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秘密指令・総員ニテ捕獲セヨ 

   * 1 *


 「兄貴兄貴、兄貴~~~っ!!!」
 「おう? ノブオ。どうした、そんな慌てて」
 いつも通りののどかな昼休みを邪魔しにきたのは、ノブオの悲鳴だった。
 天気もいいし暑くもないし──ダイゴが中庭にいるのを見かけて、リュウジとオレも一緒になってのんびりしていたところに、これだ。

 「で、でで、出たっスよ~~~!!!」
 声を裏返らせて言うノブオは、勢いのあまり止まりきれずにベンチに座っていたリュウジに向かって倒れ込んだ。
 「うわ──危ねえってば、ノブオ!! 落ち着けや」
 「あああ、兄貴、スミマセンっス!!」

 「それで出たって、何が出たんだ? お化けでも出た?」
 オレが言うと、リュウジはすこし表情を硬くしてノブオに向きなおる。
 「それだったらダイゴの担当だろ? 俺にはどうにもできねえし、むしろパスだぜ」
 「そういう話なのか? ノブオ」
 「いえ、いや、ダイゴさん、そうだとも、そうでもないとも──でも、やっぱりそうじゃないような」
 「何だよノブオ、もっと解るように説明しろや!!!」
 リュウジの声に、中庭にいた連中がこぞってこっちを振り向いた。
 
 「まあ落ち着けよ。これ、飲む?」
 「ありがとうございます、ハヤトさん」
 オレはノブオに飲みかけのお茶を渡してやる。
 ようやく人心地ついたらしいノブオが話したのは、こんなことだった。

 「オレ、聞いちゃったんです。怪生物が出たって。同級の奴に」
 「怪生物──?」
 「そうなんっス、ハヤトさん。もうウチのクラスじゃその話題でもちきりでして」
 「それで? どのようなものが出たんだ?」
 訊いたダイゴにノブオは意味ありげに頷くと、こう続けた。

 「二足歩行する、陸棲の魚系の生き物を見た、って」
 「ん……? 何だって?」
 「だから、兄貴。足があって、立って歩く魚がいたんですってば!!!」
 「え、え? って、まさか!!! わははははは!!!」
 リュウジは思いっきり笑い始めた。
 それに釣られるように、オレもダイゴもひとしきり笑った。
 もちろん、そんなオレたちを見て──ノブオは頬をふくらませてる。

 「もう、兄貴もダイゴさんもハヤトさんも!!! そんなに笑うことないじゃないっスか」
 「い、いや、だってノブオ。おかしいじゃねえか。想像してみろや! 魚が歩いてるってのを」
 「押忍。ノブオ、それは何かの見間違いだろう。おそらく」
 「うん。オレもそう思う。だって、足があったらそもそも魚類じゃないじゃん」
 「だ、だから怪生物なんですってば! わかってないっス、ハヤトさんもダイゴさんも」
 
 「わはは。まあノブオ。そういう夢のある話は嫌いじゃねえけどな。俺も」
 さすがにノブオは悄げていたけど、リュウジがそんなふうに返すと表情を明るく切り替えた。
 「じゃあ信じてくれるんっスね、兄貴!!!」
 「いや、それはちょっとな。あまりに突飛だし、夢ってほどカワイイ奴を想像できねえもん。歩く魚って言われても」
 「じゃあ──見たら信じてくれます? 兄貴」
 そう言って、ノブオは学ランの内ポケットから一枚の写真を取り出した。

 写っていたのは、緑の木立の風景。画面が暗いので、夜に撮ったものらしい。
 「ほら、コレ見てくださいよ」
 ノブオが指さしたところには……ちいさな銀色の流線形の物体が写っていた。
 「どれどれ?」
 「これじゃないか? ハヤト」
 「ん? 何じゃ、こら?」
 
 「だから、魚なんスよ」
 一見するとナイフか何かのように見えなくもない、フラッシュを反射したその銀色の流線形が確実に魚だと言い切れるほどには鮮明じゃなかったんだけど──
 「ね? で、ここ見てくださいよ。ほら──」
 次にノブオに言われて見ると、その姿は地面から浮いているように見えなくもなかった。
 腹側から出ている、透き通った2本の足にも見える部位に支えられて、確かに言われてみれば自立しているような恰好かも。
 
 「おう──これはすげえな、ノブオ」
 どういうわけか、リュウジは喉を鳴らして唾を飲み込むほどにその写真に釘付けになっている。
 「これは、ひょっとするんじゃねえか?」
 「ええっ、リュウジ。何を根拠に?」
 「根拠は──別に。ただ俺の直感がそう言ってるぜ」
 「兄貴!!!」
 嬉しそうにノブオはリュウジを見た。

 「なあ、ノブオ。この写真はどこで撮ったんだかわかるか?」
 「ええと、『夕映え木立』のあたりだって言ってましたけど」
 「そうか。なるほどな」

 そして──やっぱり──次のリュウジの台詞は、オレにもダイゴにも極簡単に予想のできるものだった。
 「よし、ノブオ。じゃあさっそく放課後行ってみようぜ!! な、ハヤト? ダイゴ?」
 リュウジの両眼は、いきいきと輝き初めていたんだ。

 「俺、そういう生き物を一度写真に撮るのが夢なんだぜ!! UFOとか、雪男とか、そういうやつ!!」
 リュウジの言い分はこうだ。
 「俺も、生き物全般は好きなほうなので。興味はあるな」
 乗せられたダイゴも、もはやこんなふうに言っている。
 「ふうん。オレはべつにそこまで興味ないけど──でも、コイツいかにも食ったら旨そうに光ってるよね。イキがよさそう」
 「ハヤト!!! 食っていいもんと悪いもんがあるだろ!!! 分別つけろや」

 そういうわけで、オレたちの怪生物探索の幕が開いたわけなんだ。



   * 2 *
 
 
 通称『夕映え木立』と呼ばれる場所は、鬼浜を国道沿いにしばらく北上したところにある。
 ゆるやかなカーブを描く浜に突き出す形の入り江があって、その上は切り立った崖になっている。その崖の上にある林のことを夕映え木立、と地元の連中は呼んでるんだ。
 その名の由来は、木々を抜けた崖から見る夕焼けが絶景だからと聞く。
 海に映える夕焼けは、四季を問わずとても見事なオレンジ色をしている。

 放課後、ノブオの持ってきたネタに従って謎の生物──二足歩行する陸棲の魚──探検隊を結成したオレたちは、ここ夕映え木立へと来ていた。
 「お~、わくわくしてきたぜ!!」
 「へへへ、でしょう? 兄貴。きっとこの林のどっかに潜んでますぜ、ヤツは」
 「このへんなんか怪しくねえか? ダイゴ、ちょっと見てみろや」
 「押忍」
 木の根本に草が茂っているのを見つけて、リュウジはダイゴに竹刀──赤ジャージに借りてきたらしい──を手渡して探索を促す。
 「いや、とくに何も変わりはなさそうだ」
 「あ、じゃダイゴさん、あっちはどうっスかね?」
 「どれどれ?」
 ノブオがダイゴを引っ張って、嬉々としながら次の怪しげなポイントへと足を運んだ。

 「やれやれ。ほんとにいるのかね?」
 オレはついついそんなことを呟いてみる。
 「オイ!! なんだよハヤト、そのやる気のねえ顔は!!!」
 「え──そう? なはは、気のせいだ、リュウジ。あ、あっちのほうはどうだろ? リュウジ、あの岩のあたりは?」
 「お~し、行ってみるか!!」

 ノブオの持ってきた「二足歩行する魚」の情報は最初まったく眉唾ものだったけれど、それが小さく写った写真を見るなりリュウジは俄然やる気になり、生き物好きのダイゴも興味をもったらしく──もう、ほんとに3人とも夢中なんだ。
 対するオレはわりとどうでもいい感じ。
 そんなことリュウジに指摘されると後が怖いから、アレだけど。

 オレはなるべく「わくわくしてます」を装いながら、瞳を輝かせたリュウジと一緒に林の切れ目、崖っぷちにある大きな岩の近辺を探索している。
 「しかしよく生えてるな、雑草」
 「まあな、まだ夏終わったばっかりだしな。つーか、だから好都合なんじゃねえか? 身を隠すもんがあるからこそ、怪魚がここらにいるんじゃねえの?」
 「あ~、そうかもね」
 オレはリュウジにこう返しながら、しゃがみ込んで繁った草をかきわけてみる。
 「隊長どの、とくに異変ナシです」
 「オウ、ご苦労!!」
 
 「兄貴~!! そっちどうっスか~?」
 「こっちはとくに何もねえぜ!!」
 「了解っス~!!」
 木立に声を響かせながら、二手に分かれた捜索隊は呼応しあっている。
 林の入り口付近でダイゴ隊と合流して、ちょっとした作戦会議なんか開いてみる。

 「何かさ、餌とかあったらいいんじゃないの?」
 「おお、ハヤト。それは悪くない考えだな」
 ダイゴが重々しく頷いた。
 「でも、ヤツって何食べるんでしょうね、兄貴?」
 「ぬ~、さっぱりわからねえな」
 「エビとか仕掛けてみるか? エビで鯛を釣るというし」
 「オウ!! それいいかもな、ダイゴ!!」
 「エビっスか~。オレもスキです!!!」
 「ノブオを釣ってどうするのだ……?」
 ダイゴが笑い含みに言っている。

 「しかし……エビか。どうする? どこで調達してくるんだ?」
 「あ、オレこれだったら持ってる。おやつの余りだけどね」
 ふと思い出して、オレは鞄を探ってそれを見つけ、リュウジに手渡した。
 「って、ハヤト……えびせんかよ……」
 たはは、とリュウジがオレとえびせんを見比べて笑ってた。

 「まあ、無いよりましではないか?」
 ダイゴがそう言ってくれたので、オレもどうにか面目立った感じだ。
 「そうか? ダイゴが言うんだったら仕掛けてみるか。よかったな、ハヤト」
 「ええ、隊長どの。アリガトウゴザイマス!!!」
 なんて、オレは最敬礼だ。やれやれ。

 「それじゃ仕掛けるポイント探すか。オウ、そうだ。ノブオ!!」
 「は~い、兄貴!!」
 「ちょっと木に登ってみろや!! お前そういうの得意だろ?」
 「ラジャー!!」
 言うが早いか、ノブオは靴と靴下を脱いで近くのわりと大きな木に登りはじめた。
 
 ノブオがうまく登っていくのを、オレたち3人は見守った。
 「どうだ? よさそうな場所はあるか?」
 「ええ、ダイゴさん。何カ所か茂みの濃いとこありますね」
 「見通しいいあたりも逆に狙い目かもよ?」
 「あ、それだったらハヤトさん、広場みたいになってるとこも発見しました!!」
 ノブオが答えるたびに、わさわさと木が揺れる。

 「おい、ノブオ!! お前落ちたりするんじゃねえぞ!!」
 「それなら大丈夫っス、兄貴!! あ──あれ?」
 大丈夫、と言ってるそばからノブオの声の調子が変わった。
 「どうしたんだ? ノブオ、大丈夫?」
 オレの問いかけは、ノブオに聞こえたんだかどうなんだか。

 「たたた、大変です!! 兄貴!!!」
 「どうした? 何かあったか?」
 「もしかしていたのか? 怪魚」
 3人は揃って木の上のノブオを見やる。

 「こっちに向かって来るヤツらがいます!!! 相手は4人──紫色の頭を筆頭に、スキンヘッドと巨体とモヒカンが見えます!!!」
 「何だ……と?」
 
 偵察係の声を聞いて、我らが隊長の口調が変わる。
 折りも折り──なんだってこんなところで、そんな奴らと遭遇しなきゃいけないんだ?
 オレは思わずきつく拳を握っていた。



   * 3 *
 

 「貴様等、こんなところで何をしていやがる?」
 ぎろりとオレたちを睨んでコウヘイは声を絞り出す。
 「何だっていいだろうが!! 別に俺らがどこにいようと、誰に断る筋でもねえぞ」
 「…………」
 
 夕映え木立で陸棲の怪魚を探していたオレたちの前に4人──暗黒一家が立ちはだかった。
 よりによって何でこんなところに奴らが、と思ったが、よく考えてみればこの場所を下りて国道を挟んだ向かいには、暗黒水産高校が位置しているんだ。

 「無用な争いをしている余裕は皆無、ただちにここを立ち去れ」
 幾分顔色を青ざめさせて、コウヘイがこんなことを言う。
 「いや、その気はねえな。悪いが」
 対するリュウジはおのれの意志を曲げるつもりは毛頭なさそう。
 「遊びで言っているんじゃねえ。頼む、今日ばかりは引いてくれ、リュウジ」
 どうもコウヘイの気配はいつもと少々違っている。

 「頼むと言われたところで、なあ、お前ら」
 とリュウジはオレたちを見回した。
 ダイゴは力強く首を縦に振り、木からおりてきたノブオもこくりと頷く。オレは目でリュウジに同意を伝えた。

 「リュウジ──貴様!!! 俺がそこまで頼んでいるのに──」
 ひときわ大きく言うなり、コウヘイはリュウジに躍りかかった!!
 「お……?」
 虚をつかれたリュウジが応戦する間もなく、コウヘイはリュウジの頬に拳をかざす。
 「ここは貴様等の出る幕じゃねえぞ、ゴラァァァ!!!」
 凄まじい怒号を放って、コウヘイが2度3度とリュウジを拳で翻弄した。

 「コウヘイ──やりやがったな!!!」
 一旦地面に膝をついたリュウジが体勢を立て直す。ようやく戦闘ポーズを決めると、今度はリュウジの素早い拳がコウヘイに向かって繰り出された。
 
 リュウジの2発目をきわどく避けながら、コウヘイが叫ぶ。
 「お前等、総力戦だ!!! ここは死ぬ気で守るのだ。何とあっても容赦するんじゃねえぞ」
 「モンガー!!」
 「わかりました、総帥!!」
 ゴンタとタカシは了解の意を表して、即座にそれぞれ相手を見据えて間合いをとりはじめた。
 まったく理解できないまま、リュウジ以下のオレたちはここ夕映え木立で死闘を繰り広げる羽目に陥っていた。

 ゴンタはダイゴに体当たりを喰らわせる。
 タカシはノブオに平手で襲いかかる。
 無論、ダイゴもノブオもやられる一方ということはなく──そこかしこで鈍い音をさせながら、双方は体を張っている。

 「ハヤト──」
 いつもと目の色も声色も違うハンゾウがオレの前に立つ。
 「──おう」
 いつもは喧嘩には手を出さない、オレとハンゾウの対峙。
 よもや拳を使うことはあるまいが、つい気迫に呑まれてオレも胸の前で掌をかたく握りしめている。
 「ここは通さない。早く撤収するんだ」
 ハンゾウの冷ややかな声がオレに言う。
 「オレはまだしも、意味もわからないまま引き下がるような漢に見えるか? ウチの総隊長が」
 コウヘイと死闘を演じるリュウジの視線は、すでに争いのきっかけが何だったかなどどうでもいいという風──ただ出現した目の前の敵を倒すことしか見えていない。

 「それに、ウチの連中はみんなリュウジに従うんだ。どんな時だってね」
 ダイゴは深い声を出しながらゴンタに挑んでいる。腹に一撃を喰らったようだが、鍛えた腹筋でなんとか持ちこたえている。
 ノブオのほうもやられたらやり返す生来の性格でもって、タカシに連続して平手を見舞っていた。

 「それなら──仕方ない」
 「え──ちょ、ハンゾウ……」
 自らを鼓舞するような口調でハンゾウが言うと、なんとハンゾウがオレに向かって間合いを詰めてきた!!
 オレが怯んだその隙に、ハンゾウの手刀がオレの頭を襲った。
 久しく喧嘩などしたこともないオレには、正直かなり効いた──
 一瞬目の前に火花が散ったところで、オレはいよいよ今日ばかりは傍観者でいられないことを悟った。

 そのあとは無我夢中だった。
 オレは今まで、こんなに自分の拳の無力さを痛感したことはなかった。
 ハンゾウに拳を命中させたところでまったく威力はないらしい。
 とはいえ、ハンゾウの攻撃自体も不意打ちの最初の一撃は別として、オレに耐えられない程度ではなかった。
 弱いながらもおそらく互角のオレとハンゾウの、それでも真剣な闘いは続いた。

 緊張を解かずに周囲を見れば、どの組もまったく決着はついていないようだ。
 とくにコウヘイとゴンタの襲撃はいつもより執念深さが見て取れる。
 ゴンタが雄叫びを上げつつダイゴに突進したのを見て──拙いことにオレに隙が生まれていた。

 「それ……ッ!!」
 「う……わ……っ」
 思わぬことに、オレは脛にハンゾウの蹴りを喰らっていた。
 単車に乗るときはブーツで守っているそこに与えられた一撃は、オレを地面に伏させるには充分だった──

 痛みのあまりうずくまるオレ。早く立って応戦しないと──
 リュウジにこんなところ見られたら、あとで何て言われるか──
 
 痛みと呼応して、鼓動が重く胸をたたく。
 心臓のあたりに手をやりながら、立ちあがろうとしかけたオレの目に──それは突然映りこんだ。

 「あ──あれ? 何──これ?」

 昨日の晩に食卓に上がったサンマを思わせる形をした、掌に入るくらいの大きさの銀色の鱗をもったソレは、屈したオレをあざ笑うかのように、水のない木立を泳ぐように横切っていった──。



   * 4 *
 
 
 「え~と……。いま何か見たような」
 ハンゾウの蹴りを喰らって倒れ伏したオレがここ、夕映え木立の中で見たものは、言葉を失うには充分すぎるものだった。
 ノブオの友人が見たという、陸棲の怪魚っていうのはアレだったのか?

 「ハンゾウ──見た?」
 「ああ──」
 有り得ないものを見たオレとハンゾウは、思わず視線を合わせて息を呑む。
 そして──

 「リュウジ!! いた!!! オレ見ちゃったよ」
 「総帥──いました」
 同時に叫んだオレとハンゾウを、みんなが振り返った。

 「何……」
 コウヘイはリュウジに振り下ろす予定の拳を下げて、ハンゾウのもとへと駆けつけた。
 「ハヤト!!! どこだ?」
 リュウジもまた、叫びながら目を輝かせてオレの横へ。
 
 「うん。ほら、そこの茂みに一瞬。な? ハンゾウ?」
 「ああ、ハヤト。総帥、たしかに今、ここに」
 「して、今は?」
 コウヘイはオレを見据えて訊いた。
 「ええと、またその辺入っていったみたいだ」
 オレの答えを聞くと、すぐ後ろを取り巻いていたゴンタが飛び出してきて、オレの指した雑草群を掻き分け始めたのだ。

 オレたちは7人とも、ゴンタの手元を息を殺して見つめている。
 しばらく後、ゴンタは力無く振り返り──悲しそうな目で首を横に振った。
 「そうか。やはり簡単には捕まらんか」
 ふっとコウヘイはため息をついた──

 両軍の目指すものが同じ、二足歩行する魚だったということが明らかになった。
 しかも──コウヘイら暗黒一家の怪魚への姿勢は、オレたちのそれとは確実に違う意味合いを持っているということが、珍しく話し合った結果わかったんだ。

 「いえね、オレの友達が写真を撮ったのがきっかけで」
 「オウ。ノブオの言うとおりだぜ!! 俺は世の中の不思議ってのに興味がある。でもって、鬼浜町にそんなのがいるんだったら、是非記念撮影してえな、と思ってよ」
 「そうか」
 怪魚を探すきっかけと理由をコウヘイに尋ねられて、ノブオとリュウジがそう説明した。
 8人で雁首並べて会話らしいことをしてる──なんて、ほんとに意外な光景だ。

 「で? コウヘイらは? やっぱ噂聞いて来たんだろ?」
 「いや──」
 コウヘイはまだ手近な草むらを手で掻き回しているゴンタに目をやりながら、リュウジに答える。

 「そもそもこれは俺等の落ち度だから仕方ねえ」
 「総帥──」
 ハンゾウに皮肉めいた笑いを見せてコウヘイは続けた。

 「貴様等に言っても仕方ないことなのだが、あれは我々暗黒一家の所有物だ。秘かに守っているので、存在を知る者は限られているのだが」
 「ええっ!! そ、総帥!! いいんですか? そんなこと言っちゃって」
 「タカシ。静かにするんだ」
 「……ハンゾウさん」
 暗黒一家の面持ちは日頃とは大分違っている。切実さとか、憔悴とか、いつもなら無縁の向きが浮かんでいた。

 「コウヘイ、なんか深い訳でもありそうだな」
 「ああ──」
 あまり多くを話したがらないコウヘイに、リュウジは懸命に語りかける。
 「お前ら、意地でもあの怪魚を探さねえといけねえんだろ?」
 ちらりとコウヘイの視線がリュウジを見やる。
 
 「しかも、秘密裏に事を運ばなければならんと見た」
 リュウジの指摘に暗黒一家の面々は誰も答えず──否定できない立場であることを空気に滲ませていた。

 「なあハヤト。お前確かに見たんだろ? 怪魚」
 「ああ、見たよ。リュウジ」
 「ってことは、もう気のせいだとかそういう誤魔化しはきかねえってことだぜ、コウヘイ」
 「…………」
 
 コウヘイをすっかり黙らせてしまうことを得たリュウジがその先を続けた。
 「コウヘイ、ここはひとつ共同戦線を張らねえか?」
 「何……?」
 リュウジの思わぬ提案に、場にいた7人はそろってリュウジを見た。

 「何だか知らねえが、お前らが真剣に怪魚を探さねえと拙い理由があるのは心得た。そんな本気を俺が黙って見過ごせると思うか?」
 「それは──単なる興味本意なのか?」
 「コウヘイがどう思おうと勝手だか、俺には俺の正義ってもんがある。ちっとは解ってもらえると嬉しいぜ」
 リュウジがすこしやわらげた表情でコウヘイに言った。

 「それによ、とくにハヤトは現物を見たんだし、このまま俺らを追い返したら話に尾ひれどころか二本足までついて鬼工じゅうに広まるぜ? だからたとえ面白くなくても、俺らと一緒に怪魚を探そうぜ!!! 俺な、ひとめ見たら満足するからよ。秘密は守るし」

 絶対にコウヘイは否やを唱えるんだろな、とオレは思った。
 だが──
 「人数は倍、か。背水の陣の俺たちには願ってもない援軍だと考えてもいいか? お前等」
 コウヘイは静かな声でハンゾウたちに尋ねている。3人は無言のまま──総帥のいいように、と目顔で返しているといったふう。
 
 「リュウジ、信じてよいのか?」
 「オウ、当然!!!」

 そしてオレたちは──両軍を敵と認めてから初めての共同戦線とやらを張ることになったんだ。
 そろそろ日が暮れる。
 木立の向こうの海の方角から差し込む夕焼けに、誰の頬もオレンジ色に染まっていた。



   * 5 *
 

 陸棲の怪魚を捕獲するための捜索隊は、こうして8人のパーティーとして再編成されたんだ。

 「とにかく今夜一晩で決着をつけるべく、俺達としては夜を徹しての作業になる覚悟だ。貴様等はどうするのだ? 決着まで付き合うか? それともそこそこの時間で解散するか?」
 「俺たちが途中で投げ出すわけねえだろ!! ハヤト、ダイゴ、ノブオ。お前らもそうだな?」
 もちろんリュウジの回答はこうだった。
 そんなわけで、ダイゴとノブオはオレたちの分の食料やらを買い出しにさきほど出掛けていったんだ。ちなみにコウヘイらはひととおりの野営用品を既に持ち込んでいた。

 「あの魚は夜行性だから、夜が狙い目なんだ」
 夕映え木立を染める夕日が落ちたところでハンゾウはオレたちにそう言って、懐中電灯を渡してくれた。
 「おう、悪いな」
 受け取ったリュウジが礼を言う。
 「いいのか? 足りなくなるんじゃない?」
 「ハヤト、心配には及ばない。今タカシが学校へ取りにもどってる」

 コウヘイらの前もって立てていた計画はこうだった。
 日の落ちないうちに、木立の中央の広場状になっているところに拠点を作る。
 そこを中心に、数カ所に餌を置く。野鳥を捕獲するときみたいなザルを加工した仕掛けを準備。
 それを見守りつつ、交代で茂みを探索──とまあ、こんな具合。

 予定外にオレたちと闘いになったもんだから明るいうちに準備するはずの予定がずれてしまったのだとコウヘイはぼやいた。
 懐中電灯を頼りに仕掛けを作るものの、暗がりの中では手元がおぼつかない。
 「え~と、これでいいのかな?」
 「あ~~、もう、ハヤトは不器用だな。ほれ、ここはしっかり紐結んで、と」
 「いや、不器用っていうか、暗いからさ。お、リュウジ巧いね」
 「ハヤトがヘタなだけじゃねえか!! おっ、蚊だ」
 言いざまリュウジが手の甲に止まった蚊を一撃のもとに殺傷した。
 「オウ、捕獲はしたがヤられたな。血が出てるぜ」

 そうリュウジが言うと、背後から近づいてきた巨体──ゴンタがポケットから虫さされの薬を出してリュウジに渡してやった。
 「お、気が利くぜ。どうもな」
 「おお……」
 とだけ返事をして、ゴンタはさらに虫除けスプレーとウエットティッシュまでポケットから出して貸してくれた。
 「へえ、いろんなもの入ってるんだね、そのポケット」
 とか感心しながらも、なんか──妙な感じだよな。

 「おおい、コウヘイ!! ザルの仕掛けは整ったぜ!! 早く餌だ、餌!!!」
 リュウジが呼ぶとコウヘイが袋を持って近づいてくる。しゃがみ込んでリュウジの作った仕掛けを確認した。
 「曲がりなりにもしっかり出来ているようだな。いいだろう。では餌だ」
 「なあ、コウヘイ。餌って何だ? 怪魚は何を食うんだ?」
 「あれの好物はエビだ」
 「へええ、やっぱり!!! ダイゴが言ったの当たってたんだ」
 オレは感心してしまう。
 「けどよ、ハヤト。えびせんは──どうだったろうな?」
 「え、あ、わはは」
 リュウジに指摘されて、オレはおかしくもないのに笑ってみた。

 「ふ……えびせんも食わないことはねえがな」
 そんな風に笑いさえ混ぜた回答を寄越しながら、コウヘイは乾燥の桜エビを数匹仕掛けの中に仕込んだ。
 「それはそうと貴様等、あれを怪魚などという名で呼ぶな。人一倍可愛がっているゴンタが機嫌を損ねる」
 「え?」
 聞き返したオレにコウヘイは告げた。
 「あれの名は、モモコという。ゴンタがそうつけたのだ」
 まったくもって冗談みたいな話だったけど、コウヘイがそんな冗談言うわけないよな。
 オレとリュウジは妙な顔で見つめ合ってしまった。

 さて、しばらく経つと学校まで懐中電灯を取りに行ったタカシも、食料その他を調達しに行ったダイゴとノブオも戻ってきて、居残り部隊は仕掛けも作り終わり──
 そうしてオレたち8人の怪魚もといモモコ捕獲作戦が始まったんだ。

 まずは全員であたりを手分けして捜索してみる。
 コウヘイが言うに、ちょうど日暮れ頃が一種の狙い目のはずらしい。
 「あれを最初に見つけたのはゴンタだったのだが、それはちょうどこんな時分だった。そうだよなあ、ゴンタ?」
 「おう」
 重々しくゴンタは頷いた。

 「それじゃあさっきハヤトが見たときは?」
 リュウジが興味津々で訊いている。
 「あれは寝起きだと思う」
 答えたのは、別の茂みを手探りしていたハンゾウだった。
 「総帥──すみません。寝起きが最大のチャンスだったのに」
 「ふ……気にするな、ハンゾウよ。あのような折りだったのだし」

 オレたちは姿を探しながら、それなりにモモコの生態について軽くレクチャーを受けていた。
 二足歩行というのは大袈裟で、2又に分かれたヒレをを使って『歩く』ように見せることができるらしい。
 姿形は変形したヒレを除いては、サンマにそっくりだということ。オレが見たのはあながち間違いじゃなかったようだ。体長は10cmということだ。
 奇妙なのは、水中でなくとも生存できるという点。えら呼吸以外の呼吸ができるようだ。それからまぶたもあって、瞬きもするんだそうだ。
 しかも、鱗は乾燥にも耐えうるのだという。このへん、すでに魚類とは言えないのではないかとハンゾウが言っていた。
 そして──最大の不思議は、モモコは人間に懐くのだという。
 誰より可愛がっているというゴンタに、モモコは明らかに懐いているとコウヘイが教えてくれた。
 
 そういえば──暗黒一家は水産高校の生徒なんだもんな。
 魚とかそういうのに詳しくても何も不思議はないんだけど。
 いろんな専門的知識を持っている彼らの一面をはからずも見て、オレはなんだか感心していた。

 まあね、オレたちは工業高校の人間だから、工具の扱いなんかだったら負けないけど──どこまで行っても競争心が生まれるあたり、やっぱりある意味宿命なんだろうな。



   * 6 *


 あたりをしばらく探してとくに収穫もなく、オレたちは一休みとばかりに、夕映え木立の中央にある本日の拠点と定めた広場に集まって、ひとまず腹ごしらえをしていた。

 「はい、兄貴。ハヤトさんはこっちでいいっスか?」
 「ん、OK。サンキューね」
 「おう、イチゴ牛乳も!! ありがとな、ノブオ」
 オレらはノブオチョイスの軽い夕食を、ありがたく受け取っている。
 
 「ノブオよ、あれはどうした?」
 「あ、あれならこっちの袋に……ありました、バナナ!! はい、ダイゴさん」
 「押忍、どうも……ん、ゴンタも欲しいか?」
 「──モンガー!!」
 「ゴンタ、好きだものな。バナナ」
 「悪いな、鬼浜寺の」
 そんな光景を、コウヘイとハンゾウが見て笑ってるのが不思議だった。

 「ゴンタさん……こっちにもありますけど」
 タカシが笑い顔で言っている。それへリュウジが気安く応えた。
 「まあ、いいじゃねえか!! みんなで食えば。な? コウヘイ」
 「まあ……な。今日ばかりは特別だ」
 ある意味暗黒一家の手助けをしている形のオレたちに、コウヘイは幾分申し訳なさそうな、遠慮がちな顔をときおり見せている。
 そんなコウヘイに、リュウジは意外にもすこし気を遣っている感じ。雰囲気だけど。

 なんとなく会話しながら、でも時折なんとなく気まずくなりながら──初めてするデートみたいな感じかな?──オレたちはいつもとは違う緊張を感じている。
 一瞬会話がとぎれた隙に、オレは訊いてみた。
 「ところで、佐藤先生ってどんな人なんだ?」
 みんなが──リュウジたちだけじゃなく、暗黒一家の4人も揃ってオレを見た。
 「どんな──とは?」
 「うん。何っていうかさ、コウヘイたちがやけに尊敬してそうに見えたから。そんなに凄い人なのかなって」
 「ああ、ハヤトは訊いてみろって言ってたもんな、コウヘイに。ま、よもやそれが叶うとは思ってもみなかったぜ!!!」
 リュウジがおもしろそうにそう言った。

 「で、実際のところ、どうなんだ?」
 リュウジの問いかけにコウヘイが応える。
 「ああ──佐藤先生はな。激するわけでも厳しいわけでもなく、静かな人なのだが威厳がある。間違ったことを押しつけねえしな」
 コウヘイの言に、3人も首を縦に振った。
 
 「ふうん。でも……それだけか?」
 「いや。ただでさえ尊敬に値するのに加えて──」
 「総帥の恩人なんだ。佐藤先生は」
 幾分言いにくそうにしていたコウヘイの後を、ハンゾウが続けた。
 コウヘイはそれへは何も言わない。
 
 「恩人、か」
 コウヘイもハンゾウも、それ以上は何も話すつもりはなかったらしい。雰囲気がそう伝えている。
 だからオレたちもその先は聞かずにおいた。けど──気になるな。
 まあ、続きはもしもまたの機会があったならば訊いてみることにしよう。

 しばし腹ごしらえを済ませたあと、オレたちは予定通りの任務につくことになった。
 ますはオレたちが仕掛けの見張り役、暗黒一家が周囲の捜索という分担。
 仕掛けから伝わる紐の端を持って、ときおり懐中電灯で周囲を照らしながらオレたちは待機している。

 あんまり騒いだらマズいような気がするし、そもそもリュウジたちの持ち場も近くはないし、辺りは暗いし、静かだし、暑くも寒くもないし──居眠り癖をいつもリュウジに指摘されてるオレが、こんなチャンスを逃すはずはなかった。あはは。
 その気はなかったんだけど、ついうとうとしてしまったらしい。
 「おい、こんなとこで寝るんじゃない」
 背後から声をかけられて、オレはびくっとなって背筋を伸ばして、反射的に謝ってみる。
 「うわ、ごめんなさい!!!」
 声の主は近くを捜索していたハンゾウだった。懐中電灯でオレの顔を照らしてた。

 「ふん。隙だらけじゃないか。ハヤト」
 「いや~、そんなつもりじゃないんだけどね。あはは」
 「まったく──こんなに緊張感のない男との勝負に手こずるとは。俺もまだまだだな」
 なんだか悔しそうにそんな台詞をハンゾウは吐く。オレは返す言葉もなく、無意味に笑うだけ。

 と──その時、風もないのに草むらが揺れた。
 「あ──れ、……ハンゾウ?」
 オレの声にハンゾウは、しッ、と手振りで示す。声を出しちゃいけないらしい。
 もしかして、怪魚──モモコが罠にかかるのか?
 オレは完全に目を覚まして、神経をとがらせて手にした紐の先にある仕掛けを見つめている。隣に身を低くしているハンゾウも、息を詰めて同じ箇所に視線を送る。

 暗がりの中、仕掛けに近づいてくるひとつのちいさな生き物の影。
 その影が完全に仕掛けのザルの中に入った瞬間──オレは紐を引っ張って、ザルを地面に伏せることに成功した。中には獲物が捕らえられている!!!
 「やった、ハンゾウ!!!」
 「ああ」
 目配せしあったオレとハンゾウは仕掛けのそばに近づいて、慎重にザルの中を確認しようとする。
 オレとハンゾウの様子に気付いたみんなはいつしかオレたちの周りに集まっていた。
 みんな、オレの手元に注目していたが、不器用なオレを案じたリュウジが自らザルに手をかけた。
 左手には捕虫網──タカシが差し出したものだ──の柄を短くもって、リュウジが捕獲の構えを見せる。
 一瞬、リュウジの肩に気合いがみなぎったと思うと、次の瞬間ザルは地面を離れてリュウジの手に。
 と──オレが捕らえた獲物は、オレたちの誰もが想像しなかった姿をしていた。

 「あれ……」
 リュウジが首を傾げるより早く、獲物は地面とザルの隙間から体を現して──瞬く間にオレたちの目の前を横切っていく!!!
 よく見ればそいつの体表は暗褐色の毛に覆われていた。しっぽは細くて長くて、仔猫くらいの大きさのそいつは、残念ながらモモコではなくて……どうやらネズミか何か。

 「ん? ネズミ……だったか?」
 リュウジが言うと、これへ強い反応を示したのはゴンタだった。
 「お……? ウオオオオオ~~~!!!」
 恐慌を来したかの如く、ゴンタはネズミが入っていった草むらから逃げまどうように、木立の中を迷走しはじめた。
 ずいぶん遠くで、まだ叫んでいるのが聞こえている……。

 「え~と、奴はどうしたんだ?」
 リュウジが訊いたのへ、コウヘイはため息を寄越した。
 「ああ……仲間の弱みを晒すのはどうかと思うが、露見しちまったら仕方ねえ。ゴンタの唯一の鬼門なのだ。ネズミは」
 「誰にでも苦手なものってあるんっスね……」
 ノブオが感心したように呟いた。

 なんていうか──今日はいろんなことがあったなあ。
 遠くで聞こえるゴンタの悲鳴を聞きながら、オレたちは顔を見合わせて「へええ」なんて声を出していた。



   * 7 *

 
 意外にも弱点だったネズミの出現に怯えたゴンタがなんとか落ち着いて戻ってくると、今度はオレたちと暗黒一家が役割分担を変えることになる。
 今度は暗黒一家が仕掛けの見張り、オレたちが周囲の捜索の係だ。
 ゴンタはまだ冷や汗をかいていて、本当は一箇所にじっとしていたくはないようだったんだけど。

 ともかく、じっとうずくまっていて居眠りしちゃうよりマシな感じのオレには、願ってもない役割交代だった。
 辺りを懐中電灯で照らしたり、何かの気配のあるような気がする草むらやら木の根本やらを手探りするのは、案外わくわくして楽しいもんだった。

 暗い中を歩いてみると、夕映え木立は昼間に感じたよりもずっと広く思えた。
 適当なところを探しながらうろつくんだけど、ちっともリュウジやダイゴと鉢合わせにならないのが不思議なほど。
 かくしてオレは積極的かつ慎重に周囲に気を配りながら、あちこちを歩き回っている。
 夏の名残の草いきれと、秋の虫の声をこんなに身近に感じるのって、たまにはいい感じ。
 
 「お、ハヤト。目は覚めたか?」 
 「ああ、リュウジ。うん、何とかね。わはは」
 歩き始めてしばらく後に、初めてリュウジの姿と出くわした。
 「それにしても一体何なんだろうな、モモコってのは。俺らに足に見える部分がヒレの変形したもんだっていうコウヘイの説明は納得するとしても、だ」
 リュウジは真剣に不思議そうに言う。
 
 「えら呼吸かどうかとか、水の中じゃなくても生きられるとか、そういうこともあるかもしれねえよな。よく知らねえけど。でもよ、人間に懐くってのが俺にはわかんねえぜ」
 「うん。そうだね。懐くなんて水族館のイルカくらいじゃないの?」
 「おい──ハヤト。イルカは魚類じゃねえだろ」
 「え、あ、そうか。わはははは」
 「あ~あ、やっぱりお前はハヤトだな」
 リュウジはがくりと肩を落として──そのまま木立の向こうへ歩き去っていった。
 あらら、呆れられちゃったよ。オレ。

 まあ、自業自得だし、そんなことより任務があるしとオレもふたたび草むらに屈み込んで手探りを始めた。
 正直言って、モモコは本当に見つかるんだろうか。そんな気持ちが去来するけど、とにかくやるだけやってみないと。
 何事にも前向きなリュウジと行動をともにするようになって、オレだってこれでもずいぶん前向きになってると思う。
 以前だったら、たとえば単車勝負で負けたりしたら、しばらくは単車なんて乗りたくもなかったもんな。今では『次こそ』って思えるんだ。

 そんな独り思いをよぎらせながら、オレは収穫のなかった草むらからポイント変更をしようと立ち上がった。
 さて、次はどのへん探そうかな、としばらく歩いていると、木立の入り口付近──国道とその向かいの暗黒水産高校を見下ろすあたりにダイゴが立ちつくしているのが見えた。
 ちょっと声でもかけてみるか、と近づいてみる。

 「よっ、ダイゴ。首尾は……」
 「しッ、ハヤト。ちょっと静かに」
 ささやきにトーンを落としたダイゴの声がオレを制した。
 思わず口を手でおさえてダイゴを見ると、その分厚い掌には数珠が握られていることに気付く。
 なんだろ、と思いながらも一歩下がってダイゴを見ている。
 耳を澄ますと、ダイゴはちいさく念仏を唱えていた。

 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏──」
 大きな背中に緊張を滲ませて、ダイゴはひたすらその語句を繰り返している。
 オレは見守りながら自然と背筋を伸ばしており、胸の前で自然と両方の掌を擦りあわせていた。

 と、しばらく後。念仏は止み、ダイゴは大きく一礼したかと思うと──ポケットから何かを取り出して、闇に向かってぱらぱらと散布した。
 そして数珠を握り直してまた一礼。今度のは深く、長い礼だった。思わずオレもそれに倣う。

 「これでよいだろう」
 まだ緊張の残る面差しでダイゴはオレを振り返ってそう言った。
 「ええ……と?」
 「ちょっとした供養を、な」
 頷くダイゴの額には、暑くもないのに玉の汗が浮かんでいた。
 「以前、暗黒水産が古戦場跡に建っていると言っただろう?」
 「ああ──コウヘイが怯えたときの話?」
 思い出した。オレたちが鬼浜寺で修行をした直後に因縁をつけてきたコウヘイを、ダイゴは拳を使わずに退却させたことがあった。
 そのときに功を奏したのが、ダイゴのこの言だったんだ。

 「そうだ。あれ以来、俺にも気になっていてな。いつかは供養せんといかんな、と。夕方ここへ入って感じたのだが、どうやらこの辺りもその気配があったのだ。それで好機とばかりに、こっそりと供養を思い立ったのだ」
 「へえ……え。で、念仏唱えて?」
 「ああ。清めの塩も撒いておいたので、これで少しはよいだろう」
 「そうか。さっき撒いてたのって塩なんだ」
 ダイゴは太い首を縦に振る。
 「ダイゴってさ、いつも塩とか持ってるんだ?」
 「押忍。商売道具みたいなものだからな。あと数珠も携帯している」
 「はは、そうなんだ。じゃあダイゴがいれば安心なんだなあ」
 そうか? というふうな笑顔をダイゴは見せた。

 「とにかく、この件はリュウジには内緒にしておこう。ハヤト」
 「ああ、そうだね。リュウジ案外こういうの苦手だっけ」
 「それからコウヘイにも、な」
 「あはははは、そうそう!!! コウヘイきっとモモコそっちのけで逃げ出すからね」
 ふたりして忍び笑いなぞしてみた。

 「おい──貴様等、俺の名を呼んだか?」
 と、姿は見えないが闇の中からコウヘイのものらしき声が聞こえた。
 「い、いや、気のせいだぜ!!!」
 つい大きな声で応えてしまって、ダイゴに口許を押さえられた。

 そんなわけで、オレたちのモモコ捕獲作戦は任務完了を遂げぬまま深夜に及んでいた。
 ただでさえ静かな夕映え木立にいよいよ虫も鳴かない静寂が訪れていた。



   * 8 *
 
 
 いつもは敵対するオレたち鬼浜爆走愚連隊と暗黒一家の両軍が初めて手を携えて敢行している作戦は、結局何の進展もないまま明け方が近づいてきている。

 深夜を過ぎて、さすがに疲れたところで両軍は交互に仮眠をとった。
 その間、ゴンタが何か夢でも見たらしくてうなされていた。
 
 ウチのノブオと暗黒タカシの若手2人は疲れていないと言い張って、結局この時間までろくに休みもしないで辺りを探し回っていた。
 「ご苦労さん、ノブオ」
 「オレ、若いっスからね。ハヤトさん」
 声をかけるとノブオは結構元気そうだ。対抗するようにタカシも応える。
 「オレだって平気ですよ」
 「無理するなよ、タカシ。顔色よくない」
 「へへ、気のせいですよ、ハンゾウさん」
 やれやれ。次の代もお互い張り合ってるな。

 そうして空はだんだん明るくなってきて──夕映え木立の木々がぼんやりと輪郭を露わにしはじめてくる時間になっていた。
 
 「結局、見つからねえか。ゴンタ、もう諦めるか?」
 「…………」
 コウヘイに問われて、ゴンタはうつむいて何も答えない。
 「おい、コウヘイ!!! 諦めてどうすんだ!!! まだ時間は残ってるだろ? 最後までしっかり気合い入れろや!!!」
 リュウジはまだまだ諦める漢ではなかった。
 それへ同意するかのように、ハンゾウも言う。
 「総帥。朝はモモコが休息する時間。まだチャンスありと見た」
 さすがに粘り強い闘い方をするだけあるな、ハンゾウは。
 「そうか。済まなかった、皆。では最後にもう少しだけ力を貸してくれ」
 「当たり前!!! ほれ、ハヤト、ダイゴもノブオも!!! もうちょっと探そうぜ」
 「押忍!!!」

 捜索は最終局面だ。朝になったらオレたちは学校へ行かないといけない──オレは別にサボってもいいんだけど、リュウジは絶対そんなことしないから。
 残された時間を使って、オレたちは明るく、見通しよくなった夕映え木立に散っていった。
 
 オレが探してるあたりにゴンタが近づいてくる。いつも喧嘩のときに見せるのとはひと味違った強いまなざしを、ゴンタはしていた。
 「なあ、ゴンタ」
 オレはふと声をかける。するとゴンタは立ち止まる。
 「ゴンタが最初にモモコを見つけたのってどの辺りなんだ?」
 「あっち……」
 ゴンタが指さしたのは、オレらが前夜、食事をとった広場から近いあたりだ。1本の大きな木の裏側の茂みがその地点のようだった。

 「そこかあ。その草むらはオレも昨夜探した記憶あるなあ」
 ゴンタも頷く。きっと真っ先に探したんだろうな。
 「まあいいか。どうせ同じとこ何人かで見たりしてたんだろうからな。ゴンタ、もう一遍見てみようぜ」
 「おお」
 近づいていって、ゴンタは太い指で雑草を掻き分けた。その手元をオレは見ている。
 丁寧に丹念に、ゴンタの手元は草の中を行き来する。
 が──やはり収穫はなかった。

 無言でゴンタは立ち上がって、覇気なくうつむいた。
 可愛がっていたモモコに脱走されて、ゴンタはさぞ落ち込んでいるんだろう。
 口数は少ないながらも、その必死の背中がせつなく丸められているのを見ると、なんだかオレも胸が痛い。
 元気出して、なんて声をかけようかと思って、ゴンタの広い背中に手を置こうとした。

 と──ゴンタの背中のど真ん中に、まるで飾りのようにきらきら光る、ちいさな流線形が張り付いている。

 「あ、れ──って、ゴンタ!!! うわ、背中!!」
 「……?」
 「これ、くっついてるのモモコじゃないの? リュウジ、コウヘイ、みんな~~~!!!」
 オレは慌ててみんなを呼ぶ。
 一番近くにいたハンゾウが真っ先に駆けつけて、ゴンタの背中を飾る流線形──モモコを大事そうに掌に収めた。
 その不思議な姿──オレが昨日の夕方に一瞬だけ見た、陸の上に住む奇妙な生態を持ったサンマに似た姿の魚は、もう逃げたりしようとする素振りは見せなかった。

 「ゴンタ! よかったじゃないか。やっぱりモモコはお前が好きなんだ」
 「モモコ……」
 ハンゾウからモモコを受け取ったゴンタは、真実うれしそうに瞳に涙を浮かべていた。
 「よかったな、ゴンタ」
 オレはようやく、ゴンタの広い背中をぽん、と叩くことができたんだ。
 
 そして、ついでにソレを見つけてしまった。
 「あれ? なんか裾のとこにもう一匹……?」
 「なに? おおっ、コウヘイ!!! モモコ、仲間連れてるぜ!!!」
 「何……だと?」
 驚きのあまり絶句しているコウヘイに、オレはゴンタの背中からとったもう1匹の陸棲の魚を差し出した。
 最初に見たモモコよりも幾分大きいそれは、コウヘイの手の中で、コウヘイの顔を見上げていた。

 「とにかく今日は世話をかけたな」
 コウヘイがそう言って──驚いたことにオレたちに頭を下げたのは、もう明け方というよりは朝と呼ぶのがふさわしい明るさになったころだった。
 用意していたらしい、プラスティックの飼育かごに2匹の陸棲の魚を入れたのをゴンタが大事そうに抱えている。
 「礼には及ばねえぜ、コウヘイ。な?」
 リュウジがオレたちを振り返る。オレもダイゴもノブオも、もちろん大きく頷いた。
 
 「それにしても、俺は感激だぜ!!! こんな不思議って、本当にあるんだなあ。いいもん見させてくれてありがとうよ」
 リュウジは飼育かごをのぞき込んで笑っていた。
 「今度は逃がすなよ、ゴンタ。2匹も探すの大変だろうからな」
 オレが言うと、ゴンタは2度、3度と大きく首を縦に振る。
 「こっちのにも名前つけないといけないっスね」
 「2匹は、つがいなのだろうか。繁殖できるとよいな」
 ノブオもダイゴもこんなふうに言っていた。

 「ところで……その、今日のことだが」
 そんなオレたちを見ながら、コウヘイは珍しく言い淀む。
 「コウヘイ!! 大丈夫だ。オレらは決して他言しねえから安心してくれ。だって最初にそう約束しただろ?」
 「ああ。信じよう。恩に着る」

 握手──まではしなかったけど、今日のこの一件についてだけはオレたち鬼浜爆愚連隊と、コウヘイたち暗黒一家の間に奇妙な共感があった。
 宿敵同士でもこんなことあるんだね。
 もしかしたら、陸棲の魚が存在することよりも不思議なことかも──なんて思いついたらちょっと笑えた。
 隣にいたハンゾウに、妙な表情でのぞき込まれた。不覚。

 「たまには散歩させてやれよ!!」
 「ああ。そうだな」
 「それでもって、誰にも見つかるなよ!!」
 「もちろん気をつける」
 「繁殖したら報せてくれるか?」
 「……考えておく」
 両軍のリーダー同士がこんな会話をしたのを潮に、オレたちは袂を分かったんだ。

 すっかり朝になった帰り道。
 疲れてはいたけど、オレたちはとても満足感につつまれていた。
 「いや~、見つかってよかったっスね~」
 「そうだな。ノブオ。俺もあのようなものを見られて、とても幸せだ」
 ノブオもダイゴも、すがすがしい表情を朝日に輝かせてる。

 「そういやリュウジ、写真は?」
 「あ? ああ。いや、いいんだ。ハヤト」
 「へえ。兄貴、記念撮影したかったんじゃないっスか?」
 「まあな。でもよ、アレってあいつらの大事な秘密だろ? やっぱり超えたらまずい一線みたいのがあるんじゃねえか、ってな」
 「ふうん。なるほどね」
 「まあな、また探しに行ったら見つかるかもしれねえしさ。そしたら俺も飼ってみたいぜ」
 さすがリュウジはリーダーたる者。互いのプライドみたいのを優先することを知ってるんだなあ。

 「リュウジ。写真は撮らなくて正解かもしれん」
 と、急にダイゴが声を低めてこう言った。
 「何? ダイゴ」
 「押忍。あのあたりで写真を撮ると──正直言って何が写るかわからぬゆえ」
 「え──」
 「それって、ダイゴさん──」
 ダイゴは曖昧に笑みを返しただけだった。
 あ~あ、かわいそうに。リュウジ、すくみ上がってるよ。

 そろそろ時間は7時ってとこ。
 一旦家に帰ってシャワー浴びるくらいの時間はありそうだ。
 どうせいつもの時間にリュウジが迎えに来るだろうから、サボるわけにはいかないけれど──今日はたぶんずっと居眠りだろうな。
 なんとなく、水族館にいる夢とか見そうな予感がするなあ……。大きい水槽の中にモモコの仲間がたくさんいて、泳いだり、ときどき陸に上がったりしてたのしそうにしてる夢。

 「って、おい、ハヤト!! 危ねえな。歩きながら寝るんじゃねえぜ!!!」
 「ん……?」
 いけね、フライングしちゃったな。オレ。
 夢の続きは授業中にでも楽しむことにしようかな。


   * 秘密指令・総員ニテ捕獲セヨ 完 *


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