「オウ、ハヤト。遅かったな」
なんとか家に帰り着いて玄関を開けたら、台所からリュウジが出てきた。
店の上っ張りを着ているってことは、親父のために頼んでおいた出前を持ってきてくれて、そのままここにいたんだと推察できた。
「ああ、ちょっとね」
玄関に座ってブーツを脱ぎながら、背中を向けたままリュウジに応える。
ひねった左足はずきずきと脈打っている。ブーツからそっと出して触ってみたら、熱を持っているのがわかった。
「うん? どうかしたのか? ハヤト、様子がおかしいぞ?」
「だから、ちょっと」
なんとなく答えにくくて、ぶっきらぼうにリュウジに返してしまった。本当はそんなふうに言うつもりなんかなかったんだけど。
どうやらオレは怒っているらしい。
台所から大きな声がリュウジを呼んだ。
「リュウジ。話の途中だろうが。戻って来い。放浪息子も来ていいぞ。わはははは」
酔っているらしい親父の声を聞くだけでいらいらする自分をどうにもさばけない。
「まったく、しょうがねえな」
ぶつぶつ言いながらリュウジが台所へ戻る。
リュウジの後ろにいたオレは台所を素通りして部屋へ上がるつもりだったが、親父にしつこく呼び止められた。
「おい、放浪息子。聞いていなかったようだからもう一度話してやろう。俺がハヤトくらいの年齢の頃にはな、もう母ちゃんと仲良しだったんだぞ? それなのにお前たちときたら、まったく色気がない」
「だからって、別に親父に迷惑かけてないだろ? っていうか、あきれたね。親父はそんな話にリュウジを付き合わせてたのか?」
いつもだったら酔っぱらった親父にからむなんて自殺行為は慎むオレだけど、いらだっている気分に任せてつい反論してしまう。
「それに、その頃とかの話じゃなくて、今は親父はお袋と仲良しじゃないんだろ?」
「ちょ、ハヤト、そんな刺激すんなって」
聞いてたリュウジがうろたえている。
親父は黙り込んだ。そしてすすり泣きを始めた。フォローを入れる気にもなれない。
リュウジは親父とオレとを交互に見ながら、やっぱりおろおろした口調で訊いた。
「ハヤト。お前、母ちゃんには会えたのか? 何て言ってたんだ?」
「知らないよ。そもそも親父のせいでオレは……」
疼く足首。納得できない気持ち。横合いから出てきた奴に奪い去られた勝負の行方。
どれも口に出すつもりはなくて、濁した語尾に託した。
顔も目も真っ赤にしている親父を見ていられなくて、オレは自分の部屋へ引っ込んだ。
心の中でリュウジに「押しつけて悪い」と詫びながら。
ベッドの縁に腰かけて、左足を椅子に載せて靴下を脱いでみる。
ごく低速をキープしていた状態の単車にいきなりぶつかって来られて、そのせいでよろけて、地面に足をついたんだ。一瞬とはいえ、それなりの負荷がかかったのは間違いない。
確かに痛む足首は腫れていた。それを見ていると、また腹が立つ。
たしか机の引き出しに、夏に野球部と遊んでもらって筋肉痛を患ったときに使った湿布が残っていたな、と思い出して腰を上げた。もちろん重心は右足に置いて。
机の一番下の引き出しを探って目的の平たい箱を取り出したところで、階段を上がってくる足音が聞こえた。
足音は部屋の前で止まる。次にリュウジの声がこう言った。
「入るぞ、ハヤト」
オレの返事を待たずにリュウジは扉を開けた。いつものことだ。
「親父さん眠ったぞ……って、ハヤト? どうかしたか、足?」
言いながら入ってきたリュウジは、湿布を手にしたオレの顔と晒されている患部を順に見て、驚いた声を上げた。
「おい、ハヤト……お前、怪我してるんじゃねえか!!!」
ベッドに座ったオレに近づいてきながらリュウジが言う。
「いや、怪我っていうか。ひねっただけ」
「細かいことはどうだっていいだろうが!!! ちょっと見せてみろ」
「……いいよ。湿布貼っとけば治る」
どうしても棘のある言い方になってしまうオレをいたわるような目で見て、そしてリュウジは何も言わずにオレの指から湿布を取り上げた。
やっぱり何も言わないまま、湿布はリュウジの手でオレの足首へと貼りつけられる。
ひんやりと熱をとってゆく白い布。
それを言葉もなく見ていると、オレのとげとげしい心持ちの中に発した熱もいくらか下がってきたような気がした。