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新米教官の自尊心 2


 今日は学校から帰ったら、ケイタの自転車特訓の2日目の予定。
 5時間目が終わった休憩時間にリュウジが突然こんなことを言いだした。
 「ハヤト、俺いいこと思いついたわ。ちょっと付き合うか?」
 「ん? どうした?」
 「いいから行こうぜ!!! 早くしねえと先生来ちまう。ほら、鞄持って」
 リュウジは自分の鞄を持って、ご丁寧にオレの鞄を投げて寄越した。
 オレが受け取るのを見るや否や、リュウジは下駄箱に向かってダッシュする。今日はもう早退するってことみたいだ。まあいいか。

 本日最後の授業開始の前に、オレたちは首尾よく裏門を乗り越えて外へ出た。
 学校が見えなくなるまでリュウジの後ろについて走る。まったく、リュウジときたらいつも唐突なんだよな。
 ようやくペースを歩きに変えたところで、オレは並んだリュウジに問う。
 「いったいどうしたんだ? どこへ行く気なんだよ、リュウジ」
 「まあ、行けばわかるぜ」
 「……いいけどね。でもさ、オレ、帰りが遅くなるとマズい。3時半になったらケイタがウチに来るから」
 「わかってるって。練習だろ? 俺はその為に早退してきたつもりだぜ」
 「え──?」
 「いやな、ハヤトん家から近くて、自転車の練習によさそうな場所を思い出したから下見に行こうかと思って」
 「ああ、なるほど。そういうことか」
 「ダイゴんとこでもいいんだが、自転車引いたケイタを連れてくには遠いだろ?」
 なんだかんだと面倒見がいいんだ、リュウジは。オレはリュウジににこりと笑いかけた。

 歩きながらリュウジが話す。
 「なあハヤト。俺らがコウヘイ達に初めて会ったときのことって覚えてるか?」
 「ああ。去年の夏前だね。覚えてる」
 「身に覚えもねえのに、いきなり喧嘩仕掛けてきたんだよな、コウヘイが」
 「うん、そうだったね。全然意味わかんなかったっけど」
 オレたちが1年だったその時はまだノブオは仲間になっていなかったけど、なんとなくリュウジと、リュウジの昔馴染みのダイゴと、それからリュウジと知り合ったオレとで3人一緒に行動するようになっていた。
 
 リュウジが言ったのは、ちょうどその頃の話。確か鬼川河川敷の、こないだ揉めた場所と近い場所で3人でいたところをコウヘイ、ハンゾウ、ゴンタに遭遇したんだった。
 「その時コウヘイが俺に言ったことって、ハヤト、覚えてるか?」
 「ええ……いや、全然」
 「わはは。そうだよな」
 やっぱりな、と言いたそうにリュウジは笑った。
 「コウヘイな、こう言った。『貴様と再び会うのを楽しみにしていたのだ』って」
 「あ~!!! 思い出した。そうだ、そんなこと言ってたね。それでリュウジが『人違いじゃねえのか』って」
 「そうだ。そこから喧嘩になったんだよな」
 高い秋の空のそれぞれ別の場所を見ながら、リュウジとオレは当時に思いを馳せていた。

 「でな。こないだ俺、なんとなく思い出したんだよな」
 視線を空からオレへ落としたリュウジが続ける。
 「俺、ずっとガキの頃にやたら腹の立つ奴と会ったことがあって。ガキなりに喧嘩して、引き分けて──ってことがあった」
 うんうん、と頷くオレ。実はリュウジのその時のことを、オレは知っているのかもしれなかった。
 「ほら、河原でコウヘイとヤったろ? その時だぜ、思い出したのは。ダイゴに引き分けを宣告されたときだ。俺がガキの頃に引き分けの喧嘩をした時にもダイゴが一緒で、そん時はダイゴが柔道技で加勢してくれてな」
 「で、ダイゴが『なまいきなやつ』をやっつけたんだろ?」
 「ああ、その通りだ。ダイゴは向かうところ敵なしだったからな」
 「うん。想像つくよ」
 そんなもんか? と問うような顔をリュウジは見せた。

 「こないだも引き分けで、ダイゴが出てきて。それでコウヘイが何か妙なこと言ってたろ? それ聞いてたらいつかどこかでこんなことあったような気がするなあ、ってよ」
 「既視感──デジャビュって?」
 「難しいことはわかんねえけど、とにかく心に引っかかったんだよな。不思議と」
 またもリュウジは遠い目をした。さっきよりも遠くを見ているような顔。

 「で、ガキの頃のリュウジはその時をきっかけにダイゴを尊敬して、ダイゴに柔道技を教えてもらって、男の中の男になるって決心したんだろ?」
 オレが言ったこれを聞いて、リュウジは突然我に返ったようにオレを見る。
 「えええっ、何でハヤトがそんなこと知ってるんだ? 俺、話したことあったっけか? ──いや、それはねえな。俺も忘れてたんだし。うう、ハヤト、むしろ無気味だぜ」
 腕を組んで不思議そうにしかめっ面を作るリュウジをくすりと笑って見ていた。

 これ以上気味悪がられるのもしゃくだから、オレは軽くヒントを出した。
 「その頃のリュウジとね、鬼浜寺で会ったんだよ、オレ」
 「うん? 何だって?」
 「ダイゴの部屋の窓際に近い本棚のね、一番下の列の左から5番目に秘密があるよ」
 「ああ? ちっともわかんねえな……」
 ちっともピンと来ない顔をリュウジはしてた。
 「よくわかんねえけど、ケイタの練習が終わったらダイゴんとこ寄ってみるかな」
 多分、リュウジはそれを見たら思い出す。
 きっとその時会った『なまいきなやつ』の顔なんかも一緒に。
 リュウジの脳裏に浮かぶのは、小学生時代のコウヘイの顔だっていう確率がかなり高そうな気がするな。

 それからまたしばらく歩いたのち、リュウジが足を止めた。
 「ほら、ハヤト。ここだ。良さそうじゃねえ?」
 「ああ、ここか。気付かなかったな」
 連れてこられたのはオレの家から通りを2本挟んだところにある、今は使われていない古びた建物の前──そうだ、ずっと前はここはパチンコ屋だったって親父が言ってた。廃業して久しいんだって。
 「裏手に駐車場だったとこがあるだろ? 金網の破れ目から自転車だったら入れるからな。ちょうどいいかと思って」
 「ほんとだ。ここなら広いからウチの前より捗りそうだね」
 「おし!! そしたら決まりだな。ぼちぼちいい時間だろ? ケイタ迎えに行こうぜ」
 「うん、了解」

 家についたらケイタは店先にいて、準備万端でオレの帰りを待っていた。
 「ただいま、ケイタ」
 「おかえり、ハヤト、リュウジ!!」
 「おう、ケイタ!! やる気充分じゃねえか。これなら明日ぐらいには独り立ちできるかもな!!!」
 リュウジがそう言って頭をぐりぐり撫でたら、ケイタはうれしそうな目で見上げてた。
 「ほんと? そしたらハヤトよか上達早いね、ぼく」
 「え──えっっっ? 何の話だ、ケイタ」
 あまりにも意外なケイタの返答に、オレはパニックしてた。
 そんなオレにかまいもしないで、罪のない瞳をもったケイタは答える。
 「だってハヤトは乗れるようになるまでもうちょっとかかったみたいだ、って。おじちゃんが教えてくれた」
 「……お、親父っっっっっ!!!」
 「うん? 呼んだか、我が放蕩息子よ」
 「わはははは。親父さん、話しちゃったのか、ケイタに!!」
 
 嗚呼。せっかく体面を保つための秘密特訓だったのに。
 そんなオレのプライドを踏みにじった身内の中の敵は、今日もスパナ片手にマイペースで仕事をしてる。オレがまくし立ててもまったくのしらばっくれた顔。
 リュウジは笑い転げていて、ケイタもつられてにこにこしてて。
 オレは──がっくり肩を落としていたんだ。

 オレ、いつかはこの男を乗り越えてやらないといけないみたいだ。
 にやりと笑った親父はオレのライバル。
 そう──オレにとってはハンゾウと同じくらいの好敵手だって、今さらながらに肝に銘じることにした。


   * 新米教官の自尊心 完 *
 

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