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純情・赤ジャージ 

   * 1 *
 
 
 新学期が始まってからというもの、ウチの担任の様子がどうもおかしい。
 いつも赤いジャージを着ている担任は、自他ともに認める熱血・体育教師だ。
 テンションが高いので有名な赤ジャージの様子が、いつもと違うのだ。

 たとえば今朝のホームルームのこと。
 名簿を読み上げながら担任が出席をとるのが毎朝のお決まりなのだが──
 最中に、リュウジが立ち上がって叫んだ。
 「オイっ!! 赤ジャージ!!! いま俺の名前飛ばしやがったな!!!」
 「お、おう、そうだったか。飛ばしたか。悪かった、リュウジ」
 「オウ!! 気合い入ってねえな、朝から」
 「……すまんな」
 と言って、赤ジャージはため息をつく──なんてことがあった。

 また3時間目が始まる前のこと。
 廊下でダイゴと会って、リュウジと3人で立ち話をしていたとき。ダイゴの背中に、歩いてきた赤ジャージが派手に体当たりを喰らわせた。
 「うん?」
 巨漢のダイゴはまったく動じなかったものの、赤ジャージは勢いで尻餅をついた。
 「うわ、先生、大丈夫?」
 「ああ、ハヤト。大丈夫だ。ダイゴよ、悪かったな。ついよそ見をしていた」
 「いえ。問題ないす」
 「ついよそ見って、こんな見通しいいとこで、どうやったらそんな思いっきりぶつかれるんだ? 赤ジャージ、ちゃんと目ぇ開いてるのかよ!!」
 「ん? ああ、まあ、それなりにはな……」
 大して気のない返事に、リュウジはそれはそれはへそを曲げていた。

 そんなこんなで、昼休み。オレが漫画を読んでる隣りの席で、しきりと考え事をしていたリュウジが声をかけてくる。
 「なあ、ハヤト」
 「ん?」
 「なんかこう、妙だよな。おう、妙だ。アレは」
 「何が──ああ、赤ジャージのこと?」
 「おう、その通り。担任の奴があんなふうだから俺も調子狂うんだよな。よし、わかったぜ!!」
 突然リュウジが立ち上がった。

 「ハヤト、ちょっと試してみようぜ」
 「へ?」
 「ありゃ絶対何かあるだろ。俺がつきとめてやるぜ。でもって、事と次第によっては俺が気合い入れ直してやる!!!」
 「おい、リュウジ。気合いって言ったって……。もしかしたら体調悪いだけかもしれないんじゃないのか?」
 「そんなわけねぇよ。赤ジャージ、ここ何年も胃薬ひとつ飲んだことねえって自慢してたぜ」
 「うん、それはオレも聞いたことあるけどさ」
 「だから、俺に任せとけや。な? ハヤト」
 もう、リュウジは興味津々といった体だった。
 あ~あ、こうなっちゃったら誰にも止められないんだってば。

 「じゃあ、作戦な」
 「はいはい」
 こんな時、リュウジの瞳はまるで悪戯好きの小学生みたいにきらめくんだ。
 「とりあえず、赤ジャージが正気かどうか試してみようぜ」
 リュウジは人差し指を立ててこう言った。
 「6時間目、体育だろ? 赤ジャージの授業だよな。俺が試しに脱獄してみるわ」
 脱獄とは、授業中に裏門からこっそり抜け出すことを指す。
 
 「脱獄──でもさ、赤ジャージの授業のときは滅多に成功しないだろ?」
 「もう、ハヤトはわかってねえな。だから試しになるんじゃねえか。もし成功したりしたら、それ自体で奴が変なことの証明にならねえか?」
 「あ、なるほど。リュウジ、頭いいね」
 「……あのな。成績優秀のハヤトが、俺みたく赤点上等の奴に言う言葉か、それは」
 まったくとぼけているんだから、とリュウジのため息がそう語っている。

 「とにかく、試しに脱獄だ。失敗したら今日はそこまでだな。でもって成功したら、そのときはそのまま放課後、赤ジャージを待ち伏せして問い質すぜ。ハヤトは? どうする?」
 「え、オレ? ん~……」
 「もちろん行くだろ? 行くよな?」
 もはや行かない、なんて言える感じじゃないんだよ、リュウジのオレを見るまなざしが。

 そんなわけで、5時間目が終わると同時に、オレは一足先に学校を出た。
 ちなみに、授業中に脱出することを「脱獄」と言うけれど、休み時間に外へ出るのは単なる「散歩」。
 「散歩」は誰にでも比較的簡単にできるけど、それに較べてリスクが大きい「脱獄」は成功すると褒め称えたれるのが常なのだ。

 文字通り散歩気取りで、オレはリュウジに言われたように単車をとりに家まで帰った。
 とはいえ、時間的に言って今日はこのまま校内には戻れそうにないから、これは事実上早退だな。鞄もしっかり持って来ている。

 あ~あ、オレ、実は1学期はけっこう体育サボったからヤバいんだけどな、出席が。
 リュウジの代返は、巧くいくんだろうか。あんまり演技派じゃないんだけどな。
 でも、赤ジャージがあんな調子だったら大丈夫かもね。うん、そう祈ろう。

 すり寄ってくる人なつこい野良猫と見つめ合ったりしながら歩いていたら、いけね、一瞬なんのために出てきたんだか忘れるとこだった。
 
 さてと、リュウジを待たせたら何言われるかわからないから、大急ぎで行きますか。
 午後の陽射しは、明らかに一週間前のそれとは格段に違う優しさを持っていた。
 散歩のついでに川原で昼寝は、また今度だな。



   * 2 *
 
 
 「お、ハヤト。お帰り、今日は早いな」
 店でお客から預かった単車をカスタムしていた親父が、オレの姿を認めて言う。
 「うん、ちょっとね。じゃ行ってきま~す」
 鞄を置きながら親父に手を振って、オレはふたたびに単車に乗って学校へ戻った。

 時間はそろそろ6時間目の中盤といったところか。
 リュウジの作戦決行の予告時間まであと3分、といったタイミングでオレは裏門の前に到着。
 さて、リュウジは脱獄に成功するんだろうか──と考えつつ、オレは待つ。裏庭の草刈りをしている用務員のおっちゃんから身を隠すように気を付けながら。

 成功したらぼちぼちリュウジが出てくるころかな、と思っていた矢先、リュウジの姿が視界に入ってくる。
 普段の脱獄のときだったら全力疾走で近づいてくるはずなのに、どういうわけか余裕でのんびり歩いて裏門に到達した。

 「オス!! 簡単に抜けられたんだ?」
 「オウ。拍子抜けするほどにな」
 体操服姿のリュウジが面白くなさそうに言った。
 そして、あらかじめ裏門の脇の植え込み隠してあった鞄と学ランをオレに投げて寄越す。
 赤ジャージが追ってこないのを一応確認する仕草のあと、リュウジはひらりと裏門を飛び越える。
 
 「やれやれ、なんだかな。脱獄がこんなにあっけないと張り合いねえな」
 体操着の短パンの上から学生ズボンに足を通して、リュウジはオレの単車のリアに乗り込んだ。続いてさらに体操シャツの上に、学ランを羽織る。
 「じゃあ、やっぱりおかしいんだ。赤ジャージ」
 「ああ。おかしいも何もあったもんじゃねえ。転がってたテニスボールに足とられて、転んでやがったぜ」
 学ランの前ボタンを留めながら、リュウジが毒づいた。

 「へえ、じゃあよかった。心配してたんだ、オレ。代返ももちろん成功したよな?」
 「ん? 代返──あ、忘れてたぜ。悪い、ハヤト」
 「え……リュウジ、オレの出席がヤバいの知ってるくせに……」
 わはははは、とリュウジが笑い飛ばした。
 「まあまあ、何とかなるだろ。な? 元気出せや、ハヤト!!!」
 「オス……」
 嗚呼、オレが進級できなかったらリュウジを道連れにしてやろう、なんて思った。

 そうして単車を発進させたオレたちが向かったのは、赤ジャージの家の前。
 学校から海辺を国道に沿って東に8kmくらい行ったところに、赤ジャージの住むアパートがある。ちなみに赤ジャージは、雨の日でも自転車通勤の熱血漢だ。

 勤務を終えた赤ジャージが帰宅するのを、自販機で買ったジュースを片手に待ちかまえる。
 「なあ、ハヤト。実際のとこ、あいつどうしたんだと思う?」
 「赤ジャージ? さあね、見当つかないけど」
 「夏休みぼけってこともねえよな」
 「それはないだろうな。だって、仕事だし」
 「だよな。仕事はきっちり気合い入れてこなしてほしいぜ!! 俺ら生徒に心配かけるなどもってのほかだよな」
 こんなところがリュウジの生真面目なところだとオレは思う。
 勝敗は二の次、全力で向かうことをよしとせよ──とオレたちはリュウジに常に言われているんだ。

 「けどさ、なんか個人的に悩みでもあるんだったらオレらの出る幕じゃないかもよ?」
 赤ジャージの肩をもつわけではないけれど、オレはリュウジの顔色を窺いながら言ってみた。
 「ん? そうか? でも、訊くだけ訊いてみないと俺は納得できねえぜ」
 「うん、そう言うだろうとは思ってたけどね」
 とにかく赤ジャージが帰ってきて、話さえすればリュウジの気も落ち着くだろう。解決するか否かはその次の問題だし。
 
 そうこうしているうちに、路地を見慣れた自転車が入ってきた。
 赤ジャージの自慢の、これまた赤いマウンテンバイクだ。
 「オウ!!! お帰り、赤ジャージ」
 リュウジは右手を上げて呼び止めた。
 
 「お? リュウジじゃないか。ハヤトも。どうした、こんなところで」
 「どうしたもこうしたもねえよ。なあ、ハヤト?」
 「うん、そうだね」
 やっぱり赤ジャージは相当おかしい。
 脱獄したリュウジを咎めないということは、それ自体に気付いていない様子だ。それに、授業に出席すらしなかったオレを責めることすらしないのは──もしかして気付いていないのか?

 「なあ、赤ジャージよ。ちょっと時間いいか?」
 「ああ、べつに構わんが」
 覇気なく赤ジャージが答える。それへリュウジがため息を投げた。
 「落ち着いて話そうや。家、入ってもいいか?」
 「俺の部屋か? 汚れているぞ?」
 「そんなの気にしねえよ。な、ハヤト?」
 「ああ。全然」
 「じゃあ上がっていけ」
 赤ジャージは太い首を縦に振る。

 そしてリュウジとオレは、赤ジャージの家にお邪魔することになった。
 担任の家に上がり込むなんてことがあるとは、オレは全く予想外だった。
 ふつう教師と生徒の間には一線があるから、個人的に遊んだり話したりすることなんてあまりないんじゃないか、とオレは思っていた。
 けど、リュウジにはそんな線引きは通用しないみたいだ。
 
 人間同士という関係以外を思いつかない我らが総隊長は、赤ジャージの部屋の玄関に、脱いだ靴をきちんと揃えているところだった。



   * 3 *


 リュウジとオレは、担任の赤ジャージの部屋にいる。
 「へえ、意外ときれいにしてるじゃねえか」
 リュウジの言ったとおり、男性のひとり暮らしの部屋の割りには、ずいぶんと片づいている印象だ。本棚にはきっちり本が並んでいて、鉄アレイなんかのトレーニンググッズが居間の隅を彩っている──このへんが彼の人となりを物語る。
 「そうか? まあ、片づけてくれる人もいないので自分が頼りだが」
 赤ジャージは皮肉そうにすこし笑んで、リュウジに答える。

 「で、さっそく本題だ」
 赤ジャージが振る舞ってくれたコーラをぐっと飲んで、リュウジが切り出した。
 「赤ジャージ、最近様子がおかしいじゃねえか。一体どうしたんだ?」
 「おかしい……とは? リュウジ」
 意外なことを言われたという表情を、赤ジャージは見せた。

 「おい、自覚ねえのかよ……ハヤト、こりゃ重症だな」
 「うん、そうかもね」
 「なんだなんだ、お前ら。いきなり人の家まで押し掛けてきておかしいだの重症だのという言いぐさは」
 赤ジャージは、思いっきりおもしろくなさそうな顔をする。

 「2学期が始まってから、上の空じゃねえか? 赤ジャージ。今日なんか廊下でダイゴに体当たりだし、授業中にもこけたりしてたし。な?」
 「ああ、まあそういう日もある」
 「って、まだシラを切る気かよ!!!」
 リュウジは声を荒らげる。
 オレも見ていられなくて、加勢することにした。
 「そうだよ、リュウジの言うとおり。オレたち、見ていられないんだよ。先生、ここんとこぼんやりしてるじゃん。いつか大きな怪我でもする前に、どうにか解決したほうがいいってリュウジは言ってる」
 
 「……そうか」
 ガラステーブルに視線を落として、赤ジャージは珍しくもしゅんとした声を出した。
 「なるべく感情は外には出さないように気を付けていたつもりなんだがな。そんなに生徒に心配をかけるようでは、俺は教師失格だな」
 赤ジャージはため息をついた。

 「ほれ見ろ。やっぱり何か原因あるんじゃねえか。な、赤ジャージ。いったい何があったんだ? 俺、聞いてやろうと思ってよ、それでここまで来たんだ。な、ハヤト?」
 「うん。そうだね。リュウジはそのつもりだよ、先生。けど、あんまり難しい話だったら、オレらが聞いてもしょうがないからアレだけど」
 代わる代わるリュウジとオレが言うのに、赤ジャージは苦笑いを返した。

 「すまんな──ふたりとも。そんなに教師思いな生徒がいたとは、俺は感激だ」
 「当たり前!! だって俺は赤ジャージの大事な教え子だろ? 親が風邪ひいたら看病するのと一緒だぜ。なあ?」
 リュウジがオレに同意を求めた。頷きながら、そうか、リュウジはそんなふうに思っていたんだ、なんて気付かされた。

 「話すのも恥ずかしいのだがな、本当は」
 観念した、とばかりに片頬で苦笑をつくり、赤ジャージは言った。
 「まあ、有り体に言って、アレだ。まあ──そのう」
 「おい──赤ジャージ、何を真っ赤な顔してるんだ?」
 「大人からかうんじゃない、リュウジ」
 確かにリュウジが言ったとおりだ。赤ジャージはさらに顔を赤くして抗議する。
 
 「珍しいね。先生がそんな顔するなんて。まるで恋でもしてるみたいだ」
 つい口をついて出たオレの一言で、赤ジャージははじかれたように立ち上がった。
 「ば、馬鹿、ハヤト! そんな大きな声で言うな!!」
 「え──」
 「何をそんなに大袈裟な反応……ん? ってことは、アレってソレなのか? 赤ジャージ!!!」
 リュウジに問いつめられて、赤ジャージはこれ以上赤くはできないであろう色に耳まで染めて、こくりとちいさく頷いた。
 
 「へええ。そうなんだ、そうなんだ」
 リュウジはとんでもなく面白いおもちゃを見つけた子供のような顔をしてる。
 「ちょっとリュウジ、からかっちゃ悪いってば」
 「いいから、ハヤト。なあ、赤ジャージ、せっかくだから相談に乗るぜ!! で、相手はどんな女の人なんだ?」
 
 思わず立ち上がったところを座り直して、赤ジャージはちいさい声で口にした。
 「ああ──言うんじゃなかったな」
 「後悔しても遅えって。俺もう聞いたからな。ほれ、言っちゃえって。そしたら楽になるかもしれないから」
 この手の話には、なんでかリュウジは興味津々なんだ。ちょっとかわいそうだな、赤ジャージ。

 でも──そんなに悩んでるんだったら、話してもらったほうがいいのかもしれない。それ自体にはオレも賛成なので。
 「オレたちなんかじゃ役に立たないかもしれないけど、よかったら話してよ」
 「そうだ、そういう話はハヤトの得意分野だからな!! よかったな、赤ジャージ!! ハヤトが相談乗ってくれるってよ」
 「いや、オレは別に……」
 とかオレたちが言っているのは赤ジャージの耳に届いているのか。

 一瞬、何かを逡巡するようにリュウジを見て、それから混乱する気持ちを振り払うかのように、赤ジャージは深呼吸をしてから語りはじめた。
 「相手はな、数ヶ月前に出会った女性だ」
 「へえ。美人か? 相手は」
 「美人というよりは可愛らしいという形容の似合う人だ」
 心を決めた様子の赤ジャージは、純粋な表情をしていた。
 恋するって、なんかすごいことなんだな──とか、オレはそんなことを考えながら耳を傾けている。



   * 4 *


 「それで? 付き合ってるのかよ、その可愛らしい女の人と」
 リュウジは赤ジャージの言葉のとぎれ目を見つけると、鋭く切り込んでいく。
 それを聞いた赤ジャージは、どきっとした表情でリュウジを見てからちいさく言った。
 「いや──残念ながらまだ、そういう段階ではない」
 「じゃあ、片想い?」
 「どうだろうな」
 オレの投げかけに、赤ジャージは曖昧に笑った。
 
 「雰囲気自体は悪くないのだ。実を言うと」
 「お~、憎いぜ、赤ジャージ」
 またリュウジにちらりと視線をやって、赤ジャージは息を付いた。
 「雰囲気がいいんだったら、タイミングいいうちにどうにかしたほうがいいんじゃないの? 相手の女性も待ってるかも」
 「オウ、ハヤト!! 言うことがさすがだぜ。そうだってよ、赤ジャージ。勉強になるよな?」
 
 「ああ──それはそうなんだが、目の前に障害があって、な」
 赤ジャージの瞳がちょっと曇った。
 「その女性には兄がいてな、それが俺のことをよく思っていないのだ」
 「おお、そうなのか。まるでドラマみてえだな」
 なんてリュウジが感心している。

 「彼女と出会ったのはここ最近なのだが、その兄と俺とは高校生のころからの宿命のライバル同士でな。皮肉なことに」
 「へえ、そうなんだ」
 「ああ、ハヤト。俺は鬼工のOBで、彼女の兄は暗黒水産のOBだ。伝統的に好敵手なのだな、両校は」
 「ほう。昔からそうだったのか。ウチと暗黒の関係は」
 「そうだな」
 答えながら、赤ジャージは額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
 高校時代からの宿命のライバル、といったら、さしあたりリュウジとコウヘイみたいなもんだろうか。

 「彼女と知り合ってしばらくして、初めてそのことに気付いたのだ、俺は。彼女と一緒に町を歩いているところをそいつに見咎められてな。その時に、ようやく」
 「ふうん。まさに宿命って感じだね」
 「ほんとだな、ハヤト」
 3人で視線を合わせて、頷いた。

 「それ以来、彼女は会ってくれんのだ。電話で話をするのが関の山でな」
 「苦しい恋だなあ、赤ジャージ」
 感情移入するほうのリュウジは、赤ジャージの苦しみを自分のことのように感じているみたいだ。
 「そう──確かに苦しいな。だからこそ、リュウジにおかしいと言われる」
 自嘲気味に、赤ジャージが笑った。

 「そろそろ男として決着をつけるべきだと考えているのだ、俺は。この中途半端な状態では、彼女に申し訳が立たんからな。ここ数日はその方法を悩んでいた」
 「そうか。それであんなに上の空だったんだな」
 「うん、なるほど納得」
 オレはリュウジと顔を見合わせた。

 「よし、わかったぜ。赤ジャージ」
 リュウジは腕組みをする。顔には不敵な笑みをたたえて。
 「赤ジャージと彼女の兄貴は昔っからのライバルなんだろ? 喧嘩とかもさんざしたんじゃねえの?」
 「ああ、まあ、若いころはな。それなりに、といったところか」
 赤ジャージは、幾分懐かしむように笑った。
 「そういう縁だったんなら、ここはひとつ闘ってみたらどうだ?」
 
 リュウジの言い分はこうだった。
 「そんなに欲しいなら、男なら闘って勝ち取ればいいじゃねえか。彼女を賭けて真剣に闘えよ、赤ジャージ。本気なんだろ?」
 「闘う──か」
 リュウジの言葉を聞いて、いくぶん赤ジャージは晴れた表情を見せた。
 「そうだね、いいかもしれない。真っ向から勝負したら何か変わるかも。悩んでうだうだしてるより、よっぽど彼女にも好印象なんじゃない?」
 「いいこと言うぜ、ハヤト!! な? 赤ジャージ」
 「ああ──そうかもな」
 どうやら流れは、そちらに傾いてきていた。
 「よし、決まりだな」
 リュウジが言うと、赤ジャージは力強く頷いた。

 「で、彼女の兄貴って、何をやってる男なんだ?」
 「奴はな、暗黒水産で体育教師をやっている。俺と一緒だな。母校で教鞭をとっているのだ」
 「へえ、そうなんだ。ほんとに宿命のライバルなんだ」
 俺は思わず感心していた。

 「そうかそうか。おお、俺もなんかヤル気になってきたぜ!!! 熱いなあ、赤ジャージよ」
 火照った顔でそう言って、リュウジは着ていた学ランを脱いだ。
 「ん? リュウジ、お前なんでまだ体操服を……?」
 「え──あ、いけね」
 リュウジは思わずといったふうに舌を出した。

 「そういえばさっき、授業の終わり際にこの赤い髪が見えなかったように思えたのは、気のせいではなかったのか?」
 「わ、いてて!! やめろってば」
 赤ジャージは右手を伸ばして、リュウジの耳を引っ張った。
 「あ~あ、ばれちゃってるよ、リュウジ」
 「というかハヤト? お前こそ端から俺の授業にいなかったように思うが?」
 「え? ま、まさか。ははははは……いてっ!!!」
 今度は空いた左手でオレの耳を攻撃した。ちぎれるくらい痛かったよ……。

 とにかく、赤ジャージの様子はこれでどうやらすこしは落ち着いたようだ。
 話すだけ話してもらってよかったのかも。
 あとは決着をつけるだけ──そんな自覚が赤ジャージを普段どおりに戻したみたい。
 
 願わくば、オレの今日の早退と、リュウジの脱獄を不問にしてくれるといいんだけど。



   * 5 *


 リュウジとオレはふたりして、暗黒水産高校に来ている。
 オレたちの担任の赤ジャージの恋路に水を差す、愛しい女性の兄上の勤務先がここ暗黒水産だったのだ。
 
 「それでは一筆書くから、先様に届けてくれ」
 そう言って、赤ジャージは白い紙に筆ペンを走らせた。案外達筆だった赤ジャージの手による表書きは、『果たし状』。
 力強い筆致の字間に、赤ジャージの気合いが込められているのが伝わってくる。
 受けとったリュウジの面持ちは、幾分神妙なものだった。

 そうしたわけでオレたちは単車に乗って暗黒水産の校門まで辿り着いたのだが、さすがに伝統的な宿命のライバル高同士といったところで、鬼工の学ラン姿のオレたちを見る暗黒の生徒達の視線はやたらと鋭い。
 妙に目立ってしまっているので、きっと誰かが呼びに行ったんだろう──暗黒水産を締めている男──コウヘイを。

 「ほう? 貴様等、正面切って現れるとはいい度胸じゃねえか」
 すでに一戦交える気構えなのか、暗黒一家の面々を引き連れたコウヘイは気合いに満ちた口調で言う。それに対してリュウジはまったくもって軽い口調でこう訊いた。
 「オウ、コウヘイ!! ちょうどいいぜ。なあ、ちょっと案内してくれねえか? 俺、人を訪ねてきたんだが」
 「何……?」
 意外な言葉だったらしく、コウヘイはぽかんと口を開けている。

 「リュウジよ、貴様が俺に頼み事をするとは……」
 「だって、仕方ねえだろ? 俺、その人の顔も知らねえんだから。ええと、その人は何て名前だったっけ? ハヤト」
 「佐藤先生だ、リュウジ」
 「そうそう、佐藤先生だ。どこにでもある名前だから逆に忘れたぜ。な、コウヘイ。体育の佐藤先生んとこへ連れてってくれや」

 オレとリュウジの口にした名前を聞いて、コウヘイたちは奇妙な反応を見せる。なぜか一瞬、最敬礼をするときみたいに背筋を伸ばしたような感じだった。
 「佐藤先生に、貴様等が一体何の用事だ──?」
 コウヘイが訝るのに、脇を固めたハンゾウらも倣うような顔をする。
 「ああ、ちょっとな。佐藤先生の知人から、渡すようにと預かってきたものがある」
 「そうか……。佐藤先生のお知り合いの遣いなら無下にはできねえな。仕方ねえ、付いてこい、リュウジ。おい、ハンゾウ。佐藤先生に先触れしておけ」
 「了解です、総帥」
 ハンゾウはコウヘイに頷いて、即座に校舎へ向かって走り去った。

 そして、オレとリュウジはコウヘイらに先導されながら、暗黒水産高校の中へと入ってゆく。
 「なあ、ハヤト。なんかおかしくねえか? 先触れって一体何だろうな」
 コウヘイらの奇妙な雰囲気を察して、リュウジはオレにささやいた。
 「そうだね。あのコウヘイが、教師をちゃんと苗字に『先生』をつけて呼ぶとは思わなかった」
 「だろ? オレなんか担任の名前、忘れてるぐらいだぜ。わはは」
 「オイ、ゴラァ!! 私語は慎め」
 たしかにコウヘイの雰囲気は、見たことのない方向に張りつめていた。

 オレたちが案内された先は、体育館の隣にある道場だった。
 引き戸をがらりと開けたコウヘイは、その場に正座をして頭を下げる。もちろんゴンタとタカシも同様だ。
 畳と汗の匂いが混じった道場の中央には、柔道着姿の角刈りの男性が腕組みをして立っている。いかにも強靱な魂を持っていそうな雰囲気を醸す、肩幅の広い人物だった。身長は赤ジャージのほうが勝っているようだが、がっちりとした体格だ。
 先触れに走ったハンゾウは、道場の後方でこれまた正座している。

 「佐藤先生、この者らは、先生のお知り合いよりの使者だそうであります」
 「うむ、コウヘイ。ハンゾウから聞いている」
 太いがよく響く声だった。

 「まあ、入るがいい」
 「お、押忍」
 さすがのリュウジも気圧されたように見えたが──とにかくオレたちは、靴を脱いで道場へと足を踏み入れた。
 座るようにと手振りで示した佐藤先生は、自分も畳に座り込んだ。
 
 「して、私への用事とは」
 「これを貴殿にお渡しするようにと、我が鬼浜工業高校の体育教師より預かって参った所存」
 リュウジの口調も、自然といつもと全く変わっていた。
 そしてリュウジは懐にしまっていた赤ジャージのしたためた書状を出して、佐藤先生へと手渡した。

 「ふむ……奴から、か」
 ちらりと中を改めて、佐藤先生は呟く。続けて丹念に読み進め、納得したように頷きながら書状をもとの形に折り畳むと、柔道着の懐に仕舞いこんでこう言った。
 「使者ご苦労。戻ったら奴に伝えてもらおう。提案のほどはよく解った、こちらで段取りをしたあと連絡するので待たれたし、と」
 「相わかりました、必ずそうお伝えするでしょう」
 リュウジはそう答えて、深々とお辞儀をしてから道場をあとにした。
 それに倣ってオレもお辞儀をして、リュウジの後を追った。

 オレはずいぶん雰囲気に呑まれてしまっていた。そもそも、リュウジがあんな言葉遣いができるなんて思ってもいなかったし。それを言うなら、コウヘイが誰かを敬うような物言いをするなんてのも、思いっきり予想外だったし。

 用事を済ませた帰り際、オレの単車のリアに乗り込むとリュウジはようやくいつものキャラクターに戻ったんだ。
 「ふう、なんか緊張したぜ。なあ、ハヤト?」
 「ははは、ほんとだね。変な汗出たよ、オレ」
 「まったく赤ジャージの奴め。俺にとんでもないこと頼んだよなあ。今度何かおごってもらおうぜ」
 「ああ、それいい考えだ。賛成!」

 ようやく得体の知れない緊張を解いたオレたちは、ふたたび単車で来た道を戻った。
 佐藤先生からの伝言をもって、赤ジャージのもとへと。



   * 6 *


 暗黒水産を出て、佐藤先生からの伝言を携えて赤ジャージの家に寄る。
 『連絡するので待たれたし』を聞くと、赤ジャージはほっとしたような表情を見せた。
 やることをやって、吹っ切れた──という顔だった。

 伝令の使命を果たしたオレたちが町へと戻ってきたのは、もういい加減夜が近い時分だった。
 だいぶ日の入りが早くなったな、なんて思いながら国道を走って、オレはリアに乗せたリュウジを家まで送ってやる。
 リュウジの家のラーメン店の裏手に単車を停めると、リアから降りたリュウジが言った。
 「ハヤト、腹減らねえか?」
 「そうだね。ちょっと空いてるな」
 「そしたら店でラーメン食ってけや。俺が作ってやるから。食いながら、ちょっと話そうぜ」
 「うん、じゃあそうするよ。いつ食っても旨いからね、リュウジのラーメンは」
 「オウ!! 当然だぜ。気合いが違うからな、ウチのは」
 自慢そうにリュウジが言いながら、オレの前に立って店に入る。

 すると──
 奥のテーブルにいた女の人が立ち上がって、リュウジのもとに駆け寄ってきた。
 色白でやさしい目をした、小柄な大人の女性だった。
 「リュウちゃん!!!」
 「あれ──マキ姉じゃねえか!!! しばらくぶりだな」
 リュウジは言いながら、照れたような顔で彼女を見る。
 うん──このひとって? オレ、どこかで……?

 「リュウちゃん、巻き込んじゃってごめんね。それから、ほんとにありがとう。わたし、もう、いてもたってもいられなくて、リュウちゃんにお礼が言いたくて来たのよ」
 彼女のもといたテーブルにオレたちも座ると、彼女は嬉しそうな、申し訳なさそうな、けれどすこし心配そうな複雑な表情でリュウジにそう言った。
 「俺、マキ姉に何かしたか? 心当たりはまったくないぜ。会うの久しぶりだしな」
 「心当たり、ないのね。そうか、そうよね」
 そんなふうにリュウジに答えて、彼女ははにかんだ顔をする。
 
 そうだ、思い出した。オレが彼女の顔と名前とになんとなく覚えのあった理由を。
 そしたら結びついたんだ。彼女──マキ姉さんがリュウジに感謝の言葉を告げた意味が。

 「マキ姉さん、以前はどうも」
 「あら──ああ、あなた、あの時リュウちゃんと一緒だった?」
 「ええ。あの時はご挨拶もできなくて」
 「ん? ハヤト、マキ姉と会ったこと……あ!!! そうか。あの時か」
 
 ぽん、と手をたたいて、リュウジはようやく思い出したらしい。
 あの時というのは、夏休みに入る前、彼女のお見合いの場にリュウジが贈り物を携えて行ったときのことだ。
 マキ姉さんを慕っていたらしいリュウジは、そのお見合い相手が知った顔だったことに手痛いショックを受けていた。
 そんな事実は、もしかしたら夏休みの間にリュウジの心の中に封印されてしまっていたのかもしれない。
 そう──マキ姉さんのお見合い相手というのは、赤ジャージだったのだ。

 「俺、都合の悪いことは忘れるほうだからな。本気で忘れてたぜ。そうか、じゃあハヤトと会うのは2度目か、マキ姉」
 「ええ、そうね」
 「ハヤトは俺の頼れる相棒なんだぜ。な?」
 「ははは、どうも」
 嗚呼、リュウジはまだ気付いていないんだ。きっと気付いたら、あの時以上のショックを受けるに決まってる。なんだか心配で、俺は曖昧に笑ってみた。

 「で? それはそうと、マキ姉。何が『ありがとう』なんだ?」
 「だから、リュウちゃん。先生に勇気をくれたでしょ? さっき電話したら、先生がいきさつを話してくれたの。リュウちゃんが応援してくれてるって」
 「先生? 誰の?」
 リュウジは鈍いのか、それともわからないふりをしているのか──前者だな。きっと。

 きっとこういうことって、女性には言いにくいのかもしれない。だからオレは、敢えて役目を買って出た。たまには憎まれ役でもいいか、なんて。
 「リュウジ、先生って赤ジャージのことだ」
 「ん?──え? 赤ジャージ……ええっ?」
 「マキ姉さんの兄さんは、佐藤先生なんだよ、きっと」
 「何──何だと? ハヤト!!! マキ姉……?」
 こくり、とうなずくマキ姉さんの色白の顔は、頬に赤みがさしていた。

 「だって、マキ姉、佐藤先生って……赤ジャージって!!!」
 「マキ姉さん、苗字は佐藤さん、ですよね?」
 「ええ。そうよ、ハヤトくん。リュウちゃんはちっとも覚えてくれなかったけど。よくある名前だからかえってややこしい、って」
 「…………だってよぅ、マキ姉はマキ姉だしよぅ」
 リュウジは拗ねたような顔をする。マキ姉さんがリュウジを見る顔は、まるで幼い弟を見るときのそれ、といった風だった。

 きっと、これはリュウジへの試練だ。どんな衝撃にでも耐えうる強靱な魂を磨く──潔い漢を磨くための。
 だからオレは、進んでそれに荷担することに決めたんだ。
 「マキ姉さん、聞いてもいいですか?」
 「ええ、ハヤトくん」
 「オレたちの担任と実のお兄さんの勝負、どちらに勝ってほしいと思いますか?」
 
 オレとマキ姉さんのやりとりを、リュウジは黙って、うつむいて聞いている。
 「それは、兄さんに負けてほしいわけじゃないけれど、やっぱり……」
 「では、オレたちの担任を応援しますか?」
 「そうね。先生──あなた方の担任の先生に勝ってほしいと思うわ」
 きっぱりとそう言ったマキ姉さんの目には、やさしい雰囲気と強い気持ちが同居していたんだ。
 リュウジ、ちゃんとそれを見たか?

 「じゃあリュウジに聞くけど」
 「何だ、ハヤト?」
 リュウジはまだうつむいたままだった。
 「リュウジも赤ジャージを応援するだろ? さっきあんなに親身だったのを、いまさら覆したりしないよな?」
 「…………」

 しばらくの沈黙のあと、リュウジは心を決めたように顔を上げてこう言った。
 「オウ!! 俺らの担任が負けるとこなんて見たくねえからな!!! しかも、鬼工と暗黒のプライドがかかってるんだ。佐藤先生の身内のマキ姉にゃ悪いが、暗黒に勝ち目はねえぜ」
 「リュウちゃん……ありがと」
 リュウジの言葉を聞いて、マキ姉さんは涙を浮かべていた。
 やっぱりいい漢だな、リュウジは。年齢が釣り合ってたらよかったのに、マキ姉さんと。

 マキ姉さんがもう一度お礼を言って立ち去ると、リュウジは約束通りラーメンを作ってくれた。
 スープが心持ちいつもよりしょっぱかった気がするのは、リュウジの涙だったのかな……なんてね。



   * 7 *


 暗黒水産の体育教師・佐藤先生がオレたちの担任・赤ジャージに勝負の段取りを連絡してきたのは、その翌日のことだったそうだ。
 決戦は次の土曜日の夕方、場所は暗黒水産の道場にて、決戦は柔道勝負──と電話がかかってきたのだと放課後に赤ジャージが言っていた。

 「相手の指定なので仕方ないのだが、柔道は佐藤の専門だ。俺の得手は剣道なのでな……」
 赤ジャージは自信なさげにこう言って、リュウジに喝を入れられている。
 「オイ、闘う前からそんな弱気でどうすんだ!!! マキ姉に本気を見せてやるんじゃねえのかよ。赤ジャージ、ウチのノブオを見てみろよ。体格差も経験差もものともしねえで、誰にだってつっかかってくぜ!!」
 「そうそう。それで勝つときは勝ってるから凄いんだよ、ノブオは」
 「へへへ、照れますぜ。兄貴、ハヤトさん」
 「ああ──そうか。それは見習わないとな」
 自らを鼓舞するように、赤ジャージが答えた。
 「ダイゴ、お前赤ジャージに稽古つけてやれ。お前、柔道部だったろ? 中学んとき」
 「押忍。では先生、さっそく手合わせ願おう」
 
 そうした次第で、決戦までの3日間赤ジャージはダイゴを相手に特訓を重ねた。
 その初日。
 「ドッセーイ!!」
 「ぐはぁ……ッ!」
 ダイゴの掛け声もろともの投げ技に屈する赤ジャージ。

 「あ~あ、大丈夫かなあ……」
 ノブオが声に出して言った。見ているオレたちも心配になる。
 「先生、うまく交わさないと。いまのって、ダイゴ一本勝ちじゃないの?」
 なんてオレが言うと、赤ジャージはしょぼんとした顔になる。

 「何だ何だ、その顔は!!! 投げられて当然みてえに思ってるだろ、赤ジャージ!!」
 「そうは思っていないのだが、俺とダイゴでは体格の差が……」
 「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!! 赤ジャージ、お前、マキ姉のことを軽く考えてるんじゃねえか? だったら俺は許さねえぞ」
 「そんなことは、断じて!!! よし、今度こそ」
 リュウジの乗せ上手(本人はそんなつもりじゃないだろうけど)も手伝って、赤ジャージの目はだんだん本気を帯びてきている。

 2日目。
 「でやあああッ!!」
 「お……っ!!」
 気迫のこもった叫びを交え、昨日より動きのよくなった赤ジャージが足を使った立ち技でダイゴを攻めた。
 「オウ、やるじゃねえか。赤ジャージ。いまの、大外刈りってやつだな」
 「だね、リュウジ。先生、足技は巧いんだ」
 「巧いというか、手技でダイゴに敵うわけがないのでな」
 なるほどね、とオレたちは顔を見合わせた。

 「ところで赤ジャージ先生、敵さんはどんな技が得意なんスか?」
 「ふむ。何でもオールラウンドにこなす男だったと聞くな、昔は。何と言っても県大会で優勝したほどの男だったので」
 「そう……なんだ。強敵だね、佐藤先生って」
 「ハヤト、そんなこと端から解ってるじゃねえか。敵は何のためにいるんだ?」
 「え──?」
 オレのこんな発言すら、リュウジは聞き過ごしてはくれない。

 「敵は、倒すためにそこにいるんだろうが!!! 赤ジャージ、わかったか?」
 「ああ、リュウジ。その通りだ」
 もはや赤ジャージの目に迷いはなかった。

 そして決戦を明日に控えた特訓3日目。
 固め技をダイゴにわざとかけさせて、それから逃れる訓練を赤ジャージは望んだ。
 それから受け身をとる訓練も。
 「要するに、相手にポイントをとらせなければ易々と負けることはないからな。試合時間は5分と限られているのだし」
 そんなふうに赤ジャージは言った。
 
 「なるほど。防御が最大の攻撃とかそういうやつだ」
 「そうだな、ハヤト。見てみろ、赤ジャージがダイゴの技から逃れて逆に締め技かけてるぞ!!」
 「うわあ、逆襲っスね、兄貴!! あ、ダイゴさん……?」
 あまりの赤ジャージの気迫の絞め技に、ダイゴは落ちる寸前まで行ったんだ。

 「…………」
 「わ、先生、やりすぎ!! ダイゴ、平気か?」
 「あ──すまん、ダイゴ」
 「わはははは、そうだ、それでいいぜ、赤ジャージ!!」
 リュウジは嬉しそうに言いながらダイゴの頬を叩いて正気づかせる。
 「押忍……効いたです、先生」
 
 柔道は専門外とはいえ、赤ジャージも剣道という武術で自らを磨いてきた身。
 中学時代はかなりの使い手として鳴らしてきたダイゴの特訓を受けて、赤ジャージはかなり勘よく動けるようになっていたように見える。
 もっとも、オレも柔道なんてさっぱりだから、正確なところはよくわからないんだけど。

 特訓を終えたオレたちは、すっかり日が暮れた時間になって学校を後にした。
 「なあ、ダイゴ。正直言ってどうなんだ? 赤ジャージは」
 歩きながらリュウジが訊いた。
 「ああ、まあ……試合にはなるだろう。やられる一方にはなるまい」
 「そんな消極的な感じなのか?」
 「どうだろうな。相手は強い者なのだろう?」
 「そうだね。高校時代は県大会優勝って言ってたね。オレたちが暗黒へ行ったときも道場にいたから、まだ現役なんだろうし」
 オレが言うのに、ダイゴは頷く。

 「でも、勝負ってやってみないとわかんないっスよね!」
 「ははは、ノブオらしいこと言うね」
 「いや、だがハヤト。そういうこともあるものだ。技術云々ではなく、今日の先生の気迫は凄まじかったのだ」
 「……マキ姉との未来がかかってるんだもんな、赤ジャージ」
 先頭を歩いていたリュウジが、地面に目を落としながら呟いた。
 
 「な、赤ジャージに勝って欲しいよな、リュウジ?」
 リュウジの肩を叩いて、オレは敢えて大きく言った。大丈夫だよな? リュウジは。
 一瞬あとに振り向いたリュウジは、オレが期待したとおり、すっきり振っ切れた顔をしている。
 「オウ、もちろんだぜ!!」

 リュウジも赤ジャージも、純真で純情なんだ。
 どこか似ているふたりに慕われるマキ姉さんって、きっと素敵な女性なんだろうな。



   * 8 *

 
 マキ姉さんへの純情を賭けた、赤ジャージと暗黒水産・佐藤先生との真剣勝負の日。
 オレたち4人は赤ジャージとともに、敵陣・暗黒水産へと乗り込んだ。

 「今日はマキ姉さんは来るの? 先生」
 「いや、ハヤト。彼女は今日はやめておくと言っていた」
 「そうか。その方がいいかもしれねえな」
 「え、どういう意味っスか? 兄貴」
 「だって、気が散るだろ? なあ、ダイゴ」
 「押忍。先生がいかに精神集中はお手の物といえども、さすがにな」
 オレたち外野の言うことに、赤ジャージは気もそぞろといった笑いを返した。
 やっぱり緊張してるんだろうな。

 オレとリュウジが来るのは2度目の暗黒水産の道場は、前に来たときもそうだったけれど、おそろしく張りつめた空気を周囲に放っている。
 なんというか、そこの主の強い気が渦巻いているとでもいうような。
 道場の前に立って、赤ジャージを含むオレたち5人は、我知らずで背筋を伸ばす。

 そして、赤ジャージは引き戸に手をかけて、びいんと張った声を出す。
 「たのもう!!!」
 迷いや怖れは一切感じさせない、漢らしい声音だった。

 「久しいな」
 道場を取り囲む気を発する源──柔道着姿の佐藤先生は、赤ジャージに短く言った。
 佐藤先生の後ろには、コウヘイ以下暗黒一家の面々が正座してオレたちを見つめている。ともに居並ぶ柔道着姿の数人は、柔道部員だろうか。
 
 「今日は手合わせ願えて光栄至極だ」
 「何の。試合の申し入れを無意味に断るのはよしとしない故」
 佐藤先生は赤ジャージに笑みを見せる。笑っていても、ちっとも発する気が緩まないのが真実凄いと思った。
 「もっとも、無意味に闘うような真似はせぬがな。本日の闘い、意義あるものにしたいものだな」
 「ああ。こちらも是非そう願いたい」
 静かな中に散る両者の間の火花は、リュウジとコウヘイがたまに見せるものよりも数段鬼気迫るものがあった。これが貫禄なんだろうか。

 挨拶のあと、ハンゾウに案内されて赤ジャージは更衣室に向かった。
 着替えを済ませ、頬に気合いを入れながら道場に戻ってきた赤ジャージの目には、もはやオレたちなぞ映ってはいない。
 ただ──目の前の倒さねばならぬ敵、佐藤先生のみを見据えていた。

 そして、真剣勝負は始まった。
 昔の宿敵の妹に恋した男と、昔の宿敵に妹を渡したくない男との、純情と自尊心を賭けた勝負が──

 審判をする柔道部員の声を聞き、ふたりの漢は畳敷きの中央で間合いを計りながら対峙する。
 襟をとろうと佐藤先生が近づき、とらせまいと赤ジャージが立ち位置をずらす。
 反対に袖をとろうと赤ジャージが手を出し、そこを佐藤先生に逆に捉えられて左組みの体勢となる。
 一度組み合うと、さすがに両者に隙はなかった。
 赤ジャージは長身を有利に使って足技をかけようとするも、佐藤先生がやすやすと許すわけもない。
 体勢がくずれたのを逆手にとられて、今度は佐藤先生が組んだまま身を沈め、背負い投げをかけてくる。

 「あ──赤ジャージ!!!」
 「先生……」
 「有効!!」
 きわどいところで受け身をとって、赤ジャージは危うく一本負けを免れた。

 赤ジャージの気迫は凄まじい。対する佐藤先生の表情は冷静そのもの。
 寝技に持ち込んだら、昨日ダイゴを締めたみたいにポイントをとれるのかもしれなかったが、相手はさすがに手練れの者。まったくそういう展開になりそうもない。

 焦れたように赤ジャージは相手に踏み込んで、強引に体を低くして投げる体勢に入ろうとする。
 ──オレごときにもわかってしまう。そんな攻め方じゃ無理なんじゃないか?
 リュウジもダイゴも、そんなふうに声をかけたいような顔をしていたが、場の雰囲気がそれを許さなかった。いやに静まりかえっていたんだ。

 一瞬ののち、勝負の行方は、急な展開へと向かった。
 巧く攻めの体勢に入り損ねた赤ジャージは佐藤先生に逆手をとられることとなる。
 そのまま佐藤先生は素早く赤ジャージを前に崩し、自身の体を畳に落とす──そして、静かなる気合いもろとも頭越しに赤ジャージを投げた!!!

 「一本!! 勝負あり」
 
 投げられた赤ジャージは、天井を見つめながら審判の声を聞いていた──

 あとでダイゴに聞いたところによると、佐藤先生が使ったのは巴投げという技らしい。捨て身技というのに分類されているそうだ。
 そんな大技を使った佐藤先生だったが、試合が果てたのちも息を乱すことすらなかった。

 そして──佐藤先生は倒れたままの赤ジャージに右手を差し出した。
 「思ったよりも粘ったな」
 「ああ──だが、さすがに及ぶはずもなかったというわけだ」
 身を起こして、赤ジャージは佐藤先生の手を握る。試合終了の握手だろうか。
 「おのれが勝ち目のない闘いに出てくるとは思わなかった」
 そう佐藤先生は頬の筋肉をすこしゆるめた。
 オレたちが見た、初めての笑顔らしきものだった。
 
 「こちらから申し込んだ試合だ。断れるわけなかろう?」
 赤ジャージは幾分うなだれて言った。
 「勝ち目がなくとも全力で闘うなど、若い時分以来だ」
 「ああ、そうかも知れんな」
 「とにかく俺の完敗だ、佐藤」
 赤ジャージは振り切ったようにそう言った。
 「残念ながら妹君との件は認めてもらえんが、生憎あきらめの悪いところは昔のままなのだ、俺は」
 「ほう、相変わらずだな」
 どことなく郷愁にひたっているような目を、ふたりともしていた。

 「ああ。何年経っても本質は変わらんさ、佐藤よ。さしずめ佐藤は今でも──」
 「その先は、言ってくれるな。生徒たちが聞いている」
 腕を組んで、よく響く声で佐藤先生は言った。
 いったい昔はどうだったんだろう。きっと黙って見守っているコウヘイたちも聞きたいんだろうな。

 「とにかく、出直してくることにする。俺は何度でも。いつか勝てるときまで決してあきらめんのが俺のあり方だ」
 「そうか。それは殊勝な心がけだ。いつでも受けて立とう」
 再試合の要求をほのめかす赤ジャージ、対するのはそれを拒まない佐藤先生。
 因縁めいたふたりの大人の漢は、これをきっかけに深い縁をまた結ぶんだろうか。

 赤ジャージが着替えて戻ってくるのを待って、オレたちは暗黒水産の道場からおいとますることになった。
 「では失礼する」
 赤ジャージが深く一礼をした。オレたちもそれに倣う。
 敵陣も、一同礼を返してくれる──柔道部員はいいとして、コウヘイたちとオレたちが礼をしあうなんて、初めてだ。

 「佐藤先生!! 次はウチの赤ジャージ、絶対もっと強くなってますんで!!」
 突然リュウジが声を張った。
 「俺、応援してますんで。マキ姉と赤ジャージのこと」
 「君は……どこかで? そうか、妹の学生時代のアルバイト先の、か」
 「そうです。いつか赤ジャージが佐藤先生に勝てたら、俺はマキ姉も喜ぶと思ってます」
 「リュウジ──」
 名前を呼んだ赤ジャージに、リュウジは頷いて続けた。
 「だから、俺ら責任持って鍛えますんで。夜露死苦ぅ!!」
 ついこないだ事の起こりを知らされて、あんなに衝撃を受けていたのに──リュウジはなんと健気なんだろう。俺は感心していた。

 そんなリュウジに、佐藤先生はこう言った。
 「よし、君には妹も世話になったはずゆえ、特別にひとついいことを教えよう」
 「有り難き幸せ!!!」
 「我が妹は、ああ見えて柔道の有段者である。あまり表にしていないので、知らなかったろうが」
 「ええっ、マキ姉が? 俺、全然……」
 あからさまに、リュウジはびっくりした顔をした。

 「現役は退いたとはいえ、指導程度はできるのではないかと私は思う」
 「というと──」
 「君の先生を鍛えるのには、多少の役に立つかもしれないということだ」
 リュウジと赤ジャージは、そろってぽかんとした顔をしていた。
 それを見て、佐藤先生は声高らかに笑ったんだ。
 さらにそんな佐藤先生に、今度は暗黒一家の面々がぽかんとした顔になってた。

 昔馴染みの真剣勝負は、こうして意外なラストで第一幕を下ろした。
 迎える第二幕の主人公は──果たして誰なんだろうな。
 
 
   * 純情・赤ジャージ 完 *
 
 

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