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これまでのおはなし

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若手強化計画 

   * 1 *


 気付いてみれば、夏休みも残りあとわずか。
 リュウジ以下のオレたちは、鬼浜工業高校野球部の森園主将のお招きを受けて、野球部合宿の最終日の打ち上げの宴に参加していた。
 公立高校っていうこともあって、鬼工の運動部の合宿といったら学校で行うのが常。野球部も例に倣っているので、合宿打ち上げももちろん学校の中で開催だ。

 プールの横の藤棚の下で、肉の焼けるいい匂いが漂っている。
 「さあ、どんどん食ってくれたまえ、リュウジ。それからお仲間の皆さんも」
 「オウ!!! 森園、遠慮なくいくぜ!!! ほら、お前らもありがたくいただくぞ!!」
 「押忍!!」
 なんて言いながら、オレたちは野球部の面々と入り混じって、宴に興じることとなった。
 ちなみに、メニューはバーベキューだ。

 「で、どうだったんだ? 夏の合宿は」
 野球部の1年生に盛ってもらった肉を箸でつつきながら、リュウジは森園主将に訊いている。
 「ふふふ、なかなか成果あるものだったよ、リュウジ」
 「そうか。それならいいやな。ああ、そう言えばこの夏は、俺らも合宿したよな?」
 「ああ、鬼浜寺のことだ。あれはあれで成果あったな」
 オレはリュウジに頷いた。
 「そう言ってもらえれば俺としても幸いだ」
 と、ダイゴが返す。

 「そうか。ならお互いよかったな」
 「おうよ!!」
 言い交わしながら、リュウジと森園主将がコーラの入った紙コップで乾杯するのを見ていた。

 「ときに──リュウジよ。お前のとこの若いのは、どうかしたのか? 顔が幾分腫れているように見えるが」
 「ん? ノブオのことか? ああ、あれはな──」
 
 肉を焼く鉄板の前で野球部の1年生諸君に混じって立ち働いているノブオに目をやりながら、リュウジが答えた。
 「昨日の夕方、ハヤトんちの店──ああ、バイク屋なんだが、そこへ向かう途中に暗黒水産の輩に因縁つけられて、喧嘩を買ったらしいんだよな」
 「ああ。オレんとこに来たときは、ぜんぜん目も開かないような悲惨な感じだったぜ。あれでも昨夜よりはマシだな」
 「ほう、そんなことがあったのか」
 顎に手をやりながら、森園主将はノブオのほうを見る。

 「リュウジのとこの若いのは、ずいぶんと血気盛んだな」
 「まあな。その、喧嘩っ早いのが玉に瑕って気もするんだがな」
 苦笑混じりにリュウジが答えた。

 森園主将が言うとおり、今日のノブオは顔を腫らしている。
 昨夜、裏通りで行き会った暗黒一家のゴンタと一戦交えた結果がそれだった。
 単車のウインカーの電球が切れたのでウチの店まで来ようとして、途中で鉢合わせしたゴンタに睨まれただか何だかで、つい手を出したら返り討ちに遭ったのだとか。

 「でもな、森園。ノブオは打たれ強いのが俺の自慢だぜ。ノブオは誰に何度やられても、とにかく再び立ち向かっていく勇気があるのを俺は買っているんだ」
 「ほう。それは見上げたものだな」
 「おうよ!!! まだあと一歩というところの成長過程だが、そこんとこは認めるよな、ハヤト、ダイゴ?」
 「押忍。もちろん」
 「ああ。実際ノブオはよくやってるよ。ときどき信じられないような凄い技出すし」
 リュウジがノブオに期待しているのを、ダイゴもオレも知っている。リュウジが言うように、ノブオはあと少し突き抜けたらかなり強くなるとオレも思う。

 「奇遇だな、リュウジよ」
 と、森園主将は、肉をあぶっている後輩たちの方に目をやりながら言う。
 「うちの1年生にも、将来有望だがあと一歩ってのがいる。ああ、うちのエースのことだけれど」
 「エース……投手か?」
 「その通り。天宮といって」
 森園主将が指さした先にいたのは、先だっての試合のときにピッチャーマウンドを定位置にしていた彼だった。そう大きくはない体つきに、やんちゃそうな瞳をもった彼。
 
 「天宮は、普段はいい投球センスをしているのに、一度打たれはじめると精神的に追いつめられるようで。まあ、打たれ弱いってことか。おたくの若いのと逆といえば逆かな」
 森園主将は苦笑いでリュウジを見ている。
 「とにかく、あと一歩というのは同じだな。その成長を見守るのが先輩冥利に尽きるというか」
 「おお、森園!! まさにその通りだよな。けどよ、実際即戦力になってほしいと思わねえか?」
 リュウジは森園主将にこう切り出した。

 「ふふふ、まあそれは望ましいがね。そう一気に成長したら苦労はないさ、リュウジ」
 「まあな、そう急には望めねえだろうが、それでも森園よ。俺にひとつ策がある。乗る気はねえか?」
 「策──?」

 森園主将に聞き返されて、リュウジは胸を張るようにしてこう答えた。
 「こんど、浜でビーチバレーの大会があってな。俺、それにノブオを出そうと思っているんだ」
 「ほう? ビーチバレー」
 「ああ。たまには別の面から鍛えさせるのもいいんじゃねえか、ってな」
 「ふむ。別の切り口から、ね」
 縁なし眼鏡の奥の森園主将の瞳がきらりと光った。
 「なるほどね。視点を変えるのは悪くないかも」
 
 奇しくも似たような懸念を抱くリーダーふたりが共謀するのを、止められるものは誰もいないはず。
 リュウジの策とやらは初耳だけど、オレは秘かにノブオに憐れみの目を向けた。
 きっと──ただごとじゃすまされないんだろうな。



   * 2 *


 「おい、ノブオ!! ちょっと来いや」
 「ん? あ、は~い、兄貴!!」
 「天宮、おまえも来たまえ」
 「何スか? 主将」
 そう呼ばれ両チームの1年生ふたりは、バーベキューの鉄板に入れた焼きそばをほぐす手をとめて駆け寄ってきた。

 リュウジの横にノブオが、簡易テーブルをはさんで対面に鬼工野球部の森園主将とエース・天宮くんとが陣取る体勢。
 そこでリュウジが切り出した。

 「なあノブオよ。お前さっき、俺に言ったよな? もっと強くなりてえって」
 「はい、兄貴。オレ、兄貴みたいに誰より強くなりたいっス」
 リュウジに問われ、ノブオは緊張した面持ちで答えた。

 「ときに天宮」
 「はい?」
 「おまえはどうだ? 愚連隊の若いのみたく、天宮も強くありたいのか?」
 「それは──そうです。主将」

 「では、決まりだな。リュウジ」
 1年生ふたりが幾分訝りながらではあるが答えるのを聞いて、森園主将は微笑んだ。
 「オウ!! じゃあさっそく手続きだぜ。ダイゴ、お前字、上手いよな? 悪い、これ書いてくれ。エントリー用紙だ」
 「押忍」
 言ってリュウジは、ダイゴに書類とボールペンを渡した。
 
 「ええと……兄貴? オレ、いったい何にエントリーするんスか?」
 急なやりとりに、当然のことのように不安な顔をノブオは見せる。
 「わはは、何だっていいじゃねえか? な、ノブオ!! お前が強くなるために必要な経験を俺がさせてやろうと思ってるだけのことだ。それに、同級のよしみの天宮が一緒なら、何も心配ねえだろ?」
 「え──天宮? なんか聞いてる?」
 「いや、何も……。主将?」
 「ふふふ。ノブオ君と天宮はね、これから試練を受けてひとまわり成長するのだ」
 ──あまり親切ではない森園主将の説明。当事者ふたりはさらに混乱した表情を見せた。

 「リュウジ、完成だ」
 「オウ、ダイゴご苦労。と、いけね、締め切りまであと30分じゃねえか。おい、ハヤト!! 書類はお前に頼めるか?」
 「オーライ。了解!!」
 そんなわけで、オレはエントリー用紙を受け取ってから、単車を置いてある駐輪場まで走っていった。
 だから、リュウジがノブオと天宮くんに何と説明したのかを知らない。
 うまく説得できてるといいんだけど……。
 
 浜の近くにあるビーチバレー実行委員会とやらのプレハブ小屋に書類を無事提出し終えたオレが学校まで戻ってみると、野球部の合宿打ち上げバーベキューはもう終わっていた。
 すっかり片づけも終了しており、リュウジひとりがオレを待って、藤棚の下のベンチに座っている。
 「お、ハヤトごくろう!!」
 「うん。無事手続き完了だ。で? ノブオはOKした?」
 オレはリュウジの横に腰掛けた。

 「ああ、まあな」
 リュウジはすこし眉間にしわを寄せる。
 「あはは、ゴネたんだ、ノブオ」
 「まあ、多少はな。でもよ、ノブオが俺の特訓を拒めるわけねえだろ?」
 「ごもっともです」
 
 「ところでリュウジ、なんでビーチバレーなんだ?」
 「なんで、と言われてもな。ほんの思いつきだ」
 笑い顔でリュウジは答えた。

 「こないだ浜を通りかかったときに看板見つけてな。面白そうじゃねえかと思って、資料をもらって読んだんだ。ルールとか書いてあるやつな。そしたら、こりゃノブオ向きだな、と」
 「どんなとこがノブオ向きなんだ?」
 「選手はたった2人のみ、しかも交代要員が使えないところだ。な、ハヤト。ノブオの奴があんな喧嘩っ早いのは、きっと俺らがうしろに付いてるからだと思わねえか?」
 「え──考えたこともなかったけど」
 言われてみればそうかもしれない。ノブオが争いに負ければ、誰かしらが加勢に行ったりするものだ。

 「正しい判断で、行けるときにだけでいい。『その時がきたら自分が決めてやる』っていう気持ちを育ててやったら、ノブオはもっと強くなるんじゃねえかなあ、ってこないだから思ってたんだ、俺は」
 リュウジは遠くを見ながらそう言った。
 「へ……え」
 
 なんか凄い、とオレは素直に思った。
 リュウジは真剣にノブオの成長を考えている。
 総隊長の称号はまったくもって伊達ではないのだと、改めて強く感じる。

 「そうだな。それはノブオのためになりそうだな」
 「だろ? だよな、ハヤト!!!」
 オレが賛同すると、リュウジはうれしそうな声を出した。リュウジは感情表現がストレートだな。

 笑顔のまま、リュウジはオレの顔をのぞき込む。
 「実はな、ハヤト。さっき森園とあんな話しをするまで、俺はノブオとハヤトで出場したらいいんじゃねえかと思ってたんだぜ」
 「え? オレ? 聞いてないって」
 「だって、言ってねえもん。ハヤト、出たかったか?」
 「い、いや、オレはちょっと……」
 オレ、あんまり球技は得意じゃない。もちろんリュウジもそれを承知だ。

 「だろう? だから俺はハヤトを出してみたかったんじゃねえか。たまにはカラダ張るのも必要だし。残念だったなあ」
 「え~と……オレ、天宮くんを応援しようっと」
 苦笑いでオレは言った。
 リュウジの心情に素直な表情は、残念な気持ちをもろに表している。
 やれやれ──危ないとこだったらしいな、オレ。



   * 3 *


 ノブオたちの特訓という大義名分のもとに、オレたちは連日を浜で過ごしていた。
 鬼浜で開催されるビーチバレー大会に選手として出場するノブオと、鬼工野球部のエース・天宮くんの2人を温かい目でオレたちは見守っている。
 オレたちとは──リュウジとダイゴとオレ、それから野球部の森園主将だ。
  
 水着姿で浜にいるにもかかわらず海に入るでもなし、サンオイル塗るでもなし──の、有り体に言って柄のよろしくない集団が必死で声を出しながらボールを追いかける姿ってのは、普通に怪しいかもしれなかった。

 数日来、こんな格好でお天道様の下にいた柄のよろしくない集団は、揃って健康的な肌の色になっている。数年ぶりに日灼けをしたオレが思うに、それはそれで怪しいような気がするなあ。
 まあ、夏も終わり近いということで、見ている海水浴客はだいぶまばらになってきていたけど。

 さて、試合本番を翌日に控えた夜のこと。
 最後の特訓とばかりに、オレたちは日中の練習のあと一旦解散して、日が暮れたころにふたたび浜に集まっていた。

 「さあ、お前ら!! ここが正念場だぜ、気合い入れてけや!!」
 「オス、兄貴!!」
 「了解です」
 リュウジの掛け声に応えるノブオと天宮くんの若手ふたりは、すでに猛特訓の成果でかなり動きが機敏になっていた。たったひとつの外灯と、国道をいく車のヘッドライトが頼りという暗がりの中、自信満々に応えてくる。
 
 「ふふふ、用意はいいかい? ふたりとも」
 「はいっ!! 万全っス!」
 「いつでもお願いします」
 相次いで答えたふたりに森園主将が繰り出したのは、バットで打ったゴムボールだ。

 「ノブオ君、腰がひけてるよ」
 「はいっ! すみません」
 「天宮、フォローを忘れるな」
 「わかりました」
 森園主将は次々とピンク色のゴムボールを打ってはふたりに受けさせる。
 廃部状態だった野球部を一から引っ張ってきた森園主将の指導力を目の当たりにして、オレたちはすすんで球拾いに精を出したりしながら、特訓を見守っているのだ。

 「しかし、あんな小さいボールでよくやってるよな、ノブオたち」
 「まったくだ。あれを追うとなると瞬発力がものを言うからな」
 答えながら、ダイゴは転がった球を森園主将の横を守るリュウジに投げ返している。

 「けどさ、ずいぶん反応よくなったよな、ふたりとも」
 「ああ。昼間、実際の球でやったときはもういっぱしのものだったし」
 「オイ!! ハヤト、球そっち行ったぜ!!」
 「あ──はいはい」
 転がるボールを追いかけて、オレはリュウジに返球した……のだが、狙いは大幅にそれてボールはリュウジの遥か後方へ飛ぶ。

 「って、ハヤト!! どこ投げてんだ?」
 「わはは、悪い、リュウジ」
 「もう、やっぱりお前こそ特訓要るんじゃねえか? ダイゴもフォロー頼むぜ」
 「押忍、すまんです」
 「とにかく、スイカ1ダースがかかってるんだからな!!!」
 「オ~ス」
 リュウジの腹の底からの声がオレを、ノブオを、天宮くんを叱咤した。

 スイカ1ダース──これがここ数日のリュウジのココロを占める言葉であるようだ。
 なんでも、ビーチバレー大会の優勝者副賞がコレなんだとか。

 「よし、それじゃ少し休憩するか、ふたりとも」
 汗ばんだ額を拭いながら、森園主将がそう言った。
 「はい!!」
 ノブオと天宮くんは同時に答える。
 「おし!! それじゃ少し休んだあとは、実戦だな。俺と森園が組むから、ノブオも天宮も全力でかかってこい」
 「ふふふ。それは面白そうだな。ふたりとも、やるからには本気だよ、俺たち。そしたらリュウジ、作戦タイムだ」
 「おうよ!!」
 そんなふうに言い交わしながら、リュウジと森園主将はすこし離れたところに肩を組みながら移動する。
 
 「あらら、大将ふたりはやる気だね」
 「ですね、ハヤトさん。オレ、なんか怖いな……」
 「だな、ノブオ。主将の目が光るのが暗くてもわかったし、おれ」

 怖れをなすふたりに、ダイゴが声をかける。
 「ノブオ、天宮。何か飲むか? 買ってきてやろう」
 「ダイゴさん、ホントですか? すみませ~ん」
 大きく頷いて、ダイゴは遠くの自販機を目指していく。途中、リュウジたちの注文も聞いていたようだ。
 
 「ねえハヤトさん、なんか作戦とかありませんかね?」
 「作戦──か」
 ノブオに訊かれて、オレは腕組みなんかしてみる。
 「そうだな、見た感じ、森園主将はウラをかくのが巧そうかな。で、リュウジは直球勝負派だから、なかなか穴がないかもね」
 「そうですね、ハヤトさん。主将のウラをかいたつもりがリュウジさんの真っ正面に出そうですから」

 「ん~、困ったな、天宮」
 ノブオが情けない声を出す。
 「兄貴、そんなにスイカに拘るんだったら自分でエントリーすればいいのに……」
 「ははは、ノブオ。何もリュウジはスイカが欲しいだけじゃないさ。な、天宮くん?」
 「ええ、そうですね。きっと愛です。自分にはわかりますよ」
 「も、もちろんオレにもわかってるっスよ!!!」
 あわててノブオが言うのを見て、オレは天宮くんとふたりで吹き出した。

 「とにかくやれるだけやってみよう、ノブオ。おれたちだって随分鍛えられただろ?」
 「オス!! 天宮」
 さすがに天宮くんはエースの度胸があるらしい。けど、度胸ならばノブオもきっと負けないだろう。
 ダイゴがジュースを抱えて戻ってくるころには、ノブオと天宮くんは砂浜に座り込んで、何やら作戦会議を開いていた。



   * 4 *


 「よし、それじゃ真剣勝負だぜ!! いくぞ、ノブオ、天宮!!」
 「オス! 兄貴、お願いしま~す!!」
 リュウジの掛け声で最終特訓が始まろうとしていた。
 ノブオは幾分緊張した声を出し、野球部エースの天宮くんは相手コートの先輩ふたりを見据えている。

 「ふふふ、少しは手加減してやろうか?」
 「いいえ主将!! 全力で頼みます」
 「オウ、天宮!! いい心構えだぜ」
 言いざま、リュウジはサーブを放った。

 夜の闇に、すこし小さいバレーボールが白く浮く。まるで満月みたいだ──なんて思いながら見守るオレ、そしてダイゴ。
 鬼浜爆走愚連隊と鬼工野球部、2チームの若手を育成しようという発想から始まった今回のビーチバレー大会への挑戦に至る特訓は、今や大詰めだった。
 本番前夜の最終特訓は、若手チーム対大将チームの練習試合だ。
 オレとダイゴは覚えたばかりのルールを思い出しながら、ジャッジ役に回っている。

 ビーチバレーはラリーポイントシステムの3セットマッチ──1、2セットは21点、3セット目は15点先取だ──、選手は2人で、控え選手は認められていない。決まったフォーメーションもないため、コート上の選手はとにかく多大な運動量を要求されるのだ。

 ここまでの練習量と明日への影響を考えて、この練習試合は1セットのみとリュウジがあらかじめ決めていた。だから、次のセットがあるからという甘えが一切通用しない。
 それもあって、若手の意地と大将の自尊心が開始直後からぶつかり合っている。

 「よ~し、森園。決まったな!!」
 「まあね。これくらいお手の物さ、リュウジ」
 スパイクを決めた森園主将が、颯爽とリュウジとハイタッチ。

 「くそ~、天宮、ごめん。次は取るから、オレ」
 「ああ、ノブオ。でも今のはおれのフォローが遅かった。すまん」
 「いや、そんなことない。さ、次来るから切り替えていこう、天宮!!」
 「だな」
 ノブオと天宮くんは互いを励まし合う──そして、信じあう。
 
 「へえ。なかなかいいチームワークが生まれてるじゃないか」
 ふたたびリュウジのサーブで始まる戦況を見守りながら、オレはダイゴに言ってみる。
 「ああ、そうだな。相手が強いほど、やられるほど燃えるからな、ノブオは。察するにおそらく天宮もそうなのだろう。相乗効果だな」
 「へえ。ダイゴ、鋭いこと言うね」
 
 なんて言っているうちに、今度はノブオのトスを受けた天宮くんの、敵陣コートのど真ん中へ叩きつける攻撃が見事に決まる!!
 「うわ~、やったぁ!! 天宮かっこいい!!」
 「どうも。でも今のはノブオのトスが絶妙だったから」
 言いながら、相手コートに見せつけるように今度は若手チームがハイタッチ。

 「おお、挑発してるな」
 「ははは、ほんとだ。勇気あるなあ、ノブオも天宮くんも」
 そうオレはダイゴに答えて、波打ち際付近まで転がっていったボールを拾いに走った。
 砂に足を取られて、走りにくいことこの上ない。この状況でさんざん走り回っているんだから、ノブオもよほど足腰強くなったんじゃないかな。
 
 結局、練習試合は最後にジュースまで縺れ込んで、結果24-22で大将チーム──リュウジと森園主将側──が若手チームを下した。
 「ふう。どうにか面目が立ったな、森園よ」
 「まったくだね。こんなに接戦になるとはね」
 リュウジも森園主将も、息を弾ませて言う。
 
 「お前ら、よくやったぜ。ずいぶんよく動けてたじゃねえか!!」
 「兄貴……オレ悔しいっス」
 「ふふふ、その闘志、いいね。ノブオ君」
 「主将!! ぜひもう一本お願いします」
 天宮くんは不屈の思いを口にする。ノブオも頷いていた。

 「わはは、受けてたつ、といいたいところだが、天宮よ」
 ペットボトルの水を口に含みながらリュウジが笑う。
 「最初に1セットだけと決めただろ? ならばそれなりの作戦とかペース配分ってもんがあるんだぜ。わかるだろう?」
 「あ──」
 リュウジに言われて、天宮くんがはっと口をつぐんだ。

 「そうだ、リュウジの言うとおり。そのへんの策略を巧く立てることも必要なのだよ、天宮。野球で言えば、打たせるところは打たせる、自ら決めるところはきっちり決める、の見極めはきっちりと、だ。試合中の俺のリードは、そのあたりも考慮しているのだ」
 夏の県大会でベスト4に入った鬼工野球部の捕手が、1年生エースにこう諭す。
 エース・天宮くんは神妙な顔つきで森園主将を見つめていた。

 「ノブオもわかるか? 森園が言った意味」
 「えと、そうですね……」
 「常に進んで仕掛けりゃいいってもんじゃねえ、ってことだ。自分が行きたい気持ちもわかるが、状況を見てどうするか選ぶのも大事だぜ。それに短期決戦になるか、総力戦に展開しそうかって考えると、自然と出方も変わってくるしな」
 「あ、兄貴──そういうことですか」
 リュウジの言葉をカラダにしみこませるように、ノブオは大きく息を吸った。

 「いいか? ノブオの代わりはいねえんだ。だからお前が最大限にチカラを出すにはどうすべきかを常に考えとけや。明日の試合に限らずな」
 「そうそう。天宮もだよ。鬼工のエースは天宮ひとりだ。ほかに投げられる者もいるが、ほかの者はエースではないのだから」
 総隊長リュウジと森園主将の言葉を、若手ふたりはただただ黙って頷きながら聞いている。
 
 静寂の中で、夜の海の波音がやけに大きく鼓膜を揺らした。



   * 5 *


 明日の試合の作戦会議がてらもうすこしボールを触っていたいから、というノブオたちを残して、オレたちは浜を後にした。
 すぐに帰ってもよかったのだが、このまま放っておくには何となく若手ふたりのことが気になって、浜の近くのファストフード店へ立ち寄ることにした。

 「なあ、森園よ」
 「何? リュウジ」
 ハンバーガーとコーラを交互に口に運びつつ、リュウジは森園主将に訊いている。
 「あの、何てんだ? 野球の試合中に投手と捕手で手話みたいの、やるだろ?」
 「ああ、サインのことだね」
 それそれ──というふうにリュウジは口をもぐもぐやりながら頷く。

 「サインがどうかした?」
 「いやな。あれって便利そうだなと思って」
 「便利というか、マウンドへの作戦伝達の手法はそれしかないからね。『次は1本外して』なんて、口に出しては言えないから」
 「ふうむ……」
 なんて、リュウジは天井を仰いで唸っている。

 「サインってのは、投手は絶対服従なんだろ?」
 「まあね。基本的には。もっともうちのエースはときどき俺のリードに刃向かうけれど」
 「ああ、それがさっき森園主将が言ってたことだ」
 「そうだよ、相棒さん」
 オレが口をはさむと、森園主将が肯定する。
 
 「配球を決めるのは、捕手の仕事だ。少なくとも投手よりは冷静だから」
 なるほど、なんてオレたちはそろって感心していた。

 ファストフード店のガラス越しに、夜の海が広がっている。
 残念ながらノブオたちのいるはずの浜は死角になっているのだが、きっと今ごろまだがんばってるんだろうな。

 「あ~、なんか半端に食うと満たされねえな」
 残ったポテトを摘みながら、リュウジが言った。
 「ってリュウジ、ハンバーガー2個食ったじゃん? それで半端なんだ」
 「当たり前!! 育ち盛りだからな。俺、もうちょっと食うわ。何かいるか?」
 そうリュウジはダイゴと森園主将に訊いた。
 「俺は結構だな。もう満腹」
 「押忍。俺も帰ると食事があるので」
 「そうか。ハヤトは?」
 「ああ──ちょっと見に行く」
 そう答えて、オレはリュウジと連れだってレジへと行った。

 「何だ、ハヤトは腹一杯かと思ったぜ」
 「うん。オレはもういらないけど、ノブオたちに差し入れしてやろうかと思って」
 「おう、気がきくな!!! よし、ハヤト。それなら俺がおごってやろう」
 顔をほころばせてリュウジが言った。

 「え~と、テリヤキチキンバーガーとチーズバーガーとコーラの大きいやつをを2個ずつな。あとポテトも2個。それは持ち帰りでよろしくな。で、あとダブルバーガーってのをひとつ。これは食べてくから」
 「かしこまりました。少々お待ちください」
 目のぱっちりしたレジのお姉さんにスマイルで言われ、リュウジが照れたようにスマイル返しをするのがおかしかった。
 「リュウジ……ああいう娘タイプだからなあ」
 「ん? ハヤト、何か言ったか?」
 「いいえ、何も」
 とか答えながら、ついオレはくすくす笑ってしまった。

 オレにも同じテンションのスマイルを向けてくれたお姉さんに会釈をしてから品物を受け取ると、オレは一旦店を出た。
 「じゃあハヤト、夜露死苦ぅ!!」
 「オス。何か伝言ある?」
 「いや、これ以上云々してうるさがられるのもアレだしな。やめとくぜ。そうだな、そう考えると配達はハヤトが適任だな」
 「え? なんで?」
 「疲れてるときには、ちょっととぼけた奴の顔を見るほうが癒されるんじゃねえか?」
 まあ、いいか。褒め言葉ととっておこう……って、この発想がとぼけているんだろうな、オレ。

 さて。ノブオたちもさぞ腹を減らしているだろうな、なんて思いながらオレは浜まで降りる道をたどった。
 こんな時間の浜はとにかく暗い。ひとつだけ、しょんぼり点る外灯を頼りに浜辺を歩く。

 ちょうどあの外灯のあたりにノブオたちがいるはずだ。
 夜の海って威圧感あるよな、なんて暢気に思ったのだが、一瞬ののち、オレは騒々しい気配に気付いた。

 防砂林の切れ目から、ノブオと天宮くんの姿がオレの視界に入る。と同時にオレの目が認めたものは──

 「だから、言ってるじゃねえか。球遊びが楽しそうだから俺たちも混ぜてくれ、ってな」
 まるでからかうような声が言う。
 オレの視野に像を結んだ姿、声の主は──コウヘイだった!!

 外灯の薄暗い灯りに青白く照らされたその表情は、いつもより凄味を増しているかのようだ。
 コウヘイの横にはゴンタが無言で立ちつくしている。
 
 ノブオは、そのコウヘイと正面から対峙している。
 背後に天宮くんをかばうようにしながら、間合いを保って──ただただコウヘイの視線に耐えるかのように、まなざしをぶつけていた。

 「ほら、球こっちに貸してみな。遊んでやるよ」
 「────」
 「かかってこいや!!」

 コウヘイの声が叫ぶと同時に、オレはもと来た道を駆け戻った。
 おそらくオレごときが出ていっても、何の助けにもならないことは火を見るよりも明らかだ。
 リュウジを呼ぶ──それが最善の策だと瞬時に理解して、オレは全力で疾走した。
 手に提げたハンバーガーの袋がとんでもなく邪魔だった。
 途中で飲み物の入ったほうの袋を落としてしまったが、構っている余裕はなかった。



   * 6 *


 「あれ? ハヤト。どうした、血相変えて」
 ファストフード店に駆け戻ったオレを見て、リュウジが訝りながら訊いた。

 「リュウ……ジ、いいから、は、早く!! ノブオたちが、コウヘイたちと──」
 「ん? コウヘイ?」
 切れ切れの呼吸の合間にオレは言葉を絞り出す。
 オレの様子が明らかに妙だったことは伝わったはずだ。

 「とにかく……早く」
 「よし、わかったぜ!!」
 言うが早いか、リュウジは店を飛び出した。その後ろ姿に、ダイゴと森園主将も続く。
 オレも慌てて3人を追う体勢に入った。
 レジのお姉さんに、トレイを片づけられなくてごめんと言っておいた。

 浜の、ノブオがコウヘイと睨み合っているポイントにオレたちが到着したのは、オレがその様子を目撃してから5分ほど後だったろうか。
 今も尚、ノブオはけなげに天宮くんを後ろにかばいながら、コウヘイを強い目線で睨め付けていた。

 「オイ!! コウヘイ!!! ウチのノブオに何の用だ?」
 状況を見るや否や、リュウジが怒号を迸らせる。

 「ほう? 総隊長のお出ましか」
 「あ、兄貴……」
 場にいたノブオと天宮くん、そしてコウヘイとゴンタの4人は同時にリュウジを振り返る。

 「何の用とは笑止だな。見てわからねえのか? 俺たちは球遊びに混ぜてほしいと若いのに頼んでいるだけだが?」
 コウヘイはいつもの物騒な笑みを浮かべた。
 「町で会うたびに、うちのゴンタが貴様等の若いのに遊んでもらうようだからな。そのお礼だ。なあ、ゴンタ」
 ゴンタは低く唸りながらコウヘイに頷く。

 「遊びなんかで近づいてくるんじゃねえ!!! よくもノブオに──」
 よく見れば、ノブオは既に幾つかの拳を受けていたようだ。唇の端に血が滲んでいる。
 幸い、天宮くんには被害は及んでいないようだ。

 「ダイゴ、ハヤト!! ノブオたちを頼む」
 「押忍!!」
 答えざま、ダイゴはノブオの前に立ちはだかってコウヘイから遮ってやる。
 そのままノブオと天宮くんは、ようやく緊張から開放された表情でオレのいる場所まで下がってきた。

 「ノブオはよくこの場を守ったな。それだけでも善戦だぜ。森園、それから天宮。巻き込んで済まん」
 リュウジが振り向いて静かに言う。ノブオは安堵のあまりか大きく息をつき、天宮くんはただ首を左右に振って応え、森園主将は静かに眼鏡を直す仕草をした。

 「とにかく俺が相手だ!! コウヘイ、覚悟はいいか」
 「ふん。望むところよ」
 青白い光を落とす外灯の下、リュウジとコウヘイの一騎打ちが始まろうとしていた。

 もの言わぬままの両者の対峙──張りつめた空気。
 互いに間を保ちながら、序盤の時間は静かに流れてゆく。
 先に仕掛けるのはリュウジか、それともコウヘイか──両者の闘いを見慣れているはずのオレたちでも、この瞬間はじっとりと背中に汗が滲んでくる。

 合戦の場を中心に、オレたちの立ち位置の向かい側にゴンタが陣取っている。
 ウチ一番の巨漢たるダイゴといい勝負の風貌の男は、普段から表情もあまり変えず、口数も極端に少ないようだ──少なくとも、オレたちの知る限りでは。

 そんな緊張の中、決戦の火蓋が切っておとされた。
 「歯ぁ食いしばれや!!」
 言いざまリュウジが素早く拳をコウヘイに繰り出した。
 ひらりと身をかわそうとしたが、ここが砂浜のせいで足をとられたコウヘイの左頬に、リュウジの渾身の一撃が炸裂した!!
 「ぐ……ッ!!」
 呻いて一瞬、コウヘイは砂に膝をつく。

 「なんだ? もう降参か?」
 「そんなわけねえだろうが!!! ふん、俺は骨のある漢と闘うのが好きなのだ。そんな好機をこれしきで棒に振るように見えるか?」
 「上等!!!」
 叫ぶやいなや、リュウジは瞬時に身構えて2つ目の攻撃に入ろうとする。
 が、敵もさすがなもので、リュウジの繰り出した次の拳はうまく交わし──それどことか、返す刀でリュウジの腹部に拳をめり込ませた!!

 「ぐはッ──!!」
 今度はリュウジがうめき声を上げる番だった。
 鍛えられた腹筋をしても、渾身の拳が襲うのには耐え難いに違いない。

 「リュウジ──」
 オレは思わず、その名を呼んでしまうことを禁じ得なかった。

 互いの最初の一撃、そこからはもう死闘が繰り広げられることになった。
 立ち上がったリュウジは即座に戦闘ポーズを取り、負けじとコウヘイが睨みをきかせて唾を吐き──

 いくつかの拳が敵を襲い、敵の攻撃をリュウジが避け、ときには受ける。
 どちらも屈しようとはしない。力の拮抗が呼ぶむしろ静かな視線の争いを合間に挟みながらの攻防が続く。

 と、そのとき──
 「タイムだ。タイムを要求する」
 凛と張った涼やかな森園主将の声が、波の音に混じって聞こえた。



   * 7 *


 「タイムだと? 外野が何言ってやがる」
 リュウジとの対決に水を差した恰好の森園主将を強い視線で睨め付けて、コウヘイは凄んだ。

 「ふふふ。あいにく俺は外野じゃなくてね。捕手だから」
 森園主将は眼鏡を直しながら、怖じける様子もなくコウヘイに言い放つ。
 「とにかくリュウジ。ちょっとこっちへ」
 「お──おう」
 思わず、といった具合でリュウジは森園主将に応じたのだ。

 森園主将はリュウジとコウヘイの熾烈な争いを、いとも簡単に中断させた。というか、スポーツのルールでよくある『タイム』を要求するという荒技に出たのだ。
 このような展開に慣れていないオレたち一同は呆気にとられ、気付いてみれば森園主将の手の内に巻き込まれるような形。

 リュウジはコウヘイの前から一歩下がったところで、森園主将に何やら耳打ちされている。ときどき頷きながら聞いているのを見ると、何某かの作戦を授けられているのだろう。

 「天宮、森園サンは一体?」
 ノブオが訊いている。
 「たぶん相手を攻略するツボを見切ったんだろう。それか、単に流れを変えたかったか。どちらにしても、主将のタイムはいつも絶妙のタイミングだから」
 「それでタイムか。こんな道理がコウヘイに通用するなんて思ってもみなかったな」
 「ああ、まったくだ。とういか、敵も虚をつかれたな」
 「そうなんですか? ハヤトさん、ダイゴさん」
 天宮くんは意外そうな顔をする。

 「それはそうだ。喧嘩でタイムなど聞いたことがない。ほら、奴らが驚いている」
 ダイゴの示した先にいるコウヘイは、なんとも言えない表情で、だらりと下ろした腕に軽く拳を握っていた。
 「なるほど、ある意味奇襲作戦だな、これは」
 仮に森園主将にその気はないにしても、結果的にはそうに違いないとオレは思った。

 「さあ、試合再開だ、両者──プレイ!!」
 しばらくの後、森園主将は夜空に拳を突き上げながらこう宣言した。

 森園主将の奇妙な仕切直しを受け、ふたたびリュウジとコウヘイは一定の距離を保って睨み合う。
 外灯が照らす夜の中、さっきよりもリュウジの背中は集中した雰囲気を漂わせているような気がした。
 対するコウヘイの表情は暗さのせいで良くは見えないが、動作がすこしいつもと違う気がする。砂浜で足場が悪いせいだろうか。

 森園主将は号令を掛けたあと、オレたちの近くではなくむしろゴンタに近い側に下がった。
 これが何を意味するかは、しばらく後に明らかになる。

 「コウヘイ!! 行くぜ!!!」
 「おう、かかって来いやあ!!!」
 両者の怒号が夜の浜にこだまする。
 さっと身構えて、リュウジはコウヘイに向かって一歩を踏み出す。
 応戦の構えのコウヘイは腰を低く落とし、拳を握った。

 拳の火花が散る!!!──と誰もが予想したその刹那。リュウジは思わぬ動きを見せた。
 リュウジはコウヘイに向かって踏み出した一歩を引き、さらに一歩を横へとずらしたのだ。
 「おお──ッ!!」
 リュウジに当たるはずの拳に宙を斬らせたコウヘイは、空振りの反動で体のバランスを崩す。
 そこへ来て、リュウジが構えを更に低くする。
 と見るや否や、リュウジはコウヘイの腿のあたりに狙いを定め、両手で抱きかかえるようにして体を捉え──渾身の一撃でもってコウヘイを投げ飛ばしたのだ。
 
 コウヘイの体を受け止めて、砂が舞う。
 「ぐ……ッ」
 思わぬ攻撃にコウヘイは弊れた。立ち上がって応戦することを予想したリュウジは構えを解いてはいなかったが、ゴンタがコウヘイのもとに駆け寄ったのを合図に、今宵の勝負は決着を迎えることとなった。

 「試合終了だ。リュウジの勝利」
 相変わらず涼しい声で森園主将が言ったのを、コウヘイには聞こえただろうか。
 
 「兄貴!!」
 「リュウジ──!」
 「押忍、おつかれさんです」
 「オウ」
 オレたちのところへ戻ってきたリュウジは、額の汗を拭いながら頷く。

 「兄貴、すみませんでした。オレ、こんなことになっちゃって……」
 ノブオがちいさくなってリュウジに詫びた。
 「いや。ノブオのせいじゃねえだろ?」
 気にするな、といったふうにリュウジはノブオの肩をたたいてやった。

 「天宮、怪我はねえか?」
 「ええ、おかげさまで。ノブオが守ってくれたので」
 「おう、そうか!!! ノブオ、よくやった」
 「兄貴……」
 ノブオは感動した声音でリュウジに答える。

 「それはそうと、森園よ」
 「何だ? リュウジ」
 「サインとやらは本当に便利だな」
 「ふふふ、そう言ってもらえれば光栄だね」
 腕組みをして、森園主将は満足そうに眼鏡の奥の目を細めた。

 「何? そのサインって」
 オレが訊くと、答えたのは天宮くんだった。
 「ハヤトさん。試合再開のときに主将が立ち位置を変えたの、わかりました?」
 「ん? ああ、それはわかったけど」
 「主将はリュウジさんの正面に行ったんです。サインを出すために」
 「ああ、そいういえば何か身振り手振りしていたな、森園主将」
 ダイゴが言う。オレはよく見てはいなかったのだが、言われてみれば。

 「そうだ。あらかじめタイムのときに相談しておいたんだが、俺は森園の見切った間合いでもって、コウヘイに普段はしないような、肩すかしと投げ技を見舞ったんだ」
 リュウジが服についた砂を払いながら言った。
 「まあ、このような時だ。敵に読まれにくいサインを作るには至らなかったとはいえ、サインを送っていること自体が読まれていなかったのが幸いだった」
 「へえ──凄いな。作戦勝ちだ」
 オレは思わずため息をつく。
 さすが以前、リュウジが参謀にスカウトしたことだけはあるな、この男は。
 
 「ともかく、ナイスリードでした、主将。自分、感激しました。いつもこんなリードで試合に臨めているのは光栄の極みです」
 言って、天宮くんは森園主将に深く頭を垂れた。森園主将は黙ったまま頷いていた。
 
 オレたちがそんな会話をしているうちに、コウヘイとダイゴはいつの間にか浜からいなくなっていた。
 
 「さてと、とんだ展開になったな。俺らもそろそろ上がるか。明日があるし。なあ、ノブオ?」
 「は、はいっ!! 兄貴!!」
 ノブオは従順に返事をした。

 「本当にみなさん、ご迷惑お掛けしました。きっとオレの日頃の行いが悪いんです」
 改めて、ノブオは一同に向かって頭を下げた。
 「わはははは、ノブオ、ちっとはわかったようだな!!!」
 大きく笑い飛ばしながら、なんだかリュウジは嬉しそうだった。
 うん、ノブオはちょっと変わったかもしれない。オレにもそんなふうに思えた。

 そんないい雰囲気の中、オレは手に提げたままのハンバーガーの入った袋に改めて思い至った。
 「え~と、ノブオ、天宮くん。遅くなったけどこれ。差し入れだから食べて」
 「え、ほんとですか? ありがとうございます!!」
 「すみません、ハヤトさん」
 「ははは、お礼はリュウジに言ってくれ。リュウジのおごりだから」
 「リュウジさん、ありがとうございます」
 「兄貴、いただきま~す!!」
 「おう!!」

 言いながら、若手ふたりが袋の封を開けてみると──ハンバーガーはすっかり冷めて、おまけに思いっきり潰れていた。
 けれども文句ひとつ言わずに平らげてくれるノブオと天宮くんを見て、オレは心底後輩を可愛いと思った。
 きっと、他の面々も同じ思いだったに違いない。見守る誰の目も優しかったから。

 海からの風に髪をなびかせている若手たちは、ひとまわり逞しくなったところを明日は見せてくれるだろうな。通い慣れたこの浜で。



   * 若手強化計画  完 *




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