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各話御案内/鬼浜戦隊ショウテンジャー




鬼浜戦隊ショウテンジャー 1-1
鬼浜戦隊ショウテンジャー 1-2

鬼浜戦隊ショウテンジャー 2-1
鬼浜戦隊ショウテンジャー 2-2

鬼浜戦隊ショウテンジャー 3-1
鬼浜戦隊ショウテンジャー 3-2

鬼浜戦隊ショウテンジャー 4-1
鬼浜戦隊ショウテンジャー 4-2



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鬼浜戦隊ショウテンジャー




   * 1 *


 本番開始は午前11時。定刻まで10分を切った。
 舞台袖からちらりと覗くと、地面にござを敷き詰めただけの客席にはびっしりとお客さんが集まっていた。
 地元のちいさい子たちが主だけど、その家族らしき人たちもけっこういた。商店街でお馴染みの顔も数多ある。前もって仕込んである鬼工野球部の面々も確認できた。
 ポスター作成の仕事を請け負った亜由姉さんもいたし、亜由姉さんの友達で鬼工の保健室の遥先生の姿も見える。ほかにも知った顔がちらほらと。
 あとは、花束を抱えたお姉さん方の姿も見える。白鳥先生のファンの人たちかな? いったいどこで聞きつけてきたんだろう。
 開演5分前になると、短く鐘が振られた。商店街の抽選会のときに大当たりが出ると鳴らされるやつのようだ。

 その音を合図に、リュウジが言った。
「みんな、いい舞台にしようぜ!!!」
「は~い、兄貴!! オレ、ずっこけないようにがんばるっス」
「だな。俺も勢いつきすぎて舞台から落ちたりしないようにするわ」
「ふふふ。私は客席からの声援を浴びて輝いてみせるからね」
 ヒーロー組は口々に言ってる。思ったほど堅くなってる感じじゃないのがさすがだ。
「ハヤトもダイゴも、よろしく頼むぜ!!!」
「押忍。できるかぎりやってみよう」
「うん。そうだね。でもオレ、なんか緊張してるんだけど……」
「わははははは!!! ハヤトが緊張してるってどんな冗談だよ!!!」
「って、リュウジ。失礼だな」
 むすっと言ったらリュウジがオレの背中をばしっと叩いてこう言った。
「ハヤト。お前がそれでどうすんだ? この企画はいわばお前が支柱だろ。しっかりしようぜ。いつも通りでいいんだからな。ハヤトは特に、前にライブハウスとか出てただろ? 舞台経験者なんだし、落ち着いてればそれで大丈夫だぜ。な、ハヤト?」
 不思議だ。リュウジがオレの目を見てそう言っただけでなんだか落ち着くオレがいる。

 ひとつ大きく深呼吸。そのあとオレは思い出したので言ってみた。
「そうだ。ライブって言えば、ステージに上がる前に円陣組んで気合い入れたっけ」
「なるほどな!!! よし、やってみるか」
 そしてオレたちは輪になって、それぞれ右手を真ん中に出し合って。
「よっしゃ!!! 気合い入れてくんで夜露死苦ぅ!!!」
「夜露死苦ぅ!!」
 リュウジの先導に従ってみんなで声を出す。うん、それで完全に気分が切り替わった。
 あとはやるだけ。やれるところまでやるだけだ。
 そうして今度は長々と鐘の音が公園に響き渡った。開演時刻の合図だった。

 ダイゴとオレは客席後方からの登場となる。いったん舞台袖からこっそりと出て公園の外を回って持ち場へスタンバイ。
 舞台背面のパネルには、書き割りの代わりに商店街で実際に撮影された写真を大きく引き伸ばしたものが貼られている。商店街の写真館の人がやってくれたんだと昨日リュウジが教えてくれた。
 
 舞台にリュウジが出る。両脇には俊也さんと白鳥先生。すると客席から拍手が起こった。
 リュウジの衣装は昇龍軒の上っ張り。俊也さんはねじりハチマキとゴム長姿、それから白鳥先生はあおいさんに借りたらしい店名入りの前掛けをつけている。
 ちなみに本番の今日は全員ワイヤレスのピンマイクをつけることになっている。
「オウ、みんな元気そうだな!!!」
「あ、リュウジだっ」
「は~い!! げんきだよ~!!」
 リュウジの呼びかけに、口々に客席の子供たちが応える声。
「元気なのは魚食べてるからだよな? 知ってるか? 魚食べると頭よくなるんだよなー」
 稽古のときよりもおどけた口調で俊也さんが言った。
「ふふふ。女の子は笑顔が素敵だ。どの笑顔にも花が似合う」
 白鳥先生は手に持っていた赤いチューリップを、客席の女の子に差し出した。
 受けとった子はうれしそうにしていたし、大人のお姉さんとおぼしき観客からは羨望のため息が聞こえてきた。
「今日も鬼浜町商店街は元気で楽しくて平和で、最高だよな!!!」
 拳を握った右腕を体の前にもってきて、リュウジは大きく言い放った。
 当然のように客席からはいいお返事。立ち上がって飛び跳ねてる子なんかもいた。
 うん。つかみは上々だ。

 さて、そろそろオレたちの出番だ。
 怪人役のオレたちの衣装は、古くなった特攻服を染めたもの。ダイゴのは深緑、オレは紺色にした。暗めの色のほうがヒーローたちとの差がくっきりするからだ。
 ビニール製のマントを背中にかけて、顔がバレないようにメットとゴーグルを装着して。
 ダイゴが派手にデコレーションしてくれた、電飾までついている自転車。それぞれ風神と雷神のステッカーを貼ってあるそれに跨って、ダイゴとオレは握手を交わした。
「OK。行こうか、ダイゴ」
「押忍、ハヤト」
 頷き合ったオレたちは、自転車のスタンドを蹴って走り出す。
 客席後方の盆踊り用のやぐらを一周、さらにもう一周。ここらで後ろのほうに座っていた子供らの幾人かがこちらに気がつく。
 そのあと別々に、ダイゴは上手側(客席から舞台に向かって右側)の通路を、オレは下手側(客席から舞台に向かって左側)の通路を通って舞台裏へと自転車を走らせる。
 人目をひくように動くっていう意図どおり、次第に客席がざわめいてきていた。
 ……こんなときに言うのもアレだけど、彩色済みのダンボールで覆ってある自転車、やけにバランス悪くて。転んだりしないようにと内心びくびくのオレ。
 実際、人前に出ることの緊張感なんてきれいにどこかへ飛んでくぐらいの心持ちだった。
 
 台本通り無事に舞台裏まで辿り着いたオレは、一歩早かったダイゴの姿を見てほっと安堵しつつ、機材レンタル屋さんの人の手を借りてピンマイクをつけた。
「ハヤト、大丈夫だったか?」
「うん、何とか。けっこう必死だったけど」
「というか、残念だな。昼間だからか。電飾はあまり効果がなかったように思える」
「って、ダイゴ、余裕あるな……そんなとこまでチェックしてたのか」
「それはそうだ。俺にしてみればそれなりに作品なので。ハヤトにとってこの舞台そのものが作品なのと同義なのだ」
 ダイゴはこだわるタイプだなあ、と改めて感心してみたり。
 
 ダイゴと密かにやりとりしてる間も、客席はしっかり騒然となっていた。よしよし。
 パネルの裏で聞いていても、きちんと通るリュウジの声に頼もしさを感じるオレ。
「うん? 今、誰か通っていったよな? 見えたか?」
「見た、ぼく見たよ、リュウジ~」
「なに、あれ? おかしな自転車のってた!!!」
 客席から聞こえる子供の声。ダイゴがちょっとがっかりしてた。
「いかにも怪しい姿だったね、諸君? 誰だったんだろう」
「だな。マシンはおかしいってゆーか、割とかっこよかった気もするけども」
 俊也さんのこの台詞は完全にアドリブ。ダイゴ、これですこしは気分よくなったかな。
 
 裏にいるオレたちには見えないけれど、ここでノブオが舞台に上がったはず。
 リュウジと同じ昇龍軒の上っ張りで登場する手筈のノブオの声が聞こえてくる。きっかけを作る台詞が叫ばれた。
「兄貴!! 大変っス!! 今、妙な奴らが商店街に――!!」
「うん? なんだと?」
「出前の途中に見たんですけど、奴らきっと怪人っス!! さっきは花屋の兄貴んとこで騒いでて、今は魚屋の兄貴んとこで暴れてるんっスよ~!!」
「え。魚屋って、ウチか?」
「そうっス、俊也兄貴!!」
「もしや花が踏みにじられた? だとしたら由々しき問題だ」
「よっしゃ!!! ちょっと様子を見にいこうぜ!!!」
 ここで舞台上の4人は一旦上手にはけることになっている。
 なぜか客席から子供のではない黄色い歓声が起こったのは、おそらく白鳥先生がアドリブで何かやったんだろう。



   * 2 *
 

 舞台背面のパネルの写真が、ふたりの黒子――商店街の世話役の人らしい――によって貼り替えられた。場面転換の合図だ。
 最初の写真は商店街の町並み。それで新しく貼られたほうは、鬼浜鮮魚店の店構えのアップ写真だ。
 準備完了の頃合いを見計らって、ダイゴとオレの怪人組がはじめて舞台に上がる。
 オレの手にある小道具は食品サンプルの鯛。ダイゴはひまわりの花束を持ってる。
 よし、がんばろう。
 オレも声を張って、台詞言わないといけないんだ。
「見てみろよ、カイジングリーン。さすがにイキがいいよな、ここの魚は」
 手にした模造品の鯛を頭上に掲げてアピールするオレ。
「押忍、カイジンブルー。良い商店街には佳い品が自然と集まるゆえ」
 ダイゴも演技として、幾分乱暴に花束を振りかざした。
 どうだったろう。ちゃんと喋れていたんだろうか――いささか心配になるオレだけど、客席の子供たちからブーイングをもらったのでOKだったと理解できた。

 いかにブーイングとはいえ、客席から反応をもらえるのっておもしろいかも。そう考えたら気分上々。
「この調子で、商店街をオレたちのもとに跪かせようか。そしたら何だってできる」
「賛成だ。ところで腹が減ったな。壮大な計画の前には腹ごしらえが必要ではないか?」
「言えてる。何かうまいものを捜そうか、カイジングリーン」
「では手始めにラーメンでもいただくとしよう。旨い店があると聞いているので」
「あはははは。それはいい案だ」
「そうであろう? さあ、食って食って、食い尽くすのだ。わっはっは」
 言って、ダイゴとオレは客席をあおるような仕草をとって見せた。
「なんだって~?」
「ダメだぞ、怪人!! そんなの許さないからなっ」
「こんなやつら、やっつけちゃってよぅ」
 客席は最高潮に盛り上がっていた。まあ、大半は幼い声の野次だったけど。

 子供たちのテンションが、放っておいたら舞台に殺到しそうな感じになるぎりぎりを見切って、満を持して登場するヒーロー。
 パネル裏で最初の衣装からバトルスーツへ着替え、フルフェイスのマスクを装着した4人がそこで舞台に再登場となる。
「ショウリュウレッド、参上だぜ!!!」
 咆吼しつつ、設えられた舞台の脇にあった古木の枝から飛び降りたリュウジが姿を現す。衣装合わせのときに見た赤いマントが翻る瞬間、客席から歓声があがった。ひらりと姿を見せたあとのリュウジは、オレたちには見慣れた闘争ポーズを作ってた。
 その瞬間をあえて待っていたかのように、怪人たるダイゴとオレはわかりきった仕草で周囲を見回した。
「フィッシュシルバー、只今見参」
 得意のバク転を決めて俊也さんがリュウジに続く。舞台上手から下手までの連続技で客席を沸かせたあとにリュウジの横へ並んだ。
「フラワーホワイトの御目見得だ」
 白鳥先生の連続ターン、そしてジャンプ。華麗な身のこなしは、もともと白鳥先生目当てで来ていたらしいお姉さんたちだけでなく、地元の女の子たちも虜にした様子だった。
「デマエピンク、お待たせしました~」
 小走りにステージに上がるノブオは岡持を提げている。それを舞台後方へ置いてから白鳥先生に習ったターンとジャンプを見せる。華麗ではないけれど、なんか一生懸命さが伝わってきて微笑ましい。客席からは「ノブオ兄ちゃ~ん」なんて声がかかった。
「愛と」
「平和と」
「友情の」
「鬼浜戦隊」
「ショウテンジャー参上!!!」
 勢揃いしたヒーローは、ノブオ、白鳥先生、俊也さん、リュウジの順でひと言ずつ、最後は全員で声を合わせて決め台詞を言ったあとにポーズをとった。

 客席が大いに盛り上がっている。なんかうれしい――なんて浸ってる場合じゃないんだ。
「何者だ? そんな仰々しいポーズをとって」
「まさかと思うが、我々の邪魔をしようとでも?」
 オレとダイゴがヒーローたちに向かって放つ台詞。
「邪魔ってーか、ブルーのお前!! 尾ひれ持って振り回すなよ。新鮮な魚が泣くだろうが」
 俊也さんがオレの目前に立ちはだかった。
「グリーンの君もだ。花は振り回すものではなく、胸に抱くように愛でるもの」
 ダイゴの前に白鳥先生が立ちふさがる。
「おい、怪人ども!!! 俺らに喧嘩売ろうってのか?」
 ときどきリアルに聞くのと似たようなリュウジの台詞を承けて、オレが返す番。
「別に喧嘩なんかしないさ。ただオレたちがこの商店街をいただく、ってだけ」
「押忍。俺たちはここが気に入ったのでな」
「気に入ったからって、お前らみたいな狼藉を許せるわけはねえぜ!!!」
「そうだよね、みんな~!!」
 と、ノブオが客席に向かって煽りを入れる。

 ここで客席が沸いてくれないと展開上困るんだけど、どうやら想定通りに加熱してきたたので一安心。
「ゆるさないぞ、怪人め~!!」
「ノブオ兄ちゃん、やっつけちゃえ!!」
「白いお兄さん、がんばって。おねがいっ」
 罵声を浴びて喜ぶ自分がいるなんて……いや、そういう話じゃないか。
 大勢の味方を得たリュウジが客席を向いた。
「みんな!!! 俺たちを応援してくれるよな?」
 異を唱える口なんて、あるわけがなかった。子供って素直だ。
 
 舞台上ではヒーローと怪人の闘いが繰り広げられる。
「さーて、行くか」
 オレに向かって、俊也さんが懐から武器を取り出した。白鳥先生はダイゴに相対するポジション。
 オレとダイゴは背中合わせに位置をとり、その攻撃に備えるといった具合だ。
「説明しよう。フィッシュシルバーの武器は魚の鱗を材料にした銀鱗手裏剣であーる。これが当たると、呪いがかかって三日三晩魚の匂いがとれないのだ!!」
 舞台の隅で客席を向いて、説明を加えるのがノブオの役目。
 その口上を聞きながらオレは手裏剣――ダンボール製でアルミ箔を貼ってある――を右に左に避けている。
「説明しよう。フラワーホワイトの武器は吹き矢であーる。バラの棘でできた矢がささった者は、フラワーホワイトに恋しちゃうのだ!!」
 あれ? そんな設定、台本にあったっけ? ノブオのアドリブか?
 これを聞いた客席のお姉さんが妙に盛り上がってるから、まあいいか。
 左右からの攻撃をどうにか避けようとするダイゴとオレ。いかにも追い込まれている、っていうのをアピールする情けない感じ。
 そこを狙うのがリュウジ、といった寸法だ。

「すきあり!!! うォりゃぁぁぁぁぁ!!!」
 防戦一方に追い込まれているダイゴとオレに向かって、リュウジは拳を向けた。
「さらに説明しよう。ショウリュウレッドに武器はいらない。鍛え抜かれた鋼のような拳が炸裂すれば、怪人なんて一発で倒せるはずなんだ!!」
 リュウジの拳はゆっくりとオレに向かってくる。それを避けつつ、手裏剣をかいくぐりつつ。ヒーローたちはなるべく当てないようにと気を配ってくれてる。多分大変だと思う。
 やられそうになるオレの前に、ダイゴが回ってくる。
 そして大きな両手でリュウジの拳を受け止めた。
 もちろん力加減はされていたはずだけど、近くで聞いたらそれなりにいい音がした。
 それに気を取られていたら、白鳥先生の吹き矢がオレのゴーグルに命中したようだ。
 ……まさか。さっきのノブオの説明、冗談だよな。ある意味呪いをかけられた気分。
 止めた拳を逆に跳ね返して、ダイゴはリュウジに向かい合う。
 オレは吹き矢を奪おうと白鳥先生に突撃して、落ちていた手裏剣を拾って逆に俊也さんのほうへと投げ返す。
 客席には、それなりに本気に見えているだろうか。というか少なくともオレはかなり本気だ。息が上がってきてる。



   * 3 *


 鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーは、現在「起承転結」でいう「転」の部分である。それをさらに展開させるきっかけまで到達した。
 ヒーロー4人に取り囲まれた怪人は絶体絶命。
「カイジンブルー。このままでは拙い。圧倒的に不利のようだ」
「ああ、言えてる。そしたら仲間を呼ぼう」
 ダイゴに返して、オレは舞台の一番前まで進んで客席に向かって声を出す。
「よし、今だ。軍団集合!!」
 オレの呼びかけに応えるのは、客席に仕込んであった怪人の仲間ども。
 黒の揃いのジャージを着て、黒の目出し帽を被った仲間の正体は鬼工野球部チームだ。
「ウィ~~~ッス」
「ウィ~~~ッス」
「ウィ~~~ッス」

 口々に言いつつ彼らが立ち上がった瞬間、舞台上から見てたらそこかしこで軽い混乱が起きてた。びっくりしたのか赤ちゃんの泣き声が聞こえた。悪いことしちゃったかな……。
「うわあああ!!! なんかでた~!!」
「ウィ~~~ッス」
「なにこれ、怪人?」
「ウィ~~~ッス」
「うわーん、こわいよぅ……」
 軍団の黒ずくめの姿は、想像してたよりも子供たちに恐れられているみたいだ。

 本当だったら少し彼らに客席を動き回ってもらうはずだったけど、それは切り上げて次の展開へ持ち込もう――こっそりとリュウジに提案しようと思って振り返ったら、目があった瞬間にリュウジが頷いた。言うまでもなくわかってくれたんだ。
 オレの横にリュウジが並んだ。
「みんな!!! 鬼浜町商店街の平和のために力を貸してくれ!!!」
 リュウジの隣に立ち位置を変えたノブオは、舞台に上がるときに持っていた岡持を携えている。
 蓋を持ち上げると、中からカラフルなスポンジボールがたくさん転がった。
「みんな。怪人軍団にはコレがきくからね!! これで怪人を退治しよう!!」
 転がったボールを次々と客席に投げ込むノブオ。
 それを受け取った子供は、それ、とばかりに怪人軍団を攻撃しはじめた。

 さらにセットの脇に隠してあった4つの岡持が俊也さんと白鳥先生の手で運び込まれる。昇龍軒のだけでは足りなくて蕎麦屋さんからも借りてきたんだそうだ。
 ふたりはそのまま岡持を手に、客席へ降りていった。適当なところで蓋を開けて、子供たちにボールを配る。
 ボールを手にした子供たちは、嬉々として攻撃――ヒーローのお手伝いに加わってた。
 舞台に残ったオレはノブオと、ダイゴはリュウジと互いに取っ組み合うポーズをとりながら客席の動向を見守った。

 見下ろす客席は、まるでボールプールか、遊園地のゲームコーナーにあるような「鬼なかせ」ゲームのような感じになっている。にぎやかで楽しげだ。
 子供たちははしゃいでおり、俊也さんは「もっとやれ~」とはやし立てており、白鳥先生からボールを受け取ったお姉さんはそれを投げずにバッグにしまいこんでいる。
 怪人軍団は相変わらず「ウィ~~~ッス」を言いながら動き回っている。とくに決まり事をお願いしたわけではないけれど、派手にやられた体裁で泣き真似をしてくれる団員がいたり、直接向かってくる子供に「高い高い」してやる団員がいたり。
 また中身が野球部だから習性なのか、スポンジボールをキャッチしたらごく自然な動作で別の団員へ投げてるのもいた。
「そろそろだね」
 オレはピンマイクを手で覆って、リュウジたちにしか聞こえないように小さく言った。
 みんなが頷いたのを確認して、オレからも頷き返す。さあ、決着だ。

 リュウジとノブオは、ダイゴとオレを捕まえて床へと押さえ込んだ。
「捕まえたぜ、怪人!!!」
「オレもっス!!」
 ふたりの声が響き、客席の視線がこちらへ戻される。同時に怪人軍団たちへの攻撃はそこで止んだ。
「拙い。このままでは全員やられてしまうゆえ」
「そうみたいだ、カイジングリーン……よし、逃げろ!! 軍団撤収!!」
 オレの合図に右手を挙げて、例の「ウィ~~~ッス」を言ったあと、怪人軍団は二列縦隊を作って公園から走って出て行った。
 腰の位置に軽く握った手を添えて、いつも見るランニング風景を彷彿とさせる彼らに心の中で拍手を贈っておこう。
「オウ!!! みんな、逃げる奴らは追いかけねえで大丈夫だからな!!! もう悪さしねえから」
 リュウジが言った。これはアドリブ。ボールを持って立ち上がりかけた子がいたからだ。

 よし、ラストスパート。
 俊也さんと白鳥先生が舞台に戻ってきたのが合図。ダイゴとオレは、それぞれの肩を押さえつけているヒーローの腕からすり抜けて立ち上がる。
「しかたない。今日のところはこれくらいにしといてやろうか」
「押忍。その気になればまたいつでも来られるゆえ」
「覚えておけ、鬼浜戦隊ショウテンジャー」
「いつかきっとオレたちの野望が達成する、っていうことを」
 それが台本にある、ダイゴとオレの最後の台詞だった。
 言い放ったあとは舞台の裏へ戻って、登場のときと同じようにデコレーション自転車に乗って颯爽と公園を後にする、という手筈。

 が――
 下手にはける直前のことだった。
「怪人、なんで悪いことするんだよっ!!!」
 幼いが真剣な声とともに、客席からボールがオレに向かって飛んできた。
 スポンジボールだからダメージはないはず、と高をくくっていたのがまずかった。
 どこでどう混ざったのか、投球者の私物だったのか。それはピンクのゴムボールだった。
 それがオレの喉に当たった。体の中で唯一剥き出しの喉へ。
 予期せぬ度合いの衝撃に慌てたオレはさらに足許に散らばっていた模造品の手裏剣を踏んで、そのまま足を取られて転倒してしまった。
 そして――
 一体、何のはずみだったんだろう。
 あれほど正体がばれないようにと気をつけて装着していたメットとゴーグルが外れてしまったんだ。

 気がついたときには、オレは思いっきり素顔を見せていた。
 ヤバいね、オレ。やっちゃったね、カイジンブルー。
 鬼浜町商店街では今後絶対に悪い奴呼ばわりされるだろうな。
 さっきシメの台詞を言ったところだったのに、思わず呟いてしまった。ピンマイクが生きていることなんて、頭の隅っこにもなかった。
「――オレもヒーローになりたかったな……」

 結果的にオレの最初で最後のアドリブの台詞は、客席に笑いをもたらしたようだった。
 とにもかくにもダイゴに助け起こされて、何事もなかったように、というのは苦しいながらも再びメットとゴーグルを着けてから自転車に乗って撤収した。
 想定される展開としてはオレたちもスポンジボールの洗礼を浴びるんじゃないかと考えていたけれど、それは思っていたよりも少なかった。
 逆に拍手しながら見送ってくれてる子供もいたような気がした。
 
 公園から距離をとる最中にスピーカーから聞こえてきたリュウジの声。
「みんなのおかげで鬼浜町商店街には平和が戻ってきたぜ!!! これからも夜露死苦ぅ!!!」
 この台詞がシメだ。鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーは終了したんだ。
 風にのってオレの耳にそれが届いた瞬間、自然と自転車をとめてほっと一息ついていた。
「ごくろうだった、ハヤト。一仕事終わったな」
 同じくペダルから足を地面に移して、ダイゴがオレの肩をぽんぽん、と叩いてくれる。
 それへオレはにこりと笑って見せて――
 よっぽど安心したのか、走っていないのに自転車のバランスを崩して、また転びかけた。幸いにもダイゴが気づいて、手を添えてくれたからどうにか持ちこたえたけれど。



   * 4 *


 派手に目立つ自転車は、いったん公園近くのゲーセンの駐輪場に預けさせてもらった。前もってリュウジがその約束を取り付けてくれていた。
 そしてダイゴとオレは舞台衣装から私服に着替えるために、こっそり人目を忍んで商店街の酒屋さんへ向かった。ここの奥座敷が商店街の寄り合い所になっている。
 店先でお辞儀をすると酒屋さんの赤ら顔の店主氏はにっこりと笑ってくれて、オレたちを通してくれた。何度か挨拶するうちに顔を覚えてもらえたようだ。

 ひとまず着替えて、若奥さんと思われる人が持ってきてくれたジュースで喉を潤して。
 ようやく人心地ついたオレはダイゴとあらためて「おつかれ」を言い合ったところ。
「大仕事だったな、ハヤト。企画成功本当におめでとう」
 ダイゴの笑みは奥深い表情に見えた。本気でねぎらってくれているのがわかる。
「いや、オレに祝福っていうのは違うよ、ダイゴ。ただオレは自分のやりたいように話を力業で持ってったっていうか、乱入しただけだし。オレ全然力持ちじゃないのにね」
 いくらか普段よりテンション高くダイゴに言ったら、今度は軽い笑顔を寄越してくれた。
「それに、ほら。全体的には成功だったっぽいけどさ。オレ、最後に失敗しちゃったし」
「あれはあれでよかったのではないか? というより、俺など知らずに見ておれば、あの場面も台本にあった通り、と受け取ってもおかしくないと思ったが」
「え、そんなもん? オレ、うっかりとんでもないこと口走った気がするけど」
「とんでもなくはないと思う。そもそもヒーローも怪人も、同じく『覇』を唱えんとする立場であろう? 手段に一般的な正義が強調されておればヒーロー、逆なら怪人といったところか。目指すところは似たようなものだと俺は仮説するが」
「へ……えぇぇ。なんかオレ感心した。ダイゴって、そういう解釈なんだ。だてにマニアじゃないよな。おもちゃ見ながらそんなこと考えてるんだ」
「まあ、それだけではないがな」
「ん? 他にも何かある?」
「案外、俺達の日常にも似たようなことがあるのかも知れん、とも思う」

 ああ――そうか。それってオレたちと暗黒一家のことなのか。
 すべてを語らなくても、ダイゴの言葉の意味がわかった気がする。
 そしてオレが理解したってことを、ダイゴが察してくれた気がする。
 いいチームメイトを持って幸せだ、オレ――カイジンブルーは。

 ダイゴとふたり、あれこれ話して。
 昂ぶっていた気分が落ち着いたあとのオレは、後にしてきた公園の様子が気になってる。
「握手会は終わったかな?」
「どうだろうな。握手はいいとして、写真希望の子供がたくさんいそうだったからな。まだかかるかも知れんな」
「そう――か。っていうか、ゴンタは来たかな?」
「それはどうだろうな。奴は人だかりは好きではなさそうに思うゆえ」
「……だよね。オレもそれはそう思う」
「ハヤト。気になるのか?」
「あ、わかる? オレ、実はさ。ヒーローと一緒に写真撮ってもらって部屋に飾りたいな、とか思ってたり」
「なるほど。では行ってみるか? 衣装から着替えていれば問題なかろうし」
 なんてダイゴが言うのに、オレはすこし恥ずかしいとは思いつつも頷いている。

 じゃあ行こうか、という空気になったところで、座敷の襖が開いたんだ。
「ふたりとも、おつかれさまでした」
 にっこりと笑って軽やかにアニメ声で言ったのは、花屋のあおいさんだった。
 あおいさんは白鳥先生の想い人――詳しくは聞いていないけど、もしかしたら恋人に昇格させてもらったかもしれないお姉さんだ。
「ああ、こんにちわ。ども、おつかれさまです」
「押忍。この度はいろいろとお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。楽しませてくれて、ありがとね」
 商店街の人たちも着てたはっぴの中にひまわり色のミニのワンピースのいでたちのあおいさんは、オレとダイゴに握手してくれた。
 様子を知っていそうなあおいさんに、オレはこう訊いてみた。
「あおいさん。握手会ってまだ開催中ですか?」
「うん。絶賛開催中みたい。なかなか子供たちが解放してくれないって」
 あはは、と口を大きく開けて笑うあおいさんであった。
「あ、それでね。ふたりにも出演要請に来たの。リュウジくんに頼まれて。着替えちゃったところ悪いんだけど、舞台衣装で公園までご一緒してもらえるかしら?」
「はい? オレたちですか? 怪人ですが、需要はあるんですか?」

 早く早く、とあおいさんに急きたてられて、ダイゴもオレも一旦脱いだ衣装にふたたび着替えて、メットとゴーグルを手に持って。
 近道となる路地を通って公園へと向かいながら、あおいさんと話した。
「っていうか、オレたち行って大丈夫ですか? しっかり悪役なんですけど」
「もちろん。あなたたちがいてこその今日のショーだ、って。子供たちもわかってるのよ」
「ほう。そうなのですか」
「うん。できたら自分で怪人をやっつけるポーズをとりたい、なんて子もいるみたいだし」
 くすっと笑うあおいさん。大人の女の人なのに幼く感じるのは、小柄なのと仕草と声のせいなのかな。もっとも見た目に寄らず空手の達人だ、っていうのは知っているんだけど。

 ダイゴもオレも納得して歩く道すがら、あおいさんに訊いてみた。
「えっと。白鳥先生って人気者みたいですよね。なんか声援もらってたようですけど」
「ほんとね。舞台終わったあと、女の子たちに囲まれてたもの。白鳥さん」
 なんてことなさそうに言うあおいさんであった。
 もしかして。あおいさんって白鳥先生に興味ないのかな、なんて一瞬考えたんだけど。
「人気のある人にはそれだけの魅力があるってことなのよね」
 なんだか優越感をにじませた表情をあおいさんがしていたのをオレたちは見た。
 妬くでもなく、出しゃばるでもなく。なるほど、あおいさんは白鳥先生にうってつけの女の人なのかも。心意気みたいなのをオレとダイゴはしっかり感じてた。

 路地の出口のところで、ダイゴとオレはメットを装着。あおいさんは一足先にリュウジに報せに行ってくれた。
 おっかなびっくり歩いていくと、気づいた子供が手を振ってくれる。
「あー、怪人きたー!!」
「わあ、ほんとだ~。握手、握手」
 楽しそうな顔、喜んでる顔。笑ってる顔、ほっぺたが真っ赤な顔。
 あっという間にそれらに取り囲まれたダイゴとオレは、なんだか戸惑ってる。
「オウ!!! 来たな、怪人ども」
 リュウジが軽くこちらへ呼びかけた。
 とはいえ、オレはそれへ何て応えたらいいんだ? いつもの調子で「うん」とか、言ったらアレだよな? 迷っていたらダイゴが応えてくれた。
「お招き感謝する、ショウテンジャー」
 ……なるほど。無難だ。ダイゴやるなあ。
「して、我々怪人は負かされた罰に球拾いでもやればよいのか?」
 ダイゴが続けた。見てみれば確かに客席には、さっき本番で怪人軍団退治に使われてたスポンジボールが色とりどりに転がったままになってる。
「なるほど、それで呼ばれたのか。納得。そしたらダ――いや、カイジングリーン。手伝っていこうか」
「押忍。敗者には相応の奉仕が必定ゆえ」
 そしてオレたちはダイゴのアドリブのもとに、客席へと入っていった。

「怪人たち、えらいねえ」
「ぼくもいっしょにやっていい?」
 ボールを拾っていたら、子供たちもわいわい言いながら手伝ってくれた。
「悪いね。頼むよ」
 なんて返したら、けっこううれしそうにしてくれるんだ。
 一緒になってボールを片付ける最中、ときどき握手を求められて。
 ふざけてキックしてくる子がいて、やり返そうとしてダイゴに止められたりもして。
「怪人、ちょっとは反省したー?」
「オレ? さあ、どうかな? また商店街をいただきに来るかも。怪人は打たれ強いから」
 話しかけてくる子にこんなふうに答えるオレ。
「ってことは、ここが好きなんだね、怪人の兄ちゃん」
「そうだよね。さっき最後に泣きそうだったもんね」
「え? オレが? 泣いてないってば」
「あはははは。泣いてた、泣いてたー」
「そんなことないって!! あんまりいじめると襲うよ?」
「きゃーーーー!!!」
 ……とか、子供が逃げるからつい追っかけた。そしたら怒られた。
「おい、こらカイジンブルー!!! 遊んで――いや乱暴すんじゃねえって」
「そうっスよ~。早いとこ片付けて、みんなで記念写真撮りましょ~!!」
 
 ダイゴとオレが罰ゲームの球拾いを終える頃、ハンゾウに伴われてゴンタが姿を現した。
 前々日の商店街での活躍を覚えていた、リュウジの顔見知りの男の子たちがゴンタを見て大喜びしていた。
「わー、やっと来たね!!」
「さっすがヒーローのえらい人はアレだね。『じゅーやくしゅっきん』だ!!」

 いつしかヒーロー界の重鎮という位置づけに祭り上げられているらしいゴンタは、近くのビルの屋上からずっと、公園の様子を見ていたんだそうだ。
「もちろんショーも最初から。俊也先生の勇姿をゴンタが見たがってたので。本当は出てくる予定はなかったが、ゴンタが是非と言うので落ち着いた頃を見計らって連れてきた」
 ハンゾウの説明を聞いた。今まで気づかなかったけれど、ハンゾウも俊也さん同様ゴンタときちんと会話できてるんだな。さすが仲間っていうのは違う。

 何はともあれ、鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーは無事に全行程を終了した。
 記念写真は2枚。
 1枚はヒーロー4人と怪人ふたりが集まったもの、最後に撮ってもらったもう1枚は子供たちも、ヒーローの重鎮とそのお付きの者も一緒に写った集合写真。
 どちらも大きく伸ばしてもらってフレームに入れて、部屋へ飾ることにしよう。
 きっとずっと、いい思い出になるんじゃないかな。

「ねえ、怪人の兄ちゃん。いつかなれるよ、ヒーロー」
 別れ際にオレに内緒話みたいなトーンで言ってくれた子がいた。
 オレは素直に感動した。
 この言葉も写真と一緒に、きっとずっと大事にしよう。
 将来の夢はヒーロー――男はいくつになっても子供みたいなもんだから、それはそれでOKだよな。



   * 完 *



各話御案内/商店街で君と握手!!



商店街で君と握手!! 1-1
商店街で君と握手!! 1-2

商店街で君と握手!! 2-1
商店街で君と握手!! 2-2

商店街で君と握手!! 3-1
商店街で君と握手!! 3-2

商店街で君と握手!! 4-1
商店街で君と握手!! 4-2

商店街で君と握手!! 5-1
商店街で君と握手!! 5-2

商店街で君と握手!! 6-1
商店街で君と握手!! 6-2

商店街で君と握手!! 7-1
商店街で君と握手!! 7-2

商店街で君と握手!! 8-1
商店街で君と握手!! 8-2

商店街で君と握手!! 9-1
商店街で君と握手!! 9-2



商店街で君と握手!!



   * 1 *


 夏ならではの陽射しが肌を灼く。もともと色素が濃いほうじゃないオレの肌も、この時期だけはちょっとは健康的な感じになる。
 とくに夏休み前半は、体育の補習やら野球部の練習を邪魔するやら、けっこうお天道様に親しんだほう。だから現在は、オレの肌にしては近年まれに見る小麦色だ。まあ、肩なんかは灼けすぎて皮が剥けたりしてさんざんだけど。
 本来は夜型、遊ぶんだったら日が暮れてから、のオレたちなんだけど、どうしたわけだか今日に限って真っ昼間にリュウジのところに行ってみようと思い立った。
 取り立てて用事があるわけじゃないので外出中だったらそれでいいか、と思ったからとくに前もって電話もしないで、本当にふらりと、単車にも乗らずに。

「よっ、リュウジ」
 ちょうど昇龍軒の昼の営業が終わる頃合いだった。
 オレが店の前についたときは、今まさにリュウジがのれんを片付けるところ。
「オウ、ハヤトか」
「うん。今日も暑いね」
「そうだな。どうした? 買い物でもしてるのか?」
「いや、別に。ただなんとなく、遊びに来ただけ」
「遊び? どこにだ?」
「え――って、ここに。ほら、こないだ読みかけた漫画があるからさ。その続きでも読ませてもらおうかと思って」
「そ、そうか? いや、だけどな……」
 あれ? なんか妙だな。リュウジにしては歯切れの悪い応えが返ってくる。
「ん? どうかした? 都合悪いんだったらまたにするけど?」
「オウ……けど、いや、都合悪いってか」
 ほらな、やっぱり妙だ。リュウジらしくない。
 きっと個人的に何かあるんだろうな、と察したから、オレはそれ以上聞きほじることもしないつもりでこう言った。
「そしたら、今日はべつにいいや。また来るから……」
 そのときに読ませて、と続けるつもりだったオレの言葉は見事に遮られたんだ。

「ごめんごめん。遅れたね、リュウジ。あれ、結局ハヤトも引きずり込んだんだ?」
 昇龍軒の前で問答していたオレたちの背後から声がした。
 振り返ると、亜由姉さんがそこにいた。ゆるいパーマの茶髪をふたつにわけて結わえて、Tシャツにデニムのラフな服装。背中にはリュック、手には書類を入れるようなプラスティックの円筒を持っている。
「あれ、亜由姉さん――?」
「うわあ、亜由姉!!! 違う、そうじゃねえんだ!!!」
 そのリュウジの様子を見て、オレは悟った。
 夏休みに入ったころに行ったおもちゃ屋で、偶然亜由姉さんに会ったことがあった。そのときに妙に言葉に濁していた『何か』の続きなんだな、これは。
「リュウジ、悪かった。オレ、内緒を詮索するつもりなんてないから。そしたら、今日は帰るよ」

 ふたりに手を振って、もと来た道を引き返そうとしたときだった。
「あ、ちょい待ち、ハヤト。っていうかね、リュウジ。どうせだったら、ハヤトを話に加えない? とぼけた従弟で恐縮だけど、意外と役に立つと思うんだよね」
「……悪かったね、とぼけた従弟で」
 何のことだかわからないけど、とりあえずこれに関してはひと言つけとこうかな。
「オウ。俺も付き合い長いし、とぼけてるのは充分わかってるんだけどな、亜由姉」
「……悪かったね、とぼけた特攻隊長で」
「わはははは!!! そんな顔すんなや、ハヤト!!! おっしゃ、わかった。亜由姉がそんなに言うんだったらハヤトも道連れにしとくか」
 何かを思い決めたようにリュウジは言って、そして亜由姉さんとオレとを《準備中》のプレートの下がった店の中に招き入れてくれた。

 いつも汗をかきながらラーメンをいただく店だからそんな印象なかったけれど、こうして炎天下から入ってくると冷房がしっかり効いている昇龍軒。厨房で夜の仕込みをしている音を聞きながら、亜由姉さんとオレは並んでテーブルについたんだ。
 リュウジは一度自室に戻った。オレはよくわからないまま亜由姉さんとふたりきり。
「で? 一体、何の密談をしようとしてたの?」
「あはははは、密談って。まあ、それは首謀者自らお話になるでしょ」
 亜由姉さんはそんなふうに言ってる。あくまでリュウジ次第ってことなんだな。

「待たせたな、亜由姉、ハヤト」
 言いつつ階段を下りてきたリュウジの手には、子供用の絵本が数冊載っている。
「何、それ?」
「これか? まあ、資料ってとこだな。こないだ古本屋で買ったんだぜ」
「ああ、ノブオと行ったときか」
 リュウジがテーブルに置いたそれを手にとってみる。内容は――子供時代だったオレが確実に喜びそうなやつ。
 悪と戦う変身ヒーローの活躍の本ばかりだった。
 オレが好きな戦隊ものもあったし、異星人や怪獣と戦う巨大化ヒーローのやつもある。
 
「で? 亜由姉、どうだ?」
「ああ、うん。とりあえず第一稿ね。こんなもんでいかが?」
 リュウジが問うのに応えて、亜由姉さんは円筒のふたを開けて中身を取り出した。
 テーブルの上に広げられたのは大きな画用紙。絵描きの亜由姉さんの作品らしい。
 描かれていたのは、ポーズをとるひとりの姿だった。
 頭には顔まで覆うヘルメット状のかぶり物、背中にはマント、腰にはいかにも秘密のありそうなバックルつきのベルト。
 赤いバトルスーツに変身後と思われる、これはまさしくヒーローみたいだ。
「お、すげえな、亜由姉!!! ずいぶんと本格的じゃねえか」
「でしょ? これでよかったら、この上に題字を入れて、下のほうには日時と会場を入れるといいかな、って」
「オウ、そうだな。今度の会議に持ってってもいいか?」
「もちろん。あ、手直しするとこがあったら遠慮なくね。これでも、こっちは仕事として受けてるんだから」
「当然!!! 最高のもんを作りたいから手抜きはなしだぜ」
 リュウジがさも満足そうに頷きながら、亜由姉さんの描いた絵に見入っている。
 それを見守る亜由姉さんの表情にはどこか誇らしさが漂っていた。なんというか、プロの風格とでも言うか。
 
「えっと――」
 リュウジと亜由姉がふたりで盛り上がりつつ、真剣に話しているのにおずおずと割ってはいるオレ。
「これはいったい、何の話?」
「あ、そっか。ハヤトに説明してなかったわ」
「オウ、言われてみればそうだな。ここまで見られてるんじゃ今更何を隠しても始まらねえな。仕方ねえから教えてやるぜ、ハヤト」
「……って、なんかこっちが申し訳ない雰囲気」
「わはは、いいってば。どうせこうなると思ってたしな? 亜由姉」
「そうね、リュウジ。まあ、あんたがもうちょっと隠し事とかポーカーフェイスとか上手だったらそんな心配なかったんだけどね」
「ちぇ。俺かよ。まったく、敵わねえなあ、亜由姉には」
 苦笑いで言いながらも、リュウジが話してくれる気になったみたいだ。
 
 つと席を立って、リュウジが冷蔵庫から瓶のコーラを3本持ってくる。
 それぞれ栓を開けて、コップと一緒にオレと亜由姉さんの前に置いてくれた。
「あ、悪いね」
「いや、どうってことねえ」
 それで喉を潤してから、リュウジが話を切り出すのを聞いている。
「ほんのちょっとした思いつきだったんだよな、最初は。で、話してるうちにどんどん乗り気になってきた、ってか。せっかく夏なんだし、いつもと違うことやっても楽しいかも知れねえし、って感じか?」
 そうか。楽しいんだ。リュウジが楽しいんだ。
 リュウジの顔はやんちゃ小僧みたいに輝いてたから、それがよくわかる。



   * 2 *

 
 昇龍軒のテーブルで、亜由姉さんが描いた絵を前にリュウジが話すのを聞いている。
「あのな。ここらで毎年、盆踊りやってるの知ってるか? ハヤト」
「盆踊り……ああ、そういえばやってたね。夏の終わり頃だっけ?」
「そうだ。いつも盆休みの次の土日にな」
 それはオレにも覚えがあった。ゲーセン裏の公園にやぐらを組んで、提灯を吊して。気合いの入った太鼓の音を去年も確かに耳にしたはずだ。
 それが――? と声に出さずに目顔で問うと、リュウジはこう続けた。
「その盆踊りってのは毎年ここらの、鬼浜町商店街が主催しててな」
「へえ、そうだったのか。知らなかった」
 なるほど。いかにもリュウジが好きそうだ。
「盆踊り自体は夕方から始まるんだが、毎年は日曜の昼間にカラオケ大会をやっててな。まあ、おっちゃんおばちゃん向けの企画だな。こう、やぐらとは別にステージ組んで」
「あはは。まさに町内仕様のイベントだ」
 そう言ったらリュウジは笑って頷いた。

 リュウジはコップに注いだコーラで喉を潤してから続ける。
「それでな、今年はステージの空いてる土曜の昼間に、子供向けのイベントやろうぜ、っていう話になって。ヒーローショーでも呼ぼうってことだったんだ、最初は」
「ああ、なるほど。頼めば来てくれるらしいからね、プロの興行が」
「そうなんだけどな。でも、それじゃ面白くねえだろ?」
 え、そうかな? おもしろくないってこともないんじゃないかな――とは思ったけれど、口を挟む余地はなかった。リュウジが続けてこう話す。
「しかも、その話をたまたま聞いてたノブオが思いついたことがあってな。試しに商店街の集まりで提案したら、すんなり通って。プロ呼ぶより安上がりだし、ってことで」
 なるほど、なるほど。ここまで来たら、さすがに察しのよくないオレにだってわかる。
 やっと話がつながった、とばかりにリュウジの目を見る。リュウジが笑ってこう言った。
「わはははは!!! まあ、そんなとこだぜ。せっかくだったら俺がヒーロー役やったらいいんじゃねえかって。まったくノブオの奴、面倒なこと思いついたよな」

 やれやれ、って言いたそうな顔ではあったものの、明らかにリュウジはにこやかだ。
「とか言って。リュウジ、すごい乗り気のくせに」
「うん。そうだね、亜由姉さん。リュウジ、楽しそうだもんね」
「そうそう。それで、リュウジはあたしに、ポスター作成の仕事を持ってきてくれたの。あと衣装デザイン案ね。それで、ほら。この前あそこのトイショップで資料探してたわけ」
「そういうことか」
「それっぽい衣装はそのへんでも買えるけど、それを仕立て直して自分らしさを出したいとかって、なんだかんだこだわってるんだよ、リュウジってば」
「わはは、いいじゃねえかよ。こだわりは漢にとっては必要条件だぜ!!!」
 亜由姉さんが暴露したことについて、リュウジはちょっとだけ照れた顔をする。

 しばらくあと、とにかく用事は済ませたから、と亜由姉さんは帰ることにしたようだ。何でも、これから1件別の打ち合わせがあるんだ、とか。
「今日はわざわざ悪かったな、亜由姉」
「全然。当たり前だからさ、こういう場合はクライアントのところに出向くのが」
「暗い――なんだって?」
「あはは、クライアントね。お客さんって意味よ、リュウジ」
「ほう。なんか難しいな。けど、亜由姉。ほんとはな、ストーリーとか考えるのにも付き合って欲しかったんだけどよ」
「え、ストーリー? あはは、それ、あたしパスだってば。だって、あたしはただの絵描きだよ? むしろ、ほら。それだったらコレ置いて帰るから。ウチのとぼけた従弟がそっちのほうなら多少は役に立つはずだもん。ね、ハヤト?」
「うん。オレ、そうかも。ちょっとはアイディアとか出るかもしれない」
 亜由姉さんのご指名を受けて、オレは即座に答えている。

 オレの即答を、逆にぎょっとした目でリュウジは見てた。
「ってかハヤトが単車以外のこういうことに積極的だっての、珍しいんじゃねえか?」 「いや、でも。オレ、ほんと好きだったからさ。子供の頃。だからけっこう詳しいよ?」
「だったらOKね。そしたらリュウジ。悪いけど、ほんとに時間だから。また連絡して」
「オウ!!! 気をつけてな!!! ってか、単車で送ろうか?」
「……それは遠慮させていただきます。次のクライアント、ごく普通の善良な企業だから、あんたの爆音マシンはちょっとどころか全然ムリ」
 じゃあね、と手を振って、亜由姉さんは昇龍軒を後にした。

「それで? ストーリーとか考えるんだろ?」
 亜由姉さんが出て行ってすぐに、オレはリュウジに向き直って切り出している。
「うわ、すげえな。ハヤト、やる気じゃねえか?」
「当然。オレ、けっこうノってきたよ、リュウジ」
 なんだかわくわくする。テーブルの上に広げられた亜由姉さんの描いたヒーローが、オレにやる気をくれているみたいだ。
「とりあえず、大筋くらいはあるんだよね? 現状で。ストーリーの」
「オ――オウ。まあ、簡単なやつはな。ってかハヤト、有り得ねえ勢いだな」
 リュウジがたじろいでいるもんだから、オレはちょっとだけ身を引いて笑って見せる。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと勢いありすぎた?」
「まあな。ってか、まだ全然考え中だからよ。ノブオと雑談した程度だしな。だもんで細かいことは決まってねえんだよな」
 
 それでもいいなら、という但し書きつきで、リュウジはこんなプランを話してくれた。
 最初に舞台に立つのは変身前のリュウジ。
 そこで、客席の子供らと対話方式で場を温める。
 しばらくして、客席アナウンスで敵からの挑戦状が読み上げられる。
 その後、客席に紛れ込んでいた敵の怪人が観客の子供を連れ去ろうとする。
 敵の怪人は、誰かひとりの子供を連れて舞台に上がる。
 リュウジがバトルスーツに変身して、敵に挑む。
 舞台上ではリュウジが怪人と相見え、そしてもうひとり、客席に仕込んでいる怪人の仲間が名乗りを挙げるのを、周りの子供らに退治するようにリュウジが指示する。
 闘いの末、怪人は泣きながら舞台袖へ退却――というのが筋なんだそうだ。

「ってわけで、怪人役は、ほら、魚屋のトシ兄に頼んでるんだけどな」
「ああ。俊也さんだっけ? 大学生の。そうか、夏だから帰省してるんだ」
「そうだ。あと怪人の仲間の頭数合わせに幾人か頼まねぇとな、ってとこか」
 リュウジのプランを聞きながら、オレは子供のころにどこかのデパートの屋上で見たヒーローショーの成り行きと思いを重ねる。 
「で、どうだ、ハヤト? 俺とノブオの考えた話ってのは」
「うん。悪くはないと思うよ。見てる子供たちも参加してる感じになるよね、それなら」
 オレがそう言ったのを承けて、リュウジはほころんだ表情を見せた。
「だろう? 俺ら、けっこう真剣に悩んだからな!!!」
「けど。オレだったら、ヒーローをひとりにはしないな、って思う」
「うん……? なんだって?」
 
 疑問符を投げて寄越すリュウジへ、オレは素直に、思うままを言ってみることにした。
「オレが好きだった『戦隊モノ』っていうのを前提にするとね。まず、客席を温めるのは必ずしもリーダーの役目じゃない。それは、そういう別のキャラクターを持った人物が任されるほうが普通だ。闘うときもそう。戦闘中の戦士は、目の前の敵と真剣に対面してほしいね。むしろ客席の状況に目を向けるのも別の、仲間の戦士のほうが自然じゃない?」
「ってハヤト――ずいぶん具体的だな」
「そりゃそうだよ。だって、そういう話をしたかったんだろ? リュウジは」
「まあな。言われてみればそうだけどな」
 リュウジが奇妙な顔でオレを見る。そうだよね。いつもとペースが違うことくらい、オレにだってわかってるからしかたない。

 けど、オレは――ここだけは譲れないという思いでこう提案した。
「リュウジ。オレが好きなヒーローは、『隊』なんだ。孤高のヒーローもかっこいいとは思うけど、それでもオレは、お互いに力を補い合うようなチームとしての『戦隊』にあこがれてたんだよ、子供のころ」
 ああ――そうだったんだ。言葉にしてみてようやく幼い頃のオレが理解できた。
 そう考えてみると、今現在のオレが置かれている立場っていうのは、その当時のオレが思い描いていた何かに近いのかもしれない。



   * 3 *
 
 
「なるほどな。ハヤトの意見はもっともだぜ」
 正面に座ったリュウジは腕組みをして、真剣な面持ちで頷いている。
「ってか、こんなに熱のこもった話ができるとも思ってなかったけどな」
「ああ――うん。オレも自分で思ってたよりも熱くなってたみたいだ」
「それにしても珍しいよな。ハヤトがそこまで主張するってのが」
 あはは、なんて。言いたいことを言ったあとのオレは、ちょっとだけ冷静になってた。
 
 何か考える顔をしながら、リュウジは最初に出してくれたコーラの空き瓶を厨房に下げて、かわりにコーヒーを持ってきてくれた。
 どうも、と受け取りながらリュウジが言うのを聞く。
「ってことは、俺ら4人で舞台に立つのがいいって思うんだよな? ハヤトは」
「オレら? 4人?」
「オレとハヤトとダイゴにノブオで、ちょうど戦隊っぽい人数だってことなんだろ?」
 たしかに手っ取り早く考えるとそうなんだろうとは思う。けど。
「いや、それは違う。これは商店街の催しだろ? だったらヒーローは商店街の人じゃないとダメだ。リュウジとノブオはOKだけど、ダイゴとオレには務まらない」
「ほう……なるほどな。それは一理あるかもな。考えてるじゃねえか、ハヤト」

 コーヒーカップを手に、当たり前、って意志を視線に混ぜてリュウジに頷いて続ける。
「差し当たって、魚屋の俊也さんは、怪人役じゃなくてヒーロー役に転向してもらおう」
「そうか。トシ兄も商店街の一員だもんな。でもな、そしたら怪人役はどうするよ?」
 リュウジの問いに、オレはごく自然に答えていた。
「うん。オレがやる。せっかくならオレも仲間に加わりたいじゃん。衣装代なんかは自腹切るから心配しないでいいよ」
「えええ!!! ハヤトが怪人? しかも衣装自腹だと? ……かなりその気だな、ハヤト」
 ――そうだよな。リュウジ、驚くよな。半分呆れてるのかな。難しい顔してるし。
 でもオレは、せっかくこうして子供時代のオレが憧れた戦隊ヒーローの話に一枚噛む幸運を得て退く気はなかった。

 あっけにとられるリュウジをよそに、オレは勝手にプランを進める。
「ダイゴは忙しいかな、時期的に。できたらオレと一緒に怪人役やってくれないかな。怪人もひとりってことはないのが定石だし」
「ダイゴか。それは平気じゃねえかな。本番は盆が明けてからだし、練習するったって直前にほんの何回かで充分だろうからな。何だったら、ほら、去年みたく俺らがまたダイゴんとこに掃除でも何でも手伝いに行けばいいんじゃねえの?」
 何だかんだでリュウジもノリが悪いわけじゃない。だんだん共謀者の顔になってきている。っていうか、オレのペースに巻き込んだかな。それはそれで珍しいけど。
「じゃあ後で、話だけでも持っていこうか。それから、ヒーロー役にもあとひとりくらい、誰かいるといいんだけどね。リュウジとノブオと俊也さんと、もうひとり」
「む。そうか――どうしたもんかな。ここいら、おっちゃんばっかりだからな」
 リュウジはひとさし指を顎に当てて、天井を仰いで考えている。

 しばらくそうした後、リュウジはオレの顔に視線を戻して、いたずらっぽくこう言った。
「オウ、俺、いいこと思いついた。白鳥くん呼ぼうぜ、ハヤト!!!」
「白鳥くん……ああ、白鳥先生か」 
 リュウジご指名の白鳥くんとは、先日教育実習で鬼工に来ていた白鳥先生のことだ。
 実習中は苗字のあとに『先生』って付けて呼んでたと思うんだけど、そうか。実習生の名札がはずれたらリュウジにとっては友達みたいなもんなのか。
「白鳥くん、呼んだら速攻来るよな、ハヤト」
「ああ――なるほどね。うん。そうかもしれない」
 白鳥先生は鬼工OBの大学生で、鬼工在学中から鬼浜町商店街に縁がなかったわけではない人だったんだ。
 現役鬼工生時代に、商店街の花屋のあおいさんに思いを寄せていたらしくて。
 しかもそれは、何年か経ったいまでも現役みたいで。
「そうだね。白鳥先生もいつか鬼浜町商店街の人になりたいんだったっけ」
「よく覚えてたじゃねえか、ハヤト!!! お前にしちゃ上出来だぜ」
「あはは……どうもね。それに、あの役者がかった立ち居振る舞いも適任かも」
「だろう? 我ながら名案じゃねえの、これ。な、ハヤト?」
 リュウジはいたく満足そうだ。白鳥先生に断られるとはまったく思っていない模様。

「おはようございま~っス!! 今日もがんばりま~す」
 そんなとき、店の裏口から挨拶の声が聞こえてきた。ノブオだな、これは。
「オウ、ノブオ」
「今日も元気だね、ノブオは」
「兄貴、チューっス!! おや、ハヤトさんもいたんっスね。日課の昼寝はいいんっスか?」
「……言うね、ここんちの店員も」
 上目遣いにリュウジを見ると、まあまあ、と笑ってる。
 夏休み前に臨時の手伝いとして昇龍軒のアルバイト店員となったノブオは、結局今でもそれを続けている。よく働くみたいだから店としても有り難いんだそうだ。
「で、どうかしたんっスか?」
「オウ、ちょっとな。ハヤト、さっきまでのとこ、ノブオに話してもいいか?」
「うん。リュウジがそれでよければね」
「俺はいいと思うぜ、ハヤトの案は」
 リュウジに力強くそう言われると、なんだかオレも誇らしいな。
 そしてリュウジはノブオに、オレの提案したもろもろを話した。ところどころオレも補足したりしながら聞いて。

 対するノブオの意見は概ね好意的だった。
「それイイっスよ、ハヤトさん!! へええ、ハヤトさん、意外と考えてるんっスね。オレ感動したっスよ、ホントに」
「意外と、ってね、ノブオ。ほんとにここんちの店員は……」
「にゃはははは。まあまあ、細かいことは気にしないでくださいっスよ~」
「わはははは!!! まあまあ、大目に見てやれや、ハヤト」
 ……ふたりしてコレだ。まあいいけどさ。
「そしたらとにかく、そっちに方向転換な!!! 俺はトシ兄に配役変更の連絡して、それから白鳥くんに電話……は、あおい姉ちゃんに番号聞いてからだな。それと、亜由姉にも連絡入れねぇとまずいのか。それはハヤトに頼んだほうが具体的に説明できるかもな」
「OK、じゃあ亜由姉さんにはオレが連絡しとく。っていうか、リュウジ。オレの案で経費とか余分にかかりそうだったら、言ってくれれば考えるし」
「そんなの気にすんなや、ハヤト!!! 今夜の集まりで報告して、どうにかすっから」
 いつもに増して声を大にして言うリュウジは、やっぱり頼もしいね、うん。
「あ、そしたら兄貴。オレはあとで大工の棟梁さんちに行ってきますよ」
「うん? 棟梁んとこか? ノブオ」
 大工の棟梁っていうのは、昇龍軒のお得意様だったはず。そこんちのお孫さんがノブオに懐いてるんだった。確か。
「ええ、兄貴。当日、棟梁に仮設舞台を組んでもらうんっスよね? プランが変わったら舞台組みのサイズとかも変更あるんじゃないっスか? 無いにしても一応、棟梁さんには言っておいたほうがいいかな、ってオレ思ったっス」
「それはそうだな。お前、気が利くようになったじゃねぇか、ノブオ」
「えへへへへ。兄貴、あざ~っス!!」
 なんだかオレが勝手なこと言い出して面倒にさせちゃったかな、なんて思ったけれども、リュウジもノブオもノってくれているし。
 あとは周囲をどれだけ納得させて、どれだけいい舞台が創れるか――なんて、柄にもなく真剣になっているオレが我ながらちょっとおもしろい。

 昇龍軒を後にしたオレは、鬼浜寺に向かった。
 オレの中で勝手に役柄を割り振られているダイゴを説得するためだ。
 珍しくも徒歩どころか、気がせいていたらしくて半ば走って行ったオレである。
 ダイゴは、麦茶を片手にオレの話に耳を傾けてくれた。その目はちょっと笑ってた。
「ほう。なるほど。そのような企画なのだな」
「うん。理解してもらえた? ダイゴ」
「押忍。充分理解できた。ハヤトが額に汗してまで俺のところに来た理由も、な」
「え――あはははは。そうだね。オレ、何かわかんないけど焦ってたかも」
「ハヤトはよほどその企画に熱心な様子だな」
「ああ。我ながらすでに必死かも。どうしたもんだろうね」
「ならば俺は何をしたらよいのだろう? 舞台に単車で登場という訳にはいかんだろうから、せめてそれらしく自転車にでも装飾を施してみればよいか?」



   * 4 *


 オレが乱入したせいで、なんだかんだと変更になってしまった鬼浜商店街主催の盆踊りの一環の、子供向けヒーローショー企画。
 魚屋の俊也さんと、それから白鳥先生にはヒーロー役での出演をとりつけたようだ。
 リュウジがそれぞれ電話で話したところ、俊也さんは「自分がヒーローって柄なんだろうか」とか言ってたようだけれど受け入れてくれて、白鳥先生は「華麗に舞うからそのつもりで」――なんて自信たっぷりだったとか。
 仮設舞台を担当する大工の棟梁さんも、「なんだなぁ。面倒なことを言い出すもんだ」なんて言いながらも楽しそうだったとはノブオの談。
 ポスター作成の仕事を請け負ったオレのいとこの亜由姉さんも、あれこれオレの意見――これはオレが勝手に注文つけたんだけど――を盛り込んでくれるみたいだ。あとでオレ個人に特別報酬を要求するとか脅かされたけど、それはそれでよしとするか。

 オレが企画に首を突っ込んでから3日が経った。
 今日は夕方、ダイゴの家の鬼浜寺に集合することになっている。リュウジからの招集で、それぞれの途中経過を報告し合うってことだそうだ。
 リュウジとノブオのヒーロー組は、検討中だと言っていた衣装を持ってくるんだろう。
 対する怪人組――ダイゴとオレもそれなりに準備を進めていたりして。
「おや、我が自慢の放蕩息子。お出かけかね?」
 現在午前9時。開店前の店先から外へ出ようとしたオレは親父に声をかけられる。
「うん。ちょっと出てくる」
「ほう。夏休み中のお前さんにしては早朝出発じゃないか。よくこんな時間に起きたな」
「まあね。っていうかほとんど寝てないし、オレ」
 そう返すと、親父は心底びっくりした顔でオレを見る。
「どうかしたのか、我が愛すべき息子よ。どこか悪いのか?」
「いや、夏休みの宿題があってさ。っていうか、オレってそんなに寝るキャラなのか?」
 オレの返事の最後のほうは、我が自慢の息子思いの親父殿の耳には入らなかったようだ。なんか知らないけど、外に出て空を見上げてる。
 オレはガレージの隅から自転車を引っ張り出しながら、肩をすくめてこう言った。
「親父。大丈夫だってば。いくら珍しくたって今日は雨なんか降らないって話だよ」
「おやおや、とか言いながらも今日に限って単車は留守番――これは確実に豪雨だな」
「……一応レインコート持っていくよ、オレ」

 リュウジの招集を前に、オレはこの企画のチームメイト・ダイゴとの打ち合わせがある。今日に限って自転車で出動なのはそのためだ。
 ダイゴの家に着くと、導かれて自転車を裏庭の木陰に乗り入れた。
 みずみずしい緑を誇る古木たちのつくる木洩れ陽に彩られるようにして、すでに駐めてあった自転車には、ダイゴ手ずからの装飾が施されている。
「へえ、すごいじゃん。本格的だ」
 紫色ベースの外装に覆われているダイゴの自転車は、もとは普通のどこにでもある荷台のついた自転車なんだ。
 プラモデル作るのが巧くて、いつかは単車も自分で外装してみたいと言っていたダイゴの、これは練習台ってとこなのかな。

「さすがだね。これ、ダイゴの単車に似せてある?」
「ああ。新しいデザインを急には思いつかなかったので。まだ試作段階だがな」
「試作って。いいじゃん、このままで」
「そうか? これは色を塗ったダンボールを切り貼りしただけのデモ品だが?」
「え、充分じゃない? 塗っただけって言っても、エアブラシとか使ってるだろ?」
「む――。実はハヤトのOKが出たらアクリル板で作り直そうかとも思っていたのだが」
「ええっ!! いや、そこまでしなくても大丈夫じゃないかな、なんて」
「そうか。ではせめて簡単に電飾くらいは仕込むとして……だな」
「で、電飾? ダイゴ、本気? って、オレの自転車もそうなる?」
「押忍。その程度の細工なら自信があるゆえ、ハヤトの愛車も俺に任せてもらえれば」
 オレに大真面目な顔で頷いたダイゴであった。洒落じゃないんだな。
「えっと。オレの自転車、本番までダイゴんとこに置かせてもらってもいい? さすがに家に乗って帰れそうにないから」

 怪人役のダイゴとオレが乗って登場することになっているマシン――自転車は、結局こだわりのあるダイゴが装飾のほとんどを請け負ってくれると言った。さすがに頼もしい。
 気温が上がってきたのを潮にいったんダイゴの部屋に上げてもらって、そこからオレたちの舞台衣装についてすこし話して、ダイゴの母上に昼食を振る舞ってもらい――そのあとオレは昼寝の体勢に入った……らしい。というか、意識がそこで途切れていた。
 昼飯のあとは昼寝、なんていう夏休みの生活サイクルのせいじゃない。うん、絶対。
 だってオレ、昨夜はリアルに徹夜だったし――なんていうのはどうでもよくて。
「ひとまずハヤトのマシンも飾ってみたが、仕上がりを見てもらえるか?」
 ダイゴに揺すり起こされたのは、約束の頃合い直前のことだった。
 
 ダイゴが装飾してくれたオレのマシンを見て、ダイゴに讃辞を述べて――やっぱり電飾はどうなんだろう、とは思ったけど――ちょうどそのとき、リュウジとノブオが到着した。
「チュ~っス!!」
「オウ、すげえな、その自転車。さすがダイゴだな!!! ってか、ハヤト、お前ここに来てまで昼寝か? 日課に忠実だな」
「え……なんでわかる?」
「わはは、ほっぺたに畳の跡がついてるぜ」
「うはは、ほんとっス~。ハヤトさん、よだれの跡にも気をつけてくださいっス」
「……親切にどうもね、ノブオ」
「まあまあ、リュウジもノブオも。ハヤトは昨夜は徹夜したそうなので」
 ダイゴが出してくれた助け船に、リュウジもノブオもびっくりしてる。……そうだ、今朝も似たような表情を見たよ、出がけにね。
「何? どうかしたのか? 悩み事とかあるのか、ハヤト?」
「おなかでもいたかったんっスか?」
「宿題をやっていたのだそうだぞ、リュウジから出されたやつのようだ」
 ダイゴの二度目の救命ボートに、オレは思った。チームメイトって素晴らしいな、って。

 鬼浜寺の広い部屋――みんなで押しかけたときに使わせてもらうところに落ち着くと、オレは持ってきていた『宿題』を『先生』に提出することにした。
 『宿題』=ヒーローショーの台本原案、『先生』=リュウジ、だ。
「なるだけリュウジが話してくれてた元の案を崩さないようには心掛けたつもりだけど」
 あり合わせのレポート用紙に書き付けた、大まかな展開と細切れの台詞を入れた原稿。 それを難しい顔でめくるリュウジの反応を待つ。なんだか緊張するな。
「おかしいところがあったら言って。そしたら書き直すから」
「いや、これでいいだろ。テンポも良さそうだしな」
 最後のページまで到達したリュウジが顔を上げたところで目があった。
「そうかな? それでいけそう?」
「オウ、ばっちりじゃねえか。徹夜の甲斐があったぜ、ハヤト!!!」
「リュウジがそう言ってくれるなら、じゃあ、それでいいのかな。ほっとしたよ」
 レポート用紙はリュウジの手からダイゴへ渡る。ノブオも手元をのぞき込んでいた。どちらも所々頷きながら、くすくす笑いながら読んでくれているみたいだ。
「そしたら、これは俺が預かってっていいのか?」
「うん。コピーとってあるから大丈夫」
「トシ兄と白鳥くんにもコピー送っとくわ。ってか、今夜はゆっくり寝ろな、ハヤト」
「いや――でも、せっかくだから今夜はみんなで走りに行きたい気分だけどな、オレ」
 リュウジは、わはは、と笑って寄越した。

 それからリュウジとノブオが持ってきた、ヒーロー用の舞台衣装を見せてもらった。
 ベースは白い市販品のコスプレ用スーツで、飾りのある色違いのマントが付属していた。
 マントはリュウジが赤、ノブオがピンク、俊也さんのは銀色で白鳥先生のが白だった。
「この飾りは、ですね。兄貴が縫いつけたんっスよ、ハヤトさん。すごいっスよね~」
「色調のバランスとか、考えたかったんだけどな。でも、みんな自分の衣装の色は譲れねぇって言うから、まあいいか、ってことになって」
 ――なんてリュウジが言ってた。譲れない気持ちはなんとなくわかるかも。

 一旦解散して夜に再度集合して走りに行こう、ってことになったので、リュウジの単車のリアに乗せてもらって帰宅した。装飾された自転車に乗るのはかなり勇気が要るから。
「ただいま、親父。残念ながら雨は降らなかったね。レインコートいらなかったよ」
「おや、息子殿のご帰還か。というか自転車はどうした? まさか廃車にでも?」
「ちょっと理由ありで――ってか、オレの自転車テクってそんなに信用ないのか……」



   * 5 *
 

 盆明けを迎え、鬼浜町商店街企画の盆踊りまであと5日と迫っている。
 白鳥先生と魚屋の俊也さんの時間調整ができたということでオレたちも集合、ということになっていた。
 いつもは商店街の寄り合いに使っているのだという、酒屋さんちの奥座敷。リュウジが酒屋の赤ら顔のご主人に挨拶にひとつしただけでオレたちも快くそこに通された。
 勝手知ったる何とやらでリュウジが人数分のお茶を用意して、率先して手伝うノブオがそれを配ってくれて。そうしているうちに酒屋のご主人が水ようかんを差し入れてくれて。
 なるほどね。やっぱりリュウジはここらの顔なんだな、と妙に納得した次第。

 一息ついたあとに、リュウジがあらためて場を仕切りはじめた。
「話の大筋はもうわかってもらえてるよな? 白鳥くんもトシ兄も、忙しいのに悪いけどよろしく頼むぜ」
「ふふふ、リュウジ君。舞台は私達を輝かせるためにあるのだろう?」
「お、白鳥氏。自信たっぷりですな。俺なんかそんな器用なほうじゃないんで、それなりにどきどきだわ。舞台とか、そういう華やかな感じとは無縁だもんで」
「俊也氏、ご冗談。伺ったところによれば、アクション練習に余念がないとか?」
「うへ。知ってた。ああ、そう言えばあおい様にうっかり話したんだったか」
「ああっ――い、いや、な、なにもそういった意味合いでは……俊也氏っ!!」
 さっきまで余裕綽々で前髪を掻き上げていた白鳥先生が急にうろたえたのは、あおいさんの名前が出たせいだな。
 花屋のあおいさんは俊也さんの師匠であり、白鳥先生の想い人である女の人。
 鬼工生だったころの白鳥先生は、あおいさんに近しい立場の俊也さんを密かにライバル視していたらしいんだけど、それは恋愛とは無関係のいわば師弟関係だったという事実が最近わかったようで。それ以来、同じく教師志望のふたりは連帯感で繋がれているらしい、っていうのはノブオが仕入れてきた情報だった。

「まあまあ、いいから落ち着けっての、白鳥くん。トシ兄も気をつけろって。白鳥くんが熱しやすいのわかってるだろ? あおい姉ちゃんの話になると」
「悪かった、リュウジ。つーか、お前も大人びてきたなあ……ちと感動だな」
「いや、こちらこそ申し訳ない。大人げなかったようだね、リュウジ君、俊也氏」
「あはは。リュウジが大人びてて白鳥先生が大人げないのか」
「うん? 何か文句あるのか? ハヤト」
 いや別に――とか言い訳しようと構えたオレよりも、リュウジの拳骨がオレの頭上に到達するほうが早かったんだけどね。
「痛っ――てば」
「あ~あ。ハヤトさん。わかってるでしょうに。兄貴に楯突いたらどうなるか、って」
「押忍。しかしながらハヤトの場合は確信犯的に場をなごませる腹づもりかも知れぬし」
「わはは、なるほどな!!! ダイゴが言うとそんな風にも思えるのがすげえよな、ハヤト」
 リュウジは笑いながら、こんどはオレのこめかみあたりを軽く小突いた。やれやれ。

 オレの起こした台本草案をもとに、もうちょっと細かい話し合いがもたれることになる。
 場にいる全員の前にあるのがコピーで出回っているおおざっぱな台本で、それぞれ赤鉛筆をもってあれこれ書き入れたりしてる。ちょっとした会議の気分だ。
「そしたらま、俺はそのくだりで必殺技っぽいアクションとか出そうかな、と思ってだ。ちょっと練習してるんだな、リュウジ」
「おや、奇遇。私も似たようなことを考えていた、俊也氏」
「お。気が合いますな、白鳥氏」
「必殺技かっこいいっスね、俊也兄さんも白鳥センセも」
「どれ。ちょっと見せてくれや、ふたりとも」
 興味津々のノブオとリュウジが相次いで言う。
「や、ここじゃちょっと無理めだな。俺、バク転とか、そんなんだ」
「私もジャンプとターンの応用なので、ね」
 兄貴分ふたりは視線を交わしながら答えた。
「ああ、白鳥先生のはわかるね。先生、フィギュアスケートだもんな」
「押忍、ハヤト。して、俊也さんは体操選手か何かなのだろうか」
「や、俺はレスリング。その昔は細っこかったから、中学んときは体操部だったがな」
「へえ。がっちりしてるけど身軽なんだ。ヒーローショーにはぴったりかも」
「ですね、ハヤトさん。細身のわりに軽快アクション向きじゃない人もいますけどね~」
「ノブオ。それはオレに言ってるの?」
「オイ、ハヤト。あんまり絡むんじゃねえって。大して時間ねぇんだから」
 ……結局オレなのか。

 話が一段落すると、ヒーロー組は衣装合わせに入った。
 4人して、リュウジが手を加えたコスチュームを試着してた。
 衣装には、リュウジが縫いつけたんだというキャラクターに合った飾りがついていた。
 リュウジのは龍のワッペン、ノブオは本人がリュウジに懇願したとういハート型の刺繍、俊也さんのには魚の形のぬいぐるみ――クレーンゲームの景品だっていう話だ――、白鳥先生のはバラの造花だった。
 白鳥先生はそれを見て、当日できたら生花に変更したい、なんて言ってた。
 俊也さんはひたすらリュウジの手先の器用さに、半ば呆れてたのがおもしろかった。
 途中で脱線したりもしたけれど、コピーの台本には赤鉛筆の書き込みがたくさん入った。
 それを見るだけで何となく充足感にみちあふれるオレがいる。うん、やたらと楽しい。

 ふう――と息をついたオレにリュウジが矛先を向けた。
「よっしゃ。んじゃこんな感じでいけそうか? ハヤト」
「え、オレに訊く?」
「オウ!!! だって、これはお前の作品だろう? ハヤトが納得してるんなら成功するような気がするぜ、俺は」
「作品なんて、そんな大それたもんじゃないけど――でも、オレは満足。オレが子供の頃だったら確実に拍手喝采だな」
 リュウジの目をまっすぐ見て、オレは即答してた。けど思い直して追加発言。
「あ、違うな。子供の頃じゃなくてもさ、今これをデパートの屋上でやってても見入っちゃうかも。オレ」
「ずっと考えていたのだが、意外だね、ハヤト君。きみにこういう趣味と才能があったとは私には見抜けなかったよ」
「あはは、白鳥先生。大丈夫。オレもこんな趣味があったの、何年も忘れてたしね」
「白鳥くん、覚えといたほうがいいぜ。ハヤトってのは、こういうとぼけた奴なんだぜ!!!」
「……それでもって、リュウジとかノブオにつっこまれる体質なんだよな、オレって」
「だってしょうがねぇだろ、ハヤトだもんな!!!」
 わはははは、とリュウジは笑った。つられてみんなも笑った。気づいたら……オレも。

「白鳥氏。俺、思った。こんな小僧どもに囲まれて仕事するのが、やっぱ夢なんですな」
 笑いの最中に俊也さんが、なにげなく、といった雰囲気で言った。
「ああ、私もそうかもしれないと思っていたところ」
「奇遇――というよりはやっぱり似たもの同士かも、ですな。白鳥氏がこいつらと親交が深くなったように、実習中に俺に懐いてくれた奴もいたりするんですわ」
「確かに。そういう出会いがあると目標が定まるというのは一理あるね」
「えへへ。先生がた、来年は約束通りこっち戻ってきてくださいっスよ~」
 鼻の下をこすりながらノブオが言う。
「そうだな!!! とくに白鳥くんは、予行練習だもんな。まずは鬼浜町商店街の人間になるための。いや、練習ってか試験か?」
「試験なのか、リュウジ? それは白鳥先生も大変だな。今後採用試験もあるだろうに」
「あ、ダイゴ。それに卒業試験なんかもあるんじゃない? 大学の」
「うひゃ~。大変なんっスね、先生になるって。オレ、試験キライっス~」

「……ヤなこと言いますな、白鳥氏の未来の生徒共は」
 なんて、冗談めいた口調で俊也さんは白鳥先生に言ったけれども、白鳥先生はやけに緊張した面持ちを作っている。
「鬼浜町商店街の試験――私はこの試験が今後のどれよりも重責のような気がするよ」
「って、大袈裟な。そしたら白鳥氏。身の振り方に困ったら商店街の仕事を斡旋しますわ、ウチの魚屋。無試験でいいんで、いつでもどうぞ」
 それを聞いた白鳥先生は、いつもの陶酔気味のキャラを取り戻した模様。
「おお、それは助かる、俊也氏。滑り止めに合格していれば怖いものは皆無。よし諸君、明日の稽古には遅刻するんじゃないよ。ダイゴ君のところに10時、了解?」
「了解……って、なぁ。白鳥くん、やっぱ仕切るの巧いぜ。頑張って教師目指せ、な?」
「任せておいて欲しいね、リュウジ君。私は期待されると強いのだよ」
 未来の教え子候補のオレとしては、そしたら最大限に期待するのが最上の応援なのかな。



   * 6 *


「ショウリュウレッド、参上だぜ!!!」
 気合いの一声を挙げたあと、リュウジは見慣れた闘争ポーズをとる。
「フィッシュシルバー、只今見参」
 打ち合わせのときに言ってた予告通りに、俊也さんはバク転を決める。
「フラワーホワイトの御目見得だ」
 白鳥先生がくるりと連続ターンするとマントが風をはらんだ。
「デマエピンク、お待たせしました~」 
 小走りに登場するノブオ。なんだかオチになってていいかも。
「我等鬼浜戦隊ショウテンジャー、商店街に悪さする奴は何人たりとも許さねえ!!!」
 リュウジがそう締めると、4人並んでキメのポーズがとられた。

 稽古場は鬼浜寺の広い部屋。現在リュウジたちがヒーローとして登場する場面の練習中。
「どうだ、ハヤト? こんなもんで」
「うん。いいね。決まってるじゃん」
「だろう? 俺ら、けっこう密に打ち合わせとかしたもんな!!!」
 とリュウジは胸を張る。けど――なんだか物足りないような気もしたオレは正直なところを言葉にすることにした。
「ただ、欲を言うとリュウジがちょっと地味じゃない? 動きがないっていうか。俊也さんと白鳥先生が派手だから」
「そうか。なるほどな。言われてみればそうかも知れねえぜ。何かこう、アクションとか簡単に教われるやつってあるか? トシ兄」
「そうだなあ。そしたらリュウジ、こんなんできるか?」
 なんて言いながら、俊也さんがリュウジ動きを伝授しはじめる。
「それではノブオ君も何かやってみるか?」
「あ、は~い。オレも白鳥センセに負けないように華麗に登場しちゃいますよ~」
 これがヒーロー組のチームワークの良さ。うん、なんかいい雰囲気だ。
 
 それを見ながらダイゴが言った。
「ハヤト。技が決まるまで俺たちも庭で何か練習するか?」
「え? オレたちも何か必要かな?」
「押忍。曲乗りはどうだろう。登場後に飛び降りて前転する、とか」
「って、ダイゴ。そんなことしたらせっかくのデコレーションが台無しにならない?」
「そう――か。それはさすがに勿体ないか」
 ダイゴがすこし残念そうだった。ダイゴもかなりノってるってことだな。
 
 その日の稽古は、その後ダイゴのデコレーションした怪人組――ダイゴとオレが乗って登場する予定の電飾付きの自転車をお披露目したり、あとは台詞の言い回しなんかを調整したりしたところで、午後の早めの時間に終了となった。
「したらば、俺は先に帰るから。ちと来客があるもんでな」
「ああ、俊也氏。帰るならば私もご一緒に商店街まで。いや、当日使う生花について相談させてもらうことになっているのでね」
「あおい様のところですな、白鳥氏。そしたら一緒に行きますか。んじゃまた明日な」
 と言いつつ、鬼浜町商店街青年団――でいいのかな?――は一歩先に帰っていった。
「兄貴、今日はオレ非番なんで、母ちゃんと約束あるんっス。お先でっス!!」
「オウ、ノブオ。ちゃんと母ちゃん孝行しろな」
 リュウジにそう言われたノブオは満面の笑みで頷いて、うきうきと帰っていった。
「リュウジ、ハヤト。済まんが俺も家のお遣いがあるので、そろそろ外出の時間ゆえ」
「あ、そうなんだ。長々とお邪魔しちゃって悪かった、ダイゴ」
「そうだな。俺らもそろそろ撤収しねえとな。ダイゴ、明日もよろしく頼むぜ!!!」
 といったところで、廊下を通りかかった住職にお辞儀をしてからリュウジとオレも鬼浜寺から引き揚げた。

 たまには一緒に遊ぼうぜ、なんていうリュウジに付き合うことにした。ゲーセンで寄り道をして、それから腹が減ったというリュウジに連れられてハンバーガー屋へ行って。
 おやつの最中、リュウジがポテトをつまみながら笑い顔を作ってこう言った。
「お、そうだ。ハヤト、お前もうポスター見たか? 告知のやつ」
「ポスターっていうと、亜由姉さんの?」
「オウ!!! もう商店街のそこいらに貼られててな。いい出来だと思うぜ、俺は」
 誇らしそうに言うリュウジの顔を、亜由姉さんも喜んでくれているんじゃないかな。

 小腹を満たしたあとのオレは、リュウジに誘われて商店街へと足を向けた。亜由姉さん作のイベントポスターを是非見て行け、ってことだった。
 見れば商店街の店先や電柱なんかの至る所にそれは貼り付けられてた。
「へえ。こんな風になったんだ」
「オウ。すげえかっこいいよな!!!」
 紙面中央にはそれぞれ赤、銀、白、ピンクのマントをつけたヒーローが描かれている。
 右下には青と緑の人物シルエット。その周囲にはすこし小振りの黒いシルエットが5人分あって、さらにその下には「↑悪の怪人」とふりがな付きで書いてある。
 最下部は本番の日時と場所が書いてあって、最上部には『鬼浜戦隊ショウテンジャー ヒーローショー』の文字が大きく目をひく。
 そして、赤いマントのヒーローの台詞と見せた吹き出しには、こんな文字があった。
 『商店街で君と握手!!!』
 それはオレが子供のころ、どこかの遊園地で開催されるヒーローショーのテレビCMでお馴染みの台詞をひねったと思わせる文言だった。
「――なんか懐かしいな、この台詞。これ入れたのリュウジ?」
「うん? この、握手ってのか? いや、それは俺じゃねえ。亜由姉から原稿貰ったときには入ってたぜ。ってか、俺はてっきりハヤトの注文かと思ってたけどな」
「いや、オレの案でもない。ってことは亜由姉さんが入れたんだ」
 なんだかんだ、亜由姉さんも楽しんでたんだ、この仕事。ちょっと連帯感だな、オレ。
「そう書いてあるってことは公演後に子供らと握手とか、写真撮ったりとか、そういうことやったほうがいいんじゃねえか、って実行委員長に提案されたぜ、俺」
 幾分恥ずかしそうにリュウジが言うのがおかしかった。
 
 さて、そろそろ帰ろうか――なんて空気になったときのこと。商店街のメインの通りから小学校低学年くらいの男の子が2人走ってきて、リュウジを見て足を止めた。
「あ、リュウジだ。ねえ、リュウジもヒーローショー見にいく~?」
「うん? 俺か? さあな。どうするかな」
「え~。いっしょに見ようよぅ」
「おっしゃ。考えとくぜ!!!」
 そうか。オレたち稽古はもっぱら鬼浜寺でしてたから、この子たちはまだ舞台に上がるヒーローの正体とか、知らないんだ。思わず口許がほころんだオレ。
「そうだ、リュウジ。ぼくたちさっきね、怪人見ちゃったんだよ」
「そうそう。ものすごい大きいやつでさ。こわかったぁ。魚屋さんに入ってったんだけど、だいじょうぶかな、魚屋さん?」
 
 男の子たちが心配そうな顔を見合わせるのを見ながら、リュウジがオレに耳打ちをした。
「ハヤト、それってダイゴだよな。トシ兄、鬼浜寺に忘れ物でもしたのか? ってか、ダイゴってそんな怪人面だっけか」
 さあ? とオレはリュウジに小首を傾げてみる。
 ダイゴが怪人面というか――そういうことじゃなくて、何か引っかかる。
 そしてリュウジが作り笑いで男の子たちにこう言った。
「あのな。いくら怪人つったって、無闇に暴れたりしねえから安心しとけな。ってか、頼む。そこで見たことは誰にも言わねえでくれや。ネタバレは禁止だからな!!!」
「ネタ……ば?」
「それってどういう意味? リュウジ」
 リュウジの結んだ言葉に、男の子たちはピンと来なかったみたいだった。それはそうか。
「うん、気にしないでいいよ、君たち。それよりヒーローショー、楽しもうね」
 代わりにオレがそう言ったら、ふたりは大きく返事をしてから手を振って去っていった。
 
 オレはあまり疑念を持っていなかったらしいリュウジへ呟いた。
「っていうか、なんでオレは何も突っ込まれなくてダイゴだけが怪人として認識されてたんだろ? そもそもあの子たちはリュウジがヒーロー役ってのも知らないんだよな?」
「まあな。けど、子供らからしたらダイゴは巨体だからな。それっぽく見えたってだけじゃねえの? あながち子供の勘ってのは侮れねえからな。ハヤト、お前も当日まで気をつけろや。自分からネタバレすんじゃねえぞ!!!」
「うん。それは了解。うっかり怪人だってバレたら、商店街ひとりじゃ歩けなくなるもんな。子供たちに囲まれていじめられたりして……とか考えると笑えないな、オレ」



   * 7 *
 
 
 ヒーローショー本番まではあと3日。
 鬼浜寺で稽古のオレたちだけど、今日は午前中だけで切り上げることになった。なんでも午後から白鳥先生に用事があるんだそうだ。
 昼ぎりぎりまで、本日は初めての通し稽古をやってみた。
 懸案だったヒーローの登場シーンも多少変更されてて、今日のは本当にばっちりだった。
 時間いっぱいで白鳥先生と、ついでに俊也さんも一緒に帰っていった。俊也さんは早朝から店の仕入れに付き合ったから昼寝でもしよう、なんて言ってた。
 
 オレたち4人が残った鬼浜寺。厚かましくもダイゴの母上に振る舞ってもらった昼食のそうめんをいだたいてる。
 おいしい音を立てながら箸を進める最中、リュウジが訊いた。
「ハヤト、ノブオ。お前ら時間大丈夫か?」
「オレはできたら夕方前には帰りたい。親父に頼まれ事してる」
「ええと、オレは夜の開店からのシフトなんで、そのころまでは暇っス、兄貴」
「よっしゃ。そしたらたまには草取りやって帰ろうぜ!!! 短時間でもやらねえよりマシだよな、ダイゴ」
「いや、そう気を遣わんでも。皆忙しそうなのでな」
「いいや、これは気遣いじゃねえよ、ダイゴ。稽古場貸してもらってる料金だと思ってくれればいいぜ。なあ、ハヤト? ノブオもそう思うよな?」
「うん、賛成だ」
「もちろんっス、兄貴。オレがんばります!!」
「そうか。ならば遠慮なく頼もう。かえって済まんような気もするが」
「そんなことねえって。大体、ここ使わせてもらえてるのは結果的にはすげえ助かってるんだよな。ここは人目につかないんで、ネタバレの心配がねえから」
 リュウジの発言で思い出した。そうだ、ネタバレ云々の件があったんだよな。

 食事を終えたオレたちは、さっそく草取りにかかることになった。
 みんなして頭にタオルを巻いて、稽古着のままのTシャツとジャージで、鎌を持って。
 午後の陽射しはすごく強いけれど、寺の周囲には大木が植わっているので、その下あたりに来ると日陰のありがたみってのが身にしみる。
 独特の青い匂いと土の匂いをかぎながら、オレたちは肉体労働に勤しんだんだ。
 目に入った汗を拭おうと、Tシャツの袖のあたりでごしごしやってたところにリュウジの声が聞こえてきた。
「そうだ、ダイゴ。昨日の夕方、商店街へ来たか?」
「ああ、確かに通った。その時に告知ポスターを見たぞ、リュウジ」
「あ、ダイゴさんも見ました~? あれ見るだけで緊張するんっスよね、オレ」
「ノブオ、1枚持って帰ってたろ? 母ちゃんに見せるって。家でも緊張してるのか?」
「ウチでは母ちゃんたちの寝室に貼ってるみたいなんで、見ないから平気っス」
「そうか。まあ、そりゃいいんだが。で、ダイゴ。昨日トシ兄んとこへ寄ったか? 忘れ物でも届けたのか?」
「鬼浜鮮魚店か? いや、寄ってはおらんな。その前を通りはしたが」
「あれ? そうなんだ。じゃあ昨日のあの子たちは見間違いだったのか」
 そう言ってから、オレは昨日商店街で会った男の子たちによる怪人目撃談をダイゴとノブオに話して聞かせた。
 
「ふむ。前を通ったのを見たのだったら俺のことかも知れんがな」
「む~。もしかして、その子たち大袈裟に言っちゃったんでしょうか?」
「それはわからないけど。でもダイゴを見かけて即怪人って思うかな?」
「まあ、いいじゃねえか。とにかく当日までバレないようにしようぜ、ってことを俺は言いたいだけだ。昨日の子たちにダイゴが自分から怪人だって名乗ったんじゃなきゃ、それでいいぜ。正体がわからねえほうが面白いだろ?」
 リュウジが主張したいのは、あくまでそのことだったようだ。
「そうだね。ダイゴ、気をつけよう。オレも思ったんだけど、怪人だってわかったら子供たちに攻撃されるかもしれないし。当日もできる限り顔は隠さないと今後に支障が、ね」
「押忍。それは充分わきまえよう。何せ今日もそちら方面へのお遣いがあるので。商店街を通れなくなると非常に遠回りになってしまうゆえ」
 ダイゴはいつもよりもなお目を細めて笑って、そう言った。
「でも、オレたちは気をつけるとして、リュウジとかノブオは別にいいんじゃないの? ヒーローは人気者なんだから、そんなに隠さなくても。当日も最初は素顔なんだし」
「馬鹿言うなや、ハヤト。俺、人気者とかそういうの、向いてねえってのに」
 そうか。リュウジはどこか照れくさいんだな。なんだか口調がそれを語ってる。

 作業に一段落つけたのが3時ごろ。リュウジとノブオは昇龍軒へ、オレは家へと戻ることにする。撤収の一行に、お遣いがあるというダイゴも混ざって商店街方面へと向かう。
 直接家へ帰るつもりだったんだけど、途中でレポート用紙を買い足しておこうと思いついて、まだちょっと時間もあったので商店街まで同行することに決めた。
 商店街の入り口付近、つまり昇龍軒の手前まで来たところで昨日行き合った男の子ふたり連れに遭遇した。
「あ、リュウジ。もうちょっと早くきてくれたらよかったのに」
「ほんとほんと~」
 男の子たちはリュウジの姿を見るなり駆け寄ってきて、口々にそう言った。
「うん? どうかしたのか?」
「それがさ。今日も見ちゃったんだよ、ぼくら」
「怪人、また来たんだよ。でっかいやつ」
「今日も魚屋さんにいたみたい。出てきたとこを見たんだ」
「それでね。途中までおっかけてったんだけど、こわかったから帰ってきたとこ。リュウジがいたらいっしょに追いかけてほしかったのにね」

 真剣そのものの子供たちをよそに、オレたちは顔を見合わせている。
 なんだ。彼らが昨日見た、今日も商店街に来たという怪人っていうのはダイゴのことじゃなかったのか。
 だってダイゴは今、彼らの前にいるわけだし。
 リュウジが心配していたこととは関係なかったんだとわかって、オレもほっとした。
 そんな意味の視線を交わしあったところで、リュウジは子供たちに言った。
「そうかそうか。それじゃ次にまたそいつを見かけたら俺にも教えてくれな。俺だったら本当に怪人かどうか見分けられると思うからな」
「うん、わかった、リュウジ。きっとそうするね」
「よかった、リュウジがいてくれて。そっちの大きい兄ちゃんも強そうだから安心だね」
 ふたりはダイゴを見上げてこう評す。ダイゴが頷くと満足したように去っていった。
 
「何だ。例の目撃談はダイゴじゃなかったんだな」
 ふたり連れの姿が視界から消えたあと、リュウジが呟いた。
「そのようだな。俺もこれで安心してここを歩ける」
「うん、ダイゴ。よかったよ。けど、誰だったんだろ?」
「真相究明しちゃいます? 俊也兄貴のとこ、行ってみません?」
「そうだな。誰だかわかんねえけど、怪人扱いされてる人がいるのも気の毒だよな」
 といったところで、オレたちは揃って商店街の鮮魚店、俊也さんの家へ赴いた。
 
「怪人だって? あんなに可愛いのにか? そんなふうに見えるのか、子供らには」
 リュウジが呼んで奥から出てきた俊也さんは、リュウジの説明を聞いてこう感想する。
「オウ。なんかおっかねえらしい。この店がどうにかなるとか、心配されてたぜ?」
「まさかまさか。有り得んよ、そんなん」
 俊也さんは笑い飛ばす勢いだった。
 鱗がぴかぴか銀色に光る魚が並ぶ店先。その前でオレたちは俊也さんの話を聞いた。
「それな、俺が教育実習行ってたときに知り合った子だ。俺に懐いてくれたもんで、こっち戻ってるって報せたら、昨日も今日も遊びにきてくれてな。本当に可愛いもんだよな」
「なんだ、そういう話だったのか」
「そうそう。ああ、リュウジたちのことも知ってたぞ。あんまり仲良くないらしいな?」
「うん? 何だ……ってか、誰のことだ?」
 なんて訊く体勢のリュウジに向かって俊也さんがこう続ける。
「そいつ、ゴンタだよ。体は大きいけどナイーブな子だろ? 最近、なんだか寂しいんだと。いつも一緒に行動してるやつが旅行中らしくて。その間の話し相手が俺ってことで」
「ゴンタだったのか!!! なるほどな。納得だぜ。しかし話し相手ってのは……」
「何かおかしいか? あいつ、よく喋るよな? 声がくぐもってるから聞き取りにくいけど。俺とはちゃんと普通に会話できるのがうれしいんだって喜んでくれるし」
 可愛い、ナイーブ、よく喋る――オレたちの知っているゴンタと同一人物なのか?
 まあ、大柄で寂しがってる、っていうところは当てはまると思うけど。



   * 8 *
 
 
 舞台稽古は終盤に入った本番2日前のオレたちである。
 今日はダイゴとオレの怪人組に加勢してくれる有志が来てくれて、キャスト勢揃いのリハーサルが敢行されることとなる。
 有志たちにはとりたてて台詞があるわけではないし、各々忙しいだろうから、ということで稽古場に来てもらったのは今日が最初で最後といった手筈。
 集まってくれた面々を前に、オレがさらっと説明をする。
「そしたら、当日は今着てる黒の部活ジャージで来てくれればそれで大丈夫だから」
「了解した、相棒さん」
「うん。それで、オレが『集合』って合図したら、こっそりとこれを装着して……」
 と言って、オレは用意してあった黒の目出し帽を取り出す。
「被ったら、客席にばらけて座ってた位置にそれぞれ立ち上がってもらいたいんだ」
「そして攻撃へ適当に粘ったあとに、適当にやられたふりをすればよい、ということだ」
「そう。そんな役で悪いけど、協力してもらえると助かるよ。森園主将」
「なんのなんの。我々にとっては何であっても練習だから」
 鬼工野球部・森園主将は妖艶に笑んでそう答えてくれた。
 
 本当は主役級をお願いしてもいいくらいの役者なんだろう森園主将だけれども、今回はほんの脇役として助力してくれることに異議を唱えるでもなく。それだけじゃなくて、もともとは演劇部だったという玉城もメンバーなのでそれなりに恐縮したいたりもしたけれど、彼ら一行はそんなことなど一切気にしない、といったスタンスでいてくれた模様。
「でな、このきっかけで客席から攻撃されることになってるんだけどな。このへんは決して本気になったりしねえでほしいんだよな」
「もちろんそれは了解している、リュウジ。我々はあくまでスパイスなんだろう?」
「まあな。それを理解してもらえてるんだったら言うことなしだぜ!!! なあ、ハヤト?」
 リュウジは気合いの入ったこぶしを挙げた。それへオレも握った右手をぶつけてみる。

 最終的にストーリーは観客の子供たちの参戦を見据えてのものだったから、その部分はちょっと本番では変わってきそうな感じだったけれど、どうにかこうにか稽古は形になっていた。と、オレはそう思ったので満足だ。
 全編通しでのリハーサルを終えたあと、自然に頬をほころばせているオレがいる。
「うん。これなら明後日は上手くいきそうだ」
「そうか。ハヤトがそう言うんだったら大丈夫だよな!!! 何つったって監督だもんな」
「え、監督とか言った? リュウジ、オレはそんな大層なもんじゃないって」
「いや、しかしこのプランは相棒さんがあってのものなんだろう? 我々はリュウジからそう聞かされている。だから監督で正解だろう。な?」
 なんて森園主将が言うのに野球部の面々も賛同していたりとか。
 あとはダイゴもノブオも、それから白鳥先生も俊也さんも笑ってたりとか頷いてたりとか、オレの背中をどやしつけたりとかしてくれて。
 なんだか気恥ずかしいながらも、出演者諸氏にオレはこんな風に言って頭をさげてみる。
「ええと――そしたら本番はどうぞよろしく」
「おい、ハヤト。お前、なんか気合い足りなくねえか? そこは夜露死苦ぅ!!! だろうが!!!」
「あ、そう? じゃ、あらためて――夜露死苦ってことで」
「……なんか締まり悪いけどな。まあ、いいか。ハヤトだからな」
 リュウジがやけに芝居がかったため息をつく。みんな笑ってる。オレも笑ってた。

 リハーサルをこなしたあと、野球部は来たときと同じくランニングで鬼浜寺から去った。 それを見送りながらリュウジが言う。
「そろそろいい時間かもな」
「ん? 何の?」
 オレはリュウジに訊いている。
「今日な、公園に舞台が組まれる日なんだよな。盆踊りのやぐらは明日っつってたか?」
「はい、兄貴。オレもそう聞いてるっス」
「ちょっと様子見にいってみるか?」
「それは良いね、リュウジ君。実際の舞台は前もって知っておいたほうが」
「だな。跳んだりはねたりするのには空間を把握しないと話にならんよな」
 なんて兄貴分ふたりが賛同する。オレにももちろん異論はない。
「うん。そしたら行ってみようか。ダイゴも出られる?」
「押忍。悪いが少し待ってもらえるか? 住職についでの用向きがあるか訊いてくるゆえ」
「オウ!!! ダイゴ、商店街で買い物あったら勉強してくれるように俺が交渉するからな!!!」

 しばらく後に、オレたちは6人して商店街へ向かった。
 町を通り過ぎる空気には、そろそろ晩夏の気配が混ざり始めているようだ。それでもまだまだ夏を惜しむかのように太陽はがんばってる。
 海の方角には入道雲。だけど頭上の雲はすこしだけ薄くなってきているように見えた。
「で、どうよ? 白鳥氏。あおい様とは、ここんとこ」
「ああ、俊也氏。私は、まあ――それなりに」
「うはは。リュウジ、今の聞いたか? 白鳥氏、えらいはにかみようだよな」
「って、トシ兄。あんまり攻撃すんなや。そのへんは大人のあれこれってのがあるんじゃねえのか? なあ、白鳥くん?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リュウジ君。大人の――などと、君が言うのか……っ!!」
「うん? なんかおかしいか?」
 リュウジは至って涼しい顔でそれを言ってのけたんだけど、白鳥先生はやけに慌ててる。
 ……おそらくリュウジは単に年齢的に大人の白鳥先生とあおいさんとの関係がそれなりにいい感じなんだろうと言いたかっただけなんだろうけど。それにしては言葉が足りないというか、誤解を招くと言うか。それへの自覚がないリュウジがアレと言うべきか。
 なんだかんだ、オレたちは一切それへはフォローする術もなく、といったところ。
 
 オレが思うにリュウジのあまり深く考えない物言いが、年齢的に『大人』な人たちにどう取られたのかは置いておくとして――いや、置いておくべき異変が訪れた。
 鬼浜町商店街の入り口付近、昇龍軒の前までたどり着いたオレたち一行を待ちかまえていたのは、周囲の喧騒であった。
 商店街のメインの通りは、いつもの賑わいに輪をかけて騒々しいな、という感じ。
 遠目にもテンションの違う空気を放っている商店街の一角には、あからさまに人だかりができていた。
「うん? なんだ? どうかしたのか?」
 つと立ち止まり、それを見やってリュウジがいぶかしそうに言った。
「何だろうね。騒がしい感じだ」
「押忍。いつもの雰囲気とは違うようだな」
 なんて短くオレたちは言葉を交わし合う。
「あれってば、俺んちの方角かも? なんかあったんか?」
「もしかしたらあおいさんの店が――?」
 俊也さんと白鳥先生が顔を見合わせて、頷きあってから喧騒へ向けて駆けだした。
 それについてノブオも走りだす。
「兄貴、オレちょっと見てくるっス。偵察は任せてください!!」
「って、おい、ノブオ、ちょっと待てって!!! 俺も行くぜ!!!」
 さらに続くリュウジを追って、ダイゴもオレも――結局全員で走ってる。

 人だかりのそば近くまで辿り着いたオレたちだけど、思ったよりも人垣は厚くてその中心で何が起きているのかを即座に察知することはできなかった。
 足止めを喰ったオレたちの前へ、逆に人垣の内側から出てきたちいさい姿が現れた。
「あ、リュウジ!!」
「今の、見てた? すごかったよね~」
 口々に言う彼らは、昨日も一昨日もここで会った小学生の2人組だった。
「うん……? いや、俺らは今来たとこなんだけどな」
「あ~、それじゃ見のがしちゃったんだね。ざんねん」
「今ね。すごかったんだよ!! だ~、って!!! うわ~、って。ね?」
「うん。ほんとにすごかったんだ。めちゃめちゃかっこよかったんだよ!!」
「――悪いけど、全然わかんねえぞ? ちょっと落ち着けや、な?」
 興奮してる男の子ふたりの肩に手を置いて、リュウジが訊き返した。
「よし。深呼吸してみるがよい。そうすれば落ち着くはずゆえ」
 なんでダイゴが言うのにつられて、彼ら大きく息をついてから続きを話してくれた。
「あのね。きのうも、おとといも見た怪人ってね、怪人じゃなかったんだ!!」
「そうなんだよ、リュウジ。ぼくら、悪いこと言っちゃったみたい。怪人じゃなくってあの人こそヒーローだったんだね。ぼく、あやまったほうがいいのかな?」

 そして男の子たちの指さす方向を見たオレたちの目に入ってきたのは、喧騒の中心で立ち上がって、ぬっとその魁偉たる姿をさらす暗黒一家親衛隊長その人だった。



   * 9 *
 

「……ゴンタじゃねえか?」
 リュウジが小さく言う。それを承けて、鬼浜町商店街の子供たちはリュウジを見上げる。
「あれ、リュウジ、あの大きいヒーローと知り合いなの?」
「やっぱりな。リュウジは商店街名物だもんね。リュウジだったらヒーローと知り合いだったとしても、ぼくらおどろかないもん。な?」
 そんなふうに評しながら、子供たちはリュウジをうらやましそうに見上げてる。
 リュウジも、同行してるオレたちも男の子たちの視線の意味をはかりかねて顔を見合わせるだけだった。

 人垣の中心に立ち上がった、人々よりも頭ふたつ分くらい体の大きいゴンタは周囲を見回すようにして、オレたち、というか俊也さんを見つけたようで、人波をかき分けるようにしてこちら目指して突進してきたんだ。
「うわ、ゴンタ? お前、どうしたよ? 何があったんだ?」
 血相を変えて眼前に現れたゴンタを、なだめるように俊也さんが言った。それから、よしよし、とでも言いたそうに手を回して背中をさすってやっていた。
 それでちょっとはゴンタも落ち着いたようだった。
 そんなゴンタの様子を、やはり尊敬のまなさしで子供たちは見ていたんだ。
 子供たちは、俊也さんが指示したとおりにゴンタが握手をしてやったところで帰っていった。去り際に手を振りながら、リュウジに「あさってが楽しみだ」って言ってた。
 その様子を見てたらしい別の子供たちがこっちへ走ってきて、次々とゴンタに握手をせがんでた。なんだか人気者になったみたいだ。

 そのあと、オレたちはゴンタを連れて昇龍軒へと戻った。
 4人掛けのテーブル席にゴンタを座らせて、隣に俊也さん、向かいの席にはリュウジと白鳥先生が陣取る。ダイゴとオレは近くのカウンター席に座った。ノブオは人数分の麦茶をいれてきて、それを配ったあとにオレの隣へと落ち着いた。
「で、何があったんだ? ゴンタ?」
 俊也さんがそう訊くと、うつむいていたゴンタは視線を俊也さんに移して口を開く。
「オレ……トオリカカッテ……ミタ……」
 切れ切れに届くゴンタの声。くぐもっていてところどころオレの耳には聞こえない。
 それでも俊也さんはゴンタに頷いたりしつつも話を進めているらしい。
「なるほどな。んで? それ追っかけてったんだ?」
「ソウ――デモ……デキナカッタ。ダカラ……ヤッタ」
「そうかそうか。お前、偉かったな。確かにヒーローって子供らが言ってたとおりだ」
 俊也さんは手を伸ばして、高いところにあるゴンタの頭を撫でてやってた。ゴンタはそれを嫌がるでもなく、ちょっと喉の奥で唸るようにしていた感じ。
「だってさ、リュウジ。ゴンタの活躍で商店街が救われたようなもんみたいだな。子供らがヒーローって言うのもわかるよな」
「ちょっと待った、トシ兄。俺にはさっぱりだぜ。白鳥くん、わかったか?」
「いや、申し訳ない。私にもよく聞こえなかったよ」
「ああ、そうか。ゴンタの声って聞き取りにくいんだっけ? 俺にはちゃんとわかったんだけどな。何でだろうな?」
 小首をかしげる仕草を俊也さんに返すゴンタであった。さすがに俊也さんに懐いているだけあるな、と思わせるレスポンスに見えた。

 ゴンタが語った内容は、俊也さんの通訳のもとにオレたちの知るところとなる。
「ゴンタな、今日は学校の友達……ああ、お前たちも知ってるか。ハンゾウと約束があるんだと。で、ちょっと早くこのへんに着いたから商店街をふらついてたらしい。そしたら俺んちの売り物の魚をくすねて逃げようとする猫を見かけたんだよな? ゴンタ」
「……オオ」
 ゴンタはうつむきながらもそう答えた。これはオレたちにも『同意』とわかる。
「で、ゴンタはそれを追いかけた。偉いよな」
「ベツ……ニ」
 俊也さんに褒められて、もしかしたらゴンタは照れているのかもしれなかった。
「結果的には猫とうちの売り物は取り逃がしたらしい。ゴンタはそれへ自責の念があるって言ってるが、なんで猫の追跡を途中でやめたかってのは、それどころじゃなくなった」
「ほう? 別の何かが現れた?」
「そうそう、白鳥氏。ちょっと先に定食屋があってさ。そこから出てきた客がゴンタにぶつかって、そのまま逃げ出したんだと。さらにその客の後に店員が出てきて、『食い逃げだ、誰かつかまえてくれ』って叫んだ」
「そうか。それじゃゴンタは標的をそっちに切り替えたってことか」
「リュウジ、正解。ゴンタあんまり走るの速くないんで、履いてた靴を食い逃げ犯に思いっきり投げつけて、んで怯んだところへ追いついて。定食屋の店員が呼んだお巡りさんが到着するまで敵に馬乗りになって待ってたんだと」

 俊也さん通訳によるゴンタの活躍の顛末だった。
 交番の巡査が現れて食い逃げ犯を引き渡したあと、定食屋の人たちにお礼を言われて、商店街に居合わせた人々から拍手されて、さっきの子たちをはじめ子供連中がわいわい取り囲んで――ゴンタはどうしたらいいのか混乱しはじめたところへオレたちが行き当たった、ってことらしい。
「そうだったのか。なるほどな。子供らが感心するのももっともだぜ」
 腕を組んで聞いていたリュウジがこう言った。
「本当。その立ち回りを見てたら確実にヒーローだと思うよな」
「そうっスよね、ハヤトさん。オレだったらできたかな……」
「それは大丈夫であろう、ノブオ。何せ商店街の正義の味方なのだろう?」
 ノブオは何かを考えながらも、ゴンタのコップが空になっているのに目が行ったようで、おかわりを持ってきてやっている。さすがに気が利くね。

「まあ、とにかく、ゴンタが活躍してくれて助かった、ってことで」
「そうだな、トシ兄!!! ゴンタ。今日のところは俺からも礼を言うぜ。ありがとうな」
「…………」
 ゴンタは口の中で何かつぶやいてる。
「何か言ったか?」
「礼には及ばないとさ。リュウジのためにやったんじゃないって」
 俊也さんの通訳を聞いて、リュウジはちょこっと笑ってこう続けた。
「それよか、お前元気ねえな? トシ兄に聞いてはいたけど」
「……オオ――ソウ……スイ――」
「コウヘイが元気でいるのか気になって、食欲不振が続いているって言った」
「食欲ねえのか!!! そりゃ辛いだろうな。ラーメンか何か喰ってくか? そうだな、商店街での活躍への礼ってことで」
 そしてリュウジは厨房に入っていって、夜の仕込みをやっている店員さんに何か頼み事をしてから席に戻ってきた。
「そんなに気になるんだったら、お前も連れてってもらえばよかったんじゃねえのか? 奴の家って金持ちなんだろ?」
「ダメダ……コワイ」
「飛行機が怖いって。狭いところも好きじゃないって前に言ってたしな」
「なるほど」
 聞いてた全員が口を揃えてそう言った。

 奥から声がして、ノブオが行った。銀のお盆で運んできたのは大盛りのチャーシュー麺。
 ノブオがゴンタの前に置いてやると、ゴンタはちらりと俊也さんを見る。俊也さんが笑って頷くと、ゴンタは匂いをかいでからラーメンにとりかかった。
「ってか、ゴンタ。お前最近よくここらへ来るだろ? けっこう目立ってるみたいだぜ?」
「ベツニ……ナニモ――」
「別に何も悪いことしてないし、暇だからいいじゃん、って言ってる」
「まあな。そりゃ悪いことじゃねえんだが。でも、今日のでゴンタの株はずいぶんと上がったようだしな。子供ら、次からゴンタに会ったらすげえ喜びそうだぜ」
 マサカ、とゴンタが言った。それはオレにも聞き取れた。
「ゴンタ、知ってるって。子供らがゴンタを見て『怪人だ』って言ってるの」
「ちょっと時期悪かったんだよね、それ。ほら、ヒーローショーのポスターに『怪人』って入ってたから。それと重なっちゃったんだろうな」
「そうだね、ハヤト君。子供はイメージ先行で物事を考えてしまいがちだし」

 ゴンタがゆっくりと箸を進めるのを見守りながら、リュウジが言う。
「そうか。ポスターな……確かに。なあ、ゴンタ。せっかくだからお前もヒーローショー、出るか? 子供らが喜ぶかもしれねえし」
「……イヤ――チガウ……」
「俺は怪人じゃないから出ないってさ」
「そうじゃねえって。お前、子供らからはヒーローだって思われてるんだから、ヒーローやってみるか?」
「ソレ……ムリ……ダ」
「人前だと緊張して乱暴するかもしれないから無理だろ、だと」
 それを聞いてオレは背筋が寒くなった。
「……ちょ、乱暴はよくないよ。オレの体が持たないってば」
「そうか。やられ役だもんな、ハヤトは。ダイゴはどうにかなるかも知れねえけど不安か」
 わはは、なんてみんなで笑った。オレは目が笑ってなかったと思うけど。

 もしかしたら箸を使うのが苦手なのかもしれないゴンタは、かなりスローペースながらもチャーシュー麺をそろそろ平らげそうだった。
「じゃあ、せめて最後んときだけ一緒にいろや。ポスターにあったろ? 舞台が終わったら子供らと握手会するんだ。そんときにお前もいたら、子供ら喜ぶんじゃねえかな」
「オコ……ラレ……ル?」
「コウヘイに怒られるんじゃないかってさ」
「そんなこと気にすんなってば!!! そしたら代わりにハンゾウにでも許してもらえ」
「ム……ハンゾウ!! ――ジカン?」
「ん? 時間か? 今は3時を過ぎたとこだな」
 俊也さんがそう答えると、ゴンタは慌てて立ち上がった。
「ああ、そうか。お前ハンゾウと約束があったんだっけか?」
「オウ!! ゴチソウサマデシタ」
 ゴンタがリュウジに向かって言った。なぜかはっきり聞き取れた。

 立ち去るゴンタを見送ってから、オレたちはあらためて外へ出た。本来の目的の、公園に組まれた舞台を下見するためだ。
 舞台はすっかり出来上がっていた。それを見るとなんだか緊張してくるオレがいる。
 リュウジとノブオは舞台の横でたばこをふかしていた大工の棟梁さんのところへ挨拶しに行った。
 舞台の下手のところに花を飾っているあおいさんを見つけて、白鳥先生はそこへ足取りも軽やかに向かっていく。俊也さんもそれへ続いた。
 ダイゴとオレは客席になる部分を歩きながら、本番の人員配置なんかを打ち合わせてる。
 明後日誕生するはずだった鬼浜町のヒーローは、ゴンタに先を越されてしまったけれど。
 それでもオレたちが作ったヒーローも、どうか子供たちの人気者になれますように。
 明後日ゴンタは来るんだろうか。そしたら人気が集中しちゃったりするんだろうか?

 まあ、いいか。そしたらオレがヒーローに握手してもらえば、それでいいか。
 一緒に写真も撮ってもらって、フレームに入れて飾っておこう。
 こないだおもちゃ屋で買った、懐かしいヒーローのソフビ人形の隣に並べて飾ったら絵になるかな。
 


   * 完 *




各話御案内/地元から20km



地元から20km 1-1
地元から20km 1-2

地元から20km 2-1
地元から20km 2-2

地元から20km 3-1
地元から20km 3-2
地元から20km 3-3




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