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これまでのおはなし

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地元から20km



   * 1 *


 校舎の向こうに沈む夕陽。木立に響くひぐらしの声。おそらく本日最後のチャイムの音。
 とはいえオレが見聞きしているものたちは、慣れ親しんだ光景とはちょっと違う。
「ノブオ。お前、調理室ってわかるか? あっちの校舎の2階なんだが」
「あ、は~い、兄貴。多分大丈夫っス!!」
「よっしゃ。じゃそこ行って、おたま2つ借りて来てくれ。誰かしらいると思うから」
「了解でっス!!」
「リュウジ。火加減はこの程度でよいか?」
「そうだな――もうちょっと強くていいぜ、ダイゴ」
 リュウジの目の前のコンロにかかっているのは巨大な鍋だった。どうみても業務用。
 と、校門からこちらに向かってくる人影。ダンボール箱を抱えてる。近づいてみると鬼浜町商店街で挨拶したことのある顔だった。
「お、八百屋のおっちゃん!!! わざわざ配達してもらって悪いな。助かったぜ」
「いやいや、何てことないさ、リュウジ。これがおっちゃんの仕事だからな」
「ハヤト、受け取ってくれ。その中の大根3本洗って来い。あっちに水道があるからな」
「うん、了解。行ってくる」
 リュウジはいきいきとしていた。もちろんダイゴも、それからさっき買い出しに行った森園主将も。

 慣れ親しんだ鬼工とは違う、夕方の学校の校庭の隅。
 これから行われるのは、リュウジたちの同窓会だ。で、ここは彼らの出身校・鬼浜中学。
「どうせなら学校で同窓会しようぜ」と思いついたのはリュウジらしい。
「許可が下りたら一泊してみるのもよいかも」と提案したのはダイゴだという話。
 で、なぜオレやノブオが一緒にいるのかと言ったら、それは森園主将の案なんだそうだ。
「友達の友達だって友達になれると思わないか、リュウジ、ダイゴ。それに、食事は大人数のほうが楽しいだろう? 泊まりを考えるなら野球部の校内合宿で慣れている連中がレンタル布団の手配その他に役立てるはずだし」――森園主将のプランが成ったようだ。
 おそらくリュウジは、「ハヤトは役に立ちそうにないけど呼んでもいいか」ぐらいのことは言ったんじゃないかと思うけど、ともかく野球部とオレたちが準備係に任命された。

 さて、水道まで行って大根を洗って戻ってきたところ。
「助かったぜハヤト。そしたらそれ切って……いや、ハヤトは無理か。ダイゴできるか?」
「押忍。やってみよう。ハヤトはお客ゆえな」
「え。オレ、手伝い要員だろ? 切れるけどな、大根くらい」
「――お前、いちょう切りとかにしそうだからやめとけ」
 いちょう切りってのが何のことだかぴんと来なかったので、オレは冗談交じりに顔をゆがめて大根をダイゴに渡した。
 リュウジがだしをとっている巨大な鍋に入る予定のものは、どうやらちくわやはんぺん、さつま揚げ、ゆで卵その他いろいろのようだ。台の上にそれらが並び始めた。
「ああ、おでん作るんだ」
「まあな。夏のおでんの素晴らしさを広めようと思って――って、ダイゴ!!! それがいちょう切りだっての!!! おでんの大根はそんな大きさじゃねえだろうに……しかしノブオ、遅いな。迷ったか? ダイゴ、ここはいいから見てこねえか?」
 リュウジはえらくテンションが高いみたいだ。
 同窓生たちに連絡が行っている集合時間まで、確かあと1時間。そのとき再会する久し振りの顔をいくつか想像して盛り上がっているのかもしれない。

 予定の時間が近づいてくると、ちらほらと参加者たちが集まってきたようだ。
 どの顔も鍋を見守るリュウジや、すこし離れたところで炭をおこしているダイゴに久し振り、と挨拶をして回っている。
 そうしているうちに森園主将と野球部たちが買い出しから戻ってきた。
「やあ、みんな。だいぶお集まりのようだな」
 右手を挙げて言う森園主将は視線を浴びていた――主に女の子たちからの。そういえばリュウジに声かけてたのって、男が多かったよな……気づかなかったことにしておこう。
 ほれ、味見、とごぼう巻がのった小皿をオレに寄越してくれながらリュウジが言った――おでんは上出来。海の家のとも、うちのお袋のとも微妙に違ういい味だ。
「どうだ、みんな揃ったか?」
 出席者名簿を見ながらダイゴが答える。
「そうだな、大方。いや、まだか。秋山が来ていないようだ」
「アキか。あいつ相変わらず遅刻癖が治んねえのか。仕方ねぇな」
 言いつつ、リュウジはオレを見た。遅刻癖でオレを連想したんだな……仕方ないね。

 参加者の最後のひとり、というか一組が姿を現したのは、定刻から5分後だった。
 特別に点してもらったというナイター照明用の水銀灯が安定してきたころのこと。
「ごめん、遅れた!! 森園、すべり込みセーフ判定よろしく!!」
 はあはあ言いながら校庭を走ってきた長身ふたり組。片方はさっきリュウジが言っていた遅刻魔氏であろう。
 そしてもう片方、遅刻魔氏の友達と思われる連れは――
「あ……れ? もしかしてタクミ?」
「はい? さいですけど……って、もしやハヤト? なんでここにハヤトがいるのよ!!」
 立ち上がったオレ。乱れた息のまま立ちつくす見覚えのある顔。
 友達の友達は何とやら。森園主将は正しかった。
 鬼浜中学の同窓会に飛び入り参加のオレは、期せずして中学時代の悪友と久し振りの再会を果たしていたんだ。

 幹事の森園主将による開宴の挨拶をもって、鬼浜中学同窓会は始まった。
 あちこちで懐かしい話が花を咲かせたり、近況報告が飛び交ったりしている。
 途中で校舎から幾人か先生が出てきて混ざると、そこでまた話の種が出てきたり。
 宴会の主要メニューは鬼工野球部仕切りのバーベキューと、リュウジ作のおでんだ。
 手伝い担当の野球部と、オレとノブオは火の周りであれこれ焼いたり盛ったりしながらその光景を見てる。
 隣にいた野球部の玉城に声をかける。玉城もつい最近自分の中学の同窓会に出てたから。
「やっぱりいいもんだね、同窓会って。玉城のとこもこんな感じだった?」
「うん。懐かしい話ってのは盛り上がるよね。どんな小さいことでもさ。けど、今日のはそれだけじゃないね。主役の連れの人たちに昔自分たちの中で起きたことを話して聞かせる楽しみもあるみたいだから、より一層なんじゃない?」
「なるほど。森園主将はさすがに演出上手だな」
 視線をやると、森園主将は女の子たちに囲まれていた。やっぱりモテるんだ。

「おい、ハヤト!!! ちょっと来いや」
 鉄板からソーセージを1本もらったところでリュウジに呼ばれた。リュウジは森園主将とは対照的に男どもに囲ま……いや、何でもない。
「なに? リュウジ」
「今な。ハヤトのことが話題になってたんだぜ。なあ? ええと、アキの友達の……」
「タクミ、でいいっすわ。リュウジ隊長」
 にかっ、とオレの旧友はリュウジの横で笑ってる。その隣にいるのがタクミをここへ連れてきた秋山くん、だったかな。
「オウ。タクミがな、中学の遠足んときにハヤトとふたりで迷子になった話を、な?」
「そうね。あん時ゃ大変だったもんな、ハヤト。バスに置いていかれる寸前、っていう」
「ああ。そんなこともあったっけ。タクミと一緒に水族館でクラゲの水槽見てたんだよね。そしたら時間の感覚が麻痺しちゃって。館内広くて、出口がわかんなくなって」
 タクミと顔を見合わせて頷き合った。なぜか自分も追憶トークしてるんだな。
 ……まあ、懐かしいからいいんだけど、聞いてた連中にはうけるわけで。
「ハヤトらしい話だぜ」
「タクミらしくて笑える」
 同時にリュウジと秋山くんがこう言った。

「なんだ。俺らの仲間はどっちも似たもの同士か、アキ」
「それっぽい。さすが俺たち趣味が合ってただけあるな」
「趣味? じゃ秋山くんも漫画好きで喧嘩が得意だったり?」
「それじゃあれか。リュウジ隊長も女の子に弱いとかだったら笑えるわ」
 タクミとオレがこれまた同時に言ったら、リュウジと秋山くんは一瞬絶句。
 一拍の間をおいて、オレたち同時に怒鳴られてるし。
「ハヤト!!! 喧嘩は趣味ってわけじゃねえだろうが!!!」
「女の子に弱いのが趣味ってどういう解釈するよ、タクミ!!」
「リュウジ隊長もアキもそんな全力で抗議したらなおさら怪しいすわ。な、ハヤト」
 昔と同じくけらけらと高い声で笑うタクミにつられてオレも笑ってる。



   * 2 *


 参加者を数えてみたら50人を超えてたらしい、鬼浜中の同窓会。主役たちはそのうちおよそ半数だったとのこと。
 校庭での大所帯の夕飯を終えて――用意した食材はきれいになくなったようだ――、みんなで片付けをして。
 その頃になると同窓生たちとその友達もかなり打ち解け合っていて、初対面ながらもなかよくなったと思われる人々もいた様子。

 そのあとは校舎の裏手の土手から河川敷に降りて、みんなで花火をやった。これはさすがに校庭では許可が下りなかったんだそうだ。
 これまた大量に買い込んであった花火が次々と夜に咲く。
 火薬の匂いで鼻の奥がくすぐったい感じ。それそのものが夏の感覚だ。
 ダイゴが連発の打ち上げ花火に点火するのを見守っていたら、肩を叩かれた。
「ハヤト。ちょっと見てみ」
 振り向くと、タクミが口許に手を当ててくすくす笑いながら、あっち、と指で示す。
 見れば輪の隅の方、土手の真下でリュウジと、気の合う同士の秋山くんがふたり並んでしゃがみこんで、線香花火を持っている。
「ああ、線香花火。リュウジは長持ちさせるの巧いからな。秋山くんもそうなんだ?」
「違う違う。よく見てみ、って。ふたりとも花火に目が行ってなくね?」
「え――? あ、本当。火、消えてるみたいだ。じゃ何見てるんだ?」
 ふたりの視線を辿ってみる。と、行き当たったところにあったのは、ツインテールに髪を結った背のちいさな女の子。はしゃいだ笑い声を飛ばす元気そうな姿を追ってるようだ。
「あ、もしかして、あの子……?」
「な? それっぽいよな、ふたりして」
「うん。ふたりはライバル同士だったのかな、中学の頃」
 なんだか中学生時代のリュウジが想像できて微笑ましい。たぶんタクミも、秋山くんを見て似たようなことを考えているんだろう。

 花火が終わると自由行動となった。
「このあとは我々有志が企画を考えているので参加してくれてもよし、眠いなら寝るもよし、話したいなら話すもよし、恋を告白するならそれもよし、だ」
 森園主将がそう結ぶと、誰か『きゃ』ってな声を出した女の子がいた。さすが主将だ。
 鬼工野球部が用意した企画というのは、肝試しだそうだ。ほかにもトランプやボードゲームの用意があるとか。女の子向けにはタロット占いのサービス――これをできる部員がいたのには驚いた――も可能らしい。
「お望みならばダイゴも怖い話くらいは用意してくれるかもしれないが」
「いや、森園。それはやめておこう。洒落では済まんので」
 ……ダイゴの声がそう言うと、それだけでちょっと怖いよな。
 さて、オレはどうするんだろう。ひとまずリュウジの出方を窺うか、と思った矢先。
「あはは、やっぱりね。男子ってそういうの、意外と怖がるよね」
「べ、別に怖いわけじゃねえって!!! なあ、アキ?」
「と、当然!! リュウジの言う通り」
「じゃあふたりとも肝試し参加ね。リュウジもアッキーも」
 あらら、リュウジたちをけしかけてるのはさっきの、リュウジと秋山くんが目で追ってたツインテールの女の子じゃん。
 やれやれ、そこまで言われたら引けないよな、リュウジも。立ち位置がすこし離れているのを幸いに、オレはくすっと笑ってみた。
 鬼工野球部プレゼンツ・肝試し大会は、鬼浜中学の特別教室棟で開催されるらしい。
 かり出されたノブオはお化け役で参戦、ダイゴは『洒落で済まされない何か妙なこと』に備える係としてスタンバイ。リュウジは行きがかり上参加者となったようだ。
 ふたり一組で参加らしくて、場の雰囲気でリュウジは秋山くんと組むようだ。受付を見るに男女ペアもいるみたいなのに、ここに来てまで色気のないリュウジである。

「助かったな。オレに役目が回ってこなくて」
「言える。俺も命拾いだわ」
 にまりと笑いあう、タクミとオレは傍観者であった。
「俺、けっこうビビリだから、伝説作っちまいそうだもんな」
「オレはそういう気配には鈍感だし、お化け役は知った顔ばっかりだからそうでもないかもしれないけど。でもリュウジが微妙だからな」
 こんな感想をしながら、傍観者どもはお気楽にも校庭の隅まで歩いてきてた。
 夏真っ盛りの、むっとするような草いきれ。天には月が冴え冴えと。
 
 夜になってだいぶ涼しくなったな、なんて話しながらのそぞろ歩き。
「そっか。ハヤトはこっちに引っ越したんだったもんな。そういや地元でしばらく見かけないな、とかしばらく前にふっと思ってたりしたんだわ、俺」
 タクミは笑った。笑うと目がなくなるような表情がほんの数基ある外灯に照らされる。
「……忘れられてたんだ、オレ。影薄かったんだな。やっぱり」
「わはは。そういうこっちゃないっつーの!!」
 まだ笑いながらオレの背中をびしびし叩くタクミは、そういえばよく笑う人だったっけ。
「地元はどう? 変わらない?」
 オレが中学時代までを過ごした町は、海へ注ぐ川を上流に辿って20kmの距離にある。それほど遠くはないけれど、言われてみれば今となってはあまり立ち寄ることはないかな。
「そうね。あんまし。毎日見てるからかもしれんけど。で、どうよ? こっちの居心地」
「うん。オレには合ってると思うな。なんだかんだ毎日楽しいしね」
 ごく自然にそう答えたら、タクミは目を大きく見開いた。
「へええええ!! ハヤト――なんか変わったなあ」
「え、そう? どこが?」
「そうだなあ。俺が思ってたのは、ハヤトって、とっつきにくいのとは違うんだけど――ほら、俺も一緒でどっか抜けてるとこがあるってことで、まあ、それは置いとくとして、何てんだ? 日常が『楽しい』とかのキャラでなくて……そうね、もっとクールっての?」
「そう――かな? あんまり自覚ない……ああ、でも言われたことがないわけじゃないな。前は。最近そういう評価とはご無沙汰な気がするけど」
「へええ。見た目は相変わらずクールそうだけどな。んじゃ、本性は違ったってことか。俺ら中学んときの仲間の前じゃ、ハヤトは地を出せなかったんかな?」
「そんな自覚もないんだけど。あ、っていうか――そうか。オレ自身があんまり自分のことをわかってない奴なんだってことに気づいたのが最近かも」
 言ったオレにタクミは、おかしそうに、では断じてなく、なんかいい顔で笑ってくれた。
「そかそか。んじゃ、ハヤトはそれでいいんじゃね?」
 多くを語らなくても何かを察してくれる昔馴染み。旧友、なんて呼び方じゃなくて、きちんと『友達』でいないとダメなんだな、なんて思う。

 プールの前まで来たら、中に人の気配を感じた。水音と笑い声も聞こえてくる。
 おそらく調子づいたリュウジたちの同窓生が柵を越えて侵入したんだろう。
 月明かりにきらりと水しぶき。
「な、ハヤト。ついこないだ単車で地元通ったろ? 俺、ちょっと見たわ」
「ああ、うん。ちょっとね。ライバル関係の奴と地元の手前で出くわして、行きがかり上スピード勝負になって。その最中に通ったんだ。だから本当に通り抜けただけ」
「超速だったのはそのせいか。つーか、はっきり言って見分けられた俺ってすごくね?」
「だね。我ながらけっこう飛ばしてた覚えがあるよ。本当によく判ったな、タクミ」
 オレが言ったらタクミは誇らしそうに腰に手をあてた。そしてこう言ったんだ。
「な。俺、こう見えてもハヤトの役に立ちたいわけなんだぜ。遠い将来の話で悪いけど」
 えへへ、と、今度は照れたような笑い。いろんな笑いを持っていたんだっけ、タクミは。
「ん――? 何の話?」
「俺、将来は単車を作る人を目指してたり。だから理系大の付属高選んだし、っていう」
「あれ、そうだったんだ。知らなかった、オレ。全然」
「そりゃそうだわ。俺、今初めて言ったし。へへへ」
 なんかいいね。久し振りでもこういう気安い雰囲気って。
 
 その夜、リュウジたちがかつて学んだ教室という場所に敷き詰められた布団にくるまって、眠りに落ちる寸前にタクミと約束したことがふたつあった。
 ひとつはタクミと一緒に単車で遠出する約束。
 もうひとつは、オレたちも近々同窓会を開こう、っていう約束だった。
 どうか朝起きても覚えていられますように――。
 
 ……というか、深夜に目がさめたときにはそれをきちんと覚えていられてた。
 枕が変わったところで眠りが浅いなんてことはないオレを深夜に目覚めさせたのは、リュウジがうなされて叫んだのと、秋山くんが寝言で誰かに助けを求めたせいだった。
 よっぽど怖かったんだろうか、鬼工野球部の肝試し企画は――憐れみつつまた眠った。



   * 3 *


 朝起きると、広い教室にオレとオレの布団だけが取り残されていた。
「おい、ハヤト。いい加減起きろや!!! みんな布団たたんでるじゃねえか。まったく、お前ときたら。ほら、早く顔洗って来いっての」
「……だって、リュウジが夜中に叫んだから、オレ起こされちゃってさ……」
「押忍、確かに。だがハヤトはほんの一瞬後には寝息を立てていたぞ?」
「……ダイゴ、ごめん。あと5分……」
 わかってる。いくら朝寝ぼけてたってこれが無駄な抵抗なことくらいは。オレにも。
 ともかくも布団をはがれて、リュウジにタオルを投げて寄越されて水道まで行った。
 歩きながら、ゆうべタクミとした約束を脳内で反芻できたことにほっとしていた。

 歯磨きしていると、鬼工野球部がユニフォーム姿で通りかかった。
「ハヤト、おはよう。もしかして今お目覚め?」
「ああ、玉城。なに? 今朝も練習だったの?」
 ……と言ったつもりだったけれども、口の中が泡だらけだったので玉城にはどう聞こえたんだか定かじゃない。
 一瞬意味を考えたあとに、ひとつ頷いて答えが返ってくる。
「そうそう。今日は鬼浜中の野球部と合同の朝練だったんだよね。ウチらと鬼浜中メンバーの混成チームで紅白戦やって遊んでもらってたとこ」
「それは朝からおつかれさま」
 また一瞬考えたあとの玉城が、いやいや全然、と言いながら去っていった。
 後に従う1年生くんたちは、寝ぼけ眼のオレにきっちりお辞儀してゆく。恥ずかしいな。

 女の子チームが用意してくれた朝食をいただいて、それから使った教室その他を掃除して、それでひとまず鬼浜中学の同窓会は閉会となったんだ。
「楽しんでもらえたようで、企画した身としては光栄だ。みんなの参加に感謝する」
 こちらこそ、なんて声のかかる森園主将の挨拶だった。それへリュウジもこう添えた。
「森園、幹事ごくろうだったな!!! またやろうぜ、こういうの」
「あ、あたしもリュウジに賛成っ。たまにはいいこと言うじゃん。ね、アッキー?」
 にぱっと笑ってリュウジに加勢したのは、ゆうべリュウジと秋山くんが視線を向けていたツインテールの女の子だった。
「な――なんだよ、たまには、ってのはよぅ……」
 リュウジが公衆の面前で語尾を濁すのなんて、オレ、聞いたことないかも。

 校門を出て解散になった。総勢50数名の参加者たちはそれぞれに散らばってゆく。
 偶然再会した悪友・タクミとはここでさよならすることになった。地元から単車で来ていて、それを秋山くんの家に預けているんだそうだ。
「んじゃハヤト、近いうちに連絡するし」
「うん、了解。今度こっちに来るときは、うちにも寄って。親父も大歓迎だから」
「うわ、懐かしいわ。ハヤトの親父さん、町内名物だったっけな」
 何を思いだしているんだか、タクミはぶふっ、と吹き出してる。……恥ずかしいな。
 それじゃまた、とごく自然に手を振って。オレたちの通っていた中学とは違うけれど、タクミと校門の前でそうするっていうことが懐かしい感じだった。
 きっと鬼浜中学の同窓生たちも似たような気分だったんじゃないかな。見ればみんなそんな顔をしてる。
 
 鬼工野球部の連中は朝練習からユニフォーム姿のままで、思った通りにランニングで去っていった。これから学校に戻って練習の続きをやるんだろう。
 それに対してオレたち4人は、至ってのんびりと歩いていた。たぶん散っていった参加者たちの最後尾がオレたちだったと思う。ただ単にのんびりの道行きだったわけではなくて、リュウジが店から持ち出した業務用の大鍋なんかを運んでいたせいもあって。
 それを店――鬼浜町商店街の昇龍軒に戻すのがひとまずのオレたちの作業だった。
 鬼浜中学から南に10分歩いたところが駅。ちなみに鬼工はその道の途中にある。
 さらに駅のすぐ先にあるのが商店街、という位置関係。
 
 歩きながら、リュウジが言った。表情にはひと仕事終えたあとの充実感がにじんでる。
「ダイゴ、おつかれだったな。仕切るのって大変だよな、あんだけ人数多いと」
「いや、俺は何もしておらんので。職員室に挨拶に行った程度か?」
「わはは!!! それが一番の大仕事だったじゃねえか!!! 少なくとも俺はごめんだぜ」
「なるほどね。リュウジは職員室と相性よくなさそうだもんな」
「まあな。それはそうとハヤトもノブオも、手伝ってくれてありがとうな」
「とんでもない!! 兄貴。オレ、楽しかったっス。誘ってもらって最高でした~」
「そうか、ノブオ。それなら俺も最高だぜ!!! ってか、本当に助かった」
 言いながらリュウジがノブオの頭をがりがりと撫でてやってる。ノブオ、嬉しそうだな。
「うん。オレも楽しかった。っていうか、オレはオレで同窓会させてもらっちゃったし」
「そうだったな、ハヤト。偶然ってのはおもしろいよな!!! それ考えても、いい企画だったんじゃねえの? なあ、ダイゴ」
「押忍。森園もそこまで予想していたとは思わんが、結果的にはな」
「とにかく、2度目もできるといいよな、ダイゴ!!!」
 と、リュウジが言ったところで駅が見えてきた。

 駅の向こうに家のあるオレだけど、今日は手分けして荷物を持っている関係で一旦昇龍軒までお供の身。とはいえ、つい習性で駅のほうに目がいった。
 入口にはロータリー、その向こうが駅舎。オレの視線は駅舎のほうへ向いている。
 そんなオレの目に飛び込んできた光景は、足を止めざるを得ないもので――
「あ……れ?」
「うん? どうかしたか、ハヤト?」
 一歩前を歩いていたリュウジがオレの様子を敏感に察して振り向いた。ダイゴもノブオもリュウジに倣う。
「ほら。あれ、コウヘイじゃない?」
「何? お、本当だな」
 見ればやけに大きなスーツケースを横に置いたコウヘイが腕組みをしているところ。
 その向かい側には20人ほどの男どもが並んでおり、声を合わせてこう言ったところ。
「いってらっしゃいませ、総帥」

「いってらっしゃい、だと? そんな大仰に見送られて、しかもあんな大荷物で――」
 大勢の声を聞き取って、リュウジはこう呟いた。
「もしかしてコウヘイ、やっぱり行くことにしたのかな?」
「行く、って、ハヤト――奴、マグロの養殖はやめたんじゃねえのか……?」
「さあ。オレにはわからない」
 事情が飲み込めないまま、オレたちは4人してその光景を眺めていた。
 仲間の挨拶を聞くと、鷹揚に頷いてコウヘイは歩き出す。スーツケースを牽いて駅構内に吸い込まれてゆくまで一度も振り返らなかった。
 微動だにせずそれを見守っていたコウヘイの仲間――暗黒一家の連中の中に動きが見て取れたのは、コウヘイの姿が見えなくなったあとのことだった。

「ウオオオォォォォォ――――ッ」
 雄叫びが駅周辺に響いた。
 どうした――? とオレたちが顔を見合わせる。
 駅舎の前の集団の、中のひとりが暴れているのが見えた。慌てて抑えようとする周囲の者たち。それを振り払って、ものすごい勢いでこちらに向けて駆けだしてくる暴れ者。
「うわ、なんだ?」
 すんでのところで暴れ者――ゴンタに体当たりされそうになったオレは、それを交わして呟いた。走り去ったゴンタは未だ絶叫している。
 ゴンタを追って次々に、暗黒一家の連中がオレたちを追い越して駆けていく。
「早く……早く追いかけないと!! ゴンタさんを捕まえないと町が壊れるぅぅぅ」
 追っ手の先頭のタカシが必死の形相だったのを見た。

 事情説明は、集団の最後にいたハンゾウが請け負った。リュウジが名前を呼ぶと、いとも簡単に追う足取りを奴は止めたから。
「おい、ハンゾウ。あれは何だ?」
「ああ――総隊長。もしも暇だったらゴンタの捕獲に手を貸してほしいとは思う」
「いや、暇ってか、忙しくはねえが……それにしたって、ゴンタどうしたんだ? ってかそれより、コウヘイの奴、あんな大荷物持ってどこか行くのか?」
「総帥は海外へ。それが何か?」
 こともなげに言うハンゾウに向けて、対照的にリュウジはいきり立った。
「海外だと!!! ハンゾウ、奴、留学はやめたんじゃねえのか? 話が違うぜ――俺には結局、ひとことの挨拶もねえのかよ!!!」
 ハンゾウの革ジャケットの襟を掴んで、リュウジは問い詰めた。 
 それへ涼しい顔でハンゾウは返す。
「総隊長、冷静に。ゴンタじゃあるまいし。総帥はしばらくの間、海外在住の親戚を頼って旅行するというだけのこと。ゴンタのあれはただの過剰反応。奴は総帥に懐いているので、置いて行かれて拗ねている。わかったら手を貸して欲しい。ゴンタの暴走を簡単に止めるられるのは俺達の中でも総帥だけだ」
 
 結局オレたちは荷物をその場に置いて、逃げまどうゴンタ捕縛に加勢した。
 標的まではかなり距離があったけれどもゴンタはそれほど走るのが速いわけではないようだ。それでもなかなか捕まえられないのは、ゴンタが追っ手を無差別に振り払うから。
 俊足のハンゾウとリュウジがゴンタに追いついたのは、期せずして昇龍軒の前だった。
 リュウジはさらにゴンタの前に回り、大きく両手を広げて制した。ゴンタは一瞬怯む。
「おい、ゴンタ!!! お前、止まれっての!!! これより先で騒ぎ起こしたらただじゃ済まさねえぞ? 鬼浜町商店街は楽しく平和にお買い物、が売り文句だからな!!!」
 足を止めたもののまだうなり声を上げているゴンタの両腕は、背後でハンゾウとタカシにねじり上げられていた。
 目前のリュウジに気を取られているゴンタの隙を突いたのはダイゴだった。
 ダイゴは拳を握り、ゴンタの体の斜め後ろに立って脇腹を狙ったんだ。
「ウオォォォォ……ッ――――」
 巨体をふたつに折って、ゴンタは呻いて――そして倒れておとなしくなった。
 その様子を見て、リュウジが言った。
「ノブオ。中入ってやかんに水汲んで来い。ハンゾウ、それ受け取ったらゴンタの頭にでもかけてやれや。ちっとは冷静になるだろうからな」
「ああ。恩に着る、総隊長」
「いや、その必要はねえ。俺はただ、ちょっとした事故から俺の地元を守っただけだぜ」
 鬼浜町商店街の入り口にある昇龍軒は、商店街の門番として機能しているんだな。

 騒動が収束して、暗黒一家の連中はゴンタの体を半ば引きずって駅の方に戻っていった。
 すこし落ち着いたらしいゴンタは、今度はすすり泣いていた。なんか切なそうに見えた。
 日頃のあれこれは抜きにして、ハンゾウやタカシは本気でオレたちに礼を言ってた。
 暴れるゴンタってのは仲間にとっても手に負えないんだな、なんて他人事ながらに同情してみたりして。

 そしてオレたちも一旦駅へ戻って、あらためて荷物を持って昇龍軒へと戻ってきたんだ。
 昼の開店前の昇龍軒のテーブルで、瓶入りコーラを振る舞ってもらってる。
「しかし、何だ。コウヘイの奴、海外旅行とは豪勢なもんだな」
 なんてリュウジが、気の抜けたような口調で言ってる。
「ああ、家が裕福だって玉城が言ってたね」
「まあな。それはいいとして、こうなるとしばらく暗黒一家も大人しくしてるよな?」
「そうかも知れんな。下手にゴンタを刺激するのはハンゾウらにも得策ではなかろうし」
「そうっスね。オレもそう……ああ、電話っス」
 言ってノブオは席を立った。さすがアルバイト店員の身のこなしだな。
「ともあれ、当面俺たちが平和ならそれに越したことはねえよな。俺らだってそうそう暇じゃねえし。何つったって、イベントが控えてるしな!!!」
 と、リュウジはオレを見て言った。
「ん? イベント? なんかあったっけ?」
「あ、いや、間違えたぜハヤト。今のは聞かなかったことにしろな。わはははは!!!」
「なんだよ、気になるじゃん。な、ダイゴ?」
 なんて、ごまかし下手のリュウジがオレたちに尋問されるのをノブオの声が遮った。
「兄貴ぃ、電話っス。実行委員長さんからっスよ~」
 呼ばれたリュウジはっとなって、そして慌てたようにノブオに返す。
「ああっ、馬鹿、ノブオ!!! 大きな声で実行委員長とか言うんじゃねえっての!!! それはまだ内緒だって言ったじゃねえか」

 なんだか知らないけど、ダイゴやオレにはまだ内緒の、実行委員長さんがいるようなイベントがあるみたいだ。
 放っておけばごまかせるだろうに、リュウジの反応からそれは簡単に見てとれる。
 なんだろうね、とダイゴと目を見合わせて、それからふたりしてくすりと笑った。

 何はともあれ、ここは鬼浜町。もしかしてこの先、昔のそこよりもオレにとっての『地元』と感じるようになるかもしれない町。
 仲間がいて、敵がいて。ときに平和でときに物騒で――いろいろあるけどオレには至極居心地のいいこの町を、ここから20kmの距離にいる仲間たちにも見せてやりたい、なんて思う。
 こういう気分こそが、タクミが感じ取った昔のオレと違うところなのかもしれない。
 タクミに連絡をとって、近いうちに昔の地元に遊びに行こう。
 オレの新しい地元の仲間たちも、声をかけたら付き合ってくれるかな。

 
   *  完  *




 
 
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