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未だ熱りの冷めない拳



  * 1 *


 目が覚めたら隣のふとんは無人だった。
 ゆうべはお客を泊めたオレの部屋は、ひとりオレだけが惰眠をむさぼっていたらしい。
 カーテン越しに太陽の光が差し込んでいる。もう「朝」って感じではないみたいだな。
 まだぼんやりする頭を左右に振って、オレもふとんから出てみることにした。
 窓を開けると外は見事にまぶしい世界。
 さっきまでテツが寝ていたふとんはかなり乱れ放題で、ああ、なんかテツらしいなと思ったらちょっと笑えた。
 
 階段をおりて一階へ。
 我ながら足取りが多少ぎこちない。昨日の晩の喧嘩勝負の名残のようだ。
 背中は痛いし、足首も痛めているっぽいし。無意識に手をやって触ってしまった頬の傷もひりひりするし。
 おまけに頭も重い――のは、うん。今日のは寝不足だな。だって寝たの明け方近くだし。 
 親父とテツの話し声がする方へ顔を出す。
 ふたりがいたのは店の中。約束通りウチの店に入院したテツの愛車のメンテナンスの続きをやっているようだ。
 「あ、ハヤト。おはよー」
 テツがオレを認めて手を挙げる。
 「おはよう、テツ。ゆうべはよく眠れた?」
 「うん、ばっちりだ」
 「……とはいえ君にはかなわなかったようだな、我が息子よ」
 親父は作業の手を止めて、苦笑混じりにオレを見た。
 「あ、うん。オレもよく寝たな。昨日は昼寝もしてなかったしね」
 「うはは。ハヤトって昼寝なんてするんだー」
 「知らなかったのか、息子の親友。この男は理想の睡眠時間が幼稚園時代と大して変わらんのだ」
 「わはははは!!! そうなんだ、ハヤト」
 「いや……っていうか――そこまではさすがに、多分……」
 「ほら見てみろ。『違う』と言い切れない我が息子の姿を。な?」
 テツと親父は楽しそうにオレを見て笑ってる。
 いいんだ、別に。オレってこう見えて笑われるのには慣れてるし。

 「そんなことより、ハヤト」
 「ん?」
 「店に出るなら、せめて着替えてきてはもらえんだろうか。多少寝ぼけた顔でも、髪が乱れていてもご愛敬かもしれんがね。お客様商売の手前、さすがに寝間着は都合がよろしくないんだが」
 言いながら親父はオレを追いやるように手を振っている。レンチを持ったのと逆の手で。
 「あ、うん、わかった。っていうか、もう店の開く時間?」
 「えー、ハヤト。もう昼過ぎてるけど?」
 「ええっ!! そんなになる? オレ、3、4時間くらいしか寝てないかと思ったのに」
 「いや、立派に8時間寝てるってば」
 「え~と……昼飯にしてくるよ、オレ」
 
 そうしたわけで、ひとまず着替えて。オレは今日もひとりで昼飯。
 昨日は親父の分まで食べたって怒られたけど、今日はオレの分だけが台所に残ってた。
 チキンソテーとオムライス、キャベツのスープにツナサラダ。
 お袋、テツが褒めるのがよっぽど張り合いがあったのかな。いつものひとり分よりもかなりの量があるような気がする。
 昨日の昼のオレはやたらと食欲があった。今日は、普段以下って感じだ。
 やっぱり喧嘩のダメージって内臓にも来るのかもしれない。
 
 大きめのオムライスは半分しか食べられなかった。残しておいて夜に食べよう。食べ残したのがうっかりバレたりするとリュウジに怒られるからね。
 そう結論して、冷蔵庫から別の皿を取り出した。
 昨日、オレが本当に病気だと信じたリュウジがお見舞いと称して持ってきてくれた桃の缶詰がデザートだ。
 冷たくて、みずみずしくて。喉の奥が甘く潤されていくのが快感だったりする。

 桃の最後のひとかけにとりかかろうとした時、オレを呼ぶ声に振り返る。
 「オウ、ハヤト!!! 今頃昼飯だって?」
 台所の入り口から見える赤いリーゼント。
 勝手知ったる何とやらで、リュウジはそのまま入ってきてテーブルのオレの向かいに陣取った。
 「あ、リュウジ。おはよう」
 「……なるほど。起きたばっかりか」
 オレの顔をのぞき込みながら、なかば苦笑でリュウジは言った。
 「うん。まあ、そんなとこ」
 「まあ、仕方ねえよな。昨日は慣れないことして疲れ――あ、いや……」
 「あはは。リュウジの言うとおりだな。慣れない喧嘩して疲れてるっぽいよ、オレ」
 「そうか……」
 いつものリュウジと気配が違うのは、やっぱり昨日の一件のせいだろう。
 リュウジに『ハヤトの喧嘩には期待していない』と言われて、オレがそれに腹を立てて学校を休んで――なんていういきさつがあったからだ。
 でも、それも済んだことだしね。これ以上引きずるのはオレたちの流儀でもないから。

 「リュウジ」
 気分を変えるべく、オレはリュウジの名前を呼んだ。
 「うん?」
 「これ、桃。うまいね」
 「ああ、これか!!! 食ったんだな」
 「うん。ごちそうさま」
 「大したことねえぜ。ただ、ハヤトにゃ早いとこ元気になってもらわねえとな、って思ったからな、俺は」
 なんだか照れたような顔つきでリュウジが言うのがおかしかった。
 「うんうん。おかげで元気になったってことで」
 言ってオレは、皿に残った最後のひとかけらを口に運んだんだ。

 食べ終わった皿を流しに下げて、コーヒーを入れる。残したオムライスにかけるべくラップを探しているとリュウジが言った。
 「ハヤト、これ、もう食わねえのか?」
 「なんか、食欲落ちてるっぽくてね。夜に食べることにした」
 「だったら俺が食ってもいいか?」
 「あ、そう? だったらどうぞ。悪いね、食い散らかしたあとで」
 「ぜんぜん問題ねえぜ!!!」
 言うが早いか、リュウジはにこにこしながらスプーンをとった。
 何でもうまそうに食べるんだな、リュウジは。見てて気分いいや。

 「そういえば、タケルは? 一緒? ゆうべはリュウジんとこに泊まったんだろ?」
 「オウ。一緒に来た。店のほうにいるぜ。ついでに自分のマシンも親父さんに診てもらいたいって言ってたな」
 「なるほど。じゃあオレも手伝おうかな」
 「ってかハヤト、まだゆっくりしてたほうがいいんじゃねえのか?」
 「え? なんで? ああ、怪我とか心配してくれてる? それだったら――」
 大したことないから、って言いかけたんだけど。
 「いや。怪我より、むしろ病気のほうが悪くなるとまずいだろ?」
 「え――」
 オレ、リュウジになんて答えたらいいんだ?
 リュウジ、オレが仮病を使って学校サボったって、まだそういう認識はないのか……。

 逡巡の最中、親父がたばこをくわえて台所へ入ってくる。
 「なんだ? リュウジ、我が息子の昼飯を横取りか?」
 「そりゃ言いがかりだぜ!!! なあ、ハヤト? もう食えないんだもんな?」
 あはは。親父、リュウジをからかうのが好きなんだな。気持ちはわかるけど。



  * 2 *
 
 
 ちょっと休憩するから、と親父が言うので、オレはリュウジを連れて店に出た。
 ちょうどテツとタケルも手を止めたところらしかった。
 何を話していたのかはわからないけれど、ふたりは笑いあっている。ってことは、揉めたっていう件はもう解決したんだろう。

 オレたちの気配にふたりは振り返る。
 「タケル、いらっしゃい」
 「ハヤト。昨日、今日とテツが突然お世話になった。こいつは暴走しはじめると止まらないから」
 「ひどいなー、タケル。暴走ってほどじゃないのになあ。な、ハヤト?」
 「あはは。ウチは世話なんて何もしてないよ。逆に御客様だからね、店にとっては」
 「だろー? ハヤトはわかってるな」
 「でも、まあ、単車で暴走って意味だったらその通りかもしれないけどね。テツのリアって勇気いるね。絶叫マシン級だった」
 「あ、またそーゆうことを言う、ハヤト」
 「お――ハヤトがそこまで言うってことは、テツの腕前はよっぽどだな!!! こいつ、ダメなんだぜ、絶叫マシン」
 「ちょ、リュウジ。余計なことを……」
 今度は4人して笑いあう。うん、なんかすっかりいい雰囲気だ。

 そんな中、親父がオレを呼んだんだ。
 「おや? 楽しそうだな、若者たちよ」
 「オウ、親父さん。休憩は終わったのか?」
 「いや、まだ休憩真っ最中だ。よってハヤト、お使いを頼む。たばこを買ってきてくれ」
 「え――いいけど、自分で行けばいいじゃん。すぐそこに自販機あるし」
 「まさか。お客様を放り出して俺が店を空けられると思うのか?」
 「…………親父、ほんとオレを使うのが巧いよね」
 有無を言わさないといった体で、親父はオレではなくてリュウジに小銭を渡している。
 はいはい、行ってきますよ、オレがね。

 「ハヤト。どうせだったらコンビニ行こうぜ」
 リュウジがオレと親父を交互に見て、ちょっと笑ってこう言った。
 「あ、うん。そうしようか。テツ、何かいる?」
 「えっとねー、じゃあコーラ買ってきて」
 「OK。コーラね。タケルは?」
 「俺はいちご牛乳があったら、それで」
 「オウ!!! 心得たぜ!!!」
 ……タケルもか。タケルもいちご牛乳なのか。リュウジと趣味が合うんだな。

 外に出ると午後の陽射し。今日はすこし暑いくらいだ。
 ちょっぴり汗ばむ陽気に、額を何度か拭いながらリュウジとふたりで歩いた。
 午前中、リュウジはタケルと連れ走りをしたんだって話を聞かせてくれた。

 コンビニについて、親父に頼まれたたばこと、飲み物とスナック菓子を買って。
 用事を済ませての帰り道。
 あれ。さっきよりまた気温が上がったかな――?
 「リュウジ。今日、暑いね」
 「うん? そうか? そんなでもねえと思うけどな」
 「え。そう?」
 「お? 珍しいな。こんな時期に汗かいてねえか? ハヤトは寒がりのくせに」
 「だって、暑いから……」
 オレは握っていた手を開いて、手の甲で顎を拭っている。ああ、そういえば掌も汗で湿っているみたいだ。
 そんなオレを見て、リュウジが大きな声で言った。
 「ってか、オイ、ハヤト!!! 顔が真っ赤じゃねえか?」
 「え――?」
 
 一瞬ぐらりとリュウジの姿がゆらいだのを感じた。
 あれ? リュウジ、どうかしたのか――その問いを用意していたんだけれども、オレの声帯がそう発するのを拒んでいる。
 おかしいな、と思ったのも束の間で、一瞬あとには視界が極端に狭くなっていくのを自覚した。
 そして訪れたのは――暗転だった。
 目の前が真っ暗になって、失墜感が訪れた。
 「ハヤト!!! どうした、大丈夫か!!!」
 ――やけに遠くに感じるリュウジの声。
 「……わ、熱あるんじゃねえかよ」
 ――やけにひんやりと感じる額にあてられたてのひらの感触。
 「オイ、ハヤト!!! しっかりしろ!!!」
 
 その先のことはもう思い出せない。
 ただ、なんとなく、ぼんやりと考えたような気がする。
 オレ、絶叫マシンはダメなんだって言ってるのに……って。

 目を開けたら、見慣れた天井があった。
 ああ、ここはオレの部屋でオレのふとんの中なんだな、という理解。
 額に違和感を覚えて手をやると、濡らしたタオルが置かれていた。
 ふとんの中でもぞもぞしていたら、いつもより抑えめの声がかかる。
 「お。気がついたか? ハヤト」
 「ああ――リュウジ」
 珍しく声のトーンを低くしたリュウジがオレの顔をのぞき込んでいた。
 「えっと……オレ?」
 「まったく、結局は心配させるんだよな、ハヤトって」
 「え――」
 「病気だってのに無理するからいけねえんだぞ?」
 「いや、病気っていうか……ぶっちゃけ、仮病だったし」
 「だから、強がるのもいい加減にしろって言ってるんだ。もっとも、俺がもうちょっと早く気づいてやらなきゃいけなかったんだろうけどな」
 「……?」

 リュウジが言うにはこうだった。
 コンビニに行った帰り道、オレは倒れたんだそうだ。
 熱があったらしい。っていうか、たぶん今もそれは継続中のようだ。
 突然倒れたオレを背中に担いで、リュウジはここまで運んでくれたんだと言う。
 「あ、それでか。絶叫マシンに乗ってるような感覚だったのは」
 「うん? 絶叫マシン?」
 「そう。リュウジ、オレを担いで全力疾走とか、したんじゃない?」
 「オウ。それなりに、急いでたからな。慌ててたしよ」
 「そっか」

 「でな。親父さんがハヤトの様子見て『ああ、やっぱりこういうことか』って言ったぜ」
 「親父が? やっぱりって、何だろ、それ」
 「おとといからのハヤトの調子を見てたら、こうなる前兆かもしれねえと思ってたらしい。中学のころはやけにたくさん食ったり、やけに苛ついたり、それと喧嘩して帰ってきたあとって、ハヤトは必ず熱を出してた、ってな」
 「オレ――? そんなこと……ああ」
 「なんだ。心当たりあるんだな?」
 「うん。無くもない。すっかり忘れてたけど」
 そうだ。オレの記憶の中の『喧嘩っ早い中学時代のオレ』って、喧嘩に勝ったとしても決まって寝込んでいたような気がする。
 ……いまさら大事なことを思い出しているオレって、とぼけた奴だからしょうがないか。
 
 「っていうか、わかってるんだったら忠告してくれたらいいのにな、親父も」
 「……いや。親父さんはハヤトに自覚がなかったのかってため息ついてたぜ」
 「あ。そうなんだ」
 苦し紛れに笑い飛ばそうとしたけれど、息苦しかったからできなかった。

 それからリュウジは立ち上がって階段を下りていった。
 多分、親父にオレが目を覚ましたって言いに行ってくれたんだろう。
 部屋に戻ってきたときには、スポーツドリンクを持っていて。ストローを挿してオレに飲ませてくれたんだ。
 喉を潤して満足して。それではたと思い当たった。
 「そういえば、テツたちは?」
 「今日は単車のメンテが上がったとこで引き上げた。また改めて来るって言ってたぜ」
 「そっか。挨拶もできなくて悪いことしたな」
 「まあ、いいんじゃねえの? 仲間なんだし。そのへんはわかってるだろ」
 「そっか。うん。そうだよね」
 オレが言うのに、リュウジは笑みを返してくれた。
 
 なんだか静かな時間がオレの部屋にたゆたっている。
 それは案外、心地よくて。
 だからオレは素直に言いたい気分になっていた。
 「リュウジ。ありがとう」
 「なんだよ、ハヤト、突然。調子狂うぜ――って、ああ、そうか、熱のせいか」
 納得したように、独り言みたいにリュウジは呟いて、もう一度オレの口許にストローを差し出してくれた。
 「まったく、困った病人だぜ。そんなときほど大人しくしていられねえなんてな」
 「あはは。悪い悪い」
 「ハヤトの生態は理解したぜ。だから今日はちゃんとゆっくり寝ろな?」
 「うん、了解」
 オレが答えると、リュウジは部屋の電気を豆電球に変えてくれた。
 
 その晩は、とんでもなくよく眠ったらしい。
 目が覚めてはリュウジが枕元に置いてくれていたスポーツドリンクに手を伸ばして。
 汗をかいたからシャツを着替えて、また眠って。
 おかげですっきりと体を起こせた翌日の昼には、体温は平熱に近かったと思う。
 とりあえず、ほんとに熱が下がっていたらシャワーを浴びたいな、なんて考えた矢先。
 階下に気合いの入った声が響いたのを聞いた。
 「オウ、親父さん!!! ハヤトはどうしてる? 俺、今日はちゃんと探してきたんだぜ!!! これ、ハヤトに食わしてやってくれな。今日のは缶詰じゃねえんだぜ」

 今日の夕飯のデザートはきっと桃。
 たぶんリュウジが探してきてくれた、缶詰じゃなくて本物の生の桃。
 きっととんでもなくおいしいんだろうな。甘くてみずみずしいんだろうな。
 病気するのもたまには悪くないかも――なんて一瞬考えたのは、リュウジには内緒の方向でお願いします。



   * 未だ熱りの冷めない拳  完 *


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