目次

過去の記事をまとめて表示できるようにしてみました。 【 】がついている項目をクリックすると、それぞれのタイトルの記事を一括でお読みいただけます。 【 】内の数字が若い順に古い記事となっております。 【 】内の冒頭数字が同じものはそれぞれ対になるおはなしです。

これまでのおはなし

全タイトルを表示

御来訪感謝

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鬼浜戦隊ショウテンジャー 3-2



 リュウジとノブオは、ダイゴとオレを捕まえて床へと押さえ込んだ。
「捕まえたぜ、怪人!!!」
「オレもっス!!」
 ふたりの声が響き、客席の視線がこちらへ戻される。同時に怪人軍団たちへの攻撃はそこで止んだ。
「拙い。このままでは全員やられてしまうゆえ」
「そうみたいだ、カイジングリーン……よし、逃げろ!! 軍団撤収!!」
 オレの合図に右手を挙げて、例の「ウィ~~~ッス」を言ったあと、怪人軍団は二列縦隊を作って公園から走って出て行った。
 腰の位置に軽く握った手を添えて、いつも見るランニング風景を彷彿とさせる彼らに心の中で拍手を贈っておこう。
「オウ!!! みんな、逃げる奴らは追いかけねえで大丈夫だからな!!! もう悪さしねえから」
 リュウジが言った。これはアドリブ。ボールを持って立ち上がりかけた子がいたからだ。

 よし、ラストスパート。
 俊也さんと白鳥先生が舞台に戻ってきたのが合図。ダイゴとオレは、それぞれの肩を押さえつけているヒーローの腕からすり抜けて立ち上がる。
「しかたない。今日のところはこれくらいにしといてやろうか」
「押忍。その気になればまたいつでも来られるゆえ」
「覚えておけ、鬼浜戦隊ショウテンジャー」
「いつかきっとオレたちの野望が達成する、っていうことを」
 それが台本にある、ダイゴとオレの最後の台詞だった。
 言い放ったあとは舞台の裏へ戻って、登場のときと同じようにデコレーション自転車に乗って颯爽と公園を後にする、という手筈。

 が――
 下手にはける直前のことだった。
「怪人、なんで悪いことするんだよっ!!!」
 幼いが真剣な声とともに、客席からボールがオレに向かって飛んできた。
 スポンジボールだからダメージはないはず、と高をくくっていたのがまずかった。
 どこでどう混ざったのか、投球者の私物だったのか。それはピンクのゴムボールだった。
 それがオレの喉に当たった。体の中で唯一剥き出しの喉へ。
 予期せぬ度合いの衝撃に慌てたオレはさらに足許に散らばっていた模造品の手裏剣を踏んで、そのまま足を取られて転倒してしまった。
 そして――
 一体、何のはずみだったんだろう。
 あれほど正体がばれないようにと気をつけて装着していたメットとゴーグルが外れてしまったんだ。

 気がついたときには、オレは思いっきり素顔を見せていた。
 ヤバいね、オレ。やっちゃったね、カイジンブルー。
 鬼浜町商店街では今後絶対に悪い奴呼ばわりされるだろうな。
 さっきシメの台詞を言ったところだったのに、思わず呟いてしまった。ピンマイクが生きていることなんて、頭の隅っこにもなかった。
「――オレもヒーローになりたかったな……」

 結果的にオレの最初で最後のアドリブの台詞は、客席に笑いをもたらしたようだった。
 とにもかくにもダイゴに助け起こされて、何事もなかったように、というのは苦しいながらも再びメットとゴーグルを着けてから自転車に乗って撤収した。
 想定される展開としてはオレたちもスポンジボールの洗礼を浴びるんじゃないかと考えていたけれど、それは思っていたよりも少なかった。
 逆に拍手しながら見送ってくれてる子供もいたような気がした。
 
 公園から距離をとる最中にスピーカーから聞こえてきたリュウジの声。
「みんなのおかげで鬼浜町商店街には平和が戻ってきたぜ!!! これからも夜露死苦ぅ!!!」
 この台詞がシメだ。鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーは終了したんだ。
 風にのってオレの耳にそれが届いた瞬間、自然と自転車をとめてほっと一息ついていた。
「ごくろうだった、ハヤト。一仕事終わったな」
 同じくペダルから足を地面に移して、ダイゴがオレの肩をぽんぽん、と叩いてくれる。
 それへオレはにこりと笑って見せて――
 よっぽど安心したのか、走っていないのに自転車のバランスを崩して、また転びかけた。幸いにもダイゴが気づいて、手を添えてくれたからどうにか持ちこたえたけれど。




スポンサーサイト

鬼浜戦隊ショウテンジャー 4-1



 派手に目立つ自転車は、いったん公園近くのゲーセンの駐輪場に預けさせてもらった。前もってリュウジがその約束を取り付けてくれていた。
 そしてダイゴとオレは舞台衣装から私服に着替えるために、こっそり人目を忍んで商店街の酒屋さんへ向かった。ここの奥座敷が商店街の寄り合い所になっている。
 店先でお辞儀をすると酒屋さんの赤ら顔の店主氏はにっこりと笑ってくれて、オレたちを通してくれた。何度か挨拶するうちに顔を覚えてもらえたようだ。

 ひとまず着替えて、若奥さんと思われる人が持ってきてくれたジュースで喉を潤して。
 ようやく人心地ついたオレはダイゴとあらためて「おつかれ」を言い合ったところ。
「大仕事だったな、ハヤト。企画成功本当におめでとう」
 ダイゴの笑みは奥深い表情に見えた。本気でねぎらってくれているのがわかる。
「いや、オレに祝福っていうのは違うよ、ダイゴ。ただオレは自分のやりたいように話を力業で持ってったっていうか、乱入しただけだし。オレ全然力持ちじゃないのにね」
 いくらか普段よりテンション高くダイゴに言ったら、今度は軽い笑顔を寄越してくれた。
「それに、ほら。全体的には成功だったっぽいけどさ。オレ、最後に失敗しちゃったし」
「あれはあれでよかったのではないか? というより、俺など知らずに見ておれば、あの場面も台本にあった通り、と受け取ってもおかしくないと思ったが」
「え、そんなもん? オレ、うっかりとんでもないこと口走った気がするけど」
「とんでもなくはないと思う。そもそもヒーローも怪人も、同じく『覇』を唱えんとする立場であろう? 手段に一般的な正義が強調されておればヒーロー、逆なら怪人といったところか。目指すところは似たようなものだと俺は仮説するが」
「へ……えぇぇ。なんかオレ感心した。ダイゴって、そういう解釈なんだ。だてにマニアじゃないよな。おもちゃ見ながらそんなこと考えてるんだ」
「まあ、それだけではないがな」
「ん? 他にも何かある?」
「案外、俺達の日常にも似たようなことがあるのかも知れん、とも思う」

 ああ――そうか。それってオレたちと暗黒一家のことなのか。
 すべてを語らなくても、ダイゴの言葉の意味がわかった気がする。
 そしてオレが理解したってことを、ダイゴが察してくれた気がする。
 いいチームメイトを持って幸せだ、オレ――カイジンブルーは。

 ダイゴとふたり、あれこれ話して。
 昂ぶっていた気分が落ち着いたあとのオレは、後にしてきた公園の様子が気になってる。
「握手会は終わったかな?」
「どうだろうな。握手はいいとして、写真希望の子供がたくさんいそうだったからな。まだかかるかも知れんな」
「そう――か。っていうか、ゴンタは来たかな?」
「それはどうだろうな。奴は人だかりは好きではなさそうに思うゆえ」
「……だよね。オレもそれはそう思う」
「ハヤト。気になるのか?」
「あ、わかる? オレ、実はさ。ヒーローと一緒に写真撮ってもらって部屋に飾りたいな、とか思ってたり」
「なるほど。では行ってみるか? 衣装から着替えていれば問題なかろうし」
 なんてダイゴが言うのに、オレはすこし恥ずかしいとは思いつつも頷いている。

 じゃあ行こうか、という空気になったところで、座敷の襖が開いたんだ。
「ふたりとも、おつかれさまでした」
 にっこりと笑って軽やかにアニメ声で言ったのは、花屋のあおいさんだった。
 あおいさんは白鳥先生の想い人――詳しくは聞いていないけど、もしかしたら恋人に昇格させてもらったかもしれないお姉さんだ。
「ああ、こんにちわ。ども、おつかれさまです」
「押忍。この度はいろいろとお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。楽しませてくれて、ありがとね」
 商店街の人たちも着てたはっぴの中にひまわり色のミニのワンピースのいでたちのあおいさんは、オレとダイゴに握手してくれた。
 様子を知っていそうなあおいさんに、オレはこう訊いてみた。
「あおいさん。握手会ってまだ開催中ですか?」
「うん。絶賛開催中みたい。なかなか子供たちが解放してくれないって」
 あはは、と口を大きく開けて笑うあおいさんであった。
「あ、それでね。ふたりにも出演要請に来たの。リュウジくんに頼まれて。着替えちゃったところ悪いんだけど、舞台衣装で公園までご一緒してもらえるかしら?」
「はい? オレたちですか? 怪人ですが、需要はあるんですか?」




鬼浜戦隊ショウテンジャー 4-2



 早く早く、とあおいさんに急きたてられて、ダイゴもオレも一旦脱いだ衣装にふたたび着替えて、メットとゴーグルを手に持って。
 近道となる路地を通って公園へと向かいながら、あおいさんと話した。
「っていうか、オレたち行って大丈夫ですか? しっかり悪役なんですけど」
「もちろん。あなたたちがいてこその今日のショーだ、って。子供たちもわかってるのよ」
「ほう。そうなのですか」
「うん。できたら自分で怪人をやっつけるポーズをとりたい、なんて子もいるみたいだし」
 くすっと笑うあおいさん。大人の女の人なのに幼く感じるのは、小柄なのと仕草と声のせいなのかな。もっとも見た目に寄らず空手の達人だ、っていうのは知っているんだけど。

 ダイゴもオレも納得して歩く道すがら、あおいさんに訊いてみた。
「えっと。白鳥先生って人気者みたいですよね。なんか声援もらってたようですけど」
「ほんとね。舞台終わったあと、女の子たちに囲まれてたもの。白鳥さん」
 なんてことなさそうに言うあおいさんであった。
 もしかして。あおいさんって白鳥先生に興味ないのかな、なんて一瞬考えたんだけど。
「人気のある人にはそれだけの魅力があるってことなのよね」
 なんだか優越感をにじませた表情をあおいさんがしていたのをオレたちは見た。
 妬くでもなく、出しゃばるでもなく。なるほど、あおいさんは白鳥先生にうってつけの女の人なのかも。心意気みたいなのをオレとダイゴはしっかり感じてた。

 路地の出口のところで、ダイゴとオレはメットを装着。あおいさんは一足先にリュウジに報せに行ってくれた。
 おっかなびっくり歩いていくと、気づいた子供が手を振ってくれる。
「あー、怪人きたー!!」
「わあ、ほんとだ~。握手、握手」
 楽しそうな顔、喜んでる顔。笑ってる顔、ほっぺたが真っ赤な顔。
 あっという間にそれらに取り囲まれたダイゴとオレは、なんだか戸惑ってる。
「オウ!!! 来たな、怪人ども」
 リュウジが軽くこちらへ呼びかけた。
 とはいえ、オレはそれへ何て応えたらいいんだ? いつもの調子で「うん」とか、言ったらアレだよな? 迷っていたらダイゴが応えてくれた。
「お招き感謝する、ショウテンジャー」
 ……なるほど。無難だ。ダイゴやるなあ。
「して、我々怪人は負かされた罰に球拾いでもやればよいのか?」
 ダイゴが続けた。見てみれば確かに客席には、さっき本番で怪人軍団退治に使われてたスポンジボールが色とりどりに転がったままになってる。
「なるほど、それで呼ばれたのか。納得。そしたらダ――いや、カイジングリーン。手伝っていこうか」
「押忍。敗者には相応の奉仕が必定ゆえ」
 そしてオレたちはダイゴのアドリブのもとに、客席へと入っていった。

「怪人たち、えらいねえ」
「ぼくもいっしょにやっていい?」
 ボールを拾っていたら、子供たちもわいわい言いながら手伝ってくれた。
「悪いね。頼むよ」
 なんて返したら、けっこううれしそうにしてくれるんだ。
 一緒になってボールを片付ける最中、ときどき握手を求められて。
 ふざけてキックしてくる子がいて、やり返そうとしてダイゴに止められたりもして。
「怪人、ちょっとは反省したー?」
「オレ? さあ、どうかな? また商店街をいただきに来るかも。怪人は打たれ強いから」
 話しかけてくる子にこんなふうに答えるオレ。
「ってことは、ここが好きなんだね、怪人の兄ちゃん」
「そうだよね。さっき最後に泣きそうだったもんね」
「え? オレが? 泣いてないってば」
「あはははは。泣いてた、泣いてたー」
「そんなことないって!! あんまりいじめると襲うよ?」
「きゃーーーー!!!」
 ……とか、子供が逃げるからつい追っかけた。そしたら怒られた。
「おい、こらカイジンブルー!!! 遊んで――いや乱暴すんじゃねえって」
「そうっスよ~。早いとこ片付けて、みんなで記念写真撮りましょ~!!」
 
 ダイゴとオレが罰ゲームの球拾いを終える頃、ハンゾウに伴われてゴンタが姿を現した。
 前々日の商店街での活躍を覚えていた、リュウジの顔見知りの男の子たちがゴンタを見て大喜びしていた。
「わー、やっと来たね!!」
「さっすがヒーローのえらい人はアレだね。『じゅーやくしゅっきん』だ!!」

 いつしかヒーロー界の重鎮という位置づけに祭り上げられているらしいゴンタは、近くのビルの屋上からずっと、公園の様子を見ていたんだそうだ。
「もちろんショーも最初から。俊也先生の勇姿をゴンタが見たがってたので。本当は出てくる予定はなかったが、ゴンタが是非と言うので落ち着いた頃を見計らって連れてきた」
 ハンゾウの説明を聞いた。今まで気づかなかったけれど、ハンゾウも俊也さん同様ゴンタときちんと会話できてるんだな。さすが仲間っていうのは違う。

 何はともあれ、鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーは無事に全行程を終了した。
 記念写真は2枚。
 1枚はヒーロー4人と怪人ふたりが集まったもの、最後に撮ってもらったもう1枚は子供たちも、ヒーローの重鎮とそのお付きの者も一緒に写った集合写真。
 どちらも大きく伸ばしてもらってフレームに入れて、部屋へ飾ることにしよう。
 きっとずっと、いい思い出になるんじゃないかな。

「ねえ、怪人の兄ちゃん。いつかなれるよ、ヒーロー」
 別れ際にオレに内緒話みたいなトーンで言ってくれた子がいた。
 オレは素直に感動した。
 この言葉も写真と一緒に、きっとずっと大事にしよう。
 将来の夢はヒーロー――男はいくつになっても子供みたいなもんだから、それはそれでOKだよな。
 

   * 完 *



単車屋お天気屋 1-1



 夏休み明けの最初の日。
 授業のない今日は、ホームルームと掃除のあとで解放の身となったところで視聴覚室へ乗り込んだ。
 リュウジが赤ジャージに交渉して使用許可をもらったらしい。
 仰々しく暗幕まで引いて、さっきから大きなスクリーンに映し出されているのは先日の鬼浜町商店街でのイベント――鬼浜戦隊ショウテンジャー・ヒーローショーを録画したものだった。
 視聴覚室を陣取っているのはオレたちと、出演願った野球部の面々。それからゲストに千晶ちゃん。
 千晶ちゃんは乙女な男子で鬼工のアイドル。リュウジとオレの同級生だ。さっき教室で玉城に上映会のお知らせをしてたのを聞きつけて、自分も観たいと言ってついてきた。

 場面転換になる区切りのところで、それまで黙って見てた千晶ちゃんが口を開く。
「へー。ハヤトとダイゴが悪役なんだ」
「ハヤトな、自分から志願したんだぜ」
「そうっス。ダイゴさんは道連れっスけどね。こんなに優しい人なのに」
「ってノブオ。それはオレだけ悪役が似合うってこと?」
「え、あれ、そう聞こえちゃいました? そんなつもりってこともなくって、えっと……」
「まあな、ノブオは素直だからな!!! そう絡むなや、ハヤト」
「あはは。リュウジ、それフォローになってないから」
「押忍。千晶さんに同意だ。だがハヤト、俺はもらった役は自分に向いていたと思うゆえ」
「うん。ありがとう、ダイゴ。本当に優しいな。やっぱり怪人にしとくのは悪かったってオレ思ったよ……」
 そして映像は、場面が切り替わったタイミング。全員の目はスクリーンへと戻った。
 しかし自分が喋ってるのを見るのって、妙に気恥ずかしいよな。
 みんな平気なんだろうか。どんな表情で画面を見ているのか暗いせいでわからないけど。
 怪人の手下役の野球部がスタンバイした場面の映像になった。それを見た千晶ちゃんが盛大に声を出して笑ってる。
 森園主将と玉城は「そんなに笑わなくても……」って同時に言った。
 確かにこうやって落ち着いてみると、けっこうおもしろいとはオレも思うけどね。

 上映会はにぎやかで、なごやかなうちに終了した。
「面白かったか? 千晶ちゃん」
 リュウジはこの中で唯一、当日の様子を知らない千晶ちゃんにそう訊いた。
「もち、楽しかったよ。みんなけっこう舞台度胸あるんだね、感心しちゃった」
「そうそう。本番前に緊張してたのオレだけだったしね」
 ノブオに言われる前に慌てて自己申告するオレである。我ながら情けない。
「え? ハヤトが? あはは、それは意外すぎ」
「だよな。でも俺、ちょっと安心したんだよな。ハヤトも人間だったんだな、って思って」
「リュウジ。それはハヤトが人間よりは怪人寄りだったとでも?」
「え~と、ダイゴ。できたらそこはフォローしてほしかったんだけど。オレとしては……」
 がっくりしつつ言ったら、ノブオが黙ってオレの肩に手を置いてくれた。なんだかな。

 千晶ちゃんは「あたしも出たかった」なんて残念そうにしていた。
 玉城は「文化祭のクラスの出し物でもう一度やらない?」とか言ってる。
 森園主将に至っては「クラスは違うが自分も主役を獲る自信がある」んだそうだ。
 それを聞いたリュウジは「かかって来いや!!!」なんて、ポーズをとってみたりして。
 どうなることやらわからないけど、こうしてみんなで話してること自体が楽しいんだな。
 視聴覚室の鍵を返しに、赤ジャージのいる体育教官室へ向かっている。渡り廊下から見上げた空は青くて、それでも盛夏のころよりは幾分湿気が少なくて、澄んでいる感じ。
 夏休みの余韻を残しつつも、こうしてオレたちの元に日常が戻ってきたっていう実感がオレを包んでた。悪くないね、うん。

 再開した日常への充実を感じていたオレが異変に気づいたのは、帰宅した直後だった。
「ただいま、親父」
 しばらくぶりの日常の断片である。学校から帰ると玄関ではなくて店先から家へ入る。
 そこで親父が仕事してるんだかサボってるんだかの姿に帰還を告げるのがいつものこと。大概そこで親父は軽くオレに「おかえり」なり何なり返してくれるんだけど、今日の親父はなんだかいつもと様子が違う。
 オレのただいまに対して、親父は無言を貫いてこちらを振り返ろうともしない。
 修理預かり中の単車の前に座り込んではいるが、手には工具すら握られていない。
 どうやら親父は機嫌が悪いらしい。
 年に何度も見ないけど、そんなときの親父はいつでも何かに怒ってる時なんだ。



単車屋お天気屋 1-2



 上機嫌でないまま仕事をするとお客様の単車に対して失礼にあたるから、そんな気分のときには単車に向かって心の中で愚痴るんだそうだ。それで目の前の単車が許してくれそうな気配があれば仕事をするし、時には何か単車のほうから話しかけてくるような気がする、って前に親父が言っていた。
 オレも大概だとは思うけれども、この人の単車馬鹿っぷりには恐れ入る。

 たぶん今日もそうしている最中なんだろうと察しをつけて、オレは親父の背中に声を投げつけてやった。
「それで? どうしたんだ、親父。なんで怒ってる?」
「別に何でもあるものか。息子に聞かせるような話はひとつもない」
 声のトーンが通常よりも一段低い。これは相当だな。
「ああ、そう? オレじゃ役不足か」
「息子が親の問題に割って入る必要はないというだけのこと」
 座ったまま首だけ振り向いてオレを見上げて、親父は言った。
 なるほど、親の問題か。ってことはお袋と喧嘩でもしたんだな。
「そうか。じゃあいいや。オレは大人しくしとこう」
 これ以上絡む必要はないんだと判断して、オレは早々に親父の前から退散した。

 部屋へ鞄を置いて、着替えてから台所へ行った。
 そこでまたオレはちょっとした異変と遭遇することになる。
 今日は半日で学校から帰るのはお袋も知っていたから、昼飯を用意してくれているはずだったんだけど……テーブルの上には調味料のほか胃袋に入りそうなものは何も置かれていなかった。
 すこし帰りが遅れたから親父がオレの分まで食べてしまったのかと思ったけれど、シンクに食器は何一つ残っていなかった。親父が食器を洗って棚に戻すとは到底考えられないので、親父も昼飯はまだだと予想できる。
 ってことは、午前中の割と早い時間に親父とお袋の間に何かしらが勃発したんだろう。
 なんて推理はどうでもいいか。

 再度部屋へ戻って財布をポケットに突っ込んで、オレは店を通らずに玄関から外へ出た。
 コンビニへ行って適当に食べるものを買い込んで家に戻る。買い物袋を提げて、今度は親父の目にとまるようにと店から家の中へ。
 ひとりごとに似せて呟きながら、オレは靴を脱いだ。
「オレ、よっぽど腹減ってたんだな。必要以上に買い込んだみたいだ。こんなにひとりじゃ食べられないし、残ったやつは冷蔵庫にでもしまっておこうかな。もしオレ以外にも腹が減ってる人がいるんだったら食べてもいいけどね」
 オレは何を親父に気を遣ってるんだろう。案外親孝行だよな。自称だけど。

 コンビニのパスタとサラダで昼食を済ませたあと、オレはリュウジの家へ行った。夏休みの宿題が終わらないから手伝ってくれ、と呼び出されたんだ。
 というか、宿題の存在そのものを忘れていたらしい。ある意味大物だな。
 夕飯時になったので、オレは家へ帰ることにした。リュウジはラーメン喰ってけ、って言ったけれども喧嘩中の親父とお袋がふたりきりで食卓を囲むのもキツいかも、と思ったので遠慮させてもらった。自称親孝行だからね、オレ。
 
 かくして帰宅した息子を出迎えてくれた我が家の夕飯時の食卓は……昼飯時同様に調味料しかスタンバイされていなかった。
 親父はむっつりとビールを飲みながらつまらなそうにテレビを観てる。
 やれやれ。一体どうしたことか。よっぽど大喧嘩したんだろうか。
 仕方なくオレは電話口に立つ。さっきまでいた昇龍軒に電話する羽目になるとはね。
「ども。駅裏の魔速商会ですけど、出前おねがいします。味噌もやしチャーシューと餃子2つずつ」



| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE


  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。