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単車屋お天気屋 8-2



 遅刻して、さらに体育は大手を振って見学したオレは学校から帰ってきたところ。
 店の前に立ち尽くしているのは、親父の筆跡で書かれた貼り紙を見てるから。
『店主病気療養中につき本日臨時休業』
 療養って大袈裟な。ひとつため息をついてから、今日は玄関から家へ入ることにした。

 さて、病人はどうしているだろう。
 家の中の気配を読むに、どうも寝室にいるようだ。一応ノックしてから扉を開ける。
「親父? 病人なんだって?」
 室内は暗かった。電気もつけないまま、さらにカーテンも閉めたまま、親父は頭から布団にくるまっている模様。
「二日酔いか何かだろ?」
 ごそごそと布団が動く。親父の顔はまだその中のままだ。
「水でも持ってこようか? それとも薬がいる?」
「……水はいらんが、ビールを希望する」
 くぐもった親父の声が耳に届いた。
「って、やめときなよ。依存症になっちゃうだろ?」 
「別にそれでも構わんさ。誰も心配してはくれんだろう」
「まったく。何を拗ねてるんだよ、いい歳して」
「我が可愛い跡継ぎ息子よ。残念ながら父はまだ若いのだ」
「はいはい。親父は若い若い」
 っていうか、ガキみたいなもんか。

 台所へ戻って、コップにコーラを注いで親父の寝室へ運んでやった。
 ビールじゃないけど、炭酸だから多少は似てるだろう。水よりは。
 親父はようやく布団から起き上がって、ベッドに座ってコップを受け取る。
「うむ。二日酔いにコーラは、まあまあだな。覚えておこう」
「やっぱり二日酔いだったのか」
 オレの感想に返事はなかった。
 ひとこと言ったきり、親父は飲み干したコップを手にしてため息をつく。
「どうかした?」
 やっぱり返事はなかった。
 そうか。まだ昨日の落ち込みモードを引きずってるんだな。
「自称親孝行の息子としてはさ、心配だって。親父には元気に働いてもらわないとね。それに昨日オレ、単車に傷つけちゃったから、ほんとはすぐに診てほしかったりして」

 だから、しょうがないか。話してやろう。
「お袋、旅行中だってね?」
「旅行――?」
 やっと反応してくれる親父である。
 亜由姉さん、正解だ。親父は初めて聞かされる話のような反応を見せた。
「うん。あれ、親父は知ってると思ってたけどな」
「それは知らん……と思ったが、言われてみればどこかで聞いたような気もするな」
「あはは。だって、親父はそれが原因でお袋と喧嘩になったらしいじゃん。で、親父が怒るし、旅行もキャンセルできないし、って言うんで、お袋はばあちゃんとこ行って、そこから出かけたって聞いた。亜由姉さんにね」
 オレがそこまで言うと、ようやく親父は得心が行ったような顔をした。
「ああ、そうか。そうだったのか!! 思い出したぞハヤト。俺はあの日、母ちゃんの作った飯が食えないと働く気力が湧かないと言ったんだ。そうだそうだ、原因はそれだ」
「って、そんなこと言ったんだ、親父」
 親父の言い分を聞くと、なんだか気が抜ける。
「それは言うさ。現に母ちゃんの飯を食っていない今、働いておらんしな。わっはっは」
「そういう問題か?」
 オレが言うのも何だけど、まるで困った駄々っ子だな。
 その駄々っ子もすこし元気になったようだ。
 やっとこさ意識の底にしまいこんでいた何かを思い出して。もしかしたらもうお袋が帰ってこないんじゃないかと悩んでいたみたいだけど、それが勘違いだとわかって。

「で? ハヤト、母ちゃんはいつ帰ってくるんだ? 亜由ちゃんに聞いたか?」
「確かあさってだって言ってたかな」
「そうか。ならばあさっては店を休んで迎えに行くかな。新幹線か、飛行機だろうか?」
「それは聞いてこなかったけど、親父。サボり癖はよくないんじゃない? あさっては置いといて、とにかく頼むから今からでも仕事してよ。本気でオレの単車を診てほしいんだ」
 オレの懇願に、これまた気の抜ける親父の言葉が返ってくる。
「いや、しかし。母ちゃんの作った飯どころか、昨夜リュウジが持ってきてくれたラーメン以来何も食べておらんので、目眩がするほど空腹で。それどころではないのだ、息子よ」
 大きな駄々っ子に対して勝ち目のないオレは、仕方ないので何か簡単に食べさせられるものでもあるかと台所を物色しに行った。
 冷凍庫を覗いたら、お袋手製のカレーと小分けにされたごはんが保存されていた。
 フリーザーバッグに油性ペンで書かれた日付は、お袋がうちを出た日だった。
 よく見たら『ハヤトへ。パパの分は卵の黄身をトッピングしてあげてね』なんてメッセージが入ってた。
 ……努力してはみたものの、卵の黄身だけってスプーンですくうの難しいんだな。
 どうにもならなくて、結局ほとんど白身ごとルウの上に流して、やっとつなぎ服に着替えて台所へ来た親父に出してやった。
 親父は、お袋のカレーそのものには感涙ものだったみたいだけど、やっぱり卵の白身が邪魔だったみたいだ。
 今度リュウジにコツを教えてもらっておこうか。



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単車屋お天気屋 9-1



 約束どおりに「母ちゃんの飯」を口にした親父は、店の扉に掲げていた『本日休業』の貼り紙をはがしてくれた。
 夕方近いのでお客さんが来るのは望み薄だが、オレの単車を診てはもらえそうだ。
 ガレージから引っ張ってくるときに見た感じだと、そんなに致命的とは思えないけれど、テールの塗装に傷がついている。
 昨日の奴、よっぽど力を入れて蹴ったんだな――なんて関心してる場合じゃない。
 愛車を親父に託して、オレは親父の手許を見ている。
「よしよし、大丈夫だ。なんとかなるさ」
 なんて親父の太鼓判に安堵するオレ。
 仕事している親父って、頼もしいよな。なんて思うと、にやりと顔がほころんでくる――って、オレは保護者か。

 しばらく仕事をした親父は、たばこを買ってくると言って一旦外へ出た。
 しゃがんでいるとひねった足に障るから、今日のオレはあんまり愛車に手をかけてやれないけれど、ミラーを拭いたりなんかしながら親父の帰りを待っている。
 と、店の前の通りに排気音が響くのが聞こえた。
 うねりの大きいあの音だ、と気づいたオレはガラス扉の外へ顔を向ける。
 音が止まる。相次いでオレの前に現れた、見知った姿。
「あれ――」
 スキンヘッドは挨拶もなく、オレのサンダル履きの、湿布に彩られた左足首に目をやってから言った。
「巻き込んで悪い、ハヤト」
「いや、別にハンゾウが悪いわけじゃない。それはオレもわかってるから」
 怪我に付け込んで勝負を宣言する腹積もりってことではないらしい。
 そのあたりは信用してもいいだろう、とオレは解釈した。
 座れよ、と合図したら、ハンゾウは木製テーブルのオレの向かいの椅子に収まった。
「昨日の奴って、何日か前の昼頃に鬼工の周りで勝負してた奴だろ?」
「ああ」
「どんな知り合い?」
「いや、よく知らない。どこの奴かも、名前も。何も知らない奴だ」
「そうか。でも、明らかに奴はハンゾウに勝負を仕掛けてったよな?」
「そうらしい。前にハヤトが見たのが2度目、昨日が3度目。俺には絡まれる心当たりもまるでない」
「そうだったのか。なんか気味悪いな」
 オレがそう評したのには、ハンゾウは無反応だった。
「速いのか? 奴は」
「遅いとは思わない。ただ、勝負して面白みのある相手でないことは確かだ」
「それは災難だな、ハンゾウ。面白くない勝負に付き合わされるんじゃ」
「それを言うならお前こそ災難だ、ハヤト。巻き添えで自分も単車も傷ついたし」
「ああ、オレは、うん。そうかも。でも一番腹が立つのは、一度始めた勝負を横取りされたことだったかも。昨夜考えたら、それが最大に納得できないことだった」
 言ったらハンゾウは軽く握った拳をあごに当てて、何か考えたあとにこう言った。
「――ハヤト。単純なようで難解な男だな」
「え、そう? ああ、でもたまにリュウジに言われるかも、それ」
 軽く言ったら、ハンゾウはすこし唇の端をゆるめた。笑ったのかもしれない。

「おや、ハヤト。店番ご苦労。ようこそお客人」
 と、たばこの箱を片手に親父が店へと戻ってきた。
 目があったのか、ハンゾウが親父に会釈する。
「お客人はハヤトのお仲間か? その割に見かけない顔だな」
「いえ。単なる宿敵です」
 きっぱりとそう自称したハンゾウに、オレは思わず吹き出してしまう。
「何故笑う?」
「いや、だって。そりゃ正しいけどさ。ハンゾウってよくわかんない人だな」
「少なくともハヤトにだけは、解らないと言われる筋合いはないと思う」
「お互い様ってことじゃん」
 軽く返したら、ハンゾウはまたさっきみたいな表情を見せた。多分笑ったんだろう。
「それにしても、君のマシンは随分と弄ってあるな。しかも仕事が丁寧だ」
 感心する親父にどうも、と頭を下げるハンゾウである。
「改造が趣味なので」
「ほう? では自分でか!! それは見所のある若者だな。どうだね、我が息子の宿敵殿。将来はうちの店で働く気はないか? なんなら君の宿敵は俺がやっつけても結構」
「って、親父。もういいから」
 まったく、どう答えていいんだかわからない質問をするもんだ。しかもほんの思いつき。
 さすがのハンゾウも笑っていいんだかどうなんだか、って顔をしてる。
 おそらくハンゾウもオレも似たようなことを考えていたに違いない。一番理解しにくいのはウチの親父だ、きっと。

「ハヤト。とにかくこの件は俺が自分で決着をつける」
 親父と少し話したあと、オレには帰り際にそれだけ言ってハンゾウはマシンに跨った。
 オレは何も言わずに頷いて我が宿敵が立ち去るのを見送る。
 『邪魔をするな』でもなく、『気にするな』でもなく。はたまた『任せておけ』でもなくて、さらに最後、重ねて謝辞を言わなかったのはハンゾウらしくて、さっぱりしていた。
 とくに『敵をとる』なんて言われ方をしたら、オレの気分はよくなかったかもしれないけれど、奴はそうはしなかった。
 プライドそのものは理解しあえているみたいだ。
 もしも敵対する隊の特攻隊長同士、なんていうのと違った形で出会ったとしても、奴とはいいライバルになれたんじゃないか。
 だって、勝負のたびに鳥肌が立つ相手なんてそうそういないから。
 そうか。昨日の奴と勝負しても、きっとハンゾウはその感覚がないのかも――面白みのある相手じゃないって言ったのは、もしかしたらそんなことかもしれないな。

 ハンゾウが帰ったあと、電話が2本あった。
 ひとつは亜由姉さんからだった。
 曰く、親父をからかいにお寿司を持って行くから夕飯を食べないで待ってて、とのこと。
 親父に伝えたら、いそいそと瓶ビールを冷蔵庫で冷やし始めた。
 二日酔いはもういいんだろうか。懲りない人だ。
 それで、もう1本の電話はお袋からだった。
 開口一番に「心配してた」って言ってた。親父のことを、ではなくて、親父のお守りをすることになったオレを案じてくれていたらしい。
 なんとかなってる、と言ったところで親父に受話器を奪われた。
 親父ときたらオレが近くにいるのも何のそので、全力の勢いで一言謝罪したかと思うと、電話の向こうのお袋に甘い言葉とかささやきはじめた。
 やれやれ。結局は仲良しなんだな、ウチの両親は。苦笑しつつ、邪魔するのも無粋だから一旦オレは部屋へ引き上げることにした。
 背中を追いかけてくる親父のご機嫌な声。うん、そうしてくれてると助かるよ。
 いつになくお天気屋だった単車屋の店主は、これでしばらく快晴続きに戻るだろう。


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