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祝福すべき平和な午後


   * 1 *
 
 
 3学期が始まってから数日経った。
 朝起きて学校行ってみんなとあれこれしゃべって、なんていういつも通りの日常っていうのも、それはそれで悪くないもんだ。
 休みの期間よりも睡眠時間が短いのがちょっとつらいけどね。
 「ってかハヤト、またあくびなんかしてるじゃねえか!!!」
 「ん~。なんか寝不足っぽいからね」
 「そんなことねえだろ? 毎朝よく寝てるようじゃねえか。それにさっきも居眠りしてただろ?」
 「あ。バレてたか」
 あはは、なんて笑いながらオレは頭を掻いてみる。リュウジはあきらめたようにため息ついてた。
 
 そんな、至っていつも通りの帰り道。
 ちょうど町立病院の前を通ったときに、見知った顔とばったり会った。
 「お。赤ジャージ。マキ姉も」
 「ああ、リュウジ。ハヤト」
 「こんにちは。ふたりとも、いま帰りなの?」
 「はい。そうです」
 そういえば赤ジャージは、今日は病院に行くからと授業が終わるなり速攻で校門から出て行ったんだった。
 
 「先生は? 診察終わった?」
 「ああ。おかげさまでな」
 赤ジャージは太くて逞しい首を大きく縦に振った。
 「もう心配いらんそうだ。お前たちにも迷惑かけたな、いろいろと」
 「お!!! それはよかったな、赤ジャージ!!!」
 リュウジはうれしそうに笑って、赤ジャージの肩をぽんと叩いた。
 ――まるで友達にする挨拶みたいに。
 先生と生徒の間にそれが許されるっていうのは、ひとえにリュウジのキャラクターだとオレは思う。
 こう見えて、リュウジはなんだかんだ赤ジャージを尊敬しているはずだし。赤ジャージだってリュウジをかわいがってるみたいだし。
 
 「だいたいが、赤ジャージが剣道のこと忘れるなんてことが有り得なかったんだよな」
 すこしばかり遠い目をしてリュウジが言う。
 「俺やらハヤトやらのことを忘れたってほうがいっそ自然だったと思うぜ」
 「あはは、そうかも。剣道よりはオレたちのほうが付き合い短いしね」
 「あら、それだったら先生とはわたしが知り合ってから一番日が浅いわ」
 くすっと笑ってマキ姉さんが言った。
 「わはははは!!! そりゃねえだろ、マキ姉。赤ジャージがほかの何を忘れたところで一等最初に思い出すのがマキ姉のことに決まってるぜ。なあ、赤ジャージ?」
 「え――いや……」
 「ん? 違うの?」
 「いや、違わんがな、ハヤト」
 「お。生意気に照れてんじゃねえか!!!」
 「リュウジ、お前、教師をつかまえて生意気とは何たる言いぐさだ」
 言いながらリュウジのリーゼントを小突いた赤ジャージの頬は、ちょこっと赤く染まってた。うん。照れ隠しってのがあからさまでかわいくすらあるな。

 「けどね。結局なんとも言えない立場のままでいるんだし」
 マキ姉さんのそれを聞くなり赤ジャージは慌ててる。
 「そ、そのようなことを仰らないでください、マキさん!!! 俺が不甲斐ないばかりに気苦労をおかけしたままで。このままいたらいつか愛想尽かされるのではと焦りばかりの日々であって」
 「まあ、焦らなくてもいいんじゃないの?」
 「って、ハヤト!!! お前が口出しすることでもねえだろうが」
 「あはは、リュウちゃん。いいからいいから。でもね、わたしもハヤトくんと同意見かな」
 つと笑って、マキ姉さんはいったん言葉を切った。

 「ゆっくりでいいんです、先生」
 「マキさん――」
 「わたし、本当はそう思っているんです。あの騒ぎの最初になってしまった初詣でのことはね、きちんと言っていなかったわたしの意思表示っていうだけなんですから。自分に対してと、それから――兄への」
 「佐藤へ……」
 「ええ。兄に対してきちんと伝わっているかどうかも不安だったんです。よもやいい加減な気持ちだと思われているとは考えませんけれど、やっぱり面と向かって言うほどの勇気なくって」
 「って、テレビのほうがよっぽど勇気がいるんじゃねえか? マキ姉」
 「あ、うん。あとで考えてみたらそうだったわ、リュウちゃん」
 これまたはにかんだような笑いをマキ姉さんは見せた。
 「でもね、あの時はチャンスだって思ったみたい。どうしてかわからないけれど」
 「どっちみち勇気あるんだ、マキ姉さんって」
 「どうかしらね。ただ、あの時は先生が一緒にいてくれたから言えたのかも」
 それを聞いていよいよ真っ赤になっている赤ジャージは、見ているこっちが照れるような顔をしてた。
 何か返そうと言葉を探しているようだけど、ぱくぱく口を開いたり閉じたりしてる。
 ……おそらく場慣れしてないんだろうな。それがより純粋なようにも見えるんだ。
 
 「あ~あ、のろけられちまったよなあ、ハヤト」
 その雰囲気にオレと同じように照れたに違いないリュウジが口を開いた。
 「あはは。うんうん。ごちそうさまでした」
 「そういうのはふたりでいるときに言えばいいのにな」
 「え――あ、いや、すまん。リュウジ、ハヤト。ええ……と」
 「何も謝らなくたっていいよ。なあ、リュウジ?」
 「いや。せっかくだから謝られておこうぜ!!! 教師に謝られるなんて滅多に経験できることじゃねえからな。俺らみたいのが」
 「ああ、なるほど。そういう意見もあるな。いつも謝らされてばっかりだからな、とくにリュウジは」
 「余計なこと言うなってのに、ハヤトは!!!」
 
 ああ、なんか平和だな。こうやって笑っていられるのが。
 赤ジャージの記憶がもとにもどって。マキ姉さんと一緒にいるのがうれしそうで。
 真冬だっていうのにちょこっとだけ小春日和のぽかぽかした今日と同じようにオレをなごませてくれるひとときだった。
 
 「そしたら俺らはそろそろ行くか、ハヤト」
 「うん。そうだね。今日は――ああ、そうか、集会あるからね」
 病院の前での立ち話をしばし楽しんで、リュウジが切り出した。
 「お前たち、あんまり俺を心配させるような真似ばかりするんじゃないぞ。やれ喧嘩だやれ暴走行為だと、実際俺の気持ちが休まる暇がないわけで」
 「わはは!!! どうしたんだ赤ジャージ。そんな急に教師の顔になっちまって。そっちのほうが心配だぜ!!! また頭打ったか?」
 「何だと? リュウジ、俺はだな、お前たちの行く末を心配しているんだぞ」
 「もっと手近に心配したほうがいいことあるんじゃねえの? なあ、マキ姉」
 そんな言葉を交わしながら教師と教え子は、それでも楽しんでいるように見えた。
 赤ジャージは拳骨をかざしてリュウジを追い、リュウジは逃げるふりなんかしてて。

 「でも、きっと先生だってハヤトくんたちくらいの頃には同じようだったのかもしれないわよね」
 くすくす笑いながらマキ姉さんが言ってる。
 「え、そうなのかな?」
 「うん。そんな気がするわ。だって、その頃の兄と知り合いだったってことは、自然とそういうことになるんじゃないかな、って」
 「あはは。佐藤先生もそんなふうだったんですか」
 「そうね。ハヤトくん、こんど内緒で写真見せてあげようか?」
 「あ、ちょっと興味あるなあ」
 「そしたらね、今度――」
 なんてマキ姉さんが軽い調子で言ったときだった。


  
   * 2 *


 「マキよ。一体何の写真を見せようというのだ?」
 急に背後から張りのある声に言われて、思わずマキ姉さんもオレも首をすくめてしまった。
 オレたちと同時に、赤ジャージとリュウジの耳にもそれは届いたようだった。
 「あ、兄さん」
 「佐藤……?」
 「お前たち、病院の真正面で騒ぎ立てるとは何事」
 「あ、いけね。済みませんです」
 リュウジは従順に佐藤先生に頭を下げる。オレもそれに倣った。
 「ほれ、赤ジャージも謝っとけって!!!」
 「俺か? ……ああ、まあ――そうだな。大人げなかったな。反省する」
 今日は笑い上戸のマキ姉さんが赤ジャージを見てまた笑ってた。
 「それで? 写真というのは?」
 「ううん。気にしないで。何でもないから。ね、ハヤトくん」
 「え、ええ。何でもないです」
 オレはマキ姉さんと顔を見合わせてそう答えた。うん、きっとバレてるな。佐藤先生には……。

 「それよりも妹に聞いたが。剣道を思い出せたそうだな」
 と、佐藤先生は赤ジャージに話を振ったんだ。
 「ああ。おかげさまでな。ふとしたきっかけがあって助かったのだ。佐藤の教え子が木刀を振るのを偶然見てな。それで運良く」
 「コウヘイか?」
 訳知り顔で佐藤先生はリュウジに訊いた。
 「はい。そうです」
 はきはきとリュウジが答えた。胸を張ってるのはなんでだろうな。
 「残念ながら我が教え子よりも彼のほうが腕前が上だったがな」
 「あ、それはどうでもいいじゃねえかよ、赤ジャージ!!! 俺には拳ひとつで充分なんだっての」
 そんなリュウジの姿を見て、佐藤先生はどうしてだかうれしそうに頷いてた。
 もしかしたらマキ姉さんの言ってた写真の時代のことを思い出しているのかも。
  
 「ところで兄さん。いま中から出てきたの?」
 「そうだ。待合室からマキの姿が見えたので」
 「佐藤、どこか悪いのか?」
 「いや……そういうことではないのだ」
 と、佐藤先生は訊いた赤ジャージにいつもの強い調子ではなく答えた。
 「お見舞いか何かですか?」
 リュウジがそう問うのには、首を横に振る。
 「病気ではなくて、だな。ええと……中に家内が」
 「お姉さんが? 怪我?」
 「それも違う。ええとだな、あれだ」
 そんなに佐藤先生のことを詳しく知っているわけではないけれど、そんなオレにとってもきっとこれは意外なところを見たんじゃないのかな?
 迷いなく、きっぱりと強く言い切るタイプの人だと想像する佐藤先生が、語尾に指示語を使って濁してる。
 ほら、妹のマキ姉さんだって首をかしげてるから。

 「いま診察を受けているのだが、どうやら身ごもったようで……」
 一瞬の間をおいてから、佐藤先生が答えたのはこれだったんだ。

 「ええっ!!! 本当? お姉さんが?」
 「それはおめでたいことだ」
 聞くなり、マキ姉さんと赤ジャージがびっくりしながら諸手を挙げて喜んでる。
 リュウジもオレもなんかうれしくなってる。
 「佐藤先生、おめでとうございます!!!」
 「おめでとうございます。ええと、体はいたわってください」
 「……ハヤト。それは奥さんだろ?」
 「あ、そうか。間違えた。ちょっと気が動転してたな」
 「なんでハヤトが動転すんだ?」
 「ははは。諸君、ありがとうな。実際私も動転しているので大差ないかもしれん。現に栄養あるものを喰わないといけない気がしておるゆえ」
 ああ、佐藤先生ってなんかあったかい人なんだなあ――オレはそんなふうに思った。

 腕時計に目を落として、そろそろか、と佐藤先生はつぶやいて中に戻ろうとする。
 「それならわたしもお姉さんに挨拶していきます。先生すこし待っていてください」
 と、マキ姉さんが言って佐藤先生の横に並んだ。

 ここが赤ジャージとマキ姉さんの関係の微妙なとこ、なんだろう。さすがに兄嫁に紹介してもらえるって段階ではないってことだ。
 もちろん赤ジャージはマキ姉さんに笑いかけて頷いてた。
 それが大人の流儀ってやつんなんだろう。複雑だけど。
 
 別れ際に佐藤先生は赤ジャージにこう言った。
 「今度は私が剣道の腕を磨いておくゆえ。幸い教え子に手練れの者がいるのでな。次戦は必ず私を倒す覚悟で臨めよ。そうでないと妹に何を言われるかわからんのでな」
 「あ、やっとわかったのね、兄さん」
 「私はマキが思っているよりも野暮ではないつもりだ」
 「佐藤。温情を有り難く思う」
 赤ジャージは、今度は気を引き締めた表情で堅くそう言った。
 今度こそ、っていう気迫がみなぎっているような。
 「どうであろうな。温情などではないかも知れんぞ。こちらも言い出したからには真剣に闘う所存。心しておくがいい」
 そしてふたりの先生は、握手はせずに挨拶しあって別れたんだ。
 
 オレたちにはオレたちなりの自尊心があって闘う。
 そして、オレたちと同じような高校生時代を過ごしたふたりが、年を経てふたたび矜持をかけた闘いを演じている。
 こういうのを因縁っていうんだろうか。
 オレたちも、何年経っても宿敵とはそれなりのつながりみたいのって残るんだろうか。
 たとえばオレとハンゾウなんかもそういうふうになるんだろうか。
 そうかもしれない。今度ダイゴにでも訊いてみようかな。
 
 「それにしても、佐藤先生って結婚してたんだな」
 「うん。オレもちょっと驚いた」
 門の外でマキ姉さんを待つという赤ジャージにさよならして、リュウジとオレはふたりで歩き出した。道すがらにあれこれ話す。
 「大人ってなんかすげえよな。結婚とか子供とかって。俺もそのうちそうなるのかと思うとなんだか緊張するぜ」
 「あはは。想像するだけで緊張するんだ、リュウジは」
 「何だよ? 何か文句あんのか? ハヤト」
 「え、いやいや。ただリュウジらしいって思って。女の子に弱いからね。だから一層緊張するんじゃない? 未知の世界だからさ」
 「……言いたい放題言いやがって」
 とか言いながらも否定できないんだ、リュウジは。

 「でも、いいんじゃない? それでこそリュウジだよ。今はさ」
 「あ~あ。ハヤトにゃ俺の悩みなんてわかんねえんだよなあ」
 「悩み? どんな? 聞いてあげようか?」
 「――絶対ハヤトには言わねえ!!!」
 「あはははは。やっぱりか。んじゃ千晶ちゃんにでも聞いてみよう。きっと知ってるんだろうから」
 「ハ、ハヤト!!! お前、余計なことすんなや!!!」
 リュウジが追いかけてこようとするから、しかたなく逃げてみる。
 走りながら思う。
 ――ああ、なんか平和だ。



   * 祝福すべき平和な午後  完 *




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