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春風到来 8



 「いいんです、もう。僕は辞めますから」
 あきらめたような表情で、暗黒水産の1年生・ミツルが言うのをオレたちは聞いた。
 『親に心配かけるのはガキのすることだ』とリュウジが言ったことへの彼の返事だった。
 「うん? 辞める?」
 「辞めたらちゃんと家に帰りますから。まあ、親父が許してくれれば、ですけれど」
 
 よっぽど観念したのか、ミツルはきちんと意志を持って言葉を選んでいた。
 初めて会話する敵方の総隊長を前にしてそれができるっていうのは、肝が据わっているっていうことかもしれない。
 「どっちみち、僕には向いていなかったんです。だから――」
 「お前、暗黒一家を辞めるってのか? そんなやわな決心で入隊したのかよ!!! 言っとくけどな、ウチだったら俺が許さねえぜ!!! 向かないから、って、それじゃ筋が通ってねえだろうが!!!」
 「ちょ、リュウジ!! 拳骨握っちゃまずいだろ」
 額に青筋が浮かびそうになってるリュウジを止める。リュウジはオレを振り返って、ああ、そうか――とばかりに握った掌をほどいた。
 けれどもミツルは、リュウジの剣幕に怯んだ気配はなかった。
 そして首を横に振って、決然とこう言ったんだ。
 「ええ。おそらくそうでしょう。だから僕は決めたんです。学校を――暗黒水産を退学しようと思うんです」
 
 暗黒水産を受験したのは暗黒一家に入るためだった、とミツルは言った。
 中学生時代の彼は憧れていたのだ、と。真剣勝負で気合いの入った高校生活を送ることに憧れていたのだ――と。
 天秤にかけた末、鬼工ではなく暗黒水産を選んだのは機械が苦手だったから、とも。
 「だから、中学生のころからあなたのことを知っていましたよ、リュウジさん。ハヤトさんのことも」
 リュウジとオレは互いに視線を送り合う。中学生時代の彼がオレたちの名前を知ってたって、なんか不思議な感じだ。
 「河川敷で見た、総帥とリュウジさんの勝負の凄まじさに僕は憧れた。けれども、僕は中途半端だった。喧嘩が強くもない、単車も速くはない――憧れだけでは強くはなれない、と理解しただけです」
 「だったら憧れるだけじゃなくて、努力すればいいだろうが!!! そもそも勝負なんてのは、魂の強い奴の勝ちだろう?」
 あ、まずい。リュウジがまた熱くなりかけてる――オレはそれを見て取って、リュウジの肩に手をおいてやる。リュウジの筋肉がすこし緩むのを掌に感じてほっとした。

 リュウジは真実まっすぐな漢なんだと思う。
 だって、リュウジの前にいるのは自分の配下ではないどころか、宿敵一味の一員で。それなのに放っておけなくて、挙げ句途中からそんなことはお構いなしに熱くなっていて。
 そんなリュウジとは正反対に、暗黒のミツルは冷静かつ自嘲気味に首を横に振った。
 「もう疲れましたしね。どうせその他大勢の僕がいようと辞めようと、総帥にとってはどうでもいいことですから」
 「お前――何言ってやがる!!!」
 それを聞いたリュウジは激昂した。
 「だからって逃げりゃいいと思ってんのかよ!!! そもそも、隊を束ねる者にとって『どうでもいい』構成員なんていねえんだからな!!!」
 リュウジが叫んだそのとき、リュウジの背中に降ってくる。灰色の雲に覆われた空からは、雨粒の最初の一滴が。さらにそれは――物騒な声を引き連れて。
 「貴様等。うちの若いのに何の用だ?」

 それは久し振りに鬼浜町で見る姿だった。
 背後からの声に振り返ったリュウジとオレの瞳に映った、奴らの禍々しい表情。
 暗黒一家総帥・コウヘイは三白眼で睨みを利かせている。付き従うハンゾウも冷ややかなまなざしをしていて、ゴンタは低く唸っていて、タカシは薄笑いを浮かべていて。
 「リュウジよ。貴様、うちの若いのを可愛がってくれているようだな?」
 「解ってるじゃねえか、コウヘイ。充分可愛がってやってるとこだぜ」
 「ちょ――リュウジ?」
 ヤバくないか? と慌てるオレをリュウジは制する。
 なるほど、これは『隊を束ねる者』としての言葉なんだな。オレの出番じゃないようだ。
 
 「ほう。それは恐れ入る――などと俺が言うと思うのか、ゴラァァァ!!!」
 「別にそんなふうに言われる筋合いもねえし、言われたとしても嬉しくねえぜ、コウヘイ。ただ――お前、こいつとちゃんと話したことあるか?」
 「何?」
 「てめえの配下が何を考えてるのかもわからねえってのは情けねえってことだな」
 落ち着いて言いながら、リュウジはコウヘイの前に立ちはだかる。その斜めうしろにオレがいて、さらに数歩下がったところにミツルがいる。
 つとミツルを振り返ったら、本当に覚悟したような表情でコウヘイを見ていた。
 コウヘイは相変わらず、冷徹な視線をリュウジに送り続けている。
 「貴様如きが、我等の何が解るというのだ? 笑止だなあ、リュウジよ」
 「こいつはな、コウヘイ!!!」
 「うるせえ、貴様に口出しされるまでもねえぞ、ゴラァァァ!!! その口、二度と開けねえようにしてくれる」
 「上等!!! かかって来やがれ!!!」
 
 友がいて、敵がいて。
 そういう図式で成り立っているのがリュウジ以下の鬼浜爆走愚連隊と、コウヘイら暗黒一家のあり方だ。
 今日のリュウジがいきり立っている影にあるのは、実は友というよりも敵の姿なんだ、っていうのは、リュウジ本人にはすでにどうでもいいのかもしれなかった。
 リュウジとコウヘイのふたりは、久々の対峙にどこか快感を覚えているようにも見える。
 
 先に戦闘態勢をとったのはリュウジだった。
 リュウジの気魄が背中から溢れてくるのがわかる。
 それと同時にコウヘイの獰猛な口許は、さらに好戦的に歪んでいく。
 無言の対峙。見守る側には一瞬にも、永遠にも感じられる時の流れ。
 それを破ったのは、両者同時の攻撃開始のときだった。

 堅く握ったリュウジの拳をオレの目が捉える。
 それは大きく勢いをつけて、宿敵・コウヘイに殺到する。
 火花が散ったような錯覚とともに、リュウジの拳はコウヘイの腹に刺さる。
 同じくしてコウヘイもまたリュウジめがけて勢いをつけて拳を振り下ろす。
 狙いはリュウジの顔面だった。
 見えはしないが、したたかに頬を打ったのだろう。リュウジの上体がぐらりと揺れた。
 
 「ぐ……」
 どちらの口から洩れたのかは判然としない。もしかするとふたつの呻きが交錯していたのかもしれない。
 両者の拳の固さは拮抗しているはずで、当たり前のように一撃での決着とはいかない。
 渾身の攻撃と強烈なダメージのあと、きっと自らを鼓舞して両者は立ち上がる。
 互いに次なる攻撃でこそ相手を仕留めようという念を空気に溶かして。

 「ふん。その程度か、リュウジよ。相変わらず大した威力はねえなあ」
 「うるせえ!!! 無駄口叩いてる余裕なんかねえだろうが!!!」
 「それは貴様のほうだけだろう?」
 コウヘイは、にやり、と笑ったつもりなんだろう。けれども浮かんだ表情は、凄まじい禍々しさそのものだった。

 続けてコウヘイは冷ややかに言う。目線はリュウジに絡みつけたまま、言葉はリュウジを通り越して、その後に控えるオレすらも通過して――さらにオレの後に向かってゆく。
 「ミツル。俺に恥をかかせるな」
 
 それを受け止めたミツルがどんな表情をしたんだか、オレは知らない。
 振り返ったら――リュウジの背中から目を逸らしたら絶対にいけないと感じたから。

 どこか遠くで雷が鳴っている。雨の匂いも強くなってきていた。


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