リュウジが招じ入れてくれたのはリュウジの部屋だった。
こんな時間に遊びに行ったんだったら大概は店の一角で、ラーメンでもごちそうになりながらうだうだ話をするのが常なんだけど……。
オレの様子を見るなり上がっているようにと指示されて、オレはリュウジの部屋へ入る。
相変わらず物であふれた部屋。あとから来たリュウジは、手にステンレスのトレイを提げている。
「まあこれでも飲んで暖まれや。落ち着くにはこれが一番だぜ!!!」
言いながら、リュウジはオレの前にマグカップを差し出した。中身はあったかい牛乳だった。
そうか。リュウジにはオレが普通じゃないことなんてお見通しなんだな。
いつもだったら振る舞ってくれるのはコーヒーなのに。今日に限って牛乳か。
ああ、あったかい。手にしたカップが沁みるほどあったかかった。
ひとくちすすると、甘みが口に広がった。砂糖、入れてくれたんだ。
「落ち着いてからでいいからな。話したくなったらでいいんだぜ」
言って、リュウジはその辺に置いてあった漫画を手にとって読み始めたんだ。
オレのペースを尊重してくれるって意味なんだろう。リュウジらしいな。
「…………うん。ありがとう、リュウジ」
オレは本当にありがたいと心の底から思っていた。
うん。ここに来て正解だったんだ。オレの本能は間違っていなかったみたいだ。
リュウジの持ってきてくれた牛乳の温度が胸にしみる。
そしたらせつなさが倍増したような気がして……。
みたび涙がこみ上げてきそうになったけど、こんなところで取り乱したオレをリュウジに見てほしくないからそれを牛乳に混ぜ込んで飲み下した。
大丈夫。オレだって男だから。
「リュウジ」
そしてオレは口を開く。握った拳の中が汗ばんでいる。
「うん? なんだ?」
「あのさ。心配かけて悪かった。ここんとこオレ、ちょっとおかしかっただろ?」
「ああ――ちょっとはな。でもいろいろあるんだろ? 個人的に。わからなくもねえからさ、そのへんは」
「うん。いろいろあった。全部聞いてもらってもいい?」
「もちろんだぜ!!! 俺がハヤトの頼みを断ったことってあったか?」
「あはは。そうだね。うん。リュウジってやっぱり頼もしいな」
「当たり前!!! だって俺は総隊長だからな」
「うんうん。その通りだ、リュウジ」
リュウジの人を惹きつける力みたいなのをあらためて感じたオレは、安心して話す気になったんだ。
「あのさ。コレ――」
何から話そうかと迷ったオレは、思いついて左胸のポケットからそれ――フウカが最初に身を隠していた銀の鈴を模した細工を取り出してテーブルに置いた。
「お? なんだ、きれいなキーホルダーだな」
「うん。こないだ露天商で買ったんだ。それでさ、そっから話は始まるんだけど」
オレはひとつひとつのフウカとの出来事をリュウジに話して聞かせた。
リュウジは黙って聞いてくれていた。
まさかこんなに情を吐露する人間だと、オレはいままで自分のことを思っていなかった。
けれどもリュウジが何も言わずに耳を傾けてくれるのをいいことに、オレは何かに取り憑かれたように想いのありったけを言葉に変えて体から絞り出していく。
そう。とにかく誰かに聞いてもらわないといけない、という強迫観念がオレにはあった。
だってオレは、明日の朝にはこのことを、フウカのことを忘れているようにと術をかけられているんだから。
代わりの誰かに覚えていてもらわなくてはいけないんだ。
オレが恋したフウカのことを。フウカに恋したオレのことを――。
「なるほどな。そんなことがあったのか」
話しはじめてからずいぶん時間が経っていたと思う。ずいぶんたくさんのことを話したと思う。
すべてを語り終えたオレの前でリュウジは静かに頷いている。
「うん。でもオレはフウカのことを思い出すことだってできないんだっていうんだ」
ハンゾウに続いてリュウジにまで駄々をこねるオレ。
リュウジは宥めるようにオレを見る。
リュウジの髪と同じ色に染めた眉がぴくんと動いた。
「ハヤト。お前、いい恋したんだよな」
「え――」
「明日になってそのことを忘れてたとしてもな、体か心かわかんねえけど、どっかに残ってるだろ、そのこと」
「…………わかんない。そんなの、どうなんだかわかんないよ」
「いいじゃねえか。俺がハヤトの代わりにちゃんと覚えておいてやるぜ、今日のハヤトのことを」
「リュウジ――」
リュウジのいつになく神妙な、大きくはないけれど深みのある声が神託のようにオレを打った。
「そうだな。来年の今日、俺はハヤトにこのことを話してやるぜ!!! 1年前、ハヤトはこんな体験をしてたんだ、ってな。俺はその忘れる術ってのをかけられたわけじゃねえんだし、俺だったら朝起きても覚えてるはずだしな。ハヤトとその子のことを」
任せておけとリュウジは胸を張る。
「ありがとう、リュウジ。オレはリュウジと出会えてしあわせだよ」
「わはははは!!! そんなこと言っても何も出ねえぞ、ハヤト」
「ああ、そう? それは残念だなあ」
リュウジにつられて笑ってみた。うん、大丈夫。案外普通に笑えてるよね、オレ。
「そしたらハヤト。今日はうちに泊まっていけや!!! きっとひとりだと眠れねえだろ? でもって夜更かしした挙げ句、明日の朝起きられねえってのがオチなんだろうからな、きっと」
リュウジがそう言ってくれるのがうれしかった。
明日の朝にはオレの記憶にフウカはいない。
オレの手元に残った銀細工の鈴がたったひとつの封印された思い出になる。
けれどもリュウジが覚えていてさえくれれば、オレはいつかまた思い出すかもしれない。
オレが恋したフウカのことを。フウカに恋したオレのことを――。
* 海に降る夜の雪 完 *
テーマ : パチスロ - ジャンル : ギャンブル
わーわーわーッ!
ハヤトの取り乱しっぷりが切なくてホロリ。
ハンゾウの無理したようなクールさに胸がキュン。
そしてリュウジの
>俺がハヤトの代わりにちゃんと覚えておいてやるぜ、
>今日のハヤトのことを
このセリフにジーーンですわ。
ああ、やっぱリュウジは・・・・・・・イイ♪
ハヤト、本当に忘れちゃうのかな。。。。
>ピノコさま
ども~(*^ー^)ノ
ハヤトもハンゾウもかわいそうに……ねえ。
どっか似たもの同士、でも正反対っぽいですな、
両軍の特攻隊長は。
リュウジのせりふ、気にいってもらえてうれしいです!!!
ほんと、こういう時代にはリュウジが必要だ。だはは。
ハヤトは……どうかな。
覚えていられなくても多少は敏感になるかもね~♪
コメントの投稿