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これまでのおはなし

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カッ飛ばせ!! 

   * 1 *


 降りそそぐ太陽。心持ち湿気をはらんだ風。
 梅雨空け早々の好天に恵まれた今日、オレはびっちり学ランを着込んで、野球場のスタンド席にいる。

 「おまえら、声出してけや!!!」
 「オ~ッス!!!」
 「気合い入れてけや!!!」
 「オ~~~ッス!!!」
 スタンドに響き渡るリュウジの声。応える野郎どもの声──本日ここは我が鬼浜工高野球部の決戦の場なのだ。
 
 先週のことだった。
 「なあ、ひとつ頼むよ、リュウジ。な? 昔のよしみで」
 昼休みにリュウジのところを訪れた彼は、一心に拝み倒す勢いで何かを懇願していた。

 「ん~……、お前の頼みとあったら買ってやりたいところだがなあ」
 「大丈夫だって!! な?」
 「どうした? リュウジ?」
 「おう、ハヤト。あのな、こいつ野球部の主将でな。俺の昔馴染みの……」
 「野球部の森園だ」
 「あ、ども」

 名乗りながら握手を求めてきた男──森園主将は、一見するとスポーツマンとは思えないような容貌の人物。いわゆる美形タイプだった。縁なしの眼鏡をかけている。

 「で、その森園主将が何か?」
 「実は来週の、我が野球部の試合をリュウジに是非応援してほしいと思ってね」
 「野球部の試合──?」
 「いかにも。県予選のベスト16まで勝ち進んだのだよ」
 森園主将は、ふふふ、と不敵な笑みを浮かべていた。横ではリュウジがそっぽを向いて机に頬杖をついている。
 「へえ、ベスト16。そりゃすごいな。おめでとう」
 「どういたしまして」
 つと眼鏡を直す森園主将。しなやかで長い指だ。本当に野球部か?

 「それでリュウジは何迷ってるんだ? 晴れ舞台なんだから応援に行けばいいじゃないか。オレも行くから」
 「──!! って、おい、ハヤト!!!」
 なぜが慌てるリュウジ。そして満足そうに笑う森園主将。

 「よし、そうこなくちゃな。リュウジ、相棒さんもこう言ってるんだし、な?」
 「あ~~~、もう、ハヤトは余計なことを!!! いいよ、わかった。応援でも何でも行ってやるぜ!!! やるからにはビッと気合いの本気だぜ? いいんだな、森園よ?」
 「ふっふっふ、望むところだよ。じゃあよろしくな、リュウジ。そしてご協力感謝するよ、相棒さん」
 言い終えると、風のように音もなく森園主将は教室を出ていった。

 そして視線を落とすと、頬杖のリュウジのむすっとした顔──一体オレの何がヤバかったんだ?
 「ええと、リュウジ──?」
 「ハヤトよ、わかってて言ったか?」
 「な、何を?」
 「『応援行けや』、って。『オレも行く』、って。あのな、森園は俺に応援団長のまねごとを頼みに来たんだぜ? いいとこまで行ったのに、ウチに応援団がないから恰好つかねえんだ、って」
 「ええ、そりゃ知らなかったけど──」
 「ったく、面倒だぜ。俺、日射病とかになるかもしれねえからムリって言ったんだ」
 「日射病って……リュウジが?」
 「笑うんじゃねえよ。俺はデリケートだぜ。ってーか、ハヤト。お前も道連れだからな。まったくしょうがねえなあ」
 とか口では言いながら、案外リュウジは乗り気のようにオレには見えた。

 「はいはい。オレもお供するよ。やるからにはビッと本気で行くんだろ?」
 「ふん。当然」
 結局リュウジは頼まれると断れない性質なんだ。なんていい奴だ。不覚にも感動だ。
 
 午後の予鈴が鳴る寸前、森園主将が再び現れた。
 「ああ、リュウジ。言い忘れたけど対戦校は暗黒水産ってことで」
 「何ぃ? 森園よ、何故それを先に言わねえんだ?」
 「ふふふ、まあ、そういうことで。じゃ」
 ──それを聞いたリュウジの背後で、リュウジのオーラがめらめらと炎を出したような気がした。
 なんだか妙に嵐めいた予感がするのは──気のせいだといいんだけど。



   * 2 *


 我が鬼浜工業vs宿命の暗黒水産の、ベスト8を賭けた野球部の試合。
 鬼浜側スタンドの最前列中央に威風堂々と立つのはリュウジ。その横にオレ、逆側にノブオ。ダイゴは太鼓係を任命されている。

 リュウジを即席応援団長に駆りだした森園主将は、捕手で4番打者のようだ。
 「ほれ、カッ飛ばせ~~い、も~りぞの!!!」
 「カッ飛ばせ~、も~りぞの!!!」
 「打倒・宿敵暗黒!!!」
 「お~う、打倒、暗黒!!!」
 リュウジの先導に唱和する同胞たち。
 あ~、なんかこういうのって楽しいかも。

 ただいま試合は3回裏で鬼浜側の攻撃。スコアはいまだ0-0の状態だ。
 打席には森園主将。1塁と3塁に走者がいる。
 「そろそろ出るんじゃないスか? 森園サンの華麗なる打球が」
 大きく手を振りながら応援に参加するノブオが言う。
 「へえ、ノブオは森園主将を知ってるのか?」
 「ええ、ハヤトさん。オレの同級の奴が、ほら、あのピッチャーで。しょっちゅう話聞かされてるんスよ」
 「なるほどな。あいつはガキの頃から派手な演出好きだったからな。これだけの大舞台じゃ一発来る──!!!」
 「あ──打った!!!」
 狙いすましたかのようにバットを軽々と操る(ように見えた)森園主将は、白球をこれまた軽々と風に乗せて、空に大きな軌跡を描かせた。

 そして、打球は敵陣の応援席に吸い込まれていった──これがなんとホームラン。
 「よ~~~し、いいぞいいぞ、モリゾノ!!!」
 「いいぞ、いいぞ、モリゾノ!!!」
 「オラオラ、ダイゴ。もっと鳴らせやぁ!」
 「押忍!」

 一塁、三塁にいた走者が順に本塁に還り、そして森園主将が悠々と塁を回る。なぜかいる他校の女子たちの黄色い歓声が切れ切れに聞こえていて、それへ森園主将が手を挙げて応えている。

 我が応援スタンドは、いまや湧きに湧いていた。
 ダイゴの鳴らす太鼓の音、男ばかりの地を揺るがすかのごとき歓声。
 「ほらな、ハヤト。あいつってそういう奴なんだぜ」
 「ああ。納得」
 なにやら誇らしげなリュウジの姿。応援冥利に尽きるってもんだろうか。

 と──向かいの暗黒水産側の応援席が変に盛り上がっている様子を見せた。
 「あり? 兄貴、なんだかアッチが妙に……」
 気付いたノブオがリュウジに指で示した。
 「なんだ?」

 まさに森園主将がホームインしたその瞬間──
 グラウンドのナインは森園主将にエールを。
 スタンドの他校女子は黄色い歓声を。
 鬼浜の生徒のすべては熱い喝采を。
 暗黒の生徒の大半はため息を──ただ一部にわかに動きを見せる一団をのぞいて、だ。

 「誰か倒れたな」
 巨漢のダイゴが身を乗り出して見やる。目が細いわりには視力はやけに良い。
 「あらら、森園サンの打ったのが誰かに当たっちゃったみたいっスね」
 
 そして──オレの嵐の予感は的中したのだった。



   * 3 *


 「ゴラァ!! 鬼浜よ、いい度胸してんじゃねえか? 落とし前つけてもらおうか?」
 ドスの利いた声とともに現れたのは暗黒一家総帥・コウヘイ以下の馴染みの面々だった。
 隣りにハンゾウを従え、背後にはゴンタと──そしてゴンタの腕に抱えられて泡を吹いているタカシの姿。

 「あン? 何だとぅ?」
 唐突に凄まれて、リュウジは思わず眉を吊り上げて闘争ポーズをとる。
 「落とし前、って言ってるんだゴラァ!!!」

 やたらと怒り爆発の暗黒一家の面々は、明らかに試合の優劣への感情とは違う何かを剥き出しにして鬼浜側にやって来たようだ。

 「あわわわわ、あの、そんな落とし前って、健全な試合の最中に……」
 「ザコは黙ってろ」
 思わず、といった具合で言ったノブオがコウヘイに睨まれた。慌ててダイゴの後ろに逃げ込むように匿われる。

 「おい、いきなり来てザコはないだろ?」
 こう言ったオレには、コウヘイは一瞥をくれただけ。物騒にゴキゴキと指の関節を鳴らしている。

 「説明してもらおうじゃねえか」
 オレを制してリュウジがコウヘイの前に進み出る。ビッと胸を張り、威風堂々とした学ラン姿が見る者を圧倒する──もちろんコウヘイには通じるわけはないが。

 「ウチの可愛いタカシが痛い思いをさせられたって言っているんだ」
 応えたのはオレの個人的宿敵のハンゾウだった。

 どうやら森園主将の鋭い打球はタカシを急襲した、ということか。
 被害者のタカシは、未だゴンタの腕の中で朦朧としている様子だ。
 「オレのギター……」
 うわごとのように何やら呟いている。

 「ふん──事故じゃねえか。落とし前だと? 呆れるぜ」
 「いいから外へ出ろっつってんだろうがァ!!!」
 双方のリーダーが睨み合う。怒号があたりを揺るがす。
 「おう、望むところよ!!!」
 「って、おい、リュウ──」
 おいおい、それはヤバいだろ、とオレは慌てかけた。

 「と、言いたいところだがな。今はそれはできねえぜ」
 「ふん、怖じけたか?」
 「そんなんじゃねえ。こんなとこで騒ぎを起こせるわけねえ、って言ってンだよ、解らねえのかよ、ダボがあ!!!」
 腹の底から吐き出すリュウジの凄まじい怒号。

 見やると、グラウンドの野球部員たちもこちらの様子に気付いたようだ。
 そしてリュウジは息を吸い、大声で言い募った。
 「俺は今日は応援隊長を任されてンだよ。俺の部下達を放っといて外へなんか出られるわけねえだろ!!!」
 ──掛け値なしの漢気を迸らせるリュウジの姿が炎天下に凛々しい。
 
 「そうだそうだ~!!!」
 「リュウジさん、カッコイイ!!!」
 「暗黒、帰れっ!!!」
 リュウジの雄叫びに勇気づけられ、鬼浜の生徒たちは口々に加勢しはじめる。
 それを聞いてリュウジは腕組みを解かずにコウヘイを睨みながら、大きく頷いている。

 「はいはい、そういうわけでお引き取り願います」
 オレは皆の意見を代弁するためにリュウジの横へ進み出た。リュウジがオレの肩に手をおく。
 「チッ、虫けらどもが」
 まったく納得した様子はないまま、コウヘイは捨てぜりふを残して、仲間を促し立ち去った。ゴンタが低く唸っている。
 
 「コウヘイ!!!」
 肩をいからせた後ろ姿をリュウジが呼ぶ。コウヘイは振り向かずに足を止めた。
 「続きは試合が終わってからだ!!!」
 「ふん、お楽しみはお預けか」
 
 嗚呼、嵐はまだまだ続く予感だぜ。
 


   * 4 *


 「おおい、リュウジ。どうかした?」
 先程華麗にホームインを果たした森園主将がベンチから出て、応援席のリュウジに大声を放った。
 「おう、森園。活躍ご苦労!!何でもねえぜ。小うるさい虫どもを追っ払ったところだ」
 「ふふふ、そうかそうか」
 「お前ら選手は安心して試合に集中してくれや。虫退治は俺らに任しとけ」
 「ああ、そうこなくっちゃ」
 森園がリュウジに笑みを投げかける。

 「やっぱりリュウジは頼り甲斐あっていい漢だね。男どもに慕われるのがわかるよ。ねえ、相棒さん?」
 つと視線をずらして、森園主将はオレに向かって言う。
 「ああ、ほんとにな」
 なんとなくオレと森園主将は目顔で頷きあった。

 「リュウジ、今日は野球部を勝たせてくれるよな?」
 「当たり前だぜ!!! 任しとけや!!!」
 とリュウジは声を張り、ダイゴに合図を送る。
 ダイゴの太鼓に合わせて、鬼浜応援席は声を出した。
 「兄貴、かっこい~~~」
 はからずも呟いてしまったノブオの気持ち──オレも同意するぜ。

 そして森園は満足そうに守備に戻っていった。途中、他校の女子生徒の陣取るあたりに手を振ってアピールするのも忘れない。
 
 さて、少々緊張を孕んだ幕間のあと、オレたちはいよいよ鬼浜工業野球部の応援に真剣に従事した。

 「いいか、お前ら!! 俺らの声で野球部を勝たすぜ!!」
 「オ~~~ス!!!」
 「今日勝ったらベスト……ええと」
 一瞬リュウジが躊躇したので、オレはちいさく耳打ちした。
 「ベスト8だ」
 「おう、そうだ、ベスト8だぜ!!!」
 「オ~~~~~ッス!!!」
 リュウジは既にカリスマ応援団長と化していた。確かにこんなリーダーシップを発揮する奴って、そうそういないのかもしれない。

 とにかく鬼浜工業の面々は、一丸となって輝いていた。
 応援席も、そしてグランドの野球部員たちも。
 
 試合はシーソーゲームを展開していた。
 件の3回裏の鬼浜3点先制のあと、5回表で暗黒に2点を返された。
 続く6回は両軍1点ずつを追加した。
 
 回を追うごとに我が応援席は盛り上がりを増し、同時に暗黒も盛大に声援を送っている。
 お馴染み暗黒一家の面々は、リュウジ以下のオレたちとは違って声出しの先頭に立っているのではなさそうだ。
 応援席の最前列に立ちはだかってはいるものの、むしろ静かに戦況を見守っているといった体。声というかヤジに近い怒号が、切れ切れに向かいのスタンドからときどき上がる。

 「ハヤト、モヒカンの姿が見えないな」
 「モヒカンってあいつのこと?」
 「ああ。帰ったかな?」
 あれでもリュウジは心配しているんだろうか。情に厚いというか、何というか。

 「どうだろな。ダイゴ、見えるか?」
 「ええと──」
 「あ、兄貴! いましたいました!!!」
 「見えるんだ、ノブオ」
 「ええ、ハヤトさん。ほら、あそこ」
 ノブオが示した先は、応援席の隅っこの、人影まばらなあたりだった。

 「なはははは。アイツ、まだ伸びてやがりますぜ」
 「ああ──あれか」
 かわいそうに、モヒカンのタカシはぐったりと横になっている様子。
 
 「そんなに当たり所が悪かったか?」
 「どうだろな。もしかしたら日射病かもしれないぜ、ハヤト」
 「ああ、確かに。あいつカラダ弱そうだもんな。そういやリュウジは平気なのか? 心配してた日射病」
 「俺か? あ、そうだな。忘れてたぜ」
 照れたようにリュウジが笑った。
 「そんな場合じゃねえもんな。漢の見せ所だぜ」
 ぐっと拳にチカラを入れる我が鬼浜工業・即席応援団長は、すこし日に灼けた顔になっていた。



   * 5 *


 試合はいよいよ終盤。7回裏に暗黒水産が2点入れて、ついに逆転を許した。
 8回は両者無得点に終わり、9回表もノースコア。

 ついに迎えた最終回。スコアボードは5-4──1点のビハインドで臨む9回裏、鬼浜工業の最後の攻撃だ。

 「おめえら、ここで声出さなくてどうすんだ!!!」
 「オ~ス!!」
 「全開でいけや!!!」
 「オ~~~ッス!!」
 「ほ~れカッ飛ばせ~い、オ~ニハマ~!!!」
 「カッ飛ばせ~、オ~ニハマっ!!」
 リュウジに唱和する我が鬼浜の面々たち。
 すっかりこの場はリュウジが仕切ることへ、すでに誰もが疑う余地もなかった。

 先頭は1番打者──ノブオの同級の投手だ。彼が森園主将のサインを受けて初球打ちで出塁に成功した。
 続く2番打者の犠牲フライで、1番打者は2塁へ進む。

 迎えた1アウト2塁で、打席に向かうのは3番打者。
 「ね、ハヤトさん。知ってます?」
 「ん? 何だ、ノブオ」
 「あの打者、赤石さんっていうんですけどね」
 ノブオが指さした先には、後ろ髪を伸ばして束ねた細身の男がいる。
 しかし鬼工野球部は、森園主将からしてそうなのだが、ちっともスポーツマンらしからぬ風貌の奴ら揃いだ。

 「ダイゴさん、同級でしたよね?」
 「おう、いかにも」
 ちょうどダイゴが太鼓の手を止めた瞬間にノブオが水を向けた。
 「で、赤石さんね。伝説の勝負師の血統なんですって」
 「は──?」
 「まあいいから。見ててごらんなさい」
 人差し指で鼻の頭をこすりながらノブオが言った。
 何やらわからないまま、オレは打席を凝視する。
 「あの人、きっと何かやりますぜ」
 
 「なんだノブオ。お前さっきからやたらと詳しいな」
 何本か素振りをする赤石とノブオを交互に見て、リュウジが言った。
 「へへっ、でしょ~? 兄貴。オレ、今日のために勉強したっス」
 誇らしげなノブオをよそに、審判の「プレイ!」の声が微かに聞こえてきた。

 リュウジが声を張り、従うオレたちも声の限りにエールを送る。
 ダイゴも力強く太鼓を鳴らす。
 男たちの怒号がスタンドを揺らす。
 
 そして──ノブオの言うところの「何か」がやってきた。
 勝負師の血統という赤石の放った痛烈なファウルボールは、またしても狙い澄ましたかのように暗黒の応援席の隅を掠め──

 「あ──れ?」
 「ああっ、また誰かに打球が──!!!」

 そもそも今日、奴はついていないだけに違いない。
 今度はオレにもはっきり見えた。
 ファウルボールの描く放物線のなれの果てにあったものが、どこかで見慣れたピンクのモヒカンだったことが。



   * 6 *


 打者・赤石の運んだ白球は、暗黒一家のタカシへ2度目の試練を与えていた。

 「おお、また狙い澄ましたかのように飛ぶもんだな」
 「ってリュウジ、感心してる場合じゃないような──」
 「そうっスよ、兄貴~~~、またヤツらこっち来ますよぅ」
 ノブオが泣きそうになっている。

 「ふん、来たらその時ってもんだぜ。それにさっきコウヘイとは漢同士の約束をしたじゃねえか、なあハヤト?」
 「はい?」
 「決着は試合が終わってからだ、って」
 さすが正義一貫がモットーだけある発言だ。リュウジはこういうところ純粋なのだ。

 「確かに、まだ敵陣に動きはないようだな」
 「そうだろう? ダイゴ。オラ、お前ら、ここが最後の踏ん張り所じゃねえか!!! 気合い入れ直してけや!!!」
 「押忍!」

 オレやノブオの心配をよそに、リュウジの言ったとおり試合終了まで暗黒一家が騒ぎを起こすことはなかった。
 ただ、気付いたときには敵陣応援席から暗黒一家の姿は忽然と消えていた。
 「病院でも行ったのか──?」
 そんなオレの独り言は、やにわに起こった歓声にかき消された!!!

 タカシにファウルボールを命中させた赤石は、今度こそ打球を三遊間へ運んだのだ。

 「おおおおお、~~~!」
 「やったぜ、赤石!!」
 「これはいけるぜっ!」
 「いいぞいいぞ~~~!!!」
 もはや鬼浜応援席は怒号のるつぼと化していた。

 「よっしゃあ!!! 燃えてきたぜ、なあハヤト!」
 日やけと興奮でますます頬を上気させて、リュウジは拳を突き上げた。
 「ああ。勝負どころには強いな、ウチは」
 「当然!」
 
 1アウト1、3塁──3回に得点したときとそっくりのシチュエーション。一本出ればヒーローという絶好の機会を逃すような男では森園主将はなかった。 
 颯爽と打席に入る森園主将の姿は、どこか艶やかですらあった。
 
 初球。森園主将は軽々とバットをかまえ、迷わずに風のようにスイングし──

 「うおおおおおおお!!!」
 「モリゾノ! モリゾノ!」
 「鬼工、天下無敵!!!」

 演出の天才だ、森園という男は。
 追い風にのせるといった恰好で白球をバットから放つ。
 そしてそれがサヨナラホームラン。

 「やったあ!!!」
 割れんばかりの歓声の中、誰よりもうれしそうな顔のリュウジがオレに飛びついてきた。
 「ああ、最高だぜ!」
 オレは応えて、リュウジと肩を組んだ。
 「あにぎ~~~、よがったっス~~~」
 ノブオは涙声だし。
 「南無……」
 ダイゴは懐から数珠を取り出して何かに拝礼しているし。
 ああ、なんという充足感──こういうのって純粋に感動するね。

 試合終了のグラウンドでは、両校選手たちが握手を交わしている。
 何かにつけて因縁の鬼浜工業と暗黒水産だが、野球部員たちの表情はすがすがしい。
 応援席では、誰も彼もがリュウジに握手をせがみに来る。
 どの顔もうれしそうで、オレもうれしくて。
 だから、忘れていたのだ。

 ──「続きは試合が終わってからだ!!!」
 ──「ふん、お楽しみはお預けか」
 この決着をつけるのはこれからだということを。
 


   * 7 *


 「待ちくたびれたぞ、ゴラァ」
 試合終盤に姿を消した暗黒一家の面々は、野球場の外でオレたちを待ちかまえていた。
 こんなことだろうとオレたち4人は、ほかの生徒や野球部が撤収するのを見届けてから外へ出たのだ。
 
 凄味をきかせるコウヘイの目は、リュウジを睨め付けて離さない。
 ハンゾウは声もなくコウヘイの隣りを守り、ゴンタはその逆で獣のように唸っている。
 さすがに正気を取り戻したとみえるタカシは、氷の入った袋で頬を──球が当たったのはそこだったらしい──冷やしながらゴンタの後ろでうずくまっていた。傍らにはネックの折れたギターが横たえられている。
 
 対するオレたちは、リュウジを先頭にして3人が一歩下がって暗黒一家と対峙する。

 「一応訊くが、あれは事故か? 故意か?」
 「故意? まさか」
 ふん、と鼻で笑うように腕組みを解かずリュウジは応える。
 「どこにそんな芸当のできる高校球児がいると思うんだ?」
 
 ──本当は、試合終了後、声をかけに行った控え室で聞かされたのだ。
 「だって、野球の応援にギターは邪道だろ? 耳に障ったんだよね、あのパンク少年のギターが。だから、ちょっと黙っててもらおうかなと思って」
 森園主将はこう語った。
 「ええ? 嘘だろ? そんな、狙えるはずねえだろ? 第一スポーツマンに悪意なんかないんだろ?」
 「ふっふっふ、さすがリュウジは正義漢だね。だけど、本当さ」
 縁なし眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。
 森園主将をひいきにしている他校の女子は、きっとこんな瞳を知らないんだろうな。

 「ちなみに赤石のはまぐれだよ」
 「まぐれ──?」
 「ふっふっふ。狙ったのは暗黒のカシラさ。まだまだだな、赤石のやつ」
 「森園──お前ら……」
 リュウジは二の句を告げなかった。もちろんオレたちにも発する言葉は見つからない……。

 「とにかく決着だ、リュウジ」
 物騒な笑みで唇の端を吊り上げて、コウヘイは立ちはだかった。
 「おう、のぞむところよ!」
 リュウジの学ランの背中では、赤のたすきが炎のように風にあおられてなびいている。
 「1時間後、河川敷で」
 「ふん、逃げるんじゃねえぞ?」
 「なめんじゃねえ。誰が逃げるか」
 まさに鬼気迫るといった雰囲気を、さっきまでは健全だった野球場周辺に漂わせて、相対する両軍はいったん袂を分かったのだった。

 「お前ら──絶対に手出しするんじゃねえぞ」
 河川敷まで歩いて向かう間、鬼気を迸らせたままのリュウジが低く言う。
 「おい、リュウジ──奴ら本気だぞ?」
 「ああ、ハヤト、わかってる」
 「でも、兄貴……」
 「大丈夫だ、ノブオ。俺を信じろ。それからダイゴは念仏でも唱えていてくれ」
 「……押忍」
 思うところがあるのだろうが、こんなリュウジに意見できる奴は誰もいない。
 オレたちをとりまく、日の落ちかかった夏の空気が妙に爽やかだった。

 「遅かったな、コウヘイ」
 指定の時間を少し過ぎた頃、暗黒一家が登場した。
 「ふん、上等じゃねえか。逃げたりしねえでよ」
 「そんな御託はどうでもいい、さっさとケリつけようぜ」
 「いい度胸じゃねえか」
 コウヘイは指の関節を鳴らしながら、相変わらず物騒に笑んでいる。

 「コウヘイ──勝負は俺とお前のタイマンだ。あとの者は下がらせておけ」
 「おう、ますます上等だ。お前ら、邪魔すんじゃねえぞ」
 手下たちにそう言うと、ハンゾウ以下は黙って一歩下がった。

 「おい、お前らも余計なことすんなよ」
 「ああ──」
 オレはうなずき、ダイゴとノブオとともにこちらも一歩後退する。
 ダイゴは言われたとおりにちいさく念仏を唱えている。ノブオはうっすらと涙をうかべているように見えた。

 そして、決戦の火蓋が切られた。
 「やっちまうぞ、リュウジよ!!!」
 怒号とともにコウヘイが木刀をかざし、リュウジとの間合いを詰めた。
 「上等、来いやあ!!!」
 後ろで手を組んでリュウジは叫び──
 一瞬ののち、躍りかかったコウヘイの振り下ろした木刀は、手を背中に組んだまま立ちつくすばかりのリュウジをもろに直撃した!!!
 「──ぐ……っ」

 なんと一撃のもと、応戦することもなくリュウジは砂利にくずおれたのだ。
 そして、さらに3回ほど非情なる打撃がリュウジを襲う──リュウジはそれを黙って丸めた背中で受け止めている。
 
 「ああ!!!」
 「兄貴っ!!」
 オレたちは驚いて、リュウジのもとへ戻ろうとした。が。
 「よせ、来るな、お前ら」
 倒れたままのリュウジに制され、オレたちはたたらを踏んだ。



   * 8 *
 
 「何だ何だ、だらしねえなあ、リュウジ」
 あっけない幕切れに、コウヘイは満足していない様子がありありと見て取れる。

 「コウヘイよ、気は……済んだか?」
 リュウジの切れた唇から血がにじんでいる。
 「ふん、情けねえ。天下の鬼浜の総隊長がこの程度だとはな」
 「……」
 リュウジは何も答えない。

 「もう少し骨のある奴と戦いたいもんだ。なあ、お前等?」
 「フンガー!!!」
 「こんななら、タカシでも勝てたんじゃねえか?」
 「え、そうっスか?」
 「仕返しさせてやりゃよかったな。その腫れた頬のよ」
 「……」
 立ち上がろうともせず、リュウジは暗黒一家のやりとりを無言で聞いていた。
 ただ、握った拳に力が入りまくっていたのをオレは見た。
 
 「兄貴……っ」
 オレは興奮して何か言いたそうなノブオの肩を押さえこむ。そして言った。
 「さあ、暗黒一家よ。決着はついたぜ。今日はオレたちの完敗だ。リーダー同士のタイマン勝負、それが仁義だろ?」
 「フン、吠えてやがる」
 言ったハンゾウを睨み、オレは呼吸を整える。

 「まあいいだろう。今日のところはこれで勘弁してやる。鰯みてえな隊長以下のザコをヤったって面白くも何ともねえからな。おい、行くぜお前等」
 倒れたリュウジに向かって唾棄しつつ、コウヘイは低く言葉を吐く。
 そして、手下を促して河川敷を後にした──

 「あ、兄貴~~~!!!」
 「リュウジ!!」
 「大丈夫か?」
 コウヘイ達が遠ざかると、オレたちはリュウジのもとへと駆け寄った。
 「どうしちゃったんスか? あんな、一方的に……」
 「おう、ノブ……いてっ」
 鳩尾を押さえながらリュウジは苦しそうに笑っている。
 「お前たち、よくやったぜ。ありがとな」
 「え?」
 「余計なことしないでくれたから助かったぜ──つっ!!!」
 「痛むか? リュウジ」
 「いや、平気だ、ダイゴ。慣れてる」
 ようやく身を起こして、リュウジは砂利にあぐらをかいた。

 「リュウジ、わざと反撃しなかったんだろ?」
 「まあ、そんなとこだ、ハヤト」
 「ええっ、どうしてです?」
 純粋に不思議がるノブオに、リュウジは無理に作った笑顔を見せた。

 「ノブオ。リュウジはな、喧嘩したんじゃないんだ。ただコウヘイに一方的に襲われただけ」
 「だから、どうして、ハヤトさん!!!」
 「だって、今日は勝っただろ? 鬼工野球部」
 「ノブオよ、うちの野球部には次の試合があるってことだ」
 ダイゴが落ち着いた声でそう言うと──ようやくノブオはわかったようだ。
 「あ──そうか」
 「誰が見たって、あれは喧嘩じゃないだろ。喧嘩だったら両成敗で野球部も処分されるかもしれんが、やられるだけなら仮に人に見られても問題ないってこと」

 「まあ、でも、タイマン宣言聞かれてたらヤバいけどな」
 痛む箇所をさすりながら、リュウジが言った。ようやくすこし声に生気がもどっていた。
 「あんな汚ねえことも平気でしでかす、けっこうとんでもねえ奴らだが、ノブオも勝ってほしいだろ? 野球部に」
 「兄貴~~~!」
 感激したらしいノブオは、リュウジにすがりついて泣きじゃくっていた。
 「おい、だから痛えってば、ちょ、離せや、ノブオ!!!」
 「ううっ、ずびばぜん……」

 結局そういう漢なのだ──リュウジという奴は。
 ノブオじゃないけど実はオレもちょっと目頭が熱くなった。
 日が暮れていて助かったぜ。

 大丈夫だから、と断るリュウジを無理矢理ダイゴに背負わせて、オレたちは歩き出した。
 「さあ、次の試合の応援も気合い入れてくぜ!!!」
 「はは、リュウジ、タフだね」
 「当然!!!」
 ダイゴの背中で息巻くリュウジ。
 「でもって次はタイマンも負けねえぜ!!!」
 「それ、誰かに聞かれるとまずいのでは?」
 「あ、いけね」
 「ダイゴ、鋭い!」
 「もう、兄貴~」
 しばし4人で笑ってみた。負けはしたけど、誰もが天下無敵な気分だった。

 「なあダイゴ。このまま家まで送ってもらえるか?」
 「もちろん」
 「じゃあ今日は店でラーメン食ってけな」
 「うわ~い、やったあ!!!」
 「ごっつあんです」
 夜の蝉がどこかで鳴いている。
 そしてオレたちは、校歌なんか唄いながら町へと向かっていったのだ。
 
 
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