、と。あ、これ森園には内緒ね。とくにリュウジ」
 うしし、と笑う玉城である。ちなみに森園ってのはリュウジの旧友の野球部主将。
「俺は玉城を裏切ったりしねえって!!! 何つったって補習仲間だし。なあ、ハヤト?」
「え――いや、オレは……いや、何でもない。うん、そうだね、玉城。安心していいよ」
 とりあえず今日のところは、そういうことにしとこう。朝ぼけっとしてたオレが悪い。

「よし、席につけお前達。出席をとる」
 そのとき教室の前の扉ががらりと開いて、赤ジャージが入ってきた。
「オウ、赤ジャージ。夏休みだってのにご苦労だな」
「リュウジ。お前の頑張りが足りないから俺の仕事が増えるということを理解しろ」
 なんて言いながら、出席簿の角でリュウジのリーゼントを攻撃する赤ジャージ。
「あ~あ。リュウジ、わかってるだろうに。そんなこと言ったらそうなるよ」
「おや? ハヤト、お前も補習だったのか?」
 赤ジャージがオレの顔を見て訊くのに、答えたのはリュウジだった。
「わはははは!!! 赤ジャージ、こいつおかしいんだぜ!!! 今朝俺が迎えに行ったら何の疑いもなく学ラン着て出てたんだぜ!!! 惰性って怖いよな」
「っていうかリュウジこそ惰性だったんじゃないの? オレのとこに来る必要ないって忘れてただけじゃない?」
「何だと? そんなこと――ねえよな、玉城?」
「ええ、僕に訊く? 知らないってば。ちょ、睨まないで欲しいんだけど」
 ……そうか。きっとそうだったんだ。図星だったに違いない。

 午前中2時間の補習を終えて、野球部の練習に戻ると言った玉城になんとなくついて来たリュウジとオレ。
「補習終了、ただいま帰還」
「おかえり玉城。おや、リュウジと相棒さんも一緒か」
「オウ。遊びに来たぜ、森園」
「今は小休止なのだが、それが明けたら変則の紅白戦をすることにしている。どうかな、リュウジ。参加してみないか?」
「紅白戦か。おもしろそうだが、俺もハヤトも野球部相手じゃ初心者だぜ?」
「うん。オレ、中学の体育の授業でしか経験したことのない本気の初心者だ」
「大丈夫だ。今日の紅白戦は、いつもと違う守備位置でやってみよう、ということになっていてね。ほんのお遊びの延長くらいに思ってもらえばいい。それに、君たちが参加してくれたところで頭数は16だし、そこまで本気のものにはならない」
「なるほど。それなら何とかなるか? いや、でもジャージかなんか、着替えたいよな。そしたら俺、一度家帰ってジャージ取ってくるわ。森園、時間あるか?」
「ああ。集合したら配置を決めるくじ引きをするし。ああ、リュウジはどこか希望のポジションは? どこかあれば優先しよう」
「当然ピッチャー希望だぜ!!! 俺、小学生んとき投手だったしな」
 なんて言いながら、リュウジはすでに校門に向けてダッシュを開始していた。
 リュウジの後ろ姿を見送って、玉城がおもしろそうに言う。
「乗り気だね、お宅んとこの隊長」
「だね。っていうかオレ、全然自信ないんだけど」
「まあまあ。楽しければいいんじゃない?」
 じゃあOKか――と玉城に返そうとしたときだった。
 校門のほうから怒号が聞こえてくる。リュウジの声……?
「オイ、何の用だ? 勝手に入ってくるんじゃねえ、ここをどこだと思ってやがる!!!」



   * 2 *


 一体どうしたんだろう、とリュウジの声のほうへオレは走った。
 気配からしてそんなことかな、とは思ったけれど、想像どおりの光景がオレの目に映る。
 校門前で腕組みをしたリュウジ、その対面にはコウヘイが仁王立ちで対峙している。
「ふん。貴様なぞには用はねえ。そこをどきやがれ」
「何だと!!! ふざけたこと言うんじゃねえぞ、コウヘイ!!! お前が鬼工に乗りこんで来ようってのに俺が『はいそうですか』と通すと思ってるのか!!!」
「――リュウジ?」
「ハヤト。ちょっと用事ができちまったようだ。悪いんだが代わり俺んちまで行って、ジャージ2着取ってこいや。たんすに入ってるから。わかるよな?」
 コウヘイに強い視線を投げたまま、リュウジはオレにそう言った。
「おい、貴様。本当に理解力がねえなあ。何がちょっと用事だ? 俺は貴様を構っているほど暇じゃねえと言っている」
「何だと!!! 理解力とか、人を馬鹿にするのはいい加減にしやがれっての!!!」
 リュウジは語気を荒げて言いつのる。対するコウヘイがまったく殺気を放っていないのは、本当にリュウジに用事じゃないってことか?

「ああ、なんか騒いでると思ったらコウちゃんか。リュウジ、どうかした?」
 そこへ玉城が姿を現した。
「玉城、いいから野球部は引っ込んでろや。これは俺と奴の問題だからな。下手な騒ぎで迷惑被りたくねぇだろ?」
「貴様こそ引っ込んでいろ、リュウジ。むしろこれは俺と玉城の問題だ」
 にやり、とコウヘイは笑った。白目がやけに禍々しい。
「おい、コウヘイ!!! 適当なこと抜かすなや!!!」
 と、いよいよ気色ばむリュウジであったが――
「ああ、あのことか。コウちゃん、来られそう? って、ああ、リュウジ。コウちゃんの言ってるのは本当だよ。僕に用事で来てるんで、心配しないでいいから。ほら、早く行ってきなよ。ジャージ取ってくるんだろ?」
「そうなのか? なら……いいんだけどな」
「うん。本当みたいだね、リュウジ。ほら、行こう。オレも一緒に行くから」
「オ――オウ」
 なんだか釈然としない視線を未だにコウヘイに向けているリュウジだったけど、それから玉城が何の疑いもなくコウヘイを引っ張って葉の生い茂る桜の木の下に移動していったのを潮に、ようやく目的を果たすための移動を開始したんだ。

 結局その後は何事もなかったように、オレたちは野球部の練習に飛び入り参加した。
 そう、本当に何事もなかったみたいで、野球部の変則紅白戦が始まったころにはリュウジもオレもさっきの一幕なんてすぐに忘れてしまっていた。
 リュウジは紅組の投手。オレは白組のレフトに入った。
 リュウジは自信満々の投げっぷりだったけど、どうやらくじ引きで捕手になった玉城のリードにさんざん逆らっていたみたい。ときどき『俺は真っ向勝負するぜ、一球外すなんてできるかっての!!!』なんて叫んでた。声に出したら、サインとか意味ないんじゃないか?
 対するオレは、守備はまあ、ときどき落球したりしたけど、打つほうはそれなりだったかも。バットに球が当たったときの音って、こんなにいいもんなんだな、なんて思った。

 結果は3-3の引き分けだったけど、当初の予定どおりの5回で試合終了となった。
 時間は12時をすこし回ったところで、昼休みに入ることになったらしい。
 飛び入りのオレたちも、野球部の面々と一緒に学食へ行くことにした。
 リュウジと玉城とオレでひとつのテーブルに陣取った。
「それにしてもな、ハヤトに打たれるとは思わなかったぜ、ちきしょう」
 カレー大盛りとやきそばパンとマカロニ入りのトマトスープといちご牛乳を、どれも旨そうに食べながらリュウジがぶつぶつ言ってる。
「あはは、偶然だって、リュウジ。そんなに落ち込まなくてもいいじゃん」
「別に落ち込んでなんかいねぇけどよ、なあ、玉城?」
「でもさ、僕のリードをもうちょっと理解してくれたらよかったかもね、リュウジはさ」
「そうか? そういうもんか?」
「うん。多分。試合終わったあとにさ、ウチのバッテリーもリュウジと僕を見て『思わぬところでいい勉強ができた』って言ってたしね」
「そうか。押してくだけじゃ駄目なのか。ほんのちょっと勉強になったぜ……」
 何か考えてるような面持ちで、リュウジはいちご牛乳のストローをすすってた。

「それとさ、ハヤトって、動体視力けっこういいんじゃない? リュウジの球それなりに速かったけど、打てたでしょ?」
「え、オレ? 考えたことなかったな。動体視力か」
「そりゃ玉城、当たり前じゃねえか!!! ハヤトは俺らの誰よりも速いんだぜ、単車。それで鍛えられるに違いねえってば」
「あ、なるほど。それならそうかも。国道走りながら、店の看板に書かれた営業時間とか、歩道にいる猫の模様くらいだったら何気なしには見分けられるな」
 何でも応用できるんだな、なんて思った。
「あ、そうか。動体視力っていったらアレも関係あるのか」
「うん? 何だ、アレってのは? ハヤト」
「パチス……いや、何でもないです」
「ああっ!!! お前、今パチスロとか言いやがったな!!! いい加減にしとけってのに!!!」
 隣から威勢のいい拳骨が飛んできた。おいしくないデザートだな。

 食器が空になるころ、参加感謝ということで、森園主将がプリンを持ってきてくれた。
 今度はおいしいデザートをいただいている最中、リュウジが思い出したらしい。
「で、玉城。さっきのあれは何だったんだ?」
「さっきの? ああ、コウちゃん?」
 眉間にしわを寄せてリュウジが頷いた。
「あのあと俺ら、一旦出ちまったからわかんねえけど、何もなかったんだよな?」
「うはは、心配性だね、リュウジ。用件を普通に話をしてすぐ帰ったよ、コウちゃんは」
「本当に玉城に用事で来たんだ、コウヘイ」
「うん。そう。何もそんな物騒なことだけ考えて生きてるわけじゃないってば、さすがのコウちゃんだってね。わかった? リュウジ」
「まあ、わかったといえばわかったけどな。で、何の用事だったんだ?」
「リュウジ、そんな個人的なこと訊いちゃまずいんじゃないの?」
「別にまずいことなんてないって」
 特徴のあるどこかコミカルな童顔をほころばせて、玉城は言う。 
「こんど中学のときの同窓会があってさ。それの出欠確認の話だっただけ」
 コウヘイを『コウちゃん』と幼名で呼ぶ玉城は、そうだったんだ。
「ああ、そうか。玉城はコウヘイと中学一緒だったんだっけ」
「そうそう、ハヤト。今回、僕が同窓会の連絡係やってて。で、コウちゃんの都合が微妙だったみたいで、やっと来られることになったから、って言いに来てくれただけ。ついでに案内のプリント渡したとこで帰っていったよ」
「なんだ、そんなことだったのか。なら用件を先に言えってんだよ、コウヘイの奴」
「とか言って。リュウジがいきなり凄んだんだろ?」
「しょうがねえだろ? 誰だっていきなり自分の学校で奴に出くわしたらそう思うって」
 まったく単純だね、と玉城は笑ってた。オレは……微妙に笑えなかったりして。
 
「それにしても私服着てたよな、コウヘイ」
 サーバーから3人分、お茶をついできて配ってくれながらリュウジが言った。
「ああ、確かに暑いのに皮のジャケット着てたね。それがどうかした?」
「いや。奴は俺らみたいに補習とか、ねえのかな、と思って」
 それを聞いて、玉城はびっくりした顔でリュウジを見て、そして笑った。
「まさか。コウちゃん、補習とかないと思うよ。出席日数が足りてればの話だけど。知らない? コウちゃんってああ見えて勉強できるんだよね」
「何だと――?」
「へえ、意外」
 今度はリュウジとオレがびっくり顔をする番だった。笑いは起こらなかったけど。
「中学のときの同級生はみんな、コウちゃんは私立のいいとこに行くんだろうと思ってたんだよ。頭いいし、家もお金持ちだしね。多分どこか名のある学校に推薦入学が早々と決まったとか、決まりかけたとかって噂はあったと思うな」
 昔の記憶をなぞるように玉城は言った。
「急に暗黒水産に行くって言いだしたのはいつ頃だっけな。とにかく『俺が一番であることを思い知らせるべき相手を見過ごすわけにはいかない』なんて言ってたよ。志望校を変えるのとどういう関係があるんだか、言ってる意味が解らなかったから今まで忘れてた」
 リュウジとオレは顔を見合わせて、額のあたりに疑問符を浮かべてた。



   * 3 *


 そのまま引き続き、午後の野球部の練習に参加しているリュウジとオレ。
 遊びで参加したら邪魔にならないのかな、と思ったけれども――
「いつもと違う練習ができるのは悪い経験ではないのだよ。よかったら相棒さん、ノックされてみてくれないか? 打球がどこに飛ぶか予想がつかないので、案外いい守備練習になるかもしれない。リュウジも全開で打ったらかなり飛びそうだし」
 なんて森園主将が言ったもんだから、張り切ってた。とくにリュウジが。
 夕方近くに町内をランニングして、本日の練習は切り上げになるようだ。
 運動不足だったらしいオレは、そのころにはすっかりへとへとだったから遠慮しようと思ったんだけど、リュウジが許してくれるわけもなく――町内一周してグランドに戻ってきたころには、朝セットしてきた髪の毛もすっかりへこたれていた。
「では本日終了、また明日」
「おつかれっした~!!!」
 なんて挨拶のあと、全員で道具の片付けやグランド整備なんかをして、すっかり片付いたころには空にオレンジ色が降りてくる頃合いだった。

 グランドの隅で、リュウジはまだ投げ足りないという1年生くんに付き合ってキャッチボールを始めた。もしかしてリュウジが付き合ってもらってるほうかもしれないけど。
 それをなんとなく眺めながら、玉城とオレは藤棚の下のベンチで体を休めている。
「昼の話の続きなんだけどさ」
 スポーツドリンクのペットボトルを弄びながら玉城が言った。
「コウちゃんの言ってた『俺が一番であることを思い知らせるべき相手』っていうのは、今にして思えばリュウジのことだったのかもね。何かの拍子に、リュウジが鬼工を志望してるって知ったとか、そんな理由だったんじゃないかと思ったんだ」
「リュウジが?」
「そう。リュウジが鬼工なら自分はそのライバル校へ行こう、とかね。ほら、ここらじゃリュウジって中学の頃からけっこう有名人だったから。僕の中学でも、『鬼浜中の強いやつ』とか聞こえてきてたし。ハヤトも知ってたろ?」
「いや、オレは知らない」
「え? ほんとに? それってもしかして、リュウジがよく言ってる『ハヤトらしい』っていうやつ?」
「いや、そうじゃなくて」
 玉城は憎めない表情でオレの顔をのぞき込む。さすがにオレも苦笑せざるを得ない。
「うち、オレが高校に入るときにこの町に引っ越してきたから、行ってた中学はちょっと遠いんだ」
「ああ、そうか。じゃあしょうがないか。よかった、なんか安心した」
 ここらじゃ中学のときから有名だった我らが総隊長どのは、捕球ミスしたボールを追っかけてオレたちのいるベンチ付近まで走ってきた。
「ハヤト、待たせて悪いな。何だったら先に帰ってもいいぜ?」
「いや、平気。ゆっくり遊んでもらっておいで」
「そうか? じゃあもうちょっとな!!! 玉城、1年借りてて悪いな」
 リュウジは至極楽しそうだ。濃くなってきた夕焼け色に赤い髪がよく映える。

「しかしリュウジって体力あるね。僕ら毎日やってるから慣れてるけど、それでもさすがに疲れてるのに、全然元気そう」
「多分、もともと恵まれてるんだろうね。オレもうらやましいと思った。オレなんか明日起きられるかどうか」
「それが普通じゃない? それにハヤトは明日は朝、ゆっくりできるから平気だろ。ほんとは補習じゃないんだし」
「……いや、多分リュウジに連れ回される運命だな、明日のオレも。もうあきらめた」
 ふたりして笑った。オレは極めて力なく、だけど。
「リュウジがもともと恵まれてるなら、コウちゃんは頑張り屋かな。何かと一番にこだわる男でさ、ストイックな努力家タイプ」
「へえ。それも意外だね」
「一番になるために、頭で効率的な作戦を練るとか、そういう感じだったかな」
「対するリュウジは本能の漢、か。真逆なのかもね」
「うん。努力して一番になる、ってのは、ほら、僕なんかも試合のために練習してるんだからわかるけど、リュウジの強さとか人望とかは、やっぱりナチュラルっぽいよね。ああ、でも喧嘩の練習とかはしてるのかな? わかんないけどさ」
「ん――それはどうなんだろ。少なくともその練習台にはなりたくないな、オレ」

 リュウジが満足して引き揚げてきたので、オレたちはまだ残っていた野球部の連中に挨拶をして校門を出た。
 朝からこんな時間まで学校にいるなんて滅多にないことだ。しかも夏休みなのに……。
 リュウジのジャージを着ているオレは、汚れているのでそのまま借りて帰ることにした。
「よっしゃ。そしたら汚れついでに浜へ行こうぜ、ハヤト。夕焼けが見頃だからな」
「ってリュウジ、ほんとに元気だね。疲れてないのか?」
「全然。ほら、早く歩けって。日が暮れちまうから」
 早く歩くどころかランニングの速度で走るリュウジに、数歩遅れてついていくのが精一杯のオレ。頑張れ、オレの筋肉、と叱咤しながら道を行く。
 なんとか辿り着いた浜では、見事な夕照がオレたちのゴールを讃えてくれていた。
「オウ、間に合ったぜ!!! いいよな、浜の夕暮れ時ってのは」
「うん。贅沢な気分になるね」
 海面のきらめきを目に映し、潮風を胸いっぱいに吸い込んでみる。
 リュウジとふたりきり、という色気の無さはとりあえず置いておくことにしよう。なんだか気分が満たされているから。

「うん? 俺が喧嘩の練習? いや、別にしねぇけど?」
 しばらく海に沈んでく太陽を眺めたあとに、自販機で買った飲み物を片手に砂浜に陣取っているリュウジとオレ。さっき玉城と話していて、気になっていたことを訊いてみた。
「昔ダイゴに教わった柔道技は役に立ってると思うけど、あとは独学だな。漫画とかも大いに参考になるぜ。読んでるだけで自然に身についてる感じか? あとから考えるとな」
「へえ。何でも勉強になるんだね」
 オレも動体視力を養うためにパチスロを――いや、これは発言は控えておこう。
「オウ!!! 見方次第じゃ漫画でも何でも教科書だぜ!!!」
「……それ、数学と英語の先生の前で言える?」
「おい、喧嘩売ってんのか、ハヤト?」
「あはは、穏便に穏便に」
 ふざけて握ったリュウジの拳がオレの眼前で止まった。

「でもハヤトは練習ってか、計算する方だよな。しょっちゅう考え込みながら走ってるだろ? 単車のとき」
「え――そんなつもりでもないような……ああ、でも、たまにはそうかも。初めて走る道なんかだと、もしここで勝負になったらどう攻めるとか、自然にね。で、もし二度目に同じ道を通ったら予行練習の気分になるときもあるね」
「だよな。たまにそんな顔してるもんな。それってすげぇな、って思ってたんだぜ、俺」
「そんなことまで見えてたんだ、リュウジには」
「当たり前!!! だって俺、総隊長なんだぜ?」
 眼前の海は紺色に染まり始めていた。砂浜にいるオレの横の存在だけが、未だ夕焼け色のオーラを放っているのをなんとなく感じてた。
 一方は本能で君臨する総隊長。
 もう一方は頭脳と努力で登り詰めた総帥――そこまで至らせたのはリュウジかもしれないってことだったのか。
 
 ぼんやりとしたオレの思考は、リュウジの声に遮られた。
「おい、ハヤト。明日は補習のあと浜で泳ごうぜ!!! せっかく夏なんだし」
「オレ、あんまり日焼けしたくないな。っていうか、オレは補習じゃないのに」
「そんな場合か? お前も来週は体育の補習だろ? どうせ種目は水泳なんだし、予行練習の気分でいいじゃねえか」
「え――オレ、補習? 体育の?」
「出席日数足りてねぇって赤ジャージに呼ばれてただろ? まあ俺もだけどな」
「……すっかり忘れてたよ、オレ」
「いや、さすがの俺もそれは笑えねえぞ。ハヤトらしいとか、そういう次元を超えてねえか? ちょっと心配になってきたぜ……」
 リュウジがいたわるような目でオレを見た。ここはオレ、笑っておくしかないのかな?
「あはは、大丈夫だって。ほら、リュウジも一緒ってことで、オレの本能が安心してただけだよ。補習も、頼もしい総隊長どのに先導してもらえばそれでOKってことで」
 ……我ながらどこまで本気の言葉だか、わかったもんじゃないけどさ。



   * 4 *


 朝、体を起こしたら案の定。全身が筋肉痛にさいなまれていた。
 というか、朝起きたこと自体が案の定――リュウジの肉声朝コールにたたき起こされて補習に付き合わされるためだったんだけど。
 午前2時間のリュウジの補習が終わるのを待って――オレは同じ教室にいたんだけど――召集されたダイゴとノブオに学校で合流して、4人で浜へ行くことになった。
「ちょ、ゆっくり歩いてほしいんだけど。オレ、体中痛いんだってば」
「わはははは!!! ハヤトだらしねぇぞ!!! ほら、甘やかすとよくねぇからな。さっさと行こうぜ、ダイゴ、ノブオ」
「は~い、兄貴!! 急ぎましょう。ハヤトさんのために」
「って、ノブオ。お前ね……」
「ハヤト。案外動いたほうが筋肉痛は早く解消するかもしれぬゆえ。頑張れ」
「ダイゴまでそう言う?」
「押忍。荷物くらいは持ってやろう」
「……ありがと、ダイゴ。って、ああ、だから待ってくれってば」
 やれやれ。自業自得ってことなのか。オレも何か運動、しようかな……。

 さんさんと降り注ぐ夏の太陽。昼前なのでまぶしいほどの陽射しだ。
 それに包まれるオレたち4人――有り体に言って柄のよろしくない一団は、やっぱり周囲から浮いてるような気がするんだけど、それでも海は笑って許してくれる気がする。
 うん、夏だね。肌がちりちりする。
 砂浜の適当なところに陣取ってレジャーシートを広げて、荷物を置いて。服――リュウジとオレは学ラン――の下にそれぞれ水着着用だったので、至って身軽に準備完了となる。
「よっしゃ、泳ぐぜ!!!」
「は~い、兄貴!! 行きましょ~」
「リュウジ、ノブオ。準備運動はした方がよいぞ」
「あ、そうっスね、ダイゴさん。兄貴~!! 一旦戻ってくださ~い」
「オウ、そうだな。ってか、ハヤトは何してんだ?」
「え。浮き輪膨らましてるだけだけど、それが何か?」
「うはは、ハヤトさん、泳げないんっスか?」
「いや、そんなことないけど。ただ、のんびりしたいじゃん?」
「……まあな。ハヤト、似合いそうだもんな、浮き輪」
 なにやら諦め口調のリュウジであった。まあいいか。

 さっそくひと泳ぎ、とそれぞれ散っていった。
 リュウジとノブオはものすごい勢いで、ブイのところまで競争の様相。
 オレは持参の浮き輪でのんびりを決め込んでおり、ちょっと泳いでから何か考えた末に一度砂浜へ戻ったダイゴは、海の家からタイヤチューブの大きい浮き輪を借りてきてた。
「なんだ、ダイゴもやっぱりのんびりしたいんだ」
「押忍。というか、実はあまり泳ぎは得手ではないのだ。この年齢で浮き袋もどうかと躊躇していたのだが、ハヤトがいれば照れもないゆえ、甘えてみた」
「あれ、そう? ダイゴって運動なんでも得意だと思ってたんだけど。意外だな」
「筋肉の比率が大きいらしいので、あまり浮かないのだ」
「あ、そうか。柔道家のそんな話、聞いたことあるな。鍛えてる成果なんだ。すごいな」
「そう言ってもらえると助かるな、ハヤト」
 ダイゴがめずらしくはにかんだように言った。

 しばらくして一旦水から上がって小休止していたとき、浜の上の国道から声が呼んだ。
「お前たち、今日は海水浴か?」
 声の主はマウンテンバイクに跨って、道からオレたちを見下ろしている。
「オウ、赤ジャージ!!! 仕事あがったのか。お疲れだったな」
「まあな。リュウジのような生徒がいなければ非番なんだが。仕方ないことだ」
「何言ってるんだよ。それが仕事なんじゃねぇか」
 なんてリュウジがぶつぶつ言ってる。小声なのは済まない気持ちなのかも。
「おお、いいことを思いついた。リュウジ、ハヤト。来週のお前たちの補習のとき遠泳をしよう。それに参加したら補習2日分とするのはどうだ?」
「オウ、それ賛成だぜ赤ジャージ!!! 俺、何時間でも泳げるからな」
「ええと……オレは普通にプールのがいいんだけどな。ダイゴもそう思うよね?」
「いや、俺は補習ではないのでな。悪いが」
「あ、赤ジャージ先生、オレもいいこと考えたっス!! ビーチバレーどうっスか? それだったらオレ、ハヤトさんにコーチできるっス」
「って、ノブオ。いい加減なこと言うんじゃないよ、まったく」
「それも悪くないかもしれん。よし、よく考えてみるか」
 じゃあ来週を楽しみに、と赤ジャージは颯爽と国道を走り去った。なんか不安だ。

 そのあとビーチバレーならぬビーチボール合戦を挟んで、昼食ということになった。
 海の家に入って、この時期ならではの味わいを堪能することにした。
「夏におでんって、海の家でしか喰わなくねえ?」
「そうっスね~、兄貴。海に来ると食べたくなりますもんね」
「確かに。夏場は余らすと鍋のまま保存するのも大変だからかもしれんな」
「うちはたまに出てくるよ、夏でもおでん。親父が急に食べたくなるらしくて」
「ああ、なんかわかる気もするな。親子してマイペースだな、さすがハヤトだぜ」
「うん。親父にそう伝えとくよ、リュウジ」
 なんて、わいわいやりながらの昼食だ。
「なあ、ダイゴ。俺らのクラス、いや、中学んときのな。同窓会とか、やんねえのか?」
 おでんの汁を飲み干して、リュウジが言った。
「ほう、同窓会。聞かないが。リュウジはやりたいのか?」
「あはは、リュウジ、うらやましいんだ」
「いいじゃねえかよ、ハヤト!!!」
 リュウジは必要以上の声をあげて、俺のほっぺたをつねった。なんだかいつもよりぴりぴりするのは灼けたのか、海水の塩分のせいなのか。
「しかし、リュウジが一声かければ皆集まるだろうな。その気ならば手伝うが?」
「そうか? うん……どうするかな」
「てゆーか、兄貴。なんで急に同窓会っスか?」
「ノブオ、それはね。昨日、玉城がさ――って、痛っ!!」
 またしても、さっきと同じところを攻撃してくるリュウジ。
「うるせえよ、いいんだっての、それは。放っとけや、ハヤト」
「なんで恥ずかしがるんだよ、リュウジは」
「別に恥ずかしがってなんかいねえって」
「ああっ、兄貴!! 興奮しないでくださいっス!!」
 リュウジとオレの攻防をおもしろがりながら、ダイゴが言う。
「玉城。ということは、森園あたりには筒抜けか。では俺の出る幕ではないな。その気ならば森園が仕切るだろう」
「そう思うか? ダイゴ」
「押忍。リュウジがそうなら、なんだかんだと森園も同じ気分であろうし。昔からどこか気の合うところがあるゆえな、ふたりは」
「そしたらそれを期待してみるか。もし森園がそんな気配じゃなかったら、俺がけしかければいいだけだもんな、ダイゴ」
「押忍。俺もそういう気分になってきたので、何かあれば手伝う所存」
 なんかいいな。同窓会か。オレも久々に昔なじみの顔とか、見てみたくなってきた。

 それから夕方までさんざん夏の海を堪能したオレたちであった。
 海の家でシャワーを借りて着替えをして、荷物を片付けて。
 昨日とはひと味違う体の疲れを感じながら、でも不思議と筋肉痛はやわらいでいるようにも思いながら町までの道を歩いていたら、ランニング中の野球部と出くわした。
「オウ、今日も精が出るな、野球部は」
 リュウジが声をかけると、先頭を走っていた森園主将が足をとめ、みんなもそれに倣う。
「まあね。我々は強くなるべき使命を負っているので。それより明日は我々の練習に参加する予定は? リュウジ」
「明日か。どうする、ハヤト?」
「え。オレに訊く? いいよ、リュウジに任せるから」
 ……逆らっても叶わないことはわかってるんだし。
「では時間があったら来てもらえれば。ダイゴも昼頃、どうだ? 時間はあるか? 3人で打ち合わせたいことがあるので」
「お、ダイゴと俺と3人で打ち合わせってことは、もしかしてあれか? 中学んときの」
 前髪を掻き上げて、森園主将は微笑んでリュウジとダイゴを交互に見た。
「おや、さすがリュウジだ。解ったのか。気の合う仲間は悪くない」
 やっぱりね、と思って玉城を見た。玉城もくすくす笑ってる。



   * 5 *
 
 
 海で泳いだ翌日も、やっぱりオレはリュウジに朝から補習に付き合わされて、当たり前のように野球部の練習にも顔を出した。
 昼飯時にはダイゴも現れて、学食でリュウジと森園と3人で中学のときの同窓会を開催すべく相談をしていた。
 午後になると、昼時の昇龍軒のバイトを終えたノブオも集合して、野球部14人+オレたち4人でちょうどいい人数になった、ということでまた紅白戦にかり出されて。
 うん、今年の夏はなんだかんだと運動してるな、オレも。言葉の意味そのままに、もう一皮剥ける寸前だし。海で日焼けしたから、だけど。

 そして数日が過ぎ、リュウジの数学と英語の補習は終了した。
 月曜日からはオレも参加必須の体育の補習があるわけで、またやれやれ、なんだけれどもとにかく土日はきっちり夏休みだ。
 土曜日の今日は、店でバイトの身。
 本当は今週ずっとそうやって小遣い稼ぎをしようと思っていたのに、親父はすっかりオレも数学と英語の補習の該当者だと信じ切っていたので、『学業優先』とか言われてあっさりと断られた。親父はオレの通知票なんて興味ないからな。しょうがないか。
 日中は仕事のあれこれを手伝って、汗と油のにおいを髪とつなぎ服にしみ込ませてた。
 ここのところの健康的な運動生活のおかげか、たいして疲れもしなかった。
 
 店が閉まったあと、シャワーを浴びて夕飯を食べて、そうしたあとにオレは愛車をガレージから引っ張り出してエンジンをかける。
「おや、お出かけか。我が自慢の働き者の息子よ」
「あれ、珍しい。『息子』の前に褒め言葉がついてるじゃん」
「わっはっは。俺ははからずも感心しておるのだ。ハヤトが愚痴ひとつ言わずに長時間汗だくで仕事をしたことにな。健全な精神は健全な肉体に宿るというのは本当だな、と」
「ああ、確かに。ここんとこオレ、筋肉使ってるからね。なんだかんだ」
「よしよし。あとは己のマシンに愛をもって接することもこの仕事をする上では不可欠だからな。存分に走ってこい、ハヤト」
「うん。行ってくる」
 親父に見送られて夜の道へ乗り出した。
 ここ1週間というもの昼間はぜんぜん構ってやる余裕がなくて、夜にほんのちょっとだけ走るのが関の山だった愛車との時間を、今夜は好きなだけ楽しもうと思った。
 本当はリュウジたちを誘って連れ走りしてもよかったんだけど、今日はなんとなくひとりで走りたい気分だった。
 たまにはいいじゃん、愛車とふたりっきりで語りあうのも。なんて。

 大回りに町を回って、灯りの消えた学校を一周。そのまま続く道を走って、鬼浜町商店街を抜ける。昇龍軒はまだのれんが出ている。カブは出動中みたいだ。ノブオが出前に行ってるのかも。
 道は川沿いへとさらに続く。春には見事に咲いていた桜の木々は、昼間見たらみずみずしい枝葉を誇っているんだろうけど、こんな時間には漆黒のひさしとなってオレの頭上を覆ってる。風が吹いたらさわさわと葉擦れの音をたてるのは想像できるものの、今現在はオレが風そのものだからその音はわからなかった。
 川が海に注ぎ込む地点にある信号を曲がると、そこは海沿いの国道だ。
 潮風。昼間とはちょっと違う匂いがするような気がする夜の潮風。
 うん、やっぱりいいね、夏は――今年ほどそう思ったことはなかったかもしれない。
 そしてオレは国道をひたすら西に向けて走ってみた。
 今日も愛車のご機嫌は上々みたいだ。いい音してる。

 気がついたらとんでもなく遠くまで来ていた。愛車のご機嫌とオレの気分がぴったりと重なったから全然そんな感覚じゃなかったんだけど、青い看板を見たらすでに県境を越えていたようだ。
 昼間に来たらおみやげでも買って帰るか、なんていう距離をオレはひとりで――いや、愛車とふたりで走破していた。
 明日も店でバイトだし、と思ったところで道を引き返す気になった。
 いつもだったら往路とは違う道で帰っても楽しいところだけど、今日はこのまま海沿いを走って帰ることにした。なんだかそんな気分だったから。

 鬼浜町に戻ってきたのは、そろそろ日付が変わるころだった。
 来たときをなぞるように、鬼川の交差点で国道を逸れて町の方角を目指すことにする。
 通りかかったときに、あれ――と思った。
 河川敷の、いつもオレたちが集会するポイントよりもすこし川上にあたる場所に大勢の気配がわだかまっているのを感じた。
 ああ、あそこは暗黒一家がよくたむろしている場所だ。
 単車の速度をぎりぎりまで落として、見るとはなしに土手の上から眺めると、やはり一団は暗黒一家の人影であるらしいことが察せられた。
 それにしても、なんだか気配が妙な感じだ。何がどう、とは言えないんだけど、10や20では利かない人数がいると思われるその地点は、しんと静まっているように思えた。
 もちろん排気量が小さくはないエンジンをかけたまままにしている単車はあるので、まったくの無音というわけではないけれど、それにしたって、いつもだったらそれなりに騒いでいるんじゃないかと思われるのに――少なくともオレたちならそうだから――、なぜだかやけに音が少ない。

 何だろう、とは思ったけれども、こちらは単騎だし。妙なことになって因縁つけられても困るので深入りするのはやめておくことにした。オレにだって分別はあるし。
 なるべく噴かさないようにしながら、オレは何事もなかったように通常のスピードに戻して今度こそ町へと戻ることにする。
 立ち去り際、オレの多少鍛えた動体視力が捉えたのは、駐めてある単車の前照灯に浮かび上がったコウヘイらしき人影だった。見間違いじゃなかったら、大勢に向けて頭を下げる姿勢をとっていたような……まさかね。まあ、見間違いなんだろうけど。

 翌日はこともなく過ぎていった。店でしっかりバイトして、親父に時給50円アップの交渉をしてみたりもして。
 夜にリュウジに呼ばれて、ちょっとだけふたりで走った。
 ひとりで走るのもいいけど、誰かと一緒なのもまた違った味わいがある。
 それじゃまた明日、とリュウジと別れたのはわりと早い時間だった。
 明日からまた学校か――夏休みなのに、オレって残念な人だな、なんて考えながら布団に入って、気がついたらもう朝だった。
「ハ~ヤ~ト~くん!!! おはよう!!!」
 ほら。ほんの一瞬でもう朝だよ……。なんでいつもこうなんだろうな、オレ。

 体育補習の初日の行程は、つつがなく終了した。
 種目は水泳。プールから上がって、シャワー程度では塩素の匂いのとれない髪を拭って――リュウジもオレも、髪の毛ちゃんとセットしてないと別人みたいだから笑える――、着替えを済ませて校庭へ出た。今日も陽射しが強い。
 そこへ息せき切って駆けてくる、野球部ユニフォームがひとりいた。
「ああ、いたいた。リュウジ。よかった、間に合って」
「オウ、玉城。どうした? そんな全力疾走して」
「いや、あんまり時間ないからね。練習抜け出して来てる身なんで」
 玉城の指が示す方向には野球部の面々がいつも通りの練習風景を繰り広げている。
「何だ。これからそっち行こうと思ってたんだぜ、俺は。なあ、ハヤト?」
「あ、悪い。オレ、今日は昼から店番頼まれてるから帰らないとまずい」
「そう。けど、リュウジだけでも来るんだったら焦ることなかったんだ、僕」
 うはは、と笑うファニーフェイスの玉城であった。

 それじゃ戻ろうか、という足並みのオレたちである。オレはそのまま帰るけれど、校門まで一緒に、と。玉城は歩きながらリュウジに用件を話しはじめた。
「いや、それがさ。僕らの同窓会の話あっただろ? それが昨日でね」
「ああ、そうだったのか。盛り上がったのか?」
「うん。それなりに。でね、そこで仕入れた情報があって」
 そこで玉城は歩みを止めた。おや、と思ったリュウジとオレも足を止めて、一歩遅れた玉城を見る。
「コウちゃん、やっぱり成績優秀らしいよ、暗黒水産で」
「ほう。そうか。まあ俺らにゃそんなに関係ねぇけどな、ハヤト?」
「うん。まあ、そうだね。そういう意味で勝負してるわけじゃないし」
「直接はね。でもさ、この話はちょっと関係あるかも、って思って、リュウジたちに報せる気になった。コウちゃん、学校に成績を認められて海外留学に推薦されてるって」



   * 6 *


「な――海外留学だと? コウヘイがか?」
 リュウジはそれだけ言って、目を思いっきり見開いて情報源の玉城を見ている。オレも大差ないリアクションを取っているんだと思う。
「うん。そう。暗黒水産とは姉妹校の関係にある外国の、ええと……オーストラリアだったかな。そこの学校の生徒と、長期で交換留学しないかって学校に言われてるってさ。マグロだかの養殖がどうとか言ってたかな」
「マグロの養殖? そんなことできるのか?」
「ああ。聞いたことあるな、オレ。どこかの大学で成功したって。っていうか、高校生がそんな大層な勉強するってこと?」
「僕も詳しくつっこんできたわけじゃなくて。とにかくそんな話を聞いてきたってだけ」
「マグロ……留学。奴が、か?」
 リュウジはよほど衝撃を受けたのか、いつにない複雑そうな表情を作っていた。
 
 校門の前で、オレは先に帰るべく玉城に向かって、じゃあまた――と手を振る。
 リュウジは玉城の横からオレの隣へ立ち位置を移動して、オレと一緒に玉城にまたな、と軽く声をかけた。
「あれ? リュウジ、野球部見に行くんじゃなかった?」
「ああ――悪い、玉城。今日ちょっと俺、用事あるのを思い出したぜ」
「そうか。まあ、好きなときに遊びに来てくれたらいいよ。いつでも歓迎だし」
 それじゃあね、と言い残して、玉城は再び全力疾走で部員たちの輪に戻っていった。

 突然方針転換をしたリュウジと、なんだか黙然と歩いた。日頃だとリュウジの歩調に合わせて速くなりがちな道行きは、今日に限ってやたらと緩慢だ。
 ジジ、ジ――と街路樹にとまったセミが鳴いてる。
 リュウジは不機嫌という表情ではない。落ち込んでいるときの様子とも違う。
 本当に珍しく――わかりやすいタイプの漢らしからぬ、考え込んだ雰囲気のリュウジを見るのはいつ以来のことだろう。
 さて、どう扱ったらいいんだろ? そういう意味ではオレも珍しく戸惑っているらしい。
「リュウジ、今日はうちで昼飯食べてく? 昨夜おでんだったから、その残りでよかったら出せるけど」
「うん? ああ……そうか。昼飯な。それも悪くねぇか」
「OK、じゃあそうしよう。で、午後の店番つきあってもらおうかな」
「ああ、いいぜ。別に暇だしな」
 用事あるのを思い出した、ってのはやっぱり出任せか。まあ、相手がオレだから取り繕う必要ないもんな。ちょっとは信頼されてんるだ、オレ。
 
 オレたちが帰り着くと、入れ違いに親父が出かける番。今日は出張修理の仕事が入っているんだそうだ。その間の店番をするのがオレ、ということになっている。
 ちなみに先週は英語やらの補習――と親父が思いこんでただけなんだけど――だったからバイトNGと言われていたのに、今週は教科書のいらない体育の補習だから時間のあるときは小遣い稼ぎOK、なんだそうだ。これが親父の尺度らしい。
「おや、総隊長殿もお見えか。よければ我が自慢のよく寝る息子のお守りを頼む。アルバイト代はハヤトの時間給からの折半になるがね。わっはっは」
「いや、俺は別に何もいらねえから」
「む? リュウジ、どうかしたか? 声に張りがないようだぞ?」
「いいから、親父。急ぐんじゃないの? 遅れたらお客様に迷惑かけるだろ?」
 つなぎ服の背中を押して、マイペースな親父を外へ追い出した。世話のかかる親父だ。

 約束どおりに昨夜の残りのおでんで昼食をとることにした。
「我が家のおでん、うまい? 海の家のとは違うと思うけど」
「ああ、うまいぜ。ハヤトのお袋さん、料理上手だもんな」
「あはは、リュウジんとこなんか本職じゃん。較べていいのかわかんないけど」
「それはそれ、これはこれだろ。あったかいが味するぜ。なあ、ハヤト。からしあるか?」
「ああ、ごめん。はい、好きなだけ」
 なんて、食べてる間のリュウジはそれなりに普通だったと思う。いつも通りに、出せば何でも残さずに胃袋におさめてくれたし。
 けれども。食後に飲み物を買ってくる、と言ってコンビニへ出かけていったリュウジは、いつものいちご牛乳ではなくて珍しくバナナ牛乳を両手に戻ってきた。
 2本のうちの1本はオレの分だそうだ。
 それはそれ、これはこれ、でオレとしては悪くはなかったけれども、ストローを吸うリュウジはあんまりうまそうな顔をしていなかった。

 平日の昼間だし、店番そのものは忙しいわけではない。
 時々鳴る電話へ応対して、時々入ってくるお客様に挨拶をして。
 あとは、たまたま修理で預かっていた鬼工の仲間の単車を店の中のスペースで磨いたりするのがその日のオレのアルバイトであった。
 いつもだったら何くれとなくオレに話しかけてくるリュウジだけど、やっぱりおとなしいままオレの背後の木製テーブルに陣取って、雑誌をぱらぱらめくって時間を潰してる。
 オレは思い立って、口を開いてみることにした。なにげなくを装って、ウエスを握った手を休めずに、後ろを振り向かないままで。
「そういえば、土曜だから一昨日か。オレ、夜にひとりで走りに行ったんだけど」
「たまにはいいよな、そういうのも」
「うん。気がついたら県境を越えてた。気持ちよかったから、つい遠くまで行ってた」
「ハヤトは見境ねえもんな。単車と一緒なら」
 いつもなら何気ない会話のときにでも、何かと語尾に感嘆符がついたようなしゃべり方をするリュウジが、補習が終わってからというもの全く違った雰囲気だ。

 そしてオレはくるりと体の向きを変えて、リュウジを正面から見て話を続けた。
「それで、その日の帰りに河川敷で奴ら――暗黒一家の集会らしいやつに出くわして。ああ、オレは土手から遠目に見ただけだったから何もなかったんだけど。その時、やっぱり少し妙な気配だったんだ、連中」
「……うん? どんな具合だったんだ?」
「気配からすると、かなり大勢集まってたと思うんだけど、やたらと静かで。誰も大声出したりしてる感じじゃなかった。オレが通りかかったときにたまたまだったのかもしれないけど、何て言うんだろう。奴らが醸すような物騒な空気みたいのを感じなくて。おまけに、暗かったし低速ながらも運転中だったからオレの見間違いだろうと思ってたけど、もしかしたらあれは本当にそうだったのかも」
「あれって何だ?」
「うん。コウヘイがさ。取り巻き連中に向かって頭を下げてたように見えたんだ。それって、さっきの玉城の話と照らし合わせるとコウヘイがリーダーを辞する覚悟なんかを口にしたのかもしれない、と思って。海外留学するんなら有り得る話じゃない?」
「なるほどな。それは有り得るな、確かに」
 リュウジは雑誌をテーブルの上にばさりと置いて、腕を組む。

 一瞬の間をおいて、数時間ぶりにリュウジらしい勢いの言葉がオレの耳へ入ってきた。
「ってか、やっぱり理解できねえな、俺には。コウヘイの奴、連中を従える身でありながらどっか遠いところへ行こう、ってのが。留学だか養殖だかが大事なことかも知れねえけど、俺だったら志の途中で道を逸れるなんて絶対できねぇぜ!!!」
「うん、きっとね。リュウジだったら絶対に」
「だろ、ハヤト? でもって、俺は奴もそうだと思ってたんだぜ? だから俺とは互角として認めてやってるんじゃねえか!!! 何も決着ついてねえってのに、納得いかねえ」
 組んだ腕をほどいて、リュウジはテーブルの上で拳を握っている。
「よし、わかった。俺がどうすりゃいいのかわかったぜ、ハヤト!!!」
 決然とひとつ頷いてリュウジは続けた。
「俺は納得しなきゃいけねえようだ。奴が頭を降りるにしろ、どうやったって奴との決着をつけないまま納得ができるわけねえんだ。やっと答えが出たぜ」
「そうか。だったらOKだ。いつものリュウジに戻ったな」
「ああ。こないだコウヘイに『理解力がねえ』って言われて腹立てたけどな、その意味も今になってやっと解ったぜ。俺は納得したいだけだ、ってことを理解するのにこんな時間がかかる奴だったんだな」
「まあ、突然聞いた話だったし。リュウジが複雑な気分なのもわかったよ、オレには」
「さすがハヤトだな!!! 俺、やっぱりハヤトと話してると正しい方へ行ける気がするぜ」
「あはは、そりゃどうも」
 リュウジは素直だな。ストレートすぎる表現だ。複雑よりもリュウジらしい。うん。
「よっしゃ。とにかくコウヘイを捜して問い質さねえとな。ハヤト、今夜付き合えるか?」
 オレが頷くのを見届けると、リュウジは喉が渇いたと行って外へ出ていった。
 おそらく今度はいつものいちご牛乳を手に戻ってくるんだろう。想像できてほっとした。



   * 7 *

 
 オレだったらどうだろう。やっぱりリュウジと同じように考え込むんだろうか。
 仮にオレの最大の強敵が決着のつかないままどこかへ去る――勝負を降りるのと同じ意味をもつ方向へ進もうとしたら、やっぱり複雑なんだろうか。
 確かにそうだろう。
 奴さえいなければオレの敵などいないも同然。けれども奴が『いる』からこそ、オレがオレとして在るような――仲間とは違った意味でやはり『いる』ことに意義がある存在っていうのは重要に思える。

 たとえて言うならジグソーパズル。
 『オレ』というタイトルのついたジグソーパズルがあったとして、1ピースずつ、それがどんな色や形のものでもすべてのかけらが意味を持っているはずだ。
 何かのはずみに1ピースだけ無くしてしまったら、『オレ』のジグソーパズルは本来のものとは違ってしまうんじゃないか。
 うまいこと代用品をこしらえたとしても、元々が一枚絵なんだからいくら似せたところでそっくり元通りにはならないだろう。
 無理に不在を埋めようとして四囲のピースを近づけたとして、そこは埋まるものではないし、確実に全体に歪みが生じてしまう。
 その不安定さ、不格好さはどれほど落ち着かないことだろう。
 おそらく昼間のリュウジの胸の内はこんな感じだったんじゃないだろうか。
 『リュウジ』という名前のジグソーパズルから《コウヘイ》のピースがこぼれ落ちたらどんな絵が完成するんだろう、とか、そういった具合の頼りなさ。
 ピースの欠落による己の無敵なんて、リュウジは望んじゃいないだろうから。

 夕方親父が戻ってきたのと、今度はリュウジが入れ替わりに帰っていった。
 じゃあ夜、あらためて集合な、の語尾に感嘆符をつけてオレに言ったリュウジを見て、親父は『よしよし』と頷いていた。よほど昼に見たリュウジの感じがおかしかったんだろう。そして、夕方には普通に戻っていた、っていうことなんだろう。

 夜の集合には、ダイゴにも召集がかかっていた。集合場所が昇龍軒だったので、いつの間にか居着いてしまったらしいアルバイト店員のノブオはそのまま居残りという格好。
 閉店後の掃除を終えた昇龍軒に集まったオレたちは、薄暗い店内の奥のテーブルで話すことになる。
 まずリュウジが昼間に玉城から聞いた情報をダイゴたちに話した。その後を承けてオレが土曜の夜に見た光景を聞いてもらう。
「というわけなんだが、俺はとにかく納得がいかねえんだ。奴が行くなら行くで俺がどうこうできることじゃねえのは解ってるんだが、一度決着をつけないことにはと収まらねぇ、って言うかな」
「リュウジの思いは理解した。挨拶のひとつもなしに、というのが筋ではないのだな」
「ですよね。兄貴は筋が通ってないことは大嫌いですもんね」
 リュウジが言い終えると、ダイゴもノブオも理解したようだった。
「うん。もしかしてこれから挨拶に来る予定とかはしてるのかもしれないけど、玉城に聞かされてからも悠長にそれを待ってるリュウジじゃないよな」
「押忍。玉城に話したということは、こちらの耳に届いていると考えるだろうしな」
「奴の出方はわからねえが、俺は俺の思うようにすることに決めたぜ!!!」
「兄貴、そしたら……?」
「俺から動くぜ、ノブオ。何が何でも奴を捜して話をつけてやる。話の後にどうなるかはその時次第だけどな!!!」
 リュウジが言うのに、オレたち3人はそれぞれ頷いた。
「OK。それじゃ行こうか、リュウジ。早いほうがいいだろ?」
「オウ、ハヤト。そうだな。けど、こんな時間から外へ出て、明日お前起きられるのか?」
「あはは……うん、まあ、大丈夫じゃない? いつもみたく起こしてもらえれば」
「あ、そうっすね。ハヤトさんも明日補習っスもんね。オレも心配っス」
「ハヤト。プールで居眠りはまさに危険ゆえ、考えた方がよいのではないか?」
「……ええと、心配かけて悪いね、みんな」
「本当だよな。ハヤトが単車以外の時でもしゃきっとしてたらな、ってよく思うぜ」
 もっともらしくため息をつくリュウジに向かってダイゴとノブオは頷いた。悪かったよ。
 
 さて、善は急げとばかりに夜の鬼浜町へ乗り出したオレたち4人であった。
 目標は暗黒一家の捕捉。いつもだったら適当に走ってるだけで会いたくなくても遭遇してしまうといった間柄なのに、この日に限ってどこをどう走っても奴ら一団を見つけることはできなかった。

 午前中は補習、午後は野球部に遊んで貰うか家の手伝い、ときどき昼寝。そして夜は暗黒一家を捜して走る――このサイクルが始まって今日で4日目だ。
 初日から昨夜までまったく収穫どころか手がかりさえも見つからないままだった。
 昼間は学校でリュウジが補習の仲間や野球部員たちに『ここんとこ暗黒一家を見かけた奴はいねえか?』と訊いていたが、何の情報も得られないうちに夜になって、そしてオレたちは今宵も走り回っている。
 そろそろ時刻は23時半だ。あとひとまわりしたら諦めて撤収といった頃合いのオレたちは、ひと休みがてら国道沿いのコンビニに立ち寄った。
 飲み物を片手に駐車場で話す。
「っていうか、逆に妙だよね。ここまできれいに出くわさないってのが」
「そうっスね。ある意味平和っちゃ平和なんっスけどね」
「押忍。願わないときに限って巡り会い、捜すとなると姿を隠すというのもな」
「まあな。そういう縁なんじゃねえの? 俺らと奴らってのは」
 そうかもしれないね、目配せをして、ダイゴと同じく首を縦に振る。
「とにかく、あとひと頑張りしましょうぜ、兄貴」
「オウ、そうだな!!! ノブオは今日もシフト入ってたのに悪いな。疲れてないか?」
「とんでもないっス、兄貴。何てことないですってば。オレ若いし。えへへ」
 なんて嬉しそうなノブオを見てると、こっちも頑張らないとな、なんて思うね。

 そこから国道を東に走らせて、暗黒水産を一周して、その向かいの林の様子にも耳をそばだてて、やはり連中の気配がないことを確認してから引き返すことにする。
 帰り道は鬼川の対岸の道を通って、海から数えて3本目の橋を渡って町内へ。
 そこから鬼浜町大通りを経て、いつもの河川敷の土手へ戻る。これが本日最後の捜索という腹づもりのオレたちである。
 土手の桜並木を徐行しながら河川敷の様子を窺う。果たして――
「あ、兄貴。あれは……?」
 ノブオがちいさく言って、指で示した地点。夜風があるのに何かがわだかまっている、そんな気配。
「……奴らだな」
 リュウジが応える。
 即座にリュウジのマシンは排気音を闇に轟かせ、河川敷へ下る舗装路へ乗りこんでゆく。
 オレもダイゴもノブオも、それについていく。前を行くリュウジの背中はゆるぎない思いを放っているようで、それを見ているだけで緊張感が増してくる。

 舗装路の途切れ目に単車を駐めて、リュウジを先頭に気配のする方に歩いた。河原の大きめの砂利を踏みしめるたび、ブーツの底にあたって音をたてる。
 標的まであと十数メートル。ここまで来れば確実にそれと見極められる暗黒一家の連中は、多数の構成員の大半と思われる人数が集結しているようだ。
 このあいだオレが土手から見たのと同じに無駄口を叩いている者は皆無。
 ただオレたちの耳に入ってくるのは――構成員どものつくる輪の中心が発生源の低い打撃音。それに続いて、足許の砂利を何かが擦る音。

 やはり誰も口を開く者はいなかった。
 無言のうちに、輪の中心にいたらしいふたつのうちの片方の体が輪の外へ押し出された。
 背中を砂利に横たえられ、誰かに介抱されている。口からは呻きが洩れている。
 見やれば似たような者があと3名ほど。どれも同じく倒れた兵と見て取れた。
 
 暗黒一家の輪の中で、コウヘイが咆えていた。
「次は誰だ。貴様等、誰でもいい、かかって来やがれ。他にいねえのか?」
 もはや疑う余地のないコウヘイの怒号がオレたちの耳に届く。
「だらしねえなあ、貴様等。俺は後を託す奴を求めているのだぞ?」
 場を満たす奴らの無言は、ある意味では雄弁だったのかもしれない。
「貴様等の中に俺を倒せる奴はいねえのか?」
 標的まであと数メートル――満を持してと言わんばかりに我等が総隊長が吼える。
「おい、コウヘイ!!! 俺がいるぜ!!!」



   * 8 *


 リュウジの声は、暗黒一家の負傷兵を除いた連中をこぞって振り向かせた。
「ちっ。貴様――相変わらず理解力に乏しい奴だなあ」
 低く、先程手持ちの木刀を唸らせた打撃音よりもさらに低い周波数でコウヘイは言う。「貴様、聞こえていたんじゃねえのか? 俺は俺の後釜を捜している最中でなあ。ということは考えるまでもなく貴様の出番はねえだろうが!!!」
「そんなこと俺が知るわけねぇっての!!! 俺はお前を倒せると思ったから名乗りを挙げただけじゃねえか――何か文句あるのかよ!!!」
 互いに腹の底からの咆吼を闇に放った両雄――リュウジとコウヘイの二者である。
 奴を取り巻いていた暗黒一家の人垣は割れて、コウヘイをオレたち4人の前に晒した。
 ひとときの静寂の中の対峙。リュウジが願ったコウヘイと真っ向の対峙であった。
 
 暗がりでの無言の視線の応酬を破ったのはリュウジだった。
「コウヘイ、お前、俺に何か言うことあるだろう?」
「別に何ひとつ貴様に言い残すことなぞ思いつかねえがなあ」
「何だと――? お前、俺に挨拶もなく逃げようって気なのか? それが隊の頭を張る者が取るべき態度だとでも思ってやがるのか? 見損なったぜ、コウヘイ!!!」
「くだらぬ戯れ言を持って来ただけならさっさと去りやがれ、貴様等。何度言えばわかるのだ。俺は貴様に構って時間を潰すほど暇ではないと言っているのだゴラァァァ!!!」
「そっちの予定を俺が慮る義理がどこにあるってんだよ!!! ともかく筋を通しやがれ、コウヘイ!!! 手前が張った頭を手前の都合で辞するのは勝手だが、俺とお前との間にある因縁を他の誰かに尻拭いさせようってのが俺には納得できねえんだよ!!!」
「ふん、抜かしやがる」
 誰かの単車の前照灯がコウヘイを白々と照らしている。発する笑みは不気味ですらある。
「どっちがだ!!! つべこべ言ってる暇はねぇんだろ?」
 オレの眼前を塞ぐように立ちはだかるリュウジの背。特攻服の内側の筋肉が小刻みに震えているらしいのは怒りのせいか、それとも武者震いというやつなのか。
「ああ、貴様と遊んでいる暇なぞ皆無だがな。引き揚げさせるには殺るしかねえか?」
「上等!!! 勝負だコウヘイ!!!」

 リュウジの宣言とともに、場の空気が一変する。
 居並んだ暗黒一家の連中は闘いの巷を奴らの総帥と我等が総隊長に譲るがために、立ち位置をそれぞれ数歩ずつ後ろへ移す。オレたちも少数ながらそれに倣った。
 
「うォりゃァァァァ――!!!」
「ウラァァァァァァァッ!!!」
 互いに最初の一撃ずつを繰り出す。
 リュウジは身を低く構えてコウヘイの下腹あたりに狙いを定めて拳を振るった。
 対するコウヘイは鋭いさばきで手持ちの木刀をリュウジの背めがけて振り下ろす。
 空気を切る乾いた音。続けて生身に攻撃が命中する湿った音。
 河川敷を吹き抜ける夏の夜風に、それらは流されずに見守る者どもの鼓膜へ届く。
 どちらも体勢を崩してはいなかった。どちらの口からも、呻き声は出てこない。

 ただ、両者とも倒れてはいなかったが次の攻撃を仕掛ける体勢へと先に入ることを得たのはリュウジの方だった。目を瞠る瞬発力があった。
「――ッの野郎……!!!」
 素早く振りかぶり、手刀を作ってコウヘイの手元へ強く叩きつける。
「……ぐッ」
 コウヘイの右手に握られていた木刀が転がる。リュウジはそれを輪の外へ蹴り出した。
 砂利が乱れる音が続けざまに聞こえてくる。
「素手で来やがれ、コウヘイ!!!」
「貴様、いい覚悟じゃねえか。その上によく吼えやがる」
「お前こそ黙れっての!!!」
 
 互いに握った拳が震えている音が聞こえるような錯覚。
 続いて錯覚などではなく、確かに相手の肉を捉える拳のめり込む音。
 数度にわたる応酬の末――両者ともに頬を打ち合い……

 そしてリュウジは最後まで両足を地面にしっかりつけて立っていた。

 倒されたとはいえ、コウヘイにも自尊心があったのだと思う。
 昏倒とまではいかずに、リュウジがそこで足許から視線を外してしまう前にコウヘイは上体を起こすを得る。
 普通ならゴンタあたりが出てきて助け起こしてやるような場面だったが、自力だった。
 敵ながら天晴れの執念を見た。

「……俺は未だ一番にはなれていねえのか。まだ成し遂げてはいねえのか――」
 掠れた声で呟くような、それは珍しいコウヘイの独白であったのだと思う。
 リュウジは腕を組み、見下ろして言う。
「何だ、コウヘイ? 何か言ったか?」
「ふん……貴様には関係ねえ」
 血の滲んだ口の端を、握った拳でぐいと拭いながらコウヘイは言った。
「ちゃんと挨拶する気になったか? 俺が勝ったからにはきちんと筋は通してもらうぜ。俺に断りもなく俺らとの因縁を一生投げ出すつもりだったんだからな、お前は!!!」
 リュウジは声を張ったが、コウヘイはそれには従わなかった。

 そしてゆっくりと立ち上がって、こちらには背を向けて仲間へと叫んだ。
「お前等、退くぞ」
 居並ぶ暗黒一家の構成員どもはコウヘイの宣言を承けて少々ざわめいた。
 とは言え、コウヘイに異を唱える口はひとつたりとも無かった。
 やはりコウヘイには強大な力があるんだろうな――なんて、今さらながらにオレは思う。
 立ち上がって仲間を一瞥したあとのコウヘイは、誰にともなく吐き捨てるように呟いた。
「今現在の立場でいる限り、俺はそう決めざるを得ぬということか――ふん、忌々しい」
 コウヘイの声はやはり掠れていて、近くにいても聞き取りにくかった。

 結局コウヘイはリュウジに挨拶することなく退いていった。
 付き従う大勢の構成員たちも終始声を荒立てずにゆるゆると土手を目指してゆく。
 なぜだかその中の幾人かがリュウジに向かって頭を下げてから立ち去っていた。

 すでに場にはオレたち4人だけが残されていた。
 闘いのあとの土埃を落としたいというリュウジが水際へ移動する。
 辺りの暗闇では不便かと思って、オレは土手の下に駐めてあった単車を移動してきて、前照灯を点してやった。
 リュウジは川の水で手を洗う。顔も洗いたそうだったが逡巡の末に取りやめたようだ。
「はい兄貴。これ使ってください。手拭いっス」
「悪いな、ノブオ」
 ノブオに頷きかけて手拭いを受け取って、川の水に濡れた肘から先をぬぐって――そうした後にようやくリュウジは胸の内を吐き出す気になったらしい。
「ってか、結局挨拶もなしか。コウヘイの奴、本当に餓鬼以下だぜ」
「確かにね。でも、言いにくかったんじゃない? 最大の強敵に対しては特に。別にコウヘイの肩を持つわけじゃないけど」
「押忍。そうかも知れん。しかも先程の様子を見るに、己の後継も決まっていなさそうだったゆえ。尚更かもな」
「そんなもんか?」

 川の流れはこんな夜でもいつもと同じに滔滔と。暗がりの中、見えはぜずとも水のゆく気配がする。
「……何だか知らねえけど、やっぱり納得いかねえな、俺は」
 喧嘩勝負に勝ったあとなのに、リュウジはすっきりしない声を出す。
「けど、俺も不意打ちのようなことしちまったしな。それにはコウヘイも納得してねえはずだよな? 奴、俺とやる前にも何人かと闘ってたようだったし。疲れてたところに乗りこんじまったようで後味悪いぜ」
 こんなときでもそう評せる漢なのだ。とてもリュウジらしいとオレたちは思っている。

 しばらく4人して、川からの風に吹かれていた。リュウジがどうしても納得できない様子で立ち去り難いらしくて、それを急かすつもりは誰にもなかったから。
 ふと、土手のほうから降りてくる単車の前照灯が見えた。単騎ではないようだ。
 ぼんやりと眺めているとそれらは真っ直ぐにオレたちのほうを目指して近づいてくる。



   * 9 *


 次第に距離を詰める数騎の単車。その姿が見分けられる位置まで迫ってきている。
 互いに絡み合うマシンの放つ音は3つだった。
 オレたちは、無言のままそれらが目前に停まる様をただ見ていた。
 腕を組んだリュウジを中心に立つオレたち。
 そして単車を降りて居並ぶ3人――ハンゾウ、ゴンタ、タカシである。
 皮切りはハンゾウだった。
 ハンゾウがそうするのに倣うように、ゴンタもタカシも同じ姿勢をとる。
 3人はオレたち――というかリュウジに向かって深く礼をした。

 何だろう、と思ってあっけにとられるこちらの同格3人は抜きにして、リュウジは不思議に思ったら口に出さずにいられない漢であるのはご存知のとおりだ。
「何だ、お前ら。奴の遣いで来たのか? そんなので俺が納得するわけねえだろうが!!!」
「違う。総帥は俺たちがこうしていることなんか知らない」
 リュウジに応えたのは、先に頭を上げてこちらに視線を送るハンゾウだった。両脇ではまだゴンタとタカシが頭を垂れている。
「奴が知らねえだと? ハンゾウ、お前ら勝手に俺らのところへ来たのか?」
「俺の独断で来た。俺と一緒に来ることはゴンタとタカシの個人的な判断だ」
 ハンゾウはそう言って、リュウジを真正面から見据える。そして――
 
「礼を言う、総隊長。今日は総帥と闘ってもらえて助かった。感謝する」
 ハンゾウは再度一礼をした。あまり響く方ではないハンゾウの声が風に舞う。
「うん? 何だ、それは?」
 リュウジはその展開に、不思議を通り越して驚いているようだった。
「別に感謝されることなんてした覚えはねえぞ、俺は」

 リュウジへのハンゾウの答えはこうだった。
「俺たちの誰もが総帥には何も言えなかったし、何もできなかった。それを総隊長がしてくれたことへの礼だ」
 早口で言ったハンゾウは一度ここで言葉を切り、息継ぎをしてから続ける。
「総帥の将来を考えれば、留学に異を唱えるのがいいことだとは思えないし俺たち如きにとやかく言う資格もない。けれども、やはり総帥がいての俺たちだというのは明白。俺たちの誰しもがどうしたらいいかわからずにただ憔悴していただけの数日間を、情けないと思ってもらっても構わない」
「周りくどいぜ、ハンゾウ。お前、一体何が言いたいんだ?」
 ハンゾウにしては珍しいと思われる長広舌に、リュウジは焦れたように口を挟む。

 それへ、今度は礼ではなく頷きを返してからハンゾウが言い継いだ。
「その話が出てからずっと、総帥はどちらを重視すべきなのか決めかねているようだった。留学するとしたら総隊長から、しないとしたら将来から逃げることになる、と。実際口に出してそう言っていた。さっき総隊長と一戦交えるまでは。それを経て総帥は決断したらしい。今現在、この町で一番であろうとする在り方を選んだようだ」
「この町で一番の決断だと?」
「ああ。総帥はこの町に存在すること、留学しないことを選ぶと言った。なぜなら――鬼浜町には総隊長がいるからだ」

 すとん――と音を立てて嵌ったような気がした。
 おそらく『鬼浜爆走愚連隊』という名前のジグソーパズルから欠落しそうだったひとつのピースが、すんでの所で元に戻った音。
 転がって行きかけたそのピースを、なんだかんだと言いながらも定位置に押し留めたのはリュウジで――それに対して感謝する、横に並んだ別のピースの絵柄たち。
 本当のところ、転がっていこうとするのを戻したのが結果的によかったのかどうかは誰にもわからない。
 けれども今現在の一枚絵からその部分が消えるとしたら、それはやっぱり居心地がよくないかもしれないから。
 たとえちょっと離れた部分を構成する絵柄だって、きっとそう感じるだろうから。

 ハンゾウにどう返したらいいのか、というような逡巡をリュウジはしていた。
 考えた末に口を開いて、目の前の3人へこう言った。
「おい、お前ら。悪いんだが、今日はここらで解散にしてもらえるか?」
「カイ――サン?」
「オウ、そうだぜ、ゴンタ。俺とハヤトな、明日は補習で、海で遠泳なんだよな。もう日付変わってるし、そろそろハヤトを解放してやらねえと明日海で遭難しちまうからな!!!」
 こんなとこで引き合いに出されるオレのちょっと情けないところが、多分リュウジの役に立っているんだろう。そう思ったら、それはそれで誇らしいことなんだ。きっと。
 
 ふっと頬を緩めてリュウジに、そしてオレにも視線を寄越してハンゾウは仲間を促す。
 そうしながらもハンゾウはこちらに向けてこう話した。
「総隊長。そのうち総帥からも説明させるのでとにかく今日のところは免じて欲しい」
「いや、 別にもういいぜ。奴にうだうだ説明されたって面白いとも思わねえし」
 一度言ったことを違える漢ではない――だからリュウジは納得したんだろう。
「ってか、ハンゾウ。お前、案外礼儀がわかってるんだな。敵ながら見直したぜ、俺は」
 それへはハンゾウは何も答えなかった。
「お前が後を引き受けるって言ったら、コウヘイも安心できたんじゃねえのか?」
「まさか。俺がその器だとは思えない。喧嘩で総帥に渡り合えるわけもない、ただの単車馬鹿だから。そっちと一緒だろう」
 そしてハンゾウは、一直線にオレを指さしてこう続けた。
「それに総隊長がそういう立場になったら、ハヤトを後継に指名するとも思えない」
「確かに。よくわかってるじゃん、ハンゾウ」
 またしても引き合いに出されたオレは、今度はつい、そう口に出して言っていた。
 大きく笑う声はなかったけど、否定する声もなく。でもちょっとは和んだかのな。

 ハンゾウ、ゴンタ、タカシのマシンはほどなく視界から消え去った。
 そしてオレたちにも、リュウジからの引き揚げの号令がかかった。
 オレは川岸まで転がしてきていた単車を牽きながら、4人で河川敷を歩く。
 気持ちの上で折り合いをつけたらしいリュウジは、ようやくすっきりした様子だ。
「妙なとこで時間喰っちまったな、ハヤト。お前、本当に明日大丈夫か?」
「うん。多分ね。起こしてもらえれば……きっと」
「もし明日辛いんだったら、いっそダイゴに代返頼んどくか?」
「押忍。俺でよければ何なりと」
「え、ダイゴに? それってちょっとキツくない? 普通にバレるような気がするけど」
「わははははは!!! ほんの冗談だぜ。真に受けるなや、ハヤト!!!」
「なんだ、冗談か。ちょっとは名案かとも思ったんだけどな」
「うはは、ハヤトさん。もう半分寝てるんじゃないっスか?」
「そうかもね。よい子は寝る時間ですからね、っと」
 なんていう軽口が戻ってきているオレたちであった。

「それにしたって、うまいこと赤ジャージにはめられたよな」
「え? どうかしたんっスか? ハヤトさん」
「いや、だってさ。こないだ『遠泳参加で補習2日分』とか言ってたよな、赤ジャージ。それなのに、遠泳の明日は補習の最終日だって話。カウントは普通に1日じゃん」
「わはは、細かいこと言うんじゃねえってば、ハヤトは!!!」
「……そうかな。細かいかな、オレ。いまひとつ納得できないんだよね」
「大きなことも小さなことも、何事も納得できるか否かはそれぞれ個人の裁量だからな」
 ダイゴにそう説かれるとなんだか自分の視野が狭いようでちょっと恥ずかしくなる。
 リュウジはどんな表情をしているんだろう。オレより前を歩いてるからわからないけど。

「まあ、代返は無理であろうが応援くらいはできると思うので。浮き袋を持って近くに控えておけばハヤトも安心か?」
「ああっ、ダイゴさん行くんっスか!! そしたらオレも行っていいっスかね、兄貴? オレはできたら兄貴と一緒に泳ぎたいっス~」
「オウ、ふたりとも歓迎するぜ!!! なあ、ハヤト?」
「そうだね。まあ、みんなで楽しめたら補習も悪くないんじゃない?」
「ハヤトにしては前向きなこと言うな!!! 上等だぜ」
 なんて言いながら、リュウジはオレの首に腕を回してくる。
「うわ、ちょ……オレ、単車牽引中で重いんですけど――」
「わはは。鍛え方が足りねえんだっての、ハヤトは!!!」
 
 奴らがいて、オレたちが在る。
 だから今現在、ここにオレがいる。仲間がオレのとなりにいる。
 そんな愛すべき日々を手放す勇気なんてオレにはないから――最大限に大事にしよう、そう思った。
 偶然というか奇跡というか。仲間と出会えたそんな縁。
 首の回りがちょっと暑苦しいけど、まあそれはそれでよしとしよう。



   *  完  *




 
 
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