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単車屋お天気屋 7-1



「オウ、ハヤト。遅かったな」
 なんとか家に帰り着いて玄関を開けたら、台所からリュウジが出てきた。
 店の上っ張りを着ているってことは、親父のために頼んでおいた出前を持ってきてくれて、そのままここにいたんだと推察できた。
「ああ、ちょっとね」
 玄関に座ってブーツを脱ぎながら、背中を向けたままリュウジに応える。
 ひねった左足はずきずきと脈打っている。ブーツからそっと出して触ってみたら、熱を持っているのがわかった。
「うん? どうかしたのか? ハヤト、様子がおかしいぞ?」
「だから、ちょっと」
 なんとなく答えにくくて、ぶっきらぼうにリュウジに返してしまった。本当はそんなふうに言うつもりなんかなかったんだけど。
 どうやらオレは怒っているらしい。

 台所から大きな声がリュウジを呼んだ。
「リュウジ。話の途中だろうが。戻って来い。放浪息子も来ていいぞ。わはははは」
 酔っているらしい親父の声を聞くだけでいらいらする自分をどうにもさばけない。
「まったく、しょうがねえな」
 ぶつぶつ言いながらリュウジが台所へ戻る。
 リュウジの後ろにいたオレは台所を素通りして部屋へ上がるつもりだったが、親父にしつこく呼び止められた。
「おい、放浪息子。聞いていなかったようだからもう一度話してやろう。俺がハヤトくらいの年齢の頃にはな、もう母ちゃんと仲良しだったんだぞ? それなのにお前たちときたら、まったく色気がない」
「だからって、別に親父に迷惑かけてないだろ? っていうか、あきれたね。親父はそんな話にリュウジを付き合わせてたのか?」
 いつもだったら酔っぱらった親父にからむなんて自殺行為は慎むオレだけど、いらだっている気分に任せてつい反論してしまう。
「それに、その頃とかの話じゃなくて、今は親父はお袋と仲良しじゃないんだろ?」
「ちょ、ハヤト、そんな刺激すんなって」
 聞いてたリュウジがうろたえている。
 親父は黙り込んだ。そしてすすり泣きを始めた。フォローを入れる気にもなれない。

 リュウジは親父とオレとを交互に見ながら、やっぱりおろおろした口調で訊いた。
「ハヤト。お前、母ちゃんには会えたのか? 何て言ってたんだ?」
「知らないよ。そもそも親父のせいでオレは……」
 疼く足首。納得できない気持ち。横合いから出てきた奴に奪い去られた勝負の行方。
 どれも口に出すつもりはなくて、濁した語尾に託した。
 顔も目も真っ赤にしている親父を見ていられなくて、オレは自分の部屋へ引っ込んだ。
 心の中でリュウジに「押しつけて悪い」と詫びながら。
 
 ベッドの縁に腰かけて、左足を椅子に載せて靴下を脱いでみる。
 ごく低速をキープしていた状態の単車にいきなりぶつかって来られて、そのせいでよろけて、地面に足をついたんだ。一瞬とはいえ、それなりの負荷がかかったのは間違いない。
 確かに痛む足首は腫れていた。それを見ていると、また腹が立つ。
 たしか机の引き出しに、夏に野球部と遊んでもらって筋肉痛を患ったときに使った湿布が残っていたな、と思い出して腰を上げた。もちろん重心は右足に置いて。
 机の一番下の引き出しを探って目的の平たい箱を取り出したところで、階段を上がってくる足音が聞こえた。
 足音は部屋の前で止まる。次にリュウジの声がこう言った。
「入るぞ、ハヤト」
 オレの返事を待たずにリュウジは扉を開けた。いつものことだ。
「親父さん眠ったぞ……って、ハヤト? どうかしたか、足?」
 言いながら入ってきたリュウジは、湿布を手にしたオレの顔と晒されている患部を順に見て、驚いた声を上げた。
「おい、ハヤト……お前、怪我してるんじゃねえか!!!」
 ベッドに座ったオレに近づいてきながらリュウジが言う。
「いや、怪我っていうか。ひねっただけ」
「細かいことはどうだっていいだろうが!!! ちょっと見せてみろ」
「……いいよ。湿布貼っとけば治る」
 どうしても棘のある言い方になってしまうオレをいたわるような目で見て、そしてリュウジは何も言わずにオレの指から湿布を取り上げた。
 やっぱり何も言わないまま、湿布はリュウジの手でオレの足首へと貼りつけられる。
 ひんやりと熱をとってゆく白い布。
 それを言葉もなく見ていると、オレのとげとげしい心持ちの中に発した熱もいくらか下がってきたような気がした。



単車屋お天気屋 6-2



 かくしてオレの思いつきは、いい線行ってた。
 仕事場に突然押しかけたオレを亜由姉さんは訳知り顔で招き入れてくれたんだ。
「あら、おみやげ? 悪いね。別にいいのに」
 なんて言いながら、エプロンと腕カバー装備の亜由姉さんはオレの肩をぽんぽんと叩く。
「こっちこそ、急に悪かった。仕事中?」
「うん。まあね。ま、いいって。気にしないの、あんたは」
 仕事部屋とは別の居間に収まって、オレは出してもらった日本茶をすすっている。
「で? あんちゃん、反省してる? ねえさんのこと」
 あんちゃん、とは親父のこと。ねえさん、はお袋だ。
「うん。どうなんだろ。おとといは怒ってて、昨日は上機嫌で、今日は落ち込んでるけど」
「まったく、しょーもないな」
 言って、亜由姉さんはけらけらと笑ってる。
「亜由姉さん、お袋と会ったんだ?」
「ううん。電話で話しただけ。今日から出かけてるじゃん?」
「え、そうなの? どっか行った?」
「あれ、知らなかった? ねえさん旅行だよ。前から決まってたっていってたけど。今朝までは実家にいたけどね」
「そうだったのか。オレ知らなかったな」
 言われてみればお袋はけっこう友達やらが多くて、年に何度か旅行で家を空ける人だ。
「てゆーか、それでけんかになったらしいよね? あんちゃんと」
「オレ、それも知らない。親父は何も言わないし。やっぱり喧嘩してたのか、って程度」
「あー、もしかしたらあんちゃん、それすら忘れてるかもね。あの人、いつもは穏やかなのに逆上すると何で腹を立ててるのかも忘れるタイプって、ねえさん言ってたな。ハヤトはそんなとこ、父ちゃんに似るんじゃないよ?」
 亜由姉さんに釘を刺されたけど――ちょっと思い当たる節もあるな、オレ。

 お茶のおかわりは? と問われて、大丈夫、と答えた。
「今日もね、旅行先からこっちには連絡あったよ。そろそろ心配だから、明日には様子見に行こうと思ってたけど。ねえさん、そろそろあんちゃんが泣いてる頃だろうって言うし」
 ほぼビンゴである。さすが夫婦ってことなのかな。昼間はさすがに泣いてはいなかったけど、あれで酒でも飲んだら泣き上戸に違いない。
「旅行って言っても国内だし。何だったらあたし、宿の連絡先も知ってるからハヤトは心配することないよ。けど、あんちゃんにはいいクスリかもよ? けんかの原因忘れてるんだったら、行方不明にしとくのもいいかもね」
 いたずらっ子みたいな、ときどき何か思いついたときのリュウジが宿すような輝きを瞳の奥に見せて、亜由姉さんは含み笑いをしてた。
 とにかくお袋がどうしているのかも、そもそも何で親父とこうなったのかの原因の糸口もわかったオレは満足して鬼浜町へ戻ることにした。
 念のため、お袋の宿の連絡先を亜由姉さんから教わってメモしておいたし。
 また、念のため――
「亜由姉さん。まさかとは思うけど、お袋、お産とかじゃないよね?」
「……はぁ? 何それ、ハヤト? どっからそんな発想?」
 訊いたら亜由姉さんに笑い飛ばされた。やっぱり違ったんだ。やれやれ。

 来た道を引き返すため、再び愛車に跨った。
 夕方のラッシュがひと段落してきた頃合である。とは言え、オレたちがメインで活動するような時間にはまだ遠いので、気の向くままに速度を出せるような道路状況ではない。
 それでもだいぶ車の数はばらけてきていたので、ときどきすり抜けを繰り返していくうちに車列の途切れ目へと突っ込むことができた。
 よし、これでしばらくは快適に飛ばせるな、なんて考え始めた矢先のことだった。
 背後から耳になじんだ排気音がオレを追ってくる。
 奴だな――振り返らなくてもそれとわかる、独特なうねりの大きい音。
 音がオレの横へぴたりと並ぶ。
 ちらりと見ると視線がぶつかった。
 挑むような奴の眼光へ、オレは方頬をつり上げながら首を縦に振って見せる。
 ああ、いいよ。OKだ――それだけでコンタクトできるオレと奴、ハンゾウとの突発的な勝負の火蓋が切られたところ。
 オレとハンゾウは隊同士のプライドとは無関係に、たまたま道で出くわしたときに誰も見ていなくても勝負になってしまう間柄だ。いつもは隊の看板を背負う者同士の、いわば練習の域の手合わせ、と認識している。
 闘う理由なく喧嘩するようなことをリュウジは嫌うが、単車に乗った状態のオレとハンゾウにおいては「今ここで会ったのが奴だった」それ自体が闘う理由に等しい。

 鬼浜町まであと10km弱の地点。
 いつもの勝負とはルートが違うが、おそらく普段通りに海辺の倉庫街がゴールだな。
 言葉での意思疎通なしに始まったバトルは、初っ端から熱のこもったぶつかり合い。
 最初は目の前を遮る車がほとんどないところからのスタートだった。互いに間合いを計りながら速度を上げ、ときに退き、緩いカーブに差し掛かる箇所での位置取りに心を砕く。
 そうしていると、また前方に車が団子状になった列が現れて、いかにそれへ突っ込んでいって先に抜けるかのテクニック勝負となる。
 他の者ならいざ知らず、オレと奴との対決ならばこのあたりは互角。仕掛けどころの早い遅いはあれど――どちらかと言うとオレは早め、ハンゾウは遅めだ――抜け出すタイミングに目に見えるほどの差は皆無。
 思ったとおり、オレもハンゾウもほぼ同時に車の群れから放り出される。
 そしてしばらく見通しのいい県道を走った。
 オレのマシンの音。奴のマシンの音。
 そのふたつだけがアスファルトに響いているような錯覚をしばし味わった。
 
 県道の終点は海沿いの国道に突き当たった地点。
 信号は赤だ。さすがに突破するのも気が引けるので、なるべく停まらずにすむように速度を落として信号が変わる瞬間をじりじりと待つ。
 国道に出ると、ゴールはおよそ2km先。もう目の前とも言える距離だ。
 リスタートの直前、突然別の排気音がオレとハンゾウの背後から絡みつくように追いすがってくるのが聞こえた。
 いつもだったら勝負の最中だし、まったく気にも留めないはず。にもかかわらず音の出所を確認しようとしたのは、半歩前にいたハンゾウが振り返ったからだ。
 つられるようにしてオレも首を後ろへ曲げる。
 見覚えのあるような、ないような。シルバーのボディを黒で飾った単車、乗り手は薄い色――暗いので何色かはわからない――のライダースーツに身を包んでいる。
 視線を顔を前へ戻す直前のハンゾウの眉が面白くなさそうにゆがめられたのが見えた。
 何だ? ハンゾウの知り合いか?

 一瞬、ハンゾウの表情を覗き込もうとした。それが致命的だったようだ。
 オレは思いもしなかった衝撃を与えられて、足を地面に着かざるを得なかった。
「――っ!!」
 背後からの追随者はオレの単車を抜き去りざまに蹴飛ばした。
 衝撃はそこから生じたらしい。
 意図しない体勢から地面についた足首は、ぐきっ……と軋んだ。
 痛い。それもかなり。
 オレの意識が痛む左足首にとらわれているうちに、追随者はハンゾウに絡んでいった。
 信号が青に変わるのが見えた。
 ハンゾウが追随者の標的であるらしい。ハンゾウはオレに一瞬視線を寄越したが、追随者をスルーするわけにもいかないようで、そのまま2機は国道へと出て行った。
 気がついたらオレひとり取り残されている。
 路肩に単車を寄せて、視界からハンゾウたちが消えてゆくさまを見守っていた。



単車屋お天気屋 6-1



 かつて通りなれた駅前の道は、夕方近くになってきたのでかなりの人出があった。
 そういえば中学の頃は免許なんて持ってなかったから、ここらへんの公道を単車で走ったことはないんだ、と今更思う。
 かつては歩いて通りなれた道。久しぶりに通る懐かしさと、眺める視点が違う新鮮さがないまぜになって不思議な気分。
 駅前の通りを抜けて1kmほど走ると、お袋の実家はもうすぐそこだ。
 なるべく吹かさないように注意しながら――若干無駄な抵抗ではあるが――ばあちゃんちにたどり着いた。
 古風な、というか、実際に古い一軒家。平屋建てでけっこう広い、昔の日本家屋みたいになっているばあちゃんち。門の前に立つと、もうしばらく嗅いでいないこの家特有のにおいが鼻の奥に感じられるような錯覚。もちろん気のせいだけど。
 呼び鈴を鳴らす。
 反応なし。
 まだ外出中なのかな――もう一度呼び鈴を鳴らす。
 やっぱり反応なし。
 念のため、門を開いて庭先から様子を伺ったけれども、家の中はどこも電気がついていなかった。やっぱり留守みたいだ。
 さて、どうしたものか。このまま諦めて来た道を引き返すしかないのかな。

「あれ、ハヤトじゃね?」
 門の前で悩んでいたら、後ろから声をかけられた。振り向けば幼馴染のタクミが学ラン姿でにっと笑って立っていた。そういえばこのすこし先に住んでたんだっけ。
「あ、タクミ。久しぶり……ってほどじゃないか」
「だな。こないだ会ったもんな。つーか、珍しいな。こっち来たんか。おばあちゃんに会いに来たんか」
「うん、そんなとこ。でも留守みたいでさ」
「そかそか。んじゃ、人待ちがてらってことで、おやつでも喰わね?」
 オレの中学卒業を機に鬼浜町へ引っ越したオレたち一家。
 この町を出て以来、1年とちょっとぶりにタクミに再会したのは先月のこと。
 飛び入り歓迎の触れ込みで開催された、リュウジとダイゴたちの鬼浜中学同窓会にお互い偶然参加したんだった。確かにそのときは「久しぶり」だったけれど、それ以降はたまに連絡を取り合っていたこともあって、今や「旧友」ではなくて現在進行形の「友達同士」のタクミとオレ。

 タクミに誘われて、駅前のファミレスへ行った。
 注文はタクミがグラタン――あくまでこれがおやつらしい――、オレはチーズタルト、ドリンクバーを2人分。それで時間つぶしの復活したくされ縁どもである。
「んで? おばあちゃんに急用?」
「正確にはばあちゃんに、じゃないんだ。いまお袋が里帰り中で、ちょっと話したくて」
 軽く訊いたタクミに、オレもごく軽く答えた。コーヒーがちょっと濃いので砂糖を入れてかき回す。
 そんなオレの手元が狂うだけの言葉をタクミは継いだ。
「へー。里帰り。って、もしかしてハヤトんとこのおばさん、お産とかだったり?」
「え? ……え、ま、まさか――」
 思いもよらないタクミの発言に、オレは勢いあまってカップから引き抜いたスプーンをテーブルに落とした。けっこう大きい音がした。
「っていうか、なんでそう思う?」
「や、俺の母ちゃんも弟産むときそうだったし。俺が幼稚園ときだけどな。だから里帰りっつったらそうかなー、なんて。言葉の響きがそんな感じじゃね?」
 からからとタクミは笑ってる。その向かいでオレは渋い顔をしてると思う。
 まさか、まさかとは思うけど。でも、その可能性がないわけじゃないのか。
 親父から直接、喧嘩したって聞いたんじゃないし。それにお袋、まだけっこう若いし。
 なんだか考え込んでしまうオレに、タクミはそれ以上突っ込んでは来なかった。
「それはそうと、今度の連休、空けてるよな? ハヤト」
 タクミとは次の連休に単車で少し遠出する約束になっている。
 そこからはその打ち合わせに時間を使った。電話であれこれ話すよりも手っ取り早くて、気分もかなり盛り上がった。
 しばらく時間をつぶして、ドリンクも我ながら元を取ったと思える程度にいただいて。
 ばあちゃんちの前で、それじゃまた、とタクミと別れたのは夕暮れ直後のことだった。

 もう暗いのにばあちゃん家にはまだ電気が点っていない。
 念のため呼び鈴を鳴らしてみたけれど、案の定反応してくれる人はいなかった。
 仕方なく置かせてもらっていた単車にエンジンをかけて、親父を寂しがらせるのも哀れなので遅くならないうちに帰ろう――と思ったところでふと、ある案が湧き上がった。
 道すがらで買った梨のうち5個を玄関にメモ付きで置いて、残り3個を袋へ戻して、オレはもうひとつの心当たりの場所へ行き先を定めたんだ。
 次なる目的地は従姉の亜由姉さんのところ。
 絵描きの亜由姉さんの仕事場兼住居は、ここから鬼浜町へ続く県道の途中にある。
 亜由姉さんとオレのお袋は、年齢にして10も違わない。そんなこともあって、ふたりは姉妹のような付き合いをしているんだってことに思い至った。
 もしかしたら亜由姉さんなら何か知っているかもしれない。



単車屋お天気屋 5-2



 授業を終えて放課後のこと。
「ただいま、親父。何サボってんの?」
 習慣どおりに店先から帰還すると、親父は書類棚の前の机についてぼんやりと天井を見上げていた。
「べつに何も」
「何も、って。仕事は?」
「今日は暇だ。修理品も預かっていないし、午前中に1台新車を承ったし。もう今日の仕事は充分こなしたさ」
 そう言って、親父はため息をついた。机に飾ってあったラジコンの単車をいじっているのは、よっぽど手持ち無沙汰なんだろう。
「ああ、そう。まあ、こんな日があってもいいかもね」
 オレの言葉へ返事はなかった。代わりにもうひとつため息。
「皮肉なもんだ。こんな日に限って暇とはな……」
「こんな日って? 天気いいじゃん、今日」
「そういうことではないのだ、我が無粋な息子よ」
 覇気なく言って、親父はキャスターのついた椅子をくるりと回転させて、オレに背中を向けたんだ。
 そうか。今日の親父どのは、寂しいんだな。
 お袋と喧嘩をした一昨日は怒ってて、出て行ったお袋が帰ってくる気配がないまま昨日は開き直ったようにテンションが高くて――今日は落ち込み気分なのか。せわしない人だ。

 これまでの経験上、こんなときの親父には何を言っても無駄なはず。
 問題の根本が解決するまでころころと気分を変え続けるに違いない。
 それも厄介だ――そう結論したオレは、脱いだ学ランをハンガーに吊るした手で単車のキーをとった。
 自称親孝行息子としては、ここはひとつ動いてみるか。
 
 玄関でブーツを履こうとしたところで、思い立って電話をかけることにした。
 まずは昇龍軒だ。
「ども。駅裏の魔速商会……あ、リュウジか。うん、そう。ちょっと出てくる。でさ、悪いんだけどウチの閉店するころに、何か出前――そしたらリュウジのオススメのほうで……うん。じゃあそれで。よろしく」
 よし。これで親父が飢えることはないだろう。
 そして、今度は別の番号を呼び出す。
 1コール……5コール――10コールしたところで諦めて受話器を戻した。
 どうやらばあちゃんち、お袋が戻っている実家は留守のようだ。
 きっと買い物かどこかに行っているんだろう。オレがつくころには誰かしら、できたらお袋がいてくれるといいんだけど。
 電話機に願を掛けてもしょうがないけど、なんとなく拍手なんて打ってみるオレ。
 ともかく動かなくちゃ何も起きないから。だからオレは愛車のエンジンをかけた。
 向かう先はお袋の実家。オレが中学時代までを過ごした町を目指して。

 海の方角を背にして県道を北上する。
 アスファルトから照り返す熱気は、このごろ随分と凌ぎやすくなってきている。さわやかな季節へと移っていくこの時期が、実はオレはけっこう好きだ。
 過ごしやすい時期っていうのは、昼寝にも向いてるしね――とか、いつか言ったことがあるんだけど、お前の睡魔には気候なんて無関係だろってリュウジに爆笑されたんだった。
 国道ほど信号が多くないので、混雑する時間でなければそれほど走りにくい道ではない。
 郊外ならではの駐車場が広いパチンコ屋が数軒あって、その誘惑に駆られないわけではないけれど、それなりに使命感があるので今日はスルーしておこう。
 道の途中に果樹園が集まっている一帯がある。思い立ってそこで梨を買ってみた。ばあちゃんの好物だ。手土産持って、さて急ごうか。鬼浜町から20kmのオレの昔の地元へと。



単車屋お天気屋 5-1



「ハヤトのせいじゃねえってのに。何度言ったらわかるんだ? そんな顔すんなや!!!」
「悪い。でもオレ、なんか……」
「まったくお前ときたら案外頑固だからな」
 すっきり割り切れないオレの顔を見てリュウジは苦笑いを作っている。
 昨夜、久しぶりに単車勝負と相成ったリュウジとコウヘイ――鬼浜爆走愚連隊と暗黒一家のリーダー対決が勃発した。
 気合に満ちて勝負に臨んだリュウジであったが、コウヘイに遅れをとった。
 そう、昨夜の軍配はコウヘイに上がった。
 あんなに気合の入っている状態のリュウジが負けるなんて、普通のことではないようにオレには思えた。
 もしや、と意識がそこへ至ったら、ひたすら申し訳ない思いでいっぱいになったんだ。
 いつものようにリュウジが家まで迎えにきてくれた今朝、リュウジの顔を見るなりオレは思わずごめん、と口走っていた。
 もしかしたら。リュウジは勝負の最中に喧嘩中のウチの親父とお袋のことを思い出したりしたんじゃないか、と。

 朝の教室で始業のチャイムを待ちながら、リュウジが言い放つをの聞いている。
「ハヤト。俺は勝負の最中に余計なことなんかまったく考えてねえぞ? 申し訳ねえけど、はっきり言ってハヤトの親父さんと母ちゃんのことなんて思い出しもしてねえって」
「そう?」
「当たり前!!! ってか、もし昨夜勝負に出たのがお前だったとして、勝負の最中にそんなこと……って言ったら悪いが、思い出すか?」
「ああ、そうか。言われてみればそうかもしれない」
「だろう? まったくハヤトは肝心なところで鈍いわりに妙なことで悩むんだよな」
 わはは、とリュウジは豪快に笑った。つられてオレも幾分引きつりながらも頬の筋肉を持ち上げることに成功した。

 笑いを収めたあと、リュウジは急に真顔になってオレを見る。
「奴な。昨夜は尋常じゃなかったぜ。気迫とか、そんなの通り越してたってか。鬼気迫る、ってのか? そんな空気を放っててな。でもって、それだけじゃねえんだよな」
「他にも何か?」
「オウ。負け惜しみじゃねえと思ってもらえるといいんだが、何だか駆け引きを吹っ掛けてくるタイミングが夏前とはちょっと違う感じだったんだぜ」
「へえ。コウヘイが」
 オレが口を挟むのにリュウジはもっともらしく頷いた。
「裏をかく、ってのか? 奴だったらこんな時はこのパターン、ってのがあるだろ? その読みがことごとくはずれたって具合だな」
「なるほど――そうか。そしたら珍しくコウヘイは素直な気分だったのかもね」
「素直だと? どういう意味だ、ハヤト」
「コウヘイって『こうして欲しくないんだけど』ってこっちが思ってると、その読みどおりの仕掛け方をするだろ? それが当たらないんなら逆に正攻法だったんじゃないの?」
「む……なるほど。そういう見方もできるのか。さすが賢いな、お前」
「そんなんじゃないって。っていうか、オレ、そんなコウヘイと一戦交えてみたくなった」
「オウ!!! ハヤト、頼もしいこと言うじゃねえか」
 リュウジが満足そうに――そう、前夜負けを喫したとは思えないほど清々しい表情で、組んだ腕を解いてオレの目の前に握りこぶしを突き上げたんだ。

 そのタイミングでチャイムが鳴り、しばらくあとに教室の前の扉ががらりと開いた。
「おーす、お前たち。今日もいい朝だな。出席をとるぞ。席につけ!!」
 赤ジャージの登場である。足取り軽く教卓へ進む姿を見て、リュウジが突っ込んだ。
「お。赤ジャージ、なんか気分よさそうだな? いい朝って何だ?」
「天気がいいと気分がいいだろう、リュウジ?」
「まあ、そりゃそうだがな。それにしても赤ジャージ、いやにニヤニヤしてねえか? なあ、ハヤト。あ、さては昨夜マキ姉と食事でもしたんじゃねえのか?」
「ば……馬鹿者!! 教師をからかうやつがあるか!!」
 赤ジャージはリュウジの頭へ出席簿の角をぶつけるために、オレの隣の席までご丁寧にやってきた。
「痛えって。暴力反対だぜ。顔真っ赤にしてやることじゃねえよ。そんなんじゃマキ姉と結婚できねえぞ?」
「余計なことは言わんで結構だ」
 とか言いつつも、やっぱり密かな笑みが赤ジャージの頬に潜伏しているのがわかった。
「けどさ、結婚なんて、そんなにいいもんじゃないかもしれないよね……」
 オレが頬杖をついたまま言ったら、赤ジャージはぎょっとした顔でオレを覗き込んだ。
 ……失言だったかな。


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