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鬼の霍乱


   * 1 *


 いつも元気の塊みたいなリュウジが、今日はなんだかおとなしい。
 「だからオレさ、『そんなの有り得ないだろ?』なんて答えて──って、リュウジ。オレの話ちゃんと聞いてた?」
 「ん? あ──ああ。そうだな」
 「もう、どうかしたのか? そんな眉間にしわなんか寄せて。腹でもこわした?」
 「いや。そういうわけじゃねえんだけど」
 「そいうだよな。リュウジが体調悪いのなんか見たことないもんな」
リュウジと一緒のいつもの帰り道だけど、リュウジの様子だけがいつも通りじゃない感じだった。
 
 「あ、そうか。リュウジまた何か悩んでるんだろ? オレでよかったら相談乗ろうか?」
 「ん? ああ、また今度な」
 「……あ、そう」
 ほらな、こんな具合だ。『ハヤトに相談できる悩みなんてあるわけねえだろ』みたいなのがリュウジのいつもの切り返しだもんな。
 「何か調子狂うよな」
 オレがそう言ったのにも、リュウジは無反応だった。
 
 「リュウジ、気分が晴れないんだろ? どう? そんな時こそひとっ走りってのは」
 そう。いつもだったらコレにのってこないリュウジじゃない。のに──
 「悪い、ハヤト。今日はやめとくぜ。またにしとくわ」
 「ふうん。そうか」
 口に出しては言わないけれど、こんなに調子外れのリュウジには初めてお目にかかったような。
 何か怒らせるようなことでも言ったかな、オレ? どうしたんだろな。
 まあリュウジのことだし、きっと一晩寝たらいつもどおりの気合いの漢に戻ってるだろう──そんなふうに軽く考えて、それじゃあ、とリュウジの家の前で手を振った。

 さて、今日は走りに行く気分だったのに、リュウジが行かないんじゃ盛り上がらないな。
 それならたまにはパチンコ屋にでも出撃しようか、なんて思いつきにいたく満足したオレは、家に帰って亜由姉さんを呼び出すために電話をした。
 
 「おっす、ハヤト」
 呼び出しに応じてくれた亜由姉さんは、オレよりひとまわり年上のいとこだ。当時中学生だったオレにパチスロを教えた張本人。鬼浜町から電車で2駅のところに住んでいる。
 亜由姉さんは、絵を描くのを生業としている。会社勤めではないから、昼間でも仕事が詰まっていなければたまにはオレとも遊んでくれるんだ。
 「珍しいじゃないの。平日の夕方なんて、リュウジの見張りで打ちになんか行く隙ないんじゃなかったっけ?」
 「あはは。いつもはね」
 こちらの事情はすっかりお見通しの亜由姉さん。そうなんだ。オレが賭事やるのをリュウジは許してくれないんだよな。

 「で? 今日はリュウジいないの?」
 「うん。なんだか元気なくてさ。速攻帰って走りにも行かないっていうから。ほら、鬼の居ぬ間に何とやら?」
 「あはははは、鬼、ね。うまいこと言うじゃん、ハヤト」
 「え、そうかなあ」
 たしかに、亜由姉さんの言うように平日にパチンコ屋なんかに行けることは滅多にないもんで、オレはちょっとうきうきしてた。
 だから、その頃リュウジがどうやって過ごしていたのかなんて思いつきもしなかった。

 さすがに駅前の店はマズいだろって保護者が言うもんで、オレと亜由姉さんは単車ふたり乗りで国道沿いの大きいパチンコ屋に来ていた。
 「へ~。オレここは来たことないな」
 「そう? せっかくバイク乗るんだから、こういうとこ来ればいいのに。駅前、出ないでしょ?」
 「うん。そうかもね。今度からそうするよ。こっちのがリュウジに見つかる危険も少ないよね、きっと」
 「あはは、言えてる~」
 駐輪場に単車を停めて、亜由姉さんといっしょにいそいそと店の正面玄関まで歩く。
 「亜由姉さん、今日は何打つ?」
 「あたし? ん~、どうしようかな。南国育ちかな。ハヤトは?」
 「オレはね、番長!!!」
 「……あんた好きだね。でもさ、あんたのとこの隊長と闘わせてみたいね。番長」
 「あはは、それおもしろそうかも。リュウジきっと巧いよ、紙相撲。あれで器用だし」
 「へ~。それは意外だわ」
 亜由姉さんは感心しながらオレの顔を見つめてた。

 多分、それがマズかったんだろう。
 一瞬視線を前方から反らせた亜由姉さんは、すぐ前に人影があるのに気付くのが遅れた。
 「──!!! わ、ごめんなさい」
 入り口のドアの前で『本日のイベント』ポスターとにらめっこしていた女の人の背中に思いっきりぶつかったんだ。
 「いいえ。こちらこそ立ち止まっていて……あ、ら? 亜由──?」
 「はい? って、うわ、久しぶり!!! な~んだ、このへんで打ってたんだあ」
 「ええ、ときどき。亜由も? だったら今まで会わなかったのが不思議よね」
 「あはは、ホント~。だって何年ぶり? 会うのって」
 ぶつかった相手と亜由姉さんは、偶然にも顔見知りだったみたいだ。
 って言うか──
 「あれ、もしかして遙先生?」
 「はい? あら、ハヤトくん? え……?」
 驚いたことにその女の人は、亜由姉さんだけじゃなくって、オレにとっても顔見知りだったんだ。
 「どうして? 亜由といっしょに……」
 「あ、ハヤトはあたしの甥。それよか遙こそハヤトと知り合い?」
 「ええ。今年度から赴任先が変わって、そこで。ね、ハヤトくん?」
 
 遙先生は、保健室の先生だ。
 具合が悪いときだけじゃなくって、しょっちゅう保健室にサボりに行く生徒の代表たるオレがさんざんお世話になっている人。
 腰まであるストレートの黒髪をもつ、すらりとした体型の、見るからに育ちがよさそうでおっとりした遙先生。
 その遙先生が……
 「どうしてこんなパチンコ屋なんかにいるの?」
 「うふふ。変かしら。ハヤトくん、私ね。こう見えてもキャリア長いのよ」
 「ええっ、そうだったんだ……。オレ、ぜんぜん知らなかったな」
 亜由姉さんが頷いているあたり、それはきっとホントなんだろう。なんかこう、遙先生のキャラじゃないんだけどね。パチンコ屋って。
 さっきのリュウジといい、今日は何から何まで調子が狂うなあ。

 オレは久々の再会に盛り上がる女性ふたりを見守っていた。
 「それじゃハヤト。今日はここまで送ってくれてありがとね。帰りは遙のクルマに乗せてもらうから心配しないで」
 しばらく後に、亜由姉さんはひとつウインクしたかと思うと、ばいばいとオレに手を振った。
 ……そうだよな。いくら何でも学校の先生のいる前で打てないよな。番長。
 
 「うん。それなら安心だ。じゃあオレは行くから。ふたりとも勝ってね」
 ふたりの女性にそう微笑んで、オレは駐輪場にひとり逆戻りだ。
 なんか切ない。オレ、よっぽど番長運に恵まれてないんだろな……。

 悔し紛れにひとりで駅前の店に戻って、ちょこっと番長を打ってみた。
 ──轟さん、あんた弱いよ。リュウジに鍛え直してもらったほうがいいな。絶対。



 * 2 *
 
 
 次の朝。オレはほんとに珍しく自力で目を覚ました。
 ジリジリ鳴り続ける目覚まし時計を止めて、針を見るとすでに朝8時。
 「うわ、こんな時間!!!」
 まだ遅刻しないで登校できる時間だけど、オレはびっくりして飛び起きた。
 いつもだったら8時20分前には、窓の外から聞こえるリュウジの怒号に起こされる。それなのに、現在時刻は定刻を過ぎていて。
 もしやと思ってカーテンを開けて通りを見てみたけど、やはりリュウジの赤いリーゼントは見あたらなくて、店の前には野良猫が歩いていただけ。

 「珍しいな。リュウジ、どうしたんだろ?」
 とにかく洗面所へ行ったオレは、歯磨きしながらぼんやりした頭で考える。
 もしかして、昨日リュウジの様子が変だったのって、本当にどこか具合悪かったりしたんだろうか。
 着替えを済ませて鞄を持って、オレは急いで外へ出た。
 
 「お~い、リュウジ!!」
 リュウジの家の前で、オレはいつもリュウジがするみたいに部屋の窓に向かって叫んでいた。
 はっきり言って、朝オレのほうからリュウジを迎えに来るのなんて初めてだ。
 オレの最初の呼びかけに、リュウジの部屋の窓は無反応だった。もしかしてオレと入れ違いになったかな? なんて思ったけど、続けてもう一度リュウジの名を大きく呼んでみる。すると窓がようやく開いた。
 「ん? ああ、ハヤトか……」
 「おはよう、リュウジ」
 リーゼントを整える前の、寝起きのリュウジを見たのも初めてだった。ダイゴの家にみんなでお邪魔したときだって、リュウジが低血圧のオレより後に起きることなんてなかったし。
 「あれ──もう朝か?」
 「うん。もう8時過ぎてる。どうした? 具合悪いのか?」
 「や……大丈夫だ。何ともねえ。悪い、すぐ行くからちょっと待っててくれや」
 
 一旦窓を離れたリュウジは、ジャスト10分で支度を終えて出てきた。
 髪の毛はいつも通りセットしてあったけど、やっぱり何かが違う感じ。
 「待たせたな、ハヤト」
 「いや。まだ間に合うから平気だろ。つーかリュウジ、顔色悪いよ、やっぱり」
 「……そうか?」
 「それに、なんかまっすぐ歩けてないんじゃない?」
 「……そうか?」
 どことなく、ココロここにあらずな聞き返しっぷりをリュウジは見せる。

 「リュウジ。体調悪いんだったら、今日は学校休んだら?」
 心配になって、オレはそんな提案を持ちかけた。だって、こんなリュウジを見たことなかったから。けど。
 「まさか!!! 俺が学校を休む、だと? 断じてそれは有り得ねえぜ──……いてっ」
 いつもなんかより全然ちいさい声で言ったのに、それでもリュウジは脇腹あたりを押さえて足を止めてしまう。
 「ああ、ほら!! やっぱ痛いんだろ?」
 「痛くなんかあるわけねえだろ、ハヤト……」
 「もう、強がるんだもんな、敵わないよ。リュウジ」
 
 しかたなくそんなリュウジと今日ばかりはゆっくり歩いて学校まで。
 途中でいろんな人から朝の挨拶をされてたリュウジだったけど、返事をするのも辛そうだった。
 「ほら、だから休めばいいのに」
 「わはは、だから何ともねえんだってば」
 「……ええと、額に脂汗かいてるけど? リュウジ」
 「気のせいだ、ハヤト」
 あくまでつっぱる気だったら、オレにはもう止められないな。これは。

 さて、朝のホームルームで赤ジャージのとった出席にこれまた覇気なく返事をした直後から、リュウジは机につっぷしたままで3時間目までをやり過ごしていた。
 1時間目のあとの休憩時間に声をかけたときはなんとなく『大丈夫だ』って返事が聞こえてきた。
 2時間目のあとは、オレが医者に行ったらどうだと訊いたら『医者は嫌い』と一声が。
 
 さすがに見かねた、3時間目のあと。
 「おい、リュウジ。医者が嫌だったらせめて保健室行こう。な?」
 「…………」
 「ほら、そんなに意地張ってないで」
 「…………」
 「ん?」
 リュウジときたら、まったく無反応。
 「って、リュウジ──? おい!!!」
 そのあまりの反応のなさに、オレはなんだかおろおろしてしまう。
 
 そんなオレの姿を見て、千晶ちゃんが近づいてきた。
 「どうしたのよ、リュウジは? 熱でもあるの?」
 「いや、わかんないんだよ、それが。リュウジ何も言わないから」
 「強がるねえ。それが漢気とかって勘違いだよ? リュウジ」
 「…………」
 やっぱりリュウジはおかしい。こんなこと言われて黙ってるのなんておかしすぎる。
 オレは千晶ちゃんを拝むようにして頼んだ。
 「千晶ちゃん。悪いけどC組行ってダイゴを呼んできてくれ。保健室まで強制連行だ」
 「OK! ちょっと待ってて」
 
 慌てて教室を出ていった千晶ちゃんは、大急ぎでダイゴを連れて戻ってきた。
 「ハヤト──リュウジはどうなのだ?」
 「ああ。話してくれないから詳しくはわからないけど、とにかく朝からこの調子で。ダイゴ、リュウジを保健室まで運べるか?」
 「押忍。それくらいなら雑作もない」
 頼もしく頷いて、ダイゴはリュウジを背中に乗せようと試みる。
 リュウジはよほど朦朧としているのか、そんな最中にもひとことも発しない。
 けど──
 「あ、リュウジ、すっごい顔色してるよ、ハヤト!!!」
 「もしかして思ったより重症かもしれない。ダイゴ、オレ先に保健室行って、遙先生に説明しとく。後からゆっくり来てくれ。あんまり刺激するのもよくないかも」
 
 とにかくオレは保健室までをダッシュで駆け抜けた。
 途中、ノブオと出会い頭にぶつかりそうになる。
 「ああ、ハヤトさん!! びっくりした。どうしたんっスか? そんな慌てて」
 「悪い、ノブオ、ちょっと緊急事態。ダイゴがリュウジを保健室に搬送するとこだ」
 「ええっ!!! 兄貴どっか悪いんっスか?」
 「うん。よくわかんないけど。とにかく説明は後で。急ぐから」
 「って、待ってください、ハヤトさん!! オレも行くっス」
 慌てるオレを見て察したらしくて、意味も分からないままノブオがオレについてくる。
 そのままふたりで血相変えて走っていった。
 
 まさかリュウジに限って、変な病気とか、そんなんじゃないよな?
 なんだかそう考えるだけでひどく不安だった。
 それと、リュウジが具合悪いってだけでこんなに心細くなる自分に、少なからず驚いてもいた。



   * 3 *


 「遙先生!!!」
 保健室につくなり、オレはノブオと一緒にに乱暴に扉を開けて中へ転がり込む。
 「あら、ハヤトくん。だめよ、ちゃんとノックくらいしなくっちゃ」
 おしとやかで、おっとりタイプの遙先生はいわゆる『癒し系』の美人。保健室に来るだけで癒されると言い放つ輩が多いのもうなずけるんだけど、今はそんな場合じゃない。

 「昨日はあのあとね、亜由と……」
 「って、遙先生、その話は後で!!! 大変なんだ、今ダイゴが連れてくるとこなんだけど、リュウジがヤバい!!!」
 「うわ~ん、ハヤトさん、兄貴、ヤバいんっスか? どどど、どうしよう」
 「ノブオ、落ち着け!!!」
 「はいはい。ハヤトくんも落ち着いてね」
 ふわりと笑う遙先生を見たら、不安に押しつぶされそうなオレでさえもちょこっと落ち着いたのが不思議ではあった。

 「それで? リュウジくんは怪我したの? それとも病気なの?」
 遙先生は落ち着いていて、耳にやさしい声をしてる。その声がオレに訊いた。
 「怪我じゃない。病気──なんだろうと思う」
 「兄貴、病気なんっスか~~~、どうしよう……」
 相変わらずノブオがオレの横でおろおろしている。
 「症状は?」
 「よくわかんないんだ。リュウジ妙に我慢強いから痛いとか辛いとか、そういうの口に出さないんだよ」
 「それじゃあとにかく待ちましょうね」
 そう言って、遙先生はドアを開けて廊下を見やる。
 
 それからすぐにリュウジを背負ったダイゴが保健室に到着した。
 「ダイゴくん、ご苦労様。ベッドのところまで行っておろしてあげてくれる?」
 「押忍。了解す」
 背中のリュウジに負担をかけないようにか、ダイゴはほんのかすかに首を縦に振ると、遙先生の指示に従う。
 ベッドに仰向けに寝かされたリュウジを見ると、ノブオが息を飲んだ。
 「あ、兄貴~~~!!! 真っ青じゃないっスか……」
 「ほんとだ。リュウジ、さっきよか悪くなってるような」
 同行してきた千晶ちゃんも低い声で言って驚いた表情をする。
 「そうね、確かによくなさそうだわ。みんな、心配なのはわかるけれどちょっと遠慮してもらってもいいかしら?」
 一同は頷いて──そうすると遙先生は、ベッドの間仕切りのカーテンを引いた。

 カーテンの内側の様子はわからない。それが逆にすこし不安を煽るような気がした。
 ときどき遙先生がリュウジに問いかける声がして、でもリュウジが答えるのは聞こえてこない。代わりに時折呻くような声が外にもれてくる。

 スピーカーからチャイムの音が聞こえてくる。どうやら4時間目が始まったみたいだ。
 けど誰もこのまま教室へ戻ったりできるような感じではなくて。
 オレたちは遠慮しながら、声を潜めてすこし話した。
 「ハヤト。リュウジは今朝からあの調子なのか?」
 「ああ。今朝っていうより、昨日の放課後からちょっと変だった」
 ダイゴの問いかけにそう答えた。
 「変って、どうだったんっスか? 兄貴は」
 ノブオは目を潤ませている。
 「なんかいつもの調子じゃなかったんだ。元気なくてさ。走りに行こうって言ったら断られたから、妙だなとは思ってた。今朝はいつもみたくウチまでリュウジが迎えに来なかったし」
 「ああ、それでふたりとも、今日は遅刻しそうになってたんだ」
 「そう。そんなとこ。オレ、休んだらいいのにって言ったんだけど、リュウジ頑固でさ」
 そう返したら、千晶ちゃんはナルホド、と大きく頷いた。
 「とにかく変な病気だったりしないといいんだけど……」
 そんなふうにオレが言ったところで、カーテンの内側から遙先生が出てきたんだ。

 「遙先生、リュウジはどう?」
 「よくないわね。リュウジくん、我慢しすぎなのよ」
 「それって──」
 オレたちはみんな、息を呑んだ。静まりかえると同時に、ベッドのほうから苦しそうなうなり声が聞こえてくる。
 
 遙先生はこう続けた。
 「誰か職員室まで急いで行ってくれるかしら。119番に電話してほしいの」
 「え──遙先生?」
 「119番──救急車か? それは大変だ」
 「ええっ!!! リュウジそんなに悪いの?」
 「あ、兄貴~っ!!!」
 一瞬、全員驚きのあまりの反応をしてしまっていた。けど、驚いている場合じゃないな。
 「わかった。ノブオ、職員室へ走れ。オレは赤ジャージに報せに行く。遙先生、リュウジを頼んだ」
 「ハヤトさん、了解っス!!!」
 答えざまノブオはドアから急いで出ていって、同時にオレは体育館までの道程を疾走したんだ。

 「先生!!」
 「おう? 何だ? どうしたハヤト」
 体育館で1年生の授業をしていた担任の赤ジャージを呼ぶ。1年生たちは血相を変えたオレを見て少々ざわついていた。
 「リュウジが病気で、救急車なんだ!!!」
 「何──? あのリュウジが、か?」
 驚いた顔をする赤ジャージ。そして同じ反応を見せる1年生たち。
 リュウジは学校中の名物漢なわけで、誰だってその人となりをそれなりに知っているから無理もない。

 「うん、とにかく急いで保健室へ!!」
 「解った。今行こう。お前たち、少し外すが許してくれるな?」
 そう言い残す赤ジャージを伴って、オレはふたたび保健室へと駆け戻る。
 体育館にいた1年生たちも、幾人かついてきていた。野次馬ってことでもなさそうだ──ついてきた奴らは、本気で心配顔だったから。
 
 さすがリュウジは人望篤いんだな、なんて感心してるオレの鼓膜は、近づいてくるサイレンの音に揺さぶられていた。



   * 4 *


 リュウジは町立病院へ搬送されたらしい。
 さすがに救急車には同乗できなかったオレたちは、病院に付き添った赤ジャージからの連絡でそれを知った。
 現在は昼休み。こんな際だからと教頭から許しが出たと遙先生が教えてくれたので、オレたちは急いでリュウジのいる町立病院へと向かったんだ。
 
 引率は、遙先生だった。
 遙先生のクルマにダイゴとノブオとオレが乗せてもらって町立病院まで走る。病院までの車内は、変に静まりかえっていた。
 
 そして病院へ着いて、遙先生が受付のお姉さんに訊いたところによれば──
 「これから手術だそうよ」
 「ええ~~~っ!!!」
 もう、オレたちにはそう言って驚くこと意外の反応が許されていないような感じだった。
 思わず大きめの声を出してしまったオレたちは、遙先生に「静かにね」とたしなめられたけど、とにかく動揺しまくっていた。

 オレたちとは違って冷静な遙先生に導かれて、着いた先は手術室の前だった。
 「あ、先生!!!」
 手術室の前のベンチには、赤ジャージが座っていた。
 「おう、ハヤト。遙先生、ご苦労かける」
 「いいえ。みんなとても心配していたから」
 「それでどうなんだ? 先生。リュウジは一体どこが悪い?」
 ダイゴが問うのに、ノブオも言い募る。
 「ままま、まさか、もう治らない病気なんてことないっスよね?」
 「そのような心配はないと思うぞ、ノブオ。リュウジは──」
 と、赤ジャージが言いかけたところで目の前のエレベーターの扉が開いて、看護師さんの押すストレッチャーに横たえられたリュウジが現れた。

 「あ、兄貴ぃ~~~っ!!!」
 見るや否や、目に涙をいっぱいためたノブオが駆け寄っていった。ダイゴとオレも自然とノブオの横に並んでリュウジを見下ろしていた。
 「おう、お前ら」
 オレたちに無理に作ったらしい、ちょっとした笑顔を見せるリュウジ──保健室へ運ばれたときよりは落ち着いているようだ。
 「情けないぜ。この俺が手術なんだと」
 「リュウジ、無理にしゃべらない方がよいのでは?」
 「うん。そうだよ。痛いんだろ?」
 オレたちが言うのにお構いなしに、リュウジはとにかく言わなければといった思いを見せて、かすれた声で続けた。

 「──心配かけて済まない、みんな。とにかく今は、俺だけの闘いだ。勝利を──祈っていてくれな」
 「リュウジ──」
 「兄貴ぃ~……」
 まったくもって不安そうな顔を、リュウジはしていた。見ているだけでこちらがせつなくなるような表情だった。
 「俺がいない間は、ハヤト。お前に託すぜ。夜露死苦な……。どれだけ長い留守にするかわかんねえけどな……。もしこのまま俺が……いや、何でもねえ。とにかく頼んだぜ。ハヤト──」
 「リュウジ!!!」
 オレは思わず大きくリュウジの名を呼んでいた。
 そんなオレに構うことなく看護師さんはリュウジを手術室の中へ連れてゆき、扉が閉まると同時に『手術中』のランプに灯りが点った。
 オレたちはそのランプを、心臓をどきどきさせてしばらくの間見つめていたんだ。

 「先生……」
 「そんな不安そうな顔をするな。ハヤト」
 「だって、リュウジがあんな心細い表情してるのって、オレ見たことないから」
 オレは赤ジャージに言う。すると、赤ジャージの目はオレをなだめるように細められた。
 「心配はいらんよ。リュウジは盲腸炎だ」
 「え──?」
 「盲腸なんスか? じゃあ……」
 「だったらそこまで心配することないのだな」
 赤ジャージが告げたリュウジの病名を聞いて、オレたち3人は顔を見合わせて、ようやく肩の力をすこし抜いたんだった。

 「ああ。やっぱりそうだったのね」
 遙先生もほっと胸を撫で下ろしたという顔をした。
 「遙先生、わかってた?」
 「ええ。そうだろうとは思ったんだけれど。痛いのは無意識に押さえている右の脇腹らしいのはわかったけれど、正確な診断は私にはできないから」
 なるほど、そういうことか。なんとなく気の抜けた顔をオレたちは見せあっていた。

 実は保健室のベッドで、リュウジは少し嘔吐したんだと遙先生は言っていた。
 「な~んだ。兄貴ってば驚かすんだもんなあ。オレ、もう泣きそうだったっス」
 「とか言って、ノブオすでに泣いてたじゃん」
 「もう、ハヤトさん。そりゃ言わない約束っスよ~」
 ようやくこんなやりとりがオレたちに戻ってきていた。

 「けれど、盲腸と言っても油断できないわよ。盲腸は無理に我慢しすぎると腹膜炎を起こすから」
 「そいうえば俺の知り合いにもそういう輩がいたな。そいつもリュウジのようなタイプだった。何日も我慢していた結果だという話だったように思うが」
 遙先生と赤ジャージがこんなふうに言っていた。
 「ええっ、じゃあやっぱり兄貴は──」
 「先生方。申し訳ないがこれ以上ノブオを泣かせないでやって欲しいのだが」
 「ああ、ダイゴ、それは済まん」
 「ほんとにごめんなさいね、ノブオくん。でも大丈夫だと思うわ。ハヤトくん、昨日からなんでしょう? リュウジくんがああなったのは」
 「うん。昨日も昼まではぴんぴんしてたよ」
 「なら大丈夫だろう。リュウジはあれだ、友達連中が揃って心配性だったから命拾いだな」
 なんて赤ジャージが言っていた。やれやれ。

 「それにしてもリュウジ、よっぽど不安だったんだろうね。さっきの口振りからすると」
 手術室の前ってのは落ち着かないもんだなあと思いながら、オレたちはひっそり話した。
 「ですね、ハヤトさん。この世の終わりみたいな顔してましたもん。兄貴」
 「ああ。でも本人にとってみたら、その通りの思いだったのではないかな。リュウジは風邪ひとつひいたことがないのが子供の頃からの自慢だったので」
 リュウジとは小学校から一緒のダイゴが、思い返しながらそう言った。
 「まあ、でもたまにはいいクスリかもね。リュウジは何かにつけて無理する奴だから」
 「押忍。だから頼もしいのだとも言えるがな。たまには悪くないかもしれん」
 ダイゴもそう同意してくれていた。
 
 「とにかくリュウジがいない間は、オレたちでどうにか守っていかないとね」
 「その通りだな、ハヤト。これで何か起きた日には、リュウジに申し訳が立たぬ」
 「……責任重大っスよ、ハヤトさん」
 「おい、そんな脅すんじゃないよ。ノブオ」
 いやなこと言うなあ、ノブオの奴は──なんかこう、胸騒ぎがしてくるよ。

 オレたちが話している間に、千晶ちゃんがリュウジの親父さんとお袋さんを連れてきた。
 それへ挨拶したりしながら、オレたちは待った。
 『手術中』のランプが消えて、重々しい扉の向こうからリュウジの姿が現れるときを。



   * 5 *


 リュウジが盲腸の手術をした日から、3日が経っていた。
 放課後になるとオレはダイゴとノブオを伴って、病院までお見舞いに行くのが日課になっていた。
 リュウジは気持ちの上ではもうすっかり元気な様子になっていた。

 「それで? 俺がこうしている間に変わったことはないか?」
 「ああ、おかげさまでね。平和なもんだよ」
 「それならよかったぜ。あ~もう、早いとこ退院してえなあ。病気なんかするもんじゃねえぜ。思う存分食いたいもの食えないのが苦痛でな」
 「それは辛いかもしれんな、リュウジ」
 「だろう? ダイゴ。飯は一膳だけだしよ。腹持ち悪いったら」
 リュウジは不平たっぷりの口調でそう言った。

 「ああ、忘れてた。リュウジ、今日の分のノート、ここ置いとく」
 「オウ、ありがとな、ハヤト」
 「そういや試験近いっスもんね~」
 「……嫌なこと言うぜ、ノブオ。医者の許しが出たら思う存分仕返ししてやっから覚えてろよ」
 「うわ~~~、ゴメンナサイ、兄貴ぃ~」
 そんなノブオの姿がおかしくて、オレたちはちょっと笑った。もっともリュウジは痛そうだったけど。

 「よっ、リュウジ。ちょっとは元気になった?」
 「おう、千晶ちゃんじゃねえか!!!」
 そのとき大きな花束を抱えて、千晶ちゃんが病室へ入ってきた。
 「はい、お見舞い。リュウジにお花ってちょっとアレかとも思ったけど」
 「わはは。悪いな、気を遣わせて」
 ノブオが花束を受け取って、さっそく花瓶に移し替えている。

 「へえ。でもお花いっぱいあったんだね。別のにすればよかったかな?」
 「こっちのは、マキ姉が持ってきてくれたやつだ」
 「うん。おととい来たね。赤ジャージと一緒に」
 「それからこれは、森園たちからだったな」
 ほかにも並んだお見舞いの品々を、オレとダイゴで指さしながら千晶ちゃんに伝えていた。言われてみればいろいろ、たくさんあるなあ。

 「ふうん。リュウジ人気者だからね。いろんな人来るでしょ?」
 「ああ。おかげさまでな。ちっとも休んでる暇ねえんだぜ」
 「あはは。それはご苦労様。病人も楽じゃないね」
 「はいはい、甘やかさないの、千晶ちゃん。そんなこと言ってるけど、午前中はきっと暇で泣きそうになってるよ、リュウジは」
 「ってオイ!! ハヤト、悪いが午前中は午前中で俺は忙しいんだぜ? ハヤトのノートに目を通したりとか、ちょっとはするし、それに……」
 
 「どうせゲームか何かで忙しいんっスよ、兄貴は」
 「おい、ノブオよ。そのようなことを言うとまた──」
 口を挟んだノブオをダイゴがたしなめたけど、遅かったな。
 「ノ~ブ~オ、お前覚えとけな」
 「うわ~~~、ほんっとにゴメンナサイっス~~~」
 「あはははは。あんたたちって、ホントに面白いよね」
 千晶ちゃんは笑ってるけど、リュウジもノブオもある意味本気なのが……やっぱり笑えるのかも。

 そうこうしているうちに、またお見舞い客が現れたんだ。
 「リュウジ、あんた盲腸だって?」
 「おう、亜由姉ちゃんじゃねえか。久しぶりだな。ハヤトに聞いたのか?」
 「ううん。遙に」
 亜由姉さんの後ろからは、遙先生が入ってくる。
 「リュウジくん、経過はどうなの?」
 「ん? ああ、順調みたいだが……なんだ、亜由姉ちゃんと知り合いなのか? 遙先生」
 「うん。大学のときの友達。ね、遙」
 「ええ、そうなのよ。ついこの間、亜由がハヤトくんと一緒にいるときに久しぶりに会ったの。亜由がハヤトくんの親戚だってその時知ったのよ」
 「ふうん。そうだったのか。」
 世間って狭いよね、なんて一同で頷きあったりしていた。
 「で? ハヤト、お前亜由姉ちゃんと一緒に、どこにいたんだ?」
 「え──いや、まあ、その……」
 「まさかとは思うけど?」
 「あら、変なところじゃないわよ。リュウジくん」
 なんて遙先生が助け船を出してくれる。やれやれ、助かった。
 「海沿いのパチンコ屋さんの前よ。ね?」
 「……あ~あ、言っちゃった。そうだよね。遙にはちっとも変なとこじゃないもんね。パチンコ屋は」
 亜由姉さんは肩をすくめた。
 そんな亜由姉さんを横目で見ながら、リュウジの怒りの矛先が今度はオレに。
 「──ハ~ヤ~ト、お前も覚えておくんだな」
 「はいはい、すみませんでした……」 
 あの店じゃ、オレは1Gも回してないのになあ。結局リュウジにバレてんだ。
 
 亜由姉さんと遙先生がリュウジに持ってきたお見舞いの品は、大きなクマのぬいぐるみだった。
 「って、オレはそういうキャラクターなのか? 亜由姉ちゃん」
 「だって、リュウジ寂しがり屋じゃない。夜とかひとりで心細いときにあったらいいかな、って。遙と相談してさ」
 「ええ。お花もいいけれど、こういうのも和むかなって思って」
 「……まあ、いいけどな。カワイイしな」
 リュウジはぬいぐるみの抱きごたえを確認してみて、ちょっと微笑んでいた。
 「あは、そういうの案外似合うね。リュウジ」
 「え──そうか? 千晶ちゃん」
 ね~、と千晶ちゃんを含む女性陣がくすくす笑っている。リュウジって結構、とくに年上の女の人には愛されるのかもね。

 今日の面会時間も終わりに近づいていた。
 リュウジにはまた明日、と言って病室を出て、クルマで来ていた遙先生と、同乗するらしい亜由姉さん──これからまた勝負だろうな。いいなあ──のふたりには病院の正面玄関でさよならして。
 そしてオレたちは、千晶ちゃんも一緒に4人で病院から外へ出た。

 「千晶ちゃん、今日はありがとう。リュウジ喜んでたよ」
 「いえいえ。ホントは毎日来たいんだけどな。いろいろレッスンとかあってね」
 「へええ。忙しいんっスね。千晶センパイ」
 「まあね。それなりにね」
 「けれど、もう数日でリュウジも退院できるのではないかな?」
 「うん、ダイゴ。そうだよね。やっぱ鬼工にはリュウジがいないと締まらないもんね。早いとこ戻ってきて欲しいよね──あれ?」
 一瞬言葉を切った千晶ちゃんは、何を感じたのか後ろを振り返った。

 それにつられて振り向いたオレたちの視界の隅っこを掠めたもの。それは──
 「あれ、今、誰かそこにいた?」
 「ええ、いましたねえ。ハヤトさん」
 「押忍。ピンク色の頭がいたような」
 「やっぱり? あたしの気のせいじゃないよね?」
 またしても奴か。なんとなく、オレたちがここにいるのを見られたくなかったんだけど。
 何やら嫌な予感がオレたちの胸を去来した。聞かれた──よなあ。きっと。



   * 6 *
 
 
 「なあノブオ。偶然の対義語って何だか知ってるか?」
 「え──急に難しいこと言いますね、ハヤトさん。え~と、何でしたっけ?」
 「必然、だ。ノブオ。今の俺たちが立たされている状況は、どちらかというとそちらだろうな」
 ダイゴの視線は横のノブオではなく、まっすぐ前を向いている。ノブオもオレも同様だ。
 「ナルホド。じゃあやっぱり、昨日はタカシに見られて、聞かれてたんっスね」
 
 オレたちが病院から出たところをタカシに目撃された、翌日の放課後のこと。
 例に倣ってリュウジのお見舞いに出向いたオレたち3人は、町立病院の前で暗黒一家に足止めをくっている。
 「──オレたちに何か用か?」
 リュウジのいない間を託されたオレは、ふたりより一歩前へ出てコウヘイの前へと進んで訊いた。そう、これはいつもだったらリュウジの役目だ。
 そんなオレの目の前でコウヘイは、いつもの物騒な笑いを隠さない。
 「ほう。こんなところで会うとはなあ。奇遇なことだ」
 「────」
 「今日は貴様等だけなのか?」
 「悪いか?」
 リュウジの不在を言われたのだと思って、オレたちは咄嗟に身構える。
 
 けれどコウヘイの仲間たちの反応は──
 「そうですね~、総帥。昨日はほら、あの女子も一緒にいたんですよね」
 「タ──タカシ、黙ってろ。俺が言いたいのは、そのことじゃねえ」
 「え? 総帥? けど……」
 「五月蝿いぞ、ハンゾウ」
 すこし論点が違ったような。

 「ええと、千晶センパイなら今日は一緒じゃないですけど?」
 ノブオがこう言うと、コウヘイは歯を剥いてノブオに凄んだ。
 「ゴラァァァ!!! 誰がそんなこと言ったんだ!!! 俺はなあ、今日はリュウジがいねえなあと言ったのだ。そうだろう? お前等」
 「ああ、そのことか」
 「…………っ!!」
 仲間のハンゾウが答えるのにも、コウヘイはなんだか凄味を効かせて振り向いてた。
 
 「とにかく、俺はリュウジに会いたくてなあ。ほれ、中にいるんだろう? 俺もちょっと挨拶させてもらおうか?」
 ひと呼吸おいてから、コウヘイはさっきまでより不穏な笑みでそう言った。
 「いや、コウヘイ。悪いがそれは遠慮願おう。ここはそういう場所じゃない」
 「ほう。ではやはりリュウジは病気なのだな?」
 「ああ。あれでリュウジも人間だからね。たまにはそういうこともある」
 もう逃げも隠れもできないと悟ったオレは、コウヘイにこう応える。
 
 「ふん。女々しいことだな。病気なぞに負けるとは」
 コウヘイが言うのに、我慢できずにノブオが返した。
 「な、なんだとぅ? 兄貴のどこが女々しいってんだ!!」
 「こらノブオ。黙っているのだ」
 ダイゴがノブオを制するけれど、熱しやすいノブオはすでに沸騰寸前で。
 「このようなところで事を起こすことが、リュウジの意に叶うと思うか?」
 「でも、ダイゴさん!!! オレ、許せないっス!!!」
 「いいから。ノブオ、落ち着くんだ」
 
 「ほう──やるんだな? 鬼工の若いの」
 「いや、済まなかった。今のはこちらが悪い。それは認めるから今日のところは──」
 「退けと言われて退くような俺等ではないのは承知だろうな?」
 嗚呼、やっぱりこうなっちゃうのか──。
 必然というか、予定調和とでもいったほうがいいのか。
 
 「そもそも俺はリュウジの見舞いに来たのだ。それを断る無礼に続けて、逆に若いのに喧嘩を売られて引き下がれるわけがねえだろうがあ!!!」
 面白がるように怒号を上げるコウヘイに、病院に入っていく人々は足を止めてこちらに視線を向け始めたんだ。
 とにかく、こんなところで騒ぎを起こしたりしたらマズいな。
 このままいたら、リュウジに見つからないとも限らない。今は余計な心配をかけるべき時じゃないのは充分承知だ。

 しかたなくオレはこう切り出した。
 「──場所を変えよう、暗黒一家。話し合うなりケリをつけるなりは、ここは適していないから」
 「いいだろう」
 待ってましたと言わんばかりのコウヘイの表情。いいさ、わかってる。これがコウヘイの仕掛けた罠だってことくらい。
 けど、オレたちにだってある程度の覚悟はあったから。
 「貴様等、逃げたりする気じゃねえよなあ?」
 「当然」
 オレはリュウジがするみたいに腕組みをしてコウヘイに頷いた。いまひとつ貫禄に欠けてただろうけど、それは大目に見てほしい。

 コウヘイの指定したのは、30分後に河川敷。
 ひとまずリュウジのお見舞いはその後に回すことになってしまった。
 「ハヤトさん、スミマセン。オレ、つい……」
 熱しやすいノブオは、一度頭が冷えるといつもこんな具合だ。そう、わかっていないわけじゃないんだ。こんなとこ、ちょうど1年前のリュウジによく似てるかもね。
 
 そんなノブオにオレとダイゴはこう返してやる。
 「いや、しかたないさ。ノブオ。お前のせいだけじゃない」
 「その通りだ。リュウジ不在の好機を逃すとは思えんし、奴らは端から因縁をつけるために待ち伏せしていたに決まっている。単によいきっかけを与えたに過ぎんよ」
 「──ダイゴさん」
 「まあ、やると決めた以上はどうにかせんとな」
 「そうだね、ダイゴ。穏便には済まないんだろうけど」
 「ハヤトさんまで、そんな──」
 「そんな情けない顔するんじゃないよ、ノブオ。ほら、そんな顔してたら、リュウジがいたら尻のひとつも叩かれるだろ?」
 もちろん空元気だ。オレも。
 でも、こんなとこで仲間の不安を煽ることなんてできっこないし。

 リュウジのいない間の代役を頼まれた、ってそれだけのことで、オレの気持ちはあきらかに数日前とは違っていた。
 そうか。人を引っ張っていくってこういうことなんだな。ひとつ勉強になった。
 なんとなく視線を合わせたダイゴが、訳知り顔で大きく頷いていた。
 ──仲間って頼もしいな。

 「さて、とにかく行こうか。さっさと決着つけないと、今日の面会時間に間に合わないから」
 オレはひときわ声を響かせて、ダイゴとノブオに不敵な笑みを作って見せた。
 うん、これって重要だね。どんな不安を抱えた状況でも誰かが胸を張っていること。
 
 ああ、願わくばオレにリュウジの完璧な代役は無理でも、少しは漢気みたいのをわけてもらえたら──そんなふうに思って、オレは後にしてきた病院を振り返った。
 リュウジの病室って多分あっちの方角だよな、なんて思いながら、ココロの中で手を合わせてみたりする。



   * 7 *


 日中の河川敷は、平穏そのものといったふう。
 サッカーボールを追う少年達がいたり、犬にフリスビーを投げたりする愛犬家がいたり。
 そんな町の人々の憩いを壊すわけにはいかなくて、オレたちは暗黒一家を電車の通る鉄橋の下で待ちかまえていた。
 ここだったら、多少の物音がしてもタイミング次第では不自然じゃないから。
 それに丈の高い雑草が生い茂っているので、目隠しにもなるかと思って。

 そんなオレたちの姿を見つけたコウヘイら暗黒一家が、肩で風を切って近づいてくる。
 「ふん。こんなところに隠れていやがったか」
 「別に隠れるつもりなんかないさ。変に目立つ趣味がないだけだ、オレたちにね」
 「つまらねえ言い訳しやがるなあ、特攻隊長さんよ」
 からかう口調で言うコウヘイに、オレはできるだけ強い視線で睨みを利かせてみた。

 早速──といわんばかりにコウヘイが続けた。
 「この間からな、うちのゴンタが一戦交えたくて仕方がないのだ。なかなか相手が見つからなくてなあ。かわいそうにストレスが溜まっている。相手してやってくれるよなあ?」
 「モンガ~~~!!!」
 コウヘイに名を呼ばれ、前へ出てきたゴンタが吠える。
 
 拳で自らの胸を叩くゴンタは、すでにやる気が充実しているようだ。
 「ゴンタか──それじゃダイゴ、行くか?」
 「押忍」
 「いいえ、ハヤトさん、ダイゴさん!! オレが行くっス」
 「ノブオ……?」
 「ダイゴさんは後で。オレ、ここは絶対になんとか持ちこたえますから。そしたら次があるかもしれないでしょ? だから、オレに先に行かせて欲しいっス」
 今日のノブオはいつもと違う。ただ単に、向こう見ずにつっかかっていくわけではなくて、ちゃんと展開を考えての志願だった。
 「よし。それじゃノブオ。頼んだ」
 「ええ、ハヤトさん。オレ、兄貴のために──!!!」
 決意を秘めた目の色でこちらを見返して、そしてノブオはゴンタの前へと進み出る。

 「オレが相手だっ!! いくぞ~ッ!!!」
 「フンガ~!!!」
 咆吼を放ったノブオとゴンタは、初っ端から凄まじいぶつかり合いを見せた。
 「オレをなめんなよ!!」
 続けて叫びざま、ノブオはジャンプして高い位置にあるゴンタの頬に痛烈な平手を見舞う。
 「うお……ッ!!」
 そこを狙ったのか偶然なのかはわからないが、ノブオの掌はゴンタの左目を襲撃した。
 一瞬怯んだゴンタを認めて、次のノブオの一手は蹴りだった。
 「どりゃ~~~!!!」
 「ウ……ガ~~っ……!!!」
 今度は低い位置を狙われたゴンタは、ノブオに蹴られた脛をかばうように構えを下げる。

 ノブオ優勢か──と思った次の間合いは、さっきよりも激したゴンタの拳が繰り出された。
 「う──グッ!!」
 「ノ、ノブオ……」
 ゴンタのパンチがノブオの腹部にめり込んだのを見て、オレは思わずちいさく洩らす。
 いくら打たれ強いとはいえ、明らかな体格差=威力の差をノブオはどうして持ちこたえられるんだろう。

 オレの心配をよそに、ノブオは尻餅をついた体勢を立て直してふたたびゴンタの前に立つ。
 「すごい──ノブオ」
 「ああ。あの気迫がな」
 お互いの顔を見ることなく、視線は闘いの場に向けたままでオレとダイゴは囁き交わしていた。
 
 その後のノブオとゴンタの闘いは、もう激闘と呼んでもいいくらいだった。
 雄叫びを上げつつ素早く動いてゴンタを翻弄しながら平手を繰り出すノブオ。
 対するゴンタは、手数は多くはないものの命中すれば重い打撃を与えてくる。
 ゴンタの攻撃を喰らっても、絶対に退くものかの意志を露わにしたノブオの背中が頼もしい。
 
 そして──
 「うおりゃ~~~!!!」
 「グオオオオオ~~~!!!」
 両者の怒号とともに繰り出された拳が、互いの頬を打ちあった!!
 相討ちの恰好となったふたりの体は、まるでスローモーションのように、同時に枯れ始めた雑草が覆う地面にどさりと音を立てて倒れ伏した。

 ふたりとも、もう立ち上がらない。

 「引き分けだ──」
 「ああ」
 オレはようやくダイゴと目配せしあった。ノブオ、頑張ったな。

 「だらしねえぞゴンタ」
 脇に下がっていたコウヘイが、立ち位置を変えて中央に進み出た。
 「ハンゾウ、タカシ。ゴンタを後ろへ」
 「了解、総帥」
 コウヘイの指示に従って、暗黒のふたりがゴンタの体をひっぱってゆく。
 オレたちも同様に、ノブオの近くへ。大健闘のノブオの頬には血が伝っていた。
 
 ひとり中央で腕組みをして、両軍を順に見遣りつつコウヘイは吠える。
 「引き分けじゃあ面白くねえよなあ、鬼工よ」
 「──来たな、ダイゴ」
 「押忍。ノブオの想像どおりだな。よし、俺も負けたりせぬゆえ」
 「ああ、頼む」
 オレは立ち上がるダイゴの背中をひとつ叩いた。

 ダイゴが中央へ進み、コウヘイの正面へ立つ。
 と──
 「貴様じゃねえぞ、鬼浜寺の」
 「何──?」
 コウヘイはそう言って、ダイゴから視線をずらす。その視線の先が捉えたのは──オレだった。

 「貴様が来い、特攻隊長」
 「ん? オレ?」
 意外なコウヘイの言葉に、オレは驚きを隠せないでいる。
 「当然だ。このような展開のときにはいつも総隊長が出るだろう? ただ今その代役は貴様ではないのか?」
 「ああ、確かに」
 「解っているのならさっさと出て来い、特攻隊長」
 
 コウヘイの絡みつくような視線がオレを立たせた。
 オレはどうしていいんだかわからなくて、それでも行かなくてはマズいらしくて。
 きっと無様な表情をしているんだろうと思いながらも、操られたように一歩、また一歩とコウヘイに近づいて行ったんだ。



   * 8 *


 「ハヤト──」
 オレがコウヘイの前へ出ると、一歩脇に退いていたダイゴがオレを呼ぶ。
 「お主、大丈夫なのか?」
 「……まあ、多分」
 
 総隊長の代役として最後の決戦に挑むようコウヘイに名指されたオレは、今からコウヘイと喧嘩をすることになったようだ。
 喧嘩なんて滅多にしないんだけど、そんなこと言ってる場合じゃないし。ましてやリーダー戦なんてやったことないから実感がわかなくて、なんとなくふわふわした気分でオレはいた。
 
 「とにかくやらないといけないんだろ? 早くしないと面会時間に間に合わない。オレたちが行かないとリュウジ拗ねるだろうしね。それにここが決着ついたら、どのみち行き先は病院だから、怪我したって診てもらえばいいしさ。オレに何かあったら担いで行ってくれるだろ? ダイゴ」
 目ではコウヘイを捉えて、オレはダイゴに向けて言葉を放った。
 言い終わったらなんだかすがすがしい気分がした。
 これって覚悟ができたときの気分だ。

 なんとなく笑顔を作って、オレは目前のコウヘイに言う。
 「よし、じゃあ始めようか」
 「ふん。いい度胸してるじゃねえか」
 コウヘイもうっすら笑みを返してくる。一瞬先の展開なんて想像もつかないような穏やかでさえある空気が流れたような気がした。

 いざ闘いということになってみると、オレの肝も案外据わっていたようだ。
 ぼきぼきと指の関節を鳴らすコウヘイの姿を、わりと落ち着いた心持ちで眺めている。
 ──さて、どうしたものだろうか。
 オレから先に手を出すべきか。
 もちろん勝ち目なんてあるわけないことは解っている。
 殴られたら相当痛いだろうな、ってことも。
 けど何とかしなくちゃいけない。ここはどうにか切り抜けないと──リュウジが待っているから。
 
 ほんのすこし思いを馳せていたオレだけれど、一瞬のうちに現実へ引き戻された。
 「ウラぁぁぁ!!!」
 掛け声もろとも、コウヘイがオレに殺到してきた!!!
 と思った次にオレを襲った感覚は、頬がやたらと熱いこと。
 ──どうやらオレはコウヘイに、したたか頬を殴られたらしい。人間、あまりに痛いと熱さを感じるらしいって初めて知った。

 オレは当たり前のように倒れた。背中が地面を擦っているのがわかる。
 くらくらする頭を振って、拳を受けた頬を拭う。触った掌には血がついてた。
 それでもオレはまだ正気だった。そんな自分が意外だったけど、なんとかもう一度立つことができたんだ。

 「ほう。まだやれるのか、特攻隊長。ハンゾウ、見習っておくといいかもなあ」
 余裕綽々のコウヘイが心底憎らしく見えた。
 遅蒔きながら、オレの内心に怒りみたいなものが芽生えてくる。
 「オレだってやられっぱなしは恰好悪いからね」
 しゃべってみたら、口の中に血の味が広がった。こっちも切ったな、オレ。
 「できたら一回くらいは命中させてみたいよね」
 慣れない拳を握りながら、オレはコウヘイに言ってみた。
 コウヘイは何も答えない。

 「それじゃ今度はオレから行く」
 って言ったけど、そんなふうに宣言するのって聞いたことないよな。まあいいか。オレ初心者だし。
 握った拳の内側では、爪が掌に跡をつけてると思う。それくらい強く握りしめて、オレはコウヘイに突進していった。

 大きく振りかぶって、オレの拳は確かにコウヘイの頬を捉えることに成功した。
 が──同時に避ける素振りもなかったコウヘイの拳が、今度は避けられる距離ではなかったオレの腹にめり込んだ。

 ふたたびオレは地面に転がる羽目となる。
 立たなくちゃな。早く立たなくちゃいけない。
 オレの中のオレはそう命じるんだけど、カラダがそれを拒んでいる。
 頼む、オレのカラダ。こんな恰好悪いまま負けさせないでくれ。だってオレはリュウジの代役を託されているんだぜ?

 なんとかならないものかともがいているオレ。見下ろしているコウヘイ。
 息は苦しい。拳を受けた腹も熱いように痛い。
 けどどうにかしなくちゃ。でもどうしたらいいんだろ。
 不慣れなオレは、正気をどこかに吹っ飛ばされたみたいな心持ちだった。

 なんだか時間の流れがいつもより遅いような気がしてた、そのとき。

 「あ、いたっ!! ダイゴだ!!!」
 遠くから聞き覚えのある声がした。
 「うん──千晶さん?」
 これは呼び止められたダイゴの声だな。そうか、千晶ちゃんの声か──って!!!
 「ダメだ、千晶ちゃん。こんなとこへ来ちゃダメだ。巻き込まれる──」
 って言いたかったんだけど、きっと声になっていなかったんだろうな。

 朦朧とした意識の中でも、危機感みたいのってちゃんと生まれるんだな、なんて倒れたままのオレはこれまたぼんやり思っていた。



   * 9 *


 突然現れた千晶ちゃんに、オレはそうできなかったんだけどかわりにコウヘイが訊いた。
 「ほう、女子。どうかしたか? 総隊長の次は特攻隊長の見舞いか?」
 コウヘイに倒れたオレと見下ろすコウヘイの間に立って、千晶ちゃんは上目遣いにコウヘイを見る。
 「なによ、暗黒の大将。あんたハヤトに手を出すなんて、鬼工の女子全員敵に回すよ? 数は少ないけどね」
 「千晶センパイ……」
 「千晶さん──」
 正気づいたノブオとダイゴのおろおろする声が聞こえた。

 これはまずい。何としてでも立たないと、千晶ちゃんに何かあったら困る。そう自分を鼓舞して、オレはなんとか上体を地面から引き剥がすことを得た。
 そんなオレを振り返って、千晶ちゃんはこう言った。
 「ハヤト、リュウジからの伝言だよ。無理するなって。無理だと思ったら退いてこいって」
 「千……晶ちゃ……?」
 「あたし遅れて行ったのに、ハヤトたちまだ来てないってリュウジが言うからさ。きのうのことを思い出してリュウジに話したら、きっとここでこうしてるだろ、って」
 口早にオレに向けてそう言うと、今度はコウヘイに向かって言葉を放つ。
 「で、これは暗黒の大将への伝言ね」
 「リュウジからか?」
 「ええ。そう。悪いが決着は次に回してくれって。俺が退院したら真っ先に挨拶に行くから、そしたら俺が直々に闘うぜって」
 千晶ちゃんが持ってきたリュウジの伝言は、場にいたオレたちを揃って黙らせる威力を持ってた。

 次に口を開いたのは、仲間を振り返ったコウヘイだった。
 「お前等、退くぞ」
 「総帥──?」
 その意外な言葉に、ハンゾウの声が聞き返している。
 「ふん。女子に水を差されては仕方がねえさ」
 「総帥──甘くないすか?」
 「黙れ、タカシ。本気を出す気が失せただけだ」
 
 コウヘイはオレたちに向き直って、今度はこう続けた。
 「女子よ。リュウジにこう返事せよ。俺は病み上がりだろうが何だろうが容赦しねえとな」
 「うん。それくらいリュウジだって覚悟してると思う」
 「ふん。せいぜいリハビリしてから退院できるといいがなあ」
 「あら、ありがと。優しいね、大将。それも伝えとくね」
 千晶ちゃんがほんのり笑ったのを見てつられたようにコウヘイが、半分目が死んでるオレの見間違いかもしれないけれど物騒ではない笑みを浮かべたんだ。

 納得できない表情の部下たちを連れて、コウヘイは土手を上がっていった。
 その後ろ姿に夕日が映える。

 「うわ、あたしたちも急がないと面会時間終わっちゃうよ」
 なんとなく黙ったまま暗黒一家を見送っていたオレたちに、千晶ちゃんがこう言った。
 「そ、そりゃタイヘンっス!! オレ、兄貴に会えないと今夜眠れないっス~」
 唇の端に血の跡を残したノブオが、それでも元気に答える。
 「押忍。急がねば。ハヤト、背負ってやろう」
 「いや、大丈夫。歩けるから」
 ──ダイゴに答えて立ち上がってみたけど、思いのほか全身に痛みが走った。
 「う……いろんなとこ痛いかも」
 「ほら。怪我人のペースに合わせてたら日が暮れちゃうでしょ。ハヤト、ダイゴの背中行き決定ね」
 「……はい、了解」
 あ~あ、かっこ悪いなあ。オレ。

 病院までの道すがら、オレたちは話した。
 「それにしてもあのリュウジがムリするなって──」
 「ああ。意外だったな。無理で固めるているような漢がな」
 ダイゴの背中でそう言うと、首を後ろに回してダイゴが答えた。
 「病気をしてみて、考え方が変わったのかもしれんな」
 「うわ~ん、やっぱカッコイイっス、兄貴~!!!」
 ノブオは泣き出さんばかりだ。

 「でもさっきはさ、ホントは病室から脱走しちゃう勢いだったんだよ、リュウジ。でも看護師さんに捕獲されちゃってさ」
 「……なんか目に浮かぶね、その光景」
 痛む全身を感じながら、オレはちょっと笑った。みんなも笑ってた。

 ようやく町立病院に着いたときには、大きい夕日がオレたちを照らすような時間になっていた。
 「ダイゴ、サンキュー。ここで降ろして」
 「歩けるか? ハヤト」
 「ああ。リュウジにこんなとこ見せたくないしね」
 「うはははは。ハヤトさんカッコつけますね~」
 「……オレも鍛えようかな。ノブオを殴れるくらいには」
 「きゃ~、ヤられちゃうっス~」
 ノブオはおどけてオレから逃げる素振りで、正面玄関を走り抜けた。追っかけたかったんだけど……恥ずかしながらカラダにストップかけられた。情けないな、オレ。
 「ちきしょう。覚えてろよ、ノブオ」
 「あは。ハヤトもちょっと変わったかな?」
 そんなふうに千晶ちゃんが言う。ダイゴも頷いてる。
 あはは、なんか照れくさいような感じ。

 はやいとこリュウジが退院できるといいな。
 そしたら今度は、リュウジに真剣に鍛えてもらうのもいいかもしれない。
 ずきずき痛む数カ所をどことなく誇らしくすら思いながら、オレはいい経験したな、と思っていた。
 
 かなり腫れてるだろうオレの頬を見て、リュウジはどんな顔をするんだろ。
 ……やっぱり笑うかな。


   * 完 *
 
 
 

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