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春風到来 9

 

 闘いの刻は、いつでもささいなきっかけで突然に訪れる。
 久々の対峙となった今日もまたその例に倣って。
 オレの家のすぐ近くの、いまは廃墟と化している建物の裏手で始まったリュウジとコウヘイの闘いは、今や次なる攻防を目の前にしていた。

 「覚悟――」
 「上等!!!」
 互角と認める勝負者たちの咆吼は無人の建物に反響し、凄味を増してオレたちの鼓膜を強く揺るがした。
 
 低い打撃音が交錯する。
 その音も、一瞬後にはうすら寒いコンクリートの中に吸い込まれてゆく。
 あとに残ったのは、腰を落とした体勢のまま持ちこたえたリュウジと――ひび割れたアスファルトに片膝をついているコウヘイの姿だった。
 
 「コウヘイ!!! さっさと立てや!!! まだ終わりじゃねえだろ?」
 「貴様――」
 明らかにコウヘイが受けたダメージのほうが大きかったと見える。
 だが、闘いはまだ終わらない。なぜならば、まだどちらも倒れてはいないからだ。
 思う矢先にコウヘイは、再び両足でアスファルトを踏むを得る。
 「……次で仕舞いだな」
 「それはこっちのせりふだぜ!!!」
 三度の怒号を轟かせて、リュウジはコウヘイを、コウヘイはリュウジを強い視線で刺している。
 
 来る――!!
 見ている者どもの誰しもが、固唾を呑んで身構えたときだった。

 「誰だ……? 誰かいるのか」
 闘いの気に満ちあふれた空間を破る、それは外からの声。
 戦闘態勢をとっていた両軍リーダーは思いきりタイミングを狂わされたようだ。
 ふたつの拳は中途半端な勢いで、互いの頬をかすめただけに終わったらしい。

 周囲から切り取られたように、このあたりだけ時間の流れが違っていたのかもしれない。
 それが突然もとにに戻ったのは、その声に遮られたためだった。
 ここは廃業した昔のパチンコ店の裏口付近、元は景品買取所の前、店から続く屋根の下。
 はたと気づいてみたら、大きな雨粒が屋根の切れ目の地面にたたきつけられている。

 リュウジとコウヘイの闘いは、中断を余儀なくされている。
 それをもたらした人物は、オレの――さらにミツルのうしろからこの場に現れた大人の男性だった。
 ワイシャツにネクタイの上から作業着を羽織って、頭には黄色いヘルメットという出で立ち。背が低くて小柄で、眼鏡をかけている。
 「ここは立ち入り禁止だ。勝手に入って来るな」
 腕組みをして、その人物は言った。
 「だから私は不良が嫌いなのだ」
 どこかで聞き覚えのある言葉は、どこかで見覚えのある風貌から発せられたものだった。

 「……? 親父じゃねえか」
 振り向いたリュウジはそう呟く。開ききれていない拳が勝負の途中を伺わせる。
 リュウジの顔をそれと見分けたようだったけれど、親父さん――そう、暗黒一家の構成員・ミツルの父親は苦い顔でこの場に目をむけている。
 もちろんミツルがそこにいることにも気がついていないわけはない。
 「なんでこんなとこにいるんだ?」
 ここでリュウジは拳を完全に下げて、コウヘイの正面から親父さんの正面に向き直った。
 「ここは私の次の仕事場だからだ」
 親父さんはそう答えたんだ。
 「ほう。なるほどな」
 「……って、リュウジ。納得してる場合か?」
 「オウ――」
 ちいさく言い合うオレたちだったけれども、それはおそらく親父さんの耳には届かなかったと思う。親父さんの目は、息子の前で止まっていたから。
 
 「ミツル。お前という奴は、なぜこのような集団に首を突っ込みたがる?」
 「…………」
 親父さんの言葉に、ミツルは無言のみを返している。
 不良が嫌いだと言い放つ父親。それに憧れて暗黒水産に行ったのだという息子。
 お互いの間に掘られた溝のようなものを、そのときオレは感じていた。
 まだ満開だったときの、河川敷の桜並木で出会った親父さん。
 そのときは酔っぱらっていて、桜の木に登ろうとしていて。
 『不良が嫌いだ』と言って怒って、『息子が家出をした』と嘆いて泣いて。
 その父親と息子が対面する瞬間だったんだ、今が。
 なるほど、どこか咬み合っていないのかもしれないとオレでも感じてみたりする。

 「父上」
 リュウジとオレ、それと暗黒一家の4人の見守る6人のうちで、口を開いたのがひとり。
 「総……帥?」
 ミツルがはっとして顔を上げた。
 「父上、ミツル君は我々の仲間でありますゆえ。そのせいで父上にご心配をかけているようで時には申し訳なくも思っております」
 驚いたことにコウヘイは、背筋を正してミツルの親父さんに向き合ったんだ。
 「あんたがミツルの先輩なのか?」
 「そうであります」
 コウヘイは、自分よりも頭ひとつ分以上小柄な親父さんに、深々と頭を下げていた。
 「総帥!! やめてください。たかだか僕の父ごときに、そんなふうになさるのは……」
 慌てた様子でミツルが言った。
 それへのコウヘイの返事は――さっきリュウジに対して放っていた気魄と同じくらいの迫力があった。
 「ミツル――貴様!!! てめえの親に対してそんな風に言うんじゃねえ、父上がいらしてこその自分だろうが、ゴラァァァ!!!」

 ばちん、と湿った音がした。
 コウヘイがミツルを――自分の配下の1年生に平手を見舞ったのを見てしまった。
 次の瞬間、コウヘイはもう一度親父さんに向き直って。今度は土下座をしていた。
 「父上。只今、わたくしが御令息に手をあげてしまったことを、恐縮ながらお許しいただけると光栄であります。ただ、わたくしは御令息を信頼しておりますゆえ――」
 「おい、あんた……私の息子を信頼してくれるのか――?」
 「当然であります。わたくしは御令息を、筋の通った男になる器と信じておりますゆえ。どうか御令息を我等とともに行動させていただく許可を頂戴したく思います所存、この通りであります」
 コウヘイが土下座するのなんて、はじめて見た。
 けど、ミツルの親父さんがすすり泣くのを見るのは、今日で二度目だった。
 
 リュウジとオレが見ていたのはここまで。
 これ以上ここにとどまるべきではないと判断して、ふたりしてこの場を退いてきた。
 降りしきる大粒の春の雨。それを全身に浴びながら、リュウジとふたりで最初に突破してきた金網の破れ目まで戻ることにしたんだ。

 時ならぬ春の突風は、切れ切れに背後の様子をオレたちの耳に届けてくれていた。
   ――総帥、いままでありがとうございました
   ――ミツル。何言ってやがる? 言葉はちゃんと選ばねえとなあ? 今後とも宜しくお願いします、と言え
   ――ミツル。お前はもっと強くなれる。自分が半端だと理解している分だけ、強く
   ――総帥。ハンゾウさん。僕は……
   ――いいから来い、ミツル。今から半端なく鍛え直してやる。そのために俺等はお前を方々捜してここまで来たのだ。きちんと父上のお許しを得て、それから一緒に行くぞ?

 春の突風はあっという間に向きを変えて、オレの横を吹き過ぎる。
 まるで気まぐれなコウヘイのように。
 または怒ったり、泣いたり。感情の起伏の激しいミツルの親父さんのように。
 そうじゃなかったら――この展開に複雑な顔をしたままのリュウジみたいに、ね。
 
 それからリュウジとふたりして、だまりがちにオレの家まで歩いていった。
 家につくと、いつもみたいにオレの親父が店で仕事を――お客からの預かりものの単車をいじっている最中だった。
 「ただいま」
 「おや、お帰りかね。雨の中ご苦労だったな、我が自慢の放蕩息子よ」
 「うん、降ってきたね」
 「なんだ、今日は隊長も一緒じゃないか」
 「オウ、親父さん。お邪魔するぜ」
 普段どおりのマイペース。そんな親父が言うのを聞いていたら、オレは気が抜けたような感じ。

 なんだかほっとした。
 オレは数時間ぶりに気安い笑みを取り戻して、それからリュウジに貸してやるタオルをとりに一旦家の中へ入っていく。
 そんなオレの耳に聞こえてきたのは、店先でのふたりの、どっちもよく響く声での会話だった。
 「なあ、聞いてもいいか? 親父さん」
 「何だね? リュウジ」
 「あのな。親父さんにとって、ハヤトって自慢なのか?」
 「そりゃあな。俺とかあちゃんの自信作だからな、我が放蕩息子は」
 「ふうん。そしたら親父さんはしあわせものだよな!!!」
 「いや、そうではないね、リュウジ。幸せ者なのは放蕩息子のほうだ。だって俺が自慢だと思っているのだから、ハヤトこそ幸せなんじゃないか?」
 「わはははは!!! そうかも知んねえ!!!」
 
 ……なんとなく戻って行きにくい感じ。
 オレはバスタオルを手にしたまま、店先に出るのれんの内側で、くすりと笑ってた。
 うん。オレは充分しあわせだよね。一歩外に出ればリュウジたちがいて。家に帰れば親父がいて、お袋がいて。
 
 彼――ミツルは、今日はちゃんと家に帰るんだろうか。
 それがどうだったんだか知る由もないけれど、そうだったらいいな、って思っている。
 
  
  *  春風到来 完  *



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