* 1 *
リュウジ率いる即席応援団は日を追うごとに熱く声援した──暗黒戦の翌日には、全校生徒参加の応援練習なんてものまで開かれたほどだった。
すっかり団長の心意気を身につけたリュウジは、おそろしいまでのリーダーシップを発揮していた。そして、全校生徒もそれを受け容れていた。
鬼工野球部には3年生がひとりもいない。
その理由は数年来部員が集まらずに一時廃部状態だったからだと担任の赤ジャージに教わった。
そこへ君臨する、現在の鬼工野球部の事実上の創設者たる森園主将の統率力ってのもリュウジと変わらず絶大なのだとここ数日で思い知らされた。
類は友を呼ぶってやつだろうか。
熱戦、そして一丸となった応援。
それがここ数日来の鬼浜工業の雰囲気そのものだった。
そして迎えた、今日は準決勝の日。さっき試合が終わったばかりだ。
「いや、でも大健闘じゃねえか。県内で3番目か4番目に強えってことだろ? 鬼工始まって以来の快挙だって観戦してた教頭が言ってたぜ、なあハヤト?」
「ああ。本当にいい試合だったと思う」
オレはリュウジに同意した。
けれど、森園主将は面白くない気分丸出しの顔をしている。
「実際お前らよく闘ったぜ。心からねぎらうぞ」
「……うれしくないね」
「まあ、そうかも知れねえがな」
試合終了後のロッカールームに、リュウジとオレは鬼工の生徒を代表して野球部員たちに挨拶に来ていた。
ベスト8を賭けた暗黒水産戦に続いて、準々決勝では大差で勝利をおさめ、ついにはベスト4まで勝ち上がった鬼工野球部だった。
が──準決勝で対戦した大本命、前年度優勝校に惜しくも1点差で敗れてしまったのだ。
「まあね、済んだことはしょうがないね」
気持ちを切り替えたように、森園主将がリュウジに言った。口許に笑みをたたえて。
「おう。そうさ。前向きにいかねえとな。それが森園の生き様だろうが」
「ふふふ、いいこと言うね、リュウジ」
中指で眼鏡を上げる仕草──泥で汚れたユニフォームが不似合いな男だ、森園主将。
「今日の敗因はしっかり把握している。俺の仕掛けた作戦を繰り出すタイミングが拙かったのだ。勝てなかったとはいえ、負け一方だったとも思えない。だから次は同じ轍を踏んだりしないさ。なあ諸君」
「おおう!!!」
「そういったわけで、我が野球部は今から秋季大会に向けて作戦を練り直す。明日から特訓に入るのだ。わかったな、諸君」
「おおう!!!!」
すっかり新しい希望を胸に抱く彼ら鬼工野球部を見て、リュウジものオレもすがすがしい気持ちになれたのだった。
「いいチームだな」
「そう見えるか? ならば光栄だ。そして、8月になったら悪いが俺のチームが県下最強だ」
「ほう。それは何故だ?」
「ふっふっふ。他校は8月に3年生が引退してからが新チームだろう? だが、うちは今のチームのままなのだ」
きらりと眼鏡の奥の瞳を輝かせて、森園主将が言った。
「ああ、そうか。3年生はもともといないんだっけ」
「いかにも、相棒さん。よって、秋には失望させないよ、リュウジ」
「おう、それは頼もしいな」
リュウジは森園主将のチームの面々をぐるりと見回した。
オレもそれに倣う──どことなく曲者揃いの風情だったが、ベスト4の自信と風格みたいなものがロッカールームを満たしていた。
* 2 *
「ところで森園よ」
考えながら、といった雰囲気でリュウジが口を開いた。
「何? リュウジ」
「こないだから思ってたんだが」
ん? と森園主将は首を傾げた。
「暗黒戦での威嚇作戦といい、それを成功させる手腕といい、また今日は3年生主体の本命校に食らいついていくあたり──お前は優れた策士だと俺は思う」
「ふっふっふ、光栄だね。褒めていただいて。でも珍しいね、総隊長殿はどうした風の吹き回し?」
訊ねるように、森園主将はオレを見た。
「リュウジは無駄にお世辞言える漢じゃないさ」
「当然。世辞など言うもんか」
「それはどうも」
森園主将は優雅に頭を下げた。
「それで、相談なんだがな」
リュウジは腕組みを解かずに森園主将を見据えている。
「森園、お前、鬼浜爆走愚連隊の参謀になる気はねえか?」
「ええっ?」
「何だって?」
森園主将とオレは同時に声をあげた。それへリュウジは冷静に応える。
「お前の作戦力がウチの機動力に加われば、俺たちは真の天下無敵を唱えられるようになると思うんだが」
確かに言える──オレはそう思った。
今の俺たちが行き当たりばったりとは言わないが、天下をとるには時には奇策も必要なのだろう。
けれども森園主将は即座に答えたのだ。
「いや、ムリだなそれは。悪いけど」
「そうか──そうだよな。スポーツマンだもんな、森園は。喧嘩なんて似合わねえよな」
仕方なさそうにリュウジが言う。断られると予想はしていたんだろう。
「うん。それもあるけどね。それだけじゃない」
「だけじゃない──ほかの理由とは?」
「聞きたい? なら言うけどさ」
上目遣いでリュウジの様子を窺いながら森園主将は言ったのだ。
「不良ってモテないだろ? 女の子に」
「──っ!!!」
……嗚呼、これを聞いたときのリュウジの放心した顔ときたら。
それは触れてはいけないリュウジの秘かな悩みだと、オレは知っていたけれど。
「とにかく秋の大会のときも頼むよ、リュウジ」
「……オウ」
「ふふふ、元気出せよ。そのうちいい娘が見つかるって」
「…………オウ」
労いに来て慰められている我らが総隊長。背中に寂しい感じが漂っている。
ヤバいな。リュウジはこの手の話には海より深く沈むのだ。
「元気出せよな、リュウジ。不良でも大丈夫だって。相棒さんは結構もてるらしいし」
「え? オレ? いや、そんなでも……」
急に振られてオレは慌てた。マズい、それは禁句っぽい。
「ふん。知らねえもん。ハヤトなんてさ」
「うわ、そんなことないってば、リュウジ」
「いいよ、もう」
下唇をつきだしたいじけ顔のリュウジ。まるでガキだな。
「まあ、とにかくまたよろしくな」
とにかく握手を交わして、森園主将がリュウジの肩を叩いて言った。それを聞くなりリュウジの表情が変わる。
「森園! そんなんじゃ気合いが足りねえぞ! 夜露死苦ぅ!! だろ?」
「ふふふ、わかった。じゃあ夜露死苦ぅ!!」
「夜露死苦ぅ!!」
野球部員のすべても森園主将に倣って応えた。
ようやくリュウジの機嫌がすこし上向いたみたいだった。
「じゃあ、また」
そう言って立ち去り際、リュウジに森園主将が言った。
「ああ。生憎俺は不良にはなれないが、お前にはいい相棒がいる。大事にしろよ」
「そうだな。ハヤトは俺の大事な右腕だ」
「だろう? 右腕は一本で充分さ」
オレに笑いかける森園主将──なんだかくすぐったい気分だった。
外に出たら、絶好調の晴天が続いていた。
「さてと。重責を解かれたし、今夜はカッ飛ばすか? ハヤト」
「OK! 行っとこうか」
いきいきとした面持ちで言うリュウジにオレは応える。
陽射しを浴びて、思いっきり伸びをした。
「あ、ダイゴさん! 兄貴とハヤトさん出てきましたよ〜」
「押忍、お疲れっす」
「おう、待たせたな。さあ今日はこれからカッ飛ばすぜ!!」
まるでやんちゃ坊主の顔でリュウジが言った。
そんなリュウジを見て、オレは考えていた。
リュウジが右腕と言ってくれることへの幸福感と重みとを。
喧嘩は苦手だが、理論で勝ち方がわからないわけじゃない。
実戦要員ではないけれど、森園主将を見習って、オレも作戦の立て方くらいは勉強しておこうかと。
いつまでもリュウジの右腕でいたい──本気でそう思えた。
野球部の秋の大会が始まるころには、オレも森園主将に負けないくらいの策士になってやるぜ。
そんな思いに拳を固めて、オレはリュウジたちの後を追って駆けだした。