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趣味的放課後の過ごし方



   * 1 *


 「あはは、リュウジ。そこ、違うってば。『要』だよ。『用』じゃなくて」
 「うん? こうか?」
 「いや、だから『要』だって。それは『容』だし」
 「あ~、もう、わかんねえってのに!!!」
 「……わかったよ。マジック貸して」
 オレはそう言って、拗ねたような、苛ついたような顔のリュウジから紙とマジックを受け取った。
 さっきから何度も書き直して、そのたびに白いガムテープを上から貼って修正している大きめの紙は、書き上がったらここの店先に掲示される予定のもの。
 これはリュウジんとこの店、昇龍軒のアルバイト募集のポスターだ。
 
 「オウ!!! そうだそうだ。これは見覚えあるな。『要原付免許』って字面には」
 「そうだろうと思うよ」
 オレが書き直した明らかに筆跡の違う箇所を指さして、リュウジは納得したように頷く。
 そして最後に『夜露死苦』とかって画数の多い漢字を添えたりしたあと、満足したらしくそれを店の入り口に貼り出していた。

 聞くところによれば、昇龍軒のアルバイトの、オレも顔見知りの大学生のお兄さんが授業の都合だかで1ヶ月の休業に入るんだそうで。
 それで、その間つなぎに短期の手伝いが欲しいんだそうで。
 とにかく出来上がったポスターを店先に貼ったて、リュウジとオレとは一息ついていた。
 
 「早いとこ、誰か来てくれるといいんだけどな」
 リュウジは腕組みして、ちょっと難しい表情なんかを作っている。
 「そうじゃねえと、俺の仕事が増えるからな」
 「ああ、なるほどね。よく出前とか行ってた人だもんな」
 「そうなんだよな。ここの店主は人使いが荒いんで有名だからな」
 ……って、奥の厨房にいる親父さんに聞こえるようにリュウジは言った。
 「あはは。でも、出前くらいだったらオレもたまには手伝おうか?」
 「いや。それは――遠慮しとくぜ、ハヤト」
 「ん? なんで?」
 「いやな。ハヤトにゃ向かねえと思うぜ。実際、お前の走りだと商品が無事に御客様のもとに届かねえ可能性があるからな」
 「え? どういうこと?」
 「ハヤトのコーナリングにゃ耐えられねえって話だ。ウチの商品は、汁物が多いからな」
 「……えっと」
 言われてみれば弁解のしようがないな、オレ。

 そんな矢先のこと。求人ポスターの効果は、リュウジが想像したよりもずっと早く結果をもたらしたみたいだった。
 入り口の自動ドアが開いて、店の中に入ってきた人影はこう行った。
 「あのう。貼ってある求人見たんっスけど。オレにもつとまりますか? 兄貴」
 振り返ったら見知った顔――ノブオが頭をぽりぽりと掻きながら立っていた。
 「うん? ノブオか?」
 「はいっス!! オレ、免許持ってますし」
 「まあ、そりゃそうだけどな」
 予想外の志願に、リュウジはちょっと驚いたようにあらためてノブオの姿を見回してた。
 「それに、やる気だってあるっス、兄貴!!」
 「そうか。なら、やってみるか? 店主がいいって言えばだけどな」
 「恐縮です!!」
 「そしたら、ちょっと待ってろ。奥にいる店主を呼んでくるぜ」
 言って、リュウジは厨房に声をかけに行った。

 「へえ。ノブオ、バイトするんだ?」
 オレはすこし緊張してるらしいノブオに言った。
 「そうなんっスよ、ハヤトさん。ちょうど探してたとこなんっス」
 「何か欲しいものでもあるって?」
 「えへへ。来月、母ちゃんの誕生日なんっス。何かプレゼントしたいんで」
 「なるほどね。ノブオ、お母さん思いだもんな」
 「えへへへへ」
 照れたようにノブオが笑ってる。そういう理由か。納得だ。

 それから、昇龍軒の店主――リュウジの親父さんの手が空くのを待ってノブオの面接が行われることになったらしい。
 オレは邪魔しちゃ悪いと思って、寄り道を切り上げて帰宅することにした。
 ノブオは元々、根は真面目だし。頑張り屋だし。しかもお母さんのために、それもリュウジの下で頑張るんだったらこれ以上ない働きを見せるんだろうな。
 心の中でノブオを応援しつつ、ふと思い立ってさらに寄り道してみる気になった。
 駅を背にして、商店街の前の通りを横切る。住宅街に入ってすこし行ったところある鬼浜寺を目指して歩く。
 ダイゴにノブオの思い切った行動を教えてあげようか、なんて考えたんだ。
 
 鬼浜寺のまわりはいつも静寂な雰囲気。空気まで清らかに思えるのが不思議だ。昼間に降ってた雨がやんだせいかもしれない。
 あじさいが大きなぼんぼりみたいに、さも重たげに咲いている。
 思えばこんなすがすがしい場所に単車って不似合いかもしれないけど。ダイゴのマシンもかなりいい音するもんな――なんて思ってみたりして。
 門をくぐって見てみたら、ちょうどダイゴが玄関の脇にいた。単車を磨いている最中だったみたいで、作業用のつなぎ服を着てた。
 「よっ、ダイゴ」
 「押忍、ハヤトか。何かあったか?」
 「うん。ちょっとおもしろい報告しようかと思って」
 「ほう?」
 ダイゴは単車の前にしゃがみこんでいた体を起こしてオレの正面に立つ。体の大きいダイゴと向き合うと、オレは自然と見上げる体勢だ。
 「あのさ、ノブオがバイトするんだって。リュウジんとこの店で」
 「昇龍軒で、か?」
 「そうそう。いま面接の最中だと思うんだけどね。まあ、採用されるんだろうな」
 「なるほど。確かに面白いな、それは」
 ダイゴはいつも見開いてはいない目を、より細めて優しい顔を作ってる。弟分を見守る兄貴分の目なんだろうな、これ。
 「頑張れるといいがな、ノブオも」
 「あはは。それは大丈夫じゃない? だって、『兄貴』の手伝いするんだし」
 「ああ、確かにな」
 ダイゴが大きく頷いた。それを見て、オレもなんだか安心してみたり。

 「ところでダイゴ、いつも思うけど。ちゃんと手入れしてるよな、単車」
 「それは、まあ、それなりにはな。俺は重量があるゆえ、日々それなりに点検をしておかねばな」
 「うん。いい心がけだね」
 どうも、とダイゴは微笑んだ。見ればダイゴの愛車は磨き上げられてぴかぴかしている。
 「ちょうど良かった、ハヤト。のちほど相談しようと思っていたのだ」
 「ん? どうかした?」
 「押忍。そろそろタイヤ交換の時期かと思っていたのでな。診てもらえんか?」
 「ああ――そういうことか。うん、お安いご用だ」
 応えて、オレとダイゴはしゃがみ込む。その体勢でも、ダイゴの顔はオレよりかなり上にある。
 診てみると、確かに溝がけっこう減っている。
 「あ~、なるほど。そろそろ替え時だね。雨の時期だし、早いほうがいいかも」
 「やはりな」
 「どうする? 今からウチに来る?」
 「ああ。ハヤトの父上が忙しくないようならばお願いしたい。思い立ったが吉日ゆえ」
 「あはは。ウチの親父はきっと今頃、昼寝してるよ。暇だろうから」
 「昼寝――さすが親子だな。血は争えないということか」
 ダイゴは言って笑ってるけど。ダイゴ、あんまり冗談言わないんだけど。
 ……これ、冗談じゃないってことなのか。



   * 2 *


 ダイゴの単車にふたり乗りで、鬼浜寺を出てオレの家に向かった。
 さすがにダイゴのリアは安定感があるな。背中が広いからまったく前が見えないけれど。
 
 家につくと、玄関からじゃなくて店側から入って親父に『ただいま』を言うのがいつの頃からかのオレの日課。
 いつもどおりに店から顔を出すと、ほらやっぱりだ。親父、定位置でうとうとしてるし。
 「ただいま、親父。起きてる?」
 「ん……? おや、お帰りか。放蕩息子」
 「ほら、ちゃんと目、開けなって。そんなに仕事は暇? ウチの家計は大丈夫?」
 「なんとまあ、冷たい言葉を使うんだ、我が息子よ。なあ、ちょっとは説教してやってはくれないか? 親衛隊長どの」
 「押忍。ハヤト、父上は敬うべきだ」
 「え~と。仕事中に昼寝って、褒められたことじゃないような……」
 なんて反論してみるんだけど、親父はダイゴのひとことに満面の笑みを見せていて。

 「そんなことより親父、仕事の時間だ。ダイゴがお客だから。しっかり働こう」
 「ほう? 親衛隊長、どういったご用かね?」
 親父は仕事と聞いてようやく目が覚めたといったふう。この人、仕事そのものは好きなんだよね。
 「タイヤ交換をしていただきたく思う所存」
 「そうかそうか。どれ――」
 言って親父はダイゴの単車の様子を調べて、それから店の中に運んで。さっそく作業にとりかかるべく準備を始めた。
 オレも手伝うべく、ひとまず着替えることにした。さすがに制服のままじゃ汚れるし。

 一旦部屋に戻って、オレもダイゴと同じくつなぎ服に着替えてから店に戻ったけれど、結果としてはオレが手を出す余地はなかった。
 できるだけ自分でやってみたい、と本人が言ったようで、ダイゴが親父と並んで作業をしていた。
 どうやら出番なしと判断したオレは、コーヒーを入れてやったりしながらふたりの様子を見守って。
 ……ふと気がついたら、ダイゴに肩をゆすられていた。
 「ハヤト。起きてくれると助かるのだが」
 「え――? あ、ああ、うん。起きてるってば」
 「いや。しっかり寝ていたぞ」
 「あはは。そうかな? って、もう作業は終わった?」
 「押忍。おかげさまで」
  
 タイヤ交換を終えたダイゴの単車は店の外に誇らしげに鎮座していた。
 「ダイゴ、これからどうする? せっかくだから走りに行こうか」
 少なくともオレだったらそうするだろうと思って、ダイゴに声をかけた。
 けれどもダイゴは店の中の一点に目をとめたままでいた。
 手でも洗いに行ったらしくて席を外しているけれど、普段の親父の定位置たるレジの後ろの棚を見つめている。
 「ん? ダイゴ。何か気になる?」
 「ああ――ハヤト。少し見せてもらってもよいか?」
 「もちろん。どれもがらくただけどね」
 オレがそう応えると、ダイゴはどうも、と頷いて棚の前を陣取った。
 棚の下段には単車雑誌のバックナンバー。上のほうは書類が入った天袋。
 ダイゴが吸い寄せられるように視線を注いでいるのは、そのど真ん中のスペースに並んだ古いおもちゃの群れだった。
 オレが子供の頃に遊んだおもちゃが半分。親父の趣味がもう半分。雑然と並べてあるだけの単車の模型やミニカーなんかがそこを占めるほとんどだ。
 
 「前からこのように陳列されていたか?」
 「いや、わりと最近。こないだ親父が押入を整理したら出てきたらしくてね。懐かしいから並べることにしたんだって言ってた」
 「なるほど。道理で」
 頷いてダイゴはそれらの古びたおもちゃたちを愛でるように手にとってみたり、屈んでじっと見入ったりしてる。
 「ダイゴ、こういうの好きなんだ?」
 「ああ。この手の古いものは好きで興味があるのだ」
 「へえ、意外。知らなかったな」
 そう応えたら、ダイゴはちょっと照れたように笑ってた。

 そんなときに親父が家の中から店に戻ってきた。
 「おや、親衛隊長どの。随分と興味津々のご様子だな?」
 「押忍。これは素晴らしい品ですゆえ」
 ダイゴが手にしているのは、オレが子供のころに『親父のおさがり』だって言われて遊んでいた四駆車のラジコンだ。
 考えてみれば、相当の年代物のはず。親父とオレと、2代にわたって遊んでたんだもんな。っていうか、親父って案外物持ちがいいんだな――なんて思う。
 「わかるのか、親衛隊長。それは、いい物だろう? 君とは話が合いそうだ。なんせうちの無粋な息子ときたら、その趣が理解できんのだからな」
 「まったく。すぐ人を引き合いに出すんだからな、親父は。慣れてるからいいけどさ」
 でもまあ、確かに。オレには懐かしさはあるけれど、ダイゴほどにはその古いラジコンそのものに興味ないから仕方がない。
 
 そこからダイゴと親父とは、これまた楽しげにレトロおもちゃ談義に花を咲かせていた。
 オレもおもちゃは嫌いじゃなくて、自分の部屋にも気に入ったあれこれを並べてはいるんだけど、目の前のふたりのマニアックで熱っぽい会話には混ざれそうもないと判断した。
 しばらく終わりそうもないから、オレは店の中に自分の単車を引っ張り込んで、ダイゴに負けじと磨いてみる。
 「君は見所があるな、親衛隊長」
 親父がうれしそうにダイゴの肩をたたく音なんかが聞こえてくる。
 こと趣味についてだと、年の差なんて関係なくやりとりできるんだな。

 「よし。今日の記念にこの品を授けよう。持ち帰ってコレクションに加えるといい」
 しばらく語ったあと、親父はそう言ってダイゴが気に入ったらしいラジコン――親父のおさがりで、オレのおさがりの古いおもちゃをダイゴに押しつけていた。
 驚いたことに、ちゃんと箱まで残っていたらしい。オレも知らなかったんだけど、きっと押入で保管されてたんだな。
 「いや、そのような……さすがに申し訳ないので」
 「あはは、ダイゴ。遠慮いらないって。どうせがらくただもんな、親父?」
 「ハヤト。これは、がらくたではなく、相当の価値が――」
 「そんなことはいいから、親衛隊長。我が息子に執着心がないのなら、それでいいってことだ。そのほうがラジコンも喜ぶだろう」
 「それでは――お言葉に甘えて。ありがたき幸せ」
 ダイゴはラジコンの箱を恭しい仕草で親父から受けとっていた。
 その姿を見るオレの親父は、まるで我が子を見るような目をしていた。
 ……オレ、親父からこんな視線を受けたことって近頃なかったような気がするな。

 「じゃあダイゴ、そろそろ走りに行こうか」
 満足したらしいダイゴを促してみる。うん、オレはレトロなおもちゃよりは単車で走るほうが好きみたいだ。
 「押忍、ハヤト。父上、今日はいろいろとお世話になりまして恐縮です」
 ダイゴが親父に向かって頭を下げる。それを見て、親父はにっと笑んで応えた。
 「なんの。親衛隊長とはすっかり趣味仲間だからな。またいつでも遊びに来るといい」
 「趣味仲間……ね。ダイゴ、悪いけどたまには付き合ってやって」
 「ハヤト、こちらこそ是非にとお願い申し上げる次第だ。父上はすごく知識豊富で尊敬すべき人物。そう言っていただけて有り難いのだ」
 「……そんなもん?」
 「なあ、親衛隊長。我が息子の無趣味ぶりはどうだ? 親としては残念なんだがね」
 大袈裟にため息をつく親父の隣で、ダイゴは眼を細めて笑った顔でオレを見てる。
 「まあ、ハヤトには単車が生き甲斐だからな」
 「うん。ダイゴだけでもそれをわかっててくれたら、オレは満足だから」
 ……なぜだか親父は、さもおもしろそうに声を出して笑ってるんだけど。


   * 3 *
 
 
 今日はウチのお客だったダイゴと一緒に国道を走る。
 まだ明けない梅雨空の下、それでも単車で風を切ってゆくのは気分いい。
 湿気が多いから、海からの潮風が体にまとわりついてくるような感覚。体感的に、こんな風は雨の降り出しが近いんだろうと思うけど。

 「どう? 調子いい?」
 信号待ちで並んだから、オレはダイゴに問いかけてみる。
 「押忍。上々だ」
 「そっか。それじゃOKだね」
 「付き合わせて悪いな、ハヤト。アフターサービスまでさせてしまったようで」
 「え? オレ? あはは、そんなふうに思ってないって。ただオレが走りたかっただけだから」
 オレが応えたところで信号が青に変わった。

 今日はダイゴの後ろについて走っている。アフターサービスとまでの意識はなかったけれども、多少は気になるし。
 よって、ルートはダイゴにおまかせだ。
 夜が近い時間で、交通量が増えていたからごくゆっくりと国道を走って。
 途中で方向転換して、こんどは町を目指す道に逸れる。
 ダイゴの家に向かうかな? と思いきや、先導のダイゴはそのまま鬼浜町商店街に乗り入れた。
 ああ、そうか――ダイゴの意図が読めた。

 想像どおりの場所でダイゴは減速して、オレを振り返った。
 オレは笑って頷いて、そしてふたりで単車を路肩に停める。
 「やっぱりここか」
 「押忍。少し覗いていこうかと」
 「そうだね。ノブオ、合格してるといいけど」
 昼間にリュウジが貼り出したアルバイト募集のポスターにいち早く反応したのがノブオだった。
 それで、店主――リュウジの親父さんが面接するっていうところでオレは退出してきたんだけど。
 「どれどれ」
 言いながら、ダイゴは昇龍軒の赤いのれんをひらりとめくって中を見る。オレもダイゴの横に並んで覗きこんだ。

 そのとき見た中の様子は、ノブオがラーメンのどんぶりをお客さんに出しているところ。
 リュウジはそれを見て、なんだか注文をつけてた感じで――多分、どんぶりを出したときの向きかなんかを注意したんだろう――、それを受けたノブオは素直に頭を下げて、そのあと呼ばれたのか、やたらといい笑顔で厨房に入っていって。
 「ほう。やっているな、ノブオは」
 「うん、気合い入ってるね。いい顔してる」
 「リュウジの手伝いというのが、またノブオにはやる気を出させるのかもしれんな」
 「同感。リュウジとお揃いの上っ張りも、なんだか似合ってるし」
 「言えるな」
 なんて、店先で話していたら、中からお客さんが出てくるところ。
 ダイゴとふたりで慌てて飛びすさって、ドアの前をあけた。
 「ありがとうございました~!! またお待ちしてま~っス!!」
 店の中からノブオの声が外まで響いてくる。
 それを聞いて、ダイゴと顔を見合わせて笑ってるオレ。
 
 そのあと、もう一度国道に戻って走ろうか、っていう話になった。
 海の方角に向けて単車を再度スタートさせた。
 ちょうど川沿いの道に出たところで、さっきからの懸念だった雨粒が空から落ちてきた。
 並木道に単車を寄せて、ブレーキをかけたダイゴが言う。
 「ハヤト。これは拙い。雨だ」
 「うん。そろそろだろうとは思ってたけどね」
 「俺は急いで帰ることにするが、ハヤトはどうするのだ?」
 いつも冷静なダイゴにしてはやけに慌ててるな、って顔を見せたらダイゴはこう継いだ。
 「せっかく箱付で譲っていただいたラジコンを雨に晒すわけにはいかぬゆえ。いくらビニールで養生してあっても油断は禁物」
 「って、そんなに大事にしてくれるんだ。ダイゴ、本物のコレクターなんだな」
 「ハヤト、感想はあとだ。雨脚が強まってくるといけないのでな。急ぐぞ」
 「うん、了解」

 そしてオレは、さっきよりも格段に速度を上げて走り出したダイゴのあとについていく。
 ここからなら家よりも鬼浜寺のほうが近いから、雨宿りさせてもらうことに決めた。
 雨の日に速度を上げると滑ったりするし。ダイゴ、タイヤ交換しといてよかったな。

 目的地たる鬼浜寺に到着した直後、雨は急激に強さを増した。
 軒下に並べて単車を停めたオレたちは、滑り込みセーフっていう具合で顔を見合わせる。
 最初は小降りだったものの、その夜の雨はまるで夏の夕立みたいな降り方になった。梅雨時だし、なんか珍しい気がした。
 「うわ、急にすごい降ってきたね」
 「まったくだ」
 「まさかこんなに降るとは思わなかった」
 「そうだな。けれども、最悪の事態は免れた感があるな」
 「うん。ぎりぎりで、大して濡れなくて済んだね」
 「押忍。おかげでラジコンも無事だ、ハヤト」
 ダイゴは本気で安心した顔を見せて、ビニール袋に入った大事な箱を嬉しそうにかざして見せた。なんというか――今さらながらにダイゴの意外な表情を見た感じ。
 
 こんな降り方ならば、しばらくすれば小止みになるかもしれない――とダイゴに言われて、オレはしばしの雨宿りを決め込んだ。
 玄関先でタオルを借りて、髪の毛のしずくを拭う。
 こんなことに備えて着てきていたジャケットを脱いでから、招かれるままダイゴの部屋へ行ってみた。
 
 いつ来てもさっぱりと、きっちりと片付けられているダイゴの部屋。その一角の収納棚の中身を初めて見せてもらって、オレは感心のため息をついているところ。
 「うわ、すごいな。これがダイゴのコレクションなんだ」
 「押忍。いつの間にか随分増えたのだが、終点のない道なのでな。蒐集というのは」
 最初はちょっと照れたようなダイゴだったけれども、オレが目をまん丸くしているのを見て、なんだか得意げな表情になる。
 「こちらの引き出しは電車のおもちゃだ」
 「へええ。これって電池で動くやつだろ?」
 「その通り。レールも、ほらここに」
 「あ、そうそう。これ、オレも友達んとこで組んだことあるよ。懐かしいな。まだとってあるんだ」
 「以前からとってあるのもそうだが――実は地域限定品などがたくさん発売されている。その手のものを見つけるたびに、必然的に増えてゆくのだ」
 ダイゴの語り口を聞いているだけで、オレまでわくわくしてきたりして。
 「……ダイゴ、ほんとに好きなんだね」 
 「だが、ハヤトも好きなほうなのだろう? 部屋にもそれなりに飾ってあったゆえ」
 「そりゃね。嫌いじゃないけど。でも、ダイゴとかうちの親父から見ると、ぜんぜんだ」
 「だがな、ハヤト。一度興味を持つと案外はまるのだ、この道は。それも悪くはないぞ」
 「え~と、ダイゴ。それってオレをそっちの道に誘ってる?」
 「さてな。どうとでも」
 ダイゴは珍しく――って、今日はそればっかりだけど、冗談めかしてオレに言った。
 
 ほかにもさまざまな年代のものが揃っているというラジコンやらミニカーやら、作っていないままの古いプラモデルなどなど。
 ダイゴの部屋のふだん見えない収納スペースには、オレたち誰もが好きだったはずの思い出のあれこれが満載だったんだ。
 それらを眺めていると、オレも自然と頬がゆるんでくる。
 そういえば、親父もそんな顔をしてるときってあるもんな。お袋が、男っていうのはいくつになっても子供なんだ、って言ってた意味がなんとなくわかるな。



   * 4 *

 
 昨夜のまるで夕立みたいな雨が止んだ後の今朝は、やけに透明感のある空気。
 いつもどおりにリュウジがオレの家まで迎えに来て、いつもどおりに学校へ向かう。
 「なあ、ハヤト」
 歩きながらリュウジはオレに問いかける。
 「ん? なに?」
 「お前、ゆうべ店を覗いてただろう?」
 「あ、気づいてたんだ?」
 ダイゴとオレは、昨日から昇龍軒でアルバイトを始めたノブオの様子をこっそり見に行ったんだ。
 「まあな。ってか、ハヤトはいいとしても、ダイゴはそうそう隠れられるとは思えねえって話」
 「あはは、それもそうか。で、ノブオはどう? しっかりつとまりそう?」
 「オウ!!! ノブオは素直だからな。言ってやれば何でもちゃんと覚えるし」
 「なるほどね。それなら安心だ」
 
 それから学校につくまでの間、リュウジに昨日のこと――ダイゴがタイヤ交換しに来て、その足で昇龍軒を見に行って、雨に降られてダイゴの家に行って、そこでダイゴのおもちゃコレクションを見せてもらった話をした。
 「ああ、そういえばダイゴは昔からおもちゃは大事にする奴だったな」
 共に育った子供時代を思い出すような笑い顔でリュウジは言った。
 「ラジコンなんかも、ちゃんと手を洗ってからじゃねえと遊ばせてもらえなかったし」
 「あはは、なんか想像つくな。ダイゴって几帳面だからね。それに物を大切に扱うタイプだからこそ、あれだけ美品のままでコレクションできてるんだもんな」
 「言えてるな。俺はダイゴのおもちゃ箱はしばらく見てねえけど、想像できるぜ」
 「とにかく、すごかったよ。ダイゴのコレクションは。オレが見ても楽しくなったしね。リュウジも見せてもらったら?」
 「お。それはいいな。今日あたり行ってみるか」
 
 そんな話をしてたら後から元気な声が追いかけてくる。
 「チィ~っス、兄貴!! ついでにハヤトさん」
 「オウ、ノブオか。おはよう」
 「って……オレはついでなのか」
 「うはははは。まあまあ」
 やれやれ、なんて大袈裟にため息ついてみるけど、ノブオがこんな調子のときって気分がノってる証拠だからな。よっぽどやりがいがあるんだろう、昇龍軒のアルバイトが。
 「あ、ダイゴさんも来ましたね。おはようございま~っス!!」
 「押忍、お早う。ノブオ、アルバイトの調子はどうだ?」
 「あれ。ダイゴさん、もう知ってるんですか~? やだな。照れるっスぅ」
 「えっと。なんで照れるんだ? ノブオは」
 「もう。意地悪しないでくださいって、ハヤトさんも人が悪いっスね」
 「……? ぜんぜん意味わかんないよ、ノブオ」
 うん。ときどき理解に苦しむんだよな……別にいいけど。

 「ところでな、ダイゴ」
 ノブオのテンションを笑いながら、リュウジはダイゴを振り返る。
 「ダイゴのおもちゃ箱がすげえらしいな? さっきハヤトに聞いたぜ」
 「ああ、そのことか。まあ、それなりに充実しつつはあるがな」
 「俺も見に行ってもいいか?」
 「無論。ああ――だがしかし。リュウジの場合は手を洗ってからにして欲しい」
 「え? って、ダイゴ……」
 「あはははは!!! 言われてるよ、リュウジ。何年ぶり?」
 「ほんの軽い冗談だがな」
 「へ~。ダイゴさんが冗談言うなんて。よっぽどテンション高いんっスかね~」
 「ノブオほどではないがな」
 そうか。おもちゃの話になるとダイゴってテンション上がるんだ。昨日もそうだったな。
 
 「んじゃ、放課後にでも行ってみるか!!! そしたらノブオ、今日は俺は非番ってことで、お前は仕事頑張れな。もう慣れたろ?」
 「え――えっ? あ、兄貴、そんな殺生なぁぁぁ」
 ノブオがせつない悲鳴を上げて、逃げるリュウジを追っかけてる。
 ノブオって、からかい甲斐があるよな。なぜかオレはノブオにからかわれるんだけど。

 放課後のこと。
 なんだかんだ言いながら、リュウジはノブオに付き合ってとりあえず店に出たみたいだ。
 あとで行けそうだったら合流するから先にダイゴの家に行ってろ、ってリュウジに言われたオレはそれに従って鬼浜寺に来ている。けれど、日が暮れてからしばらく経ってもリュウジが姿を現す気配はなかった。
 「来ないね、リュウジ」
 「そのようだな。もうこの時間だと店が混雑している頃ゆえ、今日は無理だろうな」
 「うん。まあ、今日じゃないといけないって話でもないからね」
 「確かに。増えることはあっても減る可能性は皆無なのでな」
 ダイゴはリュウジが見たがっていたコレクションを前に、自信たっぷりにそう言った。

 「で、どうしようか?」
 時間つぶしに作ってみるか、とダイゴが収納棚から出してきた懐かしのミニ四駆プラモデルを完成させて、満足したオレはダイゴに訊いてみた。
 「走りにでも行く?」
 「ハヤトは走るのが本当に好きなのだな」
 「あはは。我ながらこればっかりでお恥ずかしいけど」
 「いや、恥ずかしいことなどあるまい。ハヤトらしいと思っただけだ」
 「オレってつくづく面白みがないよね」
 「そのようなことはないだろう。現にリュウジも、時にはノブオもハヤトをおもちゃの如き扱いをするゆえな」
 「……って、ダイゴ。それはないってば」
 完全に否定できないオレは苦笑い。ダイゴもうっすら笑ってる。
 
 「ともあれ、走りに行こう」
 「あ、ほんと?」
 「ああ。俺も走るのは好きだしな。それに、俺にとっては単車もおもちゃの一環なのだ。そのうち自分で外装をいじってみたいと思っている程度には」
 「へ~、そうだったんだ。でも、ダイゴが本気でやったらすごいだろうな」
 さっき作ったプラモデルの、ダイゴ作品とオレ作品を見比べながらオレは感心している。
 オレはセット内容に忠実に作り上げただけなんだけど――でも、個人的にはそれなりに納得の出来だった――、ダイゴは引き出しから改造パーツを持ってきてチューンを施したり、付属のシールの代わりにプラモデル用のマーカーを出してきてデコレーションしたりの気合いの入りようだったから。
 「どうも」
 耳のうしろあたりをかりかりと掻きながらダイゴは短くそう言った。

 それからダイゴとオレとは単車を駆って夜の国道をすこしだけ走った。
 適当なところで折り返してきて、暗黙の了解で向かった先は鬼浜町商店街。
 何か食べる? って話になったからだったんだけど。
 空腹のオレたちをあったかく迎えてくれるのは、言わずと知れた昇龍軒。
 今日は覗くだけじゃなくて内偵って感じでどうだろう、なんて大義名分で。
 
 どういうわけだか、今日も雨。
 さっきまではそんな気配もなかったのに、ダイゴとオレとふたりして走り出した直後から雲行きが怪しくなってきて。
 ぽつりぽつりと降ってきたのは、鬼川土手の並木道に差しかかったあたり。
 うわ――なんて、そのまま急いで昇龍軒まで走ったんだけど、そのときにはダイゴもオレもけっこう濡れていた。
 「リュウジ。入ってもいい? 雨に降られて濡れてるんだけど」
 「うん? なんだ、ハヤトとダイゴか。来てくれたんだな。今日は行けなくて悪かった。なんだかんだノブオの面倒みてたもんだから抜けられなかったぜ」
 厨房からオレたちに手招きしてくれるリュウジは、あえて『やれやれ』みたいな表情を作っていたけど、どこか優しい目をしてる。
 うん、リュウジらしいな。結局は面倒見のいい『兄貴』だからね。



   * 5 *
 
 
 一番お客の多い時間が過ぎたところだとリュウジは言った。
 片付けで忙しいみたいで、リュウジはダイゴとオレにラーメンを運んできてくれたあとは厨房に入ったっきり。
 リュウジの言によると、新入りアルバイトのノブオは出前に行っているんだとか。
 
 オレはダイゴとふたりでラーメンをいただきながら話してる。
 「それにしても、ノブオは大丈夫かな。急に強く降り出したからね、雨」
 「確かに」
 「昨日といい、今日といい。まるで夕立みたいに降るね。もう夏が近いってことなのかもしれないけど」
 「ああ――俺もそう思った。が、まあ、そんなこともあるかも知れんな」
 「ん?」
 ダイゴがふと思いついたように言ったから、オレは箸を止めて正面のダイゴを見上げた。
 「ハヤト。あれはわかるな?」
 「あれ――ああ」
 箸を置いてダイゴが示したのは、昇龍軒の飾り棚にあった木製の仏像だった。
 店内にはリュウジの親父さんが好きで置いているんだそうな仏像の類がいくつかある。
 ダイゴが言うのはそのうちの二体で一対の像だった。そう――それはオレにも馴染みの深い存在をかたどったもの。
 「風神雷神だね」

 それが何か? と目顔で訊いたのに、ダイゴはこう続けた。
 「風神雷神はもともとは魔人だったのだが、闘いに敗れて帰依したのちに仏教を守護する神となった、という話は知っているか?」
 「ああ、なんとなく。前に教えてくれたっけ」
 「押忍、ハヤト」
 ずっと前にリュウジが、オレとダイゴを風神雷神に並び称していたのを聞いたときにダイゴがそう言ってたんだ、確か。
 「そして、こういう信仰があるのだ。風神雷神は気候を司る――雨をもたらすのだ、と」
 「へえ……」
 オレはそれを聞いて、最初は言葉どおりの意味にしか感じられなかったんだけど。
 ちょっと考えたら……
 「それって、ダイゴとオレがいっしょにいると雨が降る、って?」
 「さてな」
 ダイゴはそれだけ答えて、ラーメンの続きに戻ることにしたようだ。
 なんだか不思議な気分に陥りつつも、オレも置いていた箸を持ち直す。リュウジに麺が伸びるとか怒られる前に食べないといけないし。
 
 まだ雨は止まない。
 よく降るな、なんて思いながらどんぶりに残ったスープをれんげですくっているとき。
 「ただいま戻りました~!!」
 元気な声が響いて、出前に行ったというノブオが帰ってきた。
 その声を聞いて厨房からリュウジが出てくる。
 「オウ、ご苦労だったな、ノブオ。出てってすぐに降り出したろ?」
 「あ、兄貴。えへへ。なんとか大丈夫っス」
 「あらら、濡れてるね、ノブオ」
 「あっ、ハヤトさん、ダイゴさん。いらっしゃいませ~!!」
 ずぶ濡れなのに、オレたちに礼をするノブオ。うん、けなげに頑張ってるな。
 「すっかり店員の風情だな」
 「言えてる」
 ダイゴとオレの言を聞いて、ノブオはうれしそうな顔を見せた。

 「ほら、ノブオ。これ使え」
 リュウジがタオルを差し出すのを受け取って、ノブオは言う。
 「それにしても、突然でしたからね~、雨。まったく、参っちゃいますよ」
 「あ、ノブオ。悪かった」
 「え? なんでハヤトさんが謝るんっスか?」
 「え――ああ、何でもない、気にしないでいいや」
 あはは、って曖昧に笑って、オレはダイゴと視線を交わした。
 ダイゴもちょこっと笑ってる。

 「それにしても、こんな天気の日に限って、って言いますかね」
 濡れた髪をがしがしと拭きながら、ノブオがため息をついている。
 「どうした? ノブオ。面白くなさそうな顔してるじゃねえか」
 「いや、兄貴、雨の中の出前が、とかそんなことじゃないんですよ」
 「あはは、必死だな、ノブオ」
 「そりゃ当然ですよ!! そんな誤解されたらオレ――」
 「まさかそのように思ってはおるまいな、リュウジ」
 「わはははは!!! 当たり前だぜ、ノブオ。お前はウチの立派な店員だもんな?」
 「兄貴ぃ~。わかってもらえて恐縮です」
 なんて、ノブオは感激した様子でいたりして。

 「で、ですね。話を元に戻しますとね。出前を終えて、雨も降ってましたんで急いでたんっスよ、オレ。そしたら、まったくくだらないヤツと会っちゃったんっスよ」
 「ん? 誰かに会ったんだ?」
 「ええ、そうなんっス。ハヤトさん。それで足止め食っちゃいましてね~。帰ってくるのが遅れちゃって」
 「誰と会ったんだ? ノブオ」
 「いや~、まったくもってくだらないヤツっすよ、兄貴」
 ノブオのふくれっ面から察したように、ダイゴが言った。
 「もしや――それは、暗黒か? ノブオ」
 「あ、わかりました? ダイゴさん。さすが鋭いっスね。あっちのモヒカンと出くわしちゃったんっスよ、オレ」
 「タカシか?」
 リュウジが訊くのにノブオはこくりと頷いた。
 
 「ヤツ、オレの姿を見て、嫌な笑いを浮かべてやがったんっス。で、ほら。ここの縫い取りを見て――」
 ノブオが指さしたのは、お仕着せの上っ張りの襟元に赤い糸で刺繍された『昇龍軒』の文字だった。
 「『お前、そこで働いてるのか』、って。でもって、『今度挨拶がてらラーメン喰いに行く』、とか言ってたんっス。で、オレは、お前ごときに喰わせるラーメンなんかないからな、って言い返したりとかして。で、なんだかんだ時間かかっちゃったんっス」
 それを聞いたリュウジは大きく声を張ったんだ。
 「おい、ノブオ。そりゃお前が間違ってるぜ?」
 「え――兄貴?」
 「だってそうだろう? どんな奴だって、ウチのラーメンを喰いたいって言ってる以上は『お客様』に違いねえんだぞ? 客商売をやってるこっちとしては、客を選ぶなんて真似はできねえって、覚えとけや!!!」
 「あ――」
 商店の者としてのリュウジの言葉を聞いたノブオは、びっくりしたように目を見張る。
 
 すこし間をおいて、リュウジに向かって頭を下げた。
 「えと、兄貴。オレ、間違っちゃってました……。ゴメンナサイ」
 こういう反応ができるところがノブオの素直でいいところ、なんだなとオレは思う。
 きっとダイゴも、そしてリュウジも同じように考えたんだろうってのは、3人で顔を見合わせたときによくわかった。
 「オレ、心を入れ替えますんで。どうかクビなんて言わないでください、兄貴ぃ」
 「わはははは!!! わかればいいんだぜ、ノブオ。第一、クビになんかしねえってば。今お前に抜けられたら、俺の仕事が倍に増えるってことだしな」
 笑い飛ばす勢いでリュウジは言って、ノブオの頭をがしがしと撫でてやってた。
 あはは、ノブオのうれしそうな顔ときたら。

 その夜は、昇龍軒ののれんが仕舞われるのを待ってから久し振りに4人で走りに行った。
 さっきまでぐずぐずだった空も、すっかり雨が上がってた。
 リュウジは『俺は晴れ男だからな』って自慢そうな顔をしてたんだけど。ダイゴとオレは思ってた。きっと自分たちよりもリュウジの『力』のほうが強いからなんだろう、って。



   * 6 *
 

 ノブオが昇龍軒のアルバイト店員となってから10日ほどが経っていた。
 その間に期末試験があったりとか――リュウジもノブオも『我関せず』みたいな態度だったけど大丈夫なんだろうか――、毎日の蒸し暑さが増してきたりとかしている。
 もう夏本番も間近に迫ってきた今日このごろ。
 リュウジもときにはノブオを店に残してオレの家まで遊びに来たりしているところを見ると、ノブオもいっぱしになった、ってことなんだろうな。
 
 試験のあとということで、すでに授業は午前中だけになっていた。
 ここのところオレの遊び相手になってくれていたダイゴは久し振りに赤ジャージと柔道の手合わせをすることになっているらしくて、今日は帰りが遅くなるみたい。
 オレはお客のところに納車に行くんだと言った親父に店番を頼まれていたんで、午後は店で過ごしているところ。
 たまに鳴る電話をとったり、ふらりと来たお客さんに請われてパーツカタログを渡したり、メンテ預かり中の常連さんの愛車のチェーンをウエスで拭いたりして。
 
 「よう、ハヤト」
 そんな最中にリュウジが店に入ってきた。
 「ああ、リュウジ。いらっしゃい」
 「暑いからな、アイス買ってきたぜ!!! 食うだろ?」
 「うん、もちろん。悪いね」
 「わはは。俺が食いたかっただけだぜ」
 リュウジの手みやげの入ったコンビニの袋を受け取る。やたらと数がたくさん入っていたのは、どうやら親父とお袋の分まで、とリュウジが気を利かせてくれたらしい。
 
 オレはソーダ味のやつを選んで、リュウジはこれだろうと踏んでいちご味のを渡して、残りを台所に持って行って冷蔵庫に入れて。
 誰もお客さんがいないのをいいことに、リュウジとふたりでおやつを決め込んだ。
 「今日は、ノブオは?」
 「ああ、夜からな」
 「そうか。そしたら夜はリュウジも店に戻る?」
 「いや、俺は今日は休みの予定だ。そう毎日働いたら身がもたねえって」
 なんてリュウジは肩をすくめて見せた。
 なるほど、と笑い返すと……あらら、アイスが溶けてきてる。慌てて口に持って行く。
 「わはは。ハヤト、食うの遅いな」
 「え。普通じゃない? っていうか、リュウジが早いんだって。あんまり急いで食べると頭痛くなるじゃん?」
 「そんなの気合いの問題だろうが!!!」
 ……ほんとにそういう問題なのかどうかは、はなはだ疑問だけど。

 そんな最中に店の入り口が開いて、親父が外から戻ってきた。
 「只今帰還」
 「おかえり、親父」
 「おう。店番ご苦労、我が出来のよい息子よ」
 「え。出来のよい、って――珍しいこと言うね」
 「そうか? 俺はいつもそう思っているがな」
 「……初耳だけど。オレ」
 「わはははは!!! 相変わらず仲いいな、親父さんとハヤトって」
 「おや、総隊長どの。それはそうさ。我が自慢の息子と俺はここらじゃ評判の仲良し親子だ」
 「……え。それも初耳だな、オレ」
 親父とリュウジは楽しそうに笑いあっていた。なんだかな。
 
 リュウジの手みやげのアイスを出してきて、親父に渡してやった。親父はリュウジに礼をしつつも、オレが食べたソーダ味がよかったとかって大人げないこと言ってたけど。
 「それで? 俺のいない間に変わったことはなかったか?」
 「ええと、パーツカタログを欲しいっていうお客さんが来たのと、あとは電話」
 「内容は?」
 「車検の問い合わせが1件と、広告出してる雑誌の編集さんから1件。あとは親父のお仲間からのご機嫌伺いが1件あった。メモはそこにとってあるから」
 「そうか、ご苦労」
 「あと、そこのメンテ中の単車、ちょこっと磨いて時間つぶしてた」
 親父はチョコのアイスをあっという間に片付けて、オレに頷いてみせる。
 やっぱりオレが食べるの、遅いだけなのかな……。

 「へえ。何だかんだ、やることってけっこうあるんだな、ハヤト」
 「それはそうだぞ、リュウジよ。毎日それなりに忙しいのだ、我が店は。間違っても昼寝する暇などまったくない程度にはな」
 って、親父。それは嘘だろ、とは思ったけど。一応のところは顔を立ててやろうかな。
 「まあ、忙しさは昇龍軒ほどじゃないけどね」
 「けど、ほかでバイトする余裕がない程度には手伝ってるんだよな、ハヤト」
 「そりゃそうだ。我が店はこれのほかに人手を雇う余力はないからな。それに、我が息子も他で働くほどの性根はないと思うぞ、俺は」
 「わはは。ハヤトが他で働いてるとこって、確かに想像できねえもんな」
 「……何とでも言って」
 まったく。ふたりにかかるとろくなことないんだよな、オレ。
 
 でもまあ、全力で否定できる要素も残念ながら見つからないし。だから別の切り口から攻めてみようかと。
 「あ~あ、ウチももうちょっと時給もらえたら助かるのにな」
 「お。ハヤトが贅沢言ってるぜ、親父さん」
 「まったくだ。どうせ金の使い道などそんなにないだろう? 我が血を引くわりに無趣味な息子よ。総隊長のように漫画好きなわけでも、親衛隊長のようにおもちゃ愛好家のわけでもないしな」
 「え――無趣味って。オレ、そんなことないと思うけどな」
 「おや、自覚がないのか?」
 親父はおもしろがるような視線でオレを見て、続けてこう訊いた。
 「ではお前の趣味は何だ?」
 「ええと――単車で走ったりとか……カスタムしたりとか……磨いたりするのもけっこう好きだし……ほかは……ええっと」
 話し出したはいいけれど。
 あれ? オレって――そんなもんなのかな? さすがにリュウジと親父には言えない密かな趣味のパチスロを除いたら、これ以上言葉が見つからなかったり。
 「わはははは!!! ハヤトらしい回答で俺は満足だぜ!!!」
 リュウジはひっくり返る勢いで笑ってるし。
 「ほれ見ろ。そんなところだろう? カスタム用パーツだって仕入れ価格で手に入るわけだし、ならば充分な時間給だと思わないのか?」
 親父は満足そうににやにやしてるし。
 なぜだろう。オレの心に涼しい風が吹いてくるのって、なんでなんだろうな……。

 「でもまあ、いいんじゃねえの? ハヤトはそれで」
 笑いをおさめてリュウジが言う。
 「趣味と実益、ってんだろ? こういうのは。実際ハヤトは将来、この店を守ってくんだろうし。なあ、親父さん?」
 「ほう、いいことを言うじゃないか。さすが総隊長リュウジだな」
 「本気で自分が好きなことは深く突っ込んで、あとは浅く広く、ってのもな。アリだと思うぜ、俺は」
 「あ――うん。リュウジがそう言ってくれると助かるよ、オレ」
 ちょこっと笑って見せてくれるリュウジにオレはこう返した。
 「まあ、俺の言いたいことはあれだな。浅くてもいいから、いろいろ楽しいって思えると得かもしれねえ、ってことだぜ、ハヤト。ほら、ノブオな。あれでも最近はウチで仕事するのが趣味だって言ってるぜ!!!」
 「なるほど。若いのは、なかなか見所あるな、リュウジ」
 「だろう? 親父さん。あいつ、けっこう頑張るんだぜ」
 「もしよかったらうちの唯一のアルバイトとトレードせんか?」
 「って親父!! 違うんだってば。ノブオは、『リュウジんとこで働くこと』が趣味なんだって。ウチじゃダメなんだよ、多分。っていうか、オレはそんなに役に立たない?」
 え~と。オレの立場って、一体……。



   * 7 *
 
 
 1学期も終わりの日を迎えた。
 手渡された通知票を見て笑い飛ばすリュウジを、『笑い事ではないだろう』と言って赤ジャージが出席簿の角で小突いたりしてた。
 ……まあ、それについては触れないようにしておこう、オレは。

 とにかく今日は一旦家に帰って、再度集合は夕方、昇龍軒。
 ダイゴがおもちゃ屋に仕入れに行くのだと言ったのに興味をそそられたリュウジが同行すると言い出して。だったらオレも行こうかな、ということになったんだ。
 当のダイゴは家の手伝いを済ませてからの行動になるらしい。
 で、オレは一足先に昇龍軒の2階、リュウジの部屋に遊びに来ている。
 リュウジの趣味コレクションの漫画ばっかりの本棚をあらためて見て、なんだか圧倒されてみたりして。
 
 なんとなくそこから数冊引っ張り出してきて、ぱらぱらめくりながらリュウジに話しかけてみる。
 「でもさ、気分いいよね、1学期の最終日って。わくわくする」
 「へえ。ハヤトがそんなふうに思ってるってのが意外だぜ、俺には」
 「そう? オレ、夏って好きだしね」
 「ああ――そうか。毎朝8時に起きなくてもいいもんな。夏休みだし」
 「って、そういう意味じゃないってば。何て言うんだろ。夏っていうだけで気分が盛り上がったりしない? 海からいい風吹いてくるし」
 「オウ、それは悪くねえな!!! 確かに夏の潮風は最高だよな。俺も海の近くに住んでてよかったって思うもんな」
 だろ? って目顔で訊いて、リュウジも頷いて。
 何だかんだ、夏の鬼浜町って悪くないよな、というふうに結論したオレたちの今日のおやつはスイカだった。商店街の八百屋さんで安くしてもらったんだってリュウジが言った。
 うん、やっぱり夏っていいよね。

 「今年の夏はな。ちょっとイベントあるんだぜ、商店街で」
 「え? イベント?」
 「まあな。今はここまでしか言えねえけどな」
 なんて、リュウジは含み笑いしながらスイカの種を飛ばしてる。
 「何だよ、気になるじゃん?」
 「わはははは!!! 商店街の人間以外にゃまだ内緒だぜ!!! だけどな、その参考になるかもしれねえ、って思ってな。それでダイゴに付いて行く気になったんだよな」
 「おもちゃ屋に?」
 「オウ――って、わはは。これ以上は言えねえけど」
 おそらくもうちょっと誘導尋問かけたら簡単に堕ちるとは思うんだよな。リュウジって極端に内緒話とか、秘密とかって苦手だから。
 けど、まあ。楽しそうなことは先送りでもいいのかな、って考えたから。オレはこれ以上突っ込むのはやめにしておいた。
 ……ほんとはリュウジが何かしゃべりたそうだったんだけど。

 そのまましばらく他愛のない話をしたりなんかしながら時間をつぶした。
 階下からはノブオの声が聞こえる。出前に行く挨拶をしているみたいだ。
 「あ、ノブオは今日も出勤だったんだ?」
 「ああ、そうだな。今さっき来たくらいだと思うけどな」
 「なるほど。相変わらず頑張ってるんだ」
 「最近、すげえんだよな、ノブオ。まるで将来、暖簾分けでも狙ってるような勢いだぜ」
 「あはは、まさか」
 「それが違うとすれば、ウチの後継者を直接に狙ってるか、って感じだな」
 「あはははは!!! それこそ、まさかだってば、リュウジ」
 けれどもリュウジは腕組みなんかしていて、それなりに本気の発言だったことを匂わせていた。

 時間つぶしに、ってことで読み始めた年代物の漫画だったんだけど、読み始めるとおもしろくて。ついその世界に引き込まれているオレ。
 SFものの少女漫画だった。オレも前世は異星人だったんじゃないか――なんて単純にも、うっかり思い始めてしまったころ。
 店から呼ばれてリュウジが出ていって、そのあとすぐにまた部屋に戻ってくる。
 「ハヤト、悪い。ちょっと出てくるわ。すぐ帰ってくるから待ってろな」

 言うが早いか、リュウジはハンガーに吊してあった店の上っ張りを羽織った。
 「何? どうかした?」
 「ああ。ちょっとお客から電話があってな。ほら、さっきノブオが出かけてったろ? 出前に」
 「うん、声が聞こえたね」
 「あれからしばらく経つよな――? ほんの近所なのに、まだ着いてねえんだって。なんか妙なんだけど、とりあえずお客に迷惑かかってるわけだからな。注文、急いで作り直してるとこだから、できたらひとっ走り行ってくるぜ」
 「なるほど。どうしちゃったんだろね、ノブオ」
 さあ、とリュウジが首を傾げたところで階下から呼ぶ声が聞こえてくる。
 「お、早いな。もう上がったのか。じゃあとにかく、待っててくれな、ハヤト」
 「うん、了解」
 オレはリュウジにそう答えて、ふたたび漫画の続きに戻ることにした。

 でも――なんか心配だよな。あのノブオがサボったりするわけないし。近所だったら迷うわけもないだろうし。
 事故にでも遭ったんじゃなければいいけど――なんて思ったところで乱暴に階段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。
 「おい、ハヤト!!! 大変だぜ!!!」
 振り返ればリュウジの慌てた表情がオレを見下ろしている。
 オレが訊き返すまでもなくリュウジが言葉を継いだ。
 「今、ダイゴから電話が来たんだけどな、河原の並木道んとこでノブオが足止め喰ってるらしい」
 「え――出前中に、ってこと?」
 「そうだ。ここへ来る途中に通りかかったダイゴが、奴らにノブオが囲まれてるのを見たんだって電話かけてきてくれてな。自分も加勢するけど知らせておこうと思って、って」
 「奴ら――暗黒?」
 「当然」
 言い捨てるように短く言って、リュウジは心底憎らしいという表情を作る。
 「ハヤト。加勢に行ってやってくれるか? 俺も出前終わったら駆けつけるから」
 心配ではあるけれど、やはり仕事も大事だから――というリュウジの姿勢だった。
 なるほど、商店の人ってそうなんだよな。

 オレはそういった意味でもリュウジを頼もしいと思って。だからこう返した。
 「リュウジ、それ脱いで」
 「ハヤト、こんな時に何を訳のわかんねえこと言ってんだ? ふざけてんのか?」
 「別にふざけてなんてないけどな、オレ」
 疑問符でいっぱいにした顔を、リュウジはオレに向けた。そしてオレはこう返す。
 「リュウジ。出前にはオレが行く」
 「え――? ハヤトが、か?」
 「ああ。近所だったらオレでも務まるだろ? こっちはオレを信じてくれていいから、リュウジはノブオのところに行ってやったほうがいい。出前だったら代行できると思うけど、そっちはオレじゃリュウジの代わりにはならないから」
 口早にリュウジに言い聞かせたら、リュウジは納得したみたいだ。
 
 「よし、そしたら頼むぜ、ハヤト」
 上っ張りの前ボタンをもどかしそうに外しながらリュウジがオレの肩をたたく。
 「うん、了解」
 そのまま脱いだ上っ張りをオレに渡してくれて、リュウジは急いで単車のキーをポケットに突っ込んだ。
 「そしたらハヤト、下で店主に話しとくからな。それ着たら出てってくれ。あと――注文はラーメンだからな、くれぐれもコーナリングにゃ気をつけてくれよな!!!」
 「うん、わかった。気をつけるから」
 オレが頷くのを見届けるとリュウジはふたたび階段を駆け下りる。
 オレは上っ張りのボタンを留めながら、リュウジの愛車の排気音を聞いていた。



   * 8 *
 
 
 目には見慣れた、昇龍軒の縫い取りの入ったお仕着せに初めて袖を通したオレは、ごく慎重に出前用のカブのハンドルをとる。
 荷台に据え付けられた岡持の中にはラーメンとチャーハン、それから餃子が入っている。
 リュウジがしきりに気にしていたオレのコーナリングは――常日頃の角度で入るとすれば、確かに商品にやさしくはない。
 だからオレは出来る限りの意識を荷台にやって、指示された遠くはない目的地に向かっている真っ最中。
 
 荷台にやった最大限の意識。その残りのあとほんのちょっとの部分では、今頃河川敷あたりで対峙しているであろうリュウジ以下オレの仲間と、暗黒一家の争いのゆくえを焦れるように思っている。
 一体、なんだってノブオが奴らに囲まれなくちゃならなかったんだ?
 普段だったらいざ知らず、仕事中のノブオに手出しするなんて、納得いかないよな。
 まあ――それもこれも奴らの生き様なのかもしれないけど。
 なんて考えていたら、いけね。うっかり曲がり角で減速を忘れるところだったよ。

 配達先は川の向こう。確かに昇龍軒からだと川沿いの並木道を通って国道に出るのがセオリーどおりだ。ノブオはその道を行ったところで暗黒一家と出くわしたみたい。
 とにかくオレが今現在求められているのは無事に出前をこなすことだから、川沿いを避けて一本内側の道から国道へ出ることにした。

 出前先のお客様のところに辿り着いたときには、オレは背中に妙な汗をかいていた。
 ……緊張してたらしい。単車に乗るのにこんな汗かくのって、初めてかもしれない。
 スタンドを立てて、岡持からラーメンとチャーハン、餃子を取り出して――よし、こぼしたりしないで持ってこられたみたいだ。なんだかほっとした。
 
 昇龍軒のお得意さんだというお客様は、大工さんだった。
 玄関先の呼び鈴を押して、中からの反応を待った。
 「おう、待ってたぜぃ」
 言いながら玄関を開けたのは、おじいさんだった。おそらくは棟梁なんだろうな。
 「ああ、大変お待たせいたしました。申し訳ありません」
 「おや? 兄ちゃん、見かけねぇ顔だな。新入りかい?」
 「いえ。臨時の手伝いなんです」
 そう答えて、玄関先にラーメンの丼を置かせてもらう。
 と、中から小さい男の子が走り出てくる。
 「おじいちゃ~ん、きたぁ?」
 「おう、今、届いたからな。腹へったろ?」
 「ああ、本当にすみませんでした」
 オレが頭を下げるのに、棟梁はまあまあ、と言ってくださって。

 けれども小さい男の子――棟梁のお孫さんかな? は、不思議そうな顔でオレを見る。
 「あれ、いつものおにいちゃんじゃないんだね~」
 「え――?」
 「いつものおにいちゃんは? きょうはこないの?」
 「こら、静かにしてろ。こっちの兄ちゃんも暇じゃねえんだからな」
 「いえ、そんなことないから大丈夫です」
 言って、オレは男の子の頭を撫でてやった。男の子はにこにことオレを見上げてる。
 「いやな、うちの孫が、ここんとこ配達してくれてた新しい店員の兄ちゃんに懐いてるもんでな」
 「ノブオに――」
 「うん!! のぶおおにいちゃん、ぼくとあそんでくれるんだ~」
 「ああ、そうだったんですか。ごめんね、今日はノブオ兄ちゃん、ちょっと忙しいんだ。今度のときはきっと来るから、待っててね」
 「うん!! じゃあこんどは、かくれんぼしてあそぼうっと」

 それから代金をいただいて――棟梁はおつりがないようにぴったり用意してくれていた――、オレはお辞儀をして、それから男の子にはばいばいと手を振って。
 ふたたび出前用のカブにエンジンをかけて、鬼浜町商店街に戻る。
 なるほど、ノブオって、いい仕事してるんじゃん、なんて思いながら走った。曲がり角で減速して、ああ、いま岡持は空っぽだからいいのか、と苦笑して。
 とにかくオレは急いで戻って、自分の愛車に乗り換えないといけない。
 今頃頑張っているはずの仲間たちと合流するために。

 無事に臨時店員の出前仕事を終えたオレは、昇龍軒に帰還した。
 店主――リュウジの親父さんに、お客さんからあずかった代金を渡して、カブのキーを返して。
 それと、着せられていたリュウジの上っ張りを返すためにリュウジの部屋に一度上がって、さっきまで読んでた漫画を本棚に戻して。
 そしてオレは店の裏に駐めておいた自分の単車に跨ってエンジンをかけたんだ。
 
 カブも悪くはないけれど、やっぱりオレにはお前が一番だな――なんて愛車に語りかけつつ道を急ぐ。
 行き先は鬼川河川敷。
 オレの仲間と宿敵とが睨みあっているだろう巷を目指して道を行く。
 さあ、急ぐからな、応えてくれよ――オレの問いかけに『YES』と返すように、愛しいオレのマシンはマフラーからいい音がする。まるで歌うみたいな音。
 
 オレたち鬼浜爆走愚連隊、そして相対する暗黒一家のふたつの勢力が睨みあう、いわばお決まりの場所と化した鬼川河川敷まで辿り着いた。
 ガードレールの際に単車を停めてあたりの空気を全身に受けようと試みる。
 土手の上から見下ろすと、わずかばかり設置された外灯からはずいぶん離れたところにその気配があるのを感じ取った。
 闇に紛れてうごめく、輪郭の判然としない何かの姿。
 夜の静寂を乱暴に蹴破るかのごとく低い周波数帯で耳に届く声。
 あそこか――オレは狙い定める視線を一点に向けてからひとつ頷いて、愛車のハンドルの向きを変えた。

 土手から降りる舗装路の切れ目から、砂利に敷き詰められた河原の道へ。
 ヘッドライトが照らし出したのはふたつの巨躯だった。
 最初は遠目で視認して、導かれるようにそれに近づいてゆく。
 ああ、激闘を繰り広げている後ろ姿はダイゴ、正面の敵はゴンタだ。
 何故だろう。はじめにダイゴの大きな背中が目に入ってきた瞬間にやけに安心だな、という気がした。
 まるで迷子の子供が父親の姿を見たとき、みたいな感じなんだろうか。オレにはそんな記憶はぜんぜんないけれど。
 信頼できる大きな姿が何かを守る、っていうのは、壮絶な中にもどことなく温かさに似たものを感じさせるんだと、だんだん近づいてくるダイゴの背中を見ながらおぼろに思う。
 
 争いという舞台に向けて焦点を合わせる前照灯。
 さながらそれはステージに向けて放たれるスポットライトに似て。
 まるで後光が差すように、巨漢は神々しくさえ目に写る。
 
 そのときを、オレのマシンの放つ青白い光源が至近距離で照らし出そうとしていた。
 ダイゴが祈りにも似て天に大きく腕を振りかぶり、すべての念を込めた手刀をゴンタの脳天に振り下ろす。それにとどまらず、すぐさま腕を退いて追い縋るように、堅く握った拳を敵の腹にめり込ませる。
 そしておとずれたその瞬間を――。
 
 「ぐ――おッッッッ……っ」
 くぐもった呻きが、倒れ臥して地面に密着した敵の口から零れた。
 「押忍」
 振り返ったダイゴの顔をオレのヘッドライトが夜に浮かび上がらせた。
 いつになく、いくらか見開かれたままの眼が闘いの興奮の現れのようだ。

 「ダイゴ、ご苦労」
 リュウジの声が鬼浜爆走愚連隊一の偉丈夫をねぎらうのをオレは誇らしく聞いていた。
 ダイゴと並び称されて風神・雷神と言われることが、やけに晴れがましくもある。



   * 9 *

 
 1学期の最後の放課後は騒々しく、ある意味いつもの通りに幕を閉じた。
 オレたち鬼浜爆走愚連隊がいかに平和な日々を送っているように見えても、ときにはこんな、暗黒一家との諍いが起こったりする。
 けれども、だからこそ程々に『気合い』が入るんだな、とも思う複雑な部分もあったりして。

 出前の途中で暗黒一家と鉢合わせして、揉め事になってしまったノブオ。
 通りがかりにそれを見て、リュウジに報せたのがダイゴ。
 総隊長としてその場に急行したリュウジ。
 そしてオレは、ノブオの代わりに出前を届けて。

 諍いは、ダイゴの拳が敵のゴンタを倒して終結を迎えた。

 暗黒一家の引き上げたあとの河川敷では、ノブオがオレたちに向かってぽつりぽつりと事情を話し出したところだ。 
 「並木道で奴らがたむろしてたんっスよ。オレ、深く考えずにその前を通って、ですね。その直後に国道に出るひとつ手前の信号に引っかかったのが運の尽きだったんっス」
 「信号? ああ、奴らが追ってきたんだ」
 「そうなんっス、ハヤトさん。信号待ちしてたら囲まれちゃって」
 「それで難癖をつけられていたわけだな?」
 「みたいだね、ダイゴ」
 ノブオはこくりと頷いた。
 
 そこまで淡々とノブオの言を聞いていたリュウジが口を開く。
 「奴ら、なんて言って来たんだ? ノブオ」
 「えっと……そのう。今から予告どおりに昇龍軒に行くから兄貴に連絡しておけ、ってコウヘイが言ったんっス。で、例の木刀を振り回すもんですから、オレ、つい――武器持参はお断り、って言い返しちゃって。そしたら奴が、客の持ち物にまで口を出すとはいい度胸だ、なんて言いがかりつけてきたんっスよ……」
 どこか言いにくそうにノブオが応える。それを聞いたリュウジは半ば呆れてこう放った。
 「まったく、奴らときたらろくなことを言い出さねえよな」
 「ほんとだね。幼稚にもほどがあるっていうか」
 「こちらが困ることを仕掛けるのが暗黒一家の常ゆえ、な」
 ダイゴもオレも、リュウジと思うところは一緒だった。何もノブオが悪いんじゃないんだよな、っていう。
 
 まだちいさくなっているノブオはこう続けた。
 「オレ、自分の単車だったらがんばったかもしれないっスけど。でも、カブだと排気量が格段に違うわけだし。それよりも、オレ、そんな場合じゃなかったんっス……」
 「そうだよね。仕事中だったんだもんな、ノブオは」
 「押忍。奴らの遊びに付き合う義理は皆無ゆえ」
 「ええ――何より商品が大事でしたんで。でも、結局はお客様に届かなかったんっスもんね……。店主様の心づくしが」
 ノブオは心底せつなそうな顔で、際に駐めたカブの荷台の岡持に視線を落とした。
 「兄貴。オレ――店主様にしかられちゃいますよね。謝ったら許していただけるでしょうか……」
 「ノブオ。そんな顔するなや。俺から説明してやっから、元気出せな?」
 「あ――兄貴。そんな。オレ……」
 せつなそうな、それでも嬉しそうな。何とも言えない表情をノブオはリュウジに向けている。なんだか小動物みたいな目をしてるな。
 
 オレもちょっとだけ動いてみようか――ノブオの前に立って、岡持のふたを持ち上げる。
 「そしたら、今日の出前代行のギャラってことで、ノブオ。これ、食べていい?」
 「ハヤトさん……?」
 「ほら、お客様にはちゃんと新しいの届けたし。このまま店に下げるのもアレだろ? ラーメンはキツいけど、チャーハンと餃子はちょっとくらい冷めても平気だしね」
 なんて言ったら、ダイゴも乗ってきてくれる。
 「俺も腹が空いてきたゆえ。ハヤト、分けてもらってもよいか?」
 「うん、もちろん。あ、箸あるよ」
 「どうも」
 そしてダイゴとオレとは、ノブオにお構いなしに、受取手のなくなったチャーハンと餃子をいただくことにしたんだ。
 「うまいね、ダイゴ。オレ、昇龍軒のチャーハン、久し振りだな」
 「確かに。いつもラーメンだしな」
 ほとんど真っ暗な河川敷で食事っていうのも変な話だけどね。

 そんなオレたちを見ながらリュウジは言った。
 「ハヤト、ダイゴ。今日は助かったぜ」
 「ん? 何を改まったこと言ってるんだ、リュウジ」
 「だってそうだろう? ハヤトにはウチの店の信用を、ダイゴにはウチの従業員を守ってもらったんだしな!!!」
 「あはは、そんな大したことしてないって」
 これはオレの本当の気持ち。隣でダイゴも頷いている気配がする。
 「ノブオ。俺らんとこの双璧――風神雷神は頼もしいな」
 「ええ――ええ、兄貴。オレ……感激っス」
 いい加減暗いからよくわからないけど、ノブオは泣き出しそうな声音だった。
 ……なんか照れるね、なんてダイゴと間近に視線を交わす。
 
 そしてリュウジはノブオを正面から見てこう言った。
 「ノブオ。こないだは悪かったな」
 「……何がっスか?」 
 「ほら、あっちのモヒカンとこないだ揉めたって言ってたよな。そんときに、お客を拒むのは良くないって言っただろう?」
 「ああ、そうだったっスね……兄貴」
 「いくら客はえり好みしねえって言ったって、あんな風にちょっかい出されたらたまんねえよな。あいつらにウチにラーメン喰う資格はねえぜ」
 さっきまで単に呆れていた様子だったリュウジが、それに思い至ったとたん、さも腹立たしげな口調に変わったのを感じた。

 ノブオは『わかってくれて有り難い』とでも、リュウジに感謝の言葉を返すんだろうと思ったオレだったけれど――ノブオの口から静かに、けれども決然と語られたそれは意外なもので。
 うん、オレたち、みんなびっくりした。
 「そんなことないっス、兄貴。オレはやっぱり昇龍軒のラーメン、どんな人にでも食べてほしいって、そう思ってるんで」
 「――ノブオ?」
 「だって、昇龍軒のラーメンは天下無敵の最強っスからね。ある意味、奴らが食べたらノックアウトできるはずっスから!!」
 なんだ、しっかりしてるじゃん。
 ノブオって、こんなに意志の固い男だったんだ。
 「リュウジ。ノブオをこのまま短期バイトにしとくのもったいないね」
 オレがそう感想したら、リュウジはわはは、と大きく笑った。

 「ああっ!! こんな場合じゃないっス!! 兄貴、オレ店に戻りますんで」
 突然思い出したように――リュウジが笑う声とわざと被るようなタイミングでノブオは慌てて立ち上がる。
 「お、そうか。ノブオはまだ仕事中だったもんな」
 「ノブオ、ごちそうさま。皿、空いたから」
 「旨かった。ラーメンまで食えなくて申し訳ないのだが」
 ダイゴとオレは、完食したチャーハンと餃子の皿を岡持に戻した。シートに跨ったノブオがエンジンをかける。
 その前に立ってリュウジが言った。
 「俺、店主に電話しといてやるから。ノブオは悪くねえってな。心配いらねえぜ!!!」
 「いえ、兄貴。大丈夫っス。オレ、自分で説明できますから。何でもかんでも兄貴に頼ってばっかりじゃ、オレ情けないっスもん!!」
 そう返して、ノブオはものすごくいい顔で笑った。
 
 「そしたら兄貴、手を煩わせちゃってすみませんでした。休日、満喫しちゃってくださいっス」
 「オウ、そうか。んじゃそうさせてもらうぜ」
 「ハヤトさんもダイゴさんも、本当にありがとうございました。今度オレのおごりで、のびてないラーメン食べにきてくださいね~!!」
 了解、と手を振って、ノブオを送り出す瞬間に思い出してオレは声を張った。
 「そうだ。大工さんとこの男の子、ノブオに会うのを楽しみにしてたよ」
 「あ、ありがとうございます、ハヤトさん!! オレ、明日は出前なくても顔見せに行ってくるっスね」
 それだけ言って、ノブオは大急ぎでカブを駆って遠ざかってゆく。
 見守るオレたち3人は、なんだかえらく頼もしくなったノブオの背中が見えなくなるまで目で追ってた。

 結局は時間的に間に合わなくて、当初の計画だったダイゴ行きつけのおもちゃ屋さん特攻は次回送りとなった。
 代わりと言ったら何だけど、真夏を前にした海沿いを軽く走ってみようかってことになって、オレたちは3人で夜の国道へ。
 すっかり夏の風が道をゆく。1学期の最終日ならではの開放感が包んでくれるような。
 
 今日からしばらく放課後はおあずけになるけれど。
 それぞれの昼間の時間を終えた夜の時間、こうしてみんなで集まるってだけで楽しいんだろう――そんな風に思うだけで、夏の日々への期待がふくらんできていた。



   * 趣味的放課後の過ごし方 完 *
 
 
 

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