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御来訪感謝

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春の突風吹き止んで 1


 「それじゃ、これを」
 「ああ。ありがとう」
 なんだかすごく落ち着かない。座り慣れていない、やわらかい感触がオレの肩胛骨から尻にかけてを包み込んでいるから。
 おそらくリュウジも落ち着かないんだろうな。何度か座り直しているみたいだし。

 ここは会社の応接室という場所らしい。
 リュウジが受付のお姉さんに用向きを伝えたら、連れてきてもらったのがここだった。
 鬼工の応接室のソファよりも、もっと座り心地の落ち着かない感じ――ってことは、もっと高級ってことなのかもしれない。よくわかんないけど。

 リュウジが渡した1枚の古い家族写真に一度目を落としてから、親父さん――暗黒水産の1年生・ミツルの父親だ――は、それを大事そうに背広の胸ポケットにしまっている。
 その写真が引き起こした今回の騒動が幕を閉じたのは、ちょうど昨日の今頃だった。
 昨日はそのあと春の嵐みたいな天気になったんだけど、今日はとってもうららかな気候。
 リュウジとここへ来るまでも、やたらと穏やか気分で歩いてたから。

 「君達には、いろいろと見苦しいところを披露してしまったな」
 初めて会ったときはラフな格好、昨日は作業着とヘルメットだった親父さんは、今日はぴしっとスーツ姿だった。
 なんだか立派な人物に見える――っていうか、どうやらここの偉い人みたいなんだよな。
 それに恐縮しちゃってるらしいリュウジはこんな風。
 「そんなことねえ……いや、そんなことありませんでございます、親父……いや、お父上さま」
 「ちょ、リュウジ。なんかおかしいってば」
 やたらとかしこまっているリュウジの言葉がおかしくて、オレはつい吹き出してしまう。
 ……まあ、当然のようにリュウジに腿をつねられるんだけどね。
 「ははは。普通に話してくれればいい、鬼工のリュウジ君。ハヤト君の言うとおりだ」
 「そう――か? だったら助かったぜ、親父!!!」
 初めて見た親父さんのちょっとした笑顔につられて、リュウジもペースを取り戻す。
 でも、あれ……?
 「ん? 親父さん、オレたち、名前なんて名乗りましたっけ?」
 「いや。直接は聞いていないと思う。もっとも、最初のときには呼び合っている名前くらいは聞いただろうけれど、記憶が曖昧なので」
 「ああ、あん時は酔っぱらってたんだったよな、親父」
 「……いいから、リュウジ」
 「ハヤト君。リュウジ君の言うのは嘘ではないのだから、それでよいさ。それに、若い頃からの悪い癖なのだ、酒に酔うとおかしくなってしまうのは」
 自嘲気味に言って、親父さんは眼鏡を直す仕草をした。

 オレたちの名前は、息子のミツルから昨夜聞いたのだ、と親父さんは言った。
 オレたちがどうして昨日暗黒一家と対峙する羽目になったのかも、大筋は知っていたらしい。
 「感謝する、と息子は言っていた。息子のかわりに礼を言う。ありがとう、リュウジ君」
 「って、親父!!! やめてくれな。そんな頭なんか下げられるようなことしてねえってば、俺は。なあ、ハヤト?」
 「え――ああ、うん」
 リュウジが言うのも本気だったんだとは思う。
 別に誰かに感謝されようと思ってしたことなんかじゃなくて、単に自分の信念と違うことをミツルに言われて、っていうのがきっかけだっただけだから。
 「でも、よかったんじゃないの? 少なくとも親父さんとミツルくんが会話した、ってことなんだろうし。あのあと帰宅したってことなんですよね、ミツルくんは」
 「そうだ、ハヤト君」
 「オウ、そうか。そしたら俺も一役買ったってことで――いいのか?」
 「それはもちろんだ、リュウジ君」
 「だったらよかったぜ!!!」
 ようやくリュウジの声にいつもの張りが戻ってきていた。

 ミツルはあのあと、一度はコウヘイらに従って行ってしまったそうだ。
 けれども夜、そんなに遅くない時間には帰宅したという。コウヘイとハンゾウが家まで連れてきたと親父さんが言った。
 それで、久し振りに親子で会話をしたんだそうだ。
 こんな話も聞かせてくれた。
 「当初、私は鬼工を勧めたのだ、息子に。会社の将来ことも考えて。だが、それに反発したかっただけなのかもしれないな、ミツルは」
 どこか遠い目をして、親父さんはひとりごとみたいに呟いた。
 「今さらになって『鬼工もよかったかもしれない』と言っていたがね。それには私は怒ったな」
 「え――どうしてですか? 親父さん」
 「わかんねえのか、ハヤト!!! 男たるもの一度歩き始めた道を振り返るべからず、だろう?」
 「ああ、そうだ。リュウジ君。君とは案外、気が合うかもしれないな」
 そして親父さんとリュウジは、目を見合わせてちょっと笑ってた。
 
 「親父。やっぱり不良は嫌いか?」
 リュウジはそんなふうに親父さんに訊いていた。
 「それは無論、当然だ。親としては我が子のまっすぐな成長を望むのだから」
 「そうだよな。そう言われると、俺らも普通よりかはずいぶん曲がってるもんな」
 「……それは、何とも言えない。ただ息子は言っていたよ、リュウジ君。君ほどまっすぐな男を見たことがなかった、と。ならば親としては、息子の言を信じたい」
 「ふうん。ミツルくんがそんなことを」
 「ああ。『敵ながら天晴れ』と、な」
 
 なるほど。敵ながら――か。
 ってことは、きっとミツルくんも覚悟を決めたんだろう。
 暗黒一家の一員として高校生活を送るということを。
 暗黒水産高校の生徒としての自分を全うしよう、ということを。
 リュウジもきっと隣で似たようなことを考えていたんだろうな。

 「なんか、よかったな。親父。あいつ、いい男になれそうじゃねえか」
 「ああ。ありがとう、リュウジ君」
 「けど、あいつが覚悟を貫くと、親父の嫌いな不良になっちまうよな……」
 「それは、息子の選んだ道なのだし。ただ、多少なりとも私も理解したのだ。息子のやっていることは『帝王学の勉強』だと本人が言うので」
 「帝王学――」
 「なんだそりゃ? ずいぶんと小難しいこと言うな?」
 リュウジはよくわからないって顔をしていた。
 それはそうだよな。コウヘイのそばで学べることがあるなんて、思いつきもしないだろうからね、リュウジは。
 
 リュウジの横でだって、学べることはけっこうあるんだけど。
 本人はそんなふうに思っていないし、だからこそリュウジは人望篤い総隊長なんだろう。
 わかっているから、オレは何も言わなかった。


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